遊戯王GX お隣さんに縁がある   作:深山 雅

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盛大なご都合主義を発揮しています。ご注意ください。


第4話 属性とシンクロ

 「ギルティ」

 

 それが俺の第一声だった。

 

 「安心しろ、翔。俺はお前が収監されてもちゃんと面会……は、無理か。でも差し入れはしてやるから」

 

 「待ってよ優君! 僕、本当にやってないッスよ!」

 

 「やったかやってないかなど関係無いんだ。痴漢や覗きを疑われた男なんて、状況証拠だけで十分捕えられてしまうんだから」

 

 「何その理不尽!?」

 

 しかし、それが現実である。一体どれほどの無実の男がそれで人生を棒に振ったことか……。

 

 何を仕出かしたのかと思われた翔だが、かなりのことを仕出かしていた。どうやら、女子寮の風呂を覗いたらしい。なんて羨ま……けしからん。

 十代と共に女子寮まで赴いて話を聞き、俺は翔に判決を下した。

 しかしその判決は、翔を捕えていた3人の女子にとっても予想外だったらしい。

 

 「ちょ、ちょっと待ちなさい。彼のことは、十代が私とデュエルして勝てば解放してあげるわ!」

 

 3人の女子の内の1人、明日香が声を張り上げた。俺の隣の十代が一気に乗り気となる。

 

 「おっ、いいぜ! デュエルだ!」

 

 「ダメだよ、十代」

 

 すぐさまディスクを構えようとする十代を制し、俺は少し厳しめの声を出した。

 

 「お前、さっきまで翔を庇ってたじゃんか。翔はそんなことしないって。なのにそのデュエルを受けるってことは、翔が覗きをしたということを間接的に認めることになるぞ?」

 

 「何でそうなるんだよ!」

 

 「日本語は難しいのさ……大体、お前らもお前らだ!」

 

 俺は縛られた翔を押さえつける女子たちをピシッと指差した。

 

 「十代がデュエルで勝てば解放するって? お前らの裸はそんなに安いものなのか? もっと自分を大切にしたらどうなんだ?」

 

 自分たちが説教紛いの言葉を受けることになるとは思っていなかったのだろう。明日香以外の2人が顔を見合わせた。

 

 「そ、それは……」

 

 「そうですけれど……」

 

 その2人、枕田ジュンコと浜口ももえは困ったような声を出し、次いで明日香を見た。成る程、決定権は彼女にあるらしい。

 2人に見られている明日香には、特に動揺は無い。頭を抱えて溜息を吐いてはいるが。どうやら彼女にとっては、覗き云々は十代とのデュエルの口実に過ぎないようだ。

 そしてその明日香の足元で縛られている翔は、ジト目で俺を見ていた。

 

 「優君……顔、笑ってるッスよ」

 

 え? いや~、だってさぁ。

 

 「あなた、どっちの味方なの?」

 

 明日香が少し呆れたように問いかけてきた。俺はその質問に真摯に答えよう。

 

 「面白そうな方」

 

 「最悪ッス、この人!」

 

 嘆く翔。だって早々見られないだろ、こんな面白いこと。

 俺の即答に明日香がまた1つ大きな溜息を吐いた。

 

 「真面目そうな人だと思ってたのだけれど……」

 

 「優は昔っからこんなんだぞ? 時々悪ノリする」

 

 おいこら十代。こんなんって何だ、こんなんって。

 

 「それより、デュエルするんだろ? ワクワクしてきたぜ!」

 

 「……えぇ、そうね」

 

 「ア、アニキ~? ひょっとして僕のこと忘れてないッスか~?」

 

 諦めろ、翔。十代は昔からこんなんだ。

 

 

 場所を移し、何故か湖の上でボートに乗って行われた十代と明日香のデュエル……なのだが。

 はっきり言おう。何とも惨い結果に終わった。

 

 「明日香さん!?」

 

 「明日香さま、しっかりなさって!?」

 

 取り巻き2人に必死で宥められているように、デュエル終了後の明日香が何だか呆けていた。まるで口から魂が抜けたかのように。

 

 「? どうしたんだ、アレ?」

 

 明日香の魂を抜いた下手人は、ここでキョトンとした顔をしている十代である。勿論、十代としては本気で疑問に思ってるんだろうが。

 俺はその十代の肩をポンと叩いた。

 

 「初見の人にアレはきつかったんだと思うぞ?」

 

 「うん、アレは酷いッス」

 

 翔ですらもコクコクと頷きながら肯定する辺りで、その程度が知れようというものだ。けれど十代はますます不思議そうな顔をする。

 

 「えぇ? 俺、そこまでしたっけなぁ?」

 

 よし、それじゃあさっきのデュエルのラストターン、1度検証してみようか。

 

 

 ~回想 十代VS明日香 ラストターン~

 

 「さぁ、あなたのターンよ!」

 

 「クロノス教諭に勝ったのも、まぐれに過ぎなかったようね!」

 

 「さっさとサレンダーなさったら?」

 

 明日香が自信満々にエンド宣言をし、他2人も明日香の勝利を確信しているのか、十代を鼻で笑った。

 この時、十代のフィールドにはリバースカードが1枚のみで、手札は1枚。次のドローカードを含めても2枚だ。

 対して明日香は手札こそ無いものの、フィールドにはエースモンスターである【サイバー・ブレイダー】と2枚の伏せカード。

 残りライフも十代が500で明日香が1200と、明らかに十代の劣勢であった。

 しかし。

 

 「まだ勝負は着いていないぜ! ドロー!」

 

 ここからの十代の勢いがそりゃもう凄かった。

 まず、そのドローカードが【強欲な壺】だった。

 

 「【強欲な壺】を発動! デッキから2枚ドローして、更に【天使の施し】! 3枚ドローして2枚捨てる! 【ホープ・オブ・フィフス】を発動! 墓地から【フレイム・ウイングマン】、【エアーマン】、【フェザーマン】、【バーストレディ】、【バブルマン】をデッキに戻して2枚ドロー!」

 

【ホープ・オブ・フィフス】

通常魔法

自分の墓地の「E・HERO」と名のついたカードを5枚選択し、デッキに加えてシャッフルする。

その後、デッキからカードを2枚ドローする。

このカードの発動時に自分の手札・フィールド上に他のカードが存在しない場合はカードを3枚ドローする。

 

