遊戯王GX お隣さんに縁がある   作:深山 雅

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遅くなってすみませんでした。


第11話 諜報と失望

 月明かりに照らされた森の奥深くにある怪しげな研究所。SAL研究所と呼ばれるそこは、流石に夜は静まり返っていた。日中には人の出入りが多いものの、夜間には警備室に数人を残すだけの手薄な状態となることは既に確認済みである。

 

 「だからって、何で俺がここまでせなあかんのかねぇ」

 

 思わずぼやいてしまう俺を、背後からエンディミオンが窘めた。

 

 『やる、と言ってしまったのだから仕方があるまい』

 

 はいその通りです、解ってます。解ってはいるけど、こう、今の自分の状況に微妙に納得いかないというか。俺、いつの間にガチスパイになったんだろう。

 うん、ぶっちゃけて言うと今の俺、SAL研究所に潜入中です。

 何でこうなったか? それを知るには、この研究所の実態を報告したあの日にまで遡ることとなる。

 

 

 俺がSAL研究所の詳細を知っているか、と問うた後のモクバの答えは極めて簡潔だった。曰く、動物とデュエルの相互関係についてだと報告されている、と。確かにある意味間違ってはいないが、大雑把というか、マイルドに表現しすぎだろう。

 調査結果を報告すると、あちらは難しい顔になった。それはそうだろう。望んでいた行方不明事件の情報でこそないが、下手を知れば犯罪に繋がりかねない報告が上がってしまったのだから。けれど俺が提起した2つの問題の内、1つの答えは簡単に出た。

 

 『猛獣については、長期休暇までは手が出せないな。下手は打てねぇし』

 

 画面の向こうで思案顔になっているモクバのその意見には、俺も賛成。もしも今、下手に手を出して逃亡でもされようものなら、それこそ大惨事である。故に、島内に人……特に生徒が少なくなる長期休暇までは監視に留めておこうというわけだ。都合の良いことに、もうすぐ冬休みだし。

 猛獣を放置する、という選択肢は早々に投げ出す。だって万が一の事があってみろ、こんな絶海の孤島じゃ応援を呼ぶのも一苦労なのだ。何よりも優先すべきは生徒の安全である。

 なので、これはこれとして。

 

 「問題は動物虐待の方ってことか」

 

 ナイーブな問題である。動物愛護法とかもあるし。まぁ、そのせいでKCそのものが揺らぐとは思えないけど、イメージは悪くなりそうだ。

 だが彼にとってはその虐待の程度が気にかかるらしい。

 

 『優はその現場、直接見たわけじゃねぇんだろ?』

 

 「ああ。精霊に偵察してもらって、その報告を纏めただけだから」

 

 その返答に、モクバは頷く。

 

 『だったら、その詳細を掴まなきゃなんねぇぜぃ。お前は動物虐待って言うけどよ、実際には報告がオーバーなだけで実際には単なる実験の範疇って可能性もある。研究内容が研究内容だからな、動物実験を全くするなとは言えねぇや』

 

 あー、うん。それもそうだよねぇ。ってことは。

 

 「ひょっとして、誰かが視察に来るとか?」

 

 流石に社長やモクバにそんなヒマは無いだろうけど、信頼できる誰かを寄越すことは出来るはずだ。しかしモクバの顔は晴れなかった。

 

 『いや……表向きは特に問題が起こってないのに、こっちが首を突っ込むのもな……行方不明事件の真相が解ってねぇ以上、いるかもしれない黒幕を警戒させちまうかもしれねぇし……』

 

 あぁ、そうかもしれない。

 特に問題は起こっていないけどSAL研究所を視察に来ました、というのを口実に、その裏では今問題になっている行方不明事件について嗅ぎ回りに来ました、と思われるかもね。実際には既に嗅ぎ回ってるけど、それを誰にも悟られたくないからこそ俺がこんな役回りをしているわけで。

 そこまで考えて、ふと気付く。

 

 「あのさ……ひょっとして、俺が直接探って証拠を見つけ出せって言うんじゃ……」

 

 『あ、その手があったぜぃ』

 

 しまった、墓穴を掘った。名案だ、と言いたげにパンと手を叩いた幼馴染に、俺は内心で舌打ちする。

 

 『聞く感じじゃ、それに関しちゃそれほど危険も無さそうだしな。頼めるか?』

 

 「……成功したら、メシ5回」

 

 『OK。いくらでも奢るぜぃ』

 

 ちっくしょう、この金持ちめ。

 報酬を要求するのに右手をパーにして画面の前でひらつかせたけれど、相手は即座に頷くだけだった。

 

 とはいえ元々、探りにくい現場であったから黒蠍の面々に調査してもらってたのだ。

 なので俺は、人気の無くなる夜にサッと忍び込み、即座に証拠を探して、見付からぬように立ち去らねばならない。しかも、入り込んだことを研究員たちに気付かせてもならないのだ……俺はどこのスパイだ。

 

 なのでそれから数日をかけて、再び黒蠍に偵察に行ってもらった。研究所内部の構造、監視カメラの数と場所、実験用の動物の居場所、研究資料や実験結果などの書類の場所など、その内容は多岐に渡る。人使い……基、精霊使いが荒いという文句も来たが、その辺はしっかり労わっておいた。マジでありがとう。

 

 そうして準備を進めたのだが、唯一の誤算が三沢だった。

 最初に相談に乗って以来、三沢は度々俺の部屋にアポ無しで来るようになったのだ。俺が部屋にいる時に来られる分には、ノックされた後にテレビ電話を消すなどしてから扉を開ければ問題無かったが、もしもSAL研究所に忍び込んでいる時に来られたりすれば不在の理由を誤魔化すのが面倒である。

 なにしろ三沢ときたら、隣室ですぐに戻れるという気安さからか、消灯時間を過ぎてから来ることも少なくない。そして溢れんばかりのパッションを発散させていくのだ。

 しかし。だがしかし。

 今夜、三沢はレッド寮に泊まる。しかも今日は週末で、明日は休み。夜更かししても問題は無い。絶好の機会だった。

 

 「今夜、やるぜ」

 

 十代や翔と共にレッドに向かう三沢を見送り、部屋に戻った俺はそう連絡を入れた。相手は勿論、KC副社長である。

 

 

 というのが、俺が今こうしてスパイ活動をやることとなった顛末なのだが……俺って何なんだ?

 

 「監視カメラが一番面倒くさいんだよなぁ」

 

 狭い通風孔を匍匐前進で進みながら独りごちる。色々とルートを探ってみたのだが、ここはこうして通らないと監視カメラに映ってしまう。

 初めは『【光学迷彩アーマー】発動すればよくね?』と思ったけど、そのすぐ後にエンディミオンに『主はモンスターではないからレベルを持たぬ。よってレベル1モンスターしか装備できない【光学迷彩アーマー】は不可能だ』とあっさり論破されてしまったため、こうして埃まみれになるしかない。

 ちっくしょう、メシ5回の報酬じゃ安いぞこれ。こうなったら絶対に高いモン奢らせてやる。牛100%のハンバーグとか!

 

 「って、ここでいいのか……よっと」

 

 持参したドライバーでネジを外して蓋を開け、天井から降り立つ。ここは動物たちのいる部屋にほど近いトイレの個室である。誰だか知らないが、前にこのトイレを使ったヤツはちゃんと便器の蓋を降ろしてくれていたので降り易かった。感謝。

 

 「さてっと」

 

 服に着いた埃を軽く払う。服が黒いからよく目立つ。あ、今の俺、制服姿じゃないから。こっそり忍び込むのに、あんな目立つ黄色い制服なんて来ていられない。なので私服の中でも特に闇と同化出来そうな、黒くて地味な上下を着ています。

 そして廊下に誰もいないことをエンディミオンに確認してもらい、再び行動を開始する。

 

 まずは動物たちの現状と書類等を動画に収めよう。俺に内容の判別はつかないので、それはデータを送ってからあちら任せにする。ショルダーバッグから超小型ハンディカメラを取り出し、それを手の中で弄りながら進む。これは小型かつ高画質の高性能な一品(made in KC)である。

 ちなみにこのカメラ、研究所をスパイをするということが決まってからこちらに宅配されてきた。あちらもあちらで手回しが早い……まぁ、もし本当に学び舎で動物虐待なんてことが行われていて、それが周囲に漏れれば外聞が悪すぎる。気を遣うのも無理は無い。下手に注目を集めれば、芋づる式に行方不明事件の事も公になりかねないし。

 

 そしてそれは、拍子抜けするほど簡単に終わった。元々双方とも所在は明らかであったし、見付けてしまえば後は撮るだけだ。

 まずは動物についてだが……虐待は確実だな、これは。俺が見たのは野生と思しき猿だったのだが、明らかにまともじゃないギプスだのメットだのを付けられていて、いかにも苦しそうだった。酷いことしやがる。近い内にきっと何とかなるからな、と心の中だけで応援し、俺はその部屋を後にした。

