遊戯王GX お隣さんに縁がある   作:深山 雅

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長いです。過去最長です。そしてデュエルアカデミアに『闇夜のキングゴブリン』なんて現れなかった……。


第17話 展示会と友人

 あの十代が、ドローパンを引きながらも10日連続で黄金の卵パンを外すという事件を起こした。いや、起こったことは事件でも何でも無いんだけど。しかしその間、デュエルアカデミアには衝撃が走っていた。俺も戦慄したよ。

 けれどトメさんに話を聞いてみると、ここ最近購買が開く前に黄金の卵パンが盗まれていたらしい。そりゃ、引けるわけが無いよね。

 

 その事実に十代は憤り、犯人を捕まえるのだと意気込んでいた。購買に泊まり込んで見張るのだとか。そこまで好きなのか、黄金の卵パン。翔もそのお供をするらしいし、隼人も呼んだみたいだ。

 そして俺もそれに便乗する。確かに俺も十代に誘われはしたが、正直に言えば黄金の卵パンはどうでもいい。だって俺の好みの具材は甘いもの全般で、それはちゃんと引けてるし。ジャムとかチョコとか。

 だが、泥棒が出ると聞いては放っておけない。故に俺も同行した。何故か明日香も来たけど。

 

 しかしその先で、トメさんにスカウトされる俺。

 夜食作りを手伝った所、その手際が認められてレッド寮の食堂で働かないかと言われた。トメさんは購買だけでは無く、大徳寺先生と共にレッド寮の食堂も管理している。それを手伝わないかと誘われたのだ……バイト扱いで。俺は速攻で頷いたね。労働のチャンスを逃してなるものか!

 

 あ、夜食として作ったおにぎりと唐揚げと卵焼きは大好評でした。野菜が足りないのが気になるけど。

 そしてそのおにぎりをみんなの前に出した時に十代が『利きおにぎりだ』と言い出し、手に取ったおにぎりはシャケで『シャケ召喚』と笑っていた……今だったのか、『シャケ召喚』。

 

 やがて現れたドローパン泥棒の正体は、大山平という名の男だった。

 俺は彼に見覚えがあった。入学前に渡された、ここ数年の行方不明者リストに載っていたからだ。

 しかし蓋を開けてみれば彼は行方不明になっていたとは言っても何らかの事件に巻き込まれていたわけではなく、このアカデミア島の雄大な自然と一体となってドローの修行をしていたらしい。

 そしてその修行の成果を発揮するべく、ドローパンに挑んでいたんだとか。

 あのさぁ、それってわざわざ夜中に購買に侵入して盗まなくても、復学して普通に昼間に買いに来ればいいんじゃないかな?

 

 彼は十代とデュエルすることとなったのだが、大自然との修行は伊達では無かったようだ。桁違いのドロー力を持ってして十代を追い詰めていた……のだが、いくら修行をしようと十代とドロー力で競おうなんて無謀でしかない。

 最終的には十代の勝利で終わり、大山さんは復学した。そして俺はその裏で、『大山平の行方不明は事件性0の案件だった』という報告を上げておきました。まる。

 

 

 さて、それからさらに月日は流れて。

 

 

 トメさんに誘われてレッド寮の食堂で働き出した……学園側にバイトの許可を求めた所、意外なほどあっさりと許可は下りた。ただし報酬は現金ではなくDPだ……俺の朝は早い。他の生徒たちが起き出す前に起きて朝食の用意をするのだから、当然である。

 

 あぁ、働くって素晴らしい。

 

 そんな感動に浸りながら朝食の味噌汁に入れる豆腐をさいの目切りにする。いつもならばトメさんもいるのだが、今日はいないために常よりもテンポを上げなければ。

 

 何故トメさんがいないのか? それは、遊戯さんのデッキの特別展示の開催がいよいよ明日に迫っているからだ。

 なので俺も昨夜には【ブレイカー】を筆頭とした、かつて遊戯さんのデッキに入っていて今は俺が使っているカードを【強制転移】を使って送っておいた。

 肝心のデッキは、今夜アカデミアに到着するとのこと……微妙に二度手間な気がしないでも無い。でもまさか、誰が見ているかも解らないアカデミアで俺がKCの人間と個人的に接触するわけにもいかないし、仕方があるまい。

 ちなみに、デッキをここまで運んでくるのは磯野さんらしい。完全に扱き使われてるな、あの人。いや、それだけあの社長が信頼してるってことでもあるんだろうけどさ。

 そしてその展示会の整理券が今朝一番から購買で売られるため、トメさんは混雑が予想されるそちらに行ったというわけだ。

 

 なお、大徳寺先生はまだ寝ている。俺が手伝いに入るようになってから睡眠時間が増えたと喜んでいるのを先日見た。そんな彼に、勤労学生である俺から一言だけ送らせてもらいたい。

 働け。

 

 生徒たちが起き出す時間となり、徐々に食堂は人込みで溢れかえった。

 俺がここで働き始めた頃、レッド生たちは目を点にして驚いていた。しかしそれから暫く経った今となっては、みんな普通に受け止めている。むしろ朝食時には卵焼きと糠漬けが大人気です。

 あ、糠床は冬休みに自宅から持ち出したよ。だってこまめに手入れしないと悪くなっちまうし。母さんに世話を頼んでたけど、やっぱり忙しくて忘れがちになってたみたいでさ……自分で引き取った。ちなみに冬休み中に武藤家でその糠漬けを出した時、双六じいちゃんに『卒業後に正式に以下略。

 そしてその糠漬けはトメさんにも太鼓判を押され、今やアカデミアで一大ブームを巻き起こしたりしているのだが……この件に関しては追々。

 

 給仕をしながら観察していると、確実に展示会の整理券を手に入れるためか、朝メシを食いに来たかと思うと勢いよくかっ込んでそのまま飛び出して行くという姿がいくつも見られた。まぁ、整理券も数に限りがあるらしいし。

 その中には翔もいて、声を掛ける間もなく飛び出して行ってしまった。早ぇ。けれど意外なことに、十代の姿が見えない。

 また寝坊かと思い1人納得していると、人の波が引いて来た頃に漸く姿を現した。というかぶっちゃけ、レッド生の中でも最後に降りて来た。

 

 「生卵と卵焼きのどっちにするんだ? 翔は起こしてくれなかったのか?」

 

 ギリギリではあったけれど一応時間には間に合っていたため、朝食一式を準備しながら訊ねる。すると十代は不思議そうに首を捻った。

 

 「生卵くれ。それと納豆。それがよ~。今日は起こさずにさっさと行っちまってたって隼人が言ってたんだよなぁ」

 

 自分は何か翔の気に障る事でもしたのだろうか、と首を捻っているその様子を俺の方が不思議に思う。

 

 「十代、お前知らないのか?」

 

 「? 何がだ?」

 

 「明日から武藤遊戯のデッキの特別展示会があるんだ。みんな、今日はその整理券を手に入れるために早くから購買にダッシュしてるぜ」

 

 「はぁ!?」

 

 本当に知らなかったらしく、十代は驚いて丁度手に取った所だったお椀を取り落した。おい、そのぶち撒けた味噌汁、自分で掃除しろよ。

 

 「遊戯さんのデッキ!? マジで!?」

 

 「マジだ」

 

 真面目な顔で頷くと、あっという間に目を輝かせる十代。

 

 「むしろお前、どうして今まで知らなかったんだ? マニアのくせに」

 

 いや、学園の方でもそんなに大々的には宣伝してないけどさ。でもみんなが知ってるぐらいには広まってるぞ。

 しかしそんな素朴な疑問は猛然と食事をかっ込む十代の耳には届いていないようで、返事は返ってこなかった。代わりに俺に見せつけられたのは、まるで早送り映像のような超スピードで口に物を突っ込む姿……あぁ、あれはあかん。

 

 「ッ! ッン!」

 

 「ほら、水」

 

 予想通りに見事喉に詰まらせて胸を叩きながら苦しむ友人に、用意しておいた水を渡す。差し出したコップは疾風の如き素早さで引っ手繰られた。

 

 「口の動きが手の動きに追いついてないぞ。死にたくないなら落ち着け」

 

 整理券を手に入れるために無茶な食事をして窒息死したのでは、本末転倒だ。死んでしまえばデッキも見られまい。

 ここは急がば回れという言葉の通り、少し落ち着くべきだろう。

 

 「~~~ッハ! 俺だって遊戯さんのデッキ見てぇ!! だから整理券が欲しいんだ!!」

 

 水で強引に飲み下し、再び食事を再開する十代。しかし1度お花畑を見かけたのが効いたのか、今度はそこまで無茶なスピードではなかったけれど。

 

 「ごっそさん!」

 

 バクバクと食い進め、ものの数分で全てを胃袋に収めてしまった十代はそのまま駆け出そうとした……が。

 

 「待った」

 

 「ぐえっ!?」

 

 後ろ襟を俺に捕まれて阻止された。突然首が締まって咳き込む十代に、俺は宣告した。

 

 「お前が溢した味噌汁、ちゃんと掃除しろ」

 

 「~~~~!! そ、それより整理券!!」

 

 「ちゃんと、掃除、しろ」

 

 「…………だ~、もう! やりゃいいんだろ! ちっくしょー!!」

 

 押し問答を続けるよりもさっさと終わらせた方が早いという賢明な判断を下したのだろう、十代は超スピードで掃除に取り掛かった。それはもう、凄まじい早さだった。

 

 「ほら! これでいいだろ!?」

 

 ものの1分足らずで掃除を終えた十代は、今にも駆け出して行きそうだった。うん、綺麗になってる。

 

 「ああ。じゃあ、これやるよ。ご褒美ってやつ?」

 

 そう言って皿洗いの手を止め、水気を切ってからポケットに手を突っ込む。

 

 「後でいいから! それよりも俺は行くぜ!」

 

 しかし十代は矢も楯もたまらずといった様子で飛び出して行く……おやおや。

 

 「いいのかな~? 折角、展示会の整理券をあげようと思ったのにな~」

 

 細長い紙切れをこれ見よがしにヒラヒラと揺らしながら言ってやると、それに反応して急停止した十代はつんのめって転んだ。

 

 「せ、整理券!? 何でそこに!? てか、いいのか!?」

 

 「……いいから、顔を拭け」

 

 泥が付いてるぞ。

 

 「今朝、トメさんに貰ったんだ」

 

 相変わらず整理券を軽く振りながら事情を説明する。

 

 「俺は朝忙しくて整理券を買いに行ける暇は無いだろうからって、気を遣ってくれたんだ。しかも日頃のお礼にって、『友達にでもやりな』って余分に貰った」

 

 いやー、日頃の行いって大事だね!

 

 「余分にって……何枚貰ったんだ?」

 

 「俺の分と、他に5枚。スゲーだろ? 俺のお陰で最近、購買が賑わってるからってさ」

 

 「あぁ……」

 

 その光景を思い出したのか、十代は遠い目になる。

 

 「あれだろ? 魔力カウンター印の糠漬け」

 

 そうなのである。

 

 レッド寮の食堂で働き始めてから、どうせならと出した手製の糠漬け。これが大当たりしたのだ。どこか懐かしい味だとレッド生の間での評判は上々、それを受けてトメさんが『購買でも売りたいから分けてくれ』と言い出した。

 結果、デュエルアカデミアの購買にて何故か販売される俺のお手製糠漬け。パッケージに俺の名前は書かれていなかったが、魔力カウンター印が付いていたのでバレバレだった。

 そしてその糠漬けは今、『懐かしい味がする』だの『美容にいい』だの言われてこのデュエルアカデミアでブームとなっているのだが……どうしてこうなった?

