信人跋扈   作:アルパカ度数38%

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予告通り、新作投稿。
ストックがあるうちは毎日更新で行きます。
尚、前書きにある通り作者の原作知識はコミック単行本とアニメのみです。
雑誌最新連載のネタバレはお控え願います。


Scene1
1


 

 

 

1.

 

 

 まだ陽光の高いと言える時間。

帝都の入り口からほど近く、レオーネは一人カフェテラスで茶を飲んでいた。

殺し屋集団ナイトレイド。

帝都に対する革命軍の一組織であるそれの一員であるレオーネは、しかしまだ顔は割れていない。

そのため常日頃は帝都での情報収集も行っており、今もまたその通りである。

鬼のオーガ。

権力を使いやりたい放題しているという警備隊長の外道行為、その裏を取る為の英気を養っている所であった。

そんなレオーネは、椅子の背もたれに思いっきり背を預けつつ、布地面積の少ない服で覆った豊満な胸を張る。

すると、何やら騒がしげな声が聞こえ、レオーネはそちらに視線をやった。

 

「はーっ、すげー! ここが帝都かぁっ!」

「うぉおぉ、すっげ! すげー!」

「凄い、凄い、凄いしか言えないけど凄い!」

「あの、3人とも、もう少し落ち着いた方が良いんじゃないかい……?」

 

 茶髪の元気の良い少年に、黒い短髪の少年、黒髪の美少女、そして騒ぐ3人を抑えようとする黒髪の大人しそうな青年。

4人、田舎者か……、最後の一人は分からないけれど。

そう断じ、レオーネは思わず口元を緩めた。

これからレオーネは、オーガの行動について調べる訳だが、それには宮殿近くに足を伸ばす必要がある。

宮殿近くは物価が高く、軍資金が入り用だ。

だからまぁ、勉強代の一つもいだだくとしようか。

純朴そうな4人に、にやつく顔を押さえつつも、レオーネは静かに席を立ち、彼らを追った。

 

「で、一応予定としては……」

「まず兵舎に行って軍に入る!」

「んじゃなくて、まずは軍を含め、街を知る事から。意外な所に、軍以外にも剣で食べていける職もあるかもしれないしね」

「そ、そうよね!」

 

 と、話しながら宮殿近くのメインストリートに向かう彼ら。

それぞれ名を、タツミ、イエヤス、サヨ、キョウと呼ぶらしい。

 

「でもさー、さっさと兵舎に行くのが一番早くねぇか?」

 

 と、単純明快な理論を挙げる茶髪の少年がタツミ。

足運びや気配から、剣を扱う者として中々有能なのが見て取れる。

恐らくキョウを除く3人の中では一番強いだろう。

 

「そーだよな、俺たちならささっと昇進できるだろうしっ」

 

 とお調子者らしい言葉を漏らす黒髪の少年がイエヤス。

この中では一番弱そうとは言え、それでも中々の気配。

しかし考えが足りなさそうだな、というのがレオーネの率直な感想である。

 

「馬鹿、そのために村長から軍資金を用意してもらったんでしょ? 何言ってるんだか」

 

 としっかり者らしい口調の弓を持った黒髪の美少女がサヨ。

ちらちらと視線をタツミに向けている辺り、彼に何かしら強い感情を抱いているようだ。

ここまでの3人は幼なじみ3人組って所だろうし、タツミっていう子の事が好きだったりでもするのかな、とレオーネは推察する。

 

「あはは、外様の僕の意見なんだし、無理して聞かなくていいんだよ?」

 

 と告げる利発そうな顔を見せる、和装で黒髪をうなじで結った青年が、キョウ。

レオーネが聞き耳を立てる限り、夜盗に襲われた残る3人に居合わせ、力を合わせて切り抜けた上で帝都まで同行してきたらしい。

剣の腕は正直分からない所だが、レオーネの獣の勘が、彼の不思議な気配に反応するのだ。

興味を引く組み合わせに、騙すのはもう少し待ってやるか、とレオーネは観察を続ける事にする。

 

