12.
帝都南部の森林地帯。
僕とアカメちゃんの2人は、静かに木々の上を駆け抜け、狩人の目で獲物を探し続ける。
噂の新型危険種が今回の標的なのだが、最初に数匹狩っただけで残りは見当たらず、ただただ探し回る事しかできていない。
やれやれ、と溜息をつきながら合図、アカメちゃんと共に足を止め下におりた。
「歩行で行こう。これだけの探索ペースを続けると、ちょっとしんどいよね」
「あぁ。こんなに数が少ないとなると、さっきの個体は夜食にでもしておけば良かったかもな」
「止めとこうよ……」
人に近い四肢を持つ危険種である、人肉の味がしそうで、いくら食いしん坊の僕でも食べたくは無い。
というか、人肉は母の首を食いちぎった時に生人肉をちょっと食べちゃったので、それを思い出してしまうのだ。
別に味自体が嫌いという程でも無いのだが……。
「……なぁ、キョウ」
「何だい、アカメちゃん」
と、数歩歩くが速いか、アカメちゃんから声がかかった。
彼女を見やると、アカメちゃんは視線を足下にやりつつ、両手をなんだかもじもじさせている。
言いづらそうに、呟かれた。
「前も聞いたが、キョウから見て……クロメはどんな娘だった?」
僕の存在が、最愛の人を斬る事を思い起こさせたのだろうか。
俯き気味に問われる言葉に、しかし僕は上手い言葉というのが思いつかず、結局素直に答える他無い。
「……良い娘だったよ。食いしん坊で、甘い物が好きで。クッキー、一番好きだったみたいだな。持ち歩いているのもそうだけど、それ以外にも硬焼きのクッキーにイチゴジャムとかつけて食べるのが好きみたい」
「そうか、クロメの好物は今も変わっていないのか……」
「で、素直でちょっと天然っぽい所があるね。困難な事にぶち当たると、ひたむきで、見ていて心配になりそうなぐらい頑張るタイプと見た」
目を見開き、息を呑むアカメちゃん。
短い沈黙の後、静かにアカメちゃんは呟いた。
「そうだな、よく見ている。……キョウに、似ているな」
「え? 僕は別に。というか、むしろアカメちゃんに似ているのでは?」
吃驚な感想を言われてしまったので、素直な感想を返す僕。
するとアカメちゃんは眉をひそめ、ぴん、と人差し指を僕に向けて見せた。
「いや、キョウの方が似ている」
「いやいや、アカメちゃんの方が」
「いいや、キョウだ、キョウの方が似ている!」
ずんずん近寄り、僕の鼻先に指を突き出し告げるアカメちゃん。
むむむ、と僕も負けていられず、視線を返すほか無い。
何せ僕は、アカメちゃんやクロメちゃんのように美しい物をこの身には持っていないのだ。
どころか、恐らく僕の中にある母の血が、何かしらの狂気を僕自身に植え付けている。
母は正義に狂っていた。
妹は正義に盲目だった。
僕も正義に対し執着を持ってこそいるが、2人に比して少なく、未だ狂気と至ってはいない。
となれば、いつかは僕も狂うのだ。
正義に。
それとも他の何かに。
その思い故に僕も譲らず、何故かアカメちゃんも譲らない。
じっと2人で、息がかかるような距離で睨み合っていると、なんだか変な気分になってくるから不思議だ。
互いの瞳が写し合う不思議な感覚、アカメちゃんのうっすらと桜色の唇が変に意識されてくる。
白磁の肌に映えるそれは、まるで桜の花弁のように儚く、美しい。
吸い寄せられるように、僅かに近づくと同時、アカメちゃんの頬に紅い花が咲いた。
ずざざ、と凄い勢いで離れるアカメちゃん。
「ま、まぁいい。本当に、たった1日だと言うのに、クロメの事をよく見ていたんだな」
「うん、かなり話も合ったしね」
「そう、か……」
事実、クロメちゃんの持つ八房の魅力に関しての意見は一致した。
加えて彼女の持っていた刀、恐らく八房と思われるそれは、村雨と同じく非常に魅力的な雰囲気をしているよう思えた。
リィンフォースを受け継いだ僕にはもう帝具は消耗が激しくて持てないけれど、相性はとても良さそうだったのである。
同じ帝具を気に入る相手とは大抵話が合う、というお話なのだが。
と、そんな僕に、アカメちゃんは意を決した様子で口を開いた。
「その、キョウは……。クロメの事をどう想っているんだ?」
「へ? だから良い娘って……」
「そういう意味ではなくて。その、だな……」
何故か真っ赤に顔を染め、半ば俯きながら、アカメちゃんは上目遣いで問うた。
「キョウは、クロメの事が……好き、なのか?」
言い終えると同時、耳まで真っ赤になって俯いてしまうアカメちゃん。
それを見て可愛いなぁ、と思ってから言われた言葉を脳内で反芻。
ん?
