遊戯王GX お隣さんに縁がある   作:深山 雅

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今回は万丈目VS十代。オリ主以外のキャラ、それも原作でも出ていたデュエルにわざわざ1話(前半はデュエルありませんが)を費やしたのには、一応の意味があったりします。

*1/4、プレイミスと抜けていた文を修正。ご指摘ありがとうございます。


第2話 忠告とアンティ

 デュエルアカデミアに向かうには、空の便と海の便がある。

 そして見事合格を勝ち取った俺は、空の便でその孤島へと向かっている。空を選んだことに深い意味は無い。強いて言うなら、『船で孤島に向かう』ってことにあまりいい思い出が無いってことぐらいだ。

 実技試験の後、俺の家へと届いたのは合格通知とラーイエローの制服だった。奨学金も貰えるようで、その時になって漸くホッと一息吐けた。お隣の十代には同じく合格通知と、俺とは違うオシリスレッドの制服。だが本人は『俺は赤が好きだぜ!』と言って喜んでいたから、特に問題は無いだろう。

 

 噴煙を上げる火山を擁する孤島がヘリの窓から見えてくると、あぁ俺もアカデミア生になるんだなぁという実感が湧いてくる。

 しかし同時に思い出す。

 あの実技試験の日、モクバにされた忠告とお願いを。

 

 

 十代とクロノスのデュエルに背を向けた俺が辿り着いた待ち合わせ指定場所は、所謂VIPルームだった。恐らくはこの海馬ドームで何らかの大きなデュエルがあり、かつ賓客を招いていた場合に待合室として使われるのだろう。

 だがここに通されたからと言って、当然ながら俺がVIPなわけではない。中で待っている人物がVIPなのである。なにしろヤツは、ここ海馬ドーム……いや海馬ランドのオーナー・海馬瀬人の弟であり、天下のKCの副社長なのだから。

 一応礼儀として軽くノックしてからその重厚な扉を開くと、広々とした一室の中、ソイツは確かにそこにいた。

 

 「よっ。久しぶりだな」

 

 モクバだ。けど何と言うか……コイツ変わったな。

 8頭身である。イケメンである。流石はあの社長の実弟。遺伝子の力は偉大だったのだ……。

 だが、その中身はあまり変わっていないことは手紙やメールで知っている。相変わらずの兄サマ大好き野郎だ。だから落ち着け俺、軽く嫉妬するんじゃない。

 

 「久し振り。でもわざわざフィールドにまで来なくたって、待っててくれれば来たのに」

 

 可能性は低いとはいえ、モクバの顔を知っている人間があの場にいた可能性はあったのだ。そしてその事実が広まってしまった場合、受験生たちはいらぬ緊張をしていたかもしれない。なにせ自分たちが今まさに受験している学校のオーナーの関係者なのだ。

 そう思って、モクバの向かいにあるソファに座りながら遠回しに咎めた。どうでもいいけどこのソファ、フッカフカだな。絶対に俺の家に置かれることは無いだろうから、今の内に堪能しておこう。

 

 「ちゃんと見つからないような位置にいたからな。大丈夫だって。それに、久しぶりの友達のデュエルも見ときたかったんだぜぃ」

 

 この部屋、居心地は良いけどモニターが無いんだと苦笑しながら続けられる。……折角ドームまで来ているのだから、デュエルを見たければフィールドまで来て直にその目に焼き付けろだとか、そういうことが言いたいんだろうかあの社長は。

 それにしても、モクバの『友達』の言葉に妙な感慨を覚える。

 

 (俺も大概だけど、コイツも友達少ないもんなぁ……)

 

 何せこのKCの城下町たる童実野町で、そのKCの副社長を小学生の時から務めていたのだ。上下関係も利害関係も全く無い友人を作る機会など、殆ど望めなかったのではなかろうか。例え学校に行っても、クラスメートの親兄弟や親戚がKC若しくはその系列会社や子会社の社員というパターンは少なくなかったはずだ。

 俺も俺で前世を思い出してから精神年齢が些か狂い、同年代のちびっ子たちと上手く馴染めなかった。ここ最近はそうでもないけど、昔は……うん。十代の存在がいかにありがたいものだったかがよく解る。あいつは生粋のデュエル馬鹿だから(褒め言葉です)、俺が多少可笑しな言動をしてても、楽しいデュエルが出来れば問題ナシって感じだったからなぁ。ある意味心が広い。

 おっと、話が逸れた。

 まぁとにかく、そんな友達が少ない俺たちだからこそ、その数少ない友達のことは余計大事に感じるのだろう。

 

 「それよりお前、受験番号2番だったのか? 確か、奨学金を狙ってるからトップを取るつもりでやるって言ってなかったか?」

 

 言いました。でも仕方が無い。敗因は解ってる。俺は肩を竦めながら答えた。

 

 「流石に、通常モンスターのフレーバーテキストまでは網羅してなかったんだよ」

 

 問題を見た瞬間に無理だって解ったね。全5問のそれらの内、ちゃんと自信を持って答えられたのは明らかにサービス問題のブルーアイズとブラマジだけ。後になって自己採点もしたけど、やっぱりそこがダメだった……逆に言えば、1番の三沢はそれも完璧に答えたってことなんだろう。凄いぞ三沢、ちょっと尊敬する。前世でナチュラルにエアーマンとか呼んでてゴメンな?

 

 「ま、デュエルそのものにはあんまり関係無い問題だし、多少は悔しいけどそこまで気にしてないんだ……それより、話って何?」

 

 いつまでも雑談をしてても仕方が無い。水を向けると、モクバは途端に真面目な表情になった。

 

 「実はな。この2年、デュエルアカデミアで行方不明者が続出してるんだ」

 

 あ、そういえばそうだった。でもそれって確か、ダークネスのせいなんだよね。現時点ではどうも出来ない気がする。

 俺はそんな風に薄ぼんやりとした記憶を引き摺り出す。俺のGX原作知識は、3期と4期が特に残念なことになってる……それもこれもあの3期の鬱展開が悪いんだ。チクショウ。

 内心で悔しがってる俺には当然気付かず、モクバは続ける。

 

 「初めは、行方不明じゃなくて脱走として扱われてたんだぜ。だから、兄サマの所まで報告が来るのも遅かった。兄サマもなぁ。初めは『落伍者め』とか『凡骨以下の負け犬が』とか言って、気にしてなかったんだけど」

 

 おいこら社長。あんた何言ってんだ。

 しかし、相変わらず要所要所で息をするようにさり気なく、かつ確実に城之内さんをディスる辺り、流石は社長だ。ブレが無い。

 

 「どうにも、数が多すぎる。しかも報告によれば、妙な状況で消えるように……神隠しっていうのか? そういう風にいなくなったヤツまでいたらしい。兄サマは『非ィ科学的だ!』って言って、倫理委員会に調べさせたんだけど」

 

 おいこら社長。カードを打ち上げて宇宙の波動を浴びせるとかいうオカルト企画を完遂させた、今のあんたがそれを言うな。

 

 「それでも何も出て来ない。今のところ、他の生徒を動揺させないために行方不明者たちは海外に長期留学中ってことにして伏せてあるんだけどな」

 

 とはいえ、その行方不明者たちの家族には連絡を入れているらしい。それはそうだろう。もしも本当に行方不明者ではなく脱走者だった場合、自宅に帰るかもしれないのだし。

 

 「そんな中、お前がアカデミアを受験することになっただろ? で、兄サマが『こういったオカルトは奴らの専売特許だろう』って言い出したんだぜ……あ、筆記試験の結果には兄サマ、不満げだったな。『仮にもこの俺のライバルである遊戯の弟子が、どこの馬の骨とも知れんヤツに劣るとは』ってさ」

 

 おいこら社長。あんた俺を、いや遊戯さん以下の俺たちのことを、何だと思ってんだ。

 つーか、あんたといいペガサスといい、俺は確かに遊戯さんたちを師匠的存在に思ってはいたけど別に正式な師弟関係ってわけじゃないと何度言えば解ってくれるんだ……そしてゴメン、三沢。俺のせいでお前、馬の骨扱いだ。

 でも社長、ちゃんと遊戯さんのこともライバル視してるんだね。一時はアテムさんしか眼中にない感じだったのに。

 しかし、話を纏めると。

 

 「つまり、俺がアカデミアに入学したら、内側から探りを入れてみてってこと?」

 

 学校というのは特殊な空間だ。実際にその内側にいないと解らないようなことは多々あるだろう。

 とどのつまりはそういうことなんだろうか。聞いてみると、モクバは頷いた。

 

 「勿論、危険なことをしろとまでは言わねぇよ。ただ、何か解ったら知らせて欲しい」

 

 話は分かったけど、実際に出来ることってあるんだろうかと思う。

 だって、原因はダークネスだろ? どうしろと。呼び寄せればいいのか? 方法が解らん。いや、そもそも呼び寄せたりしたら、世界がヤバい。

 結局の所、打開策は無いのだが……そんなことは知らないモクバや社長には、何も言えない。それに、何かが解る度に報告しておけば何かしらの解決策も見えてくるのかもしれない。

 俺は頷いて、その頼みを受けた。くれぐれも気を付けてくれ、という忠告と共に。

 

 ちなみに。

 アカデミアの合格通知と共に届いた授業料振込用紙に提示されていた金額を見た時、通常の特待生よりもさらに少なくなっているのに気づき、俺は苦笑を溢すのだった。

 本当に、そんなつもりじゃなかったんだよ?