 これで十代の手札は4枚。しかも。

 

 「【エアーマン】を召喚! その効果で【バブルマン】を手札に!」

 

 さっきデッキの戻した【エアーマン】を早速引いたらしい。そして。

 

 「場の【エアーマン】と手札の【バブルマン】を融合!」

 

 当然ながら、【エアーマン】と【バブルマン】を融合素材とするHEROはいない。しかし、もっと条件の緩い素材を必要とするHEROは存在していた。

 

 「来い! 【E・HERO アブソルートZero】!」

 

 現れたのは、HEROと水属性モンスターを素材とするHERO。俺の前世では属性HEROと呼ばれていたアイツである。

 

【E・HERO アブソルートZero】

融合・効果モンスター

星8 水属性 戦士族 攻撃力2500/守備力2000

「HERO」と名のついたモンスター+水属性モンスター

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。

このカードの攻撃力は、フィールド上に表側表示で存在する「E・HERO アブソルートZero」以外の水属性モンスターの数×500ポイントアップする。

このカードがフィールド上から離れた時、相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。

 

 「【アブソルートZero】? 聞いたことの無いHEROね……」

 

 明日香の呟きに、俺は内心で『だろうね』と思った。

 

 「ねぇ優君。ひょっとして、アレが前に優君が言ってた……」

 

 「そう。俺が渡した、日本ではおそらく十代しか持ってないHEROさ」

 

 十代の背後でヒソヒソと言葉を交わす俺と翔。そんな俺たちは特に気にすることなく、十代はノリノリでデュエルを進めていた。

 

 「さらに手札から速攻魔法、【融合解除】! 【Zero】を融合デッキに戻して、墓地の【エアーマン】と【バブルマン】を特殊召喚するぜ!」

 

【融合解除】

速攻魔法

フィールド上の融合モンスター1体を選択して融合デッキに戻す。

さらに、融合デッキに戻したそのモンスターの融合召喚に使用した融合素材モンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、その一組を特殊召喚できる。

 

 折角召喚した融合モンスターをすぐさま戻してしまうという行動に、それをやった張本人である十代とその結果をよく知る俺以外の面々が『は?』と言わんばかりの顔をする。けれど俺は天を仰ぎ、明日香に同情する。

 

 「特殊召喚された【エアーマン】の効果発動! 場の他のHEROの数だけ魔法・トラップカードを破壊する! 明日香の右の伏せカードを破壊!」

 

 「くっ!」

 

 【エアーマン】から向けられた突風により破壊されたカードは【聖なるバリア ミラーフォース】だった。成る程、いいカードを破壊出来たらしい。

 しかも。

 

 「な、何なのこれ!?」

 

 明日香がギョッとするのも無理はない。何しろ、辺り一面が凍りついているのだから。特に【サイバー・ブレイダー】なんて氷漬けだ。

 

 「【アブソルートZero】の効果発動! このカードがフィールドから離れた時、相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する! 《絶対零度》!」

 

 「何ですって!?」

 

 十代から聞かされた効果に目を見開く明日香。何しろ、その効果は禁止カードである【サンダー・ボルト】そのものだ。いや、その効果内容だけならそこまで驚いたか解らない。似たような効果を持つカードは他にも存在する。【ライトニング・ボルテックス】や【神獣王バルバロス】、城之内さんも使った【ギルフォード・ザ・ライトニング】がいい例だろう。

 しかし今例に出した内、前者は裏側守備表示モンスターは破壊できず、後者2体は3体の生贄を必要とする。しかし【Zero】は裏側守備表示モンスターにも対応しており、その発動条件も緩い。フィールドを離れた時に全てのモンスターを、だもんな。

 

 「【サイバー・ブレイダー】……」

 

 氷漬けにされたまま砕け散ったエースを、呆然と眺めるしかなかった明日香。

 だが、十代はそれでは終わらなかった。まだ手札は1枚残っているのである。

 

 「そして手札から【ミラクル・フュージョン】! 場の【バブルマン】と墓地の【クレイマン】を除外して、融合!」

 

【ミラクル・フュージョン】

通常魔法

自分のフィールド・墓地から、「E・HERO」融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを除外し、その融合モンスター1体を融合デッキから融合召喚する。

 

 【バブルマン】と【クレイマン】による融合。それによって現れるのはご存知、みんなの頼れる壁である【マッドボールマン】……では当然無く。

 

 「もう1度来い! 【E・HERO アブソルートZero】!」

 

 再び現れる【アブソルートZero】……うん。

 

 こ れ は ひ ど い。

 

 特殊召喚された【バブルマン】と【エアーマン】の攻撃が通っていれば、それで十代の勝ちだった。だが恐らくはまだ伏せカードがあることから、念のために融合召喚したのだろう。しかしこの短時間で疑似サンダー・ボルト内臓のモンスターと2度も向かい合うことになってしまった明日香の表情は、明らかに引き攣っていた。

 そんな明日香に代わり、食って掛かってきたのは観戦していた女子たちの1人……ジュンコの方か、あれは。

 

 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そのモンスターは【エアーマン】と【バブルマン】の融合体なんじゃないの!?」

 

 気持ちは解る。だが、そんな括りには当て嵌まらないHEROも世の中にはいるのだ。

 

 「【アブソルートZero】はHEROと名の付くモンスターと水属性のモンスターによる融合で召喚出来るHEROだぜ!」

 

 「なっ!? 何なのソレ!?」

 

 気持ちは解る。でもそれが属性HEROなんだ。

 十代の笑顔での説明にジュンコとももえは憤慨し、明日香は絶句し、翔はポカンとしている。

 疑似サンダー・ボルトの発動条件も緩ければ、指定されている融合素材も緩い。流石は【Zero】、OCGでも最強のHEROの一角に数えられていただけのことはある。特にこの世界では効果の発動後に効果説明が行われることもザラにあるので、初見ではほぼ間違いなく餌食になる。

 そしてバトルフェイズ。

 

 「行け、【アブソルートZero】! 明日香にダイレクトアタック! 《Freezing at moment》!」

 

 十代の指示を受けて迫り来る【Zero】に、明日香がハッとしたようにディスクに手を伸ばして最後に残った伏せカードを発動させる。

 

