遊戯王GX お隣さんに縁がある   作:深山 雅

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今回は後半から本編では初の三人称視点です。

なお、初めに謝っておきます。ごめんなさい。反省はしてる、でも後悔はしていない。


第18話 少女と愛

 解雇されました。

 

 あ、いや、勘違いしないでね。俺の事じゃないから。ちゃんとレッド寮の食堂でのバイトを続けてるよ。

 では誰が解雇されたのかというと。

 

 『何故、こんなことになってしまったのか……』

 

 俺の目の前にいるのは、意気消沈した様子で項垂れる黒蠍盗掘団の皆さん(精霊体)。

 彼らはどうも、雇い主に解雇されてしまったらしい。それで実体を保てなくなってしまったんだとか……まるで意味が解らんぞ!?

 

 そもそもの始まりから説明しよう。

 遊戯さんのデッキ展示が終わってしばらく経ったある日、偶々購買で出くわした明日香との世間話の中でミーネの不在を聞いた。何の前触れも無く突如としていなくなってしまったとのことで、明日香は少し心配していたようだ。

 そしてその話を聞いた俺は、そういえばチックとゴーグも今日は朝食時に食堂で見かけなかったことを思い出す。まさかと思ってその後確認に行ってみれば、クリフも無断欠勤をしているのだと他の守衛たちが教えてくれた。

 これは黒蠍に何かあったなと確信したため島内を(フェーダーが)探し回り、岸壁にあった小さな洞窟内でようやっと発見し、夕食後に事情を聞きに来たってわけだ。

 

 聞いてみた所、彼ら自身にも理由は解らないがふと気付くと実体化が出来なくなっており、困惑したままこのねぐらに集合したんだとか。

 そりゃまぁ、実体化出来なけりゃアカデミアに潜入なんて出来ないしね。困って当然だろう。

 そしてさらに詳しく話を聞いてみると、どうやらザルーグがこの島に向かっているらしい。そこで事情の説明があるんだとか。

 

 折角なので、俺も残って彼らと共にザルーグの話を聞くことにした。有耶無耶になってたこいつらの目的を知ることも出来そうだし。

 

 そして冒頭に戻る。

 

 夜半に漸くこの島に辿り着いたザルーグも、やはり実体化は出来ていなかった。彼は初対面の俺がいたことに当初は警戒していたものの、元々部下たちとの連絡の中で俺の話は聞いていたのだろう。すぐに納得してくれた。

 ただし、何故かそのまま正座へとシフトしたが。今更かもしれないが、他の面々も初めから正座でスタンバってる。俺だけが一段高い岩場に腰かけて彼らを見下ろしている形だ。

 あのさぁ、お前ら俺を何だと思ってるの? 特にザルーグ。何だよ、その流れるような自然な正座は。お前、俺に一体どんな印象を持ってるの? おい、どんな説明をしたんだよ、他の奴ら。

 閑話休題。

 

 話を戻すが、どうやら彼らは元々このアカデミアから三幻魔の封印を解くための鍵を盗むように依頼されていたらしい。ザルーグはそのために雇い主から闇のアイテムまで貰って、その力で彼らは今まで実体化してたんだとか。

 そこまで聞いて、俺はふとある事実に思い当たった。

 

 黒蠍盗掘団……お前ら、セブンスターズのメンバーだったのか……。

 

 正直驚いた。完全に忘れ去っていたよ。

 というかそもそも、俺がしっかり覚えてるセブンスターズはダークネスとアムナエルぐらいだったし。あ、それと3期にも出てたはずのタニヤってのもぼんやり覚えてる。

 でも他の4人はほぼ忘れちゃってるからなぁ。黒蠍盗掘団は多分、その4人の内の1人だったんだろう。いや、1人ってのは可笑しいのか? だってこいつら5人だし……まぁいいや、5人1組のチーム枠ってことにしとこう。

 

 しかしそんな彼らは、突如として雇い主から解雇を言い渡されてしまう。同時に闇のアイテムも回収されて、実体を保てなくなってしまったらしい。

 

 「ふぅん。で、お前らの雇い主って? 解雇されたんなら義理立てして隠す必要も無いだろ? 誰なんだ?」

 

 話を聞き終えた俺の第一声はそれだった。

 ここでこいつらが口を割ってくれれば、それだけで理事長への疑惑を確信に変えられる。そう期待しての質問だったけれど、俺の期待はあっさりと裏切られることとなる。

 

 『いや、それが……直接会ったことは無く、私もそれは知らないのだ』

 

 「……闇のアイテムを渡されたんだろ?」

 

 『代理人を介してのことだ』

 

 俺は頭を抱えた。使えねぇ。つーか理事長、いざという時には切り捨てる気満々じゃねーか。

 少しばかり頭が痛くなってきたために蟀谷を揉んで解していると、ザルーグが大きな溜息を吐いた。

 

 『1度取り交わした契約を反故にされるなど……! 我らには何の落ち度も無かった。それどころか、時が来れば事を起こせるように万全の準備をしていたというのに!』

 

 『『『『ボス……』』』』

 

 悔しげに顔を伏せるザルーグを気遣わしげに見る部下たち。

 彼らはプロの盗掘団だ。その事実には彼らなりの矜持があったに違いない。そして今回の一件は、それを踏み躙られたも同然である。悔しいでしょうねぇ。

 ただ……。

 

 「準備万端整えてたって言うけどさ……俺にバレてる時点で、もうダメだったんじゃね? 流石に三幻魔封印の鍵を盗むなんて、看過できないし。もしそうなってたら俺、全力で止めてたぞ」

 

 『『『『『!?』』』』』

 

 俺のツッコミに対し、その事実にようやっと気付いたのかピシリと固まる黒蠍盗掘団。揃いも揃ってムンクの『叫び』状態だ。

 うん。お前ら、始まる前から終わってたよな。

 

 それにしても……。

 

 揃って愕然とした様子で地に手を突いて嘆く精霊たちを観察しつつ、俺は顎に手を当てて思考する。

 

 「けど、現時点でお前らに落ち度が無かったってのも、多分事実なんだろうな。それがどうして解雇されたのか……」

 

