遊戯王GX お隣さんに縁がある   作:深山 雅

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注・これはあくまでもカードゲームアニメを原作としたSSです。


第14話 師匠と弟子

 

 遊戯さんは本物でした。すぐに解る。だってマナとマハードを連れてたから。

 久しぶり、と言わんばかりの笑顔でひらひらと手を振るマナと、クールに笑うマハード。そして苦々しげなエンディミオン。おい、大人げないぞ魔導王。

 ちなみに傍らでは、クリボンに声を掛けたけれどそっぽを向かれて落ち込んだクリボーと、そんなクリボーを励ますフェーダーという究極の癒しシーンも展開されていたが、残念ながらそれを堪能してる暇は無かった。

 

 再会の挨拶もそこそこに俺たちがまず行ったのは、サイコ・ショッカーへのお仕置きだった。気絶していたサイコ・ショッカーを無理矢理蘇生させ、今後は生贄を求めて彷徨い出たりしないよう忠告。あ、気絶から目覚めたサイコ・ショッカーはちゃんと正気に戻ってたからね。

 で、ガクブルと震えながら快く頷いて了承してくれたサイコ・ショッカーは、遊戯さんによって元いた世界へと送られた……え、あの、遊戯さん、そんなことまで出来るの?

 

 さて、取りあえず落ち着いた所で。

 

 「お久しぶりです、遊戯さん」

 

 ちゃんと挨拶しよう。

 直接顔を合わせたのは凄く久し振りだけれど、手紙や電話はしょっちゅうだったし、ネットに繋いでのテレビ電話をしたことだって少なくない。前にそうしたのは入試直後、十代にハネクリボーをあげたんだよ的な話をした時だ。だから久々の遊戯さんではあるけれど、前見た時とあまり変わらず……と、いうことはない。

 ちょ、どうしたの遊戯さん!? ノースリーブから覗く二の腕がムッキムキになってるよ!? この数ヶ月に一体何が!?

 しかし折角の再会、そんなことを言って空気を悪くしたくはない。なので内心は綺麗に押し隠す。

 そんな俺に遊戯さんも笑顔を返してくれた。

 

 「久しぶり、優君。でも君、どうしたの? その恰好?」

 

 ……ふ。出来ればツッコんで欲しくなかった。

 

 「遊戯さん、これはエプロンという装備魔法です。その効果によって俺は、服への汚れを防ぐことが出来ます。ちなみに、前ポケットは細々とした物を入れるのに丁度良くて、実に機能的です」

 

 「……あぁ、うん。海馬君か」

 

 思わず遠い目になってしまった俺に、遊戯さんは何も言わずに察してくれた。けれど何故、そこまでダイレクトに解るんだろう。

 

 「えぇ、まぁ。お節を作っていたら拉致されました」

 

 他に言い様が無かったのでそう述べると、遊戯さんは驚いて眼を見開いた。

 

 「え、お節? もう正月なのかい!?」

 

 「驚くトコそこ!?」

 

 俺も驚いた。遊戯さん、良くも悪くも社長のテンションに慣れ切ってしまってるんだね。かくいう俺も、段々慣れてきてるけど。

 すぐさま気を持ち直して遊戯さんの疑問に答えたのがその証拠だろう。

 

 「今日は大晦日ですよ。ちなみに俺は冬休みで本土に戻ってて、『亀』で泊まり込みのバイト中です。おばさんはおじさんの所に行ってるので、今は俺と双六じいちゃんが武藤家にいます」

 

 最低限の伝えるべき情報を伝えると、遊戯さんは明らかに『しまった』と言いたげな表情になっていた。

 

 「うわー、もうそんなに……後で怒られそうだなぁ」

 

 おばさんに、だろうか。

 そりゃまぁ、いくら成人男性とはいえフラッと出て行ったっきり数ヶ月も音信不通。しかも職業は個人経営の店舗の店員。怒られないはずが無い。

 けれど自業自得といえば自業自得なので、大人しく怒られてもらおう。

 

 「あ。てことはお節って、ウチの?」

 

 「はい。後は栗きんとんだけだったんですけど、そこで磯野さん……とどのつまり社長に拉致られました」

 

 「……栗きんとん以外は作ったの? 優君が?」

 

 「頑張りました。あ、でも、色々あって大掃除まではちゃんと出来なかったんですけど」

 

 折角任せてくれと言って請け負ったのに中途半端にしてしまったことが悔しくて、俺は渋面になる。反対に遊戯さんは朗らかに笑ってたけど。

 

 「いいよいいよ、そこまでしてくれなくて。手伝ってくれてただけでも大助かりだよ」

 

 「でも、正月の準備もしたのに。掃除だけが軽くしか出来なかった」

 

 「え、軽い掃除は出来ちゃったんだ……優君」

 

 「はい?」

 

 「卒業後、正式にうちで働く気は無いかい?」

 

 「それ、双六じいちゃんにも言われました。でも、手頃な所で家政夫を探そうとしないで下さい」

 

 いっそのこと、どこかからお嫁さんでも貰って来たらいいんじゃないですかね? レベッカとか喜んで来そうだし、杏子さんに告白するとかもアリだと思う。

 半眼でジトっと睨むと、遊戯さんは慌てたように視線を逸らした。

 

 「ところで遊戯さんは、何故ここに?」

 

 この話を続けていたらその内、俺の心にダメージが来そうな気がひしひしとした。なので話題の転換を試みる。気になってる事柄なのは事実だし。

 俺の質問に、遊戯さんは『あぁ』と頷いた。

 

 「実はこの間店番をしてたら、クリボーが何かを感知してね。それで何かあったのかと思って異次元に様子を見に行ってたんだ」

 

 便利だな、クリボーセンサー。そういえば、ハネクリボーも何かしらを感知する度合いは高かったっけ……って、異世界を通り越して異次元に行ってたんかい。

 

 「それで色々と問題があったんだけど取りあえずは解決して、丁度帰ろうと思った時に大きな時空の歪みを感じたんだ。それを追ったらこの世界に来て、君たちを見付けたんだよ」

 

 大きな時空の歪み……エンシェント・フェアリーの力の影響だろうか。他力本願鰻とはいえ、精霊世界の女王なわけだし。実際にデュエルに出した時の活躍度はともかく、精霊としての格はバカ高そうだもんな。

 いや待て、今のセリフにかなり気になる部分があった気がする。

 まるで近所のコンビニに足を延ばすかのようなノリで異世界に来たってことには、もうツッコまない。次元の壁をヒョイっと超えてしまえる遊戯さんにしてみれば、世界の壁なんて有って無いようなものだろうし。だから問題なのはそこでは無く。

 

 「遊戯さん、色々な問題って?」

 

 「うん……」

 

 最も気になった部分を口にすると、遊戯さんは難しい顔をした。

 

 「ねぇ優君、アカデミアってどんな所?」

 

 ……は?