 「リバースカードオープン! 【リビングデッドの呼び声】! 墓地から【サイバー・ブレイダー】を攻撃表示で召喚! そしてあなたの場にモンスターは2体! 【サイバー・ブレイダー】の攻撃力は倍となる! 《パ・ド・トロワ》!」

 

 蘇った【サイバー・ブレイダー】の攻撃力は、その効果により4200。これでは【Zero】で自爆特攻して効果を発動しようにも、その前に十代のライフが尽きている。だからだろう、明日香はどこかホッとした表情をしていた。時間を稼ぎ、何とか【Zero】攻略の道筋を立てるつもりらしい。

 だが、罠を伏せていたのは明日香だけではなかった。

 

 「それなら俺も、トラップ発動! 【亜空間物質転送装置】!」

 

 鬼や……鬼がここにおる……。

 

【亜空間物質転送装置】

通常罠

自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、このターンのエンドフェイズ時までゲームから除外する。

 

 その罠の発動により何が起こるのかを瞬時に悟ったのだろう、明日香は軽く絶望したような表情をしていた。

 

 「その効果で【Zero】を除外! そして効果発動! 《絶対零度》!」

 

 再び氷漬けとなるフィールドと、氷像と化す【サイバー・ブレイダー】。彼女が破壊された後、明日香のフィールドには何も残っていなかった。手札も0。これまでのデュエルを見ていても、墓地で効果を発動するようなカードは落ちていなかった。残りのライフは1200。そして十代の場には【エアーマン】が残っており、その攻撃力は1800。完全に詰みだった。

 

 「【エアーマン】でダイレクトアタック! 《エア・シュート》!!」

 

 十代の勝利である。

 

 「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

 

 

~回想終了 ○十代VS明日香●~

 

 

 うん、惨い。

 ただ負けるだけではなく、1ターンに2度も疑似サンダー・ボルトを食らった明日香の心情は、推して知るべし。

 信じられるか? アレ……原作では主人公とメインヒロインだった2人のデュエルなんだぜ……って、どう考えてもあの惨劇の元凶は俺ですねごめんなさい。

 

 「じゃあ、翔は返してもらうぜ」

 

 項垂れている明日香に告げる十代。明日香の方も気を持ち直したらしく、『ええ』と頷いた。しかし、それに噛み付く他の女子2人。

 

 「い、いい気にならないでよ……ね……」

 

 「こんなのマグレですわ……」

 

 が、その言葉は尻すぼみである。まぁ、あんな光景を見せられちゃあなぁ。けどそんなに恐れるな、ちゃんと効果を把握していれば【Zero】はまだ対処可能なレベルだ。まだこの世には存在しない【超融合】に比べれば、【Zero】ぐらい……いや、十分に脅威か。

 その後、正式に翔を返却してもらい、俺たちは帰路に付いたのだった。

 

 

 「ねぇアニキ。さっきの【アブソルートZero】って珍しいHEROッスね」

 

 翔がそんなことを言い出したのは、レッド寮に戻ってすぐだ。俺も荷物をこの部屋に置いたままなため、既に消灯時間は過ぎているものの一緒にここまで帰って来た。隼人も翔の無事を喜び、一段落が付いたところだった。

 

 「融合素材に属性を指定するなんて、僕、見たこと無かったッよ」

 

 それはそうだろう。見たことがあったら逆に凄い。十代は言われ、融合デッキから数枚のカードを取り出す。

 

 「俺も優に貰って、初めて見たからなぁ。【Zero】だけじゃないぜ。ホラ、見るか?」

 

 十代が翔に渡したカードは、計4枚。

 【E・HERO アブソルートZero】、【E・HERO エスクリダオ】、【E・HERO The シャイニング】、【E・HERO ノヴァマスター】だ。

 

 「え~っと、水属性に闇属性、光属性に炎属性……風属性と地属性は無いんスか?」

 

 「あるよ。手に入らなかっただけで」

 

 翔の背後から属性HEROのカードを覗き込み、俺は妙な感慨を覚えた。

 

 「そういえばこのカード、優君がアニキに渡したんスよね? どうやって手に入れたんスか?」

 

 「前にも言っただろ? アメリカ人の知り合いの伝手さ」

 

 肩を竦めて誤魔化すが、翔はそれで流してはくれなかった。

 

 「そうじゃなくて! どういう知り合いからどういう伝手で手に入れたんスか?」

 

 「無駄だぜ、翔」

 

 そんな翔を諌めたのは十代だ。

 

 「俺だって何度も聞いたんだぜ、どういう知り合いだって。俺も礼とかしたかったし。でも教えてくれねぇんだ。いつか教えてくれるとは言ってたけどな」

 

 兄貴分である十代に止められ、翔は渋々引き下がった。俺はそれがありがたい。何しろ、どう説明すればいいのかまるで解らないのだ。

 その属性HEROたちを手に入れた伝手がペガサス・J・クロフォードである、だなんて。

 

 

 

 

 ~回想~

 

 あれは、俺が童実野町を離れて遊城家の隣に引っ越し、それから更に数年が経過した頃だった。

 その頃にはもうユベルが残して行った傷も大分風化し、俺以外にも十代とデュエルをする相手が出来ていた。それでも家が近所で気も合うということで俺と十代は連んでおり、デュエルも最低1日1回はしていた。

 そんなある日のこと。

 

 いつも通り十代とデュエルをしていたが、この日俺が使っていたのは第2デッキの方だった。十代の希望である。十代のHEROデッキとは相性最悪であるこのデッキを如何にして打ち破るか。それは十代を非常にワクワクさせるものだったらしい。

 だがそれでも相性が悪いことは間違いなく、それに俺の方でも常に改良は加えている。なのでこのデッキと相対した時の十代の勝率は、著しく低かった。

 だがこの日、俺は特大級の衝撃と共に敗北を喫することとなる。

 

 

 

 十代の残りライフ100で迎えた十代のターン。それは起こった。

 

 「俺のターン! ドロー! 手札がこの1枚の時、コイツは特殊召喚出来る! 【バブルマン】を特殊召喚! フィールドに他のカードが無いから2枚ドロー! ……ぃよっしゃあ! キター! 俺は【エアーマン】を召喚!」

 

 「………………へ?」

 

 今、なんて言った? 【エアーマン】? 何で?