 だって何だかんだ言っても俺の中には初めから、友達或いは仲間の頼みを断るという選択肢は無いんだから。

 

 あの日のことを思い出しながら、手に持ったスポーツバックに力を入れる。

 アカデミアの寮生活で使う荷物の殆どは既に宅配で送ってしまっていて、俺に限らず新入生たちが持っているのはちょっとした手荷物だけだ。しかしこのスポーツバックには、間違っても他人に見られるわけにはいかない資料が入っている。

 行方不明になった生徒のリストとその詳細、それに倫理委員会による捜査報告だ。そりゃあ見られるわけにはいかない。いくらチップに纏めてあるとはいえ、他の荷物と一緒に送ったりなんてしたら何があるか解らないため、こうして肌身離さずに持っている。

 ついでにノートパソコンも渡された。万が一にもハッキングされたりしないよう、万全のセキュリティが施してある一品なのだとか。これも勿論借り物なので、事が済んだら返さなきゃならない……だがこれだけでも、海馬兄弟が事態を如何に重く見ているのかが解ろうというものだ。社長は最初、ボロクソに言ってたらしいけど。

 まぁ、長期海外留学なんて言い訳、いずれ無理が来るに決まっている。深刻にならざるを得ないだろう……その辺、何だかんだ言って社長もオカルト慣れしてしまってるってことだろう。これは間違いなく異常事態なのだと、認めたくはなくとも悟っているんだと思う。これ以上何かが起こってからでは遅い、ということを経験則として解ってるんだろう。そしてそれを知らないアカデミア側としては、まだ呑気さが残っているのかもしれない。

 ちなみにその資料にザッと目を通したところ、あの天上院吹雪の名前もあった。そして同時に、妹の明日香についても資料が添付されていた。これは探れというよりも、身内の情に走って無茶をしないようにそれとなく気を配れという事だろう。

 ついでに言うと、藤原優介についての資料は無かった。完全にダークネスに取り込まれている、ということだろうか。

 

 に、しても……。

 

 つらつらと考えつつ、俺はふと頭が痛くなってきた。

 一体何者なんだよ、俺ってば。これじゃあまるで探偵じゃないか

 はぁと溜息を吐いて蟀谷を揉んでいると、フェーダ-が疑問顔で覗き込んできた。

 

 『?』

 

 どうしたの、とでも聞きたいのだろう。

 

 (いや、絶対に学生の領分を超えた状況になっちゃってるよなぁって思ったんだ。今更だけどさ)

 

 本当に今更である。そんな俺を労わるようにフェーダーがすり寄って来たが、エンディミオンが背後で鼻を鳴らした。

 

 『フン。むしろ良かったのではないか? つまりは生徒としてではなく、むしろデュエリストとして扱われているという事なのだからな』

 

 (…………)

 

 『主はかつて、いつも言っていたであろう? 足手纏いでしかない自分が、役立たずでしかない自分が情けないと。それに比べれば、何ということもあるまい。我もいることだしな』

 

 言い方はアレだが、励ましてくれているらしい。フェーダ-も体を揺らして自己主張している。ありがたいことだ。

 そしてそう、結局の所はそうなのだ。

 俺が今感じている頭痛など、あの頃の情けなさ、申し訳なさ、焦燥感……それらに比べれば、屁でも無い。

 だからこそ俺は、決めている。俺が出来ることは出来る限りやってみると。

 

 決意を新たにする中、デュエルアカデミア本島はもう間近に迫っていた。

 

 

 

 

 

 デュエルアカデミアに辿り着き、果てしなく退屈な入学式を終える。この入学式には、特筆することはまるで無い。殆ど寝てたから。俺のさり気ない特技、立ったまま寝るが発動したのだ……何だって校長先生の話ってのは、どこの世界でもあんなに長いものなんだ?

 その後に便利アイテムPDAを受け取り、その場はお開きとなった。

 

 アニメと現実は違う。アカデミアに実際に来て見て、俺はアニメでは見なかったアカデミアのシステムもあるらしいということを知った。

 まぁ、これらに関しては今後実際に生活してみれば色々と解ってくるだろう。

 

 

 

 さて、そんな俺だが。

 今現在はオシリスレッド寮にいたりする。具体的には、十代の部屋にお邪魔している。

 いやだってさ……俺、小さなころからずっとボロアパートで過ごしてきたんだよ? いきなりあんな小洒落たペントハウスの一室を与えられても、息が詰まるだけだ。人これを貧乏性と呼ぶ。

 むしろこのレッド寮の方が落ち着くよ。だって俺んちに似てんだよ。この何とも言えないボロさがたまらない。ああ、癒し。

 

 「と、いうわけで。これからも時々来させてもらうね」

 

 「いや、どういうわけッスか?」

 

 戸口で宣言した俺に、十代のルームメイト……とどのつまりこの部屋の正式な住人である翔が首を傾げた。コイツ、きっと磨けば光る原石だな。うん、いいツッコミになれそうだ。

 ちなみに、もう1人の住人である前田隼人は3段ベッドの最上段で寝ている。起きているのか本当に寝ているのかどうかはここからじゃ解らない。

 翔が疑問の表情を浮かべる一方で、十代は動じることなく笑っている。

 

 「おう、いいぜ! またデュエルしような!」

 

 何気に言葉のドッヂボールが成立しているような気もするけど、相手がデュエル馬鹿が標準装備の十代だと思えば普通のやり取りだ。

 

 「それよりさ。俺たち、学園を見て回りに行こうとしてたとこだったんだ。優も一緒にどうだ?」

 

 うん、そうだね。地理も把握しときたいし。

 

 「OK、行こう。あ、そういえば自己紹介がまだだったっけ。俺は上野優、よろしく」

 

 実技試験の時に自己紹介したのはあくまでも三沢に対してで、翔にはまだだったのを思い出す。俺の差し出した手を翔も握り返してくれた。

 

 「丸藤翔ッス。優君は、アニキと幼馴染なんッスよね?」

 

 「アニキ?」

 

 「十代のアニキのことッス! 僕の心のアニキッス!」

 

 「うん、言いたいことは何となく解った。解ったから落ち着け」

 

 ちょっと興奮気味になった翔を宥めながら、声を潜めて十代に問いかけてみる。

 

 (いいのか? これ)

 

 (デュエリストに上下は無ぇんだけどなぁ。でもまぁ、ファラオとか呼ばれるよりは)

 

 (ファラオ?)

 

 (さっき言われたんだ。自分たちは縁がある、古代エジプトのファラオと神官セトの生まれ変わりかもしれない、ファラオって呼んでもいいかってな)

 

 (ああ、うん。流石にそれは無いな)

 

 確かに、学校で同級生にファラオとか呼ばれるなんてゾッとしない話だ。

 それにしても、どうしてセトの名を知っているのだろうか? 翔……恐ろしい子……。

 

 

 十代と翔と3人でぶらぶらと島内を歩いていると、十代が『デュエルの匂いがする』とか言い出して走り出した。何故だろう、その電波発言をしたのが十代だと思うとそれを疑問に感じない俺がいる。

 そうして辿り着いた先では、デュエルは行われてはいなかった。そこは校舎内のデュエルフィールドで、最新設備のそれに翔が感嘆の声を上げる。俺もその気持ちは解る。

 そんな翔に十代がデュエルを持ちかけていると、フィールドにいた2人の先客が反応を示した。

 ブルー生の彼らが言うには、このフィールドは入り口のところにオベリスクを象ったレリーフが掲げられているのでブルー寮専用、レッドは使うなということらしい。

 

 「ごめん、知らなかったんだ」

 

 翔が素直に謝るけど……お前なぁ。

 

 「気にすんなよ。ただの言いがかりだ」

 

 「何だと!?」

 

 俺が口を挟むと、ブルー生たちはいきり立った。

 

 「校則は確認済みだ。寮間の格差はあれど、学校内の施設は全生徒で遍く共有されている」

 

 「なんだ、お前いつの間にそんなことしてたんだ?」

 

 「合格通知が来てからだ」

 

 だって、校則違反で学費援助打ち切り、なんてことになったら洒落にならない。隅々まで把握しといたよ。ちゃんと校則違反行動が学校側にバレないように動けるようにね。ちなみに、校則を破る気は満々である。

 へぇ、と頷く十代はそのままブルー生たちに笑顔を向けた。

 

 「それでも気に食わないってんならさ、俺とデュエルしようぜ! それならいいだろ?」

 