 

 同じように移動して別の部屋に行き、次いで書類を。これに関しては俺が見てもよく解らないので、写すだけ写して後は丸投げだ。パラパラ漫画のようにサッと捲りながら映像を撮る。後でスロー再生して中身を確認するらしい。

 あまり時間を掛けられないので全ては写しきれなかったが、ある程度は集まっただろうという所で切り上げる。

 本当ならパソコンからデータをコピーするのが1番手っとり早いんだろうけど、いくらなんでも俺如き俄かスパイにそんな技術は無い。ましてや、痕跡を残さずとなると不可能である。

 

 全てが終われば長居は無用、俺は来た道を取って返して脱出する。

 こうして、俺のスパイ活動は幕を下ろした。

 

 ……と、そこで終わったなら良かったんだけどねぇ。

 

 SAL研究所を脱出した俺は、これからすべきことを考えながら夜道を歩いていた。ちなみにその道中、またもや服に付いた埃を摘み取りながら歩かざるを得なかったのはご愛嬌である。

 後はこのカメラを向こうに送らねばならない。方法は、少し強引だが【強制転移】を使うつもりだ。ただしこの場合はあちら側もこちらと交換するブツを用意せねばならない。だからこそ、今日決行すると事前に伝えておいた。

 それさえこなせば、SAL研究所の一件は俺の手を離れるはず。これで少しは肩の荷が下りた。全く予想外の問題が出ちゃったからね。

 でもなぁ。やっぱりSAL研究所って何か気になるんだよね。原作で触れられてたのかな?

 

 そんな風に少し記憶の糸を打繰り寄せているといつの間にかイエロー寮がすぐそこに見えるほどにまで近付いていて、俺は思考を切り替えた。考えるのはまた今度にしよう。

 俺は当然ながら寮の玄関ではなく自室の窓から出て来たため、入るのにも窓を使おうとそちらの回り込んだ……まさにその時。

 タイミングが良いのか悪いのか、俺はそこで1人の人間を見てしまう。

 

 (万丈目?)

 

 そこにいたのは万丈目だった。しかも万丈目は俺の隣室、つまりは三沢の自室の窓から出て来る所だったのだ。俺は咄嗟に木の陰に隠れる。

 相変わらずの青い制服に身を包んだ万丈目は、明らかに挙動不審だった。忙しなく周囲を見渡して誰もいないことを確認する。しかしどうやら俺には気付いていないようだ。そうかと思うと次の瞬間には、脇目も振らずにどこかへ駆け出す。

 

 (おいおい。何やってんだアイツ)

 

 消灯時間は既に過ぎている。しかも窓から出入りって普通じゃない……あれ、俺が言っても説得力が無い? い、いや、でも、まぁ……それはそれ、これはこれで。

 でも、何でアイツがここに? どうせ島内には関係者しかいないからと換気の為に部屋の窓を開けていたので、忍び込むのは難しくなかっただろう。でも当の三沢は部屋にいないはずだし、そもそもブルー生の万丈目が何でイエロー寮から出て来る? 

 怪しい以外の言葉が出て来なかった。

 

 (……ゴメン、モクバ。少し遅れるぞ)

 

 準備を整えて諜報活動の成果を待っているであろう友人に心の中で謝罪しつつ、俺は万丈目の後を追った。

 

 

 どうやら脚力に関しては万丈目よりも俺に軍配が上がるようで、俺は彼を見失うことなく追跡することが可能だった。

 初めは気付かれないように出来るだけ足音を殺して追っていたが、さほど経たずにそれが無意味だと気付いて止める。何しろ万丈目ときたら、まるで周囲が見えていない様子なのだ。ただ只管、何かを恐れるように、何かに焦っているかのように、一目散に走る。

 そうしてやがて辿り着いたのは海。灯台にほど近い埠頭だった。

 ここは孤島なのだから、そりゃまっすぐ走り続けていればすぐに海に出るだろうけど、こんな時間に1人で海に……まさか誰かと逢引? あれ、じゃあ俺ってばすぐに引き返して見なかったことにした方が良くね?

 いやちょっと待て、それだと万丈目は逢引前に他人の部屋に不法侵入したってことになるぞ。意味が解らん。

 偶々見つけて後を追ったはいいものの、だからといってどうしようという具体的なプランがあったわけではない。なのでどうするべきか逡巡していると、視線の先で万丈目が制服のポケットから『何か』を取り出すのが見えた。あれって……。

 そして万丈目は『それ』を手に持ち、見つめ、何かを葛藤しているような表情をしたかと思うと、次の瞬間には『それ』を持った手を振り上げる……ダメだな、これ以上は見過ごせない。

 

 「なッ!?」

 

 「何してるんだ、万丈目?」

 

 振り上げた手を背後から掴んで止めると、万丈目は目を見開いた。そして俺を認識した瞬間、憎々しげに顔を歪める。

 

 「万丈目さんだ! 貴様! 上野優! いつからそこに!」

 

 「ずっといたけど? イエロー寮から出て行くお前が見えたから、追いかけて来たんだ。気付かなかったか?」

 

 「ッ!」

 

 ありのままの事実を伝えると、更に顔を歪める万丈目。人の顔って、こんなに歪むものなんだな。

 俺がそんな些か見当違いの感心を抱いていると、万丈目は鼻を鳴らした。

 

 「フン! こそこそと人の後を付けて来ただと? 恥ずかしいとは思わんのか?」

 

 「今のお前にだけは言われたくないぞ、それ」

 

 尾行よりも不法侵入の方が恥ずかしい行為だというのは明らかだと思う……あ、でも俺、さっきまで不法侵入もしてたわ。ごめん万丈目、お前に偉そうなこと言える資格無いや。

 しかしそんな自分の所業は綺麗に棚上げして、俺は自身が掴んでいる腕の先、万丈目が手に持っているブツを見る。

 やはりと言うべきか、それは遠目で見てアタリを付けた通りにデッキのようだった。カードの束だというのは見てすぐに解り、その厚みからデッキなのではないかと思っていたのだ。しかも近くでよく見てみると……。

 

 「何のつもりだ?」

 

 万丈目の右腕を掴んでいた俺の左手を離してそのまま差し出すと、彼は強張った表情を見せた。

 

 「それ。俺が預かっておくよ」

 

 「何だと?」

 

 「三沢は、うん、どこかでうっかりそのデッキを落としちまったんだろうな。んで、それを偶然拾った心優しい万丈目がわざわざイエロー寮まで届けに来てくれた。でも当の三沢が寮部屋にいなかったので戻ろうとしたら、これまた偶然俺と出くわした……そういうことにしとこうぜ? だから、後は俺が預かって返しておくからさ」

 

 真実は、そうでは無いんだろうけど。でも出来れば穏便に事を治めたい。なので俺は、出来るだけ『優しい』筋書きを咄嗟に用意した。

 しかし万丈目は、その手をさっと背後に回してデッキを俺の視線から外した。

 

 「万丈目さんだと言っているだろうが! それに何を言っている! 三沢のカードだと!? 俺はただ、自分のカードを捨てようと思っただけだ!」

 

 「自分のカードだからって海に捨てるのもどうかと思うけど、まぁそれは個人の自由なんだろうな。だからそこは追及しないけど……でもそれは三沢のカードだろ? それとも、お前にもうっかりカードに数式を書き込んじまうなんていう悪癖があるのか?」

 

 先ほどチラッと見えたデッキトップのカード。それは数式が走り書きされた【ブラッド・ヴォルス】だった。それに気付いたからこそ、俺の中で全ての事象が繋がったのだが。

 万丈目もその指摘にグッと唇を噛みしめていた。あぁもう、何で俺がこんなことのフォローをせねばならんのだ。

 

 「……暗いから、自分のカードと三沢のカードをうっかり取り違えたんだろうな。でもさ、本当に捨てる前に気付けて良かったじゃないか。だからほら、それをこっちに」

 

 「何が言いたいんだ、貴様は!?」

 

 俺のフォローをぶった切り、万丈目は吐き捨てた。

 

 「さっきから白々しいことを……!」

 

 「白々しくて結構。俺はただ、この場を穏便に治めたいだけだ。万丈目だって、どうすればいいのかは解ってるんじゃないのか?」

 

 考えるまでも無く、ここは俺の『白々しい話』に乗っかるのが最善だろう。何しろ、事が大きくなれば困るのはあちらの方だし。

 解っているはずなのだ。理性では。しかし。

 

 「穏便に、だと……?」

 

 どうにも、感情はそれを受け入れられない様子だけれど。

 万丈目は肩を震わせていた。屈辱だ、とでも言わんばかりに。

 