 しかし俺の思考がフリーズしても、十代は止まらなかった。

 

 「俺の場にはバブルマンがいる! よってお前の場の魔法・トラップカードを1枚破壊する! そのフィールド魔法を破壊だ! 《エア・ソニック》!」

 

 【エアーマン】に効果により俺のコンボの要となるフィールド魔法は破壊され、周囲の景色もそれに合わせて一変した。ここはもう、いつもの近所の公園だ。

 

 「これで魔法が使える! 【ホープ・オブ・フィフス】を発動! 墓地から【フェザーマン】、【クレイマン】、【スパークマン】、【ワイルドマン】・【エッジマン】をデッキに戻して2枚ドロー! 【強欲な壺】! 2枚ドロー! 【天使の施し】も発動! 3枚ドローして2枚捨てる! 行くぜ、【大嵐】! 俺の場に魔法・トラップは無い! 優の【強者の苦痛】と【一族の結束】、それにその永続トラップを破壊! そして【ミラクル・フュージョン】! 墓地の【フェザーマン】と【バーストレディ】を融合! 来い、【フレイム・ウィングマン】! んでもってフィールド魔法【摩天楼 -スカイスクレイパー-】を発動!」

 

 「へ? え?」

 

 いつもの公園が、あっという間に摩天楼へと摩り替る……が、相変わらず俺は置いてきぼりだった。

 

【強者の苦痛】

永続魔法

相手フィールド上のモンスターの攻撃力は、そのモンスターのレベル×100ポイントダウンする。

 

【摩天楼 -スカイスクレイパー-】

フィールド魔法

「E・HERO」と名のつくモンスターが攻撃する時、攻撃モンスターの攻撃力が攻撃対象モンスターの攻撃力よりも低い場合、攻撃モンスターの攻撃力はダメージ計算時のみ1000ポイントアップする。

 

 「バトル! 【フレイム・ウィングマン】で【ブリザード・プリンセス】に攻撃! 《スカイスクレイパー・シュート》! そして【フレイム・ウィングマン】の効果! 《フレイム・シュート》!」

 

【ブリザード・プリンセス】

効果モンスター

星8 水属性 魔法使い族 攻撃力2800/守備力2100

このカードは魔法使い族モンスター1体をリリースして表側攻撃表示でアドバンス召喚する事ができる。

このカードが召喚に成功したターン、相手は魔法・罠カードを発動する事ができない。

 

 「え? え? ってうわっ!?」

 

優 LP4000→900

 

 「【エアーマン】で【カオス・ソーサラ-】を攻撃! 《エア・シュート》!」

 

【カオス・ソーサラ-】

効果モンスター

星6 闇属性 魔法使い族 攻撃力2300/守備力2000

このカードは通常召喚できない。

自分の墓地の光属性と闇属性のモンスターを1体ずつゲームから除外した場合に特殊召喚できる。

1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択してゲームから除外できる。

この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。

 

 「ちょ、ちょっと待……」

 

優 LP900→400

 

 「最後だ! 【バブルマン】でダイレクトアタック! 《バブル・シュート》!」

 

 「…………」

 

優 LP400→0

 

 え? 何これ?

 

 「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

 

 お前はな!

 

 

 

 「なぁ十代。お前、そのカードどうしたんだ?」

 

 デュエルが終わっての反省会。公園の隅の木陰に場所を移して恒例のそれを行っている時、俺は最も気になっているそれについて質問した。

 

 「これか?」

 

 十代の手に握られているのは、【エアーマン】。大事な事なので2度言おう。【エアーマン】だ。漫画版にて登場し、OCG化。しかしアニメには未登場のはずの【エアーマン】である。

 俺の疑問に、十代は得意満面の笑みで答えた。

 

 「何とかあのコンボを破れねぇかなって思ってさ! 破壊効果のあるHEROがいねぇかなって探してたんだ。でもパックからは出ねぇし、ショップにも無ぇし。そしたらショップの人が海外のカードオークションサイトを紹介してくれてよ~。それで見付けたんだぜ! でも高くってよ、貯金は使い切っちまったし、小遣いも前借しまくったし。それでもちゃんと狙った通りのコンボが出来たからな! いいカードだぜ!」

 

 「へぇ……」

 

 カードショップの人って、アレか。あのちょっと気弱そうなお兄さんか。前にショップにガラが悪そうな人たちが来た時に俺と十代がそいつらをデュエルで叩きのめし、それ以来色々と便宜を図ってくれてるあの人か。だったら怪しい裏とかは無さそうだ。

 でもそっか、海外か……それは盲点だった。しかもオークション。俺の財力ではまず間違いなく狙った商品を競り落とせないだろうから、覗いたことも無かったな。

 

 「【エアーマン】だけじゃないぜ! 他にも、見たことの無いカードとか一杯あった……そうだ! これから見に行かねぇか?」

 

 その誘いにはありがたく乗ることにして、俺たちは十代の家へと向かった。

 俺の家にもパソコンはあるけど、それは父さんの仕事用である。俺が使ってはいけないわけじゃないが、勝手に使ってオークションサイトに入り、もしもそれが履歴などからバレればいらぬ心配をかけることとなる。

 そんなわけで十代の家でパソコンを覗き込み、件のサイトにアクセスする。

 

 「え~っと、コレだ!」

 

 十代にアクセスしてもらって実際に見てみたそのサイトの品々は中々のもので、『HERO』で検索しただけでも俺がこれまでの今生では見たことの無かったカードがわんさか出て来た。

 

 「【アイス・エッジ】、【レディ・オブ・ファイア】、【オーシャン】、【フォレストマン】……なぁにこれぇ?」

 

 見事に漫画版で賑わっている。そうか、日本とアメリカにはこんな違いもあったのか……となると。

 

 「『魔法使い族』で検索してみてもいいか?」

 

 「いいぞ!」

 

 了解を得て少しいじってみると、色々出て来た。

 

 「【ガガガシールド】、【フォーチュンレディ】、【時花の魔女-フルール・ド・ソルシエール】……なぁにこれぇ?」

 