 『話を聞く限りではどうも、我らの盗みの掟3ヶ条が気に食わなかったようなのだが』

 

 あ、それって確か前に言ってたよな。

 

 『誰も痛めず、傷付けず、貧しい者からは何も盗まず!』

 

 『『『『『それが! 黒蠍盗掘団!!』』』』』

 

 「うん、ポーズ決めてドヤ顔しなくていいから」

 

 彼らの気持ちが浮上したのは喜ばしいことかもしれないが、別にその決めポーズは必要としていないためバッサリと切り捨てさせてもらった。

 

 「で? その掟が気に食わなかったって?」

 

 聞き返してみると、ザルーグはポージングしたまま頷いた。

 

 『ああ。曰く、『誰も痛めず、傷付けず』の部分が意に添わなかったようでな。盗みの指令と共に抹殺の指令も降すと言われたためにそう答えると、ならば契約はこれまでだと言われ……』

 

 「……何だそれ」

 

 え、セブンスターズってそんなやる気、否、殺る気に満ち溢れた集団だったっけ? 

 そりゃあ、闇のデュエルを仕掛けてくるような連中だ。危険には違いないだろうが、それでも最優先はあくまでも幻魔だろ? それが初っ端から抹殺って……つーか、誰を抹殺しようってんだ? 鍵の所有者か? まだ誰がそうなるとも決まってないのに? どうなってんの?

 大徳寺先生に探りを入れてみれば解るかな……って、それは地雷を自らブチ抜くようなもんか。止めとこ。

 

 「あー」

 

 俺はガリガリと頭を掻き、当座の考えを纏めた。

 

 「じゃあお前ら、とりあえずは俺の指示を聞いてくれ。ちょっと厄介そうだからな」

 

 『何? では我らに依頼をするというのか?』

 

 「いや、依頼じゃない。指示だ。ちなみに拒否権は無い」

 

 『何ですって!?』

 

 『まだ俺たちを扱き使おうってのか!?』

 

 『我らはもう自由の身! 強制退去させられたところで問題は無いのだ! 脅しには屈さない!』

 

 『『『『『それが! 黒蠍盗掘団!!』』』』』

 

 ……ほう。

 

 「エンディミオン、俺の部屋から【拷問車輪】のカードを5枚持って来て」

 

 今日のデッキにはあれ、入ってないんだよね。

 俺が黒蠍の連中を逃がさないために【光の護封剣】を発動させながら傍らに控える精霊にイイ笑顔で話を振ると、エンディミオンも同じくイイ笑顔で頷いた。仮面によって顔の上半分が隠れているエンディミオンだが、その僅かに覗く口元からだけでも十分に彼が今浮かべているであろう表情を察することが出来た。

 

 『『『『『何でもお申し付け下さい!』』』』』

 

 しかし俺たちが次の行動を起こすよりも先に、黒蠍が平伏した。

 あ、そう? そうれじゃあ遠慮無く。

 

 「安心してよ、別に扱き使うつもりじゃないんだ。ただお前らの話を聞いて、ちょっと色々と報告を上げなきゃならなくなったからなぁ。その手伝いだ」

 

 彼らの話とは当然、幻魔の話である。それと、近い内に妙に殺る気なセブンスターズ……基、刺客が送り込まれるだろうってこともね。

 

 『報告って、どこに?』

 

 「KC」

 

 当然と言えば当然であろう疑問に簡潔に答えると、黒蠍たちは揃って目を丸くして驚いていた。

 

 「年末辺りに色々あってさ。三幻魔関連で何か起こるんじゃないかって予測は出てたんだ。で、それがどうやら間違いなさそうってんで、報告を上げる。お前らはその時に話を補完してくれ」

 

 それに、ザルーグ以外のメンバーについても説明しておかなければいけないだろう。

 何しろ彼らは潜入の為、生徒・寮管理人・校医・守衛として正式にアカデミアに所属していたのだ。それが急にいなくなられては、一連の行方不明事件に関係しているのでは疑う人も現れてしまうかもしれない。というか、ミーネのことを心配していた明日香に至っては、既にそんな考えが脳裏に過ぎってるっぽかった。

 なので無用の混乱を避けるため、対外的には転校だの転勤だのをしていなくなったのだという体裁を整えておいた方がいい。しかし俺にそんな細工は出来ないため、あの人たちを頼ろうというわけだ。

 

 「に、しても……」

 

 正座している黒蠍盗掘団を見やり、俺はひとりごちて嘆息した。

 

 表面上は以前と変わらぬ平穏な学園生活が流れているというのに、裏側はどんどんきな臭くなっている。こんな面倒な立ち位置にいるせいで、ひしひしと実感している。したくなかったけど。

 何なんだよ、抹殺指令って。さっきも思ったけど、セブンスターズってそんなに殺る気に満ち溢れてたっけ? 誰だよ、そんな刺客集団を差し向けられてる可哀そうなヤツは。

 

 俺も俺で、いざ何かが起こった時には対処できるように心の準備をしておいた方がいいかもしれない。

 

 

==========

 

 

 レッド寮の食堂でバイトしている俺は、朝夕の食事をそのままレッド寮で摂ることが多い。何故なら俺の仕事内容には食事の用意だけでは無く、食後の片付けも含まれているからだ。

 今日もその例に漏れず、俺は十代たちと同じ机に着いて質素な夕飯にありついている。しかしいつも通りでは無かったのは、食堂に生徒が集まった頃合いを見計らって大徳寺先生が1人の生徒を紹介したことだ。

 

 「みなさーん。この学園に編入してくることになった早乙女レイ君ですにゃ。仲良くしてあげて下さいにゃ」

 

 それは帽子を目深に被った小柄な子だった。

 大徳寺先生曰く、編入生はみんな初めはレッド寮から始めるという規則があるため、まずはこの寮の所属になったんだとか。

 

 「編入試験でのレイ君の成績は優秀でしたし、すぐに昇格の話も来ると思いますにゃ。そうしたら上野君、君と同寮になるのにゃ。良かったら色々教えてあげてほしいのにゃ~」

 

 「あ、はい」

 

 まぁ……多分、来ないだろうけど。

 だって覚えてるよ、早乙女レイ。確か恋する乙女だったはず。今はともかく、何日も他人と共同生活を送りながらその正体を隠し続けることは出来ないだろう。

 十代たちの部屋に割り振られた彼女を観察しつつ、俺は内心でそう結論付けた。

 

 ………………って、ちょっと待て。

 これはマズいんじゃないか?