 「どういうつもりだ! 哀れみか!? 貴様、この俺に情けをかけるつもりなのか!?」

 

 哀れみ、ねぇ。

 

 「……バッカじゃねぇの?」

 

 「な……!」

 

 いい加減イライラしてきた。っていうか、ここまで激昂したヤツを相手にして『穏便に済ませる』ってのはもう無理っぽいし、俺だけ取り繕ってもいらんストレスを抱えるだけだ。だったらもう、本音で語ろうか。

 1つ溜息を吐き、臨戦態勢に入る。

 

 「何で俺がお前を哀れまなきゃいけないんだ? 人のカードを盗んで、あまつさえ海に捨てようとするような虫野郎同然のヤツに? 自惚れるなよ。そんな無償の慈悲は持ち合わせが無いんだ。菩薩じゃないんでね。俺が気にしてるのは三沢のことさ。何しろアイツは、明日に大事なデュエルを控えてる。万全の態勢で臨んでもらいたってのが友人としての気持ちさ」

 

 「虫、だと……!? この俺が、虫野郎だと!?」

 

 「だってそうだもの。自覚が無いとは言わせないぜ。だからこそ、さっきまで見苦しい言い訳をしてたんじゃないのか?」

 

 カードを海に捨てるという戦術なんて虫野郎そのものじゃないか。

 

 「何が言いたいんだって? じゃあハッキリ言ってやるよ。明日の三沢の寮入れ替えデュエルの相手は万丈目、お前なんだろ? そして今、その対戦相手のデッキを盗んで捨てようとしている」

 

 尤も今万丈目が持っている三沢のデッキは調整用のデッキだし、明日使うことは無いだろう。そもそも三沢は、まだ魂のデッキがまだ完成していないという理由もあって、これまで通り複数のデッキを常に所持している。

 今回万丈目の取った策は、十代や翔のように1つのデッキを改良しながら使い続けるタイプのデュエリストには有効だけれど、三沢のように複数のデッキで臨機応変に対応していくタイプには効果が期待できない。はっきり言って下策だ。これまでに三沢のデュエルを何度か見て傾向を覚えていれば簡単に分かったことだろうに。

 不調の自身のことに手一杯で見ていなかったのか、そんなことにも思い至らないほど追いつめられているのか。多分両方なんだろう。

 まぁ、そんなことを指摘してやる義理は無いから、別にいいけど。

 

 「がっかりだよ。つまりお前は、まともにやり合って三沢に勝つ自信すら無いってことだ。新学期の頃、自分で自分のライフを0にしてまで一矢報いていたお前はどこに行った?」

 

 「貴様に何が解る!!」

 

 とても素直な心情を述べていると、万丈目が叫んだ。血を吐くような、と形容してもいいような声音だった。

 

 「俺は負けられない……ましてや、降格など許されない! 貴様に俺が背負っているものが解るものか!!」

 

 「……それが?」

 

 だから何だって言うんだ?

 

 「そうか、お前は『何か』を背負って戦っているわけだ。それは結構。是非頑張ってくれ……で、だから何だ? そんなのは誰だって同じだろうが。このアカデミアだけでもこれだけのデュエリストがいて、『何か』を背負っているのがお前だけだとでも? それとも、お前が背負っているもののために他の人間には背負っているものを諦めろとでも? ガキか、お前は」

 

 明日香は行方不明の兄を背負っている。

 翔はカイザーという偉大な兄のプレッシャーを背負っている。

 そのカイザーですら、サイバー流の看板というものを背負っている。

 十代にしても、楽しいデュエルがしたいってのも立派な信念と言っていいと思う。

 

 「譲れないから、戦うんだろうが。互いの信念をぶつけ合って。それがデュエリストってもんじゃないのか?」

 

 俺自身、例外じゃない。だからこそ、腹が立つ。

 

 「それなのに、負けられないから、降格が許されないから、対戦相手のデッキを盗む? へぇ、それは斬新な戦略だ。お前がその背負っている何かを降ろせる時が来るまでに、一体何回それを繰り返せばいいんだろうな? 結局はその場しのぎにしかならない。勝ち続けなければならないのなら、強くなるしかない。そうでなければキリが無いぞ」

 

 俺は万丈目が何を背負っているのかなんて知らない。ひょっとしたら本当に、このアカデミアの誰よりも重いものを背負っているのかもしれない。それに押し潰されようとしているのかもしれない。だから本当なら、こんな風に余計に追い詰めるような真似はしたくない。

 けれど今の万丈目は、どうにも甘ったれているようにしか見えなかった。

 なので思わず冷たい目になるのを抑えきれずにいると、万丈目がギッと睨み据えて来た。

 

 「貴様……そこまで言うからには、覚悟は出来ているだろうな……」

 

 言って、デュエルディスクを起動させる万丈目。その目は血走っている。視線で人が殺せそうだ。散々偉そうなことを言われて、遂にプッツンしたらしい。うん、俺だって偉そうなこと言った自覚はあるんだよ。でも腹が立ったんだ。俺も修行が足りないな……。

 

 「いいぜ、万丈目。俺とお前、互いの背負っているモンをぶつけ合おうか」

 

 俺もディスクを起動する。はい、ずっと付けてました。デュエリストの嗜みです。

 

 「「デュエル!!」」

 

優 LP4000 手札5枚

万丈目 LP4000 手札5枚

 

 深夜、暗い海の傍でデュエルが始まった。

 

 「俺のターン。ドロー」

 

優 LP4000 手札6枚

 

 さて、図らずも万丈目とデュエルすることになったわけだが。

 人の因果ってのは解らないもんだな。明日香に『万丈目とデュエルしたい』って言ったのは今朝だぞ? なのにこんなことになるとは。尤も、俺が望んだ形とはまるで違うが。

 手札は……ふむ、このカードが来たということはあのコンボが狙えるな。

 

 「まずは【王立魔法図書館】を守備表示で召喚する」

 

 現れる守備力2000の壁に、万丈目が盛大な舌打ちをした。いや、あの制裁デュエル以来、怯えたり苛立ったりした顔で【図書館】を見るヤツは少なくないのだが。どうやらアイツも制裁デュエルを見ていたらしい。

 

 「そして【テラ・フォーミング】を発動して、デッキからフィールド魔法を手札に加える。【魔法都市エンディミオン】を手札に加え、そのまま発動。魔法カードの使用によって魔力カウンターが溜まる」

 

 フィールド魔法によって、辺りの情景が薄暗い海が明るい魔法都市へと摩り替る。ソリッドビジョンすげー。ってか、また進化してないか?

 おっと、続き続き。

 

 「【魔力掌握】を発動して【魔法都市】にカウンターを乗せ、2枚目の【魔力掌握】をサーチする。魔法カードの使用によってまたカウンターが溜まり、【図書館】のカウンターは3つとなった。よって1枚ドロー……運が良いな、俺は。ドローしたのは【強欲な壺】だ。発動して2枚ドロー……!」

 

 【強欲な壺】効果でドローした2枚。その内の1枚を見て、内心で驚く。

 それは、今朝買ったパックに入っていた1枚だった。5枚の中で唯一サーチ系カードでは無く、何の気なしにピン挿ししたカード。それがここで来たのだが……ふと、ひょっとしたらこのカードはこの状況を暗示していたのかもしれないという何とも言えない思いが湧き上がる。

 

 「……【魔法都市】のカウンターが3つ溜まった。【図書館】の効果に代用してもう1枚ドローする」

 

 だがそんな内心は綺麗に押し隠し、俺はメインフェイズを続行する。

 

 「【ジェスター・コンフィ】を特殊召喚。このカードは手札から攻撃表示で特殊召喚出来る」

 

 巨大な【図書館】の隣に現れたボールに乗った小柄なピエロが小さく跳ねるのを見、万丈目は鼻で笑った。

 

 「フン! 攻守0の雑魚モンスターか」

 

 「俺のデッキに雑魚なんていないぜ。当然、コイツにだってコイツにしか出来ないことがある」

 

 攻守だけで判断するのは止めた方がいいと思うんだ。万丈目に限った話じゃないけど。

 

 「だが貴様はこのターン、既に通常召喚権を使っている! そのモンスターを召喚した所で何になる!」

 

 これまでのデュエルでは俺が【ジェスター・コンフィ】を特殊召喚すると、次いで上級モンスターを生贄召喚していた。なので万丈目がそう考えても、可笑しくはない。

 だが。

 

 「焦るなよ。誰がメインフェイズの終了を宣言した?」

 

 「何?」

 

 「永続魔法【魔法族の聖域】を発動」

 

【魔法族の聖域】

永続魔法

このカード以外の魔法カードが自分フィールド上にのみ表側表示で存在する場合に、魔法使い族以外のモンスターが相手フィールド上に召喚・特殊召喚された時、そのターンそのモンスターは攻撃できず、効果の発動もできない。

