信人跋扈   作:アルパカ度数38%

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 月明かりが差し込む夜半。

タツミの帰還を祝っての宴会の後、何となく寝付けなかったアカメは水を求め食堂への扉を開けた。

ぼうっとしたアカメの脳裏に浮かぶのは、何故か会議の時のキョウの顔。

“――向かってくるなら、信じて斬る他無い、か”。

そう告げた時の彼の目は、どうしてだろうか、とてもよくクロメと似ていたような気がしたのだ。

それがどうしてか、理由は分からないが、不安だった。

まるで彼が、クロメと同じく何処か遠くへ行ってしまいそうな気がして。

 

「私は、何を馬鹿な事を思っているんだ……」

 

 頭を振り、アカメは食堂を過ぎ、台所への扉を開ける。

人影。

 

「あ、アカメちゃん。奇遇だね」

「……あ、キョウ」

 

 思い描いていた人物との出会いに、アカメは目を瞬いた。

対しキョウも目をパチクリ、アカメ上から下まで眺め、それから親指を天に向け突き出す。

 

「アカメちゃん、パジャマも可愛いね!」

「……あ」

 

 言われてアカメは、自分が寝間着のままだった事に気付いた。

何故か、頬が紅潮してゆくのが自分でも分かる。

理由は今一分からない。

寝る時の格好を見られた事も、普段と違う服装を褒められた事も、多分、関係無い筈だ。

けれど他に理由は浮かばず、それでもこのまま黙り込んでしまうのは何となく不味い気がして。

 

「あり、がとう」

 

 と返すのが、アカメの精一杯だった。

対し、とてつもなくずるい事に、キョウはアカメの内心に気付いていないらしく、どういたしましてと返すのみ。

お前も赤面ぐらいしろ、と思ってから、それが自分の姿に照れてほしいという意味に取れてしまう事に気付き、アカメは更に赤面を強くし、俯いた。

キョウの顔を、まともに見られない。

 

「水でも飲みに来たのかな?」

 

 そんなアカメの事を知ってか知らずか、そんな事を告げキョウは新しいコップに水を注ぐのみである。

深呼吸、アカメがどうにか平静を繕えるようになった所で振り返り、水を差し出すキョウ。

それをジト目で睨みつつ、アカメは水を受け取り一口二口、ようやく人心地が付いた。

すると、あまり衆目の中で聞きづらかった事が浮かんでくる。

どうしてか、その言葉はするりと抵抗なく口から漏れ出た。

 

「さっきも聞いたが、クロメにお菓子を奢ってくれたんだな」

「うん。洋菓子屋さんだったよ」

 

 やましい事は無い、とばかりに抵抗なく答えるキョウに、アカメは視線を彷徨わせた。

何故か背徳感を感じながら、しかしアカメは問う。

 

「クロメの事……どんな娘だと感じた?」

「……良い娘だと思ったよ。可愛いし、なんか波長が合う感じがして」

「そ、そうか」

 

 頭蓋を揺られるような衝撃。

アカメは、今自身が笑みを浮かべているのか、泣く寸前のような顔をしているのか、自分でも分からなかった。

心がねじれるような痛みが胸の中を襲い、切なさで身が引き裂けそうな程。

そんなアカメを尻目に、言葉を続けるキョウ。

 

「なんだか話が合ってさ。エスデスさんと言い、僕とデートする子って、なんで敵にばっかり……」

「でー、と?」

「ん? あぁ、お菓子奢ったのって、お店の中まで入って、そこでテーブル席でだったから」

 

 思わず呆然と漏らすアカメに、そういえば、と言わんばかりの顔で告げるキョウ。

何故かアカメは、自身の足から力が抜けそうになるのを感じた。

どうして自分がそこまでのショックを受けるのか、と考えてから思い当たる。

そう、最愛の妹に男の影があったから、それに驚いてしまっただけなのだ。

多分、自分がシスコンなだけ、他に理由は無い。

不思議そうな目で見てくるキョウだが、アカメが微笑んでみせると、疑問符を抱きつつも納得した様子であった。

 

「そだ、アカメちゃんもちっちゃいお菓子とか食べる? 僕小腹空いちゃってさ、一口だけ食べちゃおうかなって思って」

 