 

 「優? どうした?」

 

 とある可能性に思い当たった結果、俺は随分と難しい顔をしてしまっていたらしい。それに気付いた十代が、正面から訝しげな視線を寄越してきた。

 

 「……何でも無い」

 

 俺が思い至った可能性、それをこの場で口に出すわけには行かない。そう思って、俺はそう誤魔化した。

 あぁ、でも。一応釘は刺しておかないと。

 

 「レイ」

 

 出来るだけ真剣な顔を作って呼びかけると、彼女は緊張を孕んだ様子でこちらを見た。多分、正体がバレたのかと不安を感じているんだろう。正体は知っているがしかし、俺にとって大事なのはそこではない。

 

 「お前、イエロー寮には来ない方がいいぞ」

 

 「え?」

 

 「行くならブルー寮に行け……イエロー寮は危険すぎる」

 

 「危険?」

 

 そう、もの凄く。レイは何故そんなことを言われたのか解らなかったようだが、俺の気迫に飲まれたのかコクコクと頷く。

 うん、お前は絶対にイエロー寮に近付いちゃダメだからな。約束だぞ?

 

 

 

 そして予想通り、レイの正体はほんの数日でバレた。しかし同時に、俺が完全に忘れ去っていた事実も判明した。

 

 「小学生? レイは小学生だったのか?」

 

 あの体格からして高校生では無いだろうとは思っていたけど、まさかの小学生……俺はてっきり、中学生だとばっかり思ってた。だってさ、後々アカデミアに入学してなかったっけ? あ、ひょっとして飛び級とか? 凄ぇ。

 

 「そうらしいぜ。でもカイザーを追っかけて来たんだとよ。恋する乙女は強いとか言ってたけどな~。やっぱ理解できねぇぜ」

 

 レイの正体に真っ先に気付いたのは十代だったようだ。そして十代は口止めを賭けてレイとデュエルを行い、勝利した。

 ただ性別を偽っていたことがバレただけなら、レイはブルー女子寮に配属され直すだけで済んだだろう。しかしレイと知り合いだったカイザーによって、彼女が実は小学生であったことが発覚。結果、レイは本土へと返されることになったらしい。

 

 「そっか……それじゃあ、今日は餞別に何か美味いものを作ってやるかな。明日には帰るんだろ?」

 

 それら一連の顛末を、俺がいつもの如くレッド寮で夕飯作りに勤しんでいる時に当事者の1人である十代が直々に出向いて教えてくれた。

 

 「アボカドの糠漬けも丁度いい漬かり具合だし」

 

 「アボカドォ?」

 

 「ああ。前に女子はアボカド好きだって聞いたことがあるからさ」

 

 でも思ったよりバレるの早かったな、レイ。もう少し粘るかと思ったんだけど。

 

 「……なぁ。お前さっきも驚いてたの、レイが小学生って部分だけだったよな? ひょっとして知ってたのか? あいつが女だって」

 

 「言葉の裏が読めるようになったか、十代。成長したな」

 

 「褒められてる気がしねぇ」

 

 「褒めてないからね」

 

 単なる皮肉ですので。

 

 「よく見ればすぐに解るよ。お前らが中々気付かなかったのは、先入観のせいだろうな。でも、もしも学園側の手違いでレッド寮に入れられたんだったら、本人が何かしらの抗議をしてるはずだろ? それが無いなら、何か事情があるんだろうと思ってさ。だから放っておいたんだけど」

 

 それだけ説明すると、十代は疲れたように机に突っ伏した。

 

 「何だよ、俺らにぐらい教えろよ。レイとは同じ部屋だったんだぞ?」

 

 「悪いな。俺も俺で忙しかったんだ。何しろ、友人を犯罪者にするわけにはいかなかったから」

 

 だから、うん。頑張ったよ、俺は。それで十代とレイのデュエルも見逃したし。見たかったな、レイのデッキ。話を聞く限りではコントロール奪取が軸となってたらしいし、見応えありそうだったのに。

 

 翌日、レイは定期便に乗って帰って行ったのだが……どうやら彼女はカイザーから十代に鞍替えしたらしく、『十代様ー!』と船の上で手を振っていた。

 見送りに来ていた当の十代はたじろいでいたけど、カイザーは狙いが自分から外れてホッとしていた。

 そりゃそうだ、高校3年のカイザーが小学5年らしいレイに求愛されても困るだけだっただろうし。まぁカイザーの場合は年齢云々以前に、デュエルにしか興味が無いから困っていただけかもしれんが。

 

 十代、お前も気を付けろよ。あれは絶対にまた襲撃してくるぞ。

 

 さーて、一段落ついたことだし。バイトにも慣れて時間の余裕も出来てきたことだし。そろそろまた色々と探り始めてみるとするかな。

 黒蠍の証言のおかげで三幻魔を巡る陰謀が動いていることは証明できたけど、行方不明事件もそれに関連した事案だと証明できたわけじゃないし、情報収集はしといた方がいいだろう。

 手始めは……やっぱり、あの遺跡をもう1度見に行ってみよっと。

 

 

==========

 

 

 その日、デュエルアカデミアの職員会議は紛糾していた。理由は偏に、デュエルアカデミア本校とノース校の対抗試合が迫っていることにある。

 

 この対抗試合は毎年恒例の学園行事であり、各学園が1名の代表者を選んで戦わせるというシンプルなものだ。去年は当時2年生であったカイザーこと丸藤亮が出場し、見事本校に勝利を齎している。

 今年もそのカイザーが出ることになるだろうというのが、つい先日までの本校教師陣の共通認識であった。しかしそれはノース校からの一報によって覆されることとなる。

 

 曰く、ノース校は1年生を代表者に選んだ、と。

 