 え、そんなに難しい顔でそんなこと聞く?

 

 「どんなって……デュエリスト養成学校ですけど……あ、ちなみに中等部と高等部があります」

 

 「実は裏でデュエル戦士を養成してるとか」

 

 「多分無いです」

 

 「オベリスクの仮面みたいなのを被った人たちが暴れてるとか」

 

 「無いです」

 

 「……じゃあやっぱり、あれはあくまでも異次元の『アカデミア』か」

 

 いや、オベリスクブルーの生徒の一部はある意味暴れてるけど。横暴って意味で。でもそれも、まだまだ可愛いものだ。ここまで深刻になるようなことじゃ……って、ちょっと待て。

 デュエル戦士を養成するアカデミア? オベリスクの仮面みたいなのを被った人たち? 異次元のアカデミア?

 あれ、何だろう。嫌な予感がする。

 

 「実はね、移動した先の次元でそういう人たちに会ったんだ。よく解らないんだけど、融合次元とかアカデミアとかオベリスクフォースとか言ってたかな? 次元を統一するとか何とか……僕たちの世界にも来るようなことを言ってたから、デュエルで撃退して。気付いたら結構な時間が経っちゃってたんだけど、まさかもう年末だったなんて」

 

 参ったなぁ、と言いたげな遊戯さん……おい、ちょっと待て。

 

 この人……たった1人で融合次元の侵略を食い止めてたってのか!? 勿論全てを防げたわけじゃないだろうし、遊戯さんが戦ったのが融合次元の全戦力ってこともないだろうけど!

 あ、それでか! それでそんなにデュエルマッスルが付いたの!? 苛酷な戦いのせいで!? この間見た時と比べても一目瞭然じゃん! 今までワームだとかインヴェルズだとかリチュアだとかとの戦いに巻き込まれたって聞いた時は、そんな風になってなかったのに!

 ってか、ごめんなさい! さっさと帰って来てくれとか思っててごめんなさい! 世界を守ってたんだね遊戯さん!

 おかげで、俺たちの世界は大丈夫そうだし。エクシーズ次元がどうなるかは解らんが。

 

 目の前で困ったように頭を掻く遊戯さんは一見、どこにでもいそうな青年だ……髪型以外は。

 俺は遊戯さんを尊敬してる。だからこんなことを言うのは不本意だ、本当に不本意だけど。でもこの人、もう人間じゃねぇ……完璧に人智を超えてるよ。

 前に誰かに聞いたことがある。ユベルは『ユベル』という性別なのだと。遊戯さんも似たようなものなんだろう。この人はきっともう、『武藤遊戯』という生命体なんだ。うん、それなら納得。

 

 「まぁそんなわけで、色々あったんだよ」

 

 「そうみたいですね」

 

 もうツッコむのは止めよう。でないと俺の中の常識がガラガラと音を立てて崩れていく。

 さてそうなると、今度は俺の説明か。

 

 「実は……」

 

 そうして事の次第を話した。

 社長に拉致られた後、ペガサスと会ったこと。【スターダスト】を含む6体のドラゴンのこと。エンシェント・フェアリーによってこの世界に連れて来られたこと。けれど当のエンシェント・フェアリーの居場所が解らず困っていたら、何やかんやでサイコ・ショッカーとデュエルする羽目になったこと。ついでにそのサイコ・ショッカーとの一戦が結果的に十代の後始末だったこと。

 全ての話を聞き終えた時、真っ先に反応したのは遊戯さんではなくレグルスだった。あ、うん、すぐそこにいるんだよレグルス。空気を読んで大人しくしててくれたけど。

 

 『優殿はエンシェント・フェアリー様に会いに来たのか?』

 

 「いやだからね、会いに来たんじゃなくて引きずり込まれたの」

 

 細かいかもしれないが、ここは譲れない部分である。なので訂正したのだが、レグルスはスルーした。

 

 『ならば案内しよう。私はエンシェント・フェアリー様に仕える身。これも何かの縁だろう』

 

 そうきたか。あぁ、あのサイコ・ショッカー退治も無駄じゃ無かった。アレのお陰で信頼を得られたわけだし。

 

 「それじゃあ、頼む。遊戯さんも行く?」

 

 少し見上げて遊戯さんの顔を見ると、神妙な顔で頷く。

 俺も遊戯さんに負けず劣らずの神妙な顔付きのはずである。実際、事態は深刻だから。

 だって、さっさと用事を済ませて帰らないと、年越しそばに乗せる海老天を揚げている時間が無くなるじゃないか!

 

 

 

 レグルスに先導されて歩くこと数十分、遂に俺たちはエンシェント・フェアリーの元へと辿り着いた。何だろう、このRPG感。

 辿り着いたとは言ったが、そこにあったのは巨石。しかしその岩の表面に浮き出ているのは、紛れもなくエンシェント・フェアリーの姿だった。

 

 「これは……封印されているのかな?」

 

 一目で状態を看破したらしく、遊戯さんは厳しい目でその巨石を向ける。俺も同感だったので、レグルスに説明を求める視線を投げた。レグルスは、まるで自分が封印されているかの如く苦しげな顔をしている。

 

 『そうだ……エンシェント・フェアリー様はおよそ5000年前の地縛神との戦いの折、こうしてその身を封じられてしまった』

 

 「そりゃお気の毒に。でもさぁ、俺は確かにエンシェント・フェアリーの声を聞いたんだぜ?」

 

 『それは私から話しましょう』

 

 突如響いた声にハッと振り向く。するとそこには、半透明に透き通った一体のドラゴンがいた。

 ドラゴンと言われて思い浮かぶ、東洋風の力強い竜、西洋風の雄々しい竜。そういったイメージとは一線を画す、華奢でしなやかなフォルム。

 エンシェント・フェアリー・ドラゴンがそこにいた。

 

 「これって精霊体? 精霊世界なのに?」

 

 「おそらくは実体化出来るほどの力が戻っていないんだろうね」

 

 遊戯さんの推測は正しかったらしく、エンシェント・フェアリーは悲しげに顔を伏せた。

 なるほど、エンシェント・フェアリー・ドラゴンの本体は確かに封印されている。けれどその力の一端を顕現させる程度の事は出来るんだろう。逆に言えば、その程度しか出来ない、ということでもあるけれど。

 いや、それでも十分凄いとは思う。流石は女王といったところか。けれどいくらそれが神業的所業であっても、実際に奮える力が小さくてはどうにもなるまい。

 

 「それで俺に……いや、あんたの声が聞ける人間に何の用?」

 

 仮にも女王を前に、不遜な態度だというのは自覚している。けれどこちらも有無を言わせず異世界に引きずり込まれたのだ。それで無条件に敬意を抱けるほど、俺の心は広くは無かった。

 それはあちらも承知しているようで、特に気にしていないらしい。

 

 『頼みがあります』

 

 「頼み……」

 

 本当に他力本願キター。いや、この状態では他者に頼らざるを得ないのは解るけど。

 

 『実は、邪悪なるものたちが目覚めつつあるのです』

 

 は?

