遊戯王GX お隣さんに縁がある   作:深山 雅

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色々とご注意ください。


第16話 ボールと狂戦士

 

 冬休みが終わった。言葉で表せば一言で済むのだが、ふと思い返してみればとてつもなく濃い長期休暇だったのではなかろうか。

 

 今生初のバイトをしたり。

 シンクロ召喚のテストプレイに付きあったり。

 精霊世界に拉致られたり。

 他力本願鰻に世界の危機を何とかしてくれと他力本願されたり。

 よく解らない力の欠片を貰ったり。

 シグナー竜の所持者になったり。

 アカデミアのオーナーと理事長の裏の駆け引きに巻き込まれたり。

 遊戯さんとデュエルしたり。

 魔力の扱いや異空間移動の修行をしたり。

 城之内さんとデュエルしたり。

 うっかり飲酒してしまって暴れかけたり。

 銀行強盗に巻き込まれたり。

 人質になったり。

 ライディングデュエル・アクセラレーションしたり。

 銀行口座を作ったり。

 ライディングデュエルの提唱者にされかけたり。

 

 あれ? 可笑しいな、俺はただこの冬休みの間に起きたことを並べてみただけなのに……何だこれ。たった1回の冬休みの間に起こった出来事としては多すぎる気がする。あぁもう、冬休みなんて来年や再来年もあるんだから、何回かに分けて来てくれればいいのに。

 でもそうは言っても、この内いくつかはよくある事か。それに、騒動って起きる時には一気に起きるっていうし。これまでが比較的平穏だったから、その反動が来たのかも。

 

 童実野埠頭から出航したアカデミア島行きの定期便の中、俺は1人納得していた。

 

 「おい、上野。お前大丈夫だったのか?」

 

 どうやら俺が銀行強盗に人質にされたのはニュースで全国のお茶の間に流れていたらしく、船に乗ってからかなりの頻度でそんなことを言われている。その度に愛想笑いと共に受け流しているが、段々鬱陶しくなってきた。いや、心配してくれてるのは解るから、それはありがたいんだけどね。それとこれとは別っていうか。

 

 「あぁ、この通りピンピンしてるよ」

 

 「そうか。ならいーけどよ」

 

 そんな会話を繰り返す。

 あぁもう、早くアカデミアに着け……着いたら着いたで、レッド寮に顔を出さなきゃいけないけど。

 あの日強盗事件の後で携帯を見てみたら(運悪く武藤家に忘れていた)、十代からのメールや不在着信がとんでもないことになっていた。気付いて掛け直した時にはもう、凄い剣幕だったよ。取り合えず無事を伝え、アカデミアに戻ってから詳細を説明すると約束した。

 ちなみにアカデミア生の内、携帯番号を知ってるのは件の十代だけだ。だって、普段ならPDAの番号を交換すれば事足りるから。しかもPDAはアカデミアの備品扱いなため、学校行事以外での島外への持ち出しは禁止されてたりする。一応、校則ではね。

 十代の場合は、ホラ、アカデミア入学以前から携帯番号知ってるんだよ。

 

 なお、俺が強盗の人質とされたことは当然、両親にも伝えられた。しかし両親は。

 

 『あ、遊戯君も一緒にいたの? じゃあ大丈夫ね』

 

 と言ってそれほど心配しなかったらしい。何だ、この遊戯さんへの謎の信頼感は。そしてさり気なく図太いね、父さん、母さん。

 

 

 

 アカデミアは流石は活火山を擁する島なだけあって、本土と比較すれば極めて温暖な気候だった。あくまでも本土との比較であって、全く寒くないというわけでは無いが。

 島に着くとまずイエロー寮の自室に荷物を置き、レッド寮に向かう……前に、保健も兼任している鮎川先生に呼び出された。強盗事件に巻き込まれた俺のメンタル面が心配だったらしい。どこまで広まってるんだ、この話。

 鮎川先生との面談も終えて漸くレッド寮に着く。その足で十代たちの部屋に向かってノックすると、その少し立てつけの悪いドアが思いっきり開け放たれた。

 

 「いっ!?」

 

 「優! 本当に大丈夫だったのか!?」

 

 ……うん。

 

 「『今が』大丈夫じゃねぇよ、もっと静かにドア開けろよ」

 

 「わ、悪ぃ」

 

 開け放たれたドアという奇襲を受け、俺は思いっきり顔面を打ちつけた。なので両手で目の前の幼馴染の襟を掴んで締め上げつつ訴えると、即座に謝罪が返ってきた。うん、許す。

 

 「優、本当に大丈夫だったんだな?」

 

 俺が十代の襟から手を離すとほぼ同時、背後にいた隼人が尋ねてきた。

 

 「この通り、ピンピンしてるよ」

 

 右腕で力瘤を作る仕草を見せて『元気』をアピールすると、室内にいた3人はホッと息を吐いていた。うん、やっぱり親しい人間が心配していたであろう様子を見ると、少し胸が痛む。

 なのでより安心させようと、俺は室内に入って後ろ手でドアを閉めると軽く笑う。

 

 「まぁ、たった4人のただの銀行強盗団ぐらいどうとでもなったし……」

 

 「「「は?」」」

 

 「あ、いや、俺と一緒に人質にされてたのが現職の警官でさ。他の人質がいなければ遠慮はいらないって感じで、こう、ボコボコにしてたよ」

 

 危ない危ない、うっかり真実を話す所だった。

 実際には牛尾さんがボコったのは1人だけで、他の3人は俺がリアルファイトとデュエルとバイク事故でボコッた……なんて、流石に言えない。だって詳細を伏せて起こった事だけを言葉にすると、まるで俺が化け物みたいじゃないか。

 俺の説明で納得してくれたのか、3人は顔を見合わせて頷いた。そうだよー、やったのは現職の警官なんだよー、俺はただの巻き込まれただけのか弱い一般市民ってことになってるんだよー。

 

 「そういえばお前、どうして童実野町の銀行にいたんだ?」

 

 ひとまず強盗事件の話には納得したからか、十代はそんなことを言い出した。

 

 「この冬休みは用事があるって言ってたろ?」

 

 あぁ、うん。そのことか。

 

 「その用事のために童実野町に行ってたんだよ。バイトをしにね」

 

 バイトという単語に、3人は揃って目をパチクリとさせていた。お前ら、考えもしなかったのか。実は金持ちなんだろ……って、十代の家は普通に裕福だし、翔はカイザーと兄弟揃ってこの学費の高いアカデミアに入学できるぐらいだし、隼人の実家なんて造り酒屋だっけ。財閥レベルとまでは行かなくても、そりゃあ金持ちだよな。

 しかし他所は他所だ、僻むようなことでも無い。なので俺はただ少し、肩を竦めた。

 

 「冬休みの間、ずっとバイトしてたんだよ。そのバイト先が童実野町だったんだ」

 

 『亀』でバイトできたのは短期間だったけど、KCでも一応バイト扱いだったみたいだし、間違ってはいないはず。

 

 「で、そろそろ冬休みが終わってバイトも終了となるから給料を出すって言われてさ。でも振込でしかダメだってことで、口座作りに銀行に行った。そしたら銀行強盗と遭遇ってわけ」

 

 「は~、バイトな~。何をやったんだ?」

 

 何って……うーん……テストプレイに関しては秘するべきだろうなぁ。一応極秘機密だし。

 そうなると、だ。

 

 「接客業。それと、下宿先での家事全般」

 

 KCでのことは言わず、『亀』であったことだけ答えた。武藤家に住み込みしてたのを下宿というのは意味合い的に少し違う気もするけど、他に上手く表現出来る適当な言葉も思い付かない。なのでこう通そう。

 

 「え、優君って家事出来るんスか?」

 

 おい、翔。何だよその驚きの眼差しは。

 

 「一通りは出来るぞ。昔からやってたし。『卒業後には正式に働かないか』って家政夫にスカウトされたぐらいの腕前だ」

 

 断りはしたが、己の能力が認められるというのは嬉しくないわけじゃない。なので胸を張って自慢したのだが、誰も讃えてはくれなかった。それどころか。

 

 「優君……君って何を目指してるんスか?」

 

 もの凄く微妙な視線に晒された。なにゆえ。

 

 「デュエリストを目指してるに決まってるだろ? ちょっと家事……特に料理が得意なだけだ」

 

 「優は料理上手ぇぞ。エビフライも作れるしな!」

 

 少しムッとして言い返すと、十代も笑顔で援護射撃してきたが……うん。

 

 「エビフライが作れるようになったのは、お前が煩く強請ったからだけどな」

 

 「へ? そうだったか?」

 

 「そうだ」

 

