信人跋扈   作:アルパカ度数38%

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13.

 

 

 

 左右が切り立った崖に囲まれた道。

クロメはウェイブ・ボルスの2人と共に、姉アカメを追い馬を駆っていた。

――ナイトレイドのナジェンダ・アカメが発見された。

2人の姿は宗教都市キョロクに向かうロマリー街道で発見され、ナジェンダはそのまま東へ、アカメは南へ二手に分かれている。

恐らくは罠と見なしたエスデスは、しかし罠をも食い破ろうと己とランでナジェンダを、クロメ・ウェイブ・ボルスの3人にアカメを追わせた。

 

「帝都最強のナイトレイドが相手か……、私なんかで勝てるのかな?」

「大丈夫ですよ。前に一度ナイトレイドの独りと戦った時には、応戦されませんでしたけど……、実力的には自分と同等くらいに感じました」

 

 心配げに呟くボルスに、ウェイブが力強く返す。

ウェイブは以前、エスデスの思い人タツミを逃してしまった時にナイトレイドの一人と応戦している。

帝具・インクルシオの使い手、恐らくは百人斬りのブラート。

ウェイブと同等ぐらい、つまり自身よりは格下か。

ブラートの戦闘能力を脳内で下方修正しつつ、しかしクロメが想うのは、キョウ一人の事である。

想うだけでその体臭すら浮かべられる程濃密に憶えている、クロメの思い人。

まるで今この場に、その香りが漂っているかのような……否。

僅かながらキョウの匂いが感じられるのも確かだ。

 

 ふとクロメは、かつてエスデスが告げた言葉の中身を思い出した。

“奴が再び表れるとして、半々、いや6:4で革命軍と言った所か。会話した感じで言うと、軍か革命軍に入りそうな男だが、私が軍の人間だからな……”。

革命軍にキョウが入ったとして、この場でその匂いが感じられる可能性を考えると。

ナイトレイド。

その一員にキョウが居たとて、不思議では無い。

眼を細め、クロメは僅かに微笑んだ。

 

「……おいクロメ、どうした、黙っちまって」

「やっぱり、お姉ちゃんを追うのは辛いかな?」

「ううん、それは違うけど……、少し遠くに、人の気配がする気がする」

 

 キョウの匂い、というのは黙ったまま告げ、次いでクロメは前方を指さした。

釣られウェイブとボルスが視線をやった先には、巨大なかかしが一つ。

これ以上無いという程大きい、胴体部が球体を描いた物である。

 

「かかし……?」

「これ以上無いってほど怪しいね!? 罠だったら大変だし、用心して調べた方が……」

「いや……」

 

 馬を下り近づこうとする2人を制して、クロメは呟いた。

 

「奥の岩影に、少なくとも一人、潜んでいる。このかかしも、中に人が潜める大きさだよ?」

「……焼いたほうが良いかな?」

 

 告げ、ボルスが帝具たる火炎放射器、ルビカンテを手に取り、ウェイブがグランシャリオを地面に突き刺した瞬間である。

殺気。

クロメが飛び退くのに一瞬遅れ、遠距離からのレーザーがクロメの残像を焼いた。

遅れかかしが圧壊、中から人影が現れ、体勢が崩れたかに見えたクロメに迫るが。

 

「――読んでたよね、ウェイブ」

「グランシャリオォォオオオォ!!」

 

 変身したウェイブが割り込み、その超防御力で表れた和装の男の攻撃を防御。

受け流し、後方に10メートル以上吹き飛ばされるも、辛うじて踏み止まる事に成功する。

 

「なんつー馬鹿力だ!? 予めグランシャリオの装着を準備してなかったら、死んでたかもしれねぇ……」

「ふふ、それだったらウェイブ、肝心なときに役立たずだったよねー」

 

 告げつつ八房を構えるクロメの手前、和装の男が後方へ跳躍、岩陰の仲間と合流する。

砂塵の中から、幾つもの人影。

表れたのはナジェンダにアカメ、インクルシオの男、金髪の女、そして――。

 

「あはっ、お姉ちゃんだけでなく、キョウくんもだ。久しぶり」

「お久しぶり。また会えたね、クロメちゃん」

 