 

 「えーと、それって……さっきレグルスの言ってた、地縛神ってヤツ?」

 

 『いいえ』

 

 地縛神という単語を出すに当たり、少しばかり気を遣う。だが問題はそこではなく、あっさりと首を横に振られたことだ。

 

 『地縛神はまだ目覚めません。その兆候は無い……しかし、地縛神以上の力を持つ存在がいます』

 

 地縛神以上って、神しかいないんじゃなかろうか。

 

 『そしてその力を受け、また別のものたちも目覚めつつある……』

 

 いや、だからそれ誰だよ。

 

 「……で?」

 

 『彼らを何とかして下さい』

 

 デスヨネー。そう来るよねー……無茶振りにも程があるだろうが!!

 そもそも、その『邪悪なものたち』が何なのかすら不明じゃねーか! しかも『何とか』って何だよ、『何とか』って! 抽象的すぎるわ! 丸投げしてんじゃねぇよ!

 しかしそれらは嘘偽らざる本心だったが、流石に実際に口に出すのは空気を読んで自重した。だってエンシェント・フェアリーってばすっごく悲しげな顔してるんだよ……しかもそんな彼女の様子にレグルスも悲痛な面持ちだし。そんな状況でバッサリ切り捨てるなんて、出来るわけないだろ……。

 

 『無茶を言っているのは解っています』

 

 あ、自覚あったんだ。

 

 『私自身、現段階ではそのような予感がするというだけで、詳細を掴むことが出来ません。しかし、人間界に危機が迫っているのは紛れもない事実』

 

 え、危機が迫ってるのって人間界なの? 精霊界じゃなくて? ……って、人間界と精霊界は表裏一体。人間界があまりに乱れ過ぎれば、精霊界だってその影響を受けるか。そりゃ深刻にもなるわな。

 

 『私はそれを感じ取り、以来呼び掛けてきました。けれど未だ万全でない私の声は上手く届かず……漸く見付けたのが貴方でした。どうか、頼みます』

 

 「…………」

 

 実を言えば、心当たりはある。

 地縛神以上の力を持つ、邪悪な存在。しかも『目覚めつつある』ということは、現在は封印されているのだろう。

 となるとそれは恐らく、三幻神に匹敵する力を持つという、三幻魔のことなのではなかろうか。あいつらを『邪悪』と断じていいのかは疑問が残るが、解放されてしまえば甚大な被害が出るのは間違いない以上、そう表現するのは間違いでは無い。

 それだけならエンシェント・フェアリーの頼みを聞くのは難しくなかった。だっていずれは事件が起こるのだから。しかし問題は、『その力を受けて目覚めつつあるそれ以外のものたち』。それって何だ?

 

 故に沈黙した。安請け合いするには事が大きすぎるが、だからといって切り捨てることも出来ない。その結果が沈黙だった……どうして俺は、こんな重大事にエプロン姿で遭遇しなきゃならんのか。客観的に見ると果てしなく緊張感に欠けるぞ。

 

 そんな俺に声を掛けたのは、この場にいるもう1人の人間。

 

 「優君」

 

 遊戯さんだ。彼は酷く真剣な顔をしていた。

 

 「君はこの話を聞いて、放っておける?」

 

 至極単純であり、なおかつ根本的な問いだった。そして、答えの解りきっている問いでもある。

 

 「いいえ」

 

 頭を振って否を唱えた。

 事実、放ってなんていられないのだ。エンシェント・フェアリーは本気で心を痛めてながら頼んできている。そんなの放っておけるわけがない。

 でも。

 

 「でも俺がここにいるのは、ただ単に『精霊の声が聞けて』『シンクロ召喚を認知していた』から、それだけの理由でペガサス……さんに【エンシェント・フェアリー・ドラゴン】を渡されたってだけなんです。だったら、俺よりももっと頼りになる人はいくらでもいるはずだ。それこそ遊戯さん、あなたとか」

 

 もしも遊戯さんがもう少し早く旅から戻っていれば、ペガサスは俺では無く遊戯さんにこの話を持って行っていただろう。偶々それが俺だったからって、俺がここで返答していいことなんだろうか。

 

 「うん。勿論僕だって放ってはおけないよ。だから、それでいいんじゃないかな?」

 

 は?

 

 「君は1人じゃないだろう? 僕も力を貸す。みんなだってそうだ。だって僕たちは友達で、仲間なんだから」

 

 ……言われてみればそうである。本当に手に余るようならば『助けて欲しい』、『力を貸して欲しい』と言えばいいだけのことなんだ。

 どうして俺はこんなバカな勘違いをしたのか。いきなり見ず知らずの土地に放り込まれて、やたらと壮大っぽい話を聞かされて、知らず緊張していたのかもしれない。

 

 「難しく考える必要なんて、どこにも無かったんですね……解ったよ、エンシェント・フェアリー・ドラゴン。何が出来るのかは解らないけど、やれるだけのことはやってみる」

 

 いや、本当に解らないんだけどね。むしろ何も出来ないかもしれないし。そもそも肝心の敵の情報が圧倒的に不足してるし。

 けれど俺のそんな曖昧な返答にも、エンシェント・フェアリーはホッと肩の力を抜いていた。うん……他力本願だの鰻だの散々言ったけど、彼女自身は自分の出来る限りのことをしようとはしてるんだよね……ただその結果が、助けを求めることだの忠告を残すことだのに留まってしまうだけで。

 

 「で、話はそれだけ?」

 

 それだけならそろそろ帰りたい。そんな思いを込めて尋ねてみると、エンシェント・フェアリーは頷き。

 

 『ええ、よろしくお願いします……あぁ、そういえば』

 

 しかし、ふと何かを思い出したように目を細めた。

 

 『折角の機会です。頼みを聞いてくれた礼に、少し力添えをしましょう』

 

 「……え?」

 

 力添え……だと? あのエンシェント・フェアリー・ドラゴンが!?