また、自分フィールド上に魔法使い族モンスターが存在しない場合、このカードを破壊する。

 

 聖域と言うだけあって、このカードを発動した瞬間に【魔法都市】には神々しい光が差し込んできた。

 

 「【魔法族の聖域】だと?」

 

 聞き覚えが無いからだろう、万丈目は訝しげな顔をした。このカードは最近出たパックに入っていたため、俺も使うのは今日が2度目。万丈目は魔法使い族主体のデッキは使わないみたいだし、知らなくても無理は無い。

 効果説明は別にスルーしてもいいのだが……今回は教えておこう。後々の為に。

 俺は苦笑しつつ口を開く。

 

 「【魔法族の聖域】。こいつは少々癖の強いカードでね。相手フィールド上に表側表示で存在する魔法使い族以外のモンスターは召喚・特殊召喚されたターンは攻撃出来ず、効果も発動できない」

 

 「何!?」

 

 動揺する万丈目だが、その反応は決して大げさでは無い。ビートダウンデッキにおいて、攻撃に制限が掛かるってのは大きなディスアドバンテージだ。しかも効果まで封じられるとなれば、尚更。

 だが。

 

 「そう驚くなよ。言っただろ、コイツは癖の強いカードだって。条件が割と厳しいんだよ。こいつは、このカード以外の魔法カードが自分フィールド上にのみ表側表示で存在する場合にのみ、その効果を発揮する。しかも、自分フィールド上に魔法使い族モンスターが存在しなければこのカードは維持できない」

 

 本当は里お触れのロックデッキに投入しようかと思った……っていうか、したんだよね。それで十代のHEROデッキはまたも完封され、アイツはリベンジに燃えていた。翔や隼人はそもそもデュエルしてくれなかったけど。真っ青な顔で拒否られたし。

 でも今日は、試験的にこっちのデッキに入れていた。それが偶々手札に来たから、なら使おうってわけだ。

 

 「俺の場では既に【魔法都市エンディミオン】が発動している。よって【聖域】の恩恵を受けることとなる。さらにカードを3枚伏せて、ターンエンド」

 

優 LP4000 手札2枚

  モンスター (攻撃)【ジェスター・コンフィ】 

         (守備)【王立魔法図書館】 カウンター0→3→0→2

  魔法・罠  (フィールド)【魔法都市エンディミオン】 カウンター0→3→0→1

         (永続魔法)【魔法族の聖域】

         伏せ3枚

 

 伏せた3枚の内の1枚は、今朝引き当てたあのカード。さて、どうなるか。

 

 「俺のターン! ドロー!」

 

万丈目 LP4000 手札6枚

 

 勢いよくドローした万丈目は、フッと嫌な笑いを溢した。

 

 「なるほど、攻撃を封じて次のターンの上級モンスターを呼ぶ腹積もりか! だが、そんな手は俺には通じん! 恨みの砲火を浴びるがいい!」

 

 「何でそこまで恨まれてるのかはまるで意味が解らないが、1つだけ忠告しといてやる。これは俺の師匠的存在だった人の内の1人の言葉でもある……憎しみを束ねても、脆いだけだぞ」

 

 「黙れ! 俺の力を見せてやる! 手札から永続魔法、【前線基地】を発動!」

 

【前線基地】

永続魔法

1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に手札からレベル4以下のユニオンモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

 

 「貴様は、【魔法族の聖域】は『このカード以外の魔法カードが自分フィールド上にのみ表側表示で存在する場合』に効果を発揮すると言った! つまりは、俺の場に魔法カードが存在すればいい!」

 

 ふむ、正にその通りである。頭に血が上っていても、そこまで理性は失っていないらしい。

 それに【前線基地】ってことは、万丈目のデッキは十代との月一テストでも使っていた【VWXYZ】である可能性が高いな。

 【VWXYZ】……元々は社長が使っていた【XYZ】から発展していったユニオンモンスターたち。そういえば、新学期には俺、万丈目が社長に少し似てるって思ったんだっけ。それが今じゃ……あれ、そういえばあの人も初めは色々とやらかしてたか。人のカード破いたり。

 

 「【天使の施し】を発動! 3枚ドローして2枚を墓地に捨てる! 【前線基地】の効果で手札から【W-ウィング・カタパルト】を特殊召喚! さらに【V-タイガー・ジェット】を通常召喚!」

 

【W-ウィング・カタパルト】

ユニオンモンスター

星4 光属性 機械族 攻撃力1300/守備力1500

1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして

自分の「V-タイガー・ジェット」に装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。

この効果で装備カード扱いになっている時のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は400ポイントアップする。

(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。装備モンスターが戦闘によって破壊される場合は、

代わりにこのカードを破壊する。)

 

【V-タイガー・ジェット】

通常モンスター

星4 光属性 機械族 攻撃力1600/守備力1800

空中戦を得意とする、合体能力を持つモンスター。

合体と分離を駆使して立体的な攻撃を繰り出す。

 

 早速揃ったか。ということは……来るな。

 

 「行くぞ! 【V-タイガー・ジェット】と【W-ウィング・カタパルト】を除外し、融合デッキから【VW-タイガー・カタパルト】を特殊召喚!」

 

【VW-タイガー・カタパルト】

融合・効果モンスター

星6 光属性 機械族 攻撃力2000/守備力2100

「V-タイガー・ジェット」+「W-ウィング・カタパルト」

自分フィールド上に存在する上記のカードをゲームから除外した場合のみ、融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードを必要としない)。

手札を1枚捨てることで、相手フィールド上モンスター1体の表示形式を変更する。(この時、リバース効果モンスターの効果は発動しない。)

 

 「手札のカードを2枚場に伏せ、【命削りの宝札】を発動……クハハハハハハ!」

 

 カイザーに続き、万丈目も【命削りの宝札】か。【天よりの宝札】ほどではないとはいえ、それなりにレアなカードなのに。アイツ、ひょっとして金持ちとかか?

 しかも、5枚のカードをドローしたと思ったら急に哄笑しだすし……よっぽどいいカードを引いたか?

 

 「ククッ、これはいい。やはり俺こそが真のエリート! いずれはこの学園の、そしてカードゲーム界の頂点に立つ存在!」

 

 「御託はいい。さっさと続けろ」

 

 「ならば見るがいい!  まずは【強欲な壺】を発動し、デッキから2枚ドロー! そして【VW-タイガー・カタパルト】の効果発動! 手札を1枚墓地に送り、相手フィールド上のモンスター1体の表示形式を変更する! 【王立魔法図書館】を攻撃表示に変更!」

 

 【VW-タイガー・カタパルト】から放たれた砲撃が、【図書館】の傍に着弾する。直撃はしなかったためかダメージは無いが、その衝撃で様相を変えた。

 っていうか、今サラッと流れてたけど、【強欲な壺】も手札に来てたのか。随分と引きがいい。

 

 「【二重召喚】を発動! このターン、俺はもう1度通常召喚を行える! 【X-ヘッド・キャノン】を召喚!」

 

 召喚したのは【X-ヘッド・キャノン】、そしてさっきのあの喜びよう……これは、行く所まで行くか?

 

【X-ヘッド・キャノン】

通常モンスター

星4 光属性 機械族 攻撃力1800/守備力1500

強力なキャノン砲を装備した、合体能力を持つモンスター。

合体と分離を駆使して様々な攻撃を繰り出す。

その相手のカードを破壊する。

 

 「伏せていた【アイアンコール】を発動! このカードは、俺の場に機械族モンスターがいる時、墓地からレベル4以下の機械族モンスター1体を特殊召喚する! 【Y-ドラゴン・ヘッド】を特殊召喚!」

 

【アイアンコール】

通常魔法

自分フィールド上に機械族モンスターが存在する場合に発動できる。

自分の墓地のレベル4以下の機械族モンスター1体を選択して特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、エンドフェイズ時に破壊される。

 

【Y-ドラゴン・ヘッド】

ユニオンモンスター

星4 光属性 機械族 攻撃力1500/守備力1600

1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分の「X-ヘッド・キャノン」に装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。

この効果で装備カード扱いになっている時のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は400ポイントアップする。

(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。装備モンスターが戦闘によって破壊される場合は、代わりにこのカードを破壊する。)

 

 「まだだ! 手札から【死者蘇生】を発動! 【Z-メタル・キャタピラー】を墓地から蘇生する!」

 

【Z-メタル・キャタピラー】

ユニオンモンスター

星4 光属性 機械族 攻撃力1500/守備力1300

1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分の「X-ヘッド・キャノン」「Y-ドラゴン・ヘッド」に装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。

この効果で装備カード扱いになっている時のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は600ポイントアップする。

(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。装備モンスターが戦闘によって破壊される場合は、代わりにこのカードを破壊する。)

 