 多分、俺1人で漬けているせいで絶対数が少なくて希少性が高いことも、それに拍車を掛けているのではなかろうか。

 

 「俺だって予想外だったよ……まさか、糠漬けがアカデミアを席巻する事態になるなんて」

 

 それでいいのかデュエルアカデミア。

 

 「俺、いつかお前は料理でこの学園を支配できそうな気がするぞ」

 

 十代の一言が、否定しきれないのが辛いところだ。この前だって、糠漬けとレアカードを交換してくれと言ってきた人がいたし。

 

 「で? いるの? いらないの? 今から購買に行ってももう無いだろうけど」

 

 「いるに決まってんだろ!」

 

 ニヤリと笑って確認を取ると、もの凄い剣幕で詰め寄られた。うん、元々渡すつもりだったしね。

 

 「ほら」

 

 整理券を手渡すと、十代はまるで小さな子供のように喜んだ。

 

 「本当は、翔にも渡そうと思ったんだけどな。アイツ、人の話も聞かずにさっさと行っちまうし」

 

 「5枚貰ったっつってたよな? 他には誰に渡すつもりなんだ?」

 

 「ん。1枚はさっき、隼人に渡した。アイツは翔と違ってちゃんと話を聞いてくれたし。三沢にも1枚渡すことになるだろうな。昨夜も遅くまでデッキ構築に勤しんでたみたいだから、早起きして購買になんて行けてないだろうし」

 

 指折り数えていくと、十代はフンフンと頷いた。

 

 「で、俺の分で3枚か。あと2枚はどうすんだ?」

 

 「とりあえず、翔が自分の分を確保出来てなかったら1枚渡そうと思う。後はまぁ、仲良い奴に声かけて、整理券をゲット出来なかった奴に渡しとこうかな」

 

 その後、タイミングよく起き出して来た大徳寺先生に残りの皿洗いを任せ(働け)、俺は十代と連れ立って校舎へと向かったのだった。

 

 

 授業が始まるまではまだ少し時間があったため、俺たちはひとまず購買へと向かった。パックを買うためだ。しかし購買には、意外なほどの人込みが出来ていた。

 はて、どうしたのだろう。整理券がまだ完売していないのなら、人込みでは無く行列が出来ているはずなのだが。

 

 「三沢、どうしたんだ?」

 

 都合の良い事に、その人込みの後ろの方に見慣れた姿があった。なので肩を叩きつつそう聞くと、三沢は振り返った。

 

 「優、十代。今来たのか? 見てみろ」

 

 三沢が僅かに逸れて出来た隙間から見えた光景に、俺たちは揃って目を丸くした。

 

 「翔? あいつ何やってんだ?」

 

 「デュエルだろ。でも、こんな所で?」

 

 互いにディスクを構えて対峙する2人の少年。1人は十代の弟分である翔、そしてもう1人は。

 

 「翔とデュエルしてるアイツは……?」

 

 「神楽坂だ。俺と同じラーイエローの」

 

 「俺も同じだぞ」

 

 真横から三沢がツッコんできた。大丈夫、お前の存在を忘れてたわけではないから。いやマジで。

 

 「翔! 何やってんだ?」

 

 人込みを掻き分け、十代が前に進み出る。そんな十代に気付いた翔が振り返った。

 

 「あ、アニキ! 今、整理券を賭けたデュエルをしてるんス!」

 

 「整理券? あー、翔。それなら賭けなんてしなくても」

 

 「まぁ、待った」

 

 俺も同じように人込みを掻き分け、最前へと躍り出て声を掛けた。

 

 「折角のデュエルなんだ。取りあえず最後まで観戦してみようぜ」

 

 そう提案すると、デュエル馬鹿(褒め言葉です)の十代はあっさりと頷いた。しかし翔はその様子に首を傾げる。

 

 「あれ? アニキ、デュエルキングのデッキの展示会があるって、知ってたんスか?」

 

 その割には寝坊していたけど、と言いたげである。

 

 「さっき優に聞いた。スゲーよな! あの遊戯さんのデッキが見られるなんて!」

 

 十代がふと視線を逸らした先には、遊戯さんの写真が載ったポスターが貼られていた。昨日までは無かったのに。

 しかもよく見てみると、遊戯さんVerとアテムさんVerの2種類があるという芸の細かさ。これ指示したの、絶対にモクバか社長だろ。それ以外にあの当時の『遊戯さん』が事実上2人いたことを知ってる人、この企画の関係者にいないだろうし……あ、俺は除く。

 頬を紅潮させて興奮する十代に、翔は大きく頷く。

 

 「武藤遊戯といえば! デュエリストキングダムでデュエルモンスターズの生みの親であるペガサスを倒し!」

 

 あの時は、誘拐されたり人質にされたりで踏んだり蹴ったりだったなぁ。

 

 「バトルシティでは海馬瀬人やマリクを倒し!」

 

 バクラも倒してるぞ。せめてそれぐらいは思い出してやれ、一応本戦トーナメントでの出来事だったんだから。

 あの時は、グールズに町中を追い掛け回されたり電脳世界に引きずり込まれたりで散々だったなぁ……それにしても今になって思うと、どうしてあのエロペンギンは真っ先に俺の体を狙ったのだろうか?

 

 「神のカードを駆使してデュエリストの頂点に君臨した、伝説のデュエリストっスよ!!」

 

 ちなみにドーマの一件は……いや、あれはむしろ情報が出回らない方が世のため人のためなのかもしれない。色んな(黒歴史的な)意味で。

 

 「神のカードは入ってないみたいッスけど、【ブラック・マジシャン】や【ブラック・マジシャン・ガール】! その他にもお宝カードが満載!」

 

 そうなんだよね。流石に神のカードを展示するのはヤバすぎるってことになって、それは流れたんだよ。その旨を伝えた後、企画の主催者から『そこを何とかできないか』という要望が再三に渡ってあったらしいけど。

 遊戯さんが断り続けた結果として最終的には諦めたみたいだが、そのしつこいオファーは主催者……理事長の怪しさ倍増な出来事だった、と後になって聞いた。

 

 しかしまぁ、日頃からブラマジガールのファンであると公言して憚らない翔にとっては、むしろそっちの方が重要なようだ。

 でも、その『お宝カード』の内の何枚かは既に俺のカードとして見たことがあるってのは……言わない方がいいんだろうな。夢を壊さないためにも。

 

 「これはもう、見るしかないっス!!」

 

 改めて気合を入れ直す翔。それにしても……。

 

 「どうした、優。遠い目をして」

 

 俺たちと同じく前に出て来た三沢が訝しげな顔で俺を見てた。俺としては苦笑するしかない。

 

 「いや……俺って伝説の生き証人だったんだなぁと再認識してしまって……」

 

 もういっそ、俺が伝説の一角ってことでよくね? 迷宮兄弟が遊戯さんと戦ったことがあるってだけで伝説扱いされてるなら、俺だって伝説ってことでよくね? 遊戯さんとは数えきれないほどデュエルしてるし、城之内さんに勝ったことだってあるよ。むしろあの人は俺とデュエルすると何故か悉くギャンブルを外すから、俺ってば負けたこと無……げふんげふん。これは言わないでおこう。城之内さんの沽券の為にも。

 ……ごめんなさい、冗談です。俺が伝説だなんて、流石にそこまで厚かましくはなれません。

 

 「は?」

 

 三沢の虚を突かれたような声にハッと意識が現実へと戻って来る。

 

 「あ、いや、何でも無い」

 

 危ない危ない、過去に浸るのは程々にしなければ。でも、その内吟遊詩人にでもなれるんじゃなかろうかとすら思えてくる。なる気は無いけど。

 そんな俺たちは放って、十代の興味は既にデュエルにのみ向けられていた。

 

 「で、賭けデュエルか?」

 

 「整理券、最後の1枚なんス」

 

 そうか、それで争いが勃発したわけだ。

 

 「じゃあ、とりあえずデュエルを最後まで見てみようか。神楽坂! 頑張れよ!」

 

 翔と正面切って対峙している神楽坂にもエールを送ると、彼は小さく頷いた。今日のあいつはどんなデッキなのかな?

 今の戦況は、翔のフィールドに【ジェット・ロイド】が1体、神楽坂のフィールドに伏せカードが2枚。これだけでは神楽坂のデッキ傾向は掴めない。

 

 「俺のターン!」

 

 中断されていたデュエルが再開されたが、どうやら今は神楽坂のターンらしかった。そしてそのデッキ内容は、簡単に知れた。

 

 「【古代の機械巨人】を召喚するノーネ!」

 

 神楽坂のコンボによって召喚された【古代の機械巨人】。俺は十代とクロノス先生のデュエルを観戦しなかったし、これまで運悪く授業でも召喚現場に遭遇したことは無かったから、実際に召喚されているのを見たのは初めてなモンスターだ。結構デカい。

 

 「あれ? なんかデジャブ……」

 

 神楽坂のそのプレイングを見て、というよりむしろ、最後に付け足された独特な語尾に反応してポツリと呟く十代。

 

 「今日の神楽坂は、クロノス先生のデッキをコピーしてるみたいだな」

 

 「三沢!? いつの間に前に!?」

 

 「……結構前からいたぞ、三沢は」

 

 十代お前、気付いてなかったのか。

 けどそれより、今回の神楽坂はクロノス先生のデッキなのか。アイツ、どこで【古代の機械巨人】なんて手に入れたんだ? 羨ましいほど運の良い奴だよ。

 しかしデュエルは、レアカードやパワーカードさえあれば勝てるというわけではない。最終的には翔が競り勝ってデュエルは終了する。

 

 「くそっ! また負けた……!」

 

 悔しそうに項垂れる神楽坂。反対に翔は大喜びだ。

 

 「わーい、勝った!!」

 

 そのまま、嬉しそうにトメさんに駆け寄って整理券を受け取る。そしてそれを十代に差し出した。

 

 「はい、アニキの分!」

 

 「へ?」

 

 「僕の分はもう手に入れてるんだ。これはアニキの分!」

 

 翔、お前は十代のためにあんなに頑張って……ごめんな、誤解してた。てっきり最初の月一テストの時と同様、十代を見捨てて行ったのかと。

 しかしそんな翔の輝くような笑顔に、十代はバツが悪そうだった。

 

 「翔、悪ぃ……」

 

 「?」

 

 「俺、もう持ってるんだ」

 

 「えぇ!? 何で!? アニキってば寝坊してたのに!!」

 

 いつもは弱気がちな翔が格上のイエロー生とデュエルしてまで手に入れた整理券だったのに、渡そうとした相手は既に持っているときた。確かにこれはショックだろう。

 

 「優に貰ったんだ。で、優は今朝、トメさんに貰った」

 

 「日頃のお礼にねぇ」

 

 すぐ傍で話を聞いていたトメさんが、ウインクしながら補足してくれた……けどウィンクはやめて。

 

 「そんなぁ」

 

 しょぼんとする翔……あー、うん。

 

 「十代、お前その整理券を使いなよ」

 

 進言すると、翔がバッと顔を上げた。

 

 「俺が渡した分は、誰か他のヤツにでもやればいいし」

 

 「……それもそうだな! 翔、ありがとな!」

 

 十代も翔の厚意を無碍にしたくは無かったのだろう、あっさり乗っかって来た。

 

 「アニキ~~~」

 

 あ、翔が涙目。

 さて俺はっと。

 

 「神楽坂」

 

 未だ項垂れている神楽坂に近付き、持っていた整理券を差し出す。

 

 「丁度良かった。俺はまだ持ってるから、お前にも渡しとく」

 

 「……お前、整理券、持ってたんだな」

 

 「? ああ」

 

 何だろう、やたら疲れたような顔をしている。

 

 「食堂のバイトがあるから諦めてたけど、今朝、トメさんがサプライズでくれたんだ。でも『友達にも渡せばいい』って言って余分にくれたけど、突然の事だったから誰にもアポは取れなかったし。誰に渡そうか迷ってたんだよね」

 

 神楽坂なら丁度いい。元々割と仲良い方だし、今まさに整理券を逃した場面に出くわした所だし。

 しかし神楽坂は力なく首を横に振った。

 

 「いや……いい」

 

 相も変わらず、もの凄く疲れたような顔をしている。

 

 「本当にいいのか? 賭けデュエルしてまで手に入れようとしてたのに」

 

 「ああ」

 

 ふーん……変なの。

 

 「さぁさ、これでお終いだよ!」

 

 トメさんの鶴の一声で、集まっていた群衆は蜘蛛の子を散らすように去って行った……が。

 

 「何だよ、神楽坂のヤツ。格下に負けてやんの」

 

 「元々理屈ばっかりで、実技はからっきしだからな」

 

 「あいつ、もうすぐ降格になるんじゃねぇ?」

 

 全く……また勝手なことを。捨て台詞にも等しい小さな悪意の言葉たちに、敗北のショックから僅かに浮上しかかっていた神楽坂は顔を歪めた。

 

 「ドンマイ、神楽坂」

 

 そんな彼に声を掛けるのは、やっぱりというか何と言うか、三沢だった。流石は三沢、空気の男…・・じゃない、空気の読める男。そんな三沢に俺も乗っかる。

 

 「まぁねー。格下に負けたら降格しなきゃいけないってんなら、今頃降格した元ブルー生でアカデミアは溢れかえってるだろうし」

 

 主に俺と十代のせいだけど。だってデュエルしたいんだもの。

 それに、神楽坂の成績は総合ではそれほど悪くない。筆記は良いし、生活態度も真面目だ。なので、降格ってことはまずあるまい。

 しかし俺たちのそんな慰めは、どうやら神楽坂の神経を逆撫でするだけだったようだ。

 

 「うるさい! いつでもブルーに行けるお前らに、何が解る!」

 

 いや、まぁ……それを言われちゃうと、どうにもならないんだけど。なので俺も三沢も二の句を継げないでいると、1度思いっきり吐き出したことで逆に冷静さを取り戻したらしい神楽坂は『しまった』とでもいいたげな顔をした。

 

 「あ……」

 

 明らかに『言い過ぎた』って顔をしている。うん、言われた俺たちよりも言った神楽坂の方が傷付いてるっぽい。気まずい。そして結局、彼はそのまま背を向けて走り去ってしまった。

 後に残された俺たちはといえば、何とも気まずい空気が残ってしまった。だがすぐに予鈴が鳴ったため、慌てて教室に向かうことになったのだった。

 

 だがこの日、授業が始まっても神楽坂は教室に姿を現さなかった。

 

 

 

 

 「遊戯さんのデッキか~。楽しみだぜ!」

 

 元々神楽坂とそう親しいわけでもない……というかむしろ、さっき初めて顔と名前を知ったのであろう十代と翔の立ち直りは早かった。1時間目が終わった時にはもう元通りだったし。

 俺はそれとは逆に気になってたけど、今日は丸1日授業が入っていて探しに行くわけにも行かず、ひとまず後にしようと気持ちを切り替えていた。夜に寮に戻ってから様子を見に行こう。流石にその頃には帰ってるだろう。

 

 「アニキ、本当に武藤遊戯の大ファンなんスね」

 