 言って、コップを置きアカメに背を向けるキョウ。

ふと、アカメはその背がどうしようもなく切なく感じられた。

衝動に駆られ、同じくコップを置き、キョウの背に近づく。

アカメより高い身長、ブラート程ではないにしろ、鍛えられた肉体。

一瞬の躊躇に身を震わせてから、アカメは衝動に身を任せ、キョウの背に抱きついた。

 

「あ、アカメちゃん?」

 

 驚き緊張するキョウの背に、アカメは額をすりつけるようにする。

回した手はキョウの脇を軽く握るように、身体はキョウの背に密着させた。

アカメの普段着は多少の防刀機能があり、やや堅めの生地で作られている。

比して寝間着は柔らかく、キョウのたくましい背がより身近に感じられた。

ふと、キョウもまた自分の身体をより感じられているのだろうか、と思うと、アカメは更に頬が紅潮してゆくのを止められない。

 

「キョウ、少しだけ……このままで」

「う、うん……」

 

 流石のずるいキョウも、この体制には緊張している模様であった。

キョウの血肉が、感じられる。

乳房がキョウの背で潰れる程の距離、互いの心臓の鼓動が聞こえる程に近い。

キョウも寝付けず来たのだろう、うっすらとかいた寝汗が、男らしい匂いを微かにさせていた。

 

 ふと、アカメは視線をキョウの首筋に。

何故か、何時しかレオーネが言っていた言葉が思い出される。

“文字通り、タツミにはツバをつけておいたんだ”。

ぺろりと頬を舐めてやった、と酔ってもらしたレオーネは、その時のタツミの照れた顔を楽しそうに語っていた物だった。

――今、私がキョウの首筋を舐めたら、どうなるのだろう。

そんな思いをアカメが抱いた、その瞬間であった。

 

「――……っ」

 

 キョウの雰囲気が、急に変わった。

いかがわしい思いを気取られたのか、と身体を硬くするアカメを尻目に、キョウは冷たく鋭い声で告げる。

 

「かなりの数の気配……、敵襲?」

「――っ!?」

 

 息をのみ、アカメは何もこんな時にと思ってしまう、己の精神を切り替える。

名残惜しいキョウの背を手放し、視線を交わした。

 

「僕の武器は、自室だけど……」

「私もだ、まずは部屋に戻ろう」

 

 互いに頷き、凍り付くような意志を保てている事を確認。

僅かな後ろ髪を引かれる思いを抱きつつ、アカメは自室へと疾走を開始した。

 

 

 

*

 

 

 

「――やれやれ、多いねほんと……」

 

 呟きつつ、確実に首を切断するか心臓を貫き、大量の敵を仕留めていく。

視界の端では、アカメちゃんが僕以上のペースで敵を殺害してゆくのが見えた。

敵が露出が多く村雨と相性が良いからなのだろうが、ちょっぴり悔しいのは秘密である。

とか思いつつ粗方の敵を斬殺し終え、合流できたラバくんと共に一旦集まった。

 

「結構な量だし、しぶとい奴ばっかりだけど……皆は?」

「外で暴れてるのが……タツミとマインちゃんか?」

「シェーレもだな。レオーネの気配が見つからないが……」

 

 と、そこまで会話した所で足音。

見れば新手、服装の違う3人の敵対者である。

中でも丸眼鏡の男は明らかに力量が一段上、並の帝具使い級か。

眼を細める僕を尻目、丸眼鏡の男が疾走を開始する。

 

「我が名はトビー。アカメ殿に一騎打ちを所望する」

 

 奇っ怪な動きと共に、靴裏から伸びる刃がアカメちゃんを襲った。

あっさり回避、村雨の斬撃がトビーを襲うも、返るのは金属音。

全身を機械に改造しているのか、と頷きつつ、僕は残る2人にラバくんと共に刀を向ける。

 

「アカメちゃん、援護はこいつらを片付けてからになりそうだよ」

「さて、どっちが先に片付け終えるかにもよるさ」

「ひゅーっ」

 

 隣でラバくんが口笛を吹くのを尻目に、目前の機械化兵2人を観察。

中華風の服、加え後ろ手に組んだ構えからして、拳法の類いの使い手か。

と思うと同時、敵は2人同時に組んだ両手を解き、両手を突き出すような構えに。

防御重視の構え、トビーがアカメちゃんを殺ったあと、3人で僕とラバくんを始末するつもりなのだろうが……。

甘い構えである。

 

 機械の腕は、人体と違い柔らかくは無く、硬度が高い。

逆に言えば水分が少なく、体内水分の動きさえも流派に組み込んでいる拳法とは相性が悪い。

加え、拳法の防御は柔軟性のある肉を回転させる事による剄の力による、滑りある回避が基本である。

刃に対してでさえも、服である布を用い滑らかに回避するのが主要。

故に。

 

「――ばいばい」

 

 告げ、飛び込み剣を片方に袈裟に振るう。

腕パーツが高速回転、刀を受け流そうと動くのを、しかし予め想定し回転中の刃筋を通した斬撃はあっさり切断。

そこで僕は踏み込んだ足を一気に開き、姿勢を低く。

僕の頭蓋の残像を打ち抜く、もう一体の拳。

そのまま腕が断たれた方の足を払いに行く、と見せかけ逆立ち、半回転しつつ横に飛び退く。

反射で蹴ろうと見せかけた方の足に生える刃を尻目に、上下が逆さまなまま再び斬撃。

腕が無い方の首を刈りつつ、後退してゆく。

 

「なーいす、キョウ!」

 

 と同時、ラバくんの糸の槍が残る一体の胸を貫いた。

心臓を圧壊されて尚数歩動くも、倒れゆく機械化兵。

念のためにと近づき首を落としておきつつ、アカメちゃんの方へ視線をやる。

 

「――葬る」

 

 村雨の横薙ぎの斬撃が、トビーの腹部を切断。

上下に別たれたまま、口腔から表れる隠し銃を、アカメちゃんは姿勢を低く避ける。

遅れ斬撃が首を刈り、頭蓋が空中を飛んでゆくのが見えた。

いくら共鳴強化されているとは言え、ちょっとビックリするぐらいの圧勝である。

トビーも決して弱い相手ではなかったのだが、アカメちゃんの最近の成長は凄まじいとしか言いようが無い。

感心する僕に、気をよくしたようにアカメちゃん。

 

「強敵撃破、だな」

「外も静かになってきた、早速合流しよっか」

「――いや」

 

 言って、僕は窓から外を。

戦場を見渡しつつ、指揮官らしい相手が見えないのに眉をひそめる。

 

「こいつら、話に聞くドクタースタイリッシュの強化兵だと思うけど……。医者相手だ、毒に警戒した方が良い」

「ガスマスクか。取っていくとしよう」

「あとは指揮を執れる場所で、風上辺りが怪しいかもって所か?」

「あぁ。ラバックは機動力を生かして指揮官を」

「おっけーボス代行っ!」

 

 告げ、クローステールの機動力を活かし指揮官を探しに行くラバくん。

次いで僕はアカメちゃんと視線を交わし、頷き合う。

走り出して数歩、しかしアカメちゃんはついてこない。

あれ、と疑問符と共に振り返ると、アカメちゃんは何故か頬を紅潮させていた。

 

「ふ……」

「ふ?」

「服、着替えてきていいか……」

「い、いいんじゃないかな……」

 

 真面目な話、気休め程度とは言え防刃機能のある何時もの服はあったほうが良いのは確か。

故にこれは冷たい殺し屋のメリットデメリットの話の筈である。

なのに何故か、ちょっと気恥ずかしくなってしまう。

こちらまで赤面しながら、視線を交わす事すらできないまま、僕はガスマスクを探しに備品庫まで走るのであった。

 

 

 

*

 

 

 

「すいません」

 

 告げ、シェーレはエクスタスを閉じる。

断末魔の悲鳴、カクサンなる男の防御の腕ごと首を切断。

静謐、遅れ血飛沫の飛び散る音と、頭蓋が落ち、残る肉塊が崩れ落ちる音。

一瞬それを見やった後、シェーレは周囲に意識を。

 

「おらぁあぁっ!」

 

 レオーネは奇襲を仕掛けてきた赤髪の男の首をへし折り殺害。

ライオネルで強化された治癒力で、寸前にしていた無理な防御で痛めた筋も回復中の模様である。

 

「パンプキンっ!」

「うおぉおおぉっ!」

 

 マインとタツミは雑魚の掃討、特に成長著しいタツミはインクルシオをつけて相応の時間が経つのにまだ余裕がある様子だ。

 

「――みんな、無事か!」

 

 遅れ顔を出したのは、アカメとキョウ。

何故かガスマスクをつけた2人は敵を蹴散らしながら合流、同時に共鳴強化が発動し、残るナイトレイドの面々の身体が軽くなる。

が、同時、彼らに頭蓋が揺れるような衝撃。

急に身体が動かなくなって行くのを感じ、多くのメンバーが膝を突く。

 

「敵は恐らくスタイリッシュだ、このガスマスクで毒に警戒を……」

「って、もう毒が散布された!?」

 

 アカメが告げようとするのに、割り入りキョウが叫んだ。

その言の通り、無事なのはインクルシオを装着したタツミ一人。

遅れ、防毒装備をしてきたアカメとキョウですら膝を突く。

 

「だ、大丈夫か皆!? って、2人も!?」

「が、ガスマスクがある分、一歩も動けない程ではないが……」

「こ、こりゃキツイね……、甘くみていた」

 

 まともに動けるのはタツミのみ、構えられるのはアカメとキョウの2人、立てるのがレオーネにシェーレ、マインは伏したまま動けない程。

絶対のピンチ、しかもピンチをチャンスに変えるパンプキンは使い手が動けない。

不利にも過ぎる状況に、シェーレが冷や汗を流したその時である。

ぞ、と。

底冷えするような殺意。

 

「だが……、逆に言えば、チャンス。毒を使って弱らせてもまだイェーガーズが出てこないって事は……」

「スタイリッシュの単独行動中、各個撃破の的、か」

「解毒剤を投与された帝具使いが出てこない分、運が良いって所さ」

 

 ガスマスクの中で悪鬼の笑みを浮かべているのだろうキョウが、告げ、駆け出そうとした瞬間。

爆砕音。

粉塵の中には、一人和装の男が棒を持ち、強化兵の頭蓋を割ったままの姿勢で立っていた。

ゆっくりと立ち上がり、和装の男が辺りを睥睨する。

遅れ、上空からナジェンダの指示。

 

「――さぁ、目の前の敵を駆逐しろ! “スサノオ”!」

「分かった」

 

 頷き、手持ちの棒を構えるスサノオ。

棒の先端からは溝に沿って刃が飛び出、遅れ踏み込みと共にスサノオは敵陣へ跳躍、武器を振るう。

凄まじい体術と棒術、次々と薙ぎ払われていく敵。

力強い味方に助かったか、と喜色を浮かべるシェーレであったが、比しキョウが悲惨な声で叫ぶ。

 

「……待て、爆弾だ!」

 

 え、と誰かが告げるが早いか。

強化兵が一瞬明滅、爆発。

薙ぎ払った敵の中心に居たスサノオは、爆発の殆どを身に受けてしまう。

粉塵が過ぎさった後には血肉を抉られたスサノオが立っており、その凄惨な様子にシェーレが思わず息をのんだ、瞬間である。

 

「再生……、帝具人間か!」

 

 レオーネが叫ぶのと同時、スサノオの傷は服装ごと再生、全快してみせた。

遅れ、上空のナジェンダから指示。

 

「スサノオ、ラバックから合図だ! 南西の森に敵が潜んでいて、今ラバックが足止めしている! 逃さず潰せ!」

「分かった!」

 

 告げ、スサノオは跳躍、上空から援護していたナジェンダらの乗る特級危険種に乗り敵を追撃してゆく。

追撃の戦闘が行われるのを、何も出来ず歯がゆい思いで見守る面々。

ふとシェーレがキョウへ視線をやると、歯軋りの音が響く。

 

「キョウ?」

「……スタイ リッシュの人体改造。セリューと……、妹と同じ系統の物だ」

「――っ」

 

 息を呑む音が、複数。

なんと声をかけていいのか悩む面々を尻目に、森の奥から轟音が響いた。

見ればスタイリッシュの怒号と共に、巨大な怪獣の如き危険種が表れる。

額に居るスタイリッシュの姿を見るに、服薬で変身したのだろうか。

巨大なスタイリッシュに苦戦する様子のスサノオに、思わず、と行った様相で叫ぶタツミ。

 

「やべ、あいつ強いぞ! 俺も……、キョウさん、来られるか!?」

「……いや、僕よりアカメちゃんを頼む」

 

 首を横に振り、キョウはアカメに視線をやった。

ちくり、とシェーレは自身の胸中がささくれるのを感じる。

巨大な生命力相手に有効なのは、アカメの村雨だけでなくシェーレのエクスタスもだ。

ならば。

選ばれた理由は。

 