 告げつつ表れたキョウの姿に、ボルスとウェイブからも動揺の気配が漏れ出る。

待ち伏せされていたばかりか、キョウの強さはエスデス経由で大凡を知らされている為でもある。

それと、クロメが散々喋っているため、その関係性を知っているからか。

そんな風に思っているクロメを尻目に、ルビカンテを構えつつ、強ばった声でボルス。

 

「ナイトレイド……、しかも噂のキョウさんまで加えて、全員? 東は全くのフェイクだったんだね」

「ふ……クロメにボルス、イェーガーズの中でもお前たちは標的だ。覚悟してもらうぞ!」

 

 指さすナジェンダに、ウェイブが息を呑む。

 

「な、何で2人が!? ボルスさんはすげぇいい人だし、クロメは物騒だけど、天然っつーか、抜けてる所があって……!」

「……あのねウェイブ、私暗殺者だよ?」

「私も焼却部隊。数え切れないほど焼いてきたから、刺客に狙われてもしょうがないと思ってる……」

「そんな……」

 

 愕然とした様子のウェイブを尻目に、しかしボルスは覚悟を秘め叫んだ。

 

「でも、私は死ぬ訳にはいかない!」

「……そうだよな、俺が2人を絶対に殺させはしねぇ!」

 

 応じ叫ぶウェイブを尻目に、クロメは姉とキョウを見据えた。

決して少なくない時間離れていた姉。

逆に短い時間で再会できた代わり、短い時間しか触れ合う機会の無かった思い人。

 

「まずは、お姉ちゃん。凄く会いたかったよ、良かったぁ、まだ生きていてくれて」

 

 告げつつクロメは、抜刀。

同じく村雨を抜くアカメ。

その姿は妹のクロメをして凄まじいとしか言いようのない殺意に満ちており、死神をすら幻視させる程の物。

相変わらず、噂に聞くとおり姉は圧倒的な強さを誇るままか。

クロメは笑みと共に告げた。

 

「私の手で斬れば、お姉ちゃんを八房のコレクションに加えてあげられるもん。それはキョウくんも一緒。いつまでも一緒だよ?」

「やれやれ……味方なら兎も角、今は敵同士。八房に斬り殺されるのは御免なんだけどね……」

 

 言葉と共に流し目をキョウへやる。

既に抜き放った刀を構える彼は、見違える程に凄まじい殺気を秘めていた。

かつて街中で出会った時計れなかった強さも、今なら計れる。

断言できる、帝具無しのクロメより遙か格上だ。

1対1では、イェーガーズの誰が相手でも勝てる相手では無い。

はっきり言って、笑い事ではない強さだった。

とは言え、ナイトレイドどころかウェイブとボルスまで度肝を抜かれ、呆然とキョウの台詞に己の耳を疑っている姿には、笑ってしまうのだが。

 

「で、キョウくんには、再会のプレゼント、あるんだ」

「へぇ……? 何だい? 殺すのがプレゼント、とかじゃなければ大抵は受け取るけど」

 

 凍り付いた周囲を無視したクロメの台詞に、しかしキョウは普通に返事。

あぁ、やっぱりキョウくんはとっても近い感性をしている。

愛おしさに身もだえしたくなるのを、戦場故に必死で抑え、クロメは告げた。

 

「……この玩具。キョウくんの、妹でしょ?」

 

 同時、八房の枠を一つのみ発動。

地中から現れたのは、明るい橙色の髪と目をした、帝都警備隊の制服を着た少女。

話に効く、セリュー・ユビキタスであった。

愕然とする面々を尻目に、キョウが呆然と呟いた。

 

「せ、りゅー?」

「えへへ、キョウくんが味方だったらいいなって思って、この娘の墓、掘り返して作っちゃったんだ」

 

 苦労話を告げるクロメ。

対し、呆然としたキョウを庇うように、半歩前に出ながらアカメが叫んだ。

 

「ま、待て、八房で骸人形に出来るのは、直接斬り殺した相手だけの筈だぞ!? セリューを殺したのは、キョウの筈だ!」

「あ、そうなんだ。でも、だからこれね、セリューって娘と似た体格の死刑囚を骸人形にしてね……」

 