 今は昼休み、購買で買ったドローパンを次の授業が行われる教室に持ち込んで齧りながら……十代がサボろうとしていたために俺が引き摺って来た結果だ……のランチタイム。

 ちなみに十代は安定の黄金の卵パンで、俺も好物のクリームパンだった。翔? 翔はめざしパン。ハズレと言っていいだろう。

 購買でよく売れるのはドローパンだが、最近ではおにぎりなどの米類もよく売れるらしい。俺の糠漬けのおかげだとトメさんに感謝されている。しかし俺たちはドローパン。

 

 「当ったり前だろ!? デュエルキングに憧れないデュエリストがいるかよ!」

 

 当然と言わんばかりの十代。だが。

 

 「お前のはただの憧れじゃなくて、ミーハーが入ってる気がするぞ。翔もだけど」

 

 「僕?」

 

 不思議そうにする翔に、俺は真面目な顔で頷いた。

 

 「ブラマジガールの大ファン」

 

 「うっ!」

 

 否定できないからだろう、翔は言葉に詰まった。決してめざしパンが不味くて喉に詰まらせたのではない。断じてない。

 

 「で、でも! ブラマジガールは可愛いからいいんス!」

 

 言い切ったなオイ。

 開き直ったように胸を張る翔だったが、次の瞬間には大きな溜息を吐いていた。

 

 「だから、夏には舞台を見に行きたいんスけど……」

 

 「舞台?」

 

 初耳なんだろう、十代が問い返した。しかし俺には聞き覚えがある。

 

 「『賢者の宝石』だろ? 昔やってたっていう、ブラック・マジシャン・ガールを主役にしたミュージカル。夏にアメリカで期間限定の復刻上演するんだって」

 

 冬休みを童実野町で過ごしている時、帰国した杏子さんに聞いた。彼女は元々そのミュージカルを見たことでステージに立つことを夢見るようになったようで、その話を聞いて絶対にオーディションを受けるのだと燃えていた。それはもう熱く語っていたけど、大丈夫かな……あの人の本職、ダンサーなのに。ミュージカルだと歌や芝居も必要だよね。

 

 「そう、それッス!」

 

 俺の説明は間違っていなかったようで、翔はビシッと指を突き付けてきながら頷いた。その指はペシッと叩いておく。人を指差すな。

 

 「お前、アメリカにまで行って見たいのか? ミュージカル」

 

 何となくキャラじゃない気がしたけど、翔は俺の予想の上を行っていた。

 

 「ブラマジガールならいいんス!!」

 

 本物のマニアだわー。

 目に炎を灯しながら燃えている翔に、俺は十代と揃って肩を竦めた。その直後、三沢が教室に入ってきた。開いた扉に反射的に視線を向けたら目が合い、彼はそのまま俺たちの方にやって来る。

 

 「もういたのか。早いな」

 

 「諸事情があって」

 

 諸事情とは言ったが、実際には十代の逃亡阻止、これに尽きる。俺の返答を聞いて十代は大きな溜息を吐く。俺だってお節介な自覚はあるが、それでもこの目が黒い内は逃がす気は無い。でないと俺が後で先生方の泣き言や愚痴を聞く羽目になるのだ。完全に保護者扱いされている現状が切ない。

 三沢は俺たちのその様子を見ただけで色々と悟ってくれたらしく、苦笑を溢した。しかし次の瞬間には至って真面目な顔になる。

 

 「そうか……それより優。さっき、大原と小原に気になる話を聞いたんだが」

 

 「あ、それってこの間の2人組か?」

 

 三沢の話に十代が割り込んだが、当の三沢は特に気にしている風では無い。こいつももう、十代のマイペースさには慣れてきているからだろう。

 そして十代の言う通り、俺たちはこの間その2人に会っている。いや、俺は同寮だから以前から知ってはいたんだけど。でも三沢や神楽坂のように寮部屋が近いわけでもなし、名前は知ってて偶に話す程度の関係だったのだが。

 

 大原と小原は仲の良い2人組のイエロー生で、俺はそんな2人が廊下のど真ん中でブルー生に絡まれている現場に偶然出くわした。詳しくは解らないが、ブルーだイエローだと何やら難癖を付けられていた。実にくだらない。

 なので俺はそんな彼らにこう言ったね。

 

 「おい、デュエルしろよ」

 

 ディスクを起動させながら仁王立ちでそう宣言すると、その場にいたブルー生たちは固まった。

 俺としては、デュエリストならデュエルで語れって気分だった。デュエリストは実力主義だ、寮カラーで必要以上に偉ぶるんじゃねぇよ。

 

 「上野優!」

 

 「サポートの鬼が出やがった!」

 

 「でも糠漬けは美味かった……」

 

 ボソッと何やら無関係なセリフが聞こえた気もしたが、そんなことはどうでもいい。

 そして彼らが怯んでいたその時、タイミングよく。

 

 「お? 何やってんだ優? デュエルか?」

 

 十代もそこを通りかかったのだ。それによってブルー生たちはより戦慄した。

 

 「げ! 絶望コンビ!」

 

 おい、だからそれ何なんだよ。心外だ。だって絶望を体現するには2人じゃ足りないんだよ。もう1人必要だろうが。

 いっそどこかにいないかねぇ、俺らと一緒に絶望の番人のオーバーレイユニットになれる人材……って、下らない与太話は置いといて。

 

 俺が呆れたような視線を投げ、十代が状況を把握できずにキョトンとしている間に、そのブルー生たちは一目散に逃げ去った。投げつけられた捨て台詞を聞くに、タッグデュエルでも挑まれたら堪ったもんじゃないと思ったらしい。

 でもそれは考え過ぎである。だってその時は俺たち、タッグ用にデッキ調整なんてしてなかったから。だから絶望なんて与えられないぞ。精々、【図書館】でドローしたり【ブレイカー】で魔法・罠をズタボロにしたり【エンディミオン】が何度となく蘇ったり、【エッジマン】で貫通ダメージを与えたり【ノヴァマスター】で破壊+ドローをしたり【Zero】で焼け野原にしたり……その程度だ。

 

 そしてその後は絡まれていた2人と話す機会に恵まれ、彼らの悩みも知った。特に小原は、色々とアドバイスをしたらあがり症も改善されてデュエルの勝率が上がったって感謝された。良かった良かった。

 

 で、だ。話を現在に戻すと。

 

 「その2人が何だって?」

 

 「それが、神楽坂の事なんだが」

 

 三沢が語った『話』は俺にとって心底意外で、ちょっと考えさせられてしまうものだった。

 

 

 

 俺がレッド寮の食堂で働くのは、朝食時だけではない。夕食時もそうなのだ。なお、休日は昼飯時に入ることもある。

 そんな俺が『もう遊戯さんのデッキも到着してディスプレイされてるかな』とか考えながら皿洗いをこなしている時、十代がピンポイントな話題を引っ提げて食堂を襲撃してきた。

 

 「優! デッキを見に行こうぜ!」

 

 「ちょっと待て、まるで意味が解らんぞ」

 

 背後に翔と隼人を伴いながら、バンという大きな音を立てながら食堂のドアを開け放つ十代。取りあえずツッコミを入れておきました。

 

 皿を洗う手は休めずに事情を聞いてみる。

 どうやら十代は明日が待ちきれなくなってしまい、一足早く遊戯さんのデッキを見に行こうと考えたらしい。それに翔を誘い、隼人も便乗した結果3人連れとなり、2階の寮部屋から降りてみると食堂の灯りがまだ点いている。それで俺がまだいることに気付き、俺も誘うことにしたんだとか。

 

 なるほど、フライング見学かぁ。確かにまだ消灯時間は来ていないし、デッキの展示会場も立ち入り禁止とされているわけではない。なので問題は無い。皿洗いもそろそろ終わる。

 よし。

 

 「うん、俺も行く。でもその前にこれを片付けるから、ちょっと待っててくれ……手伝ってくれてもいいけど」

 

 その方が早いし、という思いを言外に滲ませながら言葉を続けた。しかし目の前の友人3人は微妙に視線を逸らしながらから笑いをするだけで、誰一人として手伝ってはくれなかった。というかこの反応はむしろ、手伝わないのではなく手伝えないのかもしれない。

 おい、お前ら少しは家事を覚えろ。

 

 

 消灯時間はまだだとはいえ、すっかり夜も更けた時間帯になってまで学校に残っている物好きな生徒はあまりいない。今日もその例に漏れず、訪れた校舎はすっかり静まり返っていた。

 遊戯さんのデッキが展示されている会場はこの校舎の中心に近い位置にあるホールで、俺たちは取り留めのない雑談を交わしながらそこへ向かう。するとホールに辿り着く直前で、見知った顔に出くわすこととなった。

 

 「三沢。お前も来てたのか」

 

 「ああ。一足早く決闘王のデッキを見てみたくなってな」

 

 研究熱心なヤツだ、と感心する。その目には尽きぬこと無い向上心の火が点っている。折角かち合ったのだから一緒に行こう、と話が纏まりかけたその時だった。

 

 「マンマミーアーー!!!」

 

 「あれは!」

 

 「クロノス先生の悲鳴!?」

 

 目の前で固く閉じられている、ホールへと続く扉。その向こうから響いてきた聞き覚えのある声と特徴的な口癖に、俺たちはすぐさまその悲鳴の主を悟る。そして悟ったと同時に行動へ移った。

 

 「行ってみよう!」

 

 揃って駆け出して勢いよくホールへと雪崩れ込んだ俺たちの目に、驚きの光景が飛び込んでくる。

 

 「あ、シニョールたち! えっと、これは、その……」

 

 そこにいたのは、可哀そうなほどに狼狽えたクロノス先生。そして無残に破壊された空のガラスケース……なんてこった。

 

 「デッキが盗まれたのか?」

 

 あのガラスケースに、遊戯さんのデッキがあるはずだった。それが壊され、中身が無い。これは紛失では無く、明らかな盗難だった。

 

 けれど……何故だ? どうして俺はその事実を、こうして目で見るまで気付かなかったんだ? そんなこと、あるはずが無いのに。

 

 心底不思議でならず、ついつい眉間に皺を寄せてしまう。しかし俺がポツリと呟いた一言は、図らずもクロノス先生を追い詰めてしまっていたようだ。

 

 「ま、待って欲しいノーネ!」

 

 しかしこの一大事、誰もクロノス先生の叫びなんて聞いちゃいなかった。

 

 「大変だ、みんなに知らせようぜ!」

 

 「待つノーネ!!」

 

 踵を返して飛び出して行こうとした俺たちだが、クロノス先生が十代に飛びついて引き止めて来たので、足を止めざるを得なかった。

 

 「違うノーネ! 私じゃないノーネ!!」

 

 …………はぁ?

 

 「何言ってるの? 誰もクロノス先生が盗んだなんて思ってないよ?」

 

 「へ?」

 

 俺の言葉にみんなが揃ってうんうんと頷くのを見て、クロノス先生は虚を突かれたような顔をした。そんな先生に根拠を述べたのは、意外なことに十代だった。ひょっとしたら、縋りつかれている現状が鬱陶しいのかもしれない。

 

 「だって先生なら、ケースを壊す必要無いじゃん」

 

 「あ……そうなノーネ……鍵は持ってるノーネ……」

 

 「それに、こうして現場に留まってるわけも無いしね」

 

 俺も十代の言葉に付け足して補足すると、クロノス先生は漸く落ち着いてくれた。どうやらさっきまでの慌てっぷりは、パニックから来るものだったらしい。まぁ、クロノス先生は今回の展示会の責任者を任されているらしいから、無理も無い。そしてそれ故に。

 

 「だから、早いとこみんなに知らせて探さねぇと」

 

 「ま、待って欲しいノーネ」

 

 こうして必死になって止めて来るんだろう。

 

 「これがバレたら、私の責任問題になってしまうノーネ!」

 

 いや、実はそれ、大丈夫なんだけど……と言う訳にもいかず。

 そんなこんなで、俺たちは早急に犯人捜しをすることになったのだった。主にクロノス先生の懇願で。

 

 

 

 俺たちは各自で散って犯人捜しをすることになった。その方が効率が良いからだ。

 

 「それにしても、どうしてフェーダーは知らせてくれなかったんだ?」

 

 受信機を片手に走り、俺はひとりごちた。それに答える者は、この場にはエンディミオンしかいない。

 

 『あの場にいなかった以上、犯人を追跡したのであろうが……腑に落ちんな』

 

  

 そもそも今回の展示会は、ちょっとした思惑が重なり合った結果の出来事である。いや、遊戯さんも企画自体には乗り気だったし、何も無かったとしても実現はしていたのかもしれないけれど。

 

 冬休みにあったあれやこれやで影丸理事長を怪しんだ結果、社長はこの展示会で理事長の真意を探ろうとしている。理事長が言い出した展示会、それで『何か』が起これば理事長は何かを企んでいるのだろう、と。何も無かったら無かったで、アカデミアの生徒たちに良い刺激となるだけのこと。

 そのために、敢えてデッキの警備は甘くしてあった。あまりに警備を厳しくして相手が動けなければ意味が無いからだ。加えて、『何か』が会った時はある程度は犯人を泳がせて様子を見るという腹積もりもあるらしい。エグイ。

 なのでクロノス先生があそこまで慌てる必要は、実は全く無かったりする。だってある意味、思惑通りだし。クロノス先生が処分を受けるということには、まずならない。

 

 デッキはいわば餌であり、この島は巨大な狩場だったのだ。

 そして甚だ不本意ながら、俺は猟犬役。もしもの時のための人員。どうしてこうなった。あ、エンシェント・フェアリーに色々と丸投げされたのが事の発端か。

 

 勿論、だからといってデッキを蔑ろにしているわけでもない。

 というのも、デッキに入っているカードには超小型の発信機が付けられているのだ。なので俺は今、その反応を追って追跡しているわけですよ。

 なにしろデッキの盗難は、真っ先に懸念された事項だったからだ。『レプリカデッキではなく本物のデッキを』という要望が出されていたのだから、当然である。

 ちなみにこの受信機は昨夜、【ブレイカー】たちを送った時に使った【強制転移】によって向こうから送られてきた。端っから何事も無く無事に展示会が終わるとは考えてない上に、俺に追わせる気満々である。

 あの人たち、もう完璧に俺のこと学生扱いしてねぇ。最初からされてなかった気もするし、それはそれで構わないんだけど。

 え? デッキに直接危害を加えられるという最悪の事態になったらどうするんだって? その時はマハードとマナがセルフ実体化して犯人をボコって終わるよ。

 

 まぁ、それはさておき。

 そして万一のことも考え、フェーダーをデッキの見張り役としていた。健気なアイツは、デッキが島に来る前から展示会場のあのホールで待機していてくれていた。フェーダーまじ健気。

 俺はそんなフェーダーに『怪しい奴がデッキに近付いたら知らせるように』と言いつけてあった。なのに今、こうしてデッキが盗まれたというのに、フェーダーからは何の知らせも無かった。これはどういうことだろう? 

 

 もやもやとした考えを抱きながら受信機が示す位置へ向けて一目散に駆けると、やがて島の端に辿り着いた。島の端とは即ち、海岸である。またデッキ盗難の後に海岸か。もう落ちたくは無いぞ。

 キョロキョロと少し視線を巡らせると、探し人……いや、探し精霊はすぐに見つかった。

 

 (フェーダー)

 

 小声でその悪魔を呼ぶと、フェーダーはすぐさま気付いてこちらに飛んで来た。どうしたんだろう、凄く困っているような顔をしている。

 

 (どうした? 怪しい奴が来たら知らせろって言っただろ?)

 

 俺の咎める言葉に、フェーダーはますます困った顔になる。そして、あちらを見ろと言わんばかりに体を傾けた。その先にいた人間は、盗んだのであろうデッキを食い入るように見つめている。

 

 「これが決闘王のデッキか……!」

 

 抑えきれない感動を含ませたその声音には、聞き覚えがあった。そしてそのシルエットにも、見覚えがあった。

 

 (神楽坂じゃん。え、あいつがデッキを盗んだの?)

 

 コクコク、と頷くフェーダー……なるほど。だから困っていたのか。俺はフェーダーに『怪しい奴が来たら知らせろ』と言った。しかしフェーダーにしてみれば、俺とそれなりに親しくしている神楽坂を『怪しい奴』と認定していいのか、判断に迷ったのだろう。しかし放置するわけにもいかず、後を追った、と。

 なるほど。

 

 (ありがとう、フェーダー。お前は悪くない。お疲れさん)

 

 怒られるとでも思っているのかしょんぼりしているフェーダーの頭を軽く撫で、俺は一歩前に進み出る。

 

 「神楽坂」

 

 出来るだけいつも通りの調子で声を掛ける。すると海岸の岩場に腰かけていた神楽坂の肩が跳ねた。勢いそのままにバッと振り返った神楽坂がゴクリと生唾を飲み込む音が、こちらにも聞こえたような気がした。

 

 「う、上野……」

 

 彼は明らかに狼狽えていた。どうして俺がここに、と混乱しているようにも見えた。いや、実際してるんだろう。

 

 「神楽坂。その手に持ってる物は何だ?」

 

 瞬間、神楽坂の肩が再び跳ねた。

 

 「あ、いや……これは……」

 

 「武藤遊戯のデッキだろう?」

 

 更に言い募ると、絶句された。

 

 「返しに行こうぜ? 今ならまだこの事を知ってる奴も少ない。クロノス先生も事を大きくしたくないだろうし、揉み消すのは難しくないはずだ。まだ、間に合う」

 

 神楽坂はデッキを盗みはしたが、かつての虫野郎や万丈目のように、カードを害そうとする意志は無いだろう。魔が差した、というやつだ。当然それも良くないことではあるが、あんな雑な犯行でもデッキを盗めるほど、警備をザルにしすぎたこちらにも非がある。

 なので友人としても説得しようと思ったのだが、神楽坂はますますデッキを強く握りしめた。

 

 「だが! 俺ならこのデッキを使いこなせる!」

 

 「……それで? だからってそれは、お前のデッキじゃない。コピーデッキと盗んだデッキでは、訳が違う。もしもここで俺が見逃しても、すぐに他の奴に見付かるぞ? そうなったらもう、今度こそ取り返しがつかない」

 

 何しろここは絶海の孤島である。一学園の敷地としては破格の広さではあるが、それでも所詮は孤島。本気で犯人探しに乗り出されればすぐに見付かるし、逃走経路も無い。だからこそ社長たちも、理事長とは何の関係も無さそうな一般生徒が暴走するとは考えなかったんだろうな。

 

 「一生を棒に振ることになる」

 

 「それでも!」

 

 しかし警告の途中、叫ぶように遮られた。

 

 「俺は、最強のデッキを手に入れたんだ! これで、勝てる……! 今まで俺をバカにしてきた奴らを見返してやれるんだ!」

 

 「無理だ」

 

 「なっ!」

 

 俺はキッパリと断言して首を横に振る。

 

 「そのデッキを使って勝っても、誰もお前を見直さない。むしろ今まで以上に非難するだけ。それで『見返した』と言えるのか?」

 

 「…………」

 

 言えないに決まっている。

 それに。

 

 「そもそも、そのデッキを使ったからって勝てるとは限らない。だって、そのデッキを使いこなせるのは決闘王だけだからね」

 

 「だがっ……! 俺は決闘王のデュエルも研究してきた! お前だって知ってるはずだ!」

 

 「ああ。知ってるよ」

 

 知ってるからこそ言うんだ。

 

 「お前が研究熱心なのも、決闘王を研究してきたのも知ってる。だから多分、真似事なら出来るだろうね……でも、真に使いこなすことは出来ないよ」

 

 そんな超重量級デッキを十全に使いこなせるのは、遊戯さんやアテムさんの運命力があってこそだ。俺自身、冬休みに使ったから実感してる。あの時はどれだけ怖かったことか。それでも俺があんなに上手くいったのは、相手がお粗末だったからだろう。

 

 「神楽坂。お前はいつも、コピーデッキを使うと揶揄されてた。でも、いつも本当に完全にコピーしたデッキを使ってたか? 違うだろ? お前が使えそうだと思ったカード、使いたいと思ったカードでのアレンジが常にあったはずだ」

 

 そもそも、有名なデュエリストだからってデッキレシピを公開してるわけでは無い。だから完全なコピーデッキなどそもそも作りようが無く、不明な部分にはちゃんと神楽坂が選んだカードが入れられていた。

 

 「俺はそれを面白いと思ってた。誰かに似たデッキで誰かと似たプレイングをしていても、そこには明確な違いがあった……お前自身がモノマネをするせいでちょっと混同することもあったけど、それはともかく……なぁ。それでもまだそのデッキが欲しいか?」

 

 「俺は……」

 

 神楽坂はまだデッキを握りしめていた。あぁ、これは。

 

 「俺は……俺なら、このデッキを使いこなせる……! このデッキがあれば、もう誰にも負けない……! お前にだって……!」

 

 うん、ダメだこれは。頑なになってしまっている。

 

 「……そうか、解った」

 

 それなら。

 

 「デュエルしようぜ、神楽坂」

 

 俺はディスクを起動させながら静かにそう言った。

 

 「今さっき言っただろう、そのデッキを使えば俺にも勝てるって。本当にそうか、試してみようじゃねぇか」

 

 というか実際、そのデッキを使った遊戯さん及びアテムさんに勝った記憶も無いし。

 そんなちょっと悔しい記憶が脳裏に過ぎり遠い目になる中、神楽坂は酷く驚いていた。

 

 「デュエルだと!? このデッキが誰のデッキか解って言ってるのか!?」

 

 あれ、デジャブ。つい先日にもそんなセリフを聞いたような気がする。

 

 「……当然だ。俺が証明してやるよ。決闘王のデッキを使ったからって100%勝てるわけじゃないってな。だから俺が勝ったら、大人しくそのデッキを返せ。お前が勝ったところで、俺が叶えてやれる条件は無いけどな。それでも受けるか?」

 

 って、可笑しいな? 何だかこれ、神楽坂の方がチャレンジャーみたいじゃね?

 内心でそうして首を傾げたが、神楽坂は特に気にすることなくすぐさま乗って来た。

 

 「いいだろう! お前に勝てば、それだけでも強さの証明になる!」

 

 神楽坂の言葉は、決して間違っていないだろう。俺は元々1年の主席をやってるし、最近ではカイザーと度々デュエルしては勝ったり負けたりしてるって噂も流れている。まぁ噂というか、事実なんだけど。ちなみに白星は俺の方が多いぞ。えっへん。

 なのでこの学園内だけで見れば、俺に勝ったというのは強さの証明となるはずだ。その方法はともかく。

 

 さて。

 

 

 「「デュエル!」」

 

神楽坂 LP4000 手札5枚

優 LP4000 手札5枚

 

 「俺の先攻! ドロー!」

 

神楽坂 LP4000 手札6枚

 

 宣言と共に勢いよくデッキからカードをドローする先攻・神楽坂。

 さて、何が来るか……遊戯さんのデッキはビックリ箱みたいなものだからなぁ。初めに何が出て来るのか、全く予想が出来ない。そういう意味では今回、俺が後攻で良かったのかもしれない。まず最初に様子見が出来る。

 

 「俺は【融合】を発動! 手札の【バフォメット】と【幻獣王ガゼル】を融合し、【有翼幻獣キマイラ】を特殊召喚!」

 

 おいおい。手札融合で【キマイラ】かい。

 

【有翼幻獣キマイラ】

融合・効果モンスター

星6 風属性 獣族 攻撃力2100/守備力1800

「幻獣王ガゼル」+「バフォメット」

このカードが破壊された時、自分の墓地から「バフォメット」または「幻獣王ガゼル」1体を選択して特殊召喚できる。

 

【バフォメット】

効果モンスター

星5 闇属性 悪魔族 攻撃力1400/守備力1800

このカードが召喚・反転召喚に成功した時、デッキから「幻獣王ガゼル」1体を手札に加える事ができる。

 

【幻獣王ガゼル】

通常モンスター

星4 地属性 獣族 攻撃力1500/守備力1200

走るスピードが速すぎて、姿が幻のように見える獣。

 

 【バフォメット】には【ガゼル】をサーチする効果がある。だから、【キマイラ】の融合召喚自体はそれほど難しくは無いだろう。しかし初期手札にそれが全て揃っているってのは、中々凄い。少なくとも俺なら、そうそう出来る気はしない。

 そう考えると成る程、確かに神楽坂はデッキに振り回されているわけではないらしい。

 

 「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

神楽坂 LP4000 手札2枚

 モンスター (攻撃)【有翼幻獣キマイラ】

 魔法・罠 伏せ1枚

 

 「俺のターン。ドロー」

 

優 LP4000 手札6枚

 

 1ターン目が終わったが……まずは様子見ってのはあちらも同じらしい。後続が残せる【キマイラ】を融合召喚し、伏せカードをセット。堅実と言える。通常召喚権も残っていただろうにそうしなかったのは、召喚出来るモンスターがいなかったのか、何か考えがあるのか。

 

 「俺は【マジカル・コンダクター】を召喚」

 

 よくよく出て来るお姉さん。まぁ、3積みしてるから当然なんだけど。だって展開力が違うんだもの。

 

 「フィールド魔法【魔法都市エンディミオン】を発動。そしてマジックカード、【おろかな埋葬】。デッキのモンスター1体を墓地に送る。俺が送るのは【神聖魔導王エンディミオン】」

 

 「【神聖魔導王エンディミオン】? フィールド魔法と同じ名前のモンスターか……」

 

 ポツリと呟く神楽坂。実は俺がそれほどエンディミオンを召喚しないため、こいつはあまり有名じゃなかったりする。むしろ【図書館】の方が悪名高い。

 その反応にエンディミオン本人は面白くなさそうだったが、俺は肩を竦める。

 

 「ま、その理由は後々解るさ。続けるぞ。魔法カードの使用によって、俺の場のカードに魔力カウンターが乗る。そして【マジカル・コンダクター】の効果。自身の魔力カウンターを取り除く事で、その個数分のレベルを持った魔法使い族モンスターを手札か墓地から特殊召喚する。俺は魔力カウンターを4つ全て取り除く事で、手札から【魔導騎士 ディフェンダー】を特殊召喚」

 

魔力カウンター 【マジカル・コンダクター】 0→4→0

          【魔法都市エンディミオン】 0→1

 

 さて、まだまだ行くぞ。

 

 「【ヒュグロの魔導書】を発動。こいつは自分の場の魔法使い族1体の攻撃力を1ターンだけ1000上げることが出来る。俺は【ディフェンダー】の攻撃力を1000上げる」

 

【ヒュグロの魔導書】

通常魔法

自分フィールド上の魔法使い族モンスター1体を選択して発動できる。

このターンのエンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は1000ポイントアップし、戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、デッキから「魔導書」と名のついた魔法カード1枚を手札に加える事ができる。

「ヒュグロの魔導書」は1ターンに1枚しか発動できない。

 

【魔導騎士 ディフェンダー】 攻撃力1600→2600

 

魔力カウンター 【マジカル・コンダクター】 0→2

          【魔法都市エンディミオン】 1→2

 

 

 「バトルだ。【マジカル・コンダクター】で【キマイラ】に攻撃」

 

 「攻撃力を上げた【ディフェンダー】ではなく、【マジカル・コンダクター】で攻撃だと? 攻撃力は【キマイラ】の方が上だぞ!」

 

 確かに神楽坂の言う通りだ。だが仕方が無い。今の俺の手札と【キマイラ】の効果を鑑みると、そうせざるを得ない。

 

 「勿論、自爆特攻なんてする気は無いさ。速攻魔法、【収縮】を発動。【キマイラ】の攻撃力を半分にする」

 

 『グァァ!』

 

 【収縮】の効果によってミニサイズとなる【キマイラ】。ちょっと可愛いと思ったのはここだけの話だ。

 

【有翼幻獣キマイラ】 攻撃力2100→1050

 

 「くっ!」

 

 攻撃力が下がった【キマイラ】が【マジカル・コンダクター】の魔法波に叶うはずも無く、あっさりと破壊されてその余波が神楽坂を襲った。

 

神楽坂 LP4000→3350

 

 「だが! 【キマイラ】の効果発動! このカードが破壊された時、墓地から【幻獣王ガゼル】か【バフォメット】を特殊召喚することが出来る! 俺は【バフォメット】を守備表示で召喚!」

 

 しかしそう、【キマイラ】には後続を残す効果がある。だがな。

 

 「織り込み済みだ。【ディフェンダー】で【バフォメット】に攻撃」

 

 俺の指示によってフィールドを駆けて行った【ディフェンダー】は、無言のまま【バフォメット】を切り捨てた。尤も、守備表示なため神楽坂にダメージは無いが。

 このために【ディフェンダー】の攻撃力を上げておいたのだ。【バフォメット】の守備力は【マジカル・コンダクター】で【ディフェンダー】の攻撃力よりも高いから。出来るだけ相手の場にモンスターは残したくないしね。

 ある意味では、俺はズルいのだろう。何しろ俺はあのデッキの中身はバッチリ記憶してる。だって冬休みにデッキの再構築も手伝ったし。しかし、それを気に病みはしない。情報アドは存分に生かさせてもらおう。

 

 「【ヒュグロの魔導書】の第2の効果。このカードの効果を受けた【ディフェンダー】が相手モンスターを戦闘破壊したことにより、デッキから魔導書と名の付いた魔法カードを1枚、手札に加える。俺は……」

 

 俺の手札は現在、0。つまりこの効果でサーチするカードが重要となってくる。今このデッキにサーチ対象となるカードは【トーラの魔導書】と【魔導書整理】、それに【ネクロの魔導書】が入っている。

 今のこの状況なら……。

 

 「俺は【魔導書整理】を手札に加える。カードをセット。ターンエンドだ」

 

 出来ることなら次のターンにドローソースを手札に加えたい。ならばデッキトップを弄って確率を上げるのがいいだろう。そう判断しての【魔導書整理】だった。

 1枚しか無い手札を伏せたのだから、リバースカードの正体は神楽坂にもバレバレだ。しかし【魔導書整理】はフリーチェーン、バレた所でそれほど問題は無い。

 

優 LP4000 手札0枚

 モンスター (攻撃)【マジカル・コンダクター】 カウンター2→4

        (攻撃)【魔導騎士 ディフェンダー】 攻撃力2600→1600

 魔法・罠 (フィールド)【魔法都市エンディミオン】 カウンター2→3

        伏せ1枚

 

「俺のターン! ドロー!」

 

神楽坂 LP3350 手札3枚

 モンスター 無し

 魔法・罠 1枚

 

 「【強欲な壺】を発動! デッキからカードを2枚ドローする!」

 

 神楽坂のターン、真っ先に発動させたのは今さっきドローしたマジックカードだった。まぁ、あのカードならば大抵の場合は手札に来ればすぐに発動させるだろう。

 そして2枚のカードをドローした神楽坂は、フッと口角を吊り上げた。

 

 「行くぜ、上野! 俺は【ワタポン】を特殊召喚!」

 

【ワタポン】

効果モンスター

星1 光属性 天使族 攻撃力 200/守備力 300

このカードがカードの効果によって自分のデッキから手札に加わった場合、このカードを手札から特殊召喚できる。

 

 「このカードはカード効果によってデッキから手札に加わった時、特殊召喚出来る! そして【ワタポン】を生贄に、【ブラック・マジシャン・ガール】を召喚!」

 

【ブラック・マジシャン・ガール】

効果モンスター

星6 闇属性 魔法使い族 攻撃力2000/守備力1700

このカードの攻撃力は、お互いの墓地の「ブラック・マジシャン」「マジシャン・オブ・ブラックカオス」の数×300アップする。

 

 「来たか……」

 

 ポンという効果音と共に現れたポップな衣装の魔法少女に、デュエルの流れが変わりそうな予感を感じた。

 

 だが俺はこの時、デュエルとは全く関係ないことも考えてしまっていた。そんなことをしてしまうのは相手にとっても失礼なことで、とても不謹慎なのかもしれない。しかしそれは、俺だからこそ思ってしまったことでもあった。

 神楽坂は確かに、遊戯さんのデッキやデュエルをとても研究してきただろう。そして今、遊戯さんになり切ってプレイングしている。それこそ、モノマネのように。

 けれど、やっぱり違うのだ。

 だって遊戯さんならば、俺の事を『上野』と呼んだりしない。アテムさんでも同様だ。そんなことは今まで1度も無かったし、これからだって無いだろう。

 神楽坂……結局お前は、お前以外の何者でもないんだ。どんなにマネしたって、遊戯さんにはなれないんだよ。

 

 にしても、あれが遊戯さんのデッキであるということは、あの【ブラック・マジシャン・ガール】は。

 

 『あ、優君! 久し振り~!』

 

 (マナ……どうしてそんなに軽いノリなんだ……)

 

 当然、彼女はマナである。ニッコリ笑顔でヒラヒラと手を振ってくる彼女に、頭痛を禁じ得ない。

 

 (それに、そんなに久し振りでもないじゃん。冬休みに会ったばかりなんだから)

 

 『いいのいいの、気分の問題!』

 

 神楽坂には聞こえないよう、小声で言葉を交わす。尤も彼は精霊の声は聞こえないため、マナの方は声を押さえてなかったけれど。

 なのでマナのノリに頭痛を覚えた俺の様子を見た神楽坂は、それを『決闘王の代名詞的モンスターが出て来たことによる戦慄』と勘違いしてくれたらしい。

 

 「驚くのはまだ早いぜ! マジックカード、【賢者の宝石】を発動!」

 

 あれまぁ。

 

【賢者の宝石】

通常魔法

自分フィールドに「ブラック・マジシャン・ガール」が存在する場合に発動できる。

手札・デッキから「ブラック・マジシャン」1体を特殊召喚する。

 

 「俺のフィールドに【ブラック・マジシャン・ガール】が存在する時、手札かデッキから【ブラック・マジシャン】を特殊召喚出来る! 出でよ、我が最強の僕! 【ブラック・マジシャン】!」

 

 『ハァッ!』

 

 勢いよく現れた【ブラック・マジシャン】に、俺は僅かに瞠目した。まさかここまで早々と出してくるとは。

 そしてこの【ブラック・マジシャン】も、当然。

 

 『お師匠サマ!』

 

 『マナ……それに優殿。まさかこんなことになるとは』

 

 マハードだよね、うん。

 不本意を隠すことなく表情に出しているマハードに、俺としては苦笑するしかない。そして『気にするな』という意思を視線で送っておいた。

 

 「だが神楽坂。お前の魔法カードの使用によって、俺の場のカードには魔力カウンターが乗ったぞ」

 

魔力カウンター 【マジカル・コンダクター】 4→8

          【魔法都市エンディミオン】 3→5

 

 【強欲な壺】と【賢者の宝石】。連続しての魔法使用によって魔力カウンターは乗ったが神楽坂はさほど気にしてはいないようで、すぐさま次の行動に出た。

 

 「それがどうした! 行くぜ、上野! 【ブラック・マジシャン】で【魔導騎士 ディフェンダー】に攻撃! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!」

 

 『くっ!』

 

 攻撃を受けた俺たちよりも、攻撃を放ったマハードの方が苦しそうである。

 あぁ、やはり違う。操るモンスターにこんな顔をさせてしまうお前は……やはり『違う』んだよ、神楽坂。俺は、そんなお前には決して負けない。例え相手がそのデッキであってもだ。

 

 「【魔導騎士 ディフェンダー】の効果。フィールド上の魔法使い族モンスターが破壊される場合、自分フィールド上の魔力カウンターを破壊される魔法使い族モンスター1体につき1つ取り除く事で身代わりとする。俺は【マジカル・コンダクター】の魔力カウンターを1つ取り除き、【ディフェンダー】の破壊を防ぐ」

 

 【ディフェンダー】による防御。その障壁によってマハードの攻撃はこちらまでは届かなかった。

 しかし俺は、これまでにも神楽坂とも何度かデュエルをしている。そのため、この状況はあいつも予想済みだろう。

 

 「だが、ダメージは受けてもらうぜ!」

 

 「ん……」

 

優 LP4000→3100

 

 「そしてその効果が使えるのも1ターンに1度のみ! 俺の場にはまだ【ブラック・マジシャン・ガール】が残っているぜ! 【ブラック・マジシャン・ガール】! 【マジカル・コンダクター】に攻撃だ! 《黒・魔・導・爆・裂・破(ブラック・バーニング)》!」

 

 マハード同様、申し訳なさそうな様子で攻撃をしてくるマナ。ただ、マハードよりは数段ノリが軽い気がしたが。

 神楽坂が狙ったのは【マジカル・コンダクター】。確かに【ディフェンダー】を破壊したとしても、次の俺のターンに【マジカル・コンダクター】を残しておけばすぐさま蘇生されてしまうしな。

 となると。

 

 「ならばその攻撃宣言にチェーンして、速攻魔法【魔導書整理】を発動。デッキトップのカードを3枚確認し、好きな順番に並べ替える」

 

 「このタイミングで? ……なるほど、【マジカル・コンダクター】に少しでも魔力カウンターを乗せようというわけか」

 

 神楽坂の推察は当たりである。この攻撃を防ぐ術が無い以上、それがベターだろう。

 そして確認したデッキトップのカードは上から順に【見習い魔術師】、【魔法族の結界】、【代償の宝札】だった。【魔法都市】には十分なカウンターが溜まるし……うん。

 

 「カードを並べ替える。そして【マジカル・コンダクター】に魔力カウンターが乗ったぜ」

 

魔力カウンター 【マジカル・コンダクター】 8→7→9

          【魔法都市エンディミオン】 5→6

 

 「だが、【ブラック・マジシャン・ガール】の攻撃は止まらない!」

 

 『ゴメンね、優君! え~いっ!』

 

 「く……」

 

優 LP3100→2800

 

 【マジカル・コンダクター】はマナの攻撃に僅かに抵抗したものの、然程持たずに破壊されてしまう……しかし。

 

 「【マジカル・コンダクター】が破壊されたことで、彼女に乗っていた魔力カウンターが【魔法都市】へと移る」

 

魔力カウンター 【魔法都市エンディミオン】 6→15

 

 【マジカル・コンダクター】が破壊されてしまったのは残念だが、これで【魔法都市】には15個もの魔力カウンターが乗った。OK、次のターンで行ける。

 

 「俺はこれでターンエンドだ!」

 

神楽坂 LP3350 手札1枚

 モンスター (攻撃)【ブラック・マジシャン】

        (攻撃)【ブラック・マジシャン・ガール】

 魔法・罠 1枚

 

 神楽坂の場には、遊戯さんのエース師弟がいる。しかしリバースカードは1枚あるが……うん?

 

 「優! 何やってんだ!」

 

 「あれは……神楽坂か?」

 

 あれまぁ。出来れば他の誰にも知られない内に終わらせたかったんだけど、そうは行かなかったらしい。十代・三沢・翔・隼人。デッキの捜索に関わっていたやつらが揃ってお出ましだ。

 あれ? でもさぁ。

 

 「お前ら、どうして全員揃ってるんだ?」

 

 確か、手分けして探そうってそれぞれ散ったはずなのに。小首を傾げて疑問を呈すると、それに答えたのは三沢だった。

 

 「初めはそれぞれで探していたんだが……いつの間にか再び合流してしまってな」

 

 「そしたらアニキが、『デュエルの匂いがする!』って言ってこっちに!」

 

 「…………」

 

 三沢の説明に付け足された翔の言葉に、俺はちょっと遠い目になった。

 でもまぁ、うん……十代だから仕方が無いな。

 

 「……俺は見ての通り、デュエル中だ。運良く早々に見付けることが出来たからな」

 

 実際のところは、発信機の反応を追って最短ルートを全力疾走のだからあっと言う間に見付けられて当然である。しかしそれを言うわけにもいかないため、『運良く』と誤魔化す。

 

 「で、このデュエルで決着を着けることになったんだ」

 

 肩を竦めて事情を説明し終えると、みんなは俺たちのフィールドに目をやる。

 

 「神楽坂の場には、【ブラック・マジシャン】と【ブラック・マジシャン・ガール】……あいつが使ってるのは、盗んだ決闘王のデッキか……!」

 

 よく解る三沢の状況説明の通りである。なのでそれに頷くと、翔と隼人が揃って「そんな」と言って顔を青くした。

 

 「つまり、優は決闘王のデッキとデュエルしてるんだな!?」

 

 「そんな! そんなのいくら優君だって、勝てるわけないよ!」

 

 しかし色めき立つ2人に対し、意外と冷静なのは十代だった。

 

 「落ち着けよ2人とも。いくら遊戯さんのデッキっつったって、使ってるのは遊戯さんじゃないんだぜ。勝ち目が無いなんてことは」

 

 「いや、これは厳しい戦いになるかもしれないぞ」

 

 同じく冷静さを残した三沢が十代の予測を覆す。

 

 「神楽坂は元々、コピーデッキの使い手なんだ」

 

 「コピーデッキ? あ、そういや今朝も……」

 

 今朝の翔と神楽坂のデュエルを思い出したのか、十代はどこか納得の表情を浮かべていた。三沢は1つ頷くと続ける。

 

 「あいつは記憶力が良く、研究熱心な性質でな。デッキを組むと、有名なデュエリストのデッキに無意識の内に似せてしまうんだ。そしてそれを、その本人になり切ったつもりでプレイすることで回す……つまり決闘王のデッキを使った神楽坂は、決闘王本人と言っても過言じゃない」

 

 「その通り!」

 

 眉間に皺を寄せた三沢に、神楽坂は誇らしげに胸を張った。

 

 「俺ならこのデッキを使いこなせるんだ! 武藤遊戯になり切ってな!」

 

 だからさぁ。

 

 「さっきも言っただろ? それは無理だ……お前は武藤遊戯にはなれないよ。絶対に」

 

 キッパリと断言した俺だが、神楽坂は聞く耳を持ってはくれなかった。悲しい。

 

 「減らず口を……ならば勝ってそれを証明してみせろ!!」

 

 「ああ、そうさせてもらう。それがデュエリストの流儀ってもんだしね……デュエルを再開しよう。俺のターン。ドロー」

 

優 LP2800 手札1枚

 モンスター (攻撃)【魔導騎士 ディフェンダー】

 魔法・罠 (フィールド)【魔法都市エンディミオン】 カウンター15

       伏せ 1枚

 

 「優君!? 本気ッスか!? 相手は決闘王なんスよ!?」

 

 「決闘王のデッキ、だろ? それだけのことだ」

 

 「それだけって……!」

 

 「待てよ、翔」

 

 淡々とデュエルを進めた俺に翔が目を剥くが、そんな翔を止めたのは十代だった。

 

 「優、大丈夫なのか?」

 

 あぁ、うん。

 

 「負ける気がしないね。不思議と」

 

 「そうか。なら頑張れよ、優! 本当は俺も遊戯さんのデッキとデュエルしたかったけどな!」

 

 「アニキ!?」

 

 「……神楽坂のデュエルスタイルは優もよく知っている。それでもこうしてデュエルをしているのだから、俺たちが口を挟むべきじゃない」

 

 「三沢君まで……」

 

 十代と三沢が応援の姿勢に入ってしまったため、翔は二の句が告げなくなってしまったようだ。隼人も既に決意の眼差しをこっちに送ってるし。

 

 「翔。心配してくれるのは嬉しいけど、もう少し信用してくれよ」

 

 苦笑を向けると翔もひとまず納得してくれたようで、それ以上は言ってこなかった。

 さて、ギャラリーが出来た所で。

 

 「行くぞ、神楽坂。お前がそのデッキのエースを呼んだのなら、俺も俺のエースを呼んでやる。墓地の【神聖魔導王エンディミオン】の効果発動。こいつは【魔法都市】のカウンターを6つ取り除く事で手札か墓地から特殊召喚できる。来い、【エンディミオン】」

 

 『フッ……漸く我の出番か』

 

魔力カウンター 【魔法都市エンディミオン】 15→9

 

 謎の余裕を身に纏って現れたエンディミオンは、射るような眼差しをマハードに向けている……大人げない。

 

 『クハハ! 今日こそ我がロード・オブ・マジシャンであることを知らしめてくれる!』

 

 おい、知らしめるも何もマハードは端っからお前の地位を狙ってなんかいないぞ。お前のそれは、マハードの方がお前よりも有名だっていうことから来る単なる僻みじゃないか。ほら、マハードも頭痛を堪えるかのように額を押さえてるし。そしてマナ、他人事だからってそんなに面白そうに見ないでくれ。

 つーかお前ら、もう少し自重してくれよ。すぐそこに十代がいるんだぞ。あんまり親しげな様子を見せていると、旧知の仲だってバレるかもしれないじゃん。いや、バレたらバレたで別にいいんだけどさ。後が面倒くさそうっていうか。

 

 「……【神聖魔導王エンディミオン】の第2の効果」

 

 うん、せめて俺だけでもこの精霊劇場はスルーしよう。

 

 「こいつがこの方法での特殊召喚に成功した時、墓地の魔法カードを1枚手札に加える。俺が手札に加えるのは【収縮】だ」

 

 墓地の魔法カードをサルベージする効果。それがどれほど有用なものであるかは、【混沌の黒魔術師】という有名な魔法使いによって世に知らしめられていると言っていい。だからだろう、神楽坂は苦い顔をした。だが【エンディミオン】の全ての効果を知って、果たして『苦い顔』程度で済ませることが出来るかな?

 

 「【エンディミオン】の最後の効果だ。1ターンに1度、手札の魔法カードをコストにフィールド上のカードを1枚破壊する。俺は手札の【代償の宝札】を墓地に送り、【ブラック・マジシャン】を破壊する」

 

 「何だと!?」

 

 この除去効果は予想外だったのだろう、神楽坂は本気で驚いていた。

 そしてその一方では。

 

 『クックックックック……!』

 

 エンディミオンがどことなくキモイ笑いを発していた。まず間違いなく、マハードを破壊できるのが嬉しいんだろう。大人げない。そしてすまん、マハード。

 

 「【エンディミオン】、《パニッシュメント》」

 

 しかしマハードには悪いが、これがデュエルである以上はこうせざるを得ない。俺は心を鬼にして【エンディミオン】の効果を発動させた。

 

 『食らえ、貴様ァ!!』

 

 『クッ……!』

 

 エンディミオンのロッドから放たれた魔力の奔流は真っ直ぐマハードを捕え、その姿を消し去った。

 

 「墓地に送った【代償の宝札】の効果。このカードが手札から墓地に送られた時、デッキからカードを2枚ドローする」

 

 さっきデッキトップの3枚を確認した時は、【魔導書整理】を使ってよかったとつくづく思ったよ。どちらにせよ【エンディミオン】を呼ぶことは出来たが、手札があるに越したことは無いし。

 

 「永続魔法、【魔法族の結界】を発動。フィールド上の魔法使い族モンスターが破壊された時、このカードに魔力カウンターを乗せる。そして自分フィールド上の魔法使い族モンスター1体と共に墓地に送ることで、その魔力カウンターの数分デッキからカードをドローする」

 

 これは下準備に過ぎない。ここからが本番だ。

 

 「バトルだ。【エンディミオン】で【ブラック・マジシャン・ガール】に攻撃」

 

 実を言えばエンディミオンは、マハードはともかくマナにはそこまで蟠りは無い。なので顔見知りでそれなりに長い付き合いがある相手と戦うのは双方気が進まないだろうけど、デュエルなのだから仕方が無い。2人も複雑そうな顔をしていたが、すぐに気持ちを切り替えていたし。マナの方はちょっと涙目だったけど。

 【ブラック・マジシャン】が墓地に行ったことで【ブラック・マジシャン・ガール】の攻撃力は上がっていたが、【エンディミオン】には及ばない。よって、何の問題も無かった。

 

 『ハッ!』

 

 『きゃっ!』

 

 「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 マナは短い悲鳴を上げて破壊されたが、その悲鳴はよく聞こえなかった。何故なら、それと同時に翔が絶叫したから。その大ボリュームに、翔のすぐ横にいた十代が耳を押さえている。正直言って、俺も驚いた。

 

 「優君、酷いッス! どうしてブラマジガールを攻撃したんスか!?」

 

 「……デュエルだからだよ」

 

 おい、お前どっちの味方だ?

 血走った目でアホウな詰問をしてくる翔は、サラッと受け流しておこう。今はそれよりもデュエルだ。これで神楽坂のフィールドは空になったわけだし。

 

神楽坂 LP3350→2950

 

 「【魔法族の結界】は、フィールド上の魔法使い族モンスターが破壊された時にカウンターが乗る。つまり相手フィールドの魔法使い族モンスターが破壊された今も乗るってわけだ。さらに【ディフェンダー】でダイレクトアタック」

 

 神楽坂のモンスターはいなくなったが、まだリバースカードが残っている。なのでそれを少し警戒していたのだが、神楽坂が使ったのはリバースカードでは無かった。

 

 「手札の【クリボー】の効果発動! このカードを手札から墓地に送ることで、戦闘ダメージを1度だけ0にする!」

 

 『くりくり~~~~!』

 

 可愛らしい鳴き声と共にフィールドに現れたクリボーによって、【ディフェンダー】の攻撃は止められてしまった。

 流石は【クリボー】、有能な子……だが。

 

 「ありがとう、【クリボー】。お前には何度も助けてもらった。流石は無数のカードの中から俺が選び抜いた1枚だぜ」

 

 神楽坂……あのさぁ、ツッコんでもいいかな?

 

 「何言ってんだ、あいつ? 盗んだデッキで」

 

 「ま、まぁ……神楽坂は武藤遊戯になり切ってるってことだ」

 

 ギャラリーももの凄く微妙そうな顔をしている。三沢のフォローも少し苦しそうだし。

 

 『くりくり……』

 

 あ、クリボーも困ってる。苦笑いしてる。

 

 「……バトルを終了する」

 

 かなり迷ったものの、結局ツッコミを入れるのはやめてデュエルを続けることにした。

 

 「メインフェイズ2。俺は【見習い魔術師】を守備表示で召喚。こいつの召喚に成功した時、フィールド上のカードに1つ、魔力カウンターを乗せる。乗せる対象は【魔法都市】だ。そしてカードをセット。ターンエンド」

 

優 LP2800 手札0枚

 モンスター (攻撃)【神聖魔導王 エンディミオン】

        (攻撃)【魔導騎士 ディフェンダー】

        (守備)【見習い魔術師】

 魔法・罠 (フィールド)【魔法都市エンディミオン】 カウンター9→10

       (永続魔法)【魔法族の結界】 0→1

       伏せ 1枚

 

 またもやバレバレの伏せカード。これがさっきサルベージした【収縮】であるということは神楽坂にも丸わかりだろう。

 【クリボー】も使い、今の神楽坂はハンドレス。次のドローカード如何によっては決着が付きかねない状況と言っていいだろう。しかしこの状況でも神楽坂は諦めていないようで、その瞳には強い意志が見える。遊戯さんになり切る、というのは本気だったらしい。確かにあの人なら、この状況でも諦めたりはしない。

 

 「俺のターン! ドロー!」

 

神楽坂 LP2950 手札1枚

 モンスター 無し

 魔法・罠 1枚

 

 神楽坂の運命を決めるドロー。そして彼は、良いカードを引き当てたらしい。

 

 「【天使の施し】を発動! デッキから3枚ドローして2枚捨てる!」

 

 その宣言通り、3枚をドローしてその内の2枚を捨てる神楽坂。

 残した手札1枚で、神楽坂はどうするつもりだ?

 

 「そしてこれが、俺の最後の手札! 【天よりの宝札】!」

 

 「な!」

 

 さ、流石に驚いた。このターン、【天使の施し】で【天よりの宝札】を引くとは。

 神楽坂は今、ハンドレス。つまり。

 

 「このカードの効果により、互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにドローする! 俺は6枚ドロー!」

 

 「俺も6枚だ」

 

 一気にハンドレスだった神楽坂の手札が回復した。あのデッキで手札が6枚もあればかなり選択肢の幅が広がるはず。

 だが、同時に俺の手札も回復した。神楽坂とてそれは理解してるだろうが、どの道あの状況では【天よりの宝札】を使わざるを得ない。そしてそれ故に、仕掛けてくるに違いない。

 まぁ……【ブルーアイズ】3体を手札融合して攻撃、その後【融合解除】でサンレンダァ!……なんてトラウマレベルの事態は起こりえないだろうし(そもそもあのデッキには【ブルーアイズ】は入ってない)、落ち着いて対処するのが1番か……ただ、正念場になりそうなのは間違いないな。

 ぶっちゃけ、俺の手札もかなり良いし。

 

 「行くぜ! 俺は【魔導戦士 ブレイカー】を守備表示で召喚!」

 

 【ブレイカー】……。

 

 「こいつはお前もよく使うカードだ! 勿論、その効果は知っているな?」

 

 つーか、そもそもそのカードの現在の所有者は俺だよ。

 よくよく考えなくても、盗まれたのは遊戯さんのデッキとはいえ、俺のカードも盗まれてるんだよな……あれ、改めて状況を認識してみると、凄く悔しい。

 返せ! 俺のカード!

 

 「【ブレイカー】の召喚に成功したことにより、このカードに魔力カウンターを1つ乗せる! そして【ブレイカー】の効果発動! このカードに乗っているカウンターを1つ取り除き、フィールド上のマジック・トラップを1枚破壊する! その【収縮】を破壊だ!」

 

 まぁ、そりゃそうくるよね。

 

 「リバースカードオープン、【収縮】。【ブレイカー】の攻撃力を半減させる」

 

 「そうすると思ったぜ! だが、【ブレイカー】は元々守備表示!」

 

 神楽坂の言う通り、この状況で【収縮】を発動させてもバトルには影響しない。【魔法都市】にカウンターが乗るだけだ。

 

魔力カウンター 【魔法都市エンディミオン】 10→13

 

 その体躯をミニ化させた【ブレイカー】には頓着せず、神楽坂は手札のカードを1枚選び取るとディスクに差し込む。それは、デュエルモンスターズ最初期から存在する高名な蘇生カードだった。

 

 「俺は【死者蘇生】を発動! 墓地から【ブラック・マジシャン】を特殊召喚する!」

 

 『チッ!』

 

 黙して現れるマハードに、エンディミオンが盛大な舌打ちをした。マハード、マジでごめん。神楽坂に盗まれるし、エンディミオンに当り散らされるし……多分、お前が今回の件での1番の被害者だよ。

 

 「さらにマジックカード、【千本ナイフ】! こいつは俺の場に【ブラック・マジシャン】がいる時に発動できる! フィールド上のモンスター1体を破壊する! 対象は【見習い魔術師】だ!」

 

 「【デイフェンダー】の効果。【魔法都市】のカウンターを1つ取り除き、その破壊を防ぐ」

 

 リクルーターがその効果を発揮するのは、あくまでも戦闘破壊された時。効果破壊には対応していない。なので【千本ナイフ】で【見習い魔術師】を狙うのは当然といえば当然だろうが、まさか【ディフェンダー】がいることを忘れているはずがない。

 一体どういうつもりかと訝しむと、神楽坂は勝ち誇ったように笑いながら更にマジックを発動させた。

 

 「これでもう、その効果は使えないぜ! 俺は【地割れ】を発動! 相手フィールド上で最も攻撃力の低いモンスターを破壊する!」

 

 そういうことか、と得心した。こちらの場で最も攻撃力が低いのは間違いなく【見習い魔術師】。リクルーターに確実に対処したというわけだ。

 

【地割れ】

通常魔法

相手フィールド上の攻撃力が一番低いモンスター1体を破壊する。

 

 俺たちが今デュエルをしているのは、海岸付近の岩場。その岩場がまるで本当に砕かれたかのように割れ、【見習い魔術師】はその穴に落ちて行った。なんというリアルな演出。

 

 「さらに、墓地の闇属性モンスター【クリボー】と光属性モンスター【ホーリー・エルフ】を除外して【カオス・ソルジャー -開闢の使者-】を特殊召喚する!」

 

【カオス・ソルジャー -開闢の使者-】

効果モンスター

星8 光属性 戦士族 攻撃力3000/守備力2500

このカードは通常召喚できない。

自分の墓地の光属性と闇属性のモンスターを1体ずつゲームから除外した場合に特殊召喚できる。

1ターンに1度、以下の効果から1つを選択して発動できる。

●フィールド上のモンスター1体を選択してゲームから除外する。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。

●このカードの攻撃によって相手モンスターを破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃できる。

 

 今除外された【ホーリー・エルフ】は恐らく、【天使の施し】の時に落としたんだろう。あの時しか機会は無かったし。

 いや、問題はそこでは無いか。【カオス・ソルジャー】が出て来たことの方が問題だ。

 OCGにおいて長らく禁止カードだった、【カオス・ソルジャー -開闢の使者-】。手軽な特殊召喚条件に、強力な効果。うん、出来れば出されたくないカードだった。割とマジで。

 

 「行くぜ、上野! まずは【ブラック・マジシャン】で【魔導騎士 ディフェンダー】を攻撃! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!」

 

 「く……」

 

優 LP2800→1900

 

 【エンディミオン】の攻撃力は【ブラック・マジシャン】を上回る。なので神楽坂が【ブラック・マジシャン】の攻撃対象に【ディフェンダー】を選ぶのは当然なのだが、俺は内心でホッとしていた。

 だってもしもマハードに破壊されたりしたら、エンディミオンは絶対に超絶不機嫌になるから。

 

 「そして【カオス・ソルジャー -開闢の使者-】で【神聖魔導王 エンディミオン】に攻撃! 《開闢双破斬》!」

 

 『クッ……!』

 

 【エンディミオン】と【カオス・ソルジャー】の攻撃力の差は、それほど大きくない。だからだろう、エンディミオンはその攻撃に拮抗していた。しかし僅かな差とはいえ確かな差、やがてエンディミオンも破壊される。

 

優 LP1900→1600

 

 「そして【カオス・ソルジャー -開闢の使者-】は、相手モンスターを戦闘破壊した時に続けてもう1度戦闘を行える!」

 

 風通しの良くなった俺のフィールドを見やり、神楽坂は叫ぶように宣言した。勝利を目前としているからだろう、その頬は興奮から紅潮していた。

 

 「拙いぞ! 優のフィールドにはもう使えるカードは無い!」

 

 焦ったような三沢の言葉通り、俺の場にあるのは【魔法都市】と【魔法族の結界】のみ。どちらも攻撃を防げるカードでは無い。

 

 「やっぱりあのデッキに勝つなんて無理だったんスよ!」

 

 「優!」

 

 翔と隼人も焦燥の面持ちで悲嘆するがしかし、1人だけ呑気な奴もいた。

 

 「いや、大丈夫だと思うぞ?」

 

 十代である。奴は心配するどころか、至って冷静だった。

 

 「十代、どういうことだ?」

 

 「だって優、余裕そうな顔してるしさ。それにあれだけ手札があれば、多分……」

 

 十代、お前の読みは正しい。俺はそれを肯定するようにニッと笑ってみせた。

 

 「解ってるじゃないか。さぁ、神楽坂。来るなら来い」

 

 攻撃を誘うように両腕を広げてみせると、神楽坂は僅かに怯んだ。しかしすぐに自分の優位を思い出したのか、キッとこちらを睨み付けてくる。

 

 「……ならば食らうがいい! 【カオス・ソルジャー -開闢の使者-】でダイレクトアタック! 《時空突刃・開闢双破斬》!」

 

 【カオス・ソルジャー】の長剣が迫ってくるが、俺は少しも困っちゃいなかった。何故なら、俺には心強い相棒がいるのだから。

 

 からーーーーーん

 

 「手札の【バトルフェーダー】の効果発動。相手のダイレクトアタック宣言時、このカードを特殊召喚することでそれを無効とし、バトルフェイズを終了させる」

 

 「な!?」

 

 「お前の【天よりの宝札】のおかげだ。ありがとな」

 

 くすりと笑いながら皮肉ってみると、場のフェーダーも嬉しそうにからからと鐘を鳴らす。見守っていたみんなもホッと一息吐いていた。尤も、十代はやっぱりと言いたげだったが。

 

 「やっぱりいるよなぁ、【バトルフェーダー】。あいつ、ああいう場面では大抵握ってるぜ」

 

 おい、お前にだけは言われたくないぞ、このチートドロー。

 しかしただ1人、神楽坂だけは悔しげに呻いていたが。

 

 「くっ!」

 

 だが、バトルフェイズそのものが終了してしまってはどうにもなるまい。神楽坂は渋い顔で最後に残った手札を発動させる。

 

 「【光と闇の洗礼】を発動! フィールド上の【ブラック・マジシャン】を生贄に捧げ、デッキから【混沌の黒魔術師】を特殊召喚する!」

 

 その魔法の発動と共にマハードは混沌の渦に巻き込まれてしまう。そして次の瞬間には、その混沌をそのまま纏った最上級魔術師がそこにいた。

 それにしても、最後の手札は【光と闇の洗礼】……ふぅん。

 

 「神楽坂、失敗したと思ってるだろ?」

 

 神楽坂は答えなかったが、その答えは奴の表情が雄弁に語っていた。

 

 「お前は【カオス・ソルジャー】で勝負を決めるつもりでいたから、【光と闇の洗礼】を使わなかった。でも、使っておくべきだったな。【混沌の黒魔術師】で戦闘破壊しておけば、【エンディミオン】を除外出来たのに」

 

 そうしなかったお陰で、俺は次のターンにまた【エンディミオン】を呼べる。詰めが甘かったな。

 

 「だが、俺の場には最強の魔術師と最強の戦士がいる!」

 

 【ブレイカー】もいるのですが。俺の【ブレイカー】も。いや、いいんだけどさ。

 最強の魔術師と最強の戦士、確かにそうだろう。しかし神楽坂のそれは俺へではなく、自分に言い聞かせているかのような響きがあった。

 

 「それはどうかな? 最強の魔術師と最強の戦士がいても、それがイコール勝利では無いぜ」

 

 「……ターンエンドだ! そしてこのエンドフェイズ、【混沌の黒魔術師】の効果発動! こいつの特殊召喚に成功したターンのエンドフェイズ、墓地の魔法カードを1枚手札に加えることが出来る! 俺は【天よりの宝札】を手札に加える!」

 

神楽坂 LP2950 手札1枚

 モンスター (攻撃)【カオス・ソルジャー -開闢の使者-】

        (攻撃)【混沌の黒魔術師】

        (守備)【魔導戦士 ブレイカー】

 魔法・罠 1枚

 

 【天よりの宝札】を手札に加えたか……次のターンに手札を補充する手段を用意したってわけだ。

 

 「俺のターン、ドロー」

 

優 LP1600 手札6枚

 モンスター (守備)【バトルフェーダ-】

 魔法・罠 (フィールド)【魔法都市エンディミオン】 カウンター15→14→16

       (永続魔法)【魔法族の結界】 1→4

       伏せ 無し

 

 尤もそれも、あいつに次のターンが来るのなら、だけれど。既にキーカードは俺の手に揃っている。

 

 「神楽坂、宣言してやるよ。俺はこのターンでお前に勝つ」

 

 「このデッキに勝つだって? この期に及んで、まだ本気で言ってるのか!?」

 

 「違うな。俺はそのデッキに勝つんじゃない。お前に勝つんだ」

 

 さて、行くか。有言実行だ。

 

 「まずは墓地の【エンディミオン】の効果。【魔法都市】のカウンターを6個取り除き、特殊召喚」

 

 『フン!』

 

魔力カウンター 【魔法都市エンディミオン】 16→10

 

 「そして特殊召喚に成功したことで、墓地の魔法カード【代償の宝札】を手札に加える」

 

 「来るか!?」

 

 おうともさ。

 

 「勿論行くぜ。【エンディミオン】の効果。手札の魔法カードを墓地に送り、フィールド上のカードを1枚破壊する。そのリバースカードを破壊。《パニッシュメント》」

 

 破壊するのは神楽坂の1ターン目から伏せられていたリバースカード。その正体は。

 

 「く……【ミラーフォース】が……」

 

 つくづく仕事をしない【ミラフォ】だった。

 なるほど。あのカードはずっと伏せられていたが、俺の場にはさっきまで【ディフェンダー】がいた。それで発動しなかったんだな。発動しても破壊を防がれれば意味無いし。

 

 「墓地に送った【代償の宝札】の効果で2枚ドロー。そして【魔法族の結界】の効果発動。このカードと俺の場の【エンディミオン】を墓地に送り、【結界】に乗っていたカウンター分、4枚のドローだ」

 

 これで俺の手札は12枚。豊富に過ぎる手札だが、俺にとって重要なのはそこじゃない。

 

 「デュエルにおいて手札とは可能性だ。だが、今俺が【結界】の効果を使ったのはそのためじゃない。【エンディミオン】を墓地に送るためさ」

 

 「まさか……!」

 

 「【エンディミオン】は【魔法都市】にカウンターがある限り、何度でも蘇る。来い、【エンディミオン】」

 

魔力カウンター 【魔法都市エンディミオン】 10→4

 

 「【エンディミオン】の特殊召喚に成功したことで、墓地から【ヒュグロの魔導書】を手札に加える。そしてまた【エンディミオン】の効果発動。手札のマジックカード、【マジックブラスト】を墓地に送ることでカードを1枚破壊する。【ブレイカー】を破壊。《パニッシュメント》」

 

 「な……【ブレイカー】を破壊するだと!?」

 

 そう言っている。ごめんな【ブレイカー】。俺ってばお前を【千本ナイフ】で破壊したり、【狂戦士の魂】で指定したり、【エンディミオン】で破壊したり……お前って最近、碌な目に遭ってないよね……。

 しかし俺が破壊したモンスターが【ブレイカー】であったことは、神楽坂には意外だったようだ。

 

 「【カオス・ソルジャー】でも【混沌の黒魔術師】でもなく、【ブレイカー】を破壊するだと? どういうつもりだ!」

 

 「まぁ確かに、破壊しなくても勝てたけどな」

 

 「何!?」

 

 事実である。それをこれから見せてやるよ。

 

 「それでも破壊したのは、お前に教えてやりたいからさ……盗人に我が物顔で使われたそのデッキの怒りをな」

 

 さぁ、見てみろ。

 

 「【死者蘇生】を発動。墓地からモンスター1体を蘇生する。俺が蘇生するのは、お前の墓地にいる【ブラック・マジシャン・ガール】」

 

 再びポンという軽快な音と共にコミカルな動きで場に飛び出して来るマナ。お久しぶり。

 

 『あれ、今度はこっち?』

 

 うん、そうだよ。よろしくね。

 

 「あぁっ! 優君が【ブラマジガール】をッ! 僕も使いたいぃぃぃ!!」

 

 ……背後から聞こえてくる翔の魂の叫びは完全にスルーさせてもらおう。

 

 「【ブラック・マジシャン】がお前の墓地に1体いるため、【ブラック・マジシャン・ガール】の攻撃力は300ポイントアップする」

 

【ブラック・マジシャン・ガール】 攻撃力2000→2300

 

 マハードの魂は【混沌の黒魔術師】としてフィールドに残っているが、【ブラック・マジシャン】というカード自体は【光と闇の洗礼】によって墓地に送られている。おかげでマナの攻撃力が地味に上がった。

 

「さらにマジックカード、【奇跡のマジック・ゲート】を発動。俺の場に魔法使い族モンスターが2体以上いる時、相手モンスター1体のコントロールを得る」

 

【奇跡のマジック・ゲート】

通常魔法

自分フィールド上に魔法使い族モンスターが2体以上表側表示で存在する場合に発動する事ができる。

相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択してコントロールを得る。

 

 そして【混沌の黒魔術師】……マハードに視線を向けると、彼は小さく頷いた。

 

 「俺は【混沌の黒魔術師】のコントロールを得る」

 

 俺とマハードの前に現れる対の光の門。マハード側のそこから伸びたマジックハンドがマハードを掴み、中へと引きずり込む……はずなのだが。むしろ彼は掴まれる前に自らそこへと飛び込んで行った。神楽坂より俺の方がいいらしい。光栄……いや、むしろ当然か。

 さぁ来い、マハード。

 

 『ハッ!』

 

 俺の前の門から現れたマハードがカッコイイ決めポーズを取る。マナはそれをキラキラとした眼差しで見ていた。エンディミオンは苦虫を噛み潰した上で青汁を飲んだような顔になっていたが。

 

 「な……だ、だが! 攻撃力は【カオス・ソルジャー】の方が……上……」

 

 神楽坂は自らを鼓舞しようとしたようだが、その言葉はすぐに尻すぼみになっていった。思い出したのだろう。俺がこのターン、【エンディミオン】を2度目に特殊召喚した時に墓地からサルベージしたカードを。

 

 「【ヒュグロの魔導書】を発動。【エンディミオン】の攻撃力を1000上げる」

 

【神聖魔導王 エンディミオン】 攻撃力2700→3700

 

 『だから、何故我に魔導書を使うのかと……』

 

 ちょっとした意地悪です。だって【収縮】で【カオス・ソルジャー】の攻撃力を下げても良かったのに、わざわざ【ヒュグロ】を使ったのはその為だし。

 それに、マナとマハードにもケジメを付けさせてあげたいじゃんか。そこにはお前だって異存は無いだろ?

 

 「そんな……まさか……」

 

 一方で神楽坂は呆然としていた。

 そりゃそうだろう。【カオス・ソルジャー】の攻撃力は抜かれた。伏せカードはもう無い。残り1枚の手札は【天よりの宝札】。【超電磁タートル】でも墓地に落ちていればまだ可能性は残ってたかもしれないけど、あの様子じゃそれも無さそうだ。

 完全に詰みである。

 

 「言ったはずだぜ。このターンで俺は勝つと」

 

 これで決まりだ。

 

 「【エンディミオン】で【カオス・ソルジャー -開闢の使者-】を攻撃。《ロード・コンヴィクト》」

 

 先ほどは【カオス・ソルジャー】に戦闘破壊された【エンディミオン】。しかし今はその真逆だった。

 

 「く!」

 

神楽坂 LP2950→2250

 

 【エンディミオン】の魔力は【カオス・ソルジャー】を飲み込み、その余波が神楽坂を襲う。【ヒュグロ】の効果による魔導書のサーチは、必要無いな。

 そして、これでフィニッシュだ。

 

 「【ブラック・マジシャン・ガール】」

 

 呼びかけると、マナは嬉しそうに頷いた。

 

 「【混沌の黒魔術師】」

 

 反対にマハードは、真っ直ぐ神楽坂を見据えて杖を構える。

 

 「これで神楽坂への壁となるモノは最早何も無い。お前たちでケリをつけてやれ。ダイレクトアタック……」

 

 マハードとマナは互いの杖をクロスさせ、共に魔力を高め合っていく。

 

 『行くぞ!』

 

 『ハイ、お師匠サマ!』

 

 あぁ、この状況ならああ言うしかないよね。

 

 「《黒・魔・導・連・弾(ブラックツインバースト)》!」

 

 2体の魔術師による魔法攻撃は神楽坂へと容赦なく叩きつけられ、そのま飲み込まれていった。

 

 「う……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

神楽坂 LP2250→0

 

 デュエルは終わった。俺の勝利という形で。

 

 「やれやれ……」

 

 ポツリと小さく呟くと、その声が聞こえたらしい精霊たちが苦笑した。しかしデュエルは既に終了しているため、そのソリッドビジョンはすぐに闇夜に解けるように消えて行く。俺には精霊体で見え続けてるけど、他の人間にはもう十代ぐらいにしか見えなくなっているはずだ。

 

 「優!」

 

 そしてその十代を筆頭に、デュエルを見守っていた友人たちは駆け寄ってきた。

 

 「優君……お兄さんだけじゃなくて、決闘王のデッキにも勝っちゃうなんて……」

 

 「いや、だからさぁ、翔」

 

 目を見開いている翔だが、勘違いさせるわけにはいかない。

 

 「決闘王のデッキでも、使い手は決闘王じゃないんだって。もしもあれが武藤遊戯本人だったら俺は多分、まだ勝てない」

 

 というか、実際に冬休みに負けてるし。

 いや、デュエル中には本気で心配・応援してくれていて、勝った後にはこうして喜んでくれるみんなの存在はありがたいが、今は神楽坂の方が問題だ。

 

 「神楽坂」

 

 さっきまで対戦していた相手に視線を戻すと、彼は地に膝を付けてへたり込んでいた。

 

 「そんな……決闘王のデッキを使っても勝てないなんて……やっぱり俺には、デュエルの才能が無いのか……」

 

 「……才能なんて、問題じゃないだろ」

 

 歩み寄ってそう声を掛けると、神楽坂は緩慢な所作で顔を上げた。

 

 「才能が無くたって、努力や根性や運で上り詰めるデュエリストだって世の中にはいるんだ……神楽坂、解ってるはずだろ。お前はここの所、根を詰め過ぎなんだよ。疲れてるんだ」

 

 「上野……」

 

 「少し息抜きしてさ、ちゃんと自分を見詰め直してみろよ。お前は少なくとも、あの遊戯さんのデッキをそれなりに使えたんだ。才能が無いなんてことは無いと思うぜ」

 

 「その通りだ」

 

 …………うん?

 

 「カイザー? 明日香も」

 

 背後からいきなり聞き覚えのある声がしたかと思うと、そこにはカイザーと明日香が……こんな事って前にもあったような気がするぞ。

 

 「神楽坂、お前のデュエル、見させてもらったぞ」

 

 「またかよ」

 

 だから、どうしてあんた達は事が済んでからそうやって出て来るのか。

 

 「とはいえ、それは俺たちだけでは無いがな」

 

 「え?」

 

 どういうことだ?

 ついと逸らされたカイザーの視線の先を辿ると、そこには無数の人影があった。何だ、あの人の山は。

 

 「明日が待ちきれずにデッキの展示会場へ行ってみたら、クロノス教諭が騒いでいたのでな。こうして探しに来た……彼らもそうだ」

 

 考えることは皆同じってことか。

 それにしてもクロノス先生ェ……あんた、事を大きくしたくないんじゃなかったのかよ。

 いつもは神楽坂をコピーデッキの使い手だと言って貶す奴らばかりだが、今回は様子が違った。彼らから起こったのは歓声と拍手。決闘王のデッキを用いてのデュエルに魅せられたらしかった。

 

 「これなら……大したお咎めも無くて済むかもね」

 

 本来なられっきとした窃盗なのだが、この空気を利用すれば厳罰は免れるだろう。

 

 「神楽坂」

 

 これまでは決して受けることが無かった好意的な空気に驚いている神楽坂に、俺は声を掛けた。

 

 「昼に三沢に聞いたんだ。三沢は小原と大原に聞いたらしいけど。お前、展示会の整理券、とっくに手に入れてたらしいじゃん」

 

 彼ら曰く、神楽坂はかなり早い時間に購買に赴いていて、整理券は間違いなく手に入れていたはずらしい。それなのにあのギリギリの時間帯に最後の1枚を争っていたのは可笑しい、と。

 

 「整理券を複数手に入れて、どうするつもりだったんだ?」

 

 しゃがみ込んで視線を合わせながら問いかけると、神楽坂はバツが悪そうな顔をした。

 

 「…………お前が、バイトで購買に来られないだろうと……良かれと思って……」

 

 あぁうん、やっぱり。

 

 「三沢にその話を聞いた時、今朝のお前の様子を思い出してさ。そんな気はしてた……ごめん。俺、無神経な事言ってたよな」

 

 俺の方も良かれと思っての発言だったんだが、今思うと傷口に塩を塗り込むようなものでしかなかったような気がする。

 

 「俺はさ、デッキ泥棒もカード泥棒も大嫌いだ……でも、お前のことは嫌いじゃない」

 

 それにさっきも考えたが、今回のこの事件はこちらにも非があるのだ。相手の出方を探るためと、警備をザルにし過ぎた。『武藤遊戯のデッキ』というお宝が放つ誘惑を甘く見ていたのだ。いや、警備方針に関しては俺、関わってないけど。一応は同じ陣営ってことで。

 ……しかし実際に窃盗事件が起こり、その上こうして広く知れ渡ってしまったとなると、警備を強化せざるを得ないだろうな。それこそ、蟻の這い出る隙間も無いぐらいに。そうでないと、誘っているのがバレる。社長、あんたの思惑は始まる前に潰れちまったみたいだよ。

 いや、今はそれより神楽坂だ。

 

 「だから、またデュエルしようぜ。今度は盗んだデッキじゃない、お前のデッキでさ」

 

 罪を憎んで人を憎まず。なるほど、こういう事なのか。遊戯さんはいつもそんな感じだったけど、その度にこんな思いでいたのだろうか。

 

 「あ、ずりぃぞ、優! 神楽坂、俺ともデュエルしてくれよな!」

 

 「上野……遊城……」

 

 十代に〆を取られてしまったけれど、ま、いっか。

 

 

 

 翌日、デッキの展示会は予定通りに開催された。予定通りでは無かったのは、俺の予想通りに警備が大幅に強化されたことだった。

 結果、展示会は恙なく日程を終える。しかし理事長の真意を探るという本来の目的が果たせなかった社長はその後かなり不機嫌であった、と遊戯さんが苦笑と共に教えてくれた。テレビ電話で。

 

 こうして、裏で陰謀めいた事情が渦巻いていた武藤遊戯のデッキ特別展示会はある意味では平和の内に終わった。アカデミアにはその後、本物のデッキに代わってレプリカデッキが展示され続けている。

 ちなみに、俺が提出していたカードたちも無事に返却されましたよ。

 

 にしても、理事長は絶対に何か企んでたと思うんだけどね……俺なんてなまじ原作知識があるもんだから余計にそう思う。

 果たして今後、一体どうなるのだろうか?

 




<今日の最強カード>

優「今日のデュエルに勝ったのか俺だけど、最強カードはやっぱりコイツだよね」

【カオス・ソルジャー -開闢の使者-】

優「OCGでの登場当時はその緩い召喚条件とカードパワーで環境を席巻したんだよね。そして禁止カード行き。でも【混沌帝龍】とは違ってエラッタされずに制限復帰したから、それを考えればまだマシな方なんじゃないかな?」

王『確かに、攻め手にはありがたいカードであろうな』

優「そうだね。でもコイツ自身には耐性とかって無いから、除去するのは難しくないんだよね。それこそエンディミオンの効果でOKだし」

王『当然だ。そういえば、主はこやつの下位互換とも言える【カオス・ソーサラー】を持っているな』

優「うん。まぁ【カオス・ソルジャー】は戦士族だし、特別欲しいわけでは無いから、別にいいんだけどね」

王『しかし……遊戯はこのカードを使っていたか?』

優「それは言わないお約束だよ。確かに遊戯さんは原作じゃあ儀式の方の【カオス・ソルジャー】しか使ってないけどさ。でもGXで遊戯さんのデッキと明言されていたデッキに入ってたんだから、使ってたんでしょ。大人の事情で原作に出てなかっただけだよ。多分。きっと」

王『まぁ、そういうことにしておいてやるか……しかし、もうマハードとの共闘は御免被りたいものだ』

優「はいはい、僻みは程々にね」

王『そもそも、主がもっと有名になって我を使えば良いのだ。そうすればあ奴に大きな顔はさせておかぬものを』

優「マハードは大きな顔なんてしてないだろ。被害妄想は止めろって。みみっちいぞ」

王『とうとうアカデミアで商売を始めた主に言われたくは無いが』

優「商売してるのはトメさんだい。俺はただ、糠漬けを提供してるだけだ。あれだね。5D´sのカップラーメン推しに肖っての糠漬け推しだね。胃袋を制する者は世界を制するんだよ……さて、では読者のみなさん。次々回でまたお会いしましょう」

王『次回ではないのか』

優「次回は幕間で、理事長サイドのあれこれを軽くやるってさ。本当はこの話のラストに入れようと思ってたらしいけど、既に過去最長の話になってるからね。自粛だってさ」

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