冬休み。
それは1年の反省と新年の抱負を胸に自らを見直し、新たなる日々のスタートとするための期間。
これは、そんな冬休みの1ページを断片的に綴った、ある記録である。
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怒涛の年末とは対照的に、年始は至って穏やかだった。『亀』は勿論、KCも流石に正月には休みだったからだ。
しかし穏やかながらも、魔力コントロールは地味に特訓している。狙って世界の壁を超えることも出来るようになったよ! やっぱり人間、成せば成る!
そしてこれは、そんなある日のこと。
新年会が開かれた。とどのつまり飲み会なのだが。
会場は武藤家。出席者は……一言で言えば、友情教メンバーだね、うん。
城之内さん、本田さん、静香さん、御伽さん、獏良さん。アメリカで活動中の杏子さんも帰国していて参加した、とにかく賑やかな集まりである。
お節を大目に作っておいて良かったと心から思ったね! でないと絶対足りなくなってた!
お酒は各々で持ち寄ってたのもありがたかったよ。だって俺未成年だから、買い出しできないもん。
あの、だから俺にも飲ませようとしないで下さい。俺はただの給仕係なんです。未成年の飲酒、ダメ、絶対。
そうして主に城之内さんと本田さんを躱しながら、宴もたけなわ。いつの間にかデュエルが始まっていた。
「【レッドアイズ】でダイレクトアタック! 《黒炎弾》!」
「チッ……!」
? LP2500→100
城之内さんが召喚した魂のモンスター、【レッドアイズ】。その赤き眼を持つ黒竜が吐き出した黒炎に打たれ、対戦相手は舌打ちをした……あれ? 対戦相手って誰だっけ?
【真紅眼の黒竜 (レッドアイズ・ブラックドラゴン)】
通常モンスター
星7 闇属性 ドラゴン族 攻撃力2400/守備力2000
真紅の眼を持つ黒竜。
怒りの黒き炎はその眼に映る者全てを焼き尽くす。
にしてもダメだなー、城之内さん。ライフを100残すなんてフラグだゾ?
「ダハハ!! 見たか、俺様の【レッドアイズ】の一撃!」
得意げに高笑う城之内さん。そしてその得意げな顔のまま、相手にビシッと指を突き付ける。
「今日こそ俺は! お前に勝ぁつ!!」
自信満々に宣言しているが、その顔は赤いしテンションも可笑しい。明らかに酔っている。
「はりきってんなー、城之内のヤツ」
「まぁ、チャンスだしね。あの2人ってデュエルの相性悪いから、城之内は今まで1度も勝ったこと無いし」
缶ビールを傾けながら呑気に観察する本田さんに、黒豆を摘みながらチビチビとお猪口で日本酒を嗜む杏子さんが答えた。あぁ、熱燗って初めてやったんだけど、大丈夫だったかな?
しかし城之内さんの耳には届いていないようで反応は無く、対戦相手もまたそんな彼を逆に鼻で笑う。
「くく……甘い。甘いぞ……ライフを0にする前に勝ち誇るなど! 笑止千万!」
「何ィ!?」
「あれ? 何だか口調が可笑しくなかったかい?」
「気のせいじゃないの~?」
目を剥く城之内さんのことは全く構わず、御伽さんはその対戦相手の様子に首を捻る。しかしそんな御伽さんに返答する獏良さんは、至ってマイペースに伊達巻をヒョイヒョイと取り皿に取る……あの、俺の分も残しといて下さいね?
って、あれ? 伊達巻を食べたけりゃ今食べればいいのに、何で俺はこんなことを考えてるんだろう?