 苦労話を自然にさせてくれる姉に、感謝を抱くクロメ。

事実この玩具の制作には本当に苦労したのだ、その苦労を分かち合うつもりでクロメは満面の笑みと共に告げた。

 

「全身の皮を剥いで、掘り返した死体と取り替えたんだ。髪の毛も抜いて飢えて、目もくりぬいて填めて。大変だったんだよ、キョウくん! 残ってた血も抜いて入れ替えた程の、自信作! ゲージュツって呼んでもいいよ! 流石に帝具ヘカトンケイルは、回収されちゃったから再現できなかったけどさぁ」

 

 クロメの言葉に、矢張り感性が合わないのか、仲間のボルスとウェイブすら絶句したままだ。

やっぱり、脳みそまで入れ替えた方が良かったのだろうか?

しかし今までの実験で、脳みそと心臓は元のままでないと、改造した屍人形は動かないとクロメは知っていた。

首を傾げるクロメは、しかしそれでもキョウならば、と信じ続きを口にする。

 

「キョウくん、喜んでくれたかな?」

 

 にこやかに告げるクロメ。

対し、キョウもまた、にこやかに告げた。

 

「――ありがとう、クロメちゃん」

 

 銀閃。

噴水のように真っ二つになったセリュー人形から血が噴き出し、キョウの頬を染めた。

目を見開くクロメに、頬の血を舐めながら、穏やかな表情でキョウが告げる。

 

「気持ちは嬉しいけど、セリューはこの世にたった一人。中途半端にセリューなだけじゃあ、意味が無いんだ」

「そっか……。まぁ、駄目元だったしね。私もお姉ちゃんの剥製があっても、屍人形じゃなくちゃそんなに嬉しくないし」

 

 冷や汗を流す、キョウとクロメを除く面々。

全員精神的に数十メートル級に引いているのを感じながら、理解されない趣味って悲しいね、とクロメは内心独りごちた。

それを共有できるキョウと殺し合わねばならないのは、本当に辛い。

けれど。

 

「でも、敵だとしても、キョウくんが他の人に殺されてなくて、良かったぁ。私の手で、私とずっと一緒に居させてあげるからね?」

「ラブコールは嬉しいけど、敵同士だ、遠慮させてもらうよ」

 

 告げ刀を構えるキョウに、クロメは艶然と微笑んだ。

八房、発動。

 

「お姉ちゃんも知らないだろうけど……、昔の私と違って、死体ならなんでも人形にできるようになったんだよ?」

 

 自身と共に、地面からクロメの玩具達が表れる。

その中でも一際大きく目立つのは、クロメの切り札の一つ。

全高数十メートルに達する二足歩行の骨竜。

 

「――それが例え、超級危険種のデスタグールであってもね」

 

 冬眠していた所を狩った、帝具の素材ともなる超弩級の危険種である。

その戦闘能力は並の帝具持ちを絶する、本気のクロメとて1対1では苦戦する程の相手。

その肩に乗りながら、クロメは艶やかな笑みを浮かべる。

 

「さぁ、帝具戦のはじまりだ。――何人死ぬかなぁ?」

 

 告げると同時、跳躍の気配。

デスタグールの肩に立つクロメの高度にまで跳んだアカメが、村雨を構え突っ込んでくる。

恐らくは、7つも死体を操り動きの鈍くなったクロメを殺す機会と睨んだのだろう。

空中からの斬撃を、クロメは八房で防御。

崖を蹴り再び跳躍、クロメを狙うアカメへと斬撃を放つも、デスタグールの肩を蹴り大きく回避される。

そのまま再びの斬撃がクロメを襲うが、金属音。

護衛の屍人形、暗殺部隊からの馴染み仲間であるナタラによって防いだのだ。

 

「……! ナタラ!?」

「あはは、一緒に育った仲間だもん、一緒に居るに決まってるでしょう? ふふ、お姉ちゃんなら分かるでしょ? さっきのキョウくんとの会話も、皆に比べて引いてなかったみたいだし」

「……目の前の身内に、似たようなのが居るからな。吃驚はしたが……」

 

 ナタラと鍔迫り合いになるアカメに、クロメは眼を細めた。

ナイトレイドで最もキョウの言葉に引いていなかった姉の言葉ですら、これか。

ならば。

 