 俺は忘れないぞ、あの時の苦労を。流石に揚げ物なんてそれまでやったことなかったから(だって当時は小学校低学年)、かなり大変だったんだ。

 なので思わずジトっとした目で十代を見てしまうが、当の本人はどこ吹く風だった。この野郎。

 

 「ま、優も災難だったな。でもよ、俺たちも大変だったんだぜ?」

 

 大変だった、と言うわりには些か興奮している様子の十代に首を傾げる。同時に、いきなりげんなりとしだした翔にも疑問を抱く。

 

 「俺さ、デュエルモンスターズの精霊とデュエルしたんだぜ!」

 

 「……あ」

 

 そうだ、それもあったんだ。あ~、色々とありすぎてそんな事は忘れてた。だってサイコ・ショッカーとのデュエルよりも、遊戯さんや城之内さんとのデュエル、それにライディングデュエルの方が鮮烈だったんだよ。

 

 でも思い出したら腹が立ってきた。そうだよ、そのせいで精霊世界のちびっちゃい精霊たちは被害を被っていたんだ……でも、精霊世界云々なんて説明をするわけにもいかないよね……。

 

 よし、別の方向でお仕置きしよう。

 

 デュエルの顛末を事細かに教えてくれる十代を見つつ、俺はそう決心した。

 

 「そっか。そりゃあ大変だったな」

 

 「おう! でもあれはあれでワクワクしたぜ!」

 

 まぁ、ある意味では最高峰のスリルを味わえただろうさ。

 

 「にしても、お互いとんだ冬休みになっちまったみたいだな」

 

 「そうみたいだね……ところで十代」

 

 よーし、いいことを思い付いた。

 

 「新学期に入ってすぐの授業がさ、体育なんだ」

 

 「へ? そうなのか?」

 

 「そうなんだよ。時間割、ちゃんと確認しときなって……で、だ。さっき鮎川先生に聞いたんだけど、その授業ではペアを組まなきゃならないらしいんだ。俺と組んでくれないか?」

 

 事実である。さっき会った時に聞きました。というか、俺の場合は事前にペアを作っておいた方がいいと判断されたらしい。主に相手のために。時間を掛けて覚悟を決めさせるつもりのようだ。

 しかしそんな裏事情など知る由も無い十代は、笑って快諾した。

 

 「おう! いいぜ!」

 

 よし。

 

 「ありがとう十代。その言葉、忘れるなよ?」

 

 俺は十代の手をガッシリと握りしめ、満面の笑顔で言質を取った。

 

 「えー! アニキ、僕は!?」

 

 俺たちの取決めに翔が膨れるが、残念だったな。

 

 「翔、これは早い者勝ちだぜ?」

 

 フッと勝者の笑みを作ってみると、翔はますます膨れた。すかさず十代がフォローを入れる。

 

 「あー、悪いな翔」

 

 お前、兄貴分が大分板に付いて来たよね。

 

 「……あれ? でも確か……」

 

 そんな俺たちを我関せずといった様子で見守っていた隼人が何かを思い出しつつ口を開いた。

 

 「優、その体育の授業内容は聞いたんだな?」

 

 「勿論」

 

 「去年の今頃、体育はバレーボールだったはずなんだな。今年もそうなのかなぁ?」

 

 最近ちょっと忘れてたけど、隼人は留年している。なので去年のことを知っていたらしく、そう口にした。バレーボールと聞いた瞬間、十代と翔の表情が固まったのを俺は見た。十代に至っては、体も完全に固まっている。ガッチリと握手……基、逃げられないようにホールドしてあるため、その様子がダイレクトに解った。

 そして俺は、それはそれは華やかな笑顔を作って隼人に向ける。

 

 「いや、違うって言ってたよ」

 

 否定の言葉を聞き、十代はホッと大袈裟なほどに肩の力を抜いて安堵していた。

 うん、バレーボールじゃないんだな、これが。

 

 「複数人でする球技は危険だからって、今年はテニスになったんだって」

 

 何が危険なのかは、推して知るべし。そしてテニスになったのは、人身御供が1人で済むからなんだろう。多分。

 そして告げられた宣告に、一度抜けた十代の肩の力が再び入った。というか、全体的に強張っている。そしてそのまま逃げの一手に打って出た。

 

 「優。俺、体育は翔と組むから……」

 

 「十代? たった今、約束、したよな?」

 

 笑顔のまま一言一言区切って迫ると、十代は言葉に詰まる。しかしそんな十代の横から。

 

 「優君! アニキもこう言ってるし!」

 

 翔が助け舟を出した。十代は半ば泣きそうになりながら翔を見ている。その眼差しは、まるで溺れる者が藁をも掴むかのような感じだった。

 窮地の兄貴分を救い出そうとする翔の顔は、気合と決意で満ち溢れている。しかし、そんな彼は。

 

 「じゃあ翔。それで俺が余ったりしたら、お前と十代と俺の3人で組むか? 先生もきっとそうしろって言うぞ?」

 

 「アニキ、頑張れッス!」

 

 華麗な変わり身と共に、あっさりと兄貴分を売りたくった。

 

 「翔ォォォォォォ!?」

 

 絶望に叩き落とされる十代。お前、失礼だぞ。

 

 「十代。お前は俺とテニスをするんだ」

 

 「嫌だ!」

 

 真っ青な顔で、ブンブンという音がしそうなほど思いっきり首を横に振る十代。つーか遂にハッキリ言いやがったなこの野郎!

 

 「約束、しただろ? お前は。俺とサーブの練習をして、俺とラリーを打ち合うんだ」

 

 「うわああああああああ!!!」

 

 とうとう悲鳴になっちまったな、オイ。いや、まぁ……十代は俺のせいで死にかけたことが2~3回あるしね。

 しかし、どこからも助けは来ない。永遠に来ない。翔は涙を浮かべて殉教者を見る目で十代を見ているし(ただし身代わりになる気は無いようだ)、隼人は呆れている……今の所、隼人は体育に出席してないしね。そして翔でダメなら他の誰かが身代わりを買って出るはずもあるまい。

 

 ふはははは、俺のお仕置きを食らうがいい! 俺自身は特に何かしてるわけじゃないけどな! ノーコンなのはわざとじゃないから! 精々、体育の時までに覚悟を決めておけ!

 

 そしてやって来た運命の体育の日。その日の朝のパック占いで俺は、それはそれは怨念の籠ってそうなカードを引き当てた。それは【マインドクラッシュ】とすら比べ物にならないほどのあまりにも業の深いカードだった。なのでいつものように験担ぎとしてデッキに挿すこともせず、取っておいた……はずだったんだけどねぇ。

 

 体育の授業が始まった時、やはりと言うべきか、十代に救いの手は現れなかった。他の生徒たちは一様に視線を逸らして他人のフリを貫いているし、鮎川先生は申し訳なさそうな顔をしている。丁度手が空いていたのか、ジャッジの助っ人として呼ばれたらしいクロノス先生は不思議そうな顔をしていたが。どうやら彼は俺のノーコンを知らないらしい。

 え、当の十代は素直に授業に参加したのかって? するわけないじゃん、脱兎のごとく逃亡を図ったよ。だから首に縄を括りつけて連行してきた。

 そして今に至る。

 

 「さぁ! どんどん行くぞ!」

 

 「ちょ、待」

 

 「ほら次ィ!」

 

 「ぶっ!」

 

 「あはは、頑張れー!」

 

 「もう勘弁してくれ~~~~!!」

 

 俺と十代でラリーを打ち合う。ちなみに他の生徒たちは俺たちからとても距離を取っている。十代は完全にスケープゴートだった。

 しかし何故『打ち合える』のか? それは俺が秘策を使っているからだ。

 

 周知の事実だろうが、俺はノーコンだ。つまり、狙った所に投げたり当てたりすることが出来ない。

 ならば、狙わなければいい!