 暫く歩くと、彼らは宮殿近くのメインストリートに通りかかる。

煌びやかな建物に店、紅一点のサヨは興奮し、あちらこちらに視線をやっていた。

 

「うわー! あれ欲しいなぁ! あー、綺麗っ! あ、あれもいいなぁ」

「お、おう、サヨってこんな感じだっけか?」

「あれは着飾る物がそもそも無かったからっ! あぁ、気になる!」

 

 凄まじい勢いで歩き回るサヨに、くすり、とキョウが微笑む。

 

「女性の買い物は、誰が相手でも長引く物だよ。何、彼女が着飾って綺麗になれば、タツミくんも目の保養になんじゃないかな?」

「キョウさん、あんた時々すげーな……」

 

 呆れ顔のタツミに小さく肩をすくめつつ、気取った仕草でキョウは近くの屋台から飲み物を買う。

3人を手招きし、開いている壁に背を預けた。

 

「んー、飲み物も冷たくて美味しい!」

「甘いけど、シュワシュワしてんなー!」

「炭酸、って言うのかしら?」

「一応、この辺からなら見えるかな?」

 

 と呑気な残り3人に告げ、キョウが視線をやると、全員がその先にある物に目を合わせる。

 

「例えば、あれ」

「え? 手配書?」

「ナイトレイドのアカメ……殺し屋!?」

 

 大声を上げるイエヤスに、雑踏の視線が僅かに集まるも、すぐに散り散りになってゆく。

思わず僅かに身を固くするレオーネだが、気付いていない様子で続けるキョウ。

 

「帝都に入ってから、この手配書は3組目。帝都の重役とか富裕層の人間が狙われているみたいだね。この手配書も古めで、さっきのは新しめだったから、長期間捕まらずに殺しをやってる奴らなんじゃないかな」

「ぶ、物騒だな……」

「軍に入ったら、こういうのと戦わないといけないのかしら……?」

「敵は異民族の軍のみにあらず、って事か……」

 

 3人の言葉を聞きつつキョウは、視線をそのまま暗い路地裏に。

つられレオーネも視線を動かすと、その影の中に身を潜める人々は、明らかに目が常軌を逸している。

麻薬か、狂気か、それとも他の何かかで、明らかに精神の平衡を欠いているようだった。

歯噛みしつつレオーネが視線を戻すと、キョウもまた険しい顔で歯を噛みしめていた。

おや、と意外な共感に驚くレオーネ。

 

「ったく、帝都は変わってない所か、悪化しているのかね……」

「へ? キョウさん、帝都に来た事あったのか?」

「実は帝都生まれでね。小さい頃から最近まで辺境に居たんだけど、ちょっと思うところがあって戻ってくる事にしたんだ」

「へー、じゃあ思い出の場所とか、あったりするのかしら?」

「いや……誓った事はあっても、思い出の場所ってのはなぁ」

「誓った事?」

 

 タツミが問うのに、キョウはその柔らかな顔を僅かに顰めた。

急激な真剣な表情に目を瞬く3人に、しかしキョウはすぐに顔を柔らかくし、告げる。

 

「母の教えでね。人を信じなさい。疑い、それでも信じる事を求める事は、何よりも大切なのです。そして……」

 

 と、キョウが続けようとしたその瞬間である。

視界に入った男に、レオーネは思わず身体を硬くした。

 

「おい、そこのお前ら。ちょっといいか?」

 

 言葉をかけたのは、隻眼の警備隊長、鬼のオーガである。

一目見てその強さが分かったのだろう、身体を硬くする3人。

力量が分かっているのかいないのか、流暢な動きでキョウが3人の前に出て、小首を傾げながら告げた。

 

「何でしょうか?」

「お前ら、もしかして田舎から軍に士官しようとやってきた口か?」

「あ、あぁ、そうだけど」

 