「あはは、良かった。ナイトレイドには、キョウくんの事好きな娘居ないみたいだね。だってキョウくんの趣味嗜好、誰も知らなかったんだもん」

「待て、さっきから思っていたが、クロメお前……」

 

 眼を細めるアカメに、クロメもまた眼を細め、微笑みと共に接近。

咄嗟にアカメはナタラの攻撃を弾き、今度はクロメの八房を受ける。

視線を交わしながら、報告のつもりでクロメは言った。

 

「私、キョウくんの事好き。大好き。デートだって、したんだからね?」

 

 何故か、アカメの近くの温度が下がったかのような気さえした。

首を傾げるクロメに、アカメは口元をひくつかせた後、告げる。

 

「そうか……。私は、キョウとキスをしたがな」

 

 え、とクロメは呟いた。

僅かな脱力を狙ってアカメがクロメをはじき飛ばす。

フォローに入るナタラの槍を後方に回避、アカメはそのまま片手で己の唇をなぞった。

そのまま、勝ち誇った顔のアカメ。

 

「へぇ……。ふーん……」

 

 告げつつ、クロメは己の内側からどす黒い何かが浮かんでくるのを感じた。

今まで、姉とキョウと出会えて嬉しかった筈の内心に、本心からの憎悪が浮かび上がってくる。

目が濁ってゆくのが、自分でも分かった。

漆黒の殺意と共に、クロメは再び八房を構える。

 

「お姉ちゃん、殺す理由が増えちゃったぁ」

 

 神速の踏み込み。

しかしアカメはあっさりとクロメの斬撃に剣戟を合わせ、次ぐナタラの斬撃すら防ぎきる。

だめ押しの下方からの屍人形ドーヤの銃撃での追撃すらも、村雨で防御。

だが僅かな隙、それを縫ってナタラの石突がアカメを空中へ押し出した。

 

「マグマドライブ」

 

 そこに、下方のボルスの奥の手による遠隔射撃。

体勢が崩れたアカメに超熱量の弾丸が迫るも、跳躍した影が一つ、アカメを射線上から攫ってゆく。

その姿に、クロメは目を見開いた。

 

「やれやれ、アカメちゃんも無茶するなぁ」

「きょ、キョウ……」

 

 キョウにお姫様抱っこされている、アカメ。

その姿に、クロメは胸の奥が引き裂かれるような痛みを感じると同時、改めて気付く。

クロメは姉に捨てられて独りぼっちになった。

クロメはキョウと敵対しており、戦わねばならない。

なのに姉は、キョウと仲間で居られるのだ。

ぎり、と歯軋りするクロメを尻目に、キョウは抱きとめたアカメと共に地面にたどり着く。

 

「っていうか、あの、僕のプライベート、もの凄い勢いで暴露されてるんですけど……」

「あ、いや、すまない……つい」

 

 言いつつ構える2人に、クロメは内心が揺れるのを感じながら、近くの高台に下り立った。

暗い瞳を向け、告げる。

 

「やれ……デスタグール」

 

 頷いたデスタグールの口腔に、超熱量が凝縮。

遅れ、デスタグールの破壊の吐息が発射された。

世界が、光に包まれる。

遅れ轟音。

地形を変える程の熱量の蹂躙が終わった頃、クロメは足組みしながら愛用のおかしを口にする。

 

「う~ん、流石は悪名高いナイトレイドって所かな。きちんと全員、避けてきた」

 

 さて、ここからどうなるか。

眼を細めるクロメの眼下、戦いが始まる。

 

 

 

*

 

 

 

 戦況は、ナイトレイド有利に進んでいた。

クロメの屍人形は7体、加えボルスとウェイブの2人が仲間に加わる形となる。

デスタグールをスサノオが、銃使いのドーヤをマインが、特級危険種エイプマンとバン族のヘンターをタツミが、ボルスとボディガードのウォールをアカメとレオーネが、元将軍ロウゴウをナジェンダが。

そしてキョウがクロメとナタラを相手に。

残るウェイブを、相性抜群のシェーレが相手にしている。

 