 「準備は整った! 【X-ヘッド・キャノン】、【Y-ドラゴン・ヘッド】、【Z-メタル・キャタピラー】を除外し、融合デッキから【XYZ-ドラゴン・キャノン】を特殊召喚!」

 

【XYZ-ドラゴン・キャノン】

融合・効果モンスター

星8 光属性 機械族 攻撃力2800/守備力2600

「X-ヘッド・キャノン」+「Y-ドラゴン・ヘッド」+「Z-メタル・キャタピラー」

自分フィールドの上記のカードを除外した場合のみ、融合デッキから特殊召喚できる(「融合」は必要としない)。

このカードは墓地からの特殊召喚はできない。

手札を1枚捨て、相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。その相手のカードを破壊する。

 

 本当に来たな、【XYZ】。成る程、確かにこの道筋が見えたのなら、得意になっても無理は無いかもしれない。2体の合体モンスターを見、俺は内心でそう思った。

 何にせよ、これで俺の場は攻撃力0のモンスターが2体のみという無防備な状態を晒しているわけだ。そして万丈目の場には攻撃力2000越えのモンスターが2体。攻撃が通れば後攻ワンキル達成ってワケだ。だからだろう、万丈目は得意げに嘲笑を浮かべた。そしてその目には暗い愉悦がある。

 

 「フン! 頼りの永続魔法もただの紙切れ同然! 最早風前の灯だな!」

 

 確かにそうだろう。ただし、俺が無防備にしているのはあくまでも、モンスターゾーンの話である。

 

 「それはどうかな? トラップ発動。【威嚇する咆哮】」

 

 「何!?」

 

 「この効果により、お前はこのターン、攻撃宣言を行えない……防御のための手が【魔法族の聖域】だけだなんて、誰が言った?」

 

 むしろ堂々と発動させた【聖域】の方がブラフである。無論、それで万丈目の攻勢が止められていたのならそれに越したことは無いが。

 淡々と発動させたトラップに、万丈目は苦々しげな顔をした。

 

 「……ならば【VW-タイガー・カタパルト】と【XYZ-ドラゴン・キャノン】を除外し、合体融合! 出でよ、【VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン】!!」

 

【VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン】

融合・効果モンスター

星8 光属性 機械族 攻撃力3000/守備力2800

「VW-タイガー・カタパルト」+「XYZ-ドラゴン・キャノン」

自分フィールド上に存在する上記のカードをゲームから除外した場合のみ、融合デッキから特殊召喚が可能(「融合」魔法カードを必要としない)。

1ターンに1度、相手フィールド上のカード1枚をゲームから除外する。

このカードが攻撃する時、攻撃対象となるモンスターの表示形式を変更する事ができる。 (この時、リバース効果は発動しない。)

 

 【VWXYZ】が来たか。となると、ちょっとばかり賭けになるな。

 

 「【VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン】の効果発動! 1ターンに1度、相手フィールド上のカードを1枚除外する!」

 

 そう、この除外効果が問題なんだ。

 万丈目は何を選ぶか。今はその効果を失っている【聖域】か、残る2枚の伏せカードの内のどちらかか、破壊耐性は有っても除外への耐性は無い【魔法都市】か。或いは2体のモンスターの内のどちらかか。運命の分かれ道だな。

 

 「対象は【王立魔法図書館】!」

 

 【図書館】を選んだか……確かに、【図書館】のカウンターは溜まりきっているから俺のターンが来れば追加ドローだ。あの制裁デュエルも見ていたとすれば、それを危惧しても可笑しくは無い。だが……その選択は誤りだ、万丈目。

 万丈目の号令で【図書館】を砲撃する【VWXYZ】。それによって消し飛ばされる【図書館】だが、あくまでも『除外』されただけであって『破壊』されたわけでは無いため、そのカウンターが【魔法都市】に留め置かれることは無い。

 

 「リバースカードを1枚セット! ターンエンドだ!」

 

万丈目 LP4000 手札1枚

  モンスター (攻撃)【VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン】 

  魔法・罠  (永続魔法)【前線基地】

         伏せ2枚

 

 ターンエンド。しかし、俺のターンはまだ来ない。

 

 「万丈目、お前はミスをした」

 

 静かに告げると、彼は胡乱げな顔をした。俺は構わず続ける。

 

 「【VWXYZ】の効果で除外するのは、【図書館】ではなく【ジェスター・コンフィ】にするべきだったんだよ。確かにコイツはレベル1、攻守0の低ステータスモンスターだ。俺もいつもは上級モンスターの生贄だの、【ディメンション・マジック】のコストだのにすることが圧倒的に多い。でもコイツには、例え攻撃力3000のモンスター……そう、その【VWXYZ】にでも対抗し得るだけの効果がある」

 

 小さなボールに乗りながら相変わらずポンポンと跳ねるピエロを見やり、嘆息する。

 

 「どんなカードにだって生かし方はある。それがデュエルモンスターズってもんだろ?」

 

 「貴様、さっきから何が言いたい! 下らんことを話すヒマがあるなら、さっさと自分のターンを進めろ!」

 

 イライラし始めたらしい万丈目。そうだな、それじゃあ進めようか。

 

 「じゃあ進めるぜ。このエンドフェイズ、【ジェスター・コンフィ】の効果発動」

 

 「このタイミングで発動するモンスター効果だと!?」

 

 【ジェスター・コンフィ】はマイナーなカードだ。いや、【ジェスター・コンフィ】に限らず、この世界では低ステータスのカードが軽く見られがちである。事実、こいつも近所のショップのストレージから発掘して手に入れた。

 だから、万丈目がこの効果を知らないのも、仕方が無いことなのかもしれない。

 

 「このカードが特殊召喚に成功した次の相手ターンのエンドフェイズ時……つまり今だ。相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、そのモンスターと表側表示のこのカードを持ち主の手札に戻す」

 

 「何……だと……?」

 

 万丈目は虚を突かれたように呆然とした。何しろ彼の場にいるのは融合モンスターの【VWXYZ】1体のみ。これを手札に戻すというのはつまり、融合デッキに戻すということ。そうすればヤツの場に残るのはリバースカードが2枚。

 だがしかし、止まる気は無い。

 

 「【ジェスター・コンフィ】。【VWXYZ】を無に帰し、そして俺の手元に戻って来い」

 

 その指示に頷くと、【ジェスター・コンフィ】はその足元の玉を【VWXYZ】に向かって蹴り上げ、そのままバク天をしながら手札に戻って来る。同時に、俺の場に魔法使い族モンスターがいなくなったことで【魔法族の聖域】も自壊した。

 そしてその玉に当たった【VWXYZ】も同様、その反動によって後方に倒れるかのようにバランスを崩し、そのまま崩れ去る。

 後に残ったのは、【魔法都市】と互いの場のリバースカードのみ。

 

 「そんな……そんな馬鹿な!?」

 

 「何も可笑しくなんて無いことだぜ。攻撃力0のモンスターだって、攻撃力3000のモンスターを除去できる。それがデュエルだ……な? 力って脆いだろ? 俺のターン。ドロー」

 

優 LP4000 手札4枚

  モンスター 無し

  魔法・罠  (フィールド)【魔法都市エンディミオン】 カウンター1→8

         伏せ2枚

 

 「手札から再び【ジェスター・コンフィ】を特殊召喚。そして【ジェスター・コンフィ】を生贄に捧げ、【ブリザード・プリンセス】を召喚。【ブリザード・プリンセス】はフィールドの魔法使い族モンスター1体を生贄として召喚出来る。さらにこの姫様の召喚に成功したターン、相手はリバースカードを発動させることが出来ない」

 

 「クッ! だが……だがそれも、このターンのみの効果だ!」

 

 姫によって凍結したリバースカードを忌々しげに見る万丈目だが、まるで自分自身に言い聞かせるかのようにそう吐き捨てた。

 だが。

 

 「甘いぞ、万丈目……俺はな、他人のカードを盗むのも、海に捨てるのも、大っ嫌いなんだよ。それに、無数にあるカードたちの中から選び抜いた俺のデッキカードを雑魚呼ばわりしたことも、腹が立つ。だから徹底的にやらせてもらう! 引導を渡してやるよ。リバースカードオープン! 【マインドクラッシュ】!」

 

 俺の2枚のリバースカード。その内の1枚、今朝引き当てたカードであり見事に今日の運勢を当てたカードでもあるそれを発動させる。

 

 「【マインドクラッシュ】……だと?」

 

 「そう。その効果により、俺はカード名を1つ宣言する。そのカードがお前の手札にあればお前はそれを墓地に捨て、無ければ俺が手札をランダムに1枚墓地に捨てることになる」

 

【マインドクラッシュ】

通常罠

カード名を1つ宣言して発動する。

宣言したカードが相手の手札にある場合、相手はそのカードを全て墓地へ捨てる。

宣言したカードが相手の手札に無い場合、自分は手札をランダムに1枚捨てる。

 

 OCGにおいてはかつて制限カードとなっていたこともある、【マインドクラッシュ】。

 それは前世の世界ではただの1枚のカードに過ぎず。

 けれどこの世界に置いてはそれだけに留まらないカードとも言える。まぁ、一部の人間にとっては、だろうけど。

 話をデュエルに戻そう。今の万丈目の手札は1枚。サーチなどをして手札に呼び込んだカードというわけではないため、本来ならば当てることは難しい……というか、普通ならほぼ不可能だろう。

 だが、今のアイツのフィールドを見てみよう。モンスターはいない。リバースカードは使用不可。だとすれば問題はあの1枚の手札のみ。そして俺が宣言するのは、この状況であいつの手札にいて欲しくない、しかしデッキに入っていても可笑しくないカードだ。

 

 「俺が宣言するのは、【速攻のかかし】!」

 

 「なっ!?」

 

 ビシッと指差して宣言する。果たして結果は。

 

 「ほら、その手札を確認させろ」

 

 「く……」

 

 突っついて手札を公開させると、それはまさしく【速攻のかかし】であった。当たったため、その手札は墓地に送られる。

 俺がこの状況で宣言するならば、それは手札誘発効果を持つカード。それも、【クリボー】や【フェーダー】、【かかし】のような防御カード。その中でも最も可能性が高いのが、機械族の【かかし】なのではないかとアタリを付けての宣言だった。100%そうだと決まっていたわけじゃないけど、見事ドンピシャだったな。外れていたら外れていたで、また次の手を考えるだけなのだが……こうも嵌るとは。

 しかしこの事実に、俺は何とも言えない気持ちになった。

 万丈目は先ほどのターン、あの重い【VWXYZ】を1ターンで呼び出した。【かかし】という優秀な防御カードも呼び込んでいた。何という引きの強さ。何というタクティクスの高さ。だからこそ惜しい。

 何はともあれ、これで真実、万丈目を守るものはもう何も無いわけだ。それでもこのターンで決着が付くわけではないと考えているからか、ヤツは闘志を失ってはいないけれど。

 それはそうだろう。ヤツのライフはまだ4000残っていて、【ブリザード・プリンセス】は高攻撃力とはいってもその値は2800。満タンのライフを削りきるほどではない。

 だがしかし、その考えは甘い。言ったはずだ。引導を渡してやると。

 

 「バトル。【ブリザード・プリンセス】の攻撃……そしてこの攻撃宣言時に、トラップ発動。【マジシャンズ・サークル】」

 

 フィールド上に、強い光を放つ魔法陣が現れた。

 

【マジシャンズ・サークル】

通常罠

自分または相手の魔法使い族モンスターの攻撃宣言時に発動できる。

お互いのプレイヤーは、それぞれ自分のデッキから攻撃力2000以下の魔法使い族モンスター1体を攻撃表示で特殊召喚する。

 

 「こいつはフィールド上の魔法使い族モンスターの攻撃宣言時に発動できるトラップカード。互いのプレイヤーは、デッキから攻撃力2000以下の魔法使い族モンスター1体を攻撃表示で特殊召喚する」

 

 「な!?」

 

 「【マジシャンズ・サークル】の効果は強制効果だ。デッキに条件に当て嵌まるモンスター、つまり攻撃力2000以下の魔法使い族モンスターがいるならば、特殊召喚をしなければならない……どうだ?」

 

 「俺の、デッキに……魔法使い族モンスターはいない……!」

 

 そうか、それは残念だったな。

 

 「ならば特殊召喚をするのは俺だけだ。俺はデッキから攻撃力2000の魔法使い族モンスター、【魔法の操り人形】を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 魔法陣から、指先の糸で人形を操る魔法使いが現れる。

 

 「攻撃を続行する。【ブリザード・プリンセス】のダイレクトアタック」

 

 1度は宣言した攻撃を邪魔された鬱憤からか、姫君はブンブンと振り回した氷球を思いっきり振り下ろした。

 

 「ぐぅっ!?」

 

万丈目 LP4000→1200

 

 「続いて【魔法の操り人形】でダイレクトアタック……これで終わりだ。《マリオネット・カプリチオ》!」

 

 「バカな……そんなバカな!?」

 

 現実を受け入れられないのか、目を見開いて迫るマリオネットを凝視する万丈目。だが、これは夢でも幻でも無い。現実だ。

 もしも万丈目のデッキに攻撃力800以上の魔法使い族モンスターが入っていれば、せめてこのターンは凌げたのに……と、いうわけでも無いのだが。何しろ俺の2枚の手札の内、1枚は前のターンで手札に呼んだ【魔力掌握】だが、もう1枚はこのターンにドローした【死者への供物】だったのだから。つまりは、【マインドクラッシュ】が成功した時点で完全に詰んでいたのだ。

 

【死者への供物】

速攻魔法

フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する。

次の自分のドローフェイズをスキップする。

 

 「ぐ……あぁぁぁぁぁ!」

 

万丈目 LP1200→0

 

 万丈目のライフが0になったことでデュエルは終わり、ソリッドビジョンも消える。荘厳な魔法都市が消えるとそこは元の通り、月明かりに照らされた暗い夜の海だった。

 

 「万丈目。俺の勝ちだ」

 

 「負けた……だと? この俺が、貴様にまで、また……っ!」

 

 地に膝を付き、愕然とした様子の万丈目。肩が震えているのがよく解る。

 そこまでショックを受けなくてもいいのではないか、と思う。だってここの所、万丈目はずっと不調が続いていた。負けたのも、十代とのデュエルだけではない。事実、無意識なんだろうけど本人も今『また』って言ってたし。

 まぁ、そんなことを言えば火に油を注ぐだけなので、黙っておくけど。

 

 「信じられないというなら、信じなくてもいいさ。精々そうやって、いつまでも駄々を捏ねていろ……でも、三沢のカードは返してもらうぞ」

 

 いや、デュエルに勝とうが負けようが関係無く返して欲しいから、この流れは何か可笑しい気もするけど。別に賭けてたわけでも無いのだし。

 万丈目までは少し距離があるが、再び手を差し出す俺。万丈目は自失したように、緩慢な動作でデッキを手に取り……ギリッと、音が出そうなほどに強くそれを握りしめた。まるで潰そうとしているかのように。

 

 「おい」

 

 俺が少し驚いて声を掛けるのと、ほぼ同時のことだった。

 

 「こんな物! 欲しければくれてやる!」

 

 いや、くれてやるって可笑しいだろ……と、ツッコむ暇は無かった。

 

 「げ!?」

 

 万丈目は多分、わざとでは無かったと思う。ただ、ヤケクソだとでも言わんばかりの様子で俺に向けて投げたカードの束は、凄まじい勢いで飛んできた。しかも体勢が悪かったからか、狙いが微妙にずれていた。それはもう、素晴らしい大暴投だった。

 普通ならばそれは、カードを粗末に扱うなと怒る程度の出来事だっただろう。だがしかし、俺たちが今いるのは海岸なのである。ちょっと狙いを外れたそれは、海の上へと飛んで行った。

 魔法で引き寄せるか? いやダメだ、万丈目に見られる。判断は一瞬だった。

 

 「だぁ~、もう! 何だってこんなことに!」

 

 腕に付けていたデュエルデスクと、持っていたショルダーバッグを外す。急いでいるせいで些か乱暴な扱いをしてしまったが、壊れるというほどのことでは無いはず。

 助走をつけて跳躍し、海上に飛び出す。空中でデッキを掴む。ゴムで束ねているおかげで、空中分解することなく全てのカードを手に出来た。そして覚悟を決めた次の瞬間、俺は夜の海にダイブしていた。

 

 『主!?』

 

 水音に混じり、エンディミオンの慌てたような声が聞こえる。

 

 (いいから! カードを保護しろ!)

 

 海に落ちた以上は俺が濡れるのはもう仕方が無いけど、カードは守らねば。

 ここが水の中なのをいいことにそう叫ぶと、エンディミオンには伝わったようでカードを掴んだ右手がボウッと温かくなった。結界が張られたらしい。

 ただ、それと同時に海水をかなり飲んでしまったようで、かなり噎せた。しかもそれによってさらに海水を飲んでしまうという悪循環。喉が痛いぜ、こんちくしょう。

 

 「ブハッ! くっそー、踏んだり蹴ったりだ!」

 

 体勢を立て直して海面に顔を出した俺が、ついつい毒づいてしまったのも無理からぬことだろう。その間も右手は天に掲げ、カードが海に触れないように気を配る。

 

 「万丈目のヤツ! 暴投もいい加減にしろ!」

 

 『主よ、主だけはそれを言ってはいけない』

 

 俺を追って来たエンディミオンが上空から出してきた的確なツッコミに、一瞬言葉が詰まる。正論だ。ぐうの音も出なくなった俺は。

 

 「万丈目は?」

 

 スルーすることにした。

 

 「万丈目なら、もう逃げたぞ」

 

 だがしかし、俺の問いに答えたのは肩を竦めるエンディミオンではなかった。その聞き覚えのある、しかしこの場で聞こえるのは意外な声に、俺は海岸を見上げた。

 

 「カイザー!? 明日香も!」

 

 そこにいたのは、その2人だった。おい、どうなってんだこれは。

 いや待て落ち着け、問題は1つずつ解決しよう。

 

 「逃げたって?」

 

 その質問に、今度は明日香が答える。

 

 「あなたが海に飛び込んだすぐ後に、ね」

 

 その答えに、俺はヒクッと唇の端が引き攣ったのが自分でも解った。

 おいこら、俺は溺れかけてたんだぞ? それで逃げるとはどういうことだ……まぁいいか。別に期待してたわけでも無いし。

 俺が溜息を吐くと、カイザーが苦笑しながら手を差し出してきた。俺はその手を取り、海から上がるのを手伝ってもらう。高低差があって生身で上がるのは苦労しそうだったので、厚意をありがたく受け取っておいた。

 

 「どっちでもいけど、ちょっとこのデッキ、持っててくれないか?」

 

 ショルダーバッグに入っているタオルを取り出すのに、片手が塞がっているよりはその方がいい。そう思って提案すると、明日香が快く受け取ってくれた。そして驚いたようにそのデッキをながめつがめる。

 

 「全然濡れてないわ。海に落ちたのに」

 

 ……え~っと、うん。

 

 「根性で守ったんだよ。こう、意地で海上に出して」

 

 まさか魔法だなんて言えない。なのでそう誤魔化すと、明日香は感心していた。

 

 「2人はどうしてここに?」

 

 タオルでまず髪を拭きながら掛けた問いに、顔を見合わせる2人。

 

 「……俺たちがここにいるのは偶然だ。すぐそこの灯台で会っていたら、たまたまお前たちが見えたのでな」

 

 「それっていつから? どうも、事情をほぼ把握しているみたいだけど」

 

 「万丈目が埠頭に飛び出してきた頃からだ」

 

 「最初からかよ」

 

 思わずツッコんだ。良かった、魔力使わなくて。でもさぁ。

 

 「じゃあ出て来てくれれば良かったじゃん。万丈目だって、2年先輩で学園最強の呼び声高いカイザーが出てくれば、多少は大人しくしていてくれたかもしれないのに」

 

 「お前たちが随分と白熱していたようだったからな。それに、そうしている内にデュエルが始まっていた。それでケリが付くのならばいいと思ったのだが……まさかこうなるとは」

 

 何だそのデュエル脳。

 

 「ま、俺がダイブしたのは不運が重なってのことだと思うけどさ……それでも、万丈目って前々から俺のこと目の敵にしてるし。援護が欲しかったよ」

 

 「でもそうしていたら、万丈目君はますます追い詰められていたでしょうね」

 

 明日香のその呟きが耳に届く。そういえば……。

 

 「明日香、今朝万丈目の話をしてた時、何か言ってたよな? あれって何だったんだ?」

 

 あの時は聞き流していたけれど、今になって気になってきた。明日香は少し逡巡していたけれど、やがて口を開く。

 

 「知ってる? ここ最近、陰では何かに付けてあなたと万丈目君が比較されてきたってこと」

 

 「は? 何それ聞いてない」

 

 「でしょうね……おそらく、あなたの耳には入らなかったはずよ。周囲が入れないように気を付けていたはずだから」

 

 明日香の話を纏めるとこうである。

 万丈目は中等部時代の学年主席。俺は現在の学年主席。なるほど確かに、比較されることはあるだろう。それは解る。でもどうも、それだけでは無かったらしい。

 

 どうも万丈目をこき下ろすこと、それそのものを目的として行っていたヤツもいたようなのだ。

 特に中等部時代に高圧的に振る舞われた者や、高等部からの入学でエリート意識を鼻にかけて見下された者なんかに……おい、なんかそれ、微妙に自業自得じゃないか?

 まぁとにかく、そんなこんなでデュエル・学力・日頃の行いその他諸々、万丈目は何かに付けて俺と比較され、貶されていたらしい。何だそれ、くだらねぇ。

 知らなかったんですけど……とツッコむと、俺がそういうのが嫌いなのを周囲も感じ取っていて、俺の耳には入らないようにしていたんだとか。

 おいこら。これって俺、当事者なのに蚊帳の外じゃん。

 

 そしてその結果、万丈目は元々嫌いだった俺のことがさらに大嫌いになりましたとさ……とんだとばっちりだ。俺はただ、真面目に学生やってただけなのに。

 

 「それに多分、嫉妬もあったんだと思うわ」

 

 「嫉妬ぉ?」

 

 「ええ。あなたはデュエルの実力でも既にこのアカデミアで一目置かれている。学業面や生活態度でも先生方の信頼を勝ち得ていて、むしろ頼りにされていると言ってもいいわ。生徒たちの間でも、主席を鼻にかけることもなく取っ付きやすいし、面倒見が良くて優しいと慕われている」

 

 「え、そうなの?」

 

 「……自覚していなかったの?」

 

 「うん。ただ、十代関連で保護者扱いされているとは思ってたけど」

 

 「それはあるわね。特に先生方の間では、学園一の問題児を唯一コントロールできると思われているみたいよ」

 

 「そんな気はしてた」

 

 とんだ買い被りだ。俺にあの十代が抑えきれるわけないだろ? ってかアイツ、学園一の問題児って見られてたのか。

 

 「話を元に戻すわ」

 

 明日香は軽く額に手を当て、気を取り直していた。

 

 「恐らく、あなたの現状は万丈目君の理想とは違うわ。彼の中等部時代の態度からして、そんな優等生になりたいとは思っていないでしょうから。でも、トップを取ることには凄く執着していた。そんな彼が、高等部に入ってから何一つあなたに勝てない。しかも……」

 

 「今日になって、デュエルでも負けた」

 

 最後の砦も無くなったわけだ。 俺が引き継いだ言葉に、明日香は頷く。

 なるほど、俺は知らない内にアイツのプライドをバッキバキにへし折っていたのか。客観的に判断して、俺に落ち度や責任があるわけでは無いが。

 でもなぁ。

 

 「トップに執着、か。アイツの背負ってるってもんと関係があるのかね。でも結局の所、自分で立ち直ってもらうしかないからなぁ。でもその分、1度折れてから立ち直ればさらに強くなると思うんだけど」

 

 けれどそれもこれも、立ち直ってくれなきゃ始まらないのだ。

 

 「強い人間って、厄介だよね。折れ慣れてないから……そういう意味じゃあ、いざって時はカイザーや十代もヤバそうだけど」

 

 突然出て来た自分の名前に、カイザーは少し驚いていた。

 

 「俺が、か?」

 

 「あー、うん。なんかこう、バキッてやられたら立て直すのに苦労しそうなタイプだよね」

 

 そう簡単には折れ無さそうなだけに、いざ折れたら一気に行きそうな上に果てしなくタチが悪そうなタイプっていうか。

 

 「優、あなたそれ、自分はどうなの? あなたはその十代や亮にも勝っているじゃない」

 

 「負けてもいるけどね」

 

 そうなのだ。十代は勿論、カイザーもあの初戦以来時々デュエルしている。そのおかげか、最近はすっかり気安くなった……でもパワボンリミ解で攻撃力16000の【サイバー・エンド】にぶっ飛ばされたのは、あまり思い出したくない記憶である。

 

 「勿論、俺だって自分が折れる可能性を否定はしない」

 

 軽く肩を竦めると、服から海水が滴り落ちた。

 

 「でもその時は、何が何でも這い上がってやるよ。上を見上げればキリがないんだ。そこに至るまでには、あまり立ち止まってもいられない……俺にもね、明日香。ず~っと負けっ放しの相手がいるんだ。俺はその人と同じ所にまで行きたい」

 

 「……それはさっき言っていた、『師匠的存在』のことかしら?」

 

 「本当に全部聞いてたんだな。ああ、そうだ……あくまでも師匠『的』存在だからな? 正式な師弟じゃない。でも俺は、あの人にデュエルを教わった。そして何度も何度もデュエルして、1回も勝ったことが無い。昔の話だから、とも言えない。もし今デュエルしたとしたら、勿論負ける気でやりはしないけど、それでも正直、まだまだ勝てる気がしないんだ」

 

 「ほう……それは俺も是非お相手願いたいものだな」

 

 食い付いてくるカイザー。おい、あんた本当はただのデュエル馬鹿だろ。

 