 そう言われてしまうと、本校としても1年生の代表者を選ぶのが望ましい。この対抗試合は実質的には双校の名誉を賭けた闘いであるが、名目としては親交を目的とした交流試合なのだから。

 

 しかしそのような話が持ち込まれても、彼らは焦ってなどいなかった。何故ならばアテがあったのだ。代表者を1年生から選ぶという話になった時、全員がこう考えた。

 

 ならば上野優を選べばいい、と。

 

 彼は所属寮こそオベリスクブルーではなくラーイエローだが、入学当初から常に主席の成績を維持してきた。件のカイザーと度々デュエルして、勝ち越しているという噂もある。生活態度も至って良好……以前に制裁デュエルを受けたことはあるが、あれはやむを得ない状況であったため、決してマイナス要素とはなっていない。

 彼ならば安心して任せられる、誰もがそう考えていた。

 

 なのに。それだというのに。

 

 「まさか……上野君が季節外れのインフルエンザに罹ってしまうとは……」

 

 会議室の上座で、鮫島校長は頭を抱えた。

 以前の職員会議では至極スムーズに、満場一致で上野優を対抗試合の代表に選ぼうという結論に至った。それなのにそれを打診する前に当の本人が病に伏してしまったのである。

 しかし対抗試合の日は着々と近付いている。その日までに彼が復帰すると言い切れるのならば問題無いが、養護教諭も兼任する鮎川によれば、高熱が続いていていつ快癒するか解らないとのこと。

 こうなってくると、先日校医であったミーネが退職してしまったことが悔やまれる。タイミングが悪いことこの上ない。

 

 しかしいくら嘆いても、それだけで事態が好転しなりなどしない。彼らは代役を考えざるを得なかった。

 

 結果、職員会議は真っ二つに割れた。

 

 1つ目は、次席の三沢大地を推す者たち。

 2つ目は、成績という意味ではあまり振るわないものの実力は間違いなくある遊城十代を推す者たち。

 勢力的には三沢を推す者が圧倒的に多いが……何しろ、十代は教師受けが宜しくない……しかしそんな彼らも、これまでを振り返れば十代がデュエルに関しては実力者であることは認めざるを得ない。

 この対抗試合には本校の威信が掛けられているのだ。負けられない戦いである。そう考えると、なかなか答えが出なかった。

 

 そんな中、それまで黙して語らなかったある人物が口を開いた。

 

 「なら、こうしたらどうですかにゃ?」

 

 デュエルアカデミアらしくデュエルで決めればいいのだ、と。

 

 

==========

 

 

 かつて迷宮兄弟との制裁デュエルが行われたのと同じデュエルリングにて、そのデュエルは始まった。

 デュエルアカデミアらしくデュエルで答えを出そうということで、遊城十代と三沢大地による代表争いの火蓋が切って落とされたのだ。尤も、それもまだ仮決定なのだが……。

 

 「「デュエル!」」

 

三沢 LP4000

十代 LP4000

 

 リングで向かい合う2人に、観客席で観戦する他の生徒たちは思い思いの激励やヤジを飛ばしている。実に盛況だ。そんな中には、両者と親しくしている翔や隼人、明日香も当然いた。

 

 「面白そうなデュエルね。欲を言えば、私も参加したかったけれど」

 

 「明日香さんは候補に挙げられなかったんスか?」

 

 「……悔しいけれど、仕方がないわ。成績では優と三沢君の方が上だもの。むしろオシリスレッドの十代が候補に挙げられたことの方が異例なのよ」

 

 けれど実際、十代はそれだけの実績を出してきている。それは明日香も認める所だ。

 彼女とて、代表になりたい気持ちはある。姉妹校とはいえ他校との対抗試合。そんな滅多にできない経験が積めそうな代表になれるとなれば、その気にならないアカデミア生はいるまい。

 そしてそれは明日香だけでは無く、十代も三沢も例外では無い。故に彼らは間違いなく本気であった。

 尤も、例えそんな背景が無かったとしてもデュエルには全力で臨んだであろう2人でもあるのだが。

 

 「俺の先攻! ドロー!」

 

三沢 LP4000 手札6枚

 

 先攻は三沢大地。彼はドローカードを手札に加えると、フッと口元を緩めた。

 

 「お前とこうしてデュエルをするのは初めてだな、十代! 俺のこの魂のデッキの初陣を飾るのに相応しい相手だ!」

 

 魂のデッキ、その一言に十代はピクリと反応する。

 

 「へぇ、魂のデッキか! 楽しみだぜ!」

 

 十代も当然、三沢のデッキ傾向は知っていた。対戦相手の戦術を研究してその対策を施してくる、臨機応変なタイプだ。

 それが『魂のデッキ』ときた。一体どういうデッキなのか。十代は湧き上がってくるワクワクを抑えきれない。

 そしてそれは十代だけでは無い。デュエルを見守っている翔や隼人、明日香などといった両名共と親しい人物は皆そうである。

 三沢は満足げに大きく頷くと、早速行動に移った。

 

 「ああ、見せてやるさ! 既に俺の魂のデッキ、その核となる魂のカードは手札に来ている……行くぞ! 俺は!」

 

 対戦相手の十代だけでは無い。観戦している生徒たちも、三沢の『魂のカード』発言に否が応でも期待が高まった。まさか開始1ターン目で、早速キーカードが出て来るとは。

 一同が固唾を飲んで見守る中、三沢はそれはそれは晴れやかな漢の顔をして1体のモンスターを召喚する。

 

 「【白魔導士ピケル】を攻撃表示で召喚!」

 

【白魔導士ピケル】

効果モンスター

星2 光属性 魔法使い族 攻撃力1200/守備力 0

自分のスタンバイフェイズ時、自分のフィールド上に存在するモンスターの数×400ライフポイント回復する。

 

 『はわわ~』

 

 ポフンという可愛らしい音と共に現れたのは、これまた可愛らしいモンスターだった。

 白を基調とするふんわりとした衣装を纏い、羊を模した帽子を被った魔法使いの少女……というか、幼女。小さなステッキを両手で握りしめながらおずおずと周囲を見渡す彼女(ソリッドビジョン)の姿を、召喚した当人である三沢は恍惚の表情で見ている。