 出たよ、デュエル馬鹿。先ほどの態度からして彼らは十代のその提案を鼻ででも笑うかと思ったけど、そうはならなかった。どうやら彼らは十代のことを知っていたらしい。クロノスに勝ったヤツだ、と観客席の方にいた万丈目を呼んでいる。

 万丈目が観客席にいるってことは、さっきまで他の2人がデュエルをしていたのかもしれない。十代の嗅覚を信じるなら。

 万丈目に気付いた十代は変わらぬ笑顔で自己紹介を始める。

 

 「あ、俺、遊城十代! で、あいつは?」

 

 全く悪気のカケラも無いその質問は、彼ら全員の神経に触ったらしい。

 

 「お前、万丈目さんを知らないのか!?」

 

 「未来のデュエルキングの呼び声高い、万丈目準さんだ!」

 

 「いや、知らない。まるで聞いたこと無いし」

 

 十代の隣から俺がバッサリ切り捨てると、彼らの表情が引き攣った。

 いやでも、実際に知らないもん。原作知識としてはともかく、この世界では1度も聞いたこと無い。

 

 「この学校で強いって噂を聞いたのは、カイザーって人だけど……あいつがそうなの?」

 

 重ねて尋ねると、3人とも沈黙した。

 万丈目はカイザーではない。だが、カイザーが学園最強と謳われているのも事実なので万丈目のゴリ押しもし辛いってところだろう。

 おぉ、困ってる困ってる。面白。

 

 「へー、そんなヤツがいるのか! ますます面白そうだぜ、デュエルアカデミア! でもデュエルキングになるのは俺だぜ!」

 

 わくわくと心躍らせてる様子の十代だが、それは聞き捨てならない。

 

 「いや、俺だろ」

 

 俺だって、デュエルキングは目指している。俺は……かつての約束を果たしたい。そしてデュエルをするからには、勿論勝ちたい。そしてあの人に勝つということは、次のデュエルキングになるということと同義である。

 だから、譲れない。

 

 「俺だ!」

 

 「いや、俺だ」

 

 「俺!」

 

 「だから俺だって」

 

 俺、俺と解り辛いかもしれないが、熱くなっているのが十代で淡々と返しているのが俺である。そんな俺たちは、ぐぬぬと顔を突き合わせ。

 

 「「デュエル!」」

 

 ほぼ同時に宣言した。

 

 「ちょ、ちょっと待ってよ2人とも! 駄目ッスよ!」

 

 「止めてくれるな、翔」

 

 「そういえば、今日はまだお前とデュエルしてなかったな! ワクワクしてきたぜ!」

 

 「そうじゃなくて! 2人とも、デュエルディスクを持って来ていないッスよ!」

 

 「「…………」」

 

 ほぼ同時に撃沈した。

 翔……恐ろしい子……。

 

 「……ビークワイエット。諸君、はしゃぐな」

 

 若干置いてきぼりを食らっていた万丈目が、何とか平静を取り戻したらしい。思いっきり胸を張って観客席からこっちを見下ろしている。

 

 「確かに貴様ら、そこそこはやるようだ。入学試験デュエルで手抜きされていたとはいえ、片やワンキルを果たし、片やあのクロノスを破ったのだからな」

 

 いや……俺はともかく、十代のそれは果たして手抜きをされていたのだろうか? 話に聞く限り、結構マジでやってたと思うんだが。後攻1ターンですぐさま【古代の機械巨人】を召喚してきたんだろ? 明らかに試験とは思えん。

 

 「実力さ! ってか優、ワンキルしてたのか?」

 

 してたよ。お前が遅刻してる間にな。

 

 「その実力、今ここで見せてもらいたいものだ。ディスクなら貸してやろう」

 

 「おう! いいぜ!」

 

 どこか見下すように告げる万丈目と、特に深く考えてないのかあっさり受ける十代。俺もやってみたいけど……当の万丈目が十代に視線を向けて持ちかけているんだし、ここで割って入るのもある種のマナー違反だろうと静観することにした。『おい、デュエルしろよ』は邪魔してはいけないのだ。

 だが、結局それは果たされずに終わる。

 

 「あなたたち、何をしてるの?」

 

 フィールドの外から女子の厳しめの声が聞こえた。

 そうして姿を現したのは、長髪の女子。翔が思わず綺麗な人と溢してしまった通り、確かに美少女だ。そして俺は彼女を知っている。原作知識として、そして何より、あの資料に出てきた存在として。

 天上院明日香、か。

 

 「天上院君! いや、この新入りたちがあまりに世間知らずなんでね。学園の厳しさを少々教えてあげようと思ってね」

 

 上から目線だなぁと、いっそ感心する。しかし同時に、哀れにも思う。このまま行っていたのなら、例え原作で十代に負けていなくとも、そう遠くない未来で潰れていただろうから。

 学園の厳しさを知らない世間知らず、成る程そうかもしれない。だがしかし、この学園での序列だって本当に世間に出れば何の役にも立たない。なのにこうも見下すことに慣れきってしまっていては、周囲に受け入れられはしないだろう。

 そしてそれがまかり通っているアカデミアというのは、やはり特殊な空間なのだ。多感な時期の大人数が、隔絶された世界で共同生活を送っている。

 なるほど確かに、内側からでないと解らないことも多そうだ。

 俺がぼんやりとそんなことを考えている間に、万丈目たちは明日香の『歓迎会が始まる』という鶴の一声に去って行った。早いなお前ら。

 そして彼女に『碌でもない連中』と吐き捨てられる万丈目、君に幸あれ。

 俺たちも、それぞれラーイエローやオシリスレッドで歓迎会が開かれるということで慌てて引き返すことになった、その途中。

 

 「そうだ! お前、名前なんていうんだ?」

 

 十代が思い出したように彼女に尋ねる。遅いな、お前……あ、俺もか。

 

 「天上院明日香」

 

 「俺、遊城十代! よろしくな!」

 

 「俺は上野優。ついでによろしく」

 

 ちゃっかり便乗しておいた。

 

 「もう、2人とも。調子がいいんスから」

 

 走りながら翔はそう言うが、しかし。

 

 「そういうお前も、自己紹介ぐらいはしておいた方が良かったんじゃないか?」

 

 「あ」

 

 翔……間の悪い子……。

 

 

 ラーイエローの歓迎会で出されたのは、カレーライスだった。何故に? 

 勿論豪華なオードブルも食卓の中心に置かれてはいた。でも、カレーのインパクトが強すぎた。美味いじゃないか、これ。

 賑やかな歓迎会を終え、隣室の三沢と連れだって部屋に戻る。特に深い意味は無く、同級生かつ部屋が近いということで適当な世間話をしながらの道筋だった。三沢には、十代のことを少なからず聞かれたが……特に隠すようなことでも無いので、聞かれたことには正直に答えておいた。

 それで三沢が十代に対して完全なメタデッキを作り上げたとしても、それはそれ。メタデッキを打ち破るということもデュエリストには不可欠な経験に違いない。

 そんなことを考えながら部屋に戻り、荷物の整理をしているとその十代からPDAで連絡があった。ちなみに、番号はとっくに交換済みである。

 

 『優、0時にデュエルフィールドに行こうぜ!』

 

 「ちょっと待て、まるで意味が解らんぞ」

 

 お前、先走って結論だけを言うクセ、改めろ。

 詳しく話を聞くと、PDAに万丈目からメールが来て……何で番号を知ってんだろう? ストーカーか?……真夜中のアンティデュエルを挑まれたのだという。あぁ、そういえばそんなこともあったっけな。

 しかしこれはツッコミ待ちなんだろうか?

 

 「夜間の施設無断使用は校則で禁止されてるぞ? アンティもだ」

 

 『そうなのか? でも、バレなきゃいいんだろ?』

 

 「真理だな」

 

 標語にもある。『赤信号、みんなで渡れば怖くない』と。それと似たようなものだ。

 『規則違反、バレなければそれで良し』。これに尽きる。

 

 『お前さっき、あいつのこと興味深そうに見てたしな! 折角だから、あいつを倒して俺が次のデュエルキングになるんだってことも見せつけてやるぜ!』

 

 確かに興味はある。既に俺の原作知識なんて起こった大きな事件の概要や主要な登場人物ぐらいで、デュエルの細かい所なんて殆ど忘却の彼方だ。

 まぁ尤も、覚えていたとしても意味が無いだろうけれど。だってみんなの、特に十代のデュエルが原作通りに進むなんて、まず間違いなく無いだろうし。主に俺のせいで。

 何しろ俺は、原作と比べての明らかなイレギュラーである。そしてそんな俺と、十代は数年に渡り毎日のように、というより実際に毎日、デュエル三昧の日々を送っていたのだ……後は、解るな?

 それに何だかんだ言って、ブルー生の中でも格上として扱われている万丈目。そいつが現時点でどんなデュエルをするのか……興味が無いわけがない。

 

 「いいよ、俺も行く。むしろ誘ってもらって感謝する。ただ、デュエルキングになるのは俺だけどな」

 

 最後に、釘をさすことは忘れないけれど。

 

 

 

 夜の学校というのは不気味なモノだと相場は決まっている。

 決まっているのだが……何故だろう、こうして夜中にアカデミアを歩いていても全然怖くない。俺の中にある『学校』のイメージとかけ離れている施設だからだろうか?