 その逆転の発想に至った俺は、あえて十代から狙いを外し、別の場所に着弾するようにテニスボールをラケットで打っている。結果、ボールはその狙いを逸れて見事に十代の方へと飛んで行っていた。

 ただし。

 

 「ちょっと待て! どうしてどれもこれも俺の顔に向かってくるんだよ!」

 

 そうなんだよね。何所を狙って打ってもその狙いは逸れ、十代の顔面ど真ん中をぶち抜こうと飛んで行く。いや、お仕置きとしては丁度いいっちゃ丁度いいんだけどさ……明後日の方向に向けて打ったのに綺麗な弧を描いてそこを突こうとしたボールを見た時、ひょっとしたらこれはこれで俺の特殊技能なんじゃないかとすら思った。

 だが今はとにかく、十代のその心の叫びに真摯に答えよう。

 

 「知らん、そんな事は俺の管轄外だ」

 

 「おいぃぃぃぃぃぃ!」

 

 それにしても、流石は運動神経や反射神経の良い十代だ。紙一重で躱したり、ギリギリで打ち返したりして直撃は防いでいる。凄い。

 今も泣きそうな顔で悲鳴を上げながら打ち返したし。あの打球、150キロは出てるはずなんだが。

 

 「ちょ、タイムタイム!!」

 

 しかしとうとう限界が来たのか、十代は音を上げた。うん、じゃあちょっと中断しようか。

 互いに歩み寄り、ネット越しに向かい合う。

 

 「何?」

 

 「『何?』じゃねぇだろ!? そっちこそ何なんだよ、俺に恨みでもあんのか!?」

 

 「ある」

 

 「へ?」

 

 間髪入れずに断言してやると、十代は虚を突かれていた。俺は構わず続けた。

 

 「恨みがあるから、こうしてお仕置きしてるんだ。お前、心当たりは無いのか?」

 

 「無ぇよ! 俺、何かしたか!?」

 

 あぁ、うん。確かに理由も解らずに責められても困惑するだけだろうね。ならば教えてあげよう。

 

 「……『何かした』んじゃなくて、しなかったのが問題なんだ」

 

 静かに告げると、十代は視線を彷徨わせた。心当たりがあるのか。

 

 「あれか? 冬休みの宿題をやらなかったことか? 始業式をサボったことか? それとも……」

 

 「ほぅ」

 

 心当たりがありすぎるようだ。しかもサボってたのか、始業式。

 しかしそうか、そうだったのか。それは面白いことを聞いた。実際の理由は『サイコ・ショッカーにちゃんとトドメを刺さなかったこと』だったんだけど、それも纏めてお仕置きしておこう。

 でも冬休みの宿題って、小中の時は忘れたこと無かったような気が……あ、俺が宿題をする時、一緒にやらせてたからか。その日のノルマを達成しないとデュエルしないって言ったら、渋々やってたっけ。

 

 「……冬休みの宿題は、今夜徹夜でやろうな?」

 

 「げっ!?」

 

 「大丈夫、俺も手伝うから」

 

 元々量はそれほどじゃないし、一晩あれば何とかなるだろう。つーか、何とかさせる。それでも期限切れではあるが、1日遅れたぐらいなら先生方も誤魔化せるはずだ。宿題はしたけど持ってくるのを忘れました、とか言ってさ。

 でないと後が怖い。特に佐藤先生。

 授業にテコ入れした後に知った事だったけど、あの人、それ以前は既に胃薬の世話になってたらしい。胃に穴が開くかもしれないと心配はしていたが、どうやらあの時点で開きかけていたようだ。繊細過ぎる。

 折角最近は雰囲気とか顔色(体調的な意味で)とかちょっと明るくなって、授業も面白くなってきたのに、また元の木阿弥に戻ったりしたら今度こそノイローゼになりかねない。

 

 徹夜で宿題に取り組むことを想像したのか、『勘弁してくれ』とぼやく十代。勘弁などしない。だってちゃんと冬休み中にやらなかったお前が悪いんじゃないか。俺はちゃんとやったぞ、色々と忙しかったけど。家事やバイトや修行の合間を縫ってやったもんね。

 

 さて。

 

 「話はそれだけか? じゃあタイムは終了な」

 

 俺はそう言って十代に背を向け、テニスコートの端へと足を向ける。どうでもいいが、このテニスコートは俺たちの貸切状態だ。みんな離れ過ぎだろ。そこまで怖がらなくてもいいんじゃなかろうか。

 

 「待てよ!」

 

 しかし十代は慌てた様子で引き止めてきた。うん、どうした?

 

 「せめて顔はやめろって!」

 

 「でもそれ、俺が狙ってるわけじゃないしなぁ」

 

 「下手したら死ぬんだぞ!」

 

 ふむ。

 

 「じゃあ、こうしよう。俺は今まで、十代を狙って打ってはいなかった」

 

 「……どうしてそれで全部顔に向かってくるんだ?」

 

 そのツッコミは綺麗にスルーさせてもらう。

 

 「だから次は、十代を狙って打つ。お前はその脚力を駆使して打球を追い掛けてみるんだ」

 

 どこに飛んで行くのかも定かでは無いのに、無茶苦茶な提案である。しかし十代は一も二も無く頷いた。

 

 「おう、いいぜ!」

 

 どうやら、顔面直撃コースよりはコート中を縦横無尽に駆けずり回る方がマシだと判断したらしい。

 

 しかし俺たちのその判断は悲劇を生んだ。

 

 「クロノス先生!」

 

 「先生!」

 

 「しっかりして下さい!」

 

 説明しよう。俺が打った球は見事にあらぬ方向へと暴走し、クロノス先生の顔面にジャストミートした。結果、クロノス先生は斃れた……失礼、倒れた。そんな先生を心配して、生徒たちは彼を取り囲む。尤も、その生徒たちの海の中にレッド生は殆どいないけど。

 白目を剥いて完全に伸びているクロノス先生だが、その右目の周りにはくっきりと赤黒い痣が出来ている。ボールの当たった跡だ。南無。

 

 その後ボールを当ててしまった俺が責任を持ってクロノス先生を保健室まで運び……俺が悪いとはいえ、もう2度とおっさんを姫抱きになんてしたくない……鮎川先生の応急処置の最中、漸くクロノス先生は意識を取り戻す。

 クロノス先生は大層ご立腹で、いくらわざとではないとはいってもこれに関しては俺が全面的に悪いため、厳罰も覚悟した。あぁ、まさか他人を巻き込んでしまうなんて。

 しかし意外な事にクロノス先生は、深々と頭を下げて謝罪した俺を咎めたりはしなかった。わざとではないなら今後は気を付けるようにと注意するに留め、その上で俺が制球能力を身に付けられるようにとテニス部への体験入部まで勧めてくれた。しかもしかも、そのテニス部の部長(オベリスクブルー3年)に直々に指導するように頼んでくれるらしい。

 決して軽くは無い怪我を負わせてしまったというのに、何という心の広さ。流石は教師。あのレッド生……特に十代……をいびり続けていたクロノス先生だが、やっぱり本質的にはとてもいい先生だった。軽い感動すら覚えるよ。

 

 保健室を出てそんな感動を噛みしめていると、授業が終わったからか友人たちが迎えに来てくれた。ちなみに十代・翔・三沢という顔ぶれである。

 

 「優、どうだった? 何かペナルティはあるのか?」

 

 三沢に聞かれて事の顛末を伝えると、3人は揃ってホッとしていた。

 

 「良かった~。クロノス先生って成績の良い人には優しいから、多分大丈夫だろうとは思ってたッスけど」

 

 ……あ、それはあるかもしれない。だって俺って学年主席。

 

 「でもまぁ、今日の放課後はテニス部でしごかれることになるけどね」

 

 俺が肩を竦めてそう言うと、十代は顔を輝かせた。

 

 「じゃあ、今夜は徹夜で宿題なんて出来ねぇよな!」

 

 「安心しろ。俺は例え疲労困憊で睡魔に襲われようと、全身筋肉痛で苦しかろうと、お前のことをいつまでもちゃんと最後まで見守っている」

 

 十代的には全く安心できない宣告だったのだろう、見る間にしょげ返った。

 

 さて、テニス部部長とやらは俺のノーコンを何とかしてくれるのかな?