 答えるタツミに、オーガはちらりと視線をサヨにやる。

レオーネが今まで屑共の中に見て来た、おぞましい程の性欲に濡れた目。

一瞬で外れた所為か分からなかったのだろう、サヨも含め3人はそれに気付いた様子は無い。

ただ一人、キョウだけはにこやかなままの笑顔で居て、気付いているのかどうか、その内心をすら悟らせる様子は無かった。

 

「さて、面白くなくなってきやがったね……」

 

 呟き、レオーネは唇を舌で舐めた。

静かに靴裏で石畳を蹴り、5人の後を追って歩き始める。

 

 

 

*

 

 

 

「ほー、お前ら随分修羅場潜ってきてんだなぁ」

「うへへ、そうっすよ! でも、俺ら強いから、夜盗なんか相手になんなかったっすよ!」

「何言ってるのよイエヤス、あんた一人はぐれかけたでしょうが! キョウさんが見つけてくれなかったらはぐれてたでしょうが!」

 

 と、武勇伝を叫びながらの食事。

時は夕刻、あれから5人となった彼らはオーガのおごりで夕食を取っていたのだ。

にこやかで話し上手なキョウに、感情豊かなタツミにイエヤス、華やかなサヨと、彼らの話は聞いていて飽きない。

聞き耳を立てているレオーネでさえそうなのだ、オーガも意外な酒の肴に楽しんでいるようだった。

しかし、その時間も程なく終わる。

 

「まぁ、お前ら俺と会えて幸運だったなぁ。俺なら、お前らの腕を見てやって、警備隊になら取り立ててやる事ができるぜ?」

「おぉっ、まじっすか!?」

「ちと、裏路地になるがな。詰め所は部外者を連れていけねぇし、表通りで警備隊長が剣を振り回す訳にも行かねぇ。手頃だもんでな」

「うっす! 頼みます!」

 

 と調子の良いイエヤスに、顔をしかめるのはサヨである。

 

「一応、他の仕事も見てから決めるつもりだったけど……」

「まぁ、軍に取り立ててもらえるんなら、悪い話じゃあないんじゃないかい?」

 

 とは言えキョウの言う通り、これが本当に親切であれば運が良いの一言である、足蹴にするには魅力的過ぎた。

そのまま店を出て行く彼ら、レオーネもまた彼らを静かに追う。

暫く行き、人の気配の無い場所へ。

オーガを討ち取る好機か、とレオーネの脳裏に過ぎるも、まだ彼の罪状は裏を取っていない。

手は出せない、と認識を新たにするレオーネ。

 

「さて、僕からお願いできますか?」

「ん? お前は軍に入る気ないんじゃねーのか?」

 

 と、まず告げたのはキョウである。

意外そうな声を漏らすオーガに、いやぁ、とキョウは腰に下げた黒鞘から刀を抜き、刃を当てないよう逆刃に返す。

 

「警備隊の隊長殿のご指導をいただきたくて。どのぐらい凄いのか、見てみたいんですよ」

「……そうか」

 

 告げ、オーガもまた抜刀。

静かに構えると同時、その迫力に残る3人が固唾をのむ。

比し、にこやかなキョウは構えた刀を僅かに動かす。

それが、合図だった。

 

「――っ!」

 

 耳がひしゃげるような金属音。

流星のように吹っ飛んでいったキョウは、そのままゴミ置き場に突っ込み、ゴミの流れを起こす。

それに顔を大きく顰め、近づくタツミ。

 

「おいおい、オーガさん、あんたいくら何でもやり過ぎ……」

「ふっ」

 

 吐気、返すオーガの返す刃がタツミを襲う。

咄嗟の抜刀、辛うじて剣を防ぐタツミ。

 

「な、オーガさん!?」

「ど、どうしたんだいきなし!?」

「今の、タツミじゃなくちゃ死んでたわよ!?」

 

 叫ぶ3人に、オーガは顔を歪ませた。

獣の如く歪んだ顔で、鍔迫り合いを続けながらくくっ、と嗤うオーガ。

 