 

 《…………………………》

 

 しかし周囲はそれどころでは無い。デュエルを見守っていた観戦者たちは状況を上手く把握できず、思考停止に陥っていた。率直に言えば、ドン引きした。

 そしてそれと同時に。

 

 「【白魔導士ピケル】……それが三沢、お前の魂のカードか!」

 

 この衝撃の現実を全くものともせずに受け止めている十代に対し、真のデュエリストの片鱗を見た。

 

 十代にしてみれば、今のこの状況が異常だなどとは欠片も思っていない。三沢の魂のカードが【ピケル】だった、ただそれだけのことである。

 否、もしも三沢が以前優に聞いた『怪談』の通りに薄暗い部屋の中で怪しげな行動をしていたのなら、周囲と同様にドン引きしていただろう。しかし十代にとって大事なのはあくまでも楽しいデュエルをすることであり、それが可能ならば相手のカードがどんなであろうと気にすることでは無かったのだ。

 今日も十代は、清々しいまでにデュエル馬鹿であった。

 

 そしてそんな十代の言葉に、三沢はフッと口角を上げた。その口元はいかにもニヒルな感じが漂っていて、格好いい。ただし目元はやに下がっているが。

 

 「そう……俺はあの日、目覚めたんだ……」

 

 三沢は語る。自身が目覚めた境地を。

 

 「【ピケル】たんは可愛い……しかし【ピケル】たんは現実のデュエルでは中々出て来ない。魔法使い族デッキの使い手である優ですら、今まで使ったことが無いと言っていた」

 

 滔々と語る三沢に、シンと静まり返った周囲は耳を澄ます。デュエルの真っただ中でありながら、三沢は大演説に入っていた。

 

 「【ピケル】『たん』って?」

 

 十代の素朴な疑問が静かなデュエル場に響き渡ったが、その答えを返す者はいない。

 

 「しかし!」

 

 目をカッと見開き、三沢は握りこぶしを作る。彼もまた、十代の疑問なんて聞いちゃいなかった。

 

 「それは【ピケル】たんが弱いからではない! 俺はこのデュエルの中でそれを証明してみせよう! 愛の力で!」

 

 「くっ……」

 

 三沢の情熱の込められた『愛』というフレーズを聞いた瞬間、一瞬だけ十代の頭にズキッとした痛みが走る。

 何故だろう。あの三沢から迸っている狂おしいほどの情熱を目の当たりにした時、ちょっとだけ何かを思い出しそうな気がしたのだが。

 

 「行くぞ、十代! 俺はさらにカードを3枚伏せ、ターンエンド!」

 

 しかし三沢がデュエルを再開させたことで十代もそれに思考を戻したため、彼が何か重大そうな事を思い出すことは無かった。

 

三沢 LP4000 手札2枚

  モンスター (攻撃)【白魔導士ピケル】

  魔法・罠  伏せ3枚

 

 「俺のターン! ドロー!」

 

十代 LP4000 手札6枚

 

 十代は戦況を1度、見直してみた。

 三沢の場にいるのは攻撃力表示の【ピケル】のみ。しかし【ピケル】の攻撃力は1200と、決して高くは無い。となればあの伏せカードの中には、まず間違いなく防御のためのものがあるだろう。しかし今、十代の手札に除去カードは無い。

 それに十代は魔法使い族デッキとの対戦経験が豊富であるため、そのサポートカードもいくつも思い付くことが出来る。しかし【ピケル】が魔法使い族だからといって三沢が使ってくるのが魔法使いデッキとは限らない以上、それは参考程度にしかなり得ないことであった。

 そして出た結論は。

 

 「ここは臆せず攻めるぜ! 俺は【バブルマン】を守備表示で召喚!」

 

 『ハァ!』

 

 手始めに召喚したのは、十代の幼馴染に『強欲な泡男』と呼ばれるHERO。ずんぐりとした小柄なHEROは、今日もその異名の所以たる能力を遺憾なく発揮する。

 

 「【バブルマン】の効果! フィールドにこのカードのみが存在するとき、デッキからカードを2枚ドロー!」

 

 デュエルモンスターズのデッキ構築において、このような常套句が存在する。

 曰く、【強欲な壺】の入っていないデッキはデッキでは無い、と。【バブルマン】の効果は、まさしくその【強欲な壺】にも迫る。

 

 そしてその追加ドローで手札に加えたカードは除去カードでは無かった。しかし、除去に使えるカードではあった。

 十代の今の手札ならば、【E・HERO ワイルド・ウィングマン】を融合召喚出来る。三沢のリバースカードは3枚。その全てを除去することが可能だ。

 

【E・HERO ワイルド・ウィングマン】

融合・効果モンスター

星8 地属性 戦士族 攻1900/守2300

「E・HERO ワイルドマン」+「E・HERO フェザーマン」

このモンスターは融合召喚でしか特殊召喚できない。

手札を1枚捨てる事で、フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。

 

 「よし! 俺は手札から【融合】を発動!」

 

 十代の十八番、手札融合。しかし十代のその宣言を聞いた時、三沢はフッと不敵に笑った。

 

 「やはり【融合】を握っていたか! しかしそれは通さんぞ! リバースカードオープン! 永続トラップ、【融合禁止エリア】!」

 

 露わとなったその罠に反応し、十代が発動させようとしていた【融合】がバチリと弾かれるようにして不発となってしまう。

 

 「【融合禁止エリア】……?」

 

 そのカード名から想像できる効果に、十代は口元が引き攣った。そして十代のその予想が至極的を得たものであったということは、次の三沢の説明によって明らかとされる。

 

 「このカードが発動している限り、プレイヤーはお互いに融合召喚を行うことが出来ない!」

 

 「げっ!!」

 

【融合禁止エリア】

永続罠

お互いのプレイヤーは融合召喚する事ができない

 

 融合召喚そのものが封じられては【融合】のみならず、【ミラクル・フュージョン】や【フュージョン・ゲート】、【平行世界融合】も使えない。これには十代も呻いた。

 

 E・HEROデッキの持ち味は、その多彩な融合モンスターにある。下級HEROたちは、個々では必ずしも強い力を持つとは言い切れない……まぁ、一部例外もいたりはするが。主に三沢の分身体。

 だが彼らは結束することで更なる力を発揮する。

 そんな中で融合召喚を封じられるのは、痛手と言う他なかった。

 しかし。

 

 「これで十代、お前の融合は封じられた!」

 

 三沢の宣告に十代は若干追い詰められそうになったが、その宣告こそが十代に冷静さを取り戻させる切っ掛けともなった。

 

 「あ、封じられたのって融合だけか」

 

 ポツリと呟いたその一言は三沢の耳にも届かないような小さな声だったが、元々誰かに聞かせるために発した言葉でも無い。そのため、十代1人が納得出来ればそれで良かった。

 

 そう、先ほどは『融合禁止』の一言に動揺しかけたものの、冷静に考えてみれば今の状況はそこまで絶望的なものでは無かった。何しろ封じられているのは三沢の言う通り、融合のみなのだから。それなら要は、あの【融合禁止エリア】さえ何とかしてしまえばいい。十代はその結論に至った。

 思い出せ、【魔法族の里】で魔法カードを封じられ、【王宮のお触れ】でトラップカードを封じられ、【魔法族の聖域】でモンスター効果と攻撃を封じられ、それでもデッキが思いに応えて【カードエクスクルーダー】を引くことが出来たのに【死者への供物】で速攻破壊されたあの時のことを。

 うん、今回はまだ全然大丈夫だ。むしろどうやって三沢の布陣を突破しようかとワクワクしてきた。

 

 だがしかし、このターンは攻勢に回れないというのも事実だ。しかし幸いにも、フィールド上の【バブルマン】は守備表示。ここは様子を見よう。

 十代は落ち着いて手札から1枚のカードを抜き取った。

 

 「俺はカードを1枚伏せる! ターンエンド!」

 

 十代にしては消極的なターンだったと言えるが、融合召喚を封じられている以上はやむを得ないとも言える。

 しかし三沢は、それを好機として更に動く。

 

 「このエンドフェイズに速攻魔法発動! 【偽りの種】!」

 

 「【偽りの種】?」

 

 聞いたことの無いカードに、十代は首を傾げた。そして続く三沢の効果説明は、十代を更に困惑させるものだった。

 

 「このカードの効果により、俺は手札からレベル2以下の植物族モンスター1体を特殊召喚する!」

 

 「植物族モンスター!?」

 

 魔法使い族の【ピケル】を使いながら、植物族のモンスターを特殊召喚。それがダメなわけではないのだが、何故三沢はその組み合わせを選んだのだろうか。

 

【偽りの種】

速攻魔法

手札からレベル2以下の植物族モンスター1体を特殊召喚する。

 

 「特殊召喚! 来い、【アロマージ-ジャスミン】!」

 

 『ふふっ』

 

 フィールドに一見しただけでは植物族とは思えないモンスターが舞い降り、守備の体勢を取る。それは銀に輝く髪を靡かせた幼女だった。

 もう1度言おう。幼女である。

 

十代 LP4000 手札5枚

  モンスター (守備)【E・HERO バブルマン】

  魔法・罠  伏せ1枚

 

 「……なぁ、三沢」

 

 十代のターンが終わったのだから、次は当然三沢のターンが回ってくる。しかし流石の十代もこの状況には疑問を覚え、些かマナー違反ながらついつい訊ねてしまう。

 

 「お前、魔法少女に目覚めたんじゃなかったのか?」

 

 確か優に聞いた『怪談』では、三沢はそのように言っていたはずである。

 しかし三沢はその問いを鼻で笑った。

 

 「フッ。初めはそうだったさ」

 

 そうだったのか、と十代のターンを経ることで漸くドン引きから回復してきたギャラリーは思った。彼らの思考は見事にユニゾンしていた。

 

 「特に【ピケル】たんや【クラン】たんは至高の存在と言える。しかし! 俺は気付いたんだ! 魔法が使えようが使えなかろうが、少女は可愛い! そして可愛いは……正義だ」

 

 まるで絶対普遍の真理を語るかのように宣言する三沢。その目は完全に本気だった。本気と書いてマジと読むアレだった。

 しかし、今の発言で三沢のデッキには【白魔道士ピケル】だけでなく【黒魔道師クラン】も投入されているのだろうことが察せられてしまうのだが、それでいいのだろうか。

 そしてこの瞬間、アカデミア一同は同じ結論に至る。即ち。

 

 《あ、こいつロリコンだ》

 

 例外は『ロリコン』という単語を知らない十代だけである。『フィアンセ』の意味すら知らない十代が、『ロリコン』なんて言葉を知っているはずも無かった。そしてその十代は。

 

 「へぇ……どんなデュエルになるんだろうな! 楽しみだぜ!」

 

 未知のデュエルにワクワクを抑えきれないようだった。素晴らしいデュエル馬鹿である。

 

 「ふっ、俺も楽しみだ。漸く完成したこのデッキと共に戦えることが……長き雌伏の時を経て、俺はこの場に立っている!」

 

 ふと、三沢は遠い目になった。そして思い出す、三沢が『目覚めた』あの日からのことを。

 

 

==========

 

 

 遡ること数ヶ月前、あれはデュエルアカデミアに入学して最初の月一テストのことだった。

 その月一テストにおける実技試験の対戦相手は上野優。寮では三沢の隣室を使っていて、入学以来それなりに親しくしている友人だった。

 勿論、デュエルはデュエル。友人とはいえ、否、友人だからこそ、互いに手加減などせず全力でぶつかり合った。

 そしてその結果として、三沢は破れた。それはいい。悔しいことには違いないがまだ次もあるのだし、いずれはリベンジを果たしたいと更なる目標が出来たのだから。

 

 そのため問題はそこでは無く、もっと別の所にあった。

 

 優とのデュエルでフィニッシャーとなったカードは【ブリザード・プリンセス】。可愛らしい氷の姫君だ。

 そんな彼女に潰された瞬間、三沢の中で何かが弾けたのである。

 

 そう、これが三沢がとある性癖に『目覚めた』瞬間だった。

 

 以来彼は様々な紆余曲折を経て今に至る。

 具体的には、性癖が良識を打ち破ったり、しかしそんな性癖を常識と良識が同化した理性が僅かに押しとどめたり、けれどそんな理性もまだ変身を残していた性癖に結局破れたり、悪魔の囁きの結果として最後の砦であった世間体が綺麗に霧散してしまったりとまぁ、そういう恐ろしくも熾烈な争いがあったのだが、その辺は語ると長くなるので置いておく。

 

 そして目覚めた性癖と真剣に向き合った結果、三沢はこの魂のデッキを作り上げたのだ。

 

 余談ではあるが、三沢はこのデッキ構築にあたり、優との意見交流を行っていた。流石にデッキそのものを見せたりデッキレシピを報告したりはしなかったが、デッキの傾向などについては話している。

 そして三沢のデッキコンセプトを聞いた優は、思わずといった様子でこう漏らしていた。

 

 「へぇ、アロマージをねぇ。でも【ベルガモット】は入れないのか?」

 

 しかしその疑問は、三沢にとっては埒外の意見でもあった。

 

 「優、俺はアロマージデッキに【ピケル】たんと【クラン】さんを混ぜ込むわけでは無い。彼女たちを輝かせるためにこそアロマージの要素を取り入れたんだ。その1番大事な所を履き違えないでくれ」

 

 「…………そうか。お前は完全にそっち側に行ってしまったんだな。背中を押したのは俺だけど」

 

 けれどここまで突き抜けるのは流石に予想外だった、と遠い目になる優。

 しかし同時に、これだけ濃いキャラを持てば三沢は決して空気とはならないだろうと思うと妙な安堵感も覚える。やはり、友人に空気キャラにはなって欲しくないからだ。

 うん、そう考えるとやはり実にイイ仕事をしたと、優は自分で自分をほめてあげたい気分になった。

 

 「それに、【ベルガモット】は些か薹が立ってしまっているしな」

 

 「おい、それが本音か」

 

 直後に聞かされた三沢の本音には、ちょっと頭が痛くなったけれど。

 

 「にしても……」

 

 優は三沢の魂のデッキのコンセプトを思い返し、ポツリと呟く。

 

 「そのデッキコンセプトだと、【パワー・ツール・ドラゴン】でもあればもっと面白かったかもなぁ……」

 

 聞き覚えの無いカード名が出たためどういうことかと質問してみたのだが、優にはうまく誤魔化されて結局解らずじまいとなってしまった。

 しかしあそこまで残念そうに言っていたからには、何か関連性のあるカードである可能性が高い。ならばいつの日か必ず調べ上げ、本当に【ピケル】たんや【クラン】たんを輝かせられるようなカードであったならば、愛の力で必ずや手に入れて見せようと心に誓う三沢であった。

 

 

==========

 

 

 丁度その頃、観客席で漸く衝撃から立ち直った明日香は、三沢がこの魂のデッキを作り上げたのが最近で良かったと心から思っていた。もしもこのデッキで万丈目との寮入れ替えデュエルに臨んでいたとして、それで万丈目が負けていれば、彼は世を儚んで最悪の事態になっていたかもしれない。

 万丈目はデュエリストとして決して許されないことをしたが、しかしこのあり得たかもしれない可能性はあまりにも残酷過ぎた。

 

 余談ではあるが、これまで三沢のこの性癖を知っていたのは彼が直接相談をした優だけである。

 そのため優は先日、三沢の将来を慮って彼がリアルロリである早乙女レイと接触を持つことがないように影で尽力していた。

 そしてその結果、優はレイと十代のデュエルを見逃してしまったのである。

 閑話休題。

 

 「俺も初めは悩んだものだ。果たして、俺の道はこれでいいのかどうか、と」

 

 静かな表情と声音で語り出した三沢の演説に、静まり返った一同は耳を傾ける。

 

 「しかし優が教えてくれた一言が、俺の迷いを振り払ってくれた」

 

 「優が?」

 

 思わぬところで出て来た幼馴染の名前に、十代が目を丸くする。はて、あいつは一体何を言ったのだろう。

 

 「迷っている俺に、あいつはこう言ったんだ。『弱いカード、強いカード、そんなの人の勝手。本当に強いデュエリストなら、自分の好きなカードで勝てるように努力するべき』、と」

 

 その言葉に、観戦しているアカデミア生の各所からハッと息を飲むような音がした。しかも割と数が多い。

 

 「目の前の霧が晴れたような気がしたよ。同時に、俺は何を小さなことで悩んでいたのかと自分が恥ずかしくなった。優には感謝してもしきれないな」

 

 こっちは頭を抱えたい気分だ、と観客席の明日香は眉間を押さえた。そうでもしなければ特大の皺が寄ってしまいそうだったのだ。

 何故だろう、優はとても良い事を言っているはずなのにそれに賛同できない自分がいる。きっとロリコンカミングアウトのせいだ。

 

 しかしアカデミア生たちの中には明日香のように頭を抱える者だけではなく、三沢の演説に聞き惚れる者たちも出始めている。丁度明日香の真横にいる翔もその1人であった。

 

 「勿論、俺は俺のデュエルスタイルも捨てない。俺の愛とデュエルスタイルはまた別の話だからな」

 

 そうだろうな、と十代は得心する。でなければ【融合禁止エリア】なんてピンポイントなメタを張りはしないだろう。あれは明らかに十代への対策である。

 

 「しかし! ならば俺は俺だけの方法で、【ピケル】たんたちを輝かせる!」

 

 グッと、力強くデュエルディスクを構える三沢。尤も、ディスクを構えるというよりはセットされているデッキに念を送っていると言う方が正しいのかもしれないが。

 

 「こうしたカードを使うことで周囲の者たちが俺をどういう目で見るのか。かつての俺はそんな事を気にしていた! だがそれは違う! 周囲の者たちがどう見るのかでは無い! 俺がどのように見せられるかなんだ! これはそのためのデッキ……勇気と力がドッキングした、俺の魂そのものだ!」

 