 

 

 

 

 結論から言おう。無理でした。

 経緯? それはこうだよ。

 

 「よーし、行くぞ!」

 

 「ぶっ!?」

 

 「あれ? じゃあ次!」

 

 「あべしっ!?」

 

 「可笑しいな……もっとこう、手首のスナップを効かせて……」

 

 「グハァ!!」

 

 こんなことを幾度となく繰り返した。しかしダメだったのだ。

 

 テニス部の部長は、綾小路ミツルという名の爽やかな青年だった。熱血タイプだったので少し暑苦しくも感じたが、指導してくれている先輩だ。相応の敬意は払ったつもりである。

 先輩も先輩で、『僕が君のノーコンを治してあげよう!』と言ってくれたし……なんて良い人なんだと心底感動する。

 今まで俺のノーコンを知って、そんなことを言って真摯に向き合ってくれた人はあまりにも少なかった。かつて幼い頃、あの遊戯さんですら有無を言わさぬ笑顔で俺に球技をすることを禁じたほどだ。あの時の遊戯さんはマジで怖かった。

 

 だが、そんな先輩を以てしても俺のノーコンを矯正することは出来なかった。しかもその結果、俺の打球を浴び続けた彼は部活が始まって暫くした頃には見るも無残な姿になっていた。先輩御自ら相手役を買って出てくれたというのに、申し訳ない。南無。

 

 「やっぱりなぁ……こうなるとは思ってたぜ」

 

 コートの横で見学していた十代が肩を竦めた。そんな十代を、その隣にいる翔は説明を求める目で見上げた。

 

 「昔もいたんだぜ、あいつのノーコンを治そうとした先生。でもダメでよ……最後には救急車で運ばれたんだよな。それ以来、体育で球技をやる時は優が見学を申し出ても一言も文句を言わなくなった」

 

 今明かされる衝撃の真実に、翔はブルリと身震いしていた。

 ちなみにあいつらはプロテクターとヘルメットで完全防御の上に、万一の時は打ち返すのだとラケットを手に持って構えている。見学してる理由は『優の相手役を務める奴が心配だから』らしい。尤も、その相手役の先輩の暑苦しさと熱血っぷりに、助けに入る気は無くしたようだけど。

 あ、その先輩は今、倒れてる。体力と気力の限界が来たみたいでさ。

 そんな状況の中、凛とした声が響く。

 

 「ここにいたのね」

 

 いつも通りにジュンコとももえを左右に引き連れつつ、明日香が現れた。

 

 「明日香。どうかしたのか?」

 

 すぐ傍にいる十代が尤もな質問をすると、明日香は十代を見、次いで俺を見た。その視線が『こっちに来い』と言っている。うん、先輩もダウンしてるみたいだし、今なら大丈夫かな。

 

 「どうかしたか?」

 

 駆け寄って十代と同じ問いを投げると、明日香は口を開く。

 

 「さっき、大徳寺先生に聞いたの。それをあなたたちにも伝えておこうと思って……万丈目君の姿が目撃されたそうよ」

 

 「「「!?」」」

 

 俺たち男子3人は瞠目した。

 

 「それってど」

 

 「待てィ!!」

 

 それってどこで、と聞こうとしたその時、背後から鋭い声が飛んできた。何所となくくぐもってもいたけど。

 全員揃って振り返ると、先輩がさながら幽鬼のようにゆらりと立ち上がる所だった。

 

 「「ヒッ!」」

 

 そんな彼を認識した途端、ジュンコとももえが抱き合って息を飲む。彼女たちは完全に怯えていた。

 

 「先輩、起きた? 本当にごめんな、大丈夫か? 保健室に行くか?」

 

 俺は怯えは欠片も無いが、罪悪感はかなりある。

 だって先輩、リアルお岩さん(男Ver)になってるんだよ。俺の打ったボールに当たりまくって。だから言葉を発するのすら辛そうだし。

 しかし先輩は、俺の言葉なんて聞いちゃいなかった。

 

 「君たちは一体、明日香君とどういう関係なんだ!?」

 

 「いや、それより保健室……」

 

 「明日香君! こんな風には言いたくないが、ブルーへの昇格を断り続ける変人やオシリスレッドの生徒とでは、オベリスクの妖精のような君とは釣り合わない!」

 

 「頭沸いてるの? 打ち所が悪かったのかな……やっぱり保健室に行った方が……」

 

 当たったのはあくまでも顔面で、頭は大丈夫だったと思ったんだけどな。オベリスクの妖精って、何?

 俺の心配を他所に、先輩はよろよろと這うように歩み寄って来ると明日香に詰め寄る。ちなみによろよろしてるのは、俺が打った球が足にも当たってたからだ。

 お岩さん(男Ver)を目前にするのは流石の明日香も嫌だったのか、その顔は明らかに引き攣っていた。ジュンコとももえに至っては完全に逃げ腰になっている。事情を知っている十代と翔は、同情と心配の眼差しで見ていたけれど。

 

 「……あなた、誰?」

 

 至極尤もな明日香の疑問に、しかし先輩は衝撃を受けたように固まった。

 

 「そ、そんな……この僕を知らないのか……!」

 

 いや、例え知ってたとしても一見しただけでは解らないような形相に変貌しちゃってるからね? 俺のせいだけど。

 

 「あーっと」

 

 意気消沈の先輩に代わり、俺が責任を持って紹介しよう。

 

 「明日香、この人はオベリスクブルー3年でテニス部部長の、綾小路ミツルさん」

 

 その説明に反応したのは明日香では無く、彼女と一緒に来たももえだった。

 

 「え? それってもしかして、あの綾小路モーターズの御曹司で、カイザーに勝るとも劣らない実力を持つと言う噂の方ですの?」

 

 カイザーと? それは初めて聞いた。それにしても。

 

 「詳しいね」

 

 「イケメンの方の情報はある程度仕入れてますわ~」

 

 「…………イケメン?」

 

 イケメンという表現にジュンコは疑問顔となり、明日香も首を傾げる。『え、どこが?』とでも言いたげな様子だ。

 そんな彼女たちの様子に先輩はブルブルと肩を震わせて俯き、しかしすぐにその顔を上げた。その立姿はそう、まるでどこかの怨霊のようにおどろおどろしい見た目だった。元々お岩さん(男Ver)状態だったし。そして先輩は、そのまま俺をビシッと指差した。

 

 「君! 上野優君! 僕とデュエルだ!」

 

 「いや、それより保健室に行こうよ」

 

 「君がこんな姿にしたこの僕を差し置いて明日香君と親睦を深めようとするなんて、認められない!」

 

 「保健室……」

 

 「そして勝った方が、明日香君のフィアンセの座を手に入れるんだ!」

 

 「…………」

 

 ダメだ、全然話が通じない。これは……俺のせいか?

 

 「ちょっと、勝手に私を賭けの対象にしないで頂戴!」

 

 「いや……そのデュエル、受けよう」

 

 「優!?」

 

 当然と言えば当然、理不尽なアンティのダシにされてしまった明日香が憤るが、俺はそれを制してデュエルの申し込みを受けることにした。ディスクもちゃんと持ってきてるし。流石にテニス中は装着してなかったけどさ。

 俺は責めるような……というか、紛れもなく責めている視線を向けてくる明日香に向き直る。

 

 「明日香、これはきっと俺のせいだ。俺が打った球の当たり所が悪かったせいで、先輩は可笑しくなってしまったんだよ。あんな残念な人になってしまうなんて……だから、俺はこのデュエルであの人の正気を取り戻す」

 

 こんなつもりは無かったんだ。俺はただ、十代にちょっとしたお仕置きをしようと思っただけだったのに。それがクロノス先生に重傷を負わせ、先輩の頭を可笑しくしてしまう結果になるなんて。

 うぅ、ごめんなさい! もう二度と自分のノーコンを利用したりなんてしません!

 本当の先輩は、俺のノーコン治療にも付き合ってくれるような良い人だった。何としてでも、心を鬼にしてでも目を覚まさせなければ!

 

 「それに1デュエリストとしても、売られたデュエルを買わないわけにはいかない。大丈夫。どっちが勝っても明日香本人が『フィアンセなんて御免だ』って言って切り捨てれば済む話だろ?」

 

 「………………あの人はアレが素だと思うのだけれど、優が言いたいことは理解したわ」

 

 理解はしても納得はしていないのだろう、明日香は渋面のままだ。

 

 「ねぇ、アニキ。ひょっとして優君って、天然……?」

 

 え……翔? なにゆえ。

 明日香の後ろで翔が十代にコソコソと耳打ちした言葉が偶然にも聞こえてきて、俺は瞠目した。そしてその問いに対する十代の返答に、ますます打ちのめされることとなる。

 

 「あ~、まぁ……時々な」

 

 なん……だと……。

 そんなバカな! 十代の方がよっぽど天然のハズだ!

 

 「それよりフィアンセって何だ?」

 

 ほら! やっぱり十代の方が天然だ! つーか知らないのかよ、フィアンセの意味!

 十代のその衝撃的な質問に、翔・ジュンコ・ももえは若干引いていた。明日香はやれやれと言いたげに蟀谷を押さえてるし。

 ちなみに、フィアンセの意味は誰も教えなかった。教える気になれなかった、と言う方が正しいのかもしれないけど。なので十代の疑問が解消されることは無い。

 

 さて、そんなわけで。

 

 「「デュエル!」」

 

 俺と先輩のデュエルが始まった。

 

綾小路 LP4000 手札5枚

優 LP4000 手札5枚

 

 「僕の先攻! ドロー! ぐぁっ!」

 

綾小路 LP4000 手札6枚

 

 先攻は先輩だった。勢いよくカードをドローし、しかしその勢いのせいで腕の打ち身が痛んだのか、顔を顰める。ごめん。

 しかし先輩は怯むことなく、手札から1枚の魔法カードを発動させた。

 

 「マジックカード、【サービスエース】を発動!」

 

 「【サービスエース】?」

 

 聞いたことの無い魔法だ。しかもテニス部部長が使うカードとしては、絶妙に合っている。

 デュエル開始時には些か冷静さを欠いていたように見えた先輩だが、やはり始まってしまえば多少は落ち着きが戻ってきたらしい。余裕の表情(だと思う。多分)でそのカード効果を説明する。

 

 「こいつは、僕が手札から選んだカードの種類を君が当てるギャンブルカード! 君はモンスター・マジック・トラップの中から1つの種類を選び、外れれば1500ポイントのダメージを受ける!」

 

 「1500か」

 

 バーンとしてはかなりの数値である……あれ?