 「上がいる、ってのはありがたいもんだなよな。それを見上げてる内は、腐っていられないんだから」

 

 しかし同時に、ふと思う。果たして万丈目は、上を見上げているのだろうか。ひょっとしたら、下を見下しているだけなんじゃないんだろうか。だから……そのままずるずると落ちていってるのかもしれない。

 

 「正直、俺は今回の万丈目の行動を認めることは絶対に出来ない。でも、立ち直ってほしいとは思うよ。叩き折った本人が言うのもなんだけどさ。俺にも背負ってるものぐらいあるから、あいつの気持ちも解らないでもないから。こんなこと言ったら、本人には怒られそうだけどな。一緒にするなって」

 

 「特待生待遇のこと?」

 

 「うん、それもあるけどね」

 

 でも、それだけじゃない。それは確かに大事だけど、背負っているってのとは少し違う。

 

 俺が知らぬ間に一人歩きしていて、いつの間にか背負っていたもの。『武藤遊戯の弟子』という文句。

 だから何だ、と鼻で笑われればそこまでだろう。今更たかが弟子1人(いや、だから違うんだけどね)が無様を晒したところで泥が付くほどあの人の存在は軽くないし、俺自身、俺は俺だと思っている。

 

 ただ、周囲は違った。

 俺は、『武藤遊戯の弟子』と言われても納得出来るだけの実力を持ったデュエリストであると示さなければならない立場になってしまった。

 あの日、シンクロ召喚の提唱者兼プロジェクトのアドバイザーとなった日に、その責任を負ったのだ。ペガサスの提案を受けた時、ヤツ自身からそんな忠告を受けた……元凶はヤツな気もするが、それはともかく。なのにもしもそれを果たせなければどうなるか。

 まずは未だに僅かに燻るシンクロ召喚反対派が突っついてくるだろう。この数年で大多数の関係者とはそれなりの関係を築けたと思っているけれど、やはり全員とはいかなかった。そして、そんな相手に限ってそれなりの地位を持つ人間だったりするし、俺の動向に注視している。彼らにしてみれば、いくら遊戯さんの弟子(違うけど)とはいえ俺自身はただのガキ、認めるとまでは行かないらしい。

 しかも今となっては、そうしたらプロジェクトが頓挫するだけに留まらない可能性もある。発表寸前という現段階でそんな内乱が起これば、下手をすればI2社そのものに影響が出かねない。今やあのプロジェクトには、それだけの期待が掛けられている。デュエルモンスターズに革命期を齎すかもしれない、と。

 昔、社長が遊戯さんに負けたことでKCの株価が急落したと聞いた時は驚いたけど、あれって決して大げさなことじゃ無かったんだと悟らざるを得なかった。

 デュエルは楽しい。だから始めたし、続けてる。でもそれだけじゃ終われないのだ。

 

 まぁ何にせよ、いずれは降ろしたい看板だけどな。いつまでも「~の弟子」と付属品のように言われ続ける気はさらさら無い。

 俺は俺。他の誰でもないのだから。

 

 「ハ……クシュン!」

 

 って、何だか寒気がしてきた。

 ここはデュエルアカデミア、活火山も擁する南国の孤島。

 だがしかし、それでも日本国内には違いない。いくら暖かくても、季節は冬で時刻は夜。海に落ちて濡れたままでいるのはマズイかもしれない。

 俺のその様子に気付いたのか、明日香が話を打ち切った。

 

 「優、体を温めた方がいいわ。亮、私たちも行きましょう」

 

 そうしよう。もう部屋に戻って、シャワーでも浴びよう。そんですぐに寝よう……いやダメだ、諜報活動の結果を提出しないといけないんだった。ちくしょう、世知辛い。

 カイザーを引き連れて去って行く明日香を見送り、俺もイエロー寮に戻る。

 しかしその道中でふと気付く。

 

 「……ひょっとして、あれが噂の灯台部だったのか?」

 

 何であの2人があんな所にいたのかを聞いてなかった。

 でも確か、明日香とカイザーは灯台で度々落ち合っていたような気がする。曖昧な原作知識がフッと脳裏をかすめる。

 まぁ、個人の自由だ。どうでもいい。けれど同時に、また別の事にも気付く。

 

 「あ、三沢のデッキ、明日香に預けたままだ」

 

 うっかり忘れてしまっていた。元はといえば、アレを取り戻すためにこんな面倒なことになったのに。

 引き返そうかと一瞬迷うがしかし、明日香ならば無碍に扱うようなことはあるまい。また今度でも問題は無いだろう。

 そう結論を出し、俺はそのままイエロー寮への道を進んだ。

 

 

 寮に辿り着くと窓から部屋に入り、まずはシャワーを浴びて体を清め、温める。

 それから電話で向こうと連絡を取り……案の定、遅いと怒られた。ゴメン。軽く報告をしてからカメラを【強制転移】で海馬邸に送る。あちらから送られてきたのはプリン3個だった。夜食のつもりかあの野郎。

 折角なのでそのプリンも平らげてからベッドに潜り込み、俺は漸く長い1日を終わらせることが出来たのだった。

 

 しかし翌日、やはりというか何というか、軽く風邪を引いてしまっていた。とはいえ熱は無く、したたかに海水を飲んだせいで喉が少し痛むのと、少し怠い程度なのだが……あれくらいで風邪を引くなんて、デュエリストの名折れのように感じた。くそぅ。

 けれど、丁度良かったのかもしれない。

 今日は三沢の応援に行くつもりだったけど、俺が行った所で万丈目を動揺させるだけだろう。それが三沢にだって伝わりかねない。ならば風邪を言い訳に遠慮しよう。デュエルの内容は後で三沢なり十代なりに聞けばいい。

 なので俺はその旨をPDAを通じて三沢に伝える。喉が痛くて掠れ声になっちまったせいか三沢は疑うことなく、逆に心配してくれた。背後で十代や翔、隼人も同じように心配してくれていたのが何ともありがたい。デュエルが終わったら見舞いに来る、と言っていた。

 

 そして俺はこの日半日、あいつらが来るまでゆったり過ごそうと決めたのだった。

 

 けれど俺はこの時、重大な見落としをしていた。

 

 デッキをうっかり持ち帰ってしまった明日香が、それを返そうとするのは当然。なので彼女が、寮入れ替えデュエルが始まる前に俺か三沢に接触しようとするのもまた、自明の理だった。あのデッキを今回は三沢は使わないと解っているのは俺だけで、明日香はそれを知らないのだから。

 けれど俺は昨夜の出来事に関して明日香に……それにカイザーにも、口止めなんてしていなかった。

 結果、俺が三沢VS万丈目の入れ替えデュエルに顔を出さなくとも、事態はどんどん転がって行ったらしかった。

 

 




<今日の最強カード>

優「今日の最強カードはねぇ。攻撃力3000の【VWXYZ】だとか、それをバウンスした【ジェスター・コンフィ】だとかも候補に上がるけど。でもコイツにしようか」

【マインドクラッシュ】

優「元ネタはご存知、アテムさんがやった罰ゲームの1つ。このカードがパックから出て来た時の俺の心情は察して欲しい。OCGにおいては……要約すれば、ハンデス・ピーピング・場合によっては手札からの墓地肥やしを行える罠。制限規制されていたこともあるカードだよ」

王『主が遂に罰ゲームにまで手を出し始めたか……』

優「人聞きの悪いことを言うなって。闇のゲームじゃあるまいし。ただカードとして使っただけだろ。でもこの世界において、一体誰がどんな考えでこのカードを作ったんだろうな?」

王『ところで主よ』

優「何?」

王『主は万丈目のせいで風邪を引いた。よって我は奴を裁かねばならぬ。どうような刑が望みだ?』

優「何も望んでねぇよ。風邪っつっても大したもんじゃないのは解ってるだろ? ……それにしても、徹底的に叩き折られたなぁ、万丈目」

王『まだまだ生温い』

優「止めろって、杖を構えるな。え~っと、筆者によると、万丈目をズタボロにするのは予定通りらしいよ。アニメ版の万丈目が持っていたネタキャラ成分を三沢にも割譲する分、漫画版の万丈目のシリアス成分を輸入したいんだってさ。その前準備に……って、ここまでする必要はあったのか?」

王『メタ発言はその程度にしておけ』

優「そうだね。ちなみに本編での俺は、万丈目が背負っているものってのが『政界・財界・カードゲーム界を万丈目兄弟で支配すること』ってのは完全に忘れ去っているよ。ただ、その3つの世界が並び称されているってのは覚えてるけど。いや~、壮大な計画だよね。世界規模なんだから、確かにデカいモン背負ってるよな、アイツは」

王『主の方がより壮大なものを背負っている気がするのは我の気のせいか?』

優「うん、気のせいだね」

王『……そうか』

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