 尤も、別の意味で怖がっているヤツもいるけど。

 

 「アニキ~、まずいッスよ~。明日香さんも言ってたじゃないッスか。あの人たちには関わらない方が良いって」

 

 後ろから付いてくる翔だ。腰が引けているようにみえるのは俺の気のせいじゃないだろう。

 

 「何言ってんだよ、デュエルの誘いだぜ? これを受けなきゃデュエリストじゃないぜ!」

 

 説得は難しいと見たのか、翔が十代の隣を歩いている俺に目を向けてきた。

 

 「優君も何とか言ってよ。アニキったら聞いてくれないッス」

 

 いや、そう言われても。

 

 「嫌だよ。折角ブルーの実力とやらが見られるいい機会じゃんか」

 

 「……根本的に似た者同士なんスね」

 

 なん……だと……?

 俺はこんなデュエル馬鹿(褒め言葉だ)じゃないつもりなんだけどな。

 あぁでも、それもそうなのかもしれない。十代はひたすらにデュエルを楽しむ、俺はひたすらにあの人の背中を追い掛けている。結局の所、デュエルのことばっか考えているような気がする。

 つまるところ、デュエルが好きなのだ。俺たちは。

 翔の何気ない一言に納得しつつ、俺は十代に聞いてみた。

 

 「そういえば、ベストカードを賭けたアンティって、何を賭けるつもりなんだ?」

 

 「俺、負ける気無ぇからなぁ~。考えてなかった!」

 

 ……その心意気は買おう。だが。

 

 「デュエル前にアンティ対象の提示を求められたらどうするんだよ」

 

 というか、アンティとはそうすべきものだろうに。

 言われてその可能性を考えたらしく、十代は唸った。

 

 「折角のデュエルの申し込み、取り消されんのも嫌だしなぁ。ん~~、みんな俺の大事な仲間たちだけど……アンティってんなら、コイツか?」

 

 言って十代がデッキから抜き取ったのは、【ハネクリボー】だった。

 確かに、十代のデッキに入っているカードで最も高値が付くカードだろう。しかしそれは、【ハネクリボー】自体のレアリティの高さが原因じゃない。

 

 「入試デュエルでも使ってたカードッスね。でもこれがベストカードなんスか?」

 

 後ろから手元を覗き込んできた翔が首を捻った。それに十代が得意げに答える。

 

 「コイツはな~、あの遊戯さんから貰ったカードなんだぜ! 俺の相棒さ!」

 

 「えぇっ!?」

 

 そう、『元・武藤遊戯のカード』という付加価値が付くからだ。

 例えば何の変哲も無い野球ボールも、メジャーリーガーにサインしてもらえばその瞬間に価値が跳ね上がる。それと同じだ。

 ましてや相手は最強の決闘王。その意味は計り知れない……俺も似たような出自のカードを持ってるとか、そういうことは言ってはいけない。

 まぁそれはともかくとして。

 しかしそれは、多分駄目だろう。

 

 「遊戯さんから貰ったって証明出来ない以上、万丈目にとってそのカードはただの低ステータスカードとしか見られないと思うよ」

 

 肩を竦めながら言うと、十代は口を尖らせた。

 俺は決して【ハネクリボー】を貶めるつもりで言ったんじゃない。むしろ【ハネクリボー】は、種族や属性に恵まれている上に、【進化する翼】や【バーサーカークラッシュ】といった専用サポートにも恵まれた、かなり強力なカードだと思っている。

 だがこの世界。万丈目に限らず、基本的にステータス=価値といった風潮が強いのだ。

 そんな中では、【ハネクリボー】をアンティの景品にしたとして納得してもらえるとは思えなかった。

 俺は中空に浮かぶハネクリボーに、ゴメンなとアイコンタクトを送る。ハネクリボーは解ってくれたのか、『くりくり~』と言いながら苦笑していた。

 十代にもゴメンなと言いつつ、代替案を提示してみる。

 

 「アンティの提示をデュエル前に求められたら、昔、俺が渡したカードの内のどれかを見せとけよ。珍しいのは間違いないから、拒否はされないはずだぜ」

 

 「あれか。確かに珍しいけどな。俺も見たこと無かったし」

 

 そりゃそうだろう。アレを手に入れるのには結構苦労したんだ。

 

 「どんなカードなんスか?」

 

 興味をそそられたらしい翔が話に乗ってきた。

 

 「昔、デュエルモンスターズの本場アメリカでのみ存在していた、日本では多分十代しか持ってないであろうHEROさ。俺にはアメリカ人の知り合いがいて、ソイツの伝手で手に入れたんだ」

 

 「えぇ!? それって凄く高かったんじゃ……?」

 

 「いや、俺は金銭のやり取りはしてない。円もドルもね。だから、そう気にすることでも無いよ」

 

 まぁ、代わりに知的財産を求められたんだが……そして同時に、ある未来も確定してしまったわけだが……。

 

 「でその代わりに、俺が優のデッキで使えそうなカードを手に入れたりしたら、真っ先に知らせろって言われたんだよなぁ。それに、今後一生誕生日やクリスマスも祝わないとか言われたっけ」

 

 十代が頭の後ろで手を組み、思い出したようにぼやく。

 そりゃだって、いくら相手が友達でも、それなりに苦労して手に入れたカードを無償で渡す気になんてなれないって。あの当時、トレードしたいカードも無かったしさ。

 でも、ライバルはより強い方が嬉しいし。 そう思うと、あれらのカードを渡したことに後悔は無いんだよね。

 

 「ま、要は勝てばいいんだ。勝てば。俺は負けないから、心配する必要も無いな!」

 

 最後に十代はニッと笑い、頼もしいセリフを残してくれた。

 

 それはそれとして。

 原作にこのアンティデュエルがあったってことを思い出した時、同時に思い出しちゃったんだよな。このデュエルの結末だけ。

 

 (エンディミオン)

 

 俺は2人に気付かれないよう、もの凄い小声でエンディミオンに話しかけた。

 

 『何だ? 主よ』

 

 (十代たちのデュエルが始まったら、フィールドに人が入って来られないように、結界的なものを張ったりできるか?)

 

 確かこのデュエル、中断されていたはずだ。確かに校則違反(悪いこと)をしているのはこちらの方だが、それはそれで無粋ってもんだろう。それにこんな面白いこと、最後までちゃんと見届けたいじゃないか。

 

 『可か不可かと問われれば、可だ。我を誰だと思っている。我はロード・オブ・マジシャン、魔術師の長たる存在だぞ?』

 

 おお、こちらも頼もしい。

 

 『ただし、主の魔力を消費する。それでも構わぬか?』

 

 (どのくらいだ?)

 

 『主の魔力量ならば、日常生活に支障をきたすほどではない』

 

 (なら問題無いな。頼む)

 

 心得たとばかりに頷く精霊に、俺もこっそりと笑みを送る。

 さて、2人はどんなデュエルを見せてくれるのだろうか。

 

 

 

 デュエルフィールドに辿り着いてみると、そこにいたのは万丈目と取り巻き2名。昼と同じメンバーだ。デュエルの当事者である十代と万丈目は軽い応酬をした後、ディスクを構えて向かい合う。

 って、お前らアンティカードの確認はしないのか。もしも【ゴキボール】でも掴まされたらどうするんだ。

 

 「「デュエル!!」」

 

 万丈目 LP4000

 十代 LP4000

 

 「先攻は俺だ! ドロー! 俺は【リボーン・ゾンビ】を守備表示で召喚!」

 

【リボーン・ゾンビ】

効果モンスター

星4 闇属性 アンデット族 攻撃力1000/守備力1600

自分の手札が0枚の場合、フィールド上に攻撃表示で存在するこのカードは戦闘では破壊されない。

 

 先攻を取ったのは万丈目。そして出てきたのは、虚ろな眼窩を持ったモンスター。一目でアンデットと解るその姿を、ソリッドビジョンは忠実に再現している。足の骨が見えるとか、R指定があっても可笑しくないんじゃないか、これ。

 そしてその効果は……出来ることなら人のカードにケチは付けたくないが、微妙と言わざるを得ない効果だ。うん……本当に微妙……。

 い、いやいや落ち着け俺。

 

 「カードを1枚伏せ、ターンエンド! クク、ブルーとレッド! この頭脳の差が既に勝敗を決めているのだ!」

 

 当の万丈目がああ言っているのだし、何かあいつならではのコンボが待っているのかもしれない。楽しみに待とう。

 

万丈目 LP4000 手札4枚

  モンスター (守備)【リボーン・ゾンビ】

  魔法・罠  伏せ1枚

 

 「俺のターン! ドロー!」

 

 後攻は十代。十代にとってのデュエルは心でぶつかるものらしい。

 まぁ……あいつが変に頭を使うと、むしろ調子を崩すからなぁ。人それぞれってことだろう。

 そしてその十代のそばにはハネクリボーが浮かんでいる。手札に来ているのかな?