 三沢も解っている。自分の性癖は世間では白い目で見られるものだということは。しかしその茨の道を敢えて踏み込む勇気。そして進み続けるための力。今彼が使っているデッキには、それだけの覚悟が込められている。

 

 「好きなカードで戦ってはいけないのか? カードに萌えてはいけないのか? 否! 自分の選んだカードで、デッキで戦ってこそ! 真のデュエリストというものではないのか!?」

 

 その熱弁に会場のボルテージが静かに、しかし確実に上がって行く。一部では、感動の涙を流す生徒もいる程だ。

 

 「俺はそれを証明してみせよう! そう! 俺こそが!」

 

 三沢はグッと拳を握りしめる。そして高々と、まるで天に誓い上げるかのようにその右腕を掲げ上げた。

 

 「愛と正義の使者! 三沢大地だァ!!」 

 

 その熱い叫びと同時、ワッと観客席が湧いた。

 

 「な、何だ!?」

 

 まるでドーム全体を震わせるかのような歓声に、十代は珍しく狼狽えた。そして耳を傾けてみると。

 

 「いいぞ! 三沢ァ!」

 

 「【ピケル】で! 【ピケル】たんで勝ってくれぇ!」

 

 「俺ももう、萌えを諦めたりしないぞ!」

 

 「萌えるのは男子だけじゃないわよ!」

 

 「そうよ! 女子が萌えたっていいじゃないの!」

 

 「僕はもう【ブラマジガール】への想いを自重したりしないッス!!」

 

 「翔!? お前、今までだって自重してなかっただろ!?」

 

 そういった歓声の中には聞き慣れた弟分の声も混ざっており、十代は思わずツッコんだ。しかしそのツッコミは、三沢が発揮した謎のカリスマ性によって齎された熱狂を以て掻き消されてしまう。

 

 勿論、全校生徒が三沢に賛同しているわけではない。いや、むしろ歓声を上げている者の方が数としては少ないぐらいだ。

 しかしそういった者たちに限って凄まじく興奮しているものだから、そうでない者たちは『ひょっとして自分たちの方が間違っているのか?』という考えすら浮かんでしまう。恐ろしい。

 

 そんな中で明日香は、胃がキリキリと痛むのを感じていた。一体何なのだ、今のこの状況は……萌えを叫んだ女子生徒の中には明日香と親しいももえもいたため、余計にそう感じてしまう。このデュエルが終わったら保健室に行こう、と彼女は決心した。

 

 「行くぞ十代、待たせたな! 俺のターン! ドロー!!」

 

 勢いよくデッキトップからカードを引きぬく三沢に、観客たちはまた一際大きな歓声を上げる。

 その様子に十代は悟った。今の三沢の演説によって、自分がかなりアウェーな状況に置かれてしまったのだということに。

 

 ひしひしと感じるアウェー感。封じられてしまった融合。はっきり言って、戦況は芳しくない。

 しかしそれでも、不思議とワクワクは湧き上がってくるものだ。三沢の言動には訳の解らない不明な点も多々あるが(特にさっきから連呼されている『萌え』とは一体何なのだろうか?)、それとこれとは話が別なのである。

 十代は三沢を強いデュエリストだと認めている。そんな相手がこれほどの情熱を注いで組み上げたデッキと真剣勝負が出来るのだ。きっと楽しいものになるに違いない。ならば、楽しまない道理が無いだろう。

 

 真の戦いは、まだ始まったばかりであった。色んな意味で。




<今日の(ある意味)最強カード>

優「えーと、上の一文で解ってもらえると思うけど、今日紹介するのは『ある意味』最強なカード。それはコイツです」

【白魔道士ピケル】

優「ご存知、最強の萌えカード……うん可愛いことは認める。だからってそこまで熱狂するような趣味嗜好は俺には無いけど」

王『むしろあったならば主従の縁を切っていた』

優「そこまで!? ま、まぁ、カードとして見ても決して弱いわけじゃないんだけどね。特に攻撃力1200はレベル2としては高いし。【見習い魔術師】でも引っ張って来れるし。ただなぁ、そもそもライフゲインってのがOCGじゃそこまで重要視されてなかったんだよね」

王『むしろ同じ魔法使い族、レベ2、ついでに攻撃力1200でバーン効果を持つ【黒魔導師クラン】の方がまだ見かけたのでないか?』

優「うん、本当に偶にね。そんな勇者もいたよ。にしても、本編はカオスだなぁ。主に覚醒した三沢のせいで……今更だけど、愛の嵐に晒されて十代も内なる自分に覚醒したりしたらどうしよう。ぶっちゃけ、三沢よりよっぽどヤバいよな……」

王『『ブッ倒しても! ブッ倒しても!』と三沢のフィールドをズタボロにするのではないか?」

優「何でお前が知ってんの!? い、いや、それは置いとこう。多分大丈夫だろうし。それより本編だ、本編」

王『無理矢理話題を逸らしたか。本編は遊戯王名物、視聴者……否、この場合は読者か。それを置き去りにする超展開というものか』

優「筆者的にはね、どうせ三沢をネタキャラ化させるんならとことん突き抜けさせようって思ったらしいけど。ここまでくるともうオリキャラに近いよね」

王『しかも三沢に語らせたら予想外に長くなり、デュエルを次回と分けることにしたらしい』

優「筆者も想定外な事態!? それで今回、ちょっと短めなのか。合わせると長くなりすぎるんだな」

王『想定外といえば主もであろう? セブンスターズ編に入ると大変そうではないか』

優「ああ、うん。それもあったね。何なんだろうね、あのやたらと殺る気に満ちたセブンスターズ……っていうか理事長。誰を抹殺しようってんだ?」

王『筆者曰く、前回の話を呼んだ読者には解る仕様になっているようだが』

優「前回って幕間じゃん。俺、知らないんだけど?」

王『主が知っては意味があるまい。物語が成り立たない』

優「……まぁ、そうなんだけど。なぁ、嫌な予感がひしひしとするのって気にせいか?」

王『さて、我は与り知らぬところだが。それよりも主は早く病を治せ。インフルエンザと誤魔化すのもそろそろ限界であろう?』

優「解ってるよ。みんながインフルエンザだって信じてくれてる間に何とかしないとね」

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