「だがお前の手札は0! フィールドもだ!」
城之内さんの言う通り、先ほどの攻防で対戦相手はあまりに多くのものを失った。残っているのは僅か100のライフのみ。けどさぁ、それはフラグだからやめた方がいいってば。
「フン……俺の目の前に続く果てなきロード! それはこんなところで途切れはしない!」
「やっぱり可笑しいって! 遊戯君!?」
獏良さんじゃ埒が明かないと思ったのか、御伽さんは今度は遊戯さんを捕まえて耳打ちをしている。
だが。
「え~? だいじょーぶなんじゃない~?」
相手は完全に酔っ払っていたので、あまり意味は無かったみたいだけど。うーん、遊戯さんってば、最初に思いっきり飲まされてたもんな~。見るからにフワフワしていて、地に足が付いていない。
「行くぞ! 俺のターン! ドロー!」
? LP100 手札1枚
モンスター 無し
魔法・罠 無し
シュピーン、という効果音が聞こえてきそうなほどに勢いよくドローカードを引き抜いた対戦相手は、そのカードを確認した次の瞬間には哄笑する。
「フハハハハハ!! やはりこの俺を阻むことは出来なかったようだな! 行くぞ! マジックカード、【死者蘇生】!」
デュエルモンスターズの最初期から存在する、汎用性の高い蘇生カード。それによってフィールドに舞い戻るのは。
「今こそ我が墓地より甦れ、【青眼の白竜】!!」
透き通った青き眼、光を受けて反射する白銀の体躯。
最強モンスターの代名詞がその身を現し、嘶いた。
【青眼の白竜 (ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)】
通常モンスター
星8 光属性 ドラゴン族 攻撃力3000/守備力2500
高い攻撃力を誇る伝説のドラゴン。
どんな相手でも粉砕する、その破壊力は計り知れない。
「ブ、【ブルーアイズ】だとぉ~~~~!!? 何でだよ!!」
「【天使の施し】で墓地に送っといた! すごいぞー、かっこいいぞー!」
「あ、そう……じゃねぇ!! 何でお前が【ブルーアイズ】を持ってんだよ、優!?」
あれ、城之内さんの対戦相手って俺だったんだ? ……ま、いっか。それより質問に答えよう。
「双六Gちゃんに借りた!」
「何やってんだよじいさんーーーーー!!!」
俺は観戦中の双六じいちゃんと顔を見合わせ、互いにキラッとした笑顔でサムズアップする。これは『ガンガン行こうぜ!』の合図だ。イェイ!
あ、ちなみにこのカード、I2社の最新技術で修復済みだからデュエルディスクでもちゃーんと読み取れるんだZE☆
「それより覚悟しろ凡骨ッ!」
「やっぱり可笑しいって! 優君が海馬君みたいになってるよ!?」
「あはは~、本当だね~」
「聞きなさいよ、遊戯!」
御伽さんだけでなく、杏子さんも必死の形相になって遊戯さんに詰め寄っていた。けれど遊戯さんは全く気にしていない。酔っ払いって強い。
「行け、【青眼の白竜】! 《滅びのバースト・ストリーム》!!」
「どわーーー!!」
城之内 LP600→0
城之内さんのフィールドも【レッドアイズ】がいるだけで他にはリバースカードも無く、攻撃力の差という絶対的な壁により【ブルーアイズ】に粉砕された……うん。
「粉砕・玉砕・大喝采ー!!」
「ちっくしょぉぉぉぉぉぉ!! また負けたー!!」
「問題はそこじゃないでしょ、城之内!」
「お兄ちゃん、次は頑張ってー!」
「静香ちゃん、それも違う!」
ははは、カオスだなぁ。何でだろ?
「ん? おい、これ何だ?」
あ、本田さんが持ってるあれ、さっきまで俺がジュース飲んでたコップだ。
「あ、それ僕が優君に渡しんたんだよー」
さっきまで伊達巻をパクついてた獏良さんが、今度はローストビーフを食べながら答える。うん、確かにあの人にもらった。
「おい獏良、何飲ませたんだ!?」
「えーっと、確か……」
獏良さんが告げた名前に一同、目を瞠る。
「日本一度数の高い日本酒じゃねぇか! 何てモン飲ませてんだ!!」
「あ、あれお酒だったんだー」
通りでツンとする味と思った。
「でも本田さんだって飲ませようとしたのにー」
「俺らが進めたのは甘酒程度のモンだ! お前完全に酔ってるだろ!」
「酔ってない! 思考はクリア!」
「酔っ払いは皆そう言うんだ!」
失敬な! 俺は! 酔ってない!
あぁ、宴会って楽しいよねぇ!! ヒャッホゥー!!
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さて、所変わってここは三沢大地の自宅。
優がへべれけに酔っ払って暴れ回りその後二日酔いで寝込むという騒々しい正月を過ごす中、三沢は血走った目でカードを弄っていた……作業に熱中するあまり5日ほど眠っていないのだから、血走っていて当然である。
「このカードを入れて……いや、こっちも……それともこっち……」
彼は魂のデッキを作成中であった。それに心血を注ぐ男は、正月なんて浮かれた行事のことは綺麗サッパリ忘れ去っていた。
「出来る! 俺ならば……出来る!」
事はアカデミア入学直後にまで遡る。その頃受けた月一テストのある出来事により、彼はとある嗜好に目覚めてしまったのだ。
しかし同時に彼の脳内には、本人ですら知覚出来ない領域での戦いが勃発してしまっていた。
『待て、性癖! 俺の名は良識だ! これ以上貴様をのさばらせておくわけにはいかん!』
『ほう? 戦闘力が42000にまで上昇しましたよ、素晴らしい数値です。ですが私の戦闘力は530000です』
『何……だと……?』
ひとまずその戦いは性癖が勝利を修め、三沢は静か~に己のその嗜好と向き合って楽しんでいた。初めはそれで良かった。
とはいえ人の欲望とは尽きぬもの。いつしか彼は1人で悦楽に浸るだけでは物足りなくなってきた。
しかし。だがしかし。戦いは再び勃発した。
『俺の名は常識! しかしそれだけでは無い! ハァァァァァ!!』
『何ッ!? 常識と良識が同化した……ですと!?』
『常識と良識が同化した俺の新たなる名は理性! 俺が宇宙一なんだー!!』
性癖も頑張った。しかし理性の壁は厚く、第2ラウンドは苦戦する。その未知なる戦いは三沢の実生活にも影響を及ぼし、睡眠不足・食欲不振にまで陥る程の長期戦であった。
このままではいかんと本能的に察した三沢は、友人に相談することにした。その相手の名は上野優、三沢の同寮の友人だ。三沢は彼に包み隠さず己の本心を打ち明けた。
余談ではあるが、精霊だの幽霊だのといった本来人が見えないものを見ることが出来るかの少年は、三沢の脳内で巻き起こっている熾烈な戦いもよ~く見えたらしい。三沢本人がそれを知ることは無いが。
話を聞いた優は、三沢にこう言った。
「三沢。俺は三沢がどんな趣味を持っていようが構わない。だって俺たち、友達じゃないか」
三沢はちょっと泣きそうになった。実は覚悟していたのだ。己の悩みを打ち明けると、友人は離れて行ってしまうのではないか、と。しかし優は、変わらぬ親愛を示してくれている。勇気が湧いてきた。
そして優の特別製な目には、三沢の脳内の戦いの趨勢が見えてみた。
『フフフ、理性さん。あなたは頑張りました。しかし私はまだ2回、変身を残しています』
『どういう……ことだ……』
性癖は理性を完全に屈服させた。
しかし、実は敵はそれだけでは無い。理性を倒した性癖の前に、新たなる敵が立ちはだかる。その名は世間体。
『世間体……あなたも打倒して差し上げましょう! ヤツのように!』
『ヤツ、だと? 理性のことか……理性のことかー!!』
世間体。それは或いは、性癖が完全に解放される上で最も高く険しい壁。もしもそのまま放置していれば、性癖は『バカヤローーーー!!!』と抑え込まれていただろう。
しかし。だがしかし。
「三沢……俺はこんな言葉を知っている。『強いポケモン、弱いポケモン、そんなの人の勝手。本当に強いトレーナーなら、自分の好きなポケモンで勝てるように努力するべき』ってな」
悪魔は性癖に味方した。しかし混乱している三沢は、その甘言を聞いてしまう。
「ぽけもん? それはどんな効果だ、いつ発動する?」
「細かいことはツッコむな。俺が言いたいのは『ポケモン』を『カード』に、『トレーナー』を『デュエリスト』に言い換えてみろってことだ」
「?」
「『強いカード、弱いカード、そんなの人の勝手。本当に強いデュエリストなら、自分の好きなカードで勝てるように努力するべき』」
「!!」
雷に打たれたかのような衝撃が三沢を襲った。感動に打ち震える友人を、優は慈愛の笑みを浮かべて見守る。慈愛の悪魔だった。
しかし悪魔とはいえ、彼に悪意は欠片も無い。何故なら彼の意志はただ1つ。
(このままキャラが立てば、三沢も空気化しなくて済むかも!)
嘘偽りない善意だった。だからこそ心からの慈愛を込めた微笑みを浮かべていられるのである。
そして絶妙なタイミングで放たれたその悪魔の囁きに三沢は完全に陥落し、脳内の世間体は綺麗に霧散した。まるで初めからそこには何も無かったかのように。
「優」
三沢はスッと立ち上がり、自身の右手を差し出す。
「ありがとう、優。おかげで俺はこの先に進める」
彼は完全に解脱しきっていた。もう手の施しようが無かった。
そんな三沢の右手を自身の右手で握り返す優。
「役に立てて嬉しいよ。俺も三沢の新境地を楽しみにしてる」
固く握り合う手。固く結ばれる友情。しかしどこかで何かが間違っている。それを指摘する者はいなかったが。
そして冬休みに入っても、三沢の魂のデッキはまだ完成していなかった。それだけ本気だということでもある。
実家に戻って地元のカードショップにも出向き、デッキに入れられそうなカードも更に手に入れている。彼は今、乗りに乗っていた。
「行ける……行けるぞ! ハーッハッハッハ!!」
寝不足からくるハイ状態の男は、いきなり立ち上がって高笑いをし。
パタッ
糸が切れたように倒れた。本人は自覚していなくても、肉体はとっくに限界を迎えていた。
「な、何故だ……俺は、俺はまだ……新世界に至ってはいないというのに……!」
だから、身体が限界なんだって。けれどそうツッコんでくれる人間はいなかった。家族ですら今の三沢の気迫に匙を投げて放置していたのだから。
悔しげに呻き体を起こそうとするが手足に力が入らず、三沢はそのまま崩れ落ちる。忸怩たる思いに涙すら浮かんできた彼の眼に、しかし意外な光景が飛び込んできた。
「ゆ、優!」
そこにいたのは三沢の友人、上野優その人であった。そして彼は倒れた三沢に手を差し伸べてニッコリと笑う。
紛うことなき幻覚であった。本物の優はその頃、師匠と2人揃って二日酔いで完全グロッキー状態だったため、こんな風に笑うことなど出来っこない。というかそもそも、三沢の自宅がどこかも知らない彼が三沢の自室に現れるはずが無い。
だが判断能力が落ちに落ちた三沢には、そんなことは解らない。どんなに明晰な頭脳を持っていようと、寝不足と疲労はそれを凌駕するのだ。
どうして三沢が優の幻を見たのか? それはかつて優に言われた言葉が、三沢にとって神託にも等しい言葉としてその心に刻まれたからである。故に三沢の深層心理は、その神託を授けた優を新世界の神の様に認識していた。ちなみに優はといえば三沢の性癖が全ての戦いを制したのを見た時に『計画通り』と笑っていたので、あながち間違っていないのかもしれない。
まぁ要するに、イッちゃってる人間は神の幻を見るってことだ。
そして優(幻)は三沢に語りかけた。
『三沢、しっかりしろ。大丈夫、お前ならできる。だから今は休むんだ』
完全に三沢の妄想の産物である。題材にされた当の本人が知れば、流石にドン引きしただろう。
しかし弱り切った三沢は、その優(幻)の言葉を素直に聞き入れる。何故ならそれは神託に等しいから。
「そうか……なら……今は休もう……」
それだけを言い残し、遂に三沢大地は意識を失う。しかしその表情には、未だ諦めぬという強い意志が見えた。これぞ正に漢の顔。
……まぁ、これはこれで彼も充実した冬休みを過ごしていると言えるのだろう。ある意味では。
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デュエルアカデミア。冬休みに入ったその島は人の気配がごく少なくなっているが、かといって0というわけではない。
「お、焼けた焼けた!」
七輪で香ばしく焼いた餅を皿に取り、十代はそれに醤油をかけた。加えて海苔も巻く。ありきたりな磯部巻きだが、これが美味い。やっぱり正月は餅である。
今が正月と言っていいかは怪しいが。
「アニキ~、よくそんなに餅ばっかり食べられるッスね~」
既に年が明けてから1週間以上が経ち、翔の胃はもたれていた。アカデミアに残った人間は少ないというのに、その数少ない人員で何故か大量にある餅を消費せねばならなかったのだから当然である。十代や隼人と違い、翔は元来さほど大飯食らいでは無いのだ。
しかし平和に過ぎて行く休暇に、翔はホッと息をついて茶を啜る。この冬休みは初っ端からサイコ・ショッカーの精霊と遭遇するなどという異常事態に遭遇したため、彼の精神は参っていたのだ。十代や大徳寺は早々に復活し、隼人も案外立ち直りが早かったが、翔は良くも悪くも一般人なのである。
決して豆腐メンタルなどと言うなかれ。どこぞの異常事態のバーゲンセールの如き冬休みを送りつつも全く堪えることなくケロッとし、あまつさえ世界の危機に立ち向かう覚悟をあっさり持ってしまい、『魔法使いにでもなる気なのか?』と言いたくなるような修行を特に疑問も持たずに始めたりしてしまえる逸般人とは、ワケが違うのだ。むしろ逸般人のメンタル構造はどうなってんだ。
さて、本日レッド寮に残る寮生3人と寮監は、揃ってテレビ画面に釘付けになっている。餅を食いながら。
特に深い理由は無い。デュエル中継の観戦だ。プロ同士の白熱したバトルを見ながら、彼らはまったりと過ごす。
やがて中継が終わると、十代は翔をデュエルに誘う。十代の日常はデュエルを中心に動いていた。
その様子を横目に、大徳寺は中継後のテレビ画面に視線を戻す。次の番組は至って真面目なニュース番組で、これも十代がテレビから興味を失った理由の1つである。
『続いてのニュースです。本日童実野町で発生した銀行強盗立て籠もり事件は、未だ進展が見られません』
しかし、キャスターのその発言に僅かに興味を持つ。童実野町、という単語に反応したのだ。
「童実野町? って、遊戯さんの町の?」
首だけをテレビ画面に向けて問うた十代に、大徳寺が軽く頷く。
「みたいですにゃ。どうやら犯人は複数で、銀行員や客を人質にもう2時間も立て籠もってるみたいですにゃ~」
些か呑気にも聞こえる口調だが、致し方の無い事とも言える。他人事には間違いないのだし。
しかし発生している事件は大変だ。大徳寺だけでなく、生徒たちもニュースに意識を向ける。
その時だった。
『あ、現場で動きがあった模様です! 現場の影山さ~ん!』
スタジオのキャスターの一声と同時、テレビの向こうがスタジオから現場と思しき銀行前の生中継に変わる。
『ハイ、影山です! どうやら犯人は逃走用の車を要求している模様です!』
紫がかった髪のそれなりに美人の現場リポーターの後ろでは、警察官が慌ただしく動いている。それにしてもベタな要求だ。
どうやら犯人は警察が用意した車では無く現在近辺にある車を要求しているらしく、警察は人質の安全を第一に考え、その要求を呑むらしい。程なくして用意されたワゴンに乗り込むために銀行から出て来たのは、拳銃とデュエルディスクで武装した4人組み。
そして。
『どうやら強盗団は、男性と少年を1名ずつ人質に取って逃走する模様です!』
「ブフッ!?」
「えぇ!?」
「なんだな!?」
映像を見て大徳寺は飲んでいた茶を吹き出し、翔は引っくり返り、隼人はあんぐりと口を開けた。
「おいおい……何で優が人質になってんだぁ!?」
そして十代が発したその叫びが彼ら全員の心を代弁していた。
テレビ画面の向こう、強盗に蟀谷に銃を突き付けられながら歩かされる人質は2人。その内の1人であるやたらとガタイのいいおっさんにはとんと見覚えが無いが、もう片方の『少年』は彼らがよく知る人物だったのだから。
上野優。彼らの友人でもあるその少年は、銀行強盗に鉢合わせて人質にされてしまったらしい。
どうやらアイツも平凡な冬休みは送れなかったらしい、と彼らは頭を抱え無事を祈る。
ちなみに彼らは、優がとっくの昔に『平凡な冬休み』とはかけ離れた冬休みを送っていたということも、当の本人が『拳銃ぐらいなら何とかなるな』と本心から思ってケロッとしてることも、まるで知らなかった。
未成年の飲酒、ダメ、絶対。そして冬休み編は次回でラスト。