「あぁ……、田舎者に優しくしてやろうと思った俺だが、奴らはとんだ凶賊だった。男は手加減できずに殺しちまって、女は逃しちまったが、手負いだからか他のごろつきに散々犯されて、ボロ屑みたいになってしまったのを、俺が介錯してやった。良い筋書じゃねぇか?」

「は、はぁっ!?」

 

 信じていた物に裏切られ、驚愕するタツミ。

それを見て左右非対称に、にたぁ、と嗤うオーガ。

 

「いやぁ、すげぇいい尋問ができそうな女、久しぶりに見たからなぁ。たっぷり啼かせてやるぜぇ」

「うおっ!?」

 

 ついに鍔迫り合いに押し勝ち、タツミを退けるオーガ。

返す刃を、咄嗟に剣を取ったイエヤスが弾く。

オーガの欲望に濡れた視線に、震えながらサヨが叫んだ。

 

「ば、馬鹿言いなさい! そんな横暴が許される訳が!」

「あぁん? 馬鹿言え、お前らみたいな田舎者の死体の言葉と、俺の権力。どっちが強いと思ってる? どっちが信用されると思ってる? 大体っ!」

「ぐっ!?」

 

 イエヤスの剣が払われ、追うオーガの突きが襲い来る。

横から叩くタツミの剣がそれを辛くも防いだ。

 

「今の帝都で、この程度の事、まかり通らねぇ訳ねぇだろうが!」

 

 それは、お前の中だけの事実だよ。

内心で告げ、レオーネは拳に力を込める。

オーガを殺すのには証拠は十分、加えて辺りに人気は無い。

4人の田舎者に姿を見られるのは問題だが、見殺しにするのも胸くそが悪いし、アジトに連れ帰れば問題無い。

動きだそうとし、はたと気付く。

キョウ。

あの男はどうしたのだ、と思った、その瞬間。

 

「――動かないでくれるかな」

 

 ひやり、と冷たい感触。

喉に感じる金属の感触に、思わずレオーネの首筋を汗が流れる。

視線を動かせば、首の間近の刀には、キョウの顔が映っていた。

 

「貴方、帝都に入ってからずっと僕たちを尾けてきたよね? 何の用?」

「……ぐ、あんた、そのためにわざと、オーガの一撃を食らって……」

「質問に答えてくれるかな?」

 

 微笑むキョウからは、底冷えするような殺意が漏れてくる。

レオーネは超常の力を持つ帝具・百獣王化ライオネルの持ち主。

四肢切断程度の傷であれば奥の手で縫い付けるだけで再生できるが、流石に首を刈られてしまえばどうしようもない。

流れる汗に強がりの笑みを浮かべつつ、口を開くレオーネ。

 

「いいのかい? あたしなんかに構ってたら、あの子達、殺られちゃんじゃないか?」

「大丈夫、他の2人の腕はちょっと心配さ。でも、タツミくんの腕なら……」

 

 言って、キョウは視線をオーガ達へ。

キョウ達が話す間も、好き勝手話していたオーガ。

その剣戟に一見押されているタツミ、イエヤスは路地の狭さから援護しづらく、サヨもタツミを上手く楯に使われどうしようもない。

しかし、レオーネの目にはすぐに勝敗の行き先が推察できた。

 

「さぁ、お前を切ったら生かしたまま、目の前でその女も、啼かせてやるぜぇ!」

「よーく分かったよ……」

 

 タツミは、姿勢を唐突に低く。

外れたオーガの剣が宙を彷徨う間に切り上げ、その両腕を断つ。

 

「お前は、俺が斬る」

 

 一瞬で四撃。

首を切り落とされ、心臓を真っ二つにされたオーガの肉片は、そのまま重力に引かれ床に落ちていった。

広がる血飛沫に臓腑。

むせかえる血臭。

 

 殺しに来た相手とは言え、その悪性を知るや何のためらいも無く殺害。

剣の腕と言い、中々の素質か。

思わず見惚れたレオーネだが、すぐに首筋の冷たさが現状を思い起こさせる。

 

「……で、見学は終わったようだけど。貴方は、一体何の用でこんな路地裏まで尾けてきた訳かな?」

「それは……」

 