あれ?
意味を理解すると同時、こちらも頬が紅潮し、まともにアカメちゃんの顔が見れなくなってしまった。
妹の事が好きなのか、と姉に問われるというだけでも恥ずかしいのだが、その姉がここまで恥ずかしそうにしていると、別の意味にも取れてしまう。
いや、多分、そんな筈は無い、と思うのだけれど。
というか、自らの家族を皆殺しにしたも同然の男を好きになる人が居たら吃驚なんだけど。
それでも、アカメちゃんを視界に入れると、その顔を見るだけで勘違いしてしまいそうになる。
兎に角、とりあえず質問に答える事に集中する事にし、素直な気持ちを返す事にする。
「その、僕、この年で恥ずかしい話なんだけど……、恋というのを、した事が無くてね」
「……あぁ、そうか、最近までずっと……」
「というか、初恋かもしれない友達は、ほぼ自分の手で殺してしまった訳でして」
目を見開くアカメちゃん。
母さんと一緒に殺し解体する羽目になった、辺境で初めての友達は女性だったのだが、そういえばその事は話していなかったような気がする。
流石に顔色を悪くするアカメちゃんだが、ここで話を途切れさせても誤解を招くので、続きを口にした。
「僕にとって、7歳以降の人生で出会った人間は、つい最近まで母と殺害対象しか居なかったから。色々な感情に、理解が足りてない所があると思うんだ」
「……観察力は鋭いと、思うんだが」
「観察した対象を分類する作業と、それに対する感情への理解は、別物だよ」
半ば分かっていたのだろう、頷いてみせるアカメちゃん。
実際僕は、仲間に対する感情というのも、他に手本が無いので、殺害対象を信じるのと同じ手法で観察して得ているのが現状なのであった。
だから。
「クロメちゃんに、好感情を持っている事ぐらいは分かる。でも、それがどんな感情なのかは、今の所僕自身でも今一分かっていないんだ。ま、一回しか会ってないしね」
「そうか……」
「でも、ね。他の人に対して、分かる気持ちは、ちょっとだけどある」
告げ、僕はアカメちゃんに視線をやった。
真っ直ぐに、彼女の名前通り紅い瞳を見やる。
こんなふわふわと浮ついた、根っこの固まっていない僕だけれど。
目の前の彼女に、これだけは告げておきたかった。
「アカメちゃん。君に、死なないで欲しいと思っている。この感情だけは、今でも確かに分かるんだ」
「…………」
対するアカメちゃんの答えは、無い。
当然と言えば当然と言えよう、この稼業をやっていて死なないなどと一体誰が宣言できようか。
報いを受ける日を覚悟して剣を取ったのだ、そんな言葉言える筈が無いだろう。
僕とて答えは期待していなかったのだ、気にせず微笑み、再び新型危険種を探しに足を進めていく事にする。
僅かに遅れ、アカメちゃんもまた僕に付き従い歩んでいった。
*
それから数日。
新型危険種の掃討で、タツミくんが何故かエスデスさんと遭遇した上に謎の帝具使いに南の島に転送させられる、という事件があったが、それも無事に逃げて戻って来られた様子であった。
その後、新型危険種も狩り終え、イェーガーズに狙われる今日この頃。
そんなある日、会議室に集まった僕らに、ナジェンダさんが次の案件を伝えた。
「今回の案件は、安寧道と呼ばれる広く民衆に信仰されている宗教だ」
近々安寧道が武装蜂起、つまり宗教反乱を起こす。
それに乗じ、革命軍と同盟関係にある西の異民族に攻め入ってもらう。
そこで止めとして革命軍が南側で蜂起開始、帝都に向け進軍。
それでも帝国の切り札であるブドーとその近衛部隊が迎撃してくるだろうが、宮殿の警備力は激減すると思われる。
「その時こそ、大臣暗殺の好機。私たちは宮殿に突入し、大臣を葬る」
村雨を手に語るアカメちゃんに、頷く面々。
その時こそ、僕はついに悪の根源を斬る事ができる。
そう思うと、口元が僅かに歪むのを抑えきれなかった。
無論それでも悪を根絶やしにできる訳でもあるまい、新国家につけば、不安定な国に寄ってたかる悪を斬殺できる事だろう。
うむ、悪を斬殺し続けられる人生とは、素晴らしい物だ。
そんな僕を尻目に、スーさんが口元に手をやり、言葉を引き取った。
「計画が出来ているとなると後は実行するのみだが……。それが出来ない問題が、今回の仕事に繋がってくる訳だな」
「その通りだ。全ての鍵を握る安寧道だが、今……、内部は揺れているらしい」
帝都から遙か東の安寧道本拠地、キョロク。
そこで絶大なカリスマを誇る教主だが、その補佐で信任の厚いボリック、彼は大臣の送り込んだスパイなのだと言う。
ボリックの目的は、安寧道を掌握し武装蜂起をさせないこと、教主を殺して本当の神にしてしまい、自分が頂点に立つつもりなのだ。
ボリック派の権力は大きく、大臣のバックアップもあるため、粛正は不可能。
つまり。
「そこで今回の任務だ。私たちは安寧道の本部まで行き、ボリックを討つ。奴は一部の信者には食物に少しづつ薬を混ぜて中毒にし、忠実な人形としている外道という事が密偵の報告で確定している。遠慮は要らんぞ」
「ふぅん、悪辣外道か……。断罪対象確定、許せないね」
「あぁ、食に対する侮辱、許せんな……」
あれ、と視線をやるとアカメちゃんが目を輝かせている。
隣ではスーさんもまた頷いており、僕も同類みたいな目で見られていた。
いや、確かに食に対する侮辱だけでも許せないけれど、それ以上の問題のような気もするんですけど?
冷や汗をかく僕を尻目に、咳払いをしナジェンダさん。
「最後に、イェーガーズについて……。あいつらは今、全力で私たちを狩ろうとしている。このまま後手後手では、いつか捕まってしまうと確信した」
事実、新型危険種が居なくなった今、帝都の敵は僕らナイトレイドだけである。
全力で狩ろうとされている今、遭遇戦は辛うじて避けられているに過ぎない。
「ならば今回、帝都の外まであいつらをおびき寄せて、そこで仕掛けようと思う」
「いよいよ、全面対決って訳ね……!」
気合いを入れるマインちゃんを尻目に、煙草を燻らせつつ、ナジェンダさんは告げた。
「イェーガーズの中でも、クロメとボルスは機会があれば消しておいてくれと本部から依頼が来てるしな。……イェーガーズはエスデスが率いている以上、大臣の私兵である事には変わらん。見知った顔相手でも戦えるな? 特に、キョウ」
じっと視線を僕にやるナジェンダさん。
僕は、刹那目を閉じた。
瞼の裏に、笑顔のクロメちゃんが浮かぶ。
とても良い娘だった。
純粋で、ちょっととぼけた所があって、愛らしく、可愛らしい娘。
アカメちゃんと似ていて、アカメちゃん曰く僕とも似ている娘。
とても話が良く合い、いつまでも一緒に居たくなるあの娘。
でも。
だからこそ。
「――当然、例え相手がクロメちゃんでも全力ですよ。迷いなく斬ります」
覚悟を籠め、闘志を放ちながら告げる。
思ったより強烈に気力を籠めてしまったからなのか、全員僕に僅かに気圧されたかのようだった。
遅れ、僕の言葉に頷く皆。
何故か僕を、僅かに細めた眼でじっと見つめた後、ナジェンダさんが告げる。
「良いだろう。――では、作戦を説明する……」
*
夜半。
出発前の日、寝付けずにアカメはアジトの中を歩いていた。
何時ものように小腹が空いたのではなく、胸の中のもやもやの所為で、どうしても眠れなかったのである。
それでも足は自然と食堂へ向かう。
習慣からか、それともキョウと良く出会う場所だからか。
「――そういえば、昼間のキョウの目」
クロメを斬る覚悟を説いた時の目。
凄まじい闘志に満ちた目であったが、同時に、恐らくあの場の誰もが感じていただろう。
あの目は、恐ろしく歪んだ殺意を孕んでいた。
アカメが今まで斬ってきた中でも、異常殺人者達が良くしてきた……、そしてクロメが標的を狩る時にしていた、おぞましい殺意に満ちた目。
冷たく粘ついた、外道の瞳。
「心配だな……」
出会った時からズレた所があったが、特に妹を斬ってからのキョウは、少しずつだがおぞましい歪み方をし始めているよう思える。
最愛の家族をその手で殺したのだ、当然と言えば当然ではある。
けれど、自身の未来の可能性である以上に、単に彼が心配で仕方が無いのだ。
彼の事を想うと、心が捩れそうな程に切なくなってくる。
そんな思いと共に、食堂へ近づくアカメ。
すると、中には人の気配が。
静かに覗いてみると、中にはキョウとシェーレの2人が立っていた。