 魔法使い族という種族全体で見れば、その違いはHEROほど顕著ではない。それでも、今生では見ていないカードは少なからずあった。

 原作には出て来ていなくても実際には存在していたカードがたくさんある、というのは解ってたつもりだけど……本当に色々あったんだな。

 十代とはこの日はその後、海外のカードの話題で盛り上がり、夕食時になって俺は自宅へと戻ったのだった。

 

 自宅に戻って夕食を摂り、俺はある人物にメールを送った。ある人物とはかのペガサス・J・クロフォードその人である。

 かつてのパラドックス事件が起こったデュエル大会の後、俺はペガサスのプライベート番号とメルアドを渡されていた。何かあったら気軽に連絡してくれ、と言われて。

 そうは言われても相手は年の離れたいい大人の社会人で、しかも間違いなく多忙であろう職業に就いている。なのでこれまで、俺の方から連絡を取ったことは無かった。

 当のペガサスからは時々連絡があったのだが。どうやら彼は国に帰ってから本当にシンクロ召喚プロジェクトを起ち上げてしまったようで、たまにシンクロ召喚の話をしてくるのだ。

 本人が言うにはどうやら、まだ機密事項故に外部の人間には気軽に話せず、かといって自社の社員との話だけではイマイチ忌憚の無い意見が出にくいようで、既にシンクロについて知っている遊戯さんと俺の意見がたまに聞きたくなるのだとか。どうしてこうなった。

 それに忌憚の無い意見が出にくいと言うが、そもそもデュエルモンスターズ自体がペガサスを中心としたI2社によって生み出されているのである。それなのに、いくら新しい概念だからといってシンクロ召喚についてはあまり意見が出ないというのは可笑しくないだろうか?

 そう思ってはいたのだが、I2社のことなど俺には関係の無いことだし、と深くは考えていなかったのだが……これを後々少し後悔することとなる。

 

 それはともかく。

 

 今回俺がペガサスに送ったメールの内容は、アメリカと日本でカードプールに微妙な違いがあることを知ったのでどんなカードがあるのか教えてくれないか、ということである。やっぱり、出品者がいないと成り立たないオークションよりも、製造元であるI2社の人間に聞くのが手っ取り早い。ただ勿論、機密情報だったりペガサス本人が忙しかったりするのならこのメールのことは忘れてくれとも付け加えた。

 ……言っておくが、実際のメールの文面はもっとちゃんとしたものである。いくら何でもここまで砕けた口調のメールを友人でも無い年長者に送ったりしない。それぐらいの常識はある。

 

 だがその返信は、俺の想像以上に早かった。何しろ翌日には自宅のパソコンに件のメールの返事とも言えるデータが送られていたのだから。

 データの送り主があのペガサスだということに俺の両親は大層驚いていたが、遊戯さん繋がりでの知り合いだと言うと納得してくれた。嘘は言ってない。かつて両者の間に有った確執を黙秘しているだけで。

 俺はというと、返事が早かったことに多少驚きはしたが、その返事自体は大して驚かなかった。

 何しろペガサスが多少忙しかったところで、目の前のパソコンを指先1つでちょちょいと操作すれば簡単に引っ張り出せる情報な上、同じく指先1つでちょちょいとパソコンを操作すればメールとして送ってしまえるのである。大した手間でない。

 それに、既に一般向けに販売されているカードの情報が機密事項なわけがない。

 加えてこう言っては何だが、ペガサスは俺に甘い。理由は言わずもがな、ヤツがかつて仕出かしたことを思えば多少の負い目は残るものである。

 ビジネス上の付き合いもある海馬兄弟や自分を真っ向打ち負かした遊戯さんとは、今じゃあ過去のことは水に流して対等な関係を築けている。だが、当時碌な自衛手段も持っていないちびっ子だった俺を拉致監禁し、ゆくゆくは実験台にまでしようとしていたという事実は、ミレニアム・アイを失い真の意味で正気に戻ったペガサスからすれば恥ずべきこと以外の何物でもないらしい。

 だからこそ、俺の方からはあまり連絡を取ろうとしなかったってのもある……何だか利用してしまいそうで。

 だが、今回ばかりは素直に感謝した。ありがとうペガサス。

 

 

 尤も、この時の感謝は数日後にははるか彼方へ投げ捨ててしまうこととなるのだが。

 

 

 学校から帰った後、送られてきたデータをさらっと流し見た俺が真っ先に思ったのはこんなことだった。

 

 「へぇ、アメリカには属性HEROもいるんだ」

 

 やっぱり真っ先に見てしまうのは魔法使い族とそのサポート、それに身近なHEROだった。その中でも特に目を引いたのが属性HEROである。

 

 「十代が属性HEROなんて持ったら大変なことになりそうだよなぁ……でもそれならそれで、俺も精進できそうだけど」

 

 身近なライバルが強くなるということは、それに対抗する俺自身の研鑽にもつながる。

 デッキを作るだけなら1人でも出来る。だが、強くなるには実戦を重ねなければならない。そしてデュエルは1人では出来ない。

 そのためには強いライバルがいるのが1番いい。コイツには負けたくない、そう思わせる相手がいるということが。

 もしもそれで置いて行かれるというのなら、所詮はそこまでのデュエリストだったのだという話である。

 

 「そういえば……」

 

 そうしてふと思い出す。

 

 (十代の誕生日ってもうすぐだったっけ)

 

 誕生日のプレゼントだ、と言えばカードを渡すのも不自然じゃない。

 見たことの無いHEROを見たら、アイツなら間違いなく喜ぶ。

 今の時代は融合デッキに枚数制限は無いから、融合HEROが増えてもデッキを圧迫したりはしない。

 それで十代が強くなれば、俺自身にも得がある。

 十代に属性HEROを渡せればそれは、一石二鳥ならぬ一石三鳥のように思えた。

 

 だが、ことはそこまで簡単では無かった。なにしろその属性HEROたちのレアリティは【エアーマン】を軽く上回っていたのだ。あのオークションサイトで属性HEROたちを見付けられなかったのも当然だろう。ここまでのレアカードなら、オークションにはまず出さない。きちんとしたカードショップで売買するか、闇で取引するかだ。

 なにせこの世界でのレアカードは本当に希少価値で、目玉が飛び出るほど高い。そして俺は貧乏人。

 

 (取らぬ狸の皮算用……ってか?)