 驚愕の一言に呆気に取られている間に、彼女は小さな光の玉を生み出していた。その玉がフワリとこちらに飛んで来たので、反射的に受け取る。

 フワフワとしてどこか頼りなく、しかし仄かな温かさを感じるその光は、少しずつその姿を変えて行った。やがて俺の手の中に現れたのは。

 

 「白紙のカード?」

 

 裏面は従来通りのデュエルモンスターズのカード模様でありながら、肝心の表にはイラストもテキストもカード名も、それどころか種類を判別するための色枠すら無い、正真正銘白紙のカードだった。

 尤も、ただの白紙のカードでないことはすぐに解る。上手く表現するのは難しいが、どことなく『生きている』かのような気配を持った1枚だった。

 

 『それは私の力の一部。とはいえ、既に私自身とは切り離されていますが』

 

 俺だけでなく、遊戯さんですら物珍しげにしげしげとそのカードを観察する中、エンシェント・フェアリーが再び口を開いた。

 エンシェント・フェアリー・ドラゴンの力って……あれか? 『聖なる守護の光』ってか?

 更なる説明を求め、俺は彼女に目線を戻す。

 

 『言うなれば、無垢な力の欠片。それがどのような色に染まるかは貴方次第です』

 

 ……あれ? 何だかんだ言って、それって結局丸投げじゃね?

 

 「……以前、似たようなものを見たことがある」

 

 思わず遠い目になってしまっていると、遊戯さんが何かを考えながら……いや、恐らくは思い出しながら呟いた。

 

 「無垢な力の欠片って言われると、そのように思う。前に見た時は周囲の悪意を吸って、邪悪な精霊が生み出されたっけ」

 

 「……遊戯さん、どんな人生送ってるんですか?」

 

 俺の切実な質問は、穏やかな笑みでスルーされた……遊戯さんがどんどん遠くに行ってる気がする。

 落ち着け、頭を切り替えろ。

 

 「つまり、こいつは俺次第で何にでもなり得るってことですか?」

 

 頭を振って聞き直すと、遊戯さんは頷いた。

 

 「多分ね。それが最終的にどれほどの力を持つのか、モンスターになるか魔法になるか罠になるか。或いは精霊が宿るか否か。それは彼女……エンシェント・フェアリー・ドラゴンの言う通り、君次第だと思う」

 

 「……俺の力不足でこのまま何にもなれず、ただの力の欠片として終わるという可能性も」

 

 「あり得るだろうね」

 

 もしやと思って聞いてみると、予想通りの答えが返ってきた。とはいえ遊戯さんにも初めての経験らしく、答える声に絶対の自信は宿っていなかった。

 けれど目の前にいるエンシェント・フェアリーも頷いたため、確定したが。

 

 う~ん、完全に丸投げだ。いや、シグナー竜たるエンシェント・フェアリー・ドラゴンから譲られた力なんて相当貴重には違いないのだろうけど。どうなるかは俺次第って。どうなるんだよ。

 

 「そのカード、常に持ち歩いた方がいいと思うよ? 日頃から優君の魔力や波動を与えておけば、目覚めやすくなるかも」

 

 遊戯さんのアドバイスに、俺は微妙な気分になった。

 何と言うか、こう……ついさっき会ったばかりのおばさんに親が不明のポケ○ンの卵を託された気分とでも言えばいいのか。行き着く先も解らず、ただ持ち歩けって言われた気分。

 けれど遊戯さんは確かに本心からアドバイスしてくれていて、エンシェント・フェアリーも大きく頷いている。レグルスに至っては畏怖の目でこちらを見ているし。エンシェント・フェアリーに仕える彼にしてみれば、その力の欠片を渡されるなんてのはとんでもない事なんだろう。

 そんな面々を前に、いらないなんて言えるわけが無い。というかそもそも、いらないとは思ってないけど。丸投げが微妙な気分にさせられるだけで、これ自体は確かにありがたいし、嬉しいし、面白い。

 

 「……じゃあ取りあえず、融合デッキにでも入れときます」

 

 言ってデュエルディスクを操作し、融合デッキにその白紙のカードを収めた。

 デュエルディスクに入れておけば、間違いなく常に持ち歩くことが出来る。かといってデッキに挿したり墓地に入れたりするわけには行かない。

 そういう意味では、融合デッキは最適な場所だった。俺は普段は融合を使わないから常に空いているし、外からは見えないのだから。

 

 

 

 

 

 これで本当にもう何も無いようで、俺たちは元の世界に帰ることにした。

 しかも遊戯さんがいるおかげで、わざわざ魔法都市を経由する必要も無くなったのだ。直接人間界に戻れる。

 

 「あれ? 優君は世界の壁を越えられないの?」

 

 しかし俺が遊戯さんに『送って下さい』と頼むと、意外そうな顔でそう言われた……うん。

 

 「普通は出来ません」

 

 異世界は近所のコンビニじゃないんだから。

 そんな思いを込めてジト目になるが、遊戯さんはますます不思議そうにしていた。

 

 「でも昔、魔法都市に行ったって言ってなかった?」

 

 「あれは、その魔法都市の主であるエンディミオンがいればこそです。俺は魔力を提供しただけで、実際に壁を超えるのはエンディミオンの能力なんです」

 

 「そうなのかい? でも魔力を提供したのなら、力は足りてるってことだよね? じゃあコツさえ覚えれば、後は簡単だよ」

 

 ……………………そうか、簡単なのか。

 

 「何なら教えてあげようか? そうすれば優君も、自力でこの精霊世界に来られるようになるだろうし。いざって時に役に立つかもしれない」

 

 「それは……」

 

 思わぬ提案に思案する。

 美味しい話だ。うまい話には裏があるとは言うけれど、相手は遊戯さんなのだから信頼できるし。

 世界の壁を越えられるようになれば、再来年に高確率で起こるだろう異世界騒動でも役に立つ。

 それに……。

 

 『『『『『!!』』』』』

 

 後方の森にチラッと視線を向けると、こっそりと付いて来ていたちっさい精霊たちが驚いたように木々の間に隠れた。どうやら気付かれてないと思ってたらしい。バレバレだけど。遊戯さんも苦笑してるし、レグルスはやれやれと言いたげに溜息を吐いてるし。

 懐いてくれたあいつらとも、もう少し交流したいよなぁ。

 

 よし。

 

 「お願いします、遊戯さん」

 

 使えるスキルが多いに越したことはない。教えてくれると厚意で言ってくれているのだし、それに甘えよう。幸いにも時間はたっぷりとある。だって今、俺は遊戯さんの実家で寝泊まりしているのだから。

 遊戯さんは俺のその返事に、ふんわりと笑った。

 

 「そっか。じゃあ折角だし、それ以外にも色々と見直しておこう。どうやらきな臭くなりそうだしね」

 

 「色々?」

 

 「うん。優君って我流だからか、魔力の運用に結構無駄が多いよね。生まれ付きの絶対量が多いからこれまで問題にならなかったみたいだけど、世界の危機レベルの騒動に首を突っ込むのなら、少しでも改善しよう」

 

 そうか……やっぱり俺、無駄が多かったのか。何となくそんな気はしてた。だって殆ど力任せだし。そんなだからあの廃寮での一件でも、タイタンを思いっきり吹っ飛ばしちまったんだ。

 もう、あんなことにならないためにも。

 

 「よろしくお願いします!」

 

 頑張って魔力運用に磨きを掛けなければ!