月明かりに照らされる2人の顔は、きょとんとしたキョウの対し、シェーレの顔は僅かに紅潮し、火照った物だ。
とくん、とアカメの心臓が高鳴る。
“キョウの事を好きなのって、私なんかよりシェーレの方じゃない?”とは、チェルシーの言。
思わずアカメは気配を消し、身を潜めて2人を見やる。
「キョウさん、その……いつもそうですけど、特に次の戦いは、生きて帰れるか分かりません」
告げるシェーレは、アカメが一目見て思ったよりも、キョウの近くに立っていた。
その手はキョウの服の袖を掴んでおり、月明かりに照らされた頬は林檎のように赤らめられていた。
俯き加減で、上目遣いにキョウの目を見ているのが、遠目にも分かる。
「だから、その、その前にキョウさんに伝えたい事があって……」
「伝えたい、事?」
どくん、とアカメの心臓が高鳴った。
戦いを前に、伝えたい事。
何が、と思う間もなく、アカメの脳裏にその答えが思い浮かぶ。
その通りだとしたら、アカメに止める権利など無い。
けれど同時、止めて欲しくて、思わずアカメは遠目の2人に向け指先を伸ばした。
決して触れる事の無い距離の、2人に対して。
けれど。
「キョウさん、大好きです」
言葉に遅れ、人影が重なった。
口づけの、小さな音。
アカメは、自身の手が震え、力を無くてゆくのを感じた。
ゆっくりと手が下りてゆき、掌に遮られていた光景がアカメの目に映る。
これ以上無いほど顔を真っ赤にしたシェーレと、呆然としたキョウ。
「返事は、その、この戦いが終わったらお願いします。で、では……!」
呆然とするアカメが潜むのと反対側の出入り口から、シェーレが飛び出て行った。
紫の髪を揺らしながら出て行くシェーレに対し、キョウは呆然と口づけされたのだろう頬を抑えたまま立ち尽くすのみ。
立っている事すら、辛かった。
今にも腰を抜かして尻餅をつき、泣きわめきたい衝動に駆られる。
それでもアカメは、必死で堪えた。
何故我慢できているのか、自分でも分からない、必死の意地。
それでさえも絶えきれず、目が潤んでゆくのを感じ、アカメが声を漏らしそうになった、その瞬間である。
鞘走りの、鈍い音。
見れば月明かりに照らされ、キョウがその手に脇差しを持っているのが見て取れた。
その刃が、己の顔面へ向いている事さえも。
「――っ!?」
何より早く、アカメはその場を飛び出し、キョウの手を掴んだ。
金属音、取り落とした脇差しが床に転がるのを、蹴りうち距離を離す。
虚ろな目でこちらを見やるキョウに、思わずアカメは叫んだ。
「キョウ、お前何を……!?」
「切り落とさなくちゃ……」
か細い声を漏らすキョウは、まるで亡者のような顔をしていた。
ぞ、と背筋に冷たい物が走るアカメだが、キョウを抑える力は抜かない。
何故、と視線で問いかけるアカメに、キョウはぽつりと漏らす。
「あの娘も……、僕にキスをしたから、母さんと僕に殺されちゃったんだ。無かった事にしなくちゃ……」
「う……」
月明かりに照らされるキョウの頬には、僅かに残る刃の跡の周辺、シェーレの口づけの跡がうっすらとあった。
改めてショックを受けるアカメだが、それ以上にキョウの言葉が胸の奥に突き刺さる。
あの娘。
恐らくはキョウの初恋の、辺境で初めての友達。
キョウが母によって拘束されたまま、その手で解体せざるを得なかった、初の殺しの相手。
「アカメちゃん……。頼む、シェーレちゃんが死んじゃうよう……」
告げるキョウの姿はあまりにも痛々しく、見ているアカメの胸の中こそが刻まれているかのようだった。
そんなキョウを見ていられず、アカメは刹那、目を閉じる。
今アカメがすべき事は、一体何なのか。
胸中を様々な思いが過ぎ去った。
キョウへの想い、同質性、クロメとの関係を挟んだ複雑さ。
シェーレの告白、それを聞いてびっくりするほど傷ついた内心。
シェーレへの遠慮、それでも切なくて身もだえするような自身。
しかし。
自分の心に向き合えば、答えは一つしか無かった。
「――ん」
呟き、アカメはキョウの唇に口づけた。
数秒、触れるだけのキス。
うっすらと甘いそれを名残惜しみつつ終え、離れたアカメはキョウと目を合わせ、叫んだ。
「――私は死なない! 約束する、絶対にお前を独りにはしない!」