 

 あまりに現実性を欠いていた考えに、知らず苦笑が漏れる。

 俺は頭を切り替え、魔法使い族関連をもう1度見てみる……が。

 

 「魔法使い族関連は日本とそう大きな違いが無いなぁ」

 

 『決闘王が日本人であり、そのエースが魔法使い族だからな。やはりその影響があるのではないか?』

 

 エンディミオンの指摘は、俺も考えていることだった。だってよく見てみると、魔法使い族だけでなくドラゴン族もあまり大きな違いが無い。やっぱり、有名人が使ったカードには色々と影響が出て来るのだろうか。違いが全く無いわけではないが……。

 

 「でもまぁ。そうなるとこのデータも、あまり意味が無かったな」

 

 俺はそう呟くとパソコンをシャットダウンし、いつも通りに『デュエルしようぜ!』と誘いに来た幼馴染と共にいつもの公園へと向かったのだった。

 

 

 事が大きく動いたのはそれからさらに数日後のことだった。

 

 『お久しぶりデース、優ボーイ』

 

 「……何の用ですかねペガサスさん」

 

 ある夜、唐突にペガサスから電話があった。時差を考えれば向こうは電話をするのに適した時間とは言えまい。その辺はどうやら気を遣ってくれたらしい。そうなってくると、無碍にも出来ない。

 ちなみに俺はペガサスの謝罪を受け入れたあの日から、ちゃんと対外的には敬称を付けて呼んでいる……内心で呼び捨ててしまうのは、アレだ。三つ子の魂百までというか、初対面でのイメージが悪すぎたというか。どうか俺を責めないでほしい。

 それはそれとして。

 

 『用は先日送ったデータのことデース』

 

 あぁ、あれか。既に殆ど忘れていた。何しろ、手に入れたいと思うようなカードは軒並みレアカードで、俺には手が届きそうになかったから。いくらパック運が良くても、そもそも日本のパックに入ってないようじゃ出しようが無いし。

 

 「あぁ、ありがとうございます。すみません、お礼が遅れて」

 

 これは本音である。一言礼は言っておくべきだった。日本人、礼節忘れない。

 

 「あのデータ、ひょっとして外部にはあまり漏らしちゃいけないものでした? だったら破棄しておきますけど」

 

 『あぁ、そうではありまセーン』

 

 俺の質問に、ペガサスは鷹揚な返事を返した。

 

 『実は、ユーがあのデータを欲しがったということは、何か欲しいカードでもあったのかと思ったのデース。もしそうなら、手を貸しまショウカ?』

 

 「…………代償は?」

 

 危なかった。属性HEROのことを思い出し、一瞬頷きそうになってしまった。だが落ち着け俺。上手い話には裏があるんだぞ。しかも相手はあのペガサスだ。何だか碌な予感がしない。

 

 『オォーゥ! ユーは鋭いデース! ユーと話していると、時々ユーの年齢を忘れてしまいマース』

 

 「褒め言葉として受け取っておきます。それで、代償は?」

 

 『実は……ユーの名前を貸して欲しいのデース』

 

 「俺の?」

 

 え、名義貸し? まさかペガサス、まだそんな犯罪紛いな事を?

 いや落ち着け俺、そんなわけないだろう。でも何のために俺の名前を? 

 そんな疑問の答えは、すぐさま受話器の向こうから判明した。

 

 『イエース! シンクロ召喚の提唱者兼アドバイザーとして、正式にデース!』

 

 「却下の方向で」

 

 やっぱり碌な事じゃなかった!

 

 「そもそも、シンクロ召喚は俺が提唱したわけじゃないって何度言えば解ってもらえるんですか?」

 

 少しイラつきながらそう言うが、ペガサスにもペガサスの事情はあったらしい。

 

 『バット、未来から来たデュエリストがその召喚方法を使っていた、などとは流石に言えまセーン』

 

 ……そりゃそうだ。

 もし俺がI2社の社員だったとしてそんなこと言われたりしたら、ペガサスに入院を勧める。

 でも、それなら。

 

 「ペガサスさん自身が考えたってことにしとけばいいじゃないですか」

 

 そうすれば角も立つまい。そう思ったのだが。

 

 『それがそうもいかないのデース』

 

 事はそう簡単な事では無かったようだ。そして俺はペガサスの話により、シンクロ召喚プロジェクトに纏わる裏話を知ることとなった。

 

 

 

 そもそも、シンクロ召喚プロジェクトは起ち上がりからして逆風が強かったのだという。

 この世界ではステータス=そのカードの価値。そういった風潮はI2社でも強く、レベルの低い弱小モンスターが有ってこそ成り立つシンクロ召喚というものは、当初はあまり受け入れられなかったらしい。

 それでも初めにシンクロ召喚を言い出してプロジェクトを起ち上げたのが、デュエルモンスターズの生みの親でありI2社の会長でもあるペガサス。そのため、シンクロ召喚プロジェクトはペガサスを始めとした積極的な少人数と、ペガサスの威光により渋々従ったステータス至上主義者の大人数によって進められた。

 だがそんな状況下では、渋々従っただけの大人数は積極的に携わろうとはしない。故に、忌憚の無い意見も出て来ない……だから、遊戯さんや俺がたまに煽りを食らってたのか。

 その大人数のあまりに覇気のない様子に、ついついペガサスは言ってしまったのだとか。『シンクロ召喚を提唱したのは、1人の日本人の少年である』と……おいこら。だから違うっての。

 

 そしてそれは猛バッシングを浴びた。

 

 彼らにしてみれば、自分たちの意に沿わないシンクロ召喚でもデュエルモンスターズの生みの親たるペガサスが考えたことだと思えばこそ、渋々ながら従ってきた。それが実はどこの馬の骨とも解らない子供の発案だったなど、詐欺のように感じたのだろう。

 ペガサスにしてみれば、それこそが狙いだったのだとか。自分が提唱したと思われているから彼らは渋々ながらも従い、しかし遠慮もしてしまって様々な案が出て来ない。ならばその遠慮を取っ払ってしまえ、とのことらしい……俺、関係無くね?