 俺は腰を折り、勢いよく頭を下げた……あれ? デュエルは? あ、いや、それは自分でどうにかする部分か。

 それにしても……。

 

 「どうしたの? 優君?」

 

 ふと思い付いたことについついクスクス笑いが出てしまい、遊戯さんは不思議そうな顔をした。

 

 「いえ。何だか本当に師弟の会話っぽいなって思って、つい」

 

 まぁ、修行の内容が些かどころではなく可笑しい気がするけど。

 

 「……優君は、僕と師弟じゃ嫌かい?」

 

 小さく笑っていると、不意に遊戯さんの真剣な声音が聞こえて顔を上げる。視線を上げるとその先には、ちょっと困ったような表情が見えて息を飲む。

 

 「嫌ってわけじゃ、無いですよ」

 

 クスクス笑いなんて一瞬で止まった。

 

 「ただ、恐れ多いというか……しっくりこなくて」

 

 今ここには、遊戯さんと俺しかいない……精霊たちはちょっと置いておこう。

 なので正直に、心情を吐露する。

 

 遊戯さんと師弟関係だと言われたり、そうなのかと聞かれたりする度に、俺はいつも否と答える。

 遊戯さんが嫌なわけじゃない。ただ実際、正式な師弟関係を結んだという事実は無い。

 

 ……実を言えば、頭では解ってはいるのだ。

 デュエルのルールや大事なポイント、心構えについて教えられてきた。そういうのを世間では師弟関係というのだと。

 遊戯さんは基本的に誰にでも優しいし、出し惜しみだってしない。だから請われれば誰にでも教授はするだろうし、実際にしてきたはずだ。しかしそれでも、誰よりもその薫陶を受けて来たのは間違いなく俺だ。それこそ、周囲の人間が口を揃えて『師弟』だと断じるほどに。

 

 だがそれでも、心情的に納得できなかった。『武藤遊戯の弟子』と言われる度に、『それは違う』と言いたくなるのだ。

 それをずっと、恐れ多いからだと考えて来た。決闘王のビッグネーム、その弟子と言われるのが分不相応なのだと。

 或いは、俺がいつかは遊戯さんに勝ちたいと考えているからなのか、とも思ったことがある。だから『弟子』と言われるのが不満なのかと。

 けれど実際に遊戯さんと顔を突き合わせて本人に尋ねられてみると、それらもまた違う気がした。

 遊戯さんに勝ちたいと思ってるのに『弟子は分不相応』なんて思うのは可笑しいし、ライバルと師弟は両立し得ない間柄じゃない。

 なのでしっくりこない、今さっきふと脳裏に浮かんだこの言葉が、一番当て嵌まるかもしれない。

 

 「そっか……僕もね。優君が僕の弟子って言われるのは、しっくりこない」

 

 俺がぐるぐるとした思考の渦に陥っていると、遊戯さんも同じことを言い出した。

 

 「うん、確かに僕は君を『僕の』弟子だと思ったことは無いよ。でも、弟子では無いとも思ってないんだ」

 

 だからだろうか。それで以前、俺との関係を聞かれた時に『未来のライバル』って言って誤魔化したんだろうか。

 自分の弟子だとは思っていない、けれど弟子では無いとも思ってない……言われ、俺も気付いた。何に引っ掛かっていたのか。

 

 あぁ、そうか。

 確かに俺は武藤遊戯の弟子では無かった。けれど同時に、弟子でもあった。それに気付くと同時、納得した。

 

 「僕は君を、『僕たちの』弟子だと思ってるからね」

 

 なるほど確かに、その通りだった。

 俺は遊戯さんの弟子では無く、遊戯さんとアテムさんの弟子だった。俺自身も言ってたじゃないか、『師匠的存在の1人』だって。

 俺にとっては、2人は初めから別人だった。しばらく事件に巻き込まれ続けていると俺が幽霊(魂)も見られるようになって3人でデュエル談義をすることも多かったため、余計にそうなった。

 解ってしまえば簡単だった。今まで変に拘っていたのが、むしろ馬鹿らしくなった。

 

 多分俺はもう、誰かに『武藤遊戯の弟子』と言われても、ムキになって否定したりはしないだろう。

 そう思った。

 

 

 

 

 精霊世界で唐突に事実関係を悟ってしんみりした直後、俺にはスパルタが待っていた。

 

 「じゃあ優君、早速やってみようか」

 

 「え?」

 

 「この精霊世界から人間世界へ……優君はKCから来たんだよね? 早速移動してみよう。大丈夫。優君は魔力量が多いから、何回か失敗してもやり直す余裕はあるよ」

 

 無茶苦茶である。

 確かにコツは教えてくれるものの、後は実践あるのみだった。お陰で世界の壁こそ超えられても、照準が全く合わなかった。

 

 古代エジプトっぽい世界に飛んでしまったら墓守に追い掛けられた。そして掟だとか言われて長とデュエルする羽目になったりした。【ネクロバレー】を【魔法都市】で割ってからボコッて終わらせたけど。

 

 ドラゴンが沢山いる渓谷に落っこちた時もデュエルをすることになり、精霊とはいえドラゴンもデュエル出来るのかと驚いた。今度は【魔法都市】を【竜の渓谷】で割られて苦戦した。

 

 よく解らない世界でバードマンらしき精霊と出くわした時には、何故だか嫌な予感がしたためリアルファイトでぶっ飛ばした。

 

 漸く人間界に戻れたはいいけが、どこから見ても異国の地で妙に人に慣れたワニをクッションにして着地してしまった。ごーめーんー。

 

 これら以外にも何度も何度も失敗した。その度に遊戯さんが回収してくれたけど。

 そしてやっとKCに戻れたのは、実に26回目のチャレンジ時だった。それにしたって殆ど偶々みたいなもので、次もまた出来る自信は無い。要練習だな。

 

 「さ、流石に疲れた……」

 

 全身が怠く、息も切れる。もの凄く久々に魔力が切れかけていた。

 そんな疲労困憊な様子でソファで身を沈める俺に、モクバが冷たいジュースを出してくれる。お前が神か。

 

 「優……無茶して壁を越えなくてもいいんだぜぃ」

 

 心配してくれるのは嬉しいが、俺はやると決めたことはやる人間なのだ。

 

 「ありがとうモクバ。でも俺は頑張る。今俺の前に聳え立っている、一般人の壁。それを超えた先に、超人の領域があるんだ。俺はそこに行く」

 

 こんな壁にぶち当たったのは生まれて初めてだ。けれどこの先、何があるか解らない。なので俺は決意を新たに、やる気に満ちた心を静かに燃やす。そんな俺には。

 

 「いや、今お前の前にあるのは一般人の壁じゃなくて人間の壁で、その先にある領域は超人のものじゃなくて人外のものだと思うぜぃ」

 

 モクバが極々小さな声で発した呟きが正確に届かなかった。え、お前何て言ったの?

 

 「ふぅん。漸く戻ったか、遊戯」

 

 そんな俺たちは完全にスルーして、社長は腕を組みながら遊戯さんを睥睨していた。しかし当の遊戯さんはそんな上から目線を軽く受け流す。強い。

 

 「久し振りだね、海馬君。ペガサスも」

 

 そうしてペガサスにも笑顔を向けると、あちらも笑顔を返していた。局地的に和やかな空気が発生している。

 しかし挨拶はそこそこに、俺がエンシェント・フェアリーに拉致られてから何があったのかを2人で説明した。それ以前の遊戯さんの武勇伝? それは話してない。だって融合次元はもう撃退したみたいだし、わざわざ言う必要は無いんじゃないかな?

 

 話を聞き、室内には沈黙が流れる。非ィ科学的現象のオンパレードのせいか社長の眉間には皺が寄っていたけど、無視しよう。藪蛇になりかねない。

 

 「そうデスか」

 

 一通りの説明を終えると、ペガサスはゆっくりと大きく息を吐き出した。彼なりに話を整理しているのだろう。そしてやがて、徐にジュラルミンケースの6竜の内の1枚を取り出した。

 

 「それデハ優ボーイ、ユーにこのカードを託しまショウ」

 

 言ってペガサスが差し出してきたのは、【エンシェント・フェアリー・ドラゴン】……いやいやいや。

 

 「いえ、いいです」

 

 むしろ渡されても困る。しかしそれで即答した俺に諭すように言葉を掛けたのは遊戯さんだった。

 

 「いや、受け取った方がいいと思うよ」

 

 僅かに見上げて彼の顔を見ると、至って真面目な表情になっていた。

 

 「そのカードが手元にあれば、いつでも彼女とコンタクトを取れる」

 

 えっと、世界の壁を超える特訓をするんですから、それでコンタクトを取ればいいんじゃ……ってかこのカードはエンシェント・フェアリーとの通信手段なんですね。デュエルに使うカードじゃないんですね。

 そんな内心のツッコミを知ってか知らずか、次いでペガサスが口にしたのはデュエルに関する内容を含んでいた。

 

 「それにこのドラゴンはユーのデッキコンセプトにも合っていマース」

 

 確かに、全くシナジーが無いとは言わない。何しろ6竜で唯一、フィールド魔法に関する効果を持っているのだ。

 ただ。

 

 「そもそもシンクロモンスターって点が問題なんですけどね。チューナー持ってないし」

 

 デュエルディスクのデータは大幅にバージョンアップされてるから、システム上は問題無い。しかしシンクロに必須のチューナーを持っていない以上、【エンシェント・フェアリー・ドラゴン】を持ってても宝の持ち腐れだろう。

 

 「あ、だったら先んじてエラッタしてやろうか?」

 

 しかし意外な所から伏兵が現れた。

 

 「確かお前、チューナーとしてエラッタされる予定のカードも何枚か持ってただろ?」

 

 モクバの言う通り、確かにある。

 

 「まぁ……【エフェクト・ヴェーラー】とか【ナイトエンド・ソーサラ-】とか【マジカルフィシアリスト】とかな」

 

 「そう。そーいったカードをチューナーとしてエラッタするか……それか、この間からシンクロ召喚のテストプレイに付き合ってくれてる報酬に、保管庫にあるサンプルを持っていってもいいぜぃ」

 

 「おい、サンプルを勝手に人に渡すなよ」

 

 俺がそう思ったのは決して間違ってないと思う。

 

 「人っつっても、優だしな。数枚ぐらいなら問題無いぜぃ」

 

 それでいいのかと疑問に思うが、そのサンプルの提供者であるはずのI2社会長も同意を示しているんだし、気にする必要は無いんだろう。

 

 困ったなぁ、チューナー云々は断る口実だったのに。むしろ囲い込みをされた気分だ。

 

 モンスターがチューナーか否かの違いは、テキストの一部に小さく『チューナー』と書かれているかどうかというだけのことである。それならデッキに入れていたとしても、実際にシンクロ召喚にでも使わない限りはまずバレないと思う。

 う~ん……。

 

 「…………じゃあ、預からせてもらいます」

 

 言って、差し出されている【エンシェント・フェアリー・ドラゴン】を慎重な手付きで受け取った。

 まさか、シグナー竜を持つことになるとは……まぁ、いくらコイツを手にしても、チューナーを入手したとしても、実装前にシンクロを行う気は無いため実際に使う機会は後半年以上は来ないだろうけど。

 どうせなら【スターダスト・ドラゴン】や【ブラック・ローズ・ドラゴン】の方が良かったかな~、という気持ちが若干無いでも無いけど、うん。俺が縁があったのが【エンシェント・フェアリー・ドラゴン】だったってことなんだろう。

 

 さて、それはそれとして話の方向を元に戻さねば。

 

 「ところでペガサスさん、エンシェント・フェアリーが言っていた地縛神ってのには心当たりがありますか?」

 

 俺は一応知識として知っているが、前世の記憶云々を言うわけにもいかない。なのでまず真っ先にそれを明らかにするべきだと思ったのだ。

 その質問にペガサスは目を閉じ、やがてゆっくりと再び開く。

 

 「この6体の竜の石版を見付けた時、ビジョンが見えたと言いまシタ。それが気になり、調べてみたのデース」

 

 そうして見付けたのが、5000年周期で起こる戦いの言い伝えだ。そして地縛神とはその敵方の戦力である。ペガサスの説明は俺の知識にあるものと変わりないものだった。

 

 「じゃあ、その地縛神よりも格上の存在って何がありますか?」

 

 「恐らくは三幻魔でショウ」

 

 やっぱりか……って。

 

 「三幻魔? 何だそれは」

 

 社長? どうしてあなたが知らないの? 