 

 「その、手札から選んだカードはどうなるんですか?」

 

 手札の情報をそんなにあっさり与えてしまっていいのかと思い、ふと思ったことを聞いてみた。

 

 「君が当てれば、選んだカードは破壊される! 外せば除外されるけれどね!」

 

 え、何その凄く美味しい効果。相手が当てれば自分は墓地肥やし、外れても1500のダメージ? 使い方によっては強力そう。

 

【サービスエース】

通常魔法

自分の手札からこのカード以外のカードを1枚選択し、相手にそのカードの種類を当てさせる。

当たった場合はそのカードを破壊する。

ハズレの場合はそのカードをゲームから除外し、相手に1500ポイントのダメージを与える。

 

 「さぁ! 選びたまえ!」

 

 手札のカードを1枚翳し、先輩は選択を迫る。

 その先輩の表情にはさしたる変化は見られない。まぁ、顔が腫れあがって原型を留めてないくらいだから、表情の細かな機微など読み取れやしないのだけど。図らずも(ある意味では)ポーカーフェイスになっている先輩であった。

 ピーピングが出来ない以上、当たるも外れるも運次第だよね……じゃあ。

 

 「モンスターで」

 

 ここは、長年の戦いで培ってきたはずのデュエリストの勘に従おう。

 俺の選択を聞き、カードを持つ先輩の腕がピクリと震えた。そして悟る。

 あ、これは当たったな。

 

 「……お見事。選んだのは【メガ・サンダーボール】だ! 効果により破壊される!」

 

【メガ・サンダーボール】

通常モンスター

星2 風属性 雷族 攻撃力 750/守備力 600

地面を転がり回り、周囲に電撃を放つボール。

 

 これはまた懐かしいカードだなぁ、と少し感心する。何故風属性なのかがまるで解らないけれど。

 それはともかく、当たって良かった。やっぱり1500のダメージはデカいし。

 

 「さらに、カードを1枚伏せてターンエンド!」

 

綾小路 LP4000 手札3枚

 モンスター 無し

 魔法・罠 伏せ1枚

 

 モンスターは召喚しなかったか。あのリバースカードによっぽど自信があるのかな?

 

 「俺のターン。ドロー」

 

優 LP4000 手札6枚

 

 それならそれで構わない。潰せばいいだけのこと。

 

 「俺は【魔導戦士 ブレイカー】を召喚」

 

 『ハッ!』

 

 先日は図らずも強盗如きに使われ、俺自身が効果破壊してしまった【ブレイカー】。だが、今回は存分に活躍してもらうぜ。

 

 「【ブレイカー】は召喚に成功した時、自身にカウンターを1つ乗せ、攻撃力が300上がる。そしてフィールド魔法【魔法都市エンディミオン】を発動。さらにマジックカード、【魔力掌握】。【魔法都市】にカウンターを乗せ、デッキから2枚目をサーチ。【魔法都市】には魔法の使用によってもカウンターが乗る」

 

【魔導戦士 ブレイカー】 攻撃力1600→1900

 

魔力カウンター 【魔導戦士 ブレイカー】 0→1

          【魔法都市エンディミオン】 0→2

 

 よし、準備はオッケー。

 

 「【魔法都市】の効果。フィールド上で魔力カウンターを使った効果を使う時、1ターンに1度、この都市に集うカウンターから代用出来る。俺は【魔法都市】のカウンターを1つ取り除き、【ブレイカー】の効果発動。【ブレイカー】は自身に乗ったカウンターを1つ取り除くことでフィールド上のマジック・トラップを1枚破壊する。《マナ・ブレイク》」

 

 【ブレイカー】が掲げた剣先に【魔法都市】の魔法石が一目散に飛び、その力を解放する。充分な力が漲るその剣を【ブレイカー】が振り下ろした先では、目に見えない魔法波によって破壊されたカードが一瞬だけ姿を現す。それは赤紫色の枠を持ったカード……トラップだった。

 

【レシーブエース】

通常罠

相手モンスター1体の直接攻撃を無効にし、相手に1500ポイントのダメージを与える。

その後、自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。

 

 またもやバーンと墓地肥やしを兼ねたカードだ。でもそうか、相手モンスター1体の『直接攻撃を』無効にしてダメージを与える……だからモンスターを召喚しなかったんだ。

 さっき使った魔法が【サービスエース】、さっきの罠が【レシーブエース】。どうやら本当にテニスを愛しているらしい。

 何にせよ、これでフィールドは空になったわけだ。

 

 「くっ」

 

 だからだろう、先輩は呻いた。決して、体のあちこちが痛むから呻いたのでは無いはず。

 先輩、待っててくれ。俺は頑張ってあんたを正気に戻す。だって俺のせいだし。そして保健室に連れて行くからね!

 

 「バトル。【ブレイカー】でダイレクトアタック」

 

 指揮に合わせ、【ブレイカー】は俺と先輩が向き合っているテニスコートを駆ける。そして勢いそのままに跳躍してネットを飛び越えようとした、まさにその時。

 

 「手札から【クリボール】の効果発動!」

 

 『くりくり~』

 

 遊戯さんの持つクリボー、十代が持つハネクリボー。それに冬休みに精霊世界で出会って仲良くなったクリボン。彼らとよく似た声が聞こえ、着地しようとした【ブレイカー】の眼前にそれは現れた。彼らとよく似た声を持ちながらも、彼らとは真逆に毛が全く生えていないつるつるの球体。ボールと称するに相応しい姿だ。

 

【クリボール】

効果モンスター

星1 闇属性 悪魔族 攻撃力 300/守備力 200

相手モンスターの攻撃宣言時、このカードを手札から墓地へ送って発動できる。その攻撃モンスターを守備表示にする。

儀式召喚を行う場合、必要なレベル分のモンスターの内の1体として、墓地のこのカードを除外できる。

 

 【ブレイカー】は突如として現れた【クリボール】に反応しきれなかったようで、うっかりと踏み付けて滑って転んでしまった。そしてそのまま守備の体勢となる。

 

 「【クリボール】の効果! 相手の攻撃宣言時にこのカードを手札から墓地に送ることで、その攻撃モンスターを守備表示に変更する!」

 

 クリボー系列のモンスターに多い、手札誘発効果。【クリボール】もその一例で、優秀な防御効果を持っている。

 なるほど、二段構えの防御だったのか……と納得しかけたがしかし、ふと思う。

 

 前のターンに【サービスエース】の効果で手札から選んだのが【メガ・サンダーボール】。今使ったのが【クリボール】。

 ひょっとしてこの人……名前に『ボール』と付くカードでデッキを組んでるんじゃ……いや待て、まさかそんなはずがあるまい。

 だって『ボール』が名前に入ったカードが少なからずあったとしても、『ライトロード』だとか『シャドール』だとかのように『ボール』というカテゴリーがあるわけじゃない。種族や属性だっててんでバラバラだろう。そんなシナジーも全く無い、悪い言い方をすれば寄せ集めのカードで組んだデッキで、カイザーに勝るとも劣らないと噂されるはず無いじゃないか。

 あ……でも、【サービスエース】に【レシーブエース】って、どっちも癖は強いけど強力なバーンカードだ。もしも1ターン目で俺がカードを外してて、このターンでも壁モンスターがいないからって無闇に特攻してたら、それだけでもう3000のダメージを負っている。

 まさかこの人、バーンデッキ使いなのか? だとしたら……。

 

 「面白い」

 

 ただでさえ世の中ではビートダウンデッキ使いが多いのだ。その上で【火の粉】や【デス・メテオ】のように手軽に使えるバーンカードでは無く、【サービスエース】や【レシーブエース】のような捻りの入ったバーンカードを使ったバーンデッキ。しかも、それを駆使して勝ってきたのであろう事実。中々見ないタイプだ。面白い。

 もしかしたら、ボールやテニスへの愛でデッキを回しているのだろうか。ますます面白い。

 