 ――キョウさんの共鳴強化が無くてほぼ互角、あるお陰で全体的に優勢ですかね。

眼鏡を押し上げつつ、シェーレは戦況をそう読んだ。

マイン、ナジェンダ、アカメとレオーネは明らかに優勢。

スサノオはほぼ互角か。

タツミはやや苦戦中のようだが、徐々に劣勢を覆しつつある。

キョウは優勢だが、手数が足りず攻めあぐねている様子。

ならば、相性で最も優れる自分が勝つ事で優勢を決定的にすべき。

そう判断するシェーレだが。

 

「……ウェイブさん、と言いましたか。強いですね」

「へ、防御力無視できてそんなもんかよ!」

 

 唯一、シェーレだけがウェイブ相手に完全な劣勢であった。

シェーレも殺しの天才と呼ばれる女だが、いかんせん武器の形状が鋏である。

内側の刃の部分しか必殺の力はなく、開いた鋏で両断せねば万物両断の力は発揮できない。

が、対するウェイブの実力は超弩級、開いた鋏を避ける所か、鋏を開く暇すら与えない嵐のような連撃であった。

そうなれば、鋏という武器に向かない形状はシェーレの負担にしかならない。

無論シェーレとてエクスタスを持って長い、その負担を極限まで軽減している物の、ウェイブは明らかにシェーレより格上の相手であった。

 

 横薙ぎの閉じた鋏をウェイブは拳でたたき落とし、そのまま右拳の正拳を放つ。

それをシェーレは、エクスタスを支点に空中へ躍り出て回避。

そのまま支点を己に変え回転、エクスタスを開きつつ回転させウェイブへ向ける。

が、断頭台の刃を前に、ウェイブは恐るべき冷静さであった。

両手を叩き下ろし、エクスタスの切れない平面に触れ己の身体を持ち上げ、すぐに手を離す。

直後、エクスタスの両刃が閉じるのを尻目にウェイブは後方へと飛んで行き、距離を開けたまま再び構えをとった。

同じく、シェーレはエクスタスを構えながら視線をやる。

ふと、呟いた。

 

「それにしても、クロメちゃん、色々とヤバイ子なのでは……?」

「……いや、それ、お前の仲間もだろ?」

「う゛……」

 

 否定できない様子のウェイブの言葉だが、それはシェーレもまた同じである。

結構変な人だとは思っていたが、キョウはシェーレの予想以上にネジの外れた男であった。

顔をひくつかせつつ、泣きそうな顔で告げるシェーレ。

 

「うぅ……、私もキョウさんのほっぺにキスした事あるんですけど、ちょっとさっきの話を聞いて微妙な気分に……」

「あ、うん、俺もクロメに時々ドキッとしてた自分が、可愛そうになってきた……」

「意外な一面を見たって言えば、ロマンティックなんでしょうけどねぇ」

 

 何故か苦労話を交わしつつも、2人は互いに突進。

シェーレの鋏の突きを、ウェイブは拳で受け流しつつ近接、半回転しつつの裏拳を。

シェーレはエクスタスの持ち手を垂直に持ち替えそのまま回転、左手を添えウェイブの拳を防ぎきる。

歯を噛みしめ、数メートル靴跡を作ってようやく防御成功。

しかし息をつく間もなく追ってきたウェイブが、続く拳をシェーレに見舞う。

 

 連撃、その全てをエクスタスで防ぎきるシェーレ。

エクスタスは超硬度の金属でできており、防御用の楯としても優秀だ。

とは言え、その衝撃全てを吸収してくれる訳でもなく、ダメージはシェーレの中に蓄積されてゆく。

歯噛みするシェーレに、唐突に連撃が止んだ。

同時、視界から姿を消すウェイブ。

咄嗟にその場を退こうとするシェーレだが、痛みで身体が動かない。

 

 しかし、シェーレはその瞬間、急激に身体が軽くなるのを感じた。

キョウの応用技、共鳴強化率の上昇か。

視界の端では、クロメとナタラと戦いつつも戦況を俯瞰してみるキョウが、シェーレに視線をやっているのが見えた。

とは言え、タイミングはやや遅く、避けきるには時間が無い。

ならばカウンターを。

 

「グラン……フォール!」

 

 続けウェイブの、凄まじい脚撃がシェーレを襲った。

目を見開き、その軌道全てを見切ったシェーレは、刹那で開いたエクスタスを振るう。

激突。

衝撃。

遅れ、激烈な痛みと共にシェーレは自身が壁に半ば埋め込まれる程のダメージを受けている事に気付く。

吐き出される血塊。

 

「がほ……、空中で、軌道が変わった……?」

「ぐ、俺のグランフォールに、不完全とは言えカウンターを合わせただと……?」

 

 そう、恐るべき事にウェイブの帝具グランシャリオは、限定的とは言えジェット噴射で空中で軌道を変えていたのだ。

お陰でシェーレのカウンターも不完全にしか決まらず、ウェイブの脚に大きなダメージを負わせたものの、両断にまでは至らなかった。

その分シェーレへの攻撃も大きく軽減され、一撃死は免れたが。

 

「痛み分け、ですか……」

「ち、早く仲間の援護に行かなくちゃならねぇってのに……!」

 

 ダメージはシェーレの方が大きいものの、ウェイブは脚にダメージを受け、大幅にスピードが落ちている。

歯を噛みしめ、ふらつきつつもエクスタスを構えるシェーレ。

対しウェイブもまた、血を吹き出す脚を庇いつつ拳を構えてみせる。

死闘は、まだ始まったばかりであった。

 

 

 

*

 

 

 

 シェーレちゃんが致死の一撃を凌ぎきって一安心、と行かないのが僕である。

崖上のクロメちゃんとナタラくんと戦う僕は、はっきり言って今回の戦いの決め手の一つであった。

何せ、僕がクロメちゃんを殺れば八房の骸人形は死体に還り、戦況は一気に逆転。

対しクロメちゃんが僕を殺ればリィンフォースによるナイトレイドの強化が終わり、今度はイェーガーズが共鳴強化されてしまい、こちらも戦況が一気に傾く。

無論、それをクロメちゃんは知らない筈だったのだが。

 

「ふぅん、大臣の情報通り。キョウくんの帝具リィンフォースは、仲間の強化かぁ。あの眼鏡、一瞬いきなり強くなったもんね」

「……ば、バレバレかぁ」

「ふふ、大好きなキョウくんの事なら、何でも知ってるんだもん」

 

 愛らしく告げつつ、しかし八房を構えたままのクロメちゃん。

恐らく僕の名字がクロメちゃん経由でエスデスさんにバレて、そこから大臣経由で母のリィンフォースの情報を引っ張りだしてきたのだろう。

泣けてくる不利さだが、しかしそれもこの場で僕が勝てば全て覆る。

そんな思いと共に刀と構える僕に、艶然と笑うクロメちゃん。

ドキッとしてしまう内心を隠すが、それもクロメちゃんには分かるようで、くすりと悪戯に微笑まれた。

 

「あはは、キョウくん、今ドキッとしたでしょ?」

「……し、しました……」

「あ……え、そ、そっか……やば、私もドキッとしちゃった……」

 

 素直に答えると、クロメちゃんもまた真っ赤に顔を染めて、顔を俯かせようとして、辛うじて視線をだけ僕に向け残す。

戦闘の為の意識をどうにか残した結果なのだが、端から見れば上目遣いで僕をじっと見る姿勢なのであった。

可愛らしさに参ってしまいそうになるのを、咳払いで解除。

頑張って漆黒の殺意を取り戻すと、クロメちゃんもどうにか自己を取り繕えたようで、改めて殺意を目に、八房を構える。

 

 敵はクロメちゃんとナタラくんの2人。

クロメちゃんは八房発動中のため負担が大きいようで、身体能力が激減しているが、それでもアカメちゃん相手に数合は持つレベルは維持している。

ナタラくんはかなりの強者、薙刀使いのようなのだが、その薙刀が伸縮自在という不思議武器であった。

現状のクロメちゃんはそこまでの驚異ではないが、ナタラくんは間合いの伸びる武器が、どれほどやりづらいか判断し辛い。

 

「――……」

 