 しかしその事実にはシンクロ召喚に肯定的だった少人数の不安も煽ることとなってしまい、事態は混乱をきたした。だがペガサスには、まだ切り札があった。

 喧々囂々の騒ぎの中、ペガサスはその札を切った。『その少年は、デュエルキング武藤遊戯の弟子である』と。武藤遊戯の名はI2社においても絶大な力を持っている。何しろ、ペガサスを負かしたぐらいなのだから。

 案の定、その事実を知った彼らは俺を非難するのを止めた。少なくとも表立っては……って。

 

 「だから、俺は遊戯さんの正式な弟子じゃないって、何度言ったら解ってもらえるんですか!?」

 

 いい加減この話題にもイラついて来ているのもあって、ついつい声を荒げて話を遮ってしまった。だが、ペガサスは心外と言わんばかりの声を出した。

 

 『デスが、遊戯ボーイは否定しませんデシタ』

 

 「……は?」

 

 どうやら、ペガサスの言葉を信用出来なかったI2社社員たちが、遊戯さん本人にコンタクトを取って確認したらしい。そしてその時の遊戯さんのお言葉は。

 

 『優君は僕の未来のライバルだよ』

 

 とのこと。

 それはつまり、師弟関係の肯定でも否定でも無い。しかしそのI2社社員たちは、『デュエルキングたる武藤遊戯が未来のライバルとなることを期待して今現在鍛えている弟子』という意味だと受け取ったらしい……って。

 

 遊戯さーーーん!! もっとはっきり否定して!! 日本語は難しいんだから!!

 

 俺の嘆きは当然誰にも届かず、俺はシンクロ召喚プロジェクトに携わるI2社社員たちの間では、とっくの昔に遊戯さんの弟子認定を受けていたらしい。

 あの……俺の全く与り知らないところで、何だかとんでもないことになってしまっているような気がするんですけど……。

 

 話を元に戻すが、その『シンクロ召喚を提唱した少年』が『どこの馬の骨とも知れない輩』ではなく『武藤遊戯の弟子』だと判明したことにより(だから違うってのに!)、表立って反対する者はいなくなったらしい。本当に凄いな、遊戯さんの名前の力って……俺が凄いんじゃなく、遊戯さんが凄いんだ。そこは勘違いしてはいけない……する人もいないだろうけど。

 渋々従っていた大多数はやっぱり渋々従ったままだったが、それでもペガサスへの遠慮が無くなった分はまだ意見を出してくれるようになったらしい。殆どが反対意見だったようだが、それでも意見は意見だ。プロジェクトの糧とはなる。

 あの……これって俺、体の良い生贄にされてるんじゃ……名前を貸すも何も、とっくに使われてんじゃねぇか。

 

 そして時は流れ。

 シンクロ召喚プロジェクトは、様々な意見が出ながら纏まりつつある。後は実際に使うシンクロモンスターやチューナーモンスター、サポートカードのデザイン・精製・量産を数年かけて行いながら細かい所を詰めていくのだという。

 その段階で俺の意見も取り入れたいとのこと……なにゆえ。

 というのも、これまでペガサスからの連絡を受けて出してきた意見が、至極的を得たものばかりだったかららしい。俺としては、前世のOCGを思い出しながら語っていただけだったのだが……どうやらここ最近に至っては、プロジェクトに携わる人々から出た疑問なんかにも知らない内に答えてしまっていたんだとか。何てこった。

 

 そんな中で俺の方から来た『アメリカのカードの情報が欲しい』という連絡。これをネタに、正式にシンクロ召喚プロジェクトに携わることを考えてみないか、ということらしい。

 勿論、まだ学生の俺を正式に雇うというわけではない。なのでシンクロ召喚の提唱者として、アドバイザーにならないか、とのこと。いわばボランティアだ。

 その業務内容は、ペガサスからの連絡があった時に必ず答えること、そして何か思いついたら連絡を入れること。

 正式な社員若しくは契約社員・アルバイトですらないので給料は出ないが代わりに、学生をしながら時々電話やメールをするだけの気軽なものだ。

 とはいえ全くのノーギャラというのも心苦しく、また、勝手に名前を出してしまったお詫びも込めて、欲しいけれど俺には手に入らないカードを進呈しよう、ということらしい。

 

 話は解った。解りたくなかったが、取りあえず解った。解った上でまず言いたいのは。

 

 「名前を貸すも何も、とっくに勝手に使ってんじゃねぇか……!」

 

 敬語なんて使う気になれなかった。反省は無い、後悔も無い。プライバシーは何所へ行った。

 数日前にあのデータを送ってもらった時に感じた感謝の念など、最早大気圏すら突き抜けたどこかへと飛んで行ってしまっていた。

 しかも話を聞くに、俺がシンクロ召喚の提唱者として認識されているのは既に確定事項であるらしい。

 そりゃあパラドックスにとっては忌々しい存在だろうし、不動遊星は『シンクロの祖』とか言い出すだろうよ!

 

 『オー、ソーリー。けれど、どうデース? 悪い話ではないはずデース』

 

 言われ、俺は努めて冷静になって考えてみた。

 既にプロジェクトの関係者の間で俺がシンクロ召喚の提唱者であると認知されてしまっている以上、ここでこの提案を蹴っても意味が無い。正式な記録として残らないというだけで、人々の記憶には残る。

 だったら、もう腹を括って関わりまくり、普通なら手に入らないようなカードを手に入れた方がまだ得るものがあるかもしれない。

 確かに、悪い話ではない。良い話でもないが。

 

 「……解った。その話、受ける」

 

 未だ敬語は取り戻せない。しかし反省は無い。後悔も無い。もう、半ばやけっぱちだった。

 

 この日、俺がシンクロ召喚の正式な提唱者となる未来が確定した。

 

 ただやっぱり、『武藤遊戯の弟子』の部分は否定し続けたい。

 だがそれを城之内さんを始めとしたみんなに電話で愚痴ってみても。

 

 「だってそうじゃねぇのか?」 (by城之内さん)

 「遠慮しなくたっていいのよ」 (by杏子さん)

 「照れることはないと思うぜ」 (by本田さん)

 

 俺の味方はいなかった。

 俺は項羽の気持ちを悟った。これぞ正に四面楚歌。

 誰か、この盛大に広まってしまっている恐れ多い勘違いを止めて下さい……。

 

 

 

 俺がペガサスに要求したのは、データを見た時に目を付けていた魔法使い族のサポート数枚と属性HERO、そしてアメリカにのみ存在しているカードをもっと日本に流通させてほしい、ということだった。