「……ぁ」
ぽろり、とキョウの目から涙がこぼれ落ちた。
同じく、アカメは自身の目からも、涙があふれかえるのを感じた。
涙が頬を伝い、顎で集まり再び水滴となる頃、キョウが破顔してみせる。
「ぁり、がとう……」
告げられた瞬間、衝動のままにアカメはキョウを抱きしめていた。
遅れ、キョウからもアカメを抱きしめ、2人は抱き合う形となる。
距離は限りなく零に近く、2人はお互いの存在を確かめ合うように、互いの血肉を確かめ合った。
アカメの血潮が、全身を芯から熱する。
火照った身体は、同じく火照ったキョウの肉体と触れ合い、汗ばんだ。
乳房は潰れ、肉の粘度が感じられる程に距離は近く、触れ合う頬と頬が互いの涙を混じらせる。
キョウの吐息がアカメの背を撫で、同じように自身の吐息もまた、キョウに感じられているのだろう、とアカメは思った。
月明かりの中、2人の呼吸音の他何も無い時間は、いつまでも続いてゆく。
*
「……キョウくん?」
呟き、クロメは夜空に浮かぶ月に目をやった。
どうしてか、急に胸がモヤッとして、切なく、息苦しくなったのだ。
とすれば、クロメとしてはキョウの事かと思い思わず呟いてしまったのだが、当然返事は無い。
声はその振幅を空に発し、ただただ消えゆくのみであった。
「どうした、クロメ?」
「あ、隊長」
と、そこに軍帽を被ったエスデスが表れる。
不意の登場に目を瞬くクロメに、柔らかな笑顔と共にエスデスは告げた。
「どうしてか、不意に近々またタツミと会えそうな気がしてな。浮ついて、ふらふらしてしまっているのだが……、お前は?」
「私も、キョウくんともうすぐ会えそうな気がするんですよね……」
胸に手をやり、クロメは眼を細める。
今でも明確に思い出せる、あの素晴らしくもおぞましい瞳に、優しげな顔。
ふぅ、と熱の籠もった溜息を思わず漏らしてしまう。
事実、キョウとの再会の予感はクロメの胸の中に確かにあった。
その立場が敵か味方かは分からないが、どちらだとしても出会えるだけでクロメにとっては素晴らしく待ち遠しい展開だ。
味方なら、言う事は無い。
敵だとしても、彼の身体に八房を差し込み、抉り抜く事ができると思っただけで、心身が熱く火照ってしまうぐらいだ。
想像だけで、身体の芯が熱っぽくなる。
熱情に、クロメは僅かに身じろぎしてみせた。
「本当に……楽しみ」
「あぁ。あの男は、親からして常軌を逸しているからな。精神性も強さも、私としても中々再会が楽しみだ」
「む……」
エスデスが艶やかな笑みと共に告げるのに、思わずクロメは口を噤んだ。
不安を秘めた瞳でエスデスを見やると、苦笑と共に返される。
「あぁ、そういう意味では心配せずとも、私はタツミ一筋だ。全く、可愛い顔をしてくれるな」
「は、はい……」
あまりにも恥ずかしい早とちりに、クロメは赤面し俯いた。
あれほどタツミが好きなエスデスに対してさえ嫉妬するとは、自身がどれほどキョウの事が気になっているのか示しているようで、恥ずかしくて仕方が無い。
しかもそれを察してしまわれては、穴があれば入りたいぐらいであった。
そんなクロメの髪に、ぽん、と置かれる手。
見やると、エスデスがクロメの事を撫でていた。
「まぁ、キョウに次出会えた時の為に、プレゼント、用意してあるんだろう?」
「は、はい。キョウくんの為に、玩具を作っていて……。ついこの前、完成したばっかりなんです」
我ながら良い出来ですよ、と胸を張り告げるクロメ。
そんなクロメに、微笑ましそうにエスデスは口元を緩め、クロメを撫でるのを止めた。
「お姉ちゃんにも会いたいけど……。今は、キョウくんとの方が、会いたいかなぁ」
「そうか……。私ばかり済まないな、タツミと出会えてしまって」
「いえ、先ほども言いましたけど、キョウくんとはすぐにまた会えそうな気がしてるので、大丈夫ですよ」
告げ、クロメはくるりとその場で一回転。
翻るスカートを手で摘まみ、淑女の姿勢で艶然とした笑みを浮かべる。
「嗚呼……、本当に、楽しみ」
キョウが外道スマイル。
シェーレ、前座扱い。
アカメちゃんがイケメン過ぎる。
の3本立てでした。
次回、イェーガーズと激突。
アカメとクロメ、キョウを交えて邂逅します。