 精神を暗く、冷たく堕としてゆく。

暗い殺意に満ちた刀を、正眼に構えた。

最も変化に富んだ、あらゆる状況に即する中段の構え、僕の最も得意とする構えである。

観の目気味、仲間への観察を忘れないままに地を蹴りうち、突進。

 

「ふーん、まずはナタラかぁ」

 

 クロメちゃんの言葉通り、まずはナタラくんへと走りゆく。

応じ、ナタラくんは腰を落とした。

重心を低くすると、瞬時の移動距離が短くなる代わり、動きが安定し細かな動きが得意になる。

間合いの広いナタラくんの構えとしては、信じた通りである。

 

 続きナタラくんは横薙ぎの一撃を。

間合いの外から伸びてくる斬撃、姿勢を低くし避ける。

掌を地面に、肘の屈伸で飛び上がり、切り返しの低空斬撃をも回避。

ナタラくんは続け半回転しつつ背を回した薙刀を唐竹に。

伸びる真っ直ぐの斬撃は、しかし容易く僕の刀に受け流される。

 

「な、受け流しながら前に!?」

 

 叫ぶクロメちゃんの告げる通り、僕はナタラくんの斬撃を受け流しながらも、その反動を上手く使い斜め前に空中から跳んでみせた。

母から教わった、中々使い勝手の良い技である。

そのままクロメちゃんに突進、袈裟に斬りかかるも、八房で防がれる。

遅れ地面に足を、退く僕の残像を八房が切り裂いていった。

 

「ドーヤ!」

 

 クロメちゃんが叫ぶが、マインちゃんが相手にしているドーヤは死角ながら、音からして二丁拳銃の双方をマインちゃんに向けていた。

つまり、フェイク。

代わりのナタラくんの斬撃を半回転して受け弾き、クロメちゃんへ向けて薙刀の先を飛ばすも、すぐに縮みクロメちゃんを避けて行く。

それを悟っていたかの様子で、クロメちゃんは既に低く疾走を開始していた。

 

「――ふっ」

 

 抜刀術、何処から来るか分かりづらい事この上ない幻影剣。

舌打ち、こちらからも踏み込む事で、後ろからのナタラくんの薙ぎ払いを回避する。

高速化する思考。

空気の粘度が感じられる程に集中、クロメちゃんの思考をどう信じるか考える。

ナタラくんの攻撃を避けた所で、僕は上段に剣を振りかぶった形。

故に斬撃は上方向から下りて行くのは目に見えている、剣速は僕の方が上なので、抜刀術は一撃で僕を斬った上で僕の斬撃を避けられる体勢が妥当。

すると、横に切り抜けるか、切り上げる剣戟で僕の斬撃を払いつつ僕を討つつもりか、手首を切りに来るか。

だが、クロメちゃんと合わせた視線は他の回答を予感させた。

故に。

信じて、斬る。

 

「はぁっ!」

 

 続け銀の閃光、金属音。

交差する僕らは、2人とも無傷で離れ、再び構え合う。

 

「……あはは、ロウゴウが壊れて、パワーアップするタイミングを狙ったんだけどなぁ」

「まぁ、それぐらいきちんと見てるからね……」

 

 クロメちゃんの抜刀術は最速の切上。

無理な姿勢でナタラくんの攻撃を避けた上、クロメちゃんの攻撃を他と予想していただろう僕相手なら、先に斬れるという確信があったのだろう。

とは言え、僕も常に仲間を強化すべく戦況は見ている、そのぐらい予想通りだったのだが。

と、そんな風に僕が告げるのに、相変わらず艶っぽい笑みを浮かべるクロメちゃんは、既にナタラくんと合流済みである。

 

「っていうか、みんな思ったより苦戦してるねぇ。8体目の枠をセリューちゃんに使っていたの、案外痛いなぁ」

「……そうかい、ってしまっ!?」

 

 と僕が叫ぶと同時、ナタラくんが薙刀を木に刺し、クロメちゃんを抱えながら刀身を伸ばす。

伸長する先には、シェーレちゃんとウェイブくん。

僕の共鳴強化の倍率上昇は、数十秒しか持たない。

それが切れた今、シェーレちゃんはウェイブくんにかなりの劣勢となっていた。

つまり、クロメちゃんにとっては屍人形の増加チャンス。

 

「シェーレちゃんっ!」

 