「アカメちゃん。僕の因縁は、君に託す。……頼んだよ」

「――あぁ! タツミ、頼むぞ!」

「応!」

 

 叫び、インクルシオの超身体能力で駆けてゆくタツミ。

多少回復し、動けなくともパンプキンを撃てるまでになったマインもまた、ナジェンダに回収され特級危険種エアマンタの上から狙撃を開始する。

程なくして、向かった面々でスタイリッシュを撃破してみせる姿が、遠目に見えた。

 

 

 

*

 

 

 

「ドクターが討たれた」

 

 執務椅子にかけながら、パタンと本を閉じ告げるエスデス。

任務の関係上報告を後から聞く形になったクロメは、僅かに目を見開いた。

行方不明であった事から覚悟こそしていたものの、静かな殺意が胸に沸き上がるのは抑えられない。

自分にイェーガーズの面々とそんな仲間意識があった事に驚きつつ、しかしクロメは静かにそんな新しい自分を受け入れた。

 

「そう、ですか」

「こう言ってはなんだが、意外だな。お前とドクターはさほど仲良く見えなかったが、ショックか?」

「……今までなら、そうでも無かったと思いますけど。最近、少し自分が変わってきたような気がします」

 

 眼を細めるクロメに、エスデスは立ち上がりクロメの頭に手をやる。

軽く撫でつつ視線を合わせ、微笑んだ。

 

「確かに、出会った時と少し違う顔をしている。ふ、恋でもしたか?」

「――っ!?」

 

 息を呑み、それから遅れクロメは気付いた。

エスデスの台詞は自身が恋で変わりつつあるからという思いつきの言葉、それに反応してしまっては白状してしまっているのと同じだ。

自爆した事と、恋自体の恥ずかしさに赤面し、クロメは俯く。

視界の端で、意外そうな顔から意地悪な笑みへと表情を変え、エスデス。

 

「ほほう、誰だ? 恋の先輩として相談に乗ってやろうか」

「あの、その……」

 

 言いつつも、慌て衝動のままに両手をぱたぱたと動かし、しかし言葉は浮かばない。

どうやっても浮かんでしまうキョウの顔は、どうやっても消えはしなかった。

となれば、エスデス相手に黙っている訳にもいかず、かといって正直にキョウとの出会いを話していいのかも悩ましい。

 

 が、結局クロメは白状する事に決めた。

あの日のキョウとの出会い、口止めされて黙っていた事、全て吐き出した後に頭を下げる。

 

「黙っていて申し訳ありませんでした。いかなる処罰も……!」

「あぁ、処罰は特に無いさ。あいつをイェーガーズに誘ったのは駄目元だ、お前を可愛がれる現状の方が嬉しいぐらいだ」

 

 言いつつ、エスデスはそのたおやかな指で、紅潮したクロメの顎から頬にかけてを撫でてゆく。

扇情的な指使いに、元々紅いクロメの頬は林檎のように真っ赤になっていた。

 

「で。あの男の、どんな所が好きなんだ?」

「キョウくんは、その、優しいし、趣味会うし……」

「ほう、どんな趣味なんだ?」

「死ぬときは八房で骸人形にしていい? ってぼやかして聞いたら、いいよって!」

「あ、あぁ、そうか……」

 

 エスデスが引き顔になっているのに気付かぬまま、続けクロメ。

 

「それに、キョウくん、何処かお姉ちゃんに似ているんです。何処がって言うと、具体的には分からないんですけど……」

 

 告げつつ、クロメは回想する。

洋菓子店での甘酸っぱい記憶。

握った逞しい手、低く響く声。

とろけるような甘い感情を味わえたあの時。

キョウ。

キョウ・ユビキタス。

 

「それに、キョウ・ユビキタスっていう名前も、キョウくんにとっても似合っていて……」

「……ユビキタス?」

 

 と。

聞き役に徹していたエスデスが、ぽつりと漏らした。

疑問符を浮かべつつも、はい、と答えるクロメに、エスデスは僅かに思案顔をしてみせる。

不安から、僅かに震えた声がクロメから漏れた。

 

「その、ユビキタスの性が何か?」

「……警備隊に居た、ナイトレイドに殺られたと思わしき帝具使いの名が、セリュー・ユビキタスという」

「へ? じゃあ……」

 