 なんと告げようか迷う、その瞬間である。

 

「いーけないねぇ! そんなんで調子乗っちゃぁ!」

 

 甲高い、きぃきぃ声が上空から降ってきた。

遅れ一人、上半身裸体の男が空からその場に現れる。

禿げ頭に鍛えられた肉体、何よりその身に纏う凄まじい殺気が、その男を常識の埒外の存在と示していた。

着地した男の立ち位置は、サヨ、イエヤス、2人から少し離れてタツミ、いずれも攻撃可能位置とレオーネの感覚は推定。

同じ答えだったのだろう、舌打ち、レオーネを無視してキョウは刀を構え、姿勢を低く飛び出した。

 

「ひゃおっ!」

 

 が、間に合わず。

奇声と同時、男が両手を振るう。

レオーネの動体視力でさえ、腕先が霞む程の速度。

ぱんぱん、と二つ音が、破裂したサヨとイエヤスの頭蓋が散乱し、首から上を失った肢体がゆっくりと重力に引かれて行く。

呆然と立ち尽くすタツミ。

嗤いながら男が続け、タツミに拳を振るおうとした、その瞬間である。

 

「――ふっ」

 

 吐気、瞬閃。

男の肘から先がキョウの刀に切断され、空中を回転した。

憎悪に顔を歪め、殺意を迸らせるキョウと、男の視線が合う。

男の目に、怯えの色。

咄嗟にだろう、大きく後退し、失った片腕を庇う構えを取る。

遅れ、男の腕が石畳にたたき付けられる音。

 

「ふくく……。中途半端な強さの雑魚を刈ろうと思ったら。このキュウキ様……、元羅刹四鬼のキュウキ様の腕を刈るたぁ、中々見所ある男じゃねぇの」

「……田舎者でね、羅刹四鬼が何か知らないけど、貴方を見る分には大したもんじゃないようだね」

 

 とんでもない、というのがレオーネの感想である。

羅刹四鬼とは大臣直属の皇拳寺最強の武術家。

本当かどうかは知らないが、キュウキの拳の冴えはその名に恥じぬほど、歴戦のレオーネとは言え帝具を使わねば危うい相手だ。

しかし、それもキョウの前では霞む。

 

 ――なんつー殺気だ!

歯噛みし、震えを抑えるレオーネ。

背筋を剥がされ、氷雪の中に突っ込まれたかのような殺意であった。

仲間の筈のタツミでさえ身体を硬くする中、静かにキョウは刀を低く構えた。

対し、キュウキは残る右手を柔らかく、握りしめる間際で脱力させ、静かに腰を低くした。

片腕を無くし、斬られた腕を筋肉の膨張で血止めしつつも、あの恐るべき殺意を前に最適な脱力を続けられるとは、キュウキの技もまた見事。

一部の隙も見当たらず、呼吸の様子さえも気取られぬ、見事な起こりの消し方である。

 

 静かに、レオーネは帝具を発動。

獣の身体能力と五感を身につけ、男達の戦いに集中する。

この戦い、どちらが勝っても見るだけで値百金の経験を得られる、その判断からであった。

 

 キョウの獲物は1.2メートルほどの長刀、低く、地面に当たりそうな位置に構えるも、本人の腰はさほど低くは無い。

黒髪は視線を遮らず、比し和装の袴は足下の光景を遮り、足運びを見え辛くさせている。

呼吸は、僅かに聞こえるも、恐ろしく複雑で奇妙な拍子である。

 

 人間自然に生きていると何かしらのリズムに身体を委ねている。

戦人はそれを拍子と呼び、相手の拍子を読み、己の拍子を隠す事で戦闘を有利に進めているのだ。

キョウの呼吸から読める拍子は、恐ろしく複雑な変拍子であった。

3拍子かと思えば5拍子、狂って7拍子、翻って4拍子。

読み切ったと思いきや読めぬ、言わば狂い拍子と呼べる物。

 