 叫びつつ伸びた薙刀を切りつけるが、惜しい所で刀身が縮んで行くのに避けられる。

遅れ全力疾走、空中を伸びる薙刀を駆使し下りて行く2人に追いつける速度になった。

が、視界の端で、シェーレちゃんがエクスタスを取り落とし、対するウェイブくんが拳を握りしめるのが見える。

そも、僕らの介入以前にピンチなシェーレちゃんに、僕は先にウェイブくんへと攻撃を仕掛ざるを得ない。

崖を蹴って、突進と共に斬撃。

 

「――ってうおっ!?」

 

 後頭部に衝撃を受けるウェイブくん、しかし僕の刀でも帝具グランシャリオの鎧までは切り裂けない。

だが、なら斬撃以外で攻撃すればいいだけの事。

ウェイブくんが姿勢を直すよりも早く地面に足を付け、反転、開いた掌底をウェイブくんの交差する腕にたたき付けた。

 

「ごはぁっ!?」

 

 衝撃、吹っ飛んで行くウェイブくんの先には、空中のクロメちゃんとナタラくん。

しかしあっさり伸びる薙刀で軌道変更、ウェイブくんを避けて地面へと着地。

 

「っておい、仲間を避けるなよ!?」

 

 意外に余裕そうな声とともに下り立つウェイブくんは、しかし距離は離れた。

代わりに突進してくるナタラくんとクロメちゃん、後ろのシェーレちゃんは辛うじてエクスタスを拾い震えながら立とうとする所。

伸びる斬撃、受け流してもシェーレちゃんに襲い来る軌道という嫌らしいそれに、しかし僕は全力の剛剣をたたき付け、無理矢理に大きく弾いた。

返す刀で懐に潜り込んだクロメちゃんへと唐竹に刀を叩き下ろす。

 

「――残・念」

 

 が、唐突にクロメちゃんの動きが更に速く。

姿勢を低く、八房が僕の腹部を狙うのに、しかし辛うじて反応が間に合った。

腰の鞘を楯に八房の斬撃を防ぐも、代償として吹っ飛ばされ、距離を離される。

視界の端、先ほどまでナタラくんの身体で遮蔽された場所にて、ヘンターを破ったタツミくんが見え、絡繰りが読めた。

 

 だが、時間稼ぎで辛うじてシェーレちゃんがエクスタスを構える時間は作れたのだ。

次いで襲い来るナタラくんの薙刀を捌く僕を尻目に、シェーレちゃんへ襲撃するクロメちゃん。

 

「く……、負けませんっ!」

「貴方、さっきキョウくんのほっぺにキスした事あるって言ったくせに、キョウくんの嗜好を聞いて、微妙な気分とか言ってた……。お姉ちゃんより許せない」

 

 地獄の底から響くような声。

反射的に不味い、と薙刀を大きく弾き、2人の元に走り寄ろうするも、黒い影が前に。

鎧の帝具・グランシャリオを纏ったウェイブくん。

 

「ここは通さねぇ!」

「邪魔……するなぁあぁぁ!!」

 

 咆哮と共に拳を左手で弾き、右手の刀で口腔を狙い突くも、ナタラくんの薙刀が。

刀を弾かれつつも後方跳躍、ウェイブくんの追撃を避けつつ空中の刀をキャッチ。

いくら何でも早すぎる、と見ればナタラくんは薙刀を手放し投げていた。

薙刀の伸びるスピードよりも、伸ばしながらの投擲の方が更に早いのは道理か。

 

「くそ……!」

 

 叫びつつ着地、抜刀術の構えを取るのと、ほぼ同時。

視界に映る、クロメちゃんに背後に回り込まれたシェーレちゃんの姿。

ぁ、と小さい声が漏れるが早いか。

悲しいような。

申し訳ないような。

諦めがついたかのような。

様々な寂しい感情が交ざった、不思議な笑みを浮かべるシェーレちゃん。

 

「――すいません、キョウさん」

 

 八房の切っ先が、シェーレちゃんの心臓から生えた。

 

 

 

 

 




書き終わって、もうちょっと姉妹で会話させたかったなぁ、とも。
まぁどす黒い会話はまたの機会で。

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