 だが十代が手に取ったのは別のカードだった。

 

 「俺は手札の【フェザーマン】と【バーストレディ】を【融合】する! 来い、マイフェイバリット! 【フレイム・ウィングマン】!」

 

【E・HERO フェザーマン】

通常モンスター

星3 風属性 戦士族 攻撃力1000/守備力1000

風を操り空を舞う翼をもったE・HERO。

天空からの一撃、フェザーブレイクで悪を裁く。

 

【E・HERO バーストレディ】

通常モンスター

星3 炎属性 戦士族 攻撃力1200/守備力 800

炎を操るE・HEROの紅一点。

紅蓮の炎、バーストファイヤーが悪を焼き尽くす。

 

【E・HERO フレイム・ウィングマン】

融合・効果モンスター

星6 風属性 戦士族 攻撃力2100/守備力1200

「E・HERO フェザーマン」+「E・HERO バーストレディ」

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。

このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 

【融合】

通常魔法

自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を融合デッキから融合召喚する。

 

 十代のデッキじゃお馴染みのHERO、【フェザーマン】と【バーストレディ】が現れたかと思うと混ざり合い、全く別の姿を現す。

 それにしても本当に、よくもまぁあんなにも都合よく初期手札に【融合】とその素材が揃っているもんだ。感心する。

 だが俺が感心している間に、万丈目がニヤリと笑っていた。

 

 「早速掛かったな! リバースカードオープン! 【ヘル・ポリマー】!」

 

【ヘル・ポリマー】

通常罠

相手が融合モンスターを融合召喚した時に発動する事ができる。

自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる事で、その融合モンスター1体のコントロールを得る。

 

 「俺は【リボーン・ゾンビ】を生贄に捧げる!」

 

 その宣告により消えていく【リボーン・ゾンビ】……生贄要因だったんだね、君。

 

 「【ヘル・ポリマー】?」

 

 【ヘル・ポリマー】の効果を知らないらしい翔に説明をしようとしたら、背後から意外な声が聞こえてきた。

 

 「デュエリストにとって基本的な知識よ」

 

 何でいるんだ、明日香。

 どういうことだとエンディミオンを睨むと、コイツは肩を竦める。

 

 『この娘は元からこの場にいたのだ。どうしようもない』

 

 何てこったい、と一瞬舌打ちしかけるが、別にいて問題があるわけでもない。ならいいかと持ち直すと、デュエルも進行していた。

 

 「【フレイム・ウィングマン】が奪われちゃった!?」

 

 翔の言う通り、常ならば十代のフィールドで力を振るうHEROが、今は万丈目のフィールドにいる。

 万丈目は、クロノスとの入試デュエルから得た情報から融合メタを張っていたらしい。

 うーん、それにしては……。

 

 「納得がいってなさそうな顔をしてるわね」

 

 明日香が隣に立つ俺に聞いてきた。

 

 「いや、だってさ……使いどころが早過ぎるような気がしてね」

 

 「使いどころ?」

 

 逆隣りから聞いてくる翔に、何と説明すればいいのか。

 

 「えっとだな。確かに【フレイム・ウィングマン】は十代のフェイバリットだけど、あいつのカードは何も【フレイム・ウィングマン】だけじゃない」

 

 現時点であいつの手札は3枚ある。この中にモンスター除去のカードがあれば、万丈目は奪った【フレイム・ウィングマン】を破壊されて無防備なフィールドを晒すことになる。

 或いは、【融合】がもう1枚かまたは【ミラクル・フュージョン】、それに融合モンスターの素材が揃っていたら、新たに特殊召喚された融合モンスターで普通に戦闘破壊される可能性もある。

 或いは入試でも使ったという【スカイスクレイパー】を発動されれば、攻撃力1100以上の下級HEROでも突破されてしまう。

 相手がHEROデッキだということで融合のメタを仕込むのは大いに結構だが、何も【フレイム・ウィングマン】さえ奪えば勝てるというわけじゃないのだから、もう少し慎重に動いても良かったのではなかろうか。

 勿論これは俺の個人的な意見であり、万丈目には別の考えがあるのかもしれないから何とも言えないが。

 そんなことを淡々と説明し終えると、翔の顔が引き攣っていた。なにゆえ。

 

 「おい……そこの貴様……」

 

 翔の態度に疑問を持っていたら、万丈目が何やら怨念の籠ってそうな目と声で俺を捕えていた。なにゆえ。

 

 「貴様、俺のデュエルにケチをつける気か!?」

 

 そんな心外な。

 

 「俺はただ、可能性を口にしただけだよ。気を悪くさせたのなら済まない。聞こえない所で話すべきだった」

 

 心の底からそう思ったので素直に頭を下げたのに、何故か翔の顔はさらに引き攣り、万丈目の怒りのボルテージは上がっていた。なにゆえ。

 

 「……悪意も悪気も本当に一切無いのが、逆に残酷ね」

 

 明日香も軽く頭を抱えながら呟いた。なにゆえ。

 

 「え~っと。色々言ってくれた所悪いけど、お前の言うどの手段も俺の手札には無いんだな、これが」

 

 十代ですら苦笑いだ。だから、なにゆえ。

 

 「だから、こうさせてもらうぜ! 【カードガンナー】を守備表示で召喚!」

 

 十代がデュエルを続行させる。万丈目はまだ俺を睨んでいるが。

 

【カードガンナー】

効果モンスター

星3 地属性 機械族 攻撃力 400/守備力 400

1ターンに1度、自分のデッキの上からカードを3枚まで墓地へ送って発動できる。

このカードの攻撃力はターン終了時まで、この効果を発動するために墓地へ送ったカードの数×500アップする。

自分フィールドのこのカードが破壊され墓地へ送られた場合、自分はデッキから1枚ドローする。

 

 フィールドに現れたのは、おもちゃのような小さなロボット。目のようなライトがチカチカと点滅している。

 あ、こいつヤバい。

 

 「……フン。そんな雑魚で何が出来る!」

 

 デュエル中だからか気を取り直したらしい万丈目は低ステータスの【カードガンナー】を見て嘲るように鼻で笑うが、俺は笑えない。

 十代に【カードガンナー】はアカン。

 

 「【カードガンナー】の効果発動! デッキからカードを墓地に送り、その枚数×500の攻撃力を上げる。俺は3枚のカードをデッキから墓地に送るぜ!」

 

【カードガンナー】 攻撃力400→1900

 

 「それがどうした! 【フレイム・ウィングマン】には届いていないぞ!」

 

 万丈目が言う通り、確かに攻撃力は【フレイム・ウィングマン】の方が上。しかもその攻撃力は、エンドフェイズには元に戻る。

 しかし相手はあの十代である。あの常時デステニードロースキルの持ち主の。当然、墓地肥やしも狙ったようにカードを落とす男である、ということもこれまでの付き合いでよく解っていた。墓地に落ちたカードを見て小さく頷くその姿に、俺は自分の勘が当たっていることを確信した。

 

 「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

十代 LP4000 手札1枚

  モンスター (守備)【カードガンナー】 攻撃力1900→400

  魔法・罠  伏せ1枚

 

 「俺のターン! ドロー! 【地獄戦士】を召喚!」

 

万丈目 LP4000 手札3枚

  モンスター (攻撃)【E・HERO フレイム・ウィングマン】

          (攻撃)【地獄戦士】

  魔法・罠  無し

 

 

 万丈目は勢いよくカードをドローし、そのままモンスターを召喚する。

 

【地獄戦士(ヘルソルジャー)】

効果モンスター

星4 闇属性 戦士族 攻撃力1200/守備力1400

このカードが相手モンスターの攻撃によって破壊され墓地へ送られた時、

この戦闘によって自分が受けた戦闘ダメージを相手ライフにも与える。

 

 現れたのは黒い鎧を纏った戦士だ。その後万丈目は一瞬だけ考えるが、すぐにバトルフェイズに移行した。

 

 「行け、【地獄戦士】! 【カードガンナー】に攻撃だ!」

 

 その判断は正しいのだろう。【フレイム・ウィングマン】で破壊して効果ダメージを与えるよりも、【地獄戦士】で【カードガンナー】を除去してからダイレクトアタックをした方が与えられるダメージは多い。

 

 『グァァ!!』

 

 指示を受けた【地獄戦士】は両手で持った剣で【カードガンナー】を一刀両断にする。【カードガンナー】は当然破壊されるが、しかし。

 

 「くっ! だが、【カードガンナー】の効果発動! このカードが破壊され墓地に送られた時、デッキからカードを1枚ドローする! さらにリバースカードオープン! 【ヒーロー・シグナル】!」

 

【ヒーロー・シグナル】

通常罠

自分フィールドのモンスターが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。

手札・デッキからレベル4以下の「E・HERO」モンスター1体を特殊召喚する。

 

 上空に浮かび上がる、Hの陰影が入ったライトの光。この状況で特殊召喚するのなら、それは多分……。

 

 「来い! 【バブルマン】!」

 