 「俺はカードを2枚伏せ、ターンエンド」

 

優 LP4000 手札2枚

 モンスター (守備)【魔導戦士 ブレイカー】 カウンター1

 魔法・罠 (フィールド)【魔法都市エンディミオン】 カウンター2→1

       伏せ2枚

 

 さて、と。面白そうなのは確かだけど、もしも本当にバーンデッキなら早々に決めてしまいたい。ふと気付いたらあっと言う間にごっそりとライフを持って行かれてしまうかもしれない。

 かといってこのターンはもう攻撃出来ない。先輩はどう来るかね。

 

 「僕のターン! ドロー!」

 

綾小路 LP4000 手札3枚

 モンスター 無し

 魔法・罠 無し

 

 フィールドは空。手札はあのドローカードを含めて3枚。どんな行動に出るのかと思っていると、先輩はドローカードをそのまま発動させた。

 

 「【強欲な壺】を発動! デッキからカードを2枚ドローさせてもらう!」

 

 現れた不気味な壺は先輩の2ドローの直後に自壊する。先輩はドローした2枚の内の1枚を手にした。

 

 「マジックカード、【スマッシュエース】を発動!」

 

 発動されたのはまたもや聞いたことの無い魔法。しかもテニスっぽい名前ときた。となるとひょっとして今回も。

 

 「その効果により、僕はデッキからカードを1枚ドローする! そしてそのカードがモンスターカードだった場合、君は1000ポイントのダメージを受ける!」

 

 「へえ……」

 

【スマッシュエース】

通常魔法

デッキの一番上のカードをめくる。

そのカードがモンスターカードだった場合、相手に1000ポイントのダメージを与える。

めくったカードは墓地に送る。

 

 また、ギャンブル性の高いバーンカードだ。これは本当に予想通りかもしれない。

 そしてこの【スマッシュエース】は、俺では無く先輩の運が試されるカードと言えるだろう。果たしてどう出るか。

 俺が少しワクワクしながら見る中、先輩はデッキトップのカードを捲る。そしてそのカードを確認すると、嬉しそうに笑った……多分。相変わらず表情が上手く読み取れないけれど。

 

 「僕が引いたのはモンスターカード、【神聖なる球体】! 【スマッシュエース】の効果で1000ポイントのダメージを受けてもらうよ!」

 

 その宣言通り、露わとなっている魔法カードから放たれたボールと思しき攻撃が飛来し、俺を直撃した。

 

 「くっ」

 

優 LP4000→3000

 

 運も実力の内、それがデュエリストだ。そして先輩は、それを持っていた……って、ちょっと待て。

 【メガ・サンダーボール】に【クリボール】ときて、今度は【神聖なる球体】? また『ボール』繋がりのカード? まさか……あのカードまで入ってたりしないだろうな?

 いつもならば、こんな事はあまり気にしない。けれど今朝のパックに入っていたカード。どうにもあれが脳裏をチラつき、嫌な予感が拭えなかった。

 いや待て落ち着け、まさかそんなはずがあるまい。あはは、偶然だよ、偶然。

 

【神聖なる球体 (ホーリーシャイン・ボール)】

通常モンスター

星2 光属性 天使族 攻撃力 500/守備力 500

聖なる輝きに包まれた天使の魂。

その美しい姿を見た者は、願い事がかなうと言われている。

 

 「【スマッシュエース】で捲ったカードは墓地に送られる!」

 

 捲った【神聖なる球体】をそのまま墓地に送る先輩。また墓地肥やしも兼ねているらしい。

 

 「更に! 僕は【伝説のビッグサーバー】を召喚!」

 

 現れたのはどこか厳つい顔立ちの、いかにもテニスプレイヤーといった風体のモンスター。ただし、その図体はデカいが。

 良かった、今度は『ボール』と付いたカードじゃない。ほら、やっぱり大丈夫なんだよ。 

 俺は心のどこかで安堵したが、すぐに気を取り直した。【伝説のビッグサーバー】の攻撃力は300、【ブレイカー】の守備力1000には及ばない。だというのに攻撃表示での召喚ということは、何か策があるのだろう。

 

 「【伝説のビッグサーバー】は、相手プレイヤーに直接攻撃することが出来る! さあ、行け!」

 

 直接攻撃効果……なるほど、確かにそれならば……しかし、恐らくはバーンカードが豊富にあるであろうに、たった300のダメージのために?

 ただ1つ確かなのは、俺の2枚のリバースカードの内の1枚、【ドロー・マッスル】が意味を失くしたということだ。ちなみにもう1枚は【漆黒のパワーストーン】である。

 

【ドロー・マッスル】

速攻魔法

「ドロー・マッスル」は1ターンに1枚しか発動できない。

自分フィールドの守備力1000以下の表側守備表示モンスター1体を対象として発動できる。

自分のデッキから1枚ドローする。

そのモンスターはこのターン戦闘では破壊されない。

 

 『ハァッ!』

 

 「わ!」

 

 【伝説のビッグサーバー】が打った球が飛んできて、【ブレイカー】を飛び越えて俺に当たる。とはいえあくまでもソリッドビジョンだから直接的なダメージは無いが、あまり心臓によろしい光景では無かった……そうか、俺は先輩にあんな恐怖を幾度も味合せてしまったのか。それで先輩はあんな風に……本当にごめんな!

 

優 LP3000→2700

 

 「この瞬間、【伝説のビッグサーバー】の効果発動! このモンスターが相手に戦闘ダメージを与えた時、デッキから【サービスエース】を1枚手札に加える!」

 

 サーチの効果もあったのか。しかもその発動条件は『相手に戦闘ダメージを与えた時』。直接攻撃能力を持つ【伝説のビッグサーバー】ならば簡単に満たせる。

 

【伝説のビッグサーバー】

効果モンスター

星3 地属性 戦士族 攻撃力300/守備力1000

このカードは相手に直接攻撃する事ができる。

このカードが相手に戦闘ダメージを与えた時、自分のデッキから「サービスエース」1枚を手札に加える事ができる。

その後、相手はデッキからカードを1枚ドローする。

 

 「ただし、相手も1枚ドローすることになる! さぁ、ドローしたまえ!」

 

 あれま、そんなデメリットもあるのか。それじゃあ遠慮なく。

 

 「お言葉に甘えて。ドロー……げ!」

 

 な、何でこのカードがデッキに入ってるんだ!? ピン挿しした覚えは無いのに……うっかり間違えて入れちまったのか? しかし、何故こんなにあっさりと手札に来る。これはあれか? 使えってことか?

 

 「僕は手札に加えた【サービスエース】を発動!」

 

 落ち着け、今は先輩のターンだ。折角サーチしたバーンカードを使わないはずが無い。このギャンブルに付き合わなければ。

 

 「【サービスエース】の効果は知っているね! さぁ、選んでくれ!」

 

 先輩の手札は、残り2枚。その片割れを眼前に掲げる先輩。

 よーし、働け、俺のデュエリストの勘!

 

 「モンスターで」

 

 「……本当にそれでいいのかい?」

 

 「ええ」

 

 俺は自分の直感を信じる。先輩は少しの間探るような視線を向けて来たが、やがて小さく溜息を吐いた。

 

 「またまたお見事。選んだのモンスターカードだ!」

 

 くるりと指で挟んでいたそのカードが反転し、その正体が露わになる。それは確かに先輩の言う通り、モンスターカードだった。ただし、ただのモンスターではない。いや、ただのノーマルモンスターには違いないのだ。ただ、俺が受ける個人的なイメージが悪すぎた。色んな意味で。

 

 「ゴ、【ゴキボール】……!」

 

 俺は密かに戦慄した。思わず一歩後ずさってしまう。何故……何故【ゴキボール】! いや、『ボール』繋がりで入ってそうな予感はしてたけど! タイミングが悪すぎるんだよ!

 

【ゴキボール】

通常モンスター

星4 地属性 昆虫族 攻撃力1200/守備力1400

丸いゴキブリ。

ゴロゴロ転がって攻撃。

守備が意外と高いぞ。

 

 俺の慄く姿が意外だったのか、先輩はキョトンとした……多分。

 

 「おや? 【ゴキボール】は嫌いかい?」

 

 「嫌いというか、なんというか……」

 

 そもそも、そのカードのモチーフであるGの付くアレが好きな人が万が一にでもいるというのなら、是非見てみたい。俺だってアレは嫌だ。

 ただし1カードとして見たのならば、別に嫌いなわけでは無い。好きでもないが。どちらかと言えば、苦手なカードと言えるだろう。

 しかも過去にあったとある事件が、その気持ちに拍車を掛けている。しかも今、俺の手札には……それにフィールドにいるモンスターは……止めよう、きっと考え過ぎだ。だっていくら手札にこのカードがあろうと、発動条件が満たされてないのだから意味なんて無いじゃないか。

 

 「さて、【サービスエース】の効果だ! 当てられた【ゴキボール】は破壊される!」

 

 先輩はデュエルを続行させる。

 けど止めて、【ゴキボール】を破壊とか言わないで。それが【サービスエース】の効果だってのは解ってるけど、でも止めてくれ。【ゴキボール】を捨石にするのはフラグだから! 別に挑発されたり破られたりしたわけじゃないけど! それでも嫌な予感はするんだよ!

 

 「……カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

綾小路 LP4000 手札0枚

 モンスター (攻撃)【伝説のビッグサーバー】

 魔法・罠 伏せ1枚

 

 己の手札を確認し、次いでフィールドに視線を走らせてから先輩はカードを伏せた。

 どちらにせよ、先輩はこれでハンドレスとなってしまった。【伝説のビッグサーバー】が攻撃表示でフィールドにいるし、ライフアドバンテージでは勝っていても先輩の方が今の状況はちょっと苦しいかもしれない。

 

 「俺のターン。ドロー」

 

優 LP2700 手札4枚

 モンスター (守備)【魔導戦士 ブレイカー】 カウンター1

 魔法・罠 (フィールド)【魔法都市エンディミオン】 カウンター1→4

       伏せ2枚

 

 あ、一々口に出してはいないけど、先輩の魔法カードによってもカウンターは溜まっているよ。

 

 「まずは【ブレイカー】を攻撃表示に変更。そして【魔導騎士 ディフェンダー】を召喚」

 

 『ハッ!』

 

 フィールドに現れるのは身の丈と同じ大きさの盾を持った全身鎧の騎士。これでも一応魔法使い族だけど。

 先輩のあの伏せカード。【ブレイカー】がいるのに伏せたということは、あれはフリーチェーンのカードの可能性が高いけど……【ディフェンダー】が場にいれば、最低限1ターンに1度は場の魔法使い族に破壊耐性を付けることが出来る。

 

 「【ディフェンダー】は召喚に成功した時、自身に魔力カウンターを1つ乗せることが出来る。更に伏せていた永続トラップ、【漆黒のパワーストーン】を発動。このカードに3つの魔力カウンターを乗せる。そして【ブレイカー】の効果発動。自身に乗っていたカウンターを使い、【漆黒のパワーストーン】を破壊」

 

 永続トラップによって現れたオブジェ。しかし三角が重なり合った模様が印象的なそれは俺の【ブレイカー】によって破壊され、四散した。だが、勿論ながらそれで終わりじゃない。

 

 「【魔法都市エンディミオン】の効果。魔力カウンターが乗っているカードが破壊された時、そのカードに乗っていたカウンターは【魔法都市】に留め置かれる」

 

 パワーストーンが持っていた魔石は【魔法都市】を彩る輝きと化す。【漆黒のパワーストーン】はフィールド上のカードに自身の魔力カウンターを分け与えることが出来る。しかしそれは1ターンに1度、それも1つだけ。ならばいっそこうして破壊してしまえば、一気に溜められるってもんだ。

 

魔力カウンター 【魔導戦士 ブレイカー】 1→0

          【魔導騎士 ディフェンダー】 0→1

          【魔法都市エンディミオン】 4→7

 

 魔力カウンターを失ったことで【ブレイカー】の攻撃力が落ちるが、大した問題では無い。

 

 「【魔力掌握】を発動。【ブレイカー】にカウンターを乗せ、デッキの3枚目をサーチ。魔法カードの使用によって【魔法都市】にカウンターが乗る」

 

 そう、手札に【魔力掌握】を握っていたからだ。そのおかげですぐに元通りになった。

 

魔力カウンター 【魔導戦士 ブレイカー】 0→1

          【魔導騎士 ディフェンダー】 1

          【魔法都市エンディミオン】 7→8

 

 「【ブレイカー】の効果はカウンターさえあれば1ターンに何度でも使える。【魔法都市】のカウンターを代用し、先輩の伏せカードを破壊。《マナ・ブレイク》」

 

 「リバースカードオープン!」

 

 やはりと言うべきか、伏せカードはフリーチェーンだったらしい。先輩は【ブレイカー】の効果にチェーンしてそのカードを発動させた。

 そのカードは極めて汎用性の高いカードで、俺はカード名を見ずともそのイラストだけでそれが何のカードなのか理解した。そして理解したと同時、自分の口元が引き攣るのを感じた。

 

 「速攻魔法【収縮】! この効果で【魔導戦士 ブレイカー】の攻撃力は半減させてもらうよ!」

 

 おいぃぃぃぃぃ!! 自ら引き金を引くんじゃねぇ!

 

【魔導戦士 ブレイカー】 攻撃力1900→1100

 

 【収縮】で半分になるのは、あくまでも元々の攻撃力。【ブレイカー】の元々の攻撃力は1600なため、1度その半分の800となってからカウンター分の300が加算される。

 けど……何でよりにもよって【ブレイカー】……いや、【ディフェンダー】を対象にした所で受ける総ダメージは変わらないのだから、そんなのは個人の自由だ。でも、さぁ……。

 

 これはもう……あれだな。このカードを使えってことなんだな。

 

 俺は手札の内の1枚を見て、覚悟を決めた。

 元々そのつもりだったじゃないか。俺は、どんな手を使ってでも先輩を正気に戻すと。そのためならば、心を鬼にしようと。

 鬼にならねば見えぬ地平もある!

 

 「手札を1枚伏せ、バトルフェイズへ移行。【ブレイカー】で【伝説のビッグサーバー】を攻撃」

 

 攻撃指示を出すと、本来の姿の半分ぐらいのサイズとなっている【ブレイカー】が駆け出した。いくら攻撃力が半減しているとはいえ、先輩の場にいる【伝説のビッグサーバー】の攻撃力は300。今の【ブレイカー】でも簡単に倒せる。

 

 『グハァ!』

 

 【ブレイカー】の一太刀を浴び、【伝説のビッグサーバー】は破壊された。

 

 「くっ!」

 

綾小路 LP4000→3200

 

 「そして【ディフェンダー】でダイレクトアタック」

 

 「うわぁぁ!!」

 

 【ディフェンダー】が片手の持つランスに貫かれる映像がリアルなためか、先輩は思わずといった様子で声を上げた。

 

綾小路 LP3200→1600

 

 「く……しかし、これで攻撃は終わった!」

 

 先輩のその言葉は、むしろ自身に言い聞かせるようだった。フィールドは0、手札も0の先輩だが、たった1枚のドローで逆転の一手を引き当てることがあるのがデュエルというものだ。なので、彼の言葉は何も間違っていない。

 ただし。

 

 「それはどうかな?」

 

 あくまでも、先輩に次のターンが来るならばの話だけれど。

 

 「まだ俺のバトルフェイズは続いている……手札から速攻魔法発動。【狂戦士の魂】」

 

 「バ、【狂戦士の魂】!?」

 

 あ、今脳内に『あの』BGMが流れた気がする。

 

 「このカードは自分フィールド上に攻撃力1500以下のモンスター1体を選択し、手札を全て捨てて発動。俺はモンスターカード以外が出るまでデッキからカードをドローし墓地に捨てる。そして選択したモンスターはこの効果で墓地に捨てたモンスターの数だけ、追加攻撃が出来る」

 

 「な!? 何故、そんなカードが……!」

 

 【ゴキボール】を捨石にするというフラグをおっ立てて、【収縮】で【ブレイカー】の攻撃力を下げるというダメ押しをしちゃったからじゃないかな?

 

【狂戦士の魂 (バーサーカー・ソウル)】 (アニメ効果)

速攻魔法

攻撃力1500以下のモンスター1体を選択し、手札を全て捨てて発動する。モンスター以外のカードをドローするまでカードをドローし、ドローしたカードを全て捨てる。選択されたモンスターはこのターン、このカードの効果で捨てたモンスターの枚数と同じ回数追加で攻撃できる。

 

 しかも、かつてアテムさんが使ったのと同じ効果だ。OCG効果でもTFオリジナルでもない。紛れもないアニメ効果の【狂戦士の魂】である。

 だが、俺は例えどんな手を使ってでも先輩の正気を取り戻すと誓ったのだ。そのためならば、狂戦士にだってなろうじゃないか!