 じゃあ、キョウをイェーガーズに誘えていれば、キョウは下手人に復讐ができたかもしれないのか。

そんなクロメの不安を読み取り、微笑んでみせるエスデス。

 

「うむ、キョウはナイトレイドとは因縁があるかもしれんな。なに、こちらの味方になるならなるで、いずれ巡り会えるさ」

「そう……、ですよね」

「……いずれ、な」

 

 告げ、エスデスは再びクロメの頭を撫でてみせる。

心地よい感触に眼を細めるクロメに、静かにエスデスは告げた。

 

「キョウ・ユビキタス。ただの同名と考えていたが……。奴は、そもそも最近大臣から捕縛命令が出ているしな。捜索対象にも加えよう」

「へ? ……ほ、本当ですか!?」

 

 意外な台詞に目を見開くクロメに、エスデスは頷く。

撫でている手をそのまま下方へ、クロメの髪をすきながら続けた。

 

「あぁ。奴は帝具持ちだそうで、その帝具が大臣がどうしても手元に置いておきたいらしくてな。最近、母親から受け継いだ証拠が見つかったらしく、捜索対象となったんだ」

「帝具? どんな帝具ですか?」

 

 記憶を辿るに、クロメの知る限りキョウは帝具らしい武器は持っていなかったよう思える。

無論隠し持っていた可能性もあるが、帝具の持つ独特の威圧感は感じられなかったが。

そんなクロメの疑問に、エスデスは微笑み答えた。

 

「奴の帝具は、正確には帝具ではなく、初代ユビキタスが帝具と言い張っているだけの番外帝具だ。血液の帝具、共鳴振幅リィンフォース」

「りぃん……ふぉーす」

「詳細は先代が帝国の暗殺者だったからな、ある程度の資料は残っている。肝心の奥の手は、大臣も知っていながら隠しているようだがな」

 

 何処か楽しそうに告げるエスデスだが、クロメは情報の氾濫に混乱するばかり。

とりあえず、一番最初に思った疑問を吐き出す。

 

「えっと……血液型の帝具、という事は隊長のデモンズエキスと同じ? でも、それを受け継いだ証拠って?」

 

 当然、空の杯が見つかった所で、それを飲んだのか零したのか、飲んだ所できちんと適合したのかどうかは不明だ。

ならばどんな証拠が、と問うクロメに、エスデスは艶然とした笑みを浮かべた。

 

「いや、リィンフォースはデモンズエキスとはまた違う。リィンフォースの原形は、初代ユビキタスが狩った超級危険種の生き血を飲む習慣があり、その生き血が何種類も体内で混ざってできた物だそうだ。故に、受け継ぐ方法が限られているため、48の帝具には数えられていないと聞く」

「……つまり?」

「リィンフォースは、先代の生き血を飲む事で次代に受け継がれる。……加減が分からなかったんだろうな、キョウは」

 

 息を呑むクロメに、僅かに火照った顔で、エスデスが告げる。

 

「血を吸い尽くされた、キョウの母親……トモエ・ユビキタスの死体が発見された」

 

 クロメは、静かに想像をした。

キョウが己の母親を殺し、その血を吸い尽くす光景を。

おぞましい程に甘美で、狂おしい程に愛らしい光景を。

想像の中で、キョウは新鮮さと量を重視し、万が一にも受け継げない可能性を廃するため……、母親の首筋に噛みつき、食いちぎるようにして血を飲んでいた。

思わず、クロメの頬が火照る。

 

「キョウくん……素敵だなぁ」

「あぁ。加えそのトモエはかなりの強者だと言う。キョウの本気、計った物より上かもしれんなぁ……」

 

 別の意味で火照った顔のエスデスを加え、2人は火照る身体を持てあますかのように抱き合う。

執務室に入ろうとして、そのまま煤けたウェイブだけが、悟りを開きそうな目でその光景を見守っていたのであった。

 

 

 

 

 




キョウさん、カニバリっ。(ほぼ血のみ

それにしても、なんて盛り上がらないスタイリッシュ戦なんだろうか……。
シェーレじゃなくてアカメを選んだのは、どう考えてもガスマスク先生があるから。

そして夜が明けたらもういつもの平日って、悪夢の親戚さんですか?(白目

次の3連休まで連続更新できるかどうかは、微妙な線です。
本日14を書き終わってるのですが、15まで書き終わらないと連休まで辿り着けず……。
どれぐらい忙しいかによりけりですね。

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