【E・HERO バブルマン】 (アニメ効果)

効果モンスター

星4 水属性 戦士族 攻撃力 800/守備力1200

手札がこのカード1枚だけの場合、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。

このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に自分のフィールド上に他のカードが無い場合、デッキからカードを2枚ドローする事ができる。

 

 やっぱり来たか、【バブルマン】。

 少しずんぐりとした、メットを被った男を見ていると溜息が出そうになる。アニメ効果のコイツは、制限カードでもいいんじゃないかと思えて来るんだよね、俺。

 

 「【バブルマン】の効果発動! フィールドにこのカードしかいない時、デッキからカードを2枚ドロー!」

 

 これで十代はこのバトルフェイズだけで3枚のドローだ。もしも俺が万丈目の立場だったら、きっと返しのターンが怖い。

 

 「それがどうした! 行け、【フレイム・ウィングマン】! 《フレイム・シュート》!」

 

 十代が特殊召喚をした【バブルマン】は攻撃表示になっている。確かに【フレイム・ウィングマン】の効果を考えれば、結局はダイレクトアタックを受けたのと同じだけのダメージを受けることになる。だが攻撃表示ということは、それで問題無いと判断したからなのだろう。

 果たしてその通りだったようで、万丈目の攻撃宣言に飛び上がった【フレイム・ウィングマン】がその右腕から放った炎が【バブルマン】を包み込もうとしたその時、その前に薄ぼんやりとした膜のようなものが現れ【バブルマン】を守った。

 

 「墓地の【ネクロ・ガードナー】の効果発動! このカードを墓地から除外して、その攻撃を無効にする!」

 

【ネクロ・ガードナー】

効果モンスター

星3 闇属性 戦士族 攻撃力 600/守備力1300

相手ターンに墓地のこのカードを除外して発動できる。

このターン、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

 

 万丈目のフィールドに、他に攻撃可能なモンスターはいない。結局はこのターン、十代は無傷で終わったわけだ。その事実にだろう、万丈目は舌打ちする。

 

 「チッ! 場にカードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

万丈目 LP4000 手札2枚

  モンスター (攻撃)【地獄戦士】

         (攻撃)【E・HERO フレイム・ウィングマン】

  魔法・罠  伏せ2枚

 

 

 舌打ちはしても、余裕は失っていないようだが。たしかに万丈目のライフとて減っていないし、どちらのフィールドが有利かといえば万丈目だろう。しかし。

 

 「俺のターン! ドロー!」

 

十代 LP4000 手札5枚

  モンスター (攻撃)【E・HERO バブルマン】

  魔法・罠 無し

 

 このドローで十代の手札は5枚である。それは反撃に転じるのに十分な枚数だろう。

 

 「よし! 俺は【エアーマン】を召喚!」

 

 『トァッ!』

 

 しかも、ここで来るか三沢……じゃなかった、【エアーマン】。

 

【E・HERO エアーマン】

効果モンスター

星4 風属性 戦士族 攻撃力1800/守備力 300

このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、以下の効果から1つを選択して発動できる。

●このカード以外の自分フィールドの「HERO」モンスターの数まで、フィールドの魔法・罠カードを選んで破壊する。

●デッキから「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

 十代のフィールドに現れたのは、俺のかつての記憶にも深く刻み込まれているモンスター。OCGでも猛威を振るったあの【エアーマン】である。

 だからこそ、十代が最初にこのカードを使った時の俺の驚きったらなかった。今でもあの時の驚愕を思い出す。しかもあの時、そのモンスター効果に加えて動揺も手伝ったこともあり俺は負けた。チクショウ。

 いくら曖昧な原作知識とはいえ、流石に十代がこのカードを使っていなかったことぐらいは俺だって覚えていた。なのにコイツはある日突然このカードを使ったのだ。

 尤も、その原因は俺だったのだが。

 俺のメインじゃない方のもう1つのデッキ。アレで初めて十代とデュエルをした時、狙っていたコンボが上手いこと決まったこともあって、俺は十代の戦術を完封して勝った。あのデッキと十代のHEROデッキは、あまりにも相性が悪すぎたのだ。

 それが悔しかったらしい十代だが、だからといってHEROデッキを崩す気は毛頭無く、『カードを破壊する効果を持つHERO』を必死で探したらしい。そして行き着いたのが【エアーマン】だったのだとか。

 デュエルが終わってからどうやって【エアーマン】を見付けたのかと聞くと、デュエルモンスターズの製造元であるI2社、それがあるアメリカに存在していたのをネットで見付け、親に何ヶ月分も小遣いを前借してオークションで競り落としたのだとか。

 その話を聞いて俺も日本とアメリカでカードプールが微妙に違うのだということに気付き、色々と情報を探ってみたのだが……この話はまた今度にしよう。

 今はデュエルの続きである。

 

 「【エアーマン】の効果発動! デッキから【E・HERO スパークマン】を手札に加える! 更に【天使の施し】を発動! デッキから3枚ドローして2枚捨てる!」

 

【天使の施し】

通常魔法

自分のデッキからカードを3枚ドローし、その後手札を2枚選択して捨てる。

 

 これまた【強欲な壺】と同じく。OCGでは長きに渡る禁止カードである。OCGを知る身としては、【天使の施し】と【強欲な壺】が投入されたデッキというのは一種のロマンである。なので俺もデッキに入れていたりする。

 

 「さらに【ミラクル・フュージョン】発動! 墓地の【スパークマン】と【クレイマン】を除外して、融合!」

 

 【カードガンナー】と【天使の施し】で条件を満たしたのか。相変わらずとんでもない。しかも、狙ったかのような組み合わせだ。

 

 「【サンダー・ジャイアント】を融合召喚!」

 

【ミラクル・フュージョン】

通常魔法

自分のフィールド・墓地から、「E・HERO」融合モンスターカードによって決められた 融合素材モンスターを除外し、その融合モンスター1体を融合デッキから融合召喚する。

 

【E・HERO スパークマン】

通常モンスター

星4 光属性 戦士族 攻撃力1600/守備力1400

様々な武器を使いこなす、光の戦士のE・HERO。

聖なる輝きスパークフラッシュが悪の退路を断つ。

 

【E・HERO クレイマン】

通常モンスター

星4 地属性 戦士族 攻撃力 800/守備力2000

粘土でできた頑丈な体を持つE・HERO。

体をはって、仲間のE・HEROを守り抜く。

 

【E・HERO サンダー・ジャイアント】 (アニメ効果)

融合・効果モンスター

星6 光属性 戦士族 攻撃力2400/守備力1500

「E・HERO スパークマン」+「E・HERO クレイマン」

このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。

このカードが融合召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で存在する元々の攻撃力がこのカードの攻撃力よりも低いモンスター1体を選択して破壊する。

 

 十代の持つ【サンダー・ジャイアント】はOCGとは少し効果が異なるが、例えOCG通りであっても問題は無かっただろう。そして、アニメ効果であるのならば尚更問題は無い。

 

 「【サンダー・ジャイアント】の効果! このカードよりも攻撃力の低い【フレイム・ウィングマン】を破壊するぜ! 悪いな、【フレイム・ウィングマン】! 《ヴェイパー・スパーク》!」

 

 うん? 【フレイム・ウィングマン】を? あ、そっか。【地獄戦士】の効果を知らないんだ、アイツ。

 場に現れた【サンダー・ジャイアント】が放った雷撃が、【フレイム・ウィングマン】を直撃する。十代にとってもフェイバリットを破壊するのは楽しいことじゃないだろうけど、デュエルに勝つためにはどう転んでも通らねばならない道だ。仕方が無いだろう。

 【フレイム・ウィングマン】は破壊され、万丈目のフィールドには【地獄戦士】だけが残る。

 

 「バトル! 【サンダー・ジャイアント】で【地獄戦士】に攻撃! 《ボルテック・サンダー》!」

 

 【サンダー・ジャイアント】が今度は【地獄戦士】に攻撃を放ち、見事に直撃する。だが、【地獄戦士】はそれでは終わらない。破壊され爆炎が起こる映像の後、その煙の中から【地獄戦士】が持っていた剣が飛び出してくる。そしてそれは真っ直ぐ十代へと向かう。

 

 「【地獄戦士】のモンスター効果! 俺が受けた戦闘ダメージを、お前にも与える!」

 

 「何!? うわぁっ!」

 

 飛んで来た剣がそのまま十代を縦一閃した……うん、あれは映像と解ってても嫌だ。

 

万丈目 LP4000→2800

十代  LP4000→2800

 

 「くっ! まだだ! 【エアーマン】と【バブルマン】でダイレクトアタック! 《エア・シュート》! 《バブル・シュート》!」

 

 「ぐ、あぁぁ!」

 

 【エアーマン】による風と【バブルマン】による泡。2つの攻撃が万丈目に襲い掛かる。

 

万丈目 LP2800→1000→200

 

 一気にライフが削られたな。鉄壁じゃないか。

 

 「へぇ。やるじゃない」

 

 「アニキ、かっこいい!」

 

 明日香の感心したような声と翔の声援に、十代は振り向かずにピースサインをした。

 

 「こ、の! オシリスレッドのドロップアウトの分際で!」

 

 自分の方が先にライフを削られ、それも危険域に達している現状は我慢がならないものだったらしい。万丈目はかなり逆上している。

 十代のライフも削られてはいるが、それは【地獄戦士】の効果によるもの。【サンダー・ジャイアント】であちらの方を破壊しておけば無かったダメージである。余裕を保つための要因にはならないだろう。

 反対に十代は笑顔である。

 

 「油断するなよ、ライフを削りきったわけじゃないんだ」

 

 2人と違い俺は忠告をするが、どうやら余計なお世話だったらしい。

 

 「へへっ、解ってるって! 俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

十代 LP2800 手札2枚

  モンスター (攻撃)【E・HERO バブルマン】

         (攻撃)【E・HERO エアーマン】

         (攻撃)【E・HERO サンダー・ジャイアント】

  魔法・罠 2枚

 

 十代は笑ってはいるが、その目に油断は無かった。

 まぁ……昔から、何度か話したことあるしなぁ。俺が己を戒めるために強く心に刻んでいる、あるデュエルの話。

 ライフは片や1万、片や100。ターンは100の方で手札は0。次のドローカード1枚のみ。しかしそんな中で、その1枚のドローカードから怒涛の反撃を見せ、1万あったライフはそのターン中に0になった……そんなデュエルの話を。個人名は伏せておいたが、十代はその話を聞いて目を輝かせると同時にどこか遠い目にもなっていた。

 俺は、あの時の乃亜の絶望の表情を決して忘れない……デュエルは最後まで気を抜いてはいけないのだ。

 

 さて、このデュエルに話を戻そう。

 2枚を伏せたということは、十代には攻撃表示の【バブルマン】を守る手立てがある可能性が高い。そうでなければ、さっきの連続攻撃に【バブルマン】は参加させず、守備表示にしていただろうから。

 さて、追い詰められた万丈目はどう来るか。

 

 「俺のターン! ドロー!」

 

万丈目 LP200 手札3枚

  モンスター 無し

  魔法・罠  2枚

 

 ついさっき、自分のターンが終わった時にはこの状況は想像もしていなかっただろう。フィールドは完全に十代がリードしている。とはいえ、万丈目も手札は3枚。伏せカードもある。それによっては逆転も不可能ではないはずだ。

 何せおぼろげな記憶の中では、彼はおジャマ使いだった。アレは確かに強いが、使いこなせればの但し書きが必要だ。それを可能とするにはデッキとの絆、信頼が必要となる。そしてデッキは、信じれば応えてくれる。果たして……。

 

 「……ッ!」

 

 しかしドローカードを見た万丈目の表情に浮かんだのは、決して喜色では無かった。だが万丈目は何かを考えると、やがて決意の目になった……何かする気だな。

 

 「2体目の【地獄戦士】を召喚! そして攻撃! 行け! 【バブルマン】に攻撃だ!」

 

 何かするかと思ったら、普通に攻撃? しかもこれだと、攻撃が通っても次のターンでやられるぞ?

 疑問を抱いている間にも、十代は行動を起こしていた。

 

 「トラップ発動! 【ヒーローバリア】! その攻撃を無効にする!」

 

【ヒーローバリア】

通常罠

自分フィールド上に「E・HERO」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。

 

 十代の場に伏せられていたカードが起き上がり、そこから円形に回転するバリアが現れ【バブルマン】を守る。【地獄戦士】の攻撃は阻まれ、振り下ろそうとしていた剣が弾かれる。

 

 「まだだ! リバースカードオープン! 【リビングデッドの呼び声】! 墓地の【地獄戦士】を攻撃表示で召喚! 2体目の【地獄戦士】の攻撃! 対象はまた【バブルマン】だ!」

 

【リビングデッドの呼び声】

永続罠

自分の墓地のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。

そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。

このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。

そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

 三度現れた【地獄戦士】に、万丈目が攻撃を指示する。しかし、同時に十代も動いていた。

 

 「それならこっちだって! その攻撃宣言にチェーンして、伏せてあった速攻魔法【異次元からの埋葬】を発動! 除外されている【スパークマン】、【クレイマン】、【ネクロ・ガードナー】を墓地に戻す!」

 

【異次元からの埋葬】

速攻魔法

除外されている自分及び相手のモンスターの中から合計3体まで対象として発動できる。

そのモンスターを墓地に戻す。

 

 【ネクロ・ガードナー】が墓地に戻ったか。ってことは。

 

 「そしてバトルステップ、【ネクロ・ガードナー】を除外して効果発動! その攻撃を無効にする!」

 

 再び薄い膜に止められる【地獄戦士】の攻撃。よく使い回されるなぁ、【ネクロ・ガードナー】。

 2体目の【地獄戦士】の攻撃も無効化され、これで終わりかと思ったが、そうでは無かった。万丈目はさらに手札に手を掛ける。バトルフェズ中に手札から発動できるカードと言えば、フェーダ-のような手札誘発効果を持つモンスターか、或いは……。

 

 「速攻魔法【速攻召喚】を発動! 【地獄戦士】を生贄に、来い! 【地獄将軍・メフィスト】!」

 

【速攻召喚】 (アニメオリジナル)

速攻魔法

このカードの発動時、自分は通常召喚を行う事ができる。

 

【地獄将軍・メフィスト】

効果モンスター

星5 闇属性 悪魔族 攻撃力1800/守備力1700

このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。

相手に戦闘ダメージを与えた時、相手の手札からカードを1枚ランダムに捨てる。

 

 【速攻召喚】……OCGには無かったカードだ。その効果は【二重召喚】とほぼ同じ、違いは速攻魔法か通常魔法か。どちらをデッキに入れるかと聞かれたら、俺なら間違いなく前者を選ぶ。こちらの方がバトルフェイズOK、相手ターンでもOKと使い勝手が良いからだ。

 けど、上級モンスターを握っていたのか。しかも2体の【地獄戦士】を十代が伏せた罠の囮に使い、こちらが本命だったらしい。

 だがその攻撃力は1800、【エアーマン】と全く同じだ。【バブルマン】を攻撃すれば1000のダメージを与えられるが、それでは十代のライフは削りきれない。貫通、ハンデスと効果は悪くないが、次のターンで【サンダー・ジャイアント】にやられて終わる……それとも、残り1枚の伏せカードに何か秘密があるんだろうか?

 

 「【地獄将軍・メフィスト】で【エアーマン】に攻撃!」

 

 【エアーマン】に攻撃するって? 攻撃力は同じなのに、自爆する気か? それとも、あの伏せカードは【収縮】? いや、それならもっと早く発動させていたはず。具体的には前のターン、【サンダー・ジャイアント】の攻撃の時。一体どういう……。

 

 「! 迎え撃て、【エアーマン】!」

 

 十代も驚いているようで、それでも【エアーマン】に指示を出す。

 大剣を振り上げる巨体の将軍と、風を纏った細身のHEROがぶつかり合い、一瞬の拮抗の後に両者破壊される。攻撃力が同じなのだ、当然だろう。

 けど、本当に相打っただけ……? 何のために召喚したんだ、【地獄将軍・メフィスト】。

 俺だけじゃない。翔も明日香も向こうで見ている2人の取り巻きも、それに誰よりも十代がその行動に困惑している。

 だがそんな中、万丈目だけがやけに堂々としていた……視線に恨みが籠っていたが、それはともかく。

 

 「よく覚えておけ! この結果はまぐれに過ぎん! そして俺のライフを、これ以上お前に削らせもしない……【ヘル・ブラスト】発動!!」

 

 万丈目が発動させたのは最後の伏せカード、それは通常トラップ。しかしそこに書かれたテキストには、驚かずにはいられなかった。

 

【ヘル・ブラスト】

通常罠

自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが破壊され墓地へ送られた時に発動する事ができる。

フィールド上の攻撃力が一番低い表側表示モンスター1体を破壊し、お互いにその攻撃力の半分のダメージを受ける。

 

 ちょっと待て。

 と、いうことは……。

 

 「効果により、貴様の場の【バブルマン】を破壊! そしてその攻撃力の半分、400ポイントのダメージが互いのプレイヤーに与えられる!」

 

 「へ? って、それって!?」

 

 十代が驚いている間に【バブルマン】は破壊され、その余波が2人に襲い掛かる

 

 「っく!」

 

 「うわぁ!」

 

万丈目 LP200→0

十代 LP2800→2400

 

 これは……何と言うか……。

 

 デュエルが終わりソリッドビジョンが消えていく中、俺たちは揃ってポカンとしていた。

 

 「え? え? アニキの勝ち……ッスよね、これ? え? さっきのコンボに何の意味があったんスか?」

 

 「結果は変わらないけど……プライドの問題、なんじゃないか?」

 

 現実問題として、あの手札と伏せカードじゃ逆転は無理だ。しかし万丈目は本人の言った通り、これ以上『十代に』ライフを削られたくなかったんだろう。だから自分自身の手で終わらせた。そういうことなんだろうか。

 

 『クッ、クク。主よ、ヤツも面白そうだな。どこかあの社長に似ているぞ。一皮むければ、化けそうだ』

 

 エンディミオン、その含み笑いキモイから。

 でも確かに、あのプライドの高さは社長に通ずるものがありそうな気がする。

 でもそれじゃ、あいつもいつか『粉砕・玉砕・大喝采!!』とか言っちゃうのかな……やめよう、想像するの。本当に言い出しそうなだけに余計怖い。

 俺がちょっと遠い目になっている間に、十代は震えていた。あ、これは。

 

 「すげぇ……」

 

 うわー、目がすっごい輝いてる。

 

 「すげぇぜ、万丈目!」

 

 「万丈目『さん』だ! 何だ貴様! 俺をバカにしているのか!?」

 

 まぁ、万丈目としてはそう感じるだろう。負けた屈辱に打ち震えている時に、その相手に『凄い』などと言われても信じられまい。

 だが、そこにいるのは十代である。何の裏も表もあるまい。

 

 「最後、ああ来るとは思わなかったぜ! 凄ぇな、デュエルアカデミアは! こんな奴らがゴロゴロいんだろ!? すっげぇワクワクしてきたぜ!」

 

 「な……! ッ、勘違いするなよ、遊城十代!! これはまぐれだ! この俺が貴様に負けるなど、そうでしかあり得ん!!」

 

 「あぁ、じゃあまたデュエルしようぜ! いつでも受けて立つ! ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

 

 おーい、何気に言葉のドッジボールだぞ、十代。万丈目の向けている混じり気の無い恨みの眼差しに気付け。

 そう思って苦笑していると、万丈目はこっちを見た。あれ? 俺?

 

 「貴様もだ! 確か上野優とか言ったな!? 貴様もいつの日かこの俺が降してやる……2度と俺のプレイングにケチなど付けられんようにな!!」

 

 「いや、だからケチを付けたつもりは無いんだけど……ゴメンな。でもデュエルの申し出なら俺もいつでも受けるよ。」

 

 ニッコリと笑顔を向けると、万丈目はフンと鼻を鳴らし、最後にもう1度思いっきり十代と俺を睨みつけて足音荒く去って行った……お前、自分で言い出したアンティルール、完全に忘れてるだろ。

 

 「あれ? アニキ、そういえばアンティは?」

 

 翔も思い出したらしく、フィールドから降りた十代に問いかける。

 

 「アンティですって?」

 

 そこまでは知らなかったのか、明日香が眉を潜めた。俺がそれを宥める。

 

 「結果的に成立しなかったんだから、そこまで目くじら立てないでよ」

 

 苦笑しながら言うと、明日香は納得はしていなかったみたいだがそれ以上は言わなかった。

 

 「別に俺、欲しいカードって無いしなぁ。ベストカードってことは、あいつが1番大事にしてるカードってことだろ? それじゃあなおさら貰えないし、別にいいや」

 

 十代は呑気なもので、あははと笑いながらそんなことを言っていた。そして俺はそんなヤツの肩をポンと叩く。

 

 「そうか。所で十代。」

 

 「何だ?」

 

 「どうやらガードマンがこっちに向かってるっぽいんだけど、夜間の施設無断使用がバレたら退学かもな?」

 

 事実である。既にエンディミオンの結界は解かれているようで、足音が聞こえてくる。

 普通に考えれば、いくらなんでもたった1度の校則違反で退学なんて行きすぎだろう。しかし、入学初日のそれは心証を著しく悪化させること請け合いである。なのでちょっと大きく言ってみた。

 ハッキリと断言されたことで『退学』の2文字が現実味を帯びたように感じたのか、翔と明日香の顔が引き攣った。十代も流石に呑気ではいられないらしく、冷や汗をかいている。

 

 「ははは…………逃げろ!」

 

 その号令に俺たちは速やかに避難を開始し、何とかガードマンには見付からずに済んだのだった。

 

 

 いやー、それにしても。

 本当に、いいもの見せてもらったような気がするよ。

 

 

 




 <今日の最強カード>

優 「さて、前回は本編よりも反響を呼んだ、<今日の最強カード>のコーナー。今日紹介するのはこの2枚」

【E・HERO エアーマン】 【ヘル・ブラスト】

優 「まずは【ヘル・ブラスト】。このカードはアニメとOCGで効果が異なり、魔法カードか罠カードかの違いもあるけど、今回はOCG効果での出場だね」

王 『【バブルマン】や【サンダー・ジャイアント】がアニメ効果だったのに、これはOCG効果か』

優 「その辺はほら、ラストのためだよ。アニメ効果だと、相手にしかダメージを与えられないからね……でも筆者的には、ああいうラストにしたことに戦々恐々らしいよ。原作に出てきたデュエルを原作とは異なる結果に落ち着けるっていうね」

王 『ならばそうしなければ良かったのだ』

優 「それがそうも行かないのさ。何せ諸々の事情から、十代はとっくに魔改造済みだから。とはいえ、ちゃんと十代が使っていた、或いは使っていても可笑しくないカードで強化してあるつもりだよ。それに【ネオス】や【N】、【超融合】はストーリーの都合上入って無いし、【M・HERO】まで持たせちゃったら『ガッチャ』と言うだけのよっしゃさんになってしまいそうだから、それも入って無い。それでも魔改造されてるのは本当だから、原作通りのデュエルにしたら万丈目が噛ませ以外の何物でも無くなってしまう」

王 『原作初期のヤツは紛れもなくそうだっただろうが』

優 「まぁ、否定はし辛いけど。本当はさ、十代を魔改造した如く万丈目も魔改造しようかと思ったらしいんだけど……地獄デッキを魔改造って、どうすればいいのか解らなかったらしい。そして出てきた結論がアレ」

王 『フン。そもそも【地獄戦士】自体、アマゾネス共の下位互換に過ぎんからな。まぁ、過ぎたことは仕方があるまい。判断は読者に委ねるのだな』

優 「そうだね。まぁ【ヘル・ブラスト】に関してはアニメ効果をOCG効果にしたぐらいだからこれぐらいにして、本題はこっち。【エアーマン】」

王 『OCGでは墓地に送られても使い回され、挙句の果てには制限カードに指定されたヤツだな』

優 「そう。HEROデッキの必須カードにして過労死代表、その効果からHERO以外のデッキでもよく見られたこのカード。元々は漫画版のカードで、アニメには未登場。だからこそ、漫画効果ではなくOCG効果で出せたわけだけれど」

王 『十代の魔改造自体は、驚くことでもあるまい。むしろ何年も幼馴染として過ごしていて、何も変化が無い方が可笑しいであろう。しかし、【エアーマン】とは。十代が自分で手に入れたと作中では語られていたが』

優 「そう。俺の第2デッキに完封されたのがよっぽど悔しかったらしい」

王 『破壊効果を持つHEROを探したと言っていたが……【サイクロン】では駄目だったのか?』

優 「駄目だね。【サイクロン】も【サンダー・ブレイク】も全部駄目。何せあのデッキ、コンボが決まればその辺ガッチガチだから」

王 『……何となく、主の第2デッキの傾向が知れたな。しかし、本当にとんでもないこじつけだ』

優 「実はこれも筆者が困った所なんだよね。このSSではGX放映終了後に出たカードも出て来るけれど、汎用性のある魔法カードやトラップカードはともかく、メインとなるモンスターは、ね。原作キャラほどの運命力があってこんな強力カードに出会えないってのは違和感がある。そこで考えた苦肉の策が……」

王 『例のアレか。日本とアメリカでカードプールに微妙な違いがあり、原作では出ていなかったカードもアメリカでは出ていたとかいう』

優 「そうなるね。でもそうなると、アメリカにコネがありそうな人間しかそういったカードを手に入れられないってことになりそうだろ? 今回のデュエルでは出て来なかったけど話には出てきた、俺がかつて十代に渡したあるHEROたちのように。そして、その時の俺の『ある行動』によりそういったカードたちも続々日本上陸を果たしているっていう流れがある。しかもそれによって、俺の『ある未来』も確定しちゃったし……まぁ、その辺は近い内に出て来るよ。あ、ちなみにテキストに関しては、最寄りのカードショップに持ちよれば日本語に直してくれるサービスがある(有料)ってことになってる」

王 『それはつまり、原作キャラたちが原作では使っていなかったカードを使う、ということか?』

優 「それはどうかな?」

王 『カイザーがGX放映終了後に出て来たサイバーを使ったり』

優 「それはどうかな?」

王 『万丈目サンダーのおジャマが3兄弟ではなく5兄弟になったり』

優 「それはどうかな?」

王 『そういえば筆者は前回の前書きで、一部のチューナーやPモンスターが効果モンスター扱いとして出るとか言っていたな……先日、宝玉のPモンスターが出ていたような』

優 「それはどうかな?」

王 『……思えばファラオは便利な言葉を遺して逝ったものだな』

優 「そうだね」


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