 俺も内心で驚いたけれど、ペガサスはそれ以上に驚いていた。

 

 「ホワッツ!? 海馬ボーイは聞いていないのデスカ!?」

 

 「あー、ペガサス? それでその三幻魔って?」

 

 社長の額に青筋が浮かんだからだろう、それを見咎めた遊戯さんが話の軌道修正を計った。

 

 「三幻魔とは、かの三幻神にも匹敵する力を持つカードデース。バット、三幻魔は無差別にデュエルモンスターズの精霊の生命を奪うという特性を持ってしまいまシタ。そして危険すぎると封印されたのデース」

 

 「むしろ何故そんなカードを作った」

 

 思わずツッコみました。だってさ、そもそも作らなきゃ良かったんだよ。三幻神で懲りろよ。

 しかしペガサスは首を横に振る。

 

 「止められるものでは無いのデース。三幻神、三幻魔、そしてこのドラゴンたち。生まれるべくして生まれたカードと言えるでショウ」

 

 いや……そんな一言で纏められてもね……こっちはそれで大変な目に会いそうだってのに。

 

 「そして三幻魔が封印されているのは、デュエルアカデミアの地下デース」

 

 そのカミングアウトに目を見開く海馬兄弟。

 

 「おい、本当に知らなかったのかよ。オーナーとその弟」

 

 「どうしてお前はそんなに平然としてるんだよ!」

 

 「いや……アカデミアの地下に強い力を持った『何か』がいるのは、何となく感じ取ってたし」

 

 「ならば何故報告しなかった」

 

 「だってアレってあの土地の問題っぽかったぞ!? オーナーなら知ってて当然だと思ってたんだ!」

 

 これはこれで本心だ。まさか知らないなんて思わないじゃないか。

 俺と社長が蛇と蛙の如く睨み合っていると、まぁまぁと遊戯さんが間に入ってくれた。その一方でモクバが自分を落ち着かせようとするかのようにグラスのジュースを煽った。

 

 「……元々俺たちは、アカデミアの細かい所には関わってきてなかったんだぜぃ」

 

 それで気を取り直したのか、一から説明してくれるらしい。

 

 「ここ最近は行方不明事件が頻発してきな臭くなってたから、色々と気に掛けてたけどな。アカデミアで何かが起こればまず対処するのは校長の鮫島、それでもダメなら理事会……特に理事長の影丸だ。大抵はそこまでで収まるから、俺たちが深入りすることは無かった」

 

 縦社会面倒くさい。

 

 「アカデミアの建設時も、兄サマが大まかな教育理念と教育方針を提示した後は資金提供だけで、殆ど影丸に任せてたしな。アカデミアをあの島に建てるって決めたのも影丸……この間も言ったよな、コレ」

 

 聞き返され、俺はコクコクと頷いた。確かに最初にここに拉致られた時も、そんなこと言ってたな。

 

 「ってことは、その理事長は三幻魔のことは……」

 

 「勿論、知っていマース」

 

 言葉を引き継いだのはペガサスだ。

 

 「間違いなく説明しまシタ。知らないはずがありまセーン」

 

 三幻魔の危険性も、そのカードたちが封印されていることも説明済みらしい。まぁ……説明済みっていうより、恐らくはどうにかして調べ上げてそこにしたんだろうしね。

 

 「で、情報はそこで止まって上がって来なかった、と」

 

 結論を纏めるとモクバは頷き、社長は鼻を鳴らした。明らかに不機嫌そうだ。そりゃそうだ、これほど不愉快なこともあるまい。

 ペガサスにしても俺がわざわざ報告しなかったのと同じで、当然社長にも話が通ってるもんだと思ってたんだろう。そしてなまじ信頼関係(?)があるだけに、あえて確認はしていなかったと。

 

 「……それってどうしてなのかな?」

 

 ずっと黙って考え込んでいた遊戯さんが首を捻った。

 

 「その影丸って人が海馬君に三幻魔の事を伝えなかったのって、わざとなのかな? それとも偶然が積み重なった結果?」

 

 答えの出ない問いに、全員が口を噤んだ。どちらとも取れるのだ。

 ここにいる面子は揃いも揃って三幻神だの闇のゲームだのに深く関わってるから、三幻魔についても深刻に捕えている。けれどそうでなければ、三幻魔の危険性に関しても信じてはおらず、話半分で聞いていただけかもしれない。それだったらわざわざ社長に報告する必要性なんて感じないだろう。社長はオカルト嫌いで有名だし……何だかんだで慣れきってしまってるけど。

 仮に信じていたとしても、封印されているのだから問題は無いとして報告しないかもしれない。

 しかしもしも、三幻魔を信じかつ危険性も承知していた上で情報を差し止めていたとしたら? 一気に理事長が胡散臭くなる……多分、それが正解なんだろうけど。

 

 「……よかろう」

 

 沈黙を破ったのは社長だった。

 

 「見極めてくれるわ。丁度ヤツから面白い提案があった所だ」

 

 おい、その提案って。

 

 「提案?」

 

 初耳の遊戯さんに事情を説明した。社長ではなくモクバが。出来た弟だよね、お前。

 やはりというか何と言うか、その提案というのは例の『遊戯さんの本物のデッキを展示しよう』企画 by影丸理事長のことだった。

 

 「もしもヤツが何かを企んでいるのであれば、尻尾を出さんはずが無い」

 

 そりゃあねぇ。レプリカデッキならともかく、わざわざ『本物の』デッキを展示しようってんだ。理事長が黒なら、間違いなく動く。

 しかし話を聞いた遊戯さんは、諾とは答えなかった。

 

 「海馬君、それはダメだ」

 

 首を横に振る遊戯さんを社長はギロッと睨む。しかし遊戯さんには堪えない。強い。

 

 「だってその場合、必要なのは僕の許可だけじゃない」

 

 「何だ? まさかあの世にあの男の了解を取り付けに行けとでも言う気か?」

 

 遊戯さんの返事を鼻で笑う社長。でも自分で『あの世』って言って不機嫌になるの、止めてくれないかな?