 俺はグッと唇を噛みしめ、キッと前を見据えた。

 

 「行くぞ、先輩! 俺は攻撃力1100となっている【魔導戦士 ブレイカー】を選択し、手札を全て捨てる!」

 

 このために、捨てたくないカードはバトルフェイズが始まる前に先に伏せときました。

 そしてフィールド上の【ブレイカー】はちょっとギョッとした様子で後ろ、つまりは俺の方に振り向いた。『え、またぁ!? マジで!?』とでも言いたげな様子である。マジだよ。

 

 「だ、だが! 【ブレイカー】で僕のライフを削りきるには、2回連続でモンスターカードを引く必要が!」

 

 「ならば引くまで! ドロー! 【見習い魔術師】! モンスターカード!」

 

 「なっ!?」

 

 「【魔導戦士 ブレイカー】で追加攻撃! ダイレクトアタック!」

 

 【ブレイカー】は気を取り直したのか、すぐに剣を構えると攻撃に移った。

 

 「くあぁっ!」

 

綾小路 LP1600→500

 

 「2枚目ドロー! モンスターカード!」

 

 ちなみに【王立魔法図書館】でした。

 

 「グハッ!」

 

綾小路 LP500→0

 

 先輩のライフは尽きた。デュエルは俺の勝ちだ……だが。

 

 「ドロー! モンスターカード!」

 

 「ぎゃああ!!」

 

 【狂戦士の魂】は未だ鎮まらない。

 

 本来ならばルール上、例え相手のライフが0になろうとモンスター以外のカードを引くまでドローは続けなければならない。アニメ効果の【狂戦士の魂】はテキスト的にそういった効果だ。

 かつて杏子さんがアテムさんを必死に引き止めたのは、あれが闇のゲームだったから。そして、アテムさんの様子があまりにも常軌を逸していたからだ。

 

 しかし今俺たちがやっているのは、何の変哲も無い。ごく普通のデュエル。

 と、いうわけで。

 

 「ドロー! モンスターカード!」

 

 俺は本来の効果に則り、モンスター以外が出るまでドローを続けよう。ちなみに3枚目は【ブリザード・プリンセス】、4枚目は【エフェクト・ヴェーラー】だったよ。

 

 「ドロー! モンスターカード! ドロー! モンスターカード!」

 

 あ、【フェーダー】に【エンディミオン】。やっほー。

 

 「ドロー! ……魔法カード、【ディメンション・マジック】。【狂戦士の魂】は終了だ」

 

 う~ん、7枚目でモンスターカード以外が出たか。やっぱり、まだまだ俺にはアテムさんほどのドロー力は無いらしい。もしもバーサーカーソウルじゃなくてバーサー蟹ソウルだったらどうなってたのかな?

 あれ? それよりもさっきから先輩が妙に静かなような……あ。

 

 「先輩? ……ダメだ、気絶してる」

 

 ソリッドビジョンだからリアルダメージは無いはずなんだけど、元々色んな意味で弱っていたし、やっぱり滅多切りにされるのは精神的にクルものがあったんだろう。完全に目を回していた。

 よし。

 

 「やっと静かになってくれた」

 

 心底ホッとしながらデュエルディスクの電源を落とすと、俺は先輩に近寄って担ぎ上げた。

 

 「じゃ、俺は先輩を保健室に連れて行くから」

 

 ずっと見学してた十代たちにそう言うと、みんなはハッとしたように動き出した。え、どうしたの? 何で固まってたの?

 

 「おい優、手伝おうか?」

 

 十代のありがたい申し出を受け、俺は鷹揚に頷いた。1人で運べない事も無いけど、2人の方が楽に違いない。

 しかしそれ以外の面々……特に明日香以外の3人は、こちらに寄って来ようとはしなかったが。

 

 「え、えげつない……」

 

 「同情しますわ……」

 

 おい、そこの女子2人。どういう意味だ。

 

 「あのなぁ。俺だって【狂戦士の魂】なんて、やりたくてやってたんじゃないんだぞ?」

 

 というか、本当に何でデッキに入ってたんだ、あのカード。後で抜いて、厳重に封印しておこう。

 

 「でも、俺は心を鬼にしてでも先輩を元に戻したかったんだ。だってこんな良い人、滅多にいないし」

 

 「優君、それ本気で言ってたんスか!?」

 

 「……俺はいつでも本気だよ」

 

 失敬だな、翔。

 

 「でもよ~、どうして気絶させちまったんだよ。俺だってデュエルしたかったのによ~!」

 

 十代、お前……そんなことを考えてたのか。

 

 「不可抗力だ。まぁ、これで先輩も正気に戻ってくれるだろう」

 

 「この爽やか部長、ずっとあんな感じだったと思うぞ? それよりあのカード、いつ手に入れたんだ?」

 

 「今朝。買ったパックに入ってた」

 

 「へぇ。じゃあ次は俺とデュエルしようぜ!」

 

 「いいぞ。あのカードは抜くけどな」

 

 「何でだよ~、面白そうなのに!」

 

 「あのカードは封印するんだ……それと、デュエルが終わったら宿題だぞ」

 

 「げっ!? 覚えてたのかよ!」

 

 「もち」

 

 そんな会話を交わしながら部長を担ぎ、保健室に向かった俺と十代には。

 

 「結局、優君は時々素で天然ってことでいいんスかね?」

 

 「十代もでしょう」

 

 「……天然コンビなんスねぇ」

 

 翔と明日香がそんな会話を交わしているなど、知る由も無かった。

 

 




<今日の最強カード>

優「うん、予想はしてると思うんだけどね」

【狂戦士の魂】

優「ご存知、みんな大好きバーサーカーソウル。しかも今回の場合、【ブレイカー】もアテムさんが使ってたのと同じカードというオプション付き。更に言うなら、作者は先輩が【狂戦士の魂】の犠牲となることは初めから決めてたんだって」

王『アニメ・TF・OCGの全てにおいて効果が違うカードだな』

優「そう。アニメ以外ではバーン効果なんだよね。でも今回はアニメ効果。だってやっぱり【狂戦士の魂】といえばああでしょ!」

王『手札を全て捨てるというコストを払っておいて、1枚目がモンスターカードでなかったら落胆するどころの話では無いな』

優「まぁね。でも逆に、モンスターを引き続けられれば一気に勝負を決められるよ。ちなみに俺は6枚連続でモンスターだった。まだまだアテムさんの領域には程遠い」

王『むしろあれはチートドローでモンスターを引いていたのでは……』

優「それは言わないお約束」

王『……まぁ、いいがな。そして主が天然であることが発覚した」

優「酷い誤解だよ。俺はむしろ、しっかりしてるってよく言われるのに」

王『我は的を得た感想だと思うがな。確かに主はしっかり者ではある。少なくとも粗忽者では無い。しかしうっかりした部分も多いし、調子に乗ったり悪乗りしたりすることも少なくはあるまい』

優「う……でもさぁ」

王『そもそも、あっさりと異世界の風習に馴染んでしまえるあたりが既に天然だ」

優「…………」

王『まぁ、これぐらいにしておこう。それより、今回の話の裏話を知っているか?』

優「裏話?」

王『然り。本編では出ないであろう、クロノスと綾小路の裏事情だ』

優「ふむふむ」

王『クロノスが自分に怪我を負わせた主を強く咎めなかったのは、未だかつての会談が尾を引いていて強く出られなかったからでもある』

優「あぁ……俺、そんなつもりは無いんだけどな。あれはもう終わったことだと思ってるし」

王『そして綾小路は、そんなクロノスから密命を受けていた』

優「へ?」

王『クロノスとしては、己の弱味を握られている云々は取りあえず忘れ、主をブルー寮に引き入れようとしているのだ』

優「まぁ、勧誘はよく来るね。俺だけじゃなく、三沢もだけど」

王『主と三沢はイエロー寮の所属でありながらブルー生よりも成績が良い。それがクロノスにとってはあまり歓迎できないことのようだ。入学直後ならともかく、既に年も明けてしまっているしな。主が『自分はまだ未熟』と言うのを謙虚だと前向きに受け止めようと、三沢が『1番を取るまで昇格しない』と言うのを向上心が溢れていると好意的に受け止めてはいるが、それはそれ。ブルーの寮監としては是非とも2人を引き入れたいそうだ』

優「あぁ、なるほど……行く気は無いけど」

王『そしてクロノスは今回、考えた。いっそスポーツを通して主を懐柔できないか、と』

優「……それが、先輩がクロノス先生に受けた密命? 俺をさり気なく勧誘しろって?」

王『然り』

優「それで信頼を得るためにノーコンにも向き合ったってわけか……俺の感動を返せ!」

王『これは本編では出て来ない裏話だ。何故なら、知ってしまえば主のクロノスや綾小路への心証が変わってしまうからな』

優「まったくだよ」

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