 比しキュウキは、隠れ拍子の使い手である。

レオーネの仲間であるアカメも会得するそれは、己の拍子を極限まで隠し、無い物と相手に認知させる技。

キョウの狂い拍子に比べればポピュラーな技だが、その分多くの人々によって洗練されており、強い。

元より筋肉の動きから完全に起こりを消したキュウキの気配は、最早透明な空気の如く。

その奇天烈な言葉とは裏腹に、キュウキの拳は正当派と言って良いだろう。

 

 キュウキの構えは、腕を失った事もあり防御型。

比しキョウは攻撃型の構え、剣位置から切り上げる斬撃なのは見て取れる。

剣戟は上から振り下ろす方が早く、下から振り上げる方が読みづらい。

いかにもつかみ所の無いキョウらしい剣ではあった。

 

 張り詰めた空気。

互いの血肉を刺すような圧迫感に、思わず、と言った様相で近くのタツミが喉を鳴らした。

それが、合図。

キョウが音も無くふわり、とつかみ所の無い、しかし恐るべき速度で前進する。

銀閃。

超速度の表切上の斬撃は、しかし血飛沫を漏らさない。

 

「んなっ、どういう身体してんだ!?」

 

 叫ぶタツミの通り、キュウキは立ったまま膝から上を九十度曲げ、キョウの斬撃を避けていたのだ。

 

「ひひっ、羅刹四鬼の身体操作能力を、舐めるなよぉっ!」

「――うん、信じていた」

 

 瞬間、再び背筋の凍るような凄まじい殺意。

恐らく余力を残して刀を振ったのだろう、キョウは振り切ったかに見えた刀をそのまま持ち替え、逆手に持つ。

静かな、落ち着く、この場にはまるで似つかわしくない穏やかな声。

 

「貴方がこの程度の攻撃は避けられると。最も意外性のある場所に避けると。そう信じていたよ」

 

 直後、心臓に突き立てられる刀。

ぐが、とキュウキが断末魔の悲鳴を挙げるのに、しかしキョウは続けて穏やかな声で告げた。

 

「ばいばい」

 

 続け刀は、キュウキの腹部から頭蓋へ縦に抜けて行く。

完全に両断された頭蓋からは、口内に施していたのだろう、仕掛け拳銃がこぼれ落ち、石畳を叩いていった。

恐らく、肉体のみを武器とせねばならぬ羅刹四鬼を止めさせられた原因であろう拳銃は、静かに道を転がって行く。

それを眼を細めて見つめ、キョウは刀から血を払いながら告げる。

 

「……人を信じなさい。疑い、それでも人を信じる事を求める事は、何よりも大切なのです。そして……」

 

 納刀の金属音。

踵を返し、告げる。

 

「信じて人を、殺しなさい。僕の母の教えだよ」

 

 ――なんつー強さだ……!

戦慄と共に、レオーネは静かに構えた。

傍から見ていただけとは言え、レオーネにはキュウキの身体操縦術など全く予想できていなかった。

それを、そっくりそのままではなくとも予見してみせたキョウの見切りは、凄絶の一言。

剣速など純粋な身体能力では強化系帝具持ちに劣るよう見えたが、今のが全力だとも限らない。

 

 襲われたら、逃げるのがベター。

そんな予感と同時、しかしレオーネはキョウの資質に惹かれる物もあった。

自然にオーガをタツミに任せ、己は謎の尾行者であるレオーネを追った判断力と演技力。

キュウキを屠った戦闘能力に、何より殺人に全く戸惑いの無い殺人者の資質。

加え仲間の死に殺意を漏らす、義侠の精神。

ナイトレイドに仲間に加えるのに申し分ない資質だ。

隣の死体となった仲間に縋り付くタツミも、キョウには現時点では劣る物の、かなりの資質を持つ。

 

「ふふ……すげーなあんた……、キョウとか言ったっけ」

「うわっ、何だお前!?」

 