 魔法使いのサポートはともかく、俺がHEROを欲したことはペガサスにとって意外だったらしい。友達に渡したいと言ったら納得してくれたが。

 ただ、属性HEROは本当にかなりのレアカードのようで、ペガサスを以てしても全種類を集めることは出来なかったようだ。ちなみに手に入った4種は全て同じコレクターが持っていたらしく、その人にペガサスのサイン入りカードを渡し、個人的に記念撮影もしたら快く譲ってくれたんだと。そりゃまぁ、コレクターにしてみればカードの生みの親であるペガサスは神の様なものだろうからなぁ。

 カードの流通に関してはすぐには解らなかったが、その後アカデミアへの入学直前に立ち入ったカードショップで【おジャマ・レッド】をバラ売りの山の中で見付けたこともあり、着々と進行中なのだろうと察した。

 

 手に入れた属性HEROはその後十代に渡した。それを手に入れるにあたって俺に金銭的なマイナスは一切生じなかったが、代わりにSAN値がゴリゴリと削られたような気がするので、『今後一生誕生日もクリスマスも祝わない』、『俺が使えそうなカードを手に入れたら報告してくれ』と要求した。それぐらいしたって罰は当たらないだろう。

 十代は見たこと無かったHEROに大層驚き、そして喜んだ。その笑顔に思わず癒されてしまうぐらい、この時の俺は疲れていた。主に精神的に。

 どうやって手に入れたのかと聞かれたけれど、答えなかった。思い出してしまうとまたSAN値が削られそうだったし。

 ちなみに。

 俺と遊戯さんの関係を、十代は知らない。だって聞かれなかったから。

 

 『優、デュエルしようぜ!』

 『これ終わったらな』

 『何だそれ?』

 『俺がこっちに越して来る前に隣に住んでたお兄さんへの手紙(orメール)を書いてるんだ』

 『ふ~ん。それよりデュエルしようぜ!』

 『だから、これが終わったらな』

 

 的なやりとりは何度かあったが。

 

 

 俺のシンクロ召喚の知識はOCGから得たもので、それをぶら下げて要求を通すのは他人の褌で相撲を取っているように感じられ、正直面白くない。ましてや『提唱者』などと言われるのは、全く以て心外である。

 だが、そのOCGの知識を持つ者が他にいない以上、俺がそれを公開することはある意味では知的財産を売っているとも言える。そう考えて、関わることになった以上は出来る限りの協力をしたい。どうせ関わるのなら思いっきり、だ。

 そう考え、俺はシンクロ召喚に関して思いつく限りのことは積極的に報告していった。

 

 

 

~回想終了~

 

 「優? 優、どうしたんだ?」

 

 当時を思い出して思わず遠い目になってしまっていた俺に、現在の十代が訝しげに聞いてきた。俺はハッと意識を戻して答える。

 

 「いや、何でも無い。荷物も取ったし、俺、もう帰るな」

 

 「あぁ、また明日な!」

 

 「優君、じゃあね!」

 

 「またな、なんだなぁ」

 

 3人に別れを告げ、消灯時間が過ぎているために出来るだけこっそりとイエロー寮の自室へ戻る。

 部屋に戻ってパソコンを立ち上げてみると、メールが来ていた。このパソコンにメールを送ってくる人物は3人しかいない。モクバ、社長、そして……。

 

 「ペガサス、か」

 

 差出人名を見て嘆息する。何ともタイムリーな。

 なお、このノートパソコンはKCより極秘で貸し出されている物なため、両親には伝えていない。彼らからの連絡は携帯電話で来る。

 メールの内容は当然、シンクロ召喚に関してだ。

 ここ最近の話の内容からして、いよいよプロジェクトも大詰めらしい。後1~2年の内には発表することとなるだろう、というのがペガサスの見通しだ。

 ペガサスからのメールに目を通しながら、俺はふと頭が痛くなって蟀谷を揉む。

 

 俺って一体何なんだろう、と本気で思う。

 

 いや、俺はただのデュエリストであり、学生である。

 例え精霊と交流出来ようが、遊戯さんの弟子だと思われていようが、裏で極秘のシンクロ召喚プロジェクトに携わっていようが、裏で行方不明事件の捜査をしていようが、それでも俺は平々凡々な凡人……の、はずだ。

 そう、俺はただのデュエリストであり、学生なんだ!

 

 ……言っててなんだか空しくなってきたのは、きっと気のせいなんだろう。うん。

 

 

 




 <今日の最強カード>

優 「第4回、<今日の最強カード>。今日紹介するのは勿論こちら」

【E・HERO アブソルートZero】

優 「OCGにおいても『最強のHERO』の一角に数えられる、強力なモンスターですね……有名すぎて、今更語ることがあるのかどうか」

王 『……十代にこれを持たせて、本当に良かったのか?』

優 「そりゃあ勿論。本編でも語ったでしょ、ライバルは強い方がいいって」

王 『主はそうかもしれんがな。だが、ライバルを蹴落とそうとするよりも強化するとは』

優 「ライバルが強くなったからって置いてかれるようじゃ、所詮ソイツはその程度のデュエリストってことなんだよ」

王 『妙な所でシビアだな。それで、肝心の主はその『最強のHERO』とやらを攻略できるのか?』

優 「そりゃあ、【Zero】だって万能じゃないしね。方法はあるよ、少なからず」

王 『そうか……ならいいが。それより、回想でのデュエルで主の第2デッキの正体はほぼ明らかになったな』

優 「明言は避けてあるんだけどね」

王 『そして主は、シンクロ召喚の正式な提唱者となっているのか』

優 「それは俺のせいじゃない。俺の知らない内にペガサスが広めちゃってたんだから。ちなみに、俺が正式な提唱者兼アドバイザーとなった後、プロジェクトに携わるI2社の社員たちとも画面越し、もしくは受話器越しに話したことがあるよ。初めはかなり当たりが強かったから、またもやSAN値がゴリゴリと削られる羽目になったね」

王 『初めは、ということは』

優 「今はそうでもないね。やっぱり誠心誠意話せば解ってくれるみたい」

王 『……苦労しているのだな、主よ』

優 「もう慣れた」

王 『…………』
 

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