 

 「そうじゃないよ。ねぇ、優君?」

 

 「へ? 俺?」

 

 思わぬ方向からいきなり話に巻き込まれ、困惑する。

 

 「だってあの頃のデッキを当時使ってたカードで完全再現するなら、優君にもカードを提出してもらわないといけないだろう?」

 

 「あ……」

 

 言われて気付いた。そういえばそうだ、俺が遊戯さんやアテムさんに譲られたカードは少なくない。その中には当然、当時使っていたカードだって幾らか含まれている。【ブレイカー】がいい例だろう。

 室内の視線が俺に集中する。

 

 「あー、遊戯さんはどう思います?」

 

 「企画自体は面白いと思うよ。影丸理事長のことはひとまず置いておくとして、アカデミア生たちがそれで喜んで一層のやる気を出してくれるっていうのは、僕は吝かじゃない」

 

 「でも、そしたらマハード……ブラマジも提出しないといけなくなるんですよ?」

 

 「うん。でも、海馬君たちならちゃんと管理してくれるって信じてるからね」

 

 おぉ、信頼度高い。

 

 「それに、ガンドラやサイレント・マジシャンやガジェットたちや磁石の戦士たちやマシュマロンとかもいてくれるし」

 

 あ、戦力はとても充実していらっしゃるんですね解りました。エンディミオンとフェーダーしかいない俺とは大違いだ。

 

 「遊戯さんが乗り気なら、俺が反対する理由は無いです」

 

 元々譲られたカードたちは、殆どがパックで当てたりして同名カードを別に持ってる。なので譲られたカードを使ってるのは記念・お守り的な意味合いが強く、それらを抜いたとしてもデッキにはそれほど穴は開かないのだ。

 

 こうして、かつての遊戯さん(とアテムさん)のデッキがアカデミアで展示されることが決まった。社長としては、それで影丸理事長がどう動くかの方が本命みたいだけど。でもそれは俺には関係無いよね、カードさえ提出すれば……とは行かなかった。

 

 「エサはある。後は釣竿だ」

 

 そう言った社長の目は、真っ直ぐ俺に向けられていた。

 エサって……デッキの事だよね? ってことは釣竿って……。

 

 「俺?」

 

 自分自身を指差しながら訊ねると、社長はニィと口角を吊り上げた。うわ、悪そうな顔。

 

 「折角撒いたエサに獲物が食い付いたとしても、釣竿が無ければ釣り上げることは出来ん」

 

 いや、そりゃそうだけど。

 

 「……つまり?」

 

 「デッキの展示が行われてる間、何かが起こったりしないかしっかり見ておけってことだぜぃ」

 

 解りやすい説明をありがとうモクバ。流石は兄の心を読み取る弟。

 

 「解ったよ、やりゃいいんだろ!」

 

 どうしてこうも色々と請け負わされることになるのか。しかし受けざるを得ない。

 万一展示中のデッキに『何か』が起これば、俺もカードを失うことになりかねないのだ。そんなのゴメンである。ましてや、遊戯さんのカードに『何か』が起こっちゃ困る。

 

 あれ? 俺ってアカデミアの一生徒のはずだったよね? どうしていつの間にか当たり前のように裏の駆け引きに巻き込まれてるんだろう? ……今更か。もうそうやって考えるのは止めよう。ここまで巻き込まれては、そんな風に自分を誤魔化しても仕方が無い。俺はもう一生徒ではなく、一デュエリストなのだ。

 

 

 

 諸々の話を終えると、俺たちは帰路に付いた。ペガサスに至ってはアメリカにとんぼ返りらしい。慌ただしいことだ。

 俺はその道中でスーパーに寄り、栗きんとんを買うのを忘れない。

 双六じいちゃんはようやっと帰って来た遊戯さんを喜んで出迎えていた。俺の事も笑顔で出迎えてくれた……ありがとう。戸締りも出来ずに連れだされたのに、そんなに温かく迎え入れてくれるなんて。

 なので夕食に感謝を込めて揚げた海老天乗せ……かき揚げも付けた……年越しそばを出した。その際、武藤家の2人から再び『卒業後に正式に働きに来ないか』と勧誘されたけど、家政夫になる気は無いので遠慮しておく。

 なお食には年越しそばだけではなく、お節づくりの過程で余った食材でおかずも作った。その際、武藤家の2人から再び以下略。

 

 紅白を見ながら年越しそばを啜るという至極真っ当な年末を過ごしながらまったりし、深夜、除夜の鐘が聞こえ始めた頃のこと。

 

 「ねぇ優君、そろそろやろうか」

 

 徐にそう言った遊戯さんだったが、『何を』やろうというのかはすぐに解った。

 

 「そうですね、待ってました」

 

 互いにデュエルディスクを己の腕に装着し、武藤家を出た。ちなみに双六じいちゃんも同伴している。事が済んだあと、一緒に初詣に行くからだ。

 

 かつて俺がこの町を引っ越すときに交わした約束。次に会った時には全力で戦おうと。

 再会したのが異世界でしかものっぴきならない状態だったから、その時は互いに言い出さなかった。けれどもういいだろう。

 

 「「デュエル!」」

 

 童実野町、深夜の公園。初詣スポットの神社からは距離があるからか俺たち以外に人の影は無く、とても静かだった。僅かな街灯の光に照らされる中、約束のデュエルが始まる。

 

 




<今日の最強カード>

優「もうさ、デュエル描写が無い話の時はわざわざ上の一文を入れる必要は無い気がするよ」

王『ならば遊戯とのデュエルを入れれば良かったのではないか?』

優「ううん、元々このデュエルは描写する予定じゃないんだって。だってラスボスの1人とのデュエルを第一章で出すのもさ……」

王『ラスボスだと?』

優「だってGXのラスボスは遊戯さんとアテムさんでしょ?」

王『なるほど……そして遂に師弟関係を認めたか』

優「うん、まぁね。ちなみに今回のデュエルは俺の負けだよ。でも幼少期よりは食らい付いたよ……需要、あるのかな? あるんならいつか、番外編で出るかもしれないけど」

王『結局本編で出す気は無いのか。しかし主よ、良かったな。シンクロモンスターを入手したぞ。それもシグナー竜を』

優「どうしてこうなったんだろうね。エンシェント・フェアリーに渡された『力』のこともあるし」

王『何とも盛大なフラグだ』

優「いつの間にかリアルドラクエになってるよね。信じられるか? これって原作、カードゲームアニメなんだぜ?」

王『案ずるな、忘れてはおらん。しかし主はどこを目指しているのか……』

優「本編でも言っただろ? 超人の領域さ」

王『いい加減に気付け、そんなものにはとっくに到達している』

優「えー。でも俺、これまでにそんな、一般人の壁的なものを超えた記憶は無いぞ?」

王『……あまりにあっさりと超えてしまい、壁とすら認識していなかったのだな』

優「うん? 何か言った?」

王『何でもないぞ。まぁ精々頑張ることだな』

優「頑張るよー。もうあんな風に色々な世界に落ちたくなんてないし……ちなみに俺がクッションにしたワニには、『カ』で始まって『ン』で終わる名前のメスワニという裏設定があるらしい」

王『……再来年、闇討ちされんように気を付けろ』

優「うん、気を付ける。さぁ、冬休み編も後少し。そろそろGX勢にも出て来てほしいしな!」

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