 悲鳴を挙げ剣を構えるタツミは、しかしちらちらとキョウに不審の目を向けている。

もしキョウが本気を出してオーガを殺していれば、続くキュウキによるサヨとイエヤスの殺戮も防げたかもしれないのだ。

キョウが本気を出さなかった理由が分からない今、到底理解も納得もできないのだろう。

故に、レオーネは肩をすくめながら軽く答える。

 

「帝都に入った時からあんた達4人を尾行してた、ただの美女さ。つっても、いきなり傷物にされかけちゃったけどねぇ」

 

 首筋の、僅かに血が滲む痕を、レオーネは指で擦った。

目を見開くタツミに、凍てついた声でキョウ。

 

「なら、さっさと尾行の理由を言うんだったね。今からでも、言えば首と胴体が泣き別れする羽目にはならずに済むけど」

「ふふ……」

 

 と、わざとらしく呟きつつも、レオーネは思考を高速回転。

とりあえず助け船を出したお陰で、タツミはキョウへの疑心を解いたようだった。

しかし、詐欺ろうと思ってたとか言ったら斬られるよなぁ、と冷や汗と共にでっち上げを作ろうと思った、その瞬間である。

す、と。

暖かな空気。

驚くほど穏やかな声と共に、キョウは抜刀の構えを解く。

 

「なんてね?」

「……へ?」

「貴方は僕に一瞬遅れてだけど、タツミくんを助けようと走り出しかけていた。僕が先に間に合ったので、切欠を無くしたようだけど」

 

 驚愕に、レオーネは顔をひくつかせる。

タツミを救おうと超速度で動いていたキョウだったはずだが、同時にレオーネの動きを悟っていたとは、後ろに目でもついているのだろうか。

戦慄に身体を強ばらせるレオーネを安心させるように、穏やかな声のキョウ。

 

「オーガとやり合おうとした所に飛び出そうとしたのも、最初は奴とグルの可能性を考えていた。けど、キュウキからタツミくんを助けようとした辺り、それもタツミくんを助けようとした所だったんじゃないかな? 最初尾けてきたのも、田舎者の僕らを心配してって所かも」

「へ? そ、そうだったのか、あんた」

「いや、まぁそうだけどさ……。なんだよ、やけに好意的じゃあないか」

 

 無論、最初の尾行の理由は違うが、口には出さない。

怪しささえ感じられる程の手の返しように、レオーネは表面上警戒を装うが、しかし獣の勘はキョウの言葉が本心だと悟っていた。

氷雪を溶かすかのような、警戒をほぐす不思議な口調である。

獣の警戒心をも解く目前の男は、続け穏やかに告げる。

 

「う~ん、美女に優しく接するのは男の義務では?」

「おおっ、嬉しい事言ってくれるじゃあないの。じゃあ優しいついでに、も一つ話を聞いてくれないかい?」

「タツミくん、どうする? 勿論、必ずサヨちゃんとイエヤスくんを弔う事はできるようにしてみせるけど」

「へ? あ、あぁ、なら話ぐらい聞いても構わねぇけどさ……」

 

 それに、優しく頷いてみせるキョウ。

遅れ視線をレオーネに向けるその瞬間、月明かりがキョウの顔に差した。

その穏やかで日溜まりのような顔が、薄暗い路地裏に仄かに浮かぶ。

 

 しかしその顔は、切り捨てたキュウキの返り血を浴びており、所々黒血で汚れていた。

恐るべきは、その返り血を浴びた状態ですら、キョウの顔は穏やかで優しく、心温かくなる表情なのだ。

事実、レオーネの胸にでさえも、今まで真冬だった事に気付かなかった者が、生まれて初めて焚き火にあたったかのような感慨があった。

――これは、人間にできる表情なのか。

暖かな胸の温度に反し、そんな疑問が沸くレオーネの目前、にこりとキョウが口を開く。

 

「じゃ、改めまして。僕の名前は、キョウ・ユビキタス。生き別れの妹を探しに、帝都にやってきたんだ」

 

 

 

 

 




安定のマジキチ血筋な名字。
尚、scene1は主人公紹介回ばっかです。

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