宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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ようやく挿絵が完成しました。
せっかくお絵かきソフトを買ったのに、結局水彩画に逆戻りだよ!
アナログっていいね!


外伝8―繋がるかもしれない未来―

南部康雄side

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト復活篇』より《交響曲ヤマト2009 第四楽章》】

 

 

アマールの碧海に深く沈みこんだ『シナノ』以下3隻は陣形を若干広く取りながら、大気圏突入時の勢いのまま海底近くを進んでいた。

『マヤMk-Ⅱ』に発見されるのを、少しでも遅らせるためだ。

この作戦はまさに乾坤一擲、背水の陣で臨む作戦。

万が一にも失敗に終わることがないように、敵に対策を取られる前に決着をつける必要がある。

その為に行った、敵要塞と反対の西方向への大気圏突入であり、海中への潜伏であった。

 

艦首波動砲やアンカー、主砲塔など至る所から泡が零れ、列を成して後方へ流れていく。

宇宙空間から大気圏突入、果ては水中へとめまぐるしく環境が変わったことで、表面の装甲が膨張や収縮を繰り返して悲鳴じみた軋み音を上げている。

この光景は、見覚えがある。

ガトランティスの彗星都市に最期の総攻撃をかけるときに、ヤマトは今回と全く同じ行動をとったのだ。

……不思議なことに、シナノに乗っているとヤマトとの歴史を、追体験しているような錯覚に陥ることがある。

 

艦底からわずかに衝撃が伝わってくる。

『シナノ』がヤマトと同じ道を辿っているのなら……大方、第三艦橋か下部一番主砲が海底の岩にでもぶつかったのだろう。

 

 

「そろそろか……笹原。海面に浮上して、そのまま大気圏内航行に移れ。庄田、3隻に通信。『浮上、大気圏内航行に移行』」

 

 

頃合を見て、俺は指示を下した。

 

 

「了解。アップトリム40。機関出力70パーセント」

「遠山。指示通り、いけるな」

「……やってみます」

 

 

遠山の返事に若干の不安を感じるが、この際仕方ない。彼には戦闘終了後すぐに医務室に行ってもらうつもりだが、今だけはなんとしても任務をやりきってもらわなければ困る。

遠山から視線を外すときに、ふと篠田の背中が目に入った。

青い碇のマーク、つまり俺と同じ旧デザインの制服に身を包んだ姿に、若かりし頃の真田さんの姿を幻視する。

 

篠田と初めて出会ってから13年以上……研究所の若き副課長にすぎなかった彼は、幾度もの実戦を重ねて立派な宇宙戦士に大成した。先程は否定してみせたが、篠田は正にシナノにおける真田技師長だ。

その証に、今回の作戦も篠田が敵要塞の弱点を見抜いた事で生まれたものだ。

 

 

「全く、すごいんだかすごくないんだか……」

 

 

南部は、先程中央作戦室で行われた作戦の概略説明を思い出す……

 

 

 

 

 

 

照明を落とした薄暗い中央作戦室の真ん中に、二枚の立体映像が浮かぶ。

『シナノ』クルーは大きな輪になって、その映像を注視していた。

 

 

「二回の波動砲発射に対して、敵要塞は異なる反応を見せています。一回目はワープアウト直後に第三戦隊が拡散波動砲をぶつけたとき。この時は、全弾が要塞表面の磁気フィールドによって弾かれています。しかし、二回目にシナノが収束波動砲を撃った際には……右の映像を見てください」

 

 

会議には『シナノ』のクル―の他に、防衛艦隊の全ての艦長がデータリンクを通じて参加している。

その参加者の口々から、驚愕のため息が漏れた。

 

 

「着弾箇所に穴を空け、そこからタキオンバースト奔流を内部に取り込んでいます。おそらく磁気フィールドは2重になっていて、外側と内側の間のスペースに、波動エネルギーがプールされたのだと思われます」

「……なるほど。逆に、好きな場所に穴を開ければ任意の数と方向に貯め込んだエネルギーを送り返すことができるというわけか」

 

 

誰かの呟きに、篠田は「そうです」とだけ答えた。

 

 

「さて、これだけ見ると完全無欠の鉄壁の様に見えますが、当然ながら弱点――――――というより限界というべきでしょうか、我々が付け入る隙は存在します」

 

 

篠田の指示で左側の映像が消え、『シナノ』の波動砲が着弾した場面のズームに切り替わる。

 

 

「着弾箇所に青い霧のようなものが発生しているのが分かるかと思います。これは、外側の磁気バリアによって弾かれたタキオン粒子です」

「……それが、要塞の弱点にどう繋がるんですが?」

 

 

庄田の疑問に、篠田は人差し指を立てて答える。

 

 

「普通に考えれば、波動砲のエネルギーを全て取り込めばいいだろう? しかし、敵要塞はそうせず、2割ほどを無駄にせざるを得なかった。これが何を意味するのか。おそらく敵は、タキオンバースト奔流の直径よりも小さい穴を磁気バリアに空けることで、内部に取り込むエネルギー量を調整したんだ」

 

 

何故そのような手間のかかることをしたのか?

――――――逆だな、そうせざるを得ない理由があったんだ。

エネルギー量を調節せざるを得ない理由から考えられる攻撃方法は――――――

 

 

「そうか、飽和攻撃だな?」

「艦長、先に正解を言わないでください」

 

 

答えを尋ねると、篠田は顔を引き攣らせてしまった。どうやら、いつもの以心伝心が裏目に出てしまったらしい。

 

 

「話を戻しますと、取り込むエネルギー量を調節したということは、それ以上エネルギーを溜めることができなかったということに他なりません。つまり、『マヤMk-Ⅱ』はシナノの波動砲一発のエネルギーを溜める事はできないということ。ならば、やる事はひとつ。敵の許容限界量を越えるエネルギーを叩きこんで、内側から爆発させるんです」

 

 

作戦室にざわついた声が響く。

 

 

「確かに……エネルギーを吸収するタイプの敵に対してはオーソドックスな戦法だが」

「ンなこと言ったって、バリアが張ってあるのにどうやって中に注入するんだ?」

「結局バリアを突破できなければ意味ないだろう?」

 

 

口々に囁かれる疑問、不満。しかし、篠田が何も考えていないはずがないことは、俺は分かっていた。

喧騒をよそに、篠田は既に次の説明に入っていた。

 

 

「この映像は、拡散波動砲を弾いた直後の『マヤMk-Ⅱ』表面の磁気の流れを可視化したものです。磁力が平均は黄緑、強い場所が赤、弱いところが青で表示されています」

 

 

篠田はある点をレーザーポインタで指し示した。

 

 

「注目してほしいのはここ……子弾が着弾した場所に比べて、その周囲の磁気が減衰していることです。特にこの、5発の子弾がほぼ同じ個所に着弾している場所は、5か所の中心に当たる箇所の磁気が極端に薄くなっています」

 

 

子弾が着弾した所は、着弾点が真っ赤、その周囲が薄い水色、さらにその周りが黄緑色に染まっている。つまり、敵要塞は周囲の磁力を集めて着弾予想点のバリアの強度を高めているようだ。

そして、5発の着弾箇所は、円状に着弾したその中心部分だけが濃い青に染まっている。

1ヶ所から5ヶ所の着弾点に磁力を振り分けてしまった為、そこだけが極端にフィールドの強度が落ちてしまっている。

 

 

「それでは、具体的な攻撃方法を提言します」

 

 

アマール本星上空の概略図と、そこに展開している防衛艦隊の布陣が図示された。

 

 

「防衛艦隊より、収束波動砲を持つ『シナノ』、『紀伊』、『ミズーリ』と『ウィスコンシン』を決死隊として選抜します」

 

 

『マヤMk-Ⅱ』の正面に決死隊を示す青い三角形のマークが4つ現れる。

 

 

「まず、3隻が正三角形を形成して波動砲を一斉発射する。要塞は波動砲3発分のエネルギーを吸収することはできませんから、必ずバリアで弾いて防御するはずです。そうすれば正三角形の着弾点の中心は、バリアの強度が極端に下がっているでしょう。丁度、今見た映像のように」

 

 

赤い三角形の正面へ回り込んだ決死隊の3つのマークから、ひと際太い矢印が伸びる。

一瞬遅れて、3つのマークの真ん中に鎮座するマークから波動砲の矢印が突き刺さった。

 

「最後の一隻はこの1点に波動砲を命中させ、弱くなったバリアをぶち抜いてタキオンバースト奔流を無理やり注入。内部でエネルギーが飽和して、要塞ごと爆発するはずです」

 

 

場を、しばしの間さざ波の様な喧騒が支配する。皆、作戦を咀嚼して吟味しているのだ。

泉宮も佐藤も腕を組んで考え込み、笹原と遠山はヒソヒソと何やら相談している。

 

 

「……作戦としては決して上等ではないな」

 

 

口を開いたのは、ディスプレイ越しに説明を聞いていた、篠田より少し年下くらいの年齢の女性。

長い間女よりも軍人としての人生を歩んできたのだろう、サバサバした物言い。

口調に合わせた様なボーイッシュなショートカットの金髪。細い眉は吊り上がっていて、気丈そうな雰囲気をしている。

アンドロメダⅢ級戦艦『ネトロン』艦長、女傑で知られるクリス・バーラットだ。

 

 

「攻撃のタイミングがタイト過ぎて、急ごしらえの艦隊でそこまでの緊密な連携がとれるかどうか怪しい。何よりも推測に推測を重ねた作戦が成功するか、分かったもんじゃない。一か八かの大博打だな」

「……そう仰るのならば、私の作戦よりも成功率の高い代案があるのですか?」

 

 

篠田の険の籠った声にもどこ吹く風、ディスプレイに映った女艦長は髪を緩やかに揺らしてかぶりを振った。

 

 

「まさか、私は特攻ぐらいしか思いつかなかったからね。こんなわずかな時間で堅牢無比な要塞を攻略できる可能性を見つけただけで、称賛に値するよ。ただ、私は作戦が博打に過ぎるからもっと確実性を上げた方がいいと言っただけだ」

「……例えば?」

 

 

篠田も思い当たる節があるのか、声を押し殺して質問を返す。

一方のクリスは、ゴソゴソとコートをまさぐる動きをする。噂には聞いていたが自由奔放な女の様だよく艦長が勤まっているな。

 

 

「要するにアレだ、攻撃を仕掛けて表層のバリアを薄くすればいいんだろう?だったら波動砲3発といわず、全艦で総攻撃すればいいじゃないか」

 

 

ポケットから取り出したらしいシガレットを口に咥え、ジッポライターを右手に持つ。

親指で蓋を開くとそのまま流れるように回転ドラムに指を引っ掛け、慣れた手つきで人差し指と親指で上下を挟み込むように保持して、弾くように放り投げた。

 

 

「主砲は、敵にエネルギーを吸収される可能性がありますが? それに、全艦で向かったら新たに増援が現れた時にどう対処するのです?」

 

 

真上に投げられた銀色のジッポライターは、画面の外へ。クリスはジッポを視線で追うこと無く、篠田の反論に答えた。

 

 

「だったら、実体弾だけに限定すればいいだろう? 幸いにもこの場には巡洋艦も駆逐艦も艦載機も十二分に数が揃っている。十分に陽動はできると思うが? それに、また増援が来るかどうかなんて誰にも分からないじゃないか」

「来ないかどうかも、誰にも分かりません。現に我々は、来ないと思っていた敵増援にこうして苦慮しているんですが?」

 

 

落ちてきて画面の中に戻ってきたを手の平でキャッチ。ジッポライターは、既に火が点っていた。

おもむろにタバコに火を付けたクリスは、その先端を赤く輝かせてうまそうに紫煙を吐き出した。

……今更ながら、軍艦の中では指定された場所以外禁煙のはずである。

 

 

「そうだな……じゃあこうしよう。水雷戦隊と艦載機隊は空間魚雷やミサイルで敵要塞の背後から陽動攻撃を行う。その間に決死隊は要塞の正面に回り込んで、先程君が言った作戦で奇襲を仕掛ける。戦艦と空母は低軌道上に留まって、新たな増援に備える。どうだ、完璧だろう?」

 

 

そう言ってニッと愉快げにやける一方で篠田は眉間に皺を寄せてバーラット艦長を睨んだまま、黙ってしまった。

……どうせ、反論したくても突っ込むところがなくて、でも負けは認めたくなくて拗ねてるんだろう。こういったガキっぽい所は、この男の悪い癖だ。

やれやれ、ここは艦隊司令の俺が場を収める必要があるな。

 

 

「よし、いいだろう。バーラット艦長の意見を採用する。篠田、異論は無いな?」

「――――――は」

 

 

端的な言葉で同意する作戦立案者。普段はあれだけ頭が回る癖に、こういう所では機転が利かない。気の利いた言い回しで自分の不利を周囲に悟られないよう誤魔化すことができればプライドも傷つかないだろうに、不器用な奴だ。

 

 

「総員傾注。これより作戦を発動する。決死隊は私、陽動部隊は戦艦と空母がバーラット艦長、水雷戦隊はエインズワース艦長の指揮下に入れ。『武蔵』は……あー、しまった」

 

 

早速作戦を実行する為、防衛艦隊に分割の指示を下そうとして、ふと思い至る。

波動実験艦『武蔵』は主砲こそ三連装2基を搭載しているものの、それ以外は全くの非武装だ。

あくまでタキオン粒子を用いた各種実験と観測を行う艦で、『シナノ』や『紀伊』と姿形が似ていても実戦には何の役にも立たない存在である。

何故俺は移民船と一緒に避難させなかったのか、と自省しながら戦艦部隊と共に待機しているよう命じようとしたが、

 

 

「南部。『武蔵』は決死隊に同行するぞ。この作戦には『武蔵』が必要だ」

 

 

太田は俺も予想しない様なトンでもないことを言ってきたのだ。

 

 

 

 

 

 

「艦長、海面まで50メートル。浮上後、仰角を維持したまま高度500メートルまで上昇します」

 

 

笹原の報告に、意識が現実に戻る。

気づけば真っ暗だった窓の外はディープブルーに薄まっており、徐々に濃緑色に移りつつある。

何もなかった景色に色とりどりの海洋生物が泳ぎ始め、イルカのようなサメのような姿をした生物の群れが慌てて道を譲る。

 

揺れ動く海の天井が、オレンジ色に染まっている。飛び上がった空は、さぞ美しく輝いていることだろう。

 

 

 

 

 

ザバァッ!!

 

 

 

 

 

海と空の境界が、第一艦橋を一気に通り過ぎる。

期待に反して、アマールの夕焼けは、血に染まったような毒々しい赤だった。

 

白波が盛り上がり、続いて爆発的な水柱が高々と打ち上がる。

水柱が形を維持できずに崩れ、大量の海水が甲板を洗う。

荒れる海を真っ二つに割って、細長い鋼鉄色の艦首が姿を現した。

窓ガラスを海水が瀑布となって流れ落ち、艦首から飛沫が放射状に噴き上がる。

いつものような静かで荘厳な離水など嘘のように、シナノは荒々しく波飛沫を振り乱して勢いよく飛び立った。

 

後続する『紀伊』、『ミズーリ』、『ウィスコンシン』と『武蔵』も、水族館のイルカが跳躍するかの如くタイミングを合わせて水面に姿を現す。

 

デルタ翼を展開し、離水の勢いのままぐんぐんと高度を上げていくシナノ。

データリンクで齎されている情報によればもうすぐ……見えた、『マヤMk-Ⅱ』だ!

 

 

「敵要塞を確認、0時方向水平線上、距離925キロメートル!」

「庄田、全艦に通信。『敵要塞確認、作戦の第二段階を発動する』」

「『紀伊』『ミズーリ』『ウィスコンシン』、波動砲の準備を始めました。『武蔵』より入電、「トランスドライブシステム起動開始」」

 

 

オレンジ色の空に、一際目立つ黒い十字架。

その周囲には遥か上空から落ちてくる空間魚雷が突き刺さり、左右からは空母から出撃したコスモパルサーと彩雲が肉迫してミサイルや爆装ポッドを撃ち込んでいるのがシルエットとなって見える。

しかし――――――やはりというべきか、実弾兵器はいずれもバリアに阻まれ、本体へ直接ダメージを与えることはできていないようだ。

あとは、敵の意識が向こうに向いてくれていることだけを信じるのみだ。

 

 

「遠山、そろそろ波動砲発射準備だ」

「了解。ターゲットスコープオープン、電影クロスゲージ明度マイナス10」

 

 

今回は敵が朝日を背にして来襲してくる。逆光になるため、電影クロスゲージの明度はいつもより低めだ。

 

 

「機関出力80パーセント……90パーセント……」

 

 

赤城が落ち着いた声で波動エンジンの高鳴りを伝えてくる。

 

 

「座標固定、現在高度514メートル仰角23度。健吾、操縦を渡すぞ」

「了解。やってやるさ」

 

 

遠山が手袋を一度外して、手に滲む汗を服で拭う。

 

 

 

「敵要塞まで距離600キロメートル! 本艦と正対しています!」

「磁気フィールドの解析と可視化処理を開始します」

 

 

泉宮と佐藤が残像が見えるほどの高速でキーボードを叩き、波動砲発射のサポートをしてくれる。

既に、敵要塞のシルエットは誰の目にも確認できるほどの大きさになっていた。

 

 

「後方の3隻より入電! 『波動砲発射準備完了、これよりカウントダウンに入る』!」

「発射カウントダウン開始! 佐藤、『武蔵』はどうだ!?」

「今のところ異状は見られません」

 

 

波動実験艦『武蔵』の大きな特徴の一つ、トランスドライブシステム。

波動砲の強化システム案の一つで、トランジッション波動砲とは対を為す存在だ。

トランジッション波動砲は、波動エンジンを強化かつ小型炉心を複数搭載することで連射可能にした――――――と見せかけて、その真髄は6発を一気に発射する全弾発射モードという圧倒的火力による殲滅にある。

一方のトランスドライブシステムは、一発の波動砲の収束度を高めて一点突破を目的とした物だ。

『武蔵』は波動砲を発射する艦の後方に占位、システムを起動してタキオンフィールドを発生させて前方に展開。

発射艦の波動砲口から撃ち出された波動砲を収束させることで、従来よりも精密さを要求される射撃が可能になるのだ。

今回は、シナノの波動砲を収束して磁気フィールドの突破をより確実なものにする役割を担ってくれている。

 

 

「そうか……発射まで保ってくれればいいんだが……」

 

 

トランスドライブシステムで展開されるタキオンフィールドとは、バリアミサイルで展開されるそれと本質的には同じものだ。その効果は実体弾およびエネルギー弾を爆発・崩壊させ、波動バースト奔流を反射する。

この性質を利用して、バリアミサイルよりも遥かに多量のタキオン粒子を波動砲よりも遥かに精密に制御しつつ、波動砲とは逆に減圧して放出する。

例えるなら波動砲が水鉄砲でトランスドライブシステムがスプレー、といったところだろうか。

 

しかし、このトランスドライブシステムはそもそも研究途上の兵器で、その危険性から現在は実験そのものが中止されているほどなのだ。

 

 

「3……2……1……発射します!」

 

 

泉宮の叫びが終わる前に第一艦橋を、名伏し難い閃光が世界を包む。

頭上、右舷下方、左舷下方、シナノを包むように青い氷柱が要塞に向かって伸びていく。

『紀伊』『ミズーリ』『ウィスコンシン』の3隻から、収束型波動砲が一斉に発射されたのだ。

それを理解した瞬間、

 

 

「「「きゃあああああああああああああああああああああああ!!!」」」

 

 

轟音とともに、猛烈な振動がシナノを翻弄した。

 

 

「雷なの!?」

「バカ、どう見ても晴れだろ!?」

「こ、これは波動砲の音か!?」

 

 

神の見えざる手に揺さぶられているかのように、全長284メートルの巨艦が震える。

女性クルー3人の悲鳴さえかき消される程の大音量が耳を聾し、有馬と笹原が耳を押さえながら驚愕を顕にする。

 

有馬が思わず口を突いて出た推測は、実のところいい点を突いている。

怪獣の咆哮の様なおどろおどろしい音は、大気圏内を走る波動バースト奔流が大気を一瞬にして膨張させ、音速を超えた時の衝撃波――――――つまりは雷鳴と同じ原理で発生したものだ。

俺や赤城、篠田のような実戦経験豊富なクル―ならば大気圏内での波動砲発射は経験済みであり特段驚くほどの事でもないが、平和な時代に育ったクル―や宇宙空間でしか撃ったことがない者はさぞかし驚いていることだろう。

ましてや今回は3隻が至近距離で発射したんだ、その迫力も恐怖も3倍だ。

遠山が必死にステアリングを押さえつけて動揺に耐えているが、少しでも流されて波動バースト奔流に触れてしまったら、この船は木っ端微塵どころか跡形も残さないだろう。

 

 

「オラ遠山、いつまでもビビッてんじゃねぇ! 佐藤、敵要塞に変化は!?」

 

 

素早く篠田が喝を入れて、正気を取り戻させる。

3隻が放った波動砲は、既に『マヤMk-Ⅱ』に吸い込まれるように命中していた。

遠目でも、磁気バリアに衝突して発生したと思われるタキオン粒子の青い霧が見える。

やはり、敵は3発全てをフィールドで防御している。

だとしたら、その隙に付け込むことは可能なはずだ。

 

 

「は、え、えと、ちょっと待って下さい。……艦長! 技師長の推測通り、着弾点の三角形の中心に、フィールドの薄い個所を確認しました! モニターに映します!」

 

 

メインパネルにでかでかと映し出された映像は、まさしく篠田が予想した通りの光景だった。しかも、波動砲を受け止める為により強力な磁界を必要とするらしく、三角形の中心部分はほぼフィールドが無い状態だ。

 

 

「波動エンジン出力120%!」

「よし! 庄田、『武蔵』に通信、『トランスドライブシステム稼働!』」

「波動砲発射10秒前、総員対ショック・対閃光防御!」

 

 

南部は立て続けに命令を発し、自分もゴーグルを装着する。

この会戦で2度目となる波動砲発射。

しかも今回は大掛かりな作戦の大トリだ。

既に水雷戦隊は殆どミサイルを撃ち尽くし、身軽になった艦載機隊も退避を始めている。

戦艦群が大気圏突入をして主砲の射程に入るには、相当な時間がかかる。いや、入ったところで攻撃が効く保証などどこにもない。

つまり、今ここで我々が『マヤMk-Ⅱ』を倒せなかったら、今度こそお手上げなのだ。

 

ターゲットスコープに映るのは、恐らくはシナノの光学カメラが捉えた『マヤMk-Ⅱ』。普段ならば最大望遠でも米粒程度にしか映らないが、今回は至近距離ということもあって画面一杯に十字架のシルエットが映っているはずだ。

今回の針の糸を通すような狙撃を考えれば、これでも全く安心できないのだが、ここは遠山に期待するしかない。

 

青いカーテンが背後から艦を覆い、暁の空がさっきまでいた深海のような色になる。

『武蔵』から放出されたタキオンフィールドが、3本の波動バースト奔流の間を埋めるように蒼い奔騰となってシナノを包んだのだ。

見渡す限りの、青き清浄なる世界。

パネル・スイッチ類も、赤茶色の床も金色の次元羅針盤も、自分の肌の色さえもタキオン粒子が放つ青い光に染まっていた。

今この眼に映っている全ての物が幻想的に見えて、不覚にも美しいと思ってしまった。

 

メインパネルと電影クロスゲージに映っている磁気フィールドの分布図だけが、赤い色を残している。

その電影クロスゲージを覗き込んでいた遠山が、

 

 

「波動砲……、発射ァァァ!!」

 

 

カチリ、と撃鉄が落ちる音がして、一瞬の静寂ののち。

滄海を貫く螺旋の剣が、この世に現出した。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

中型要塞『アコンカグア』

 

ベルイダside

 

 

「前方に艦隊出現! 艦数5、先程戦線を離れた5隻です!」

「しまった、先回りされたか!?」

「3隻に高エネルギー反応! 先程と同じタキオン収束砲です!」

「くそ!? 着弾点にピンポイントバリア展開!」

「もうやっています!」

「真ん中の2隻にも高エネルギー反応!」

 

 

「艦長!着弾予想点のバリアが、周囲に張られたピンポイントバリアの為十分な強度を確保できません!」

 

 

「まさか!?そんな事が……!?」

「敵タキオン収束砲、来ます!!」

「くっ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………耐えた、のか?」

「どうなっているんだ……間違いなくやられたと思ったが……」

「艦長、分かりました! タキオン収束砲は、フィールドの強力な磁気で弾道が変化し、ピンポイントバリア部分に着弾した模様です!」

 

 

篠田の計画は、もろくも崩れ去った。

 




波動実験艦『武蔵』のトランスドライブシステムの描写については、完全に作者オリジナル解釈によるものです。
挿絵で『武蔵』が波動砲を撃っているように見えるのは、艦首砲口からタキオン粒子を『シナノ』越しに『アコンカグア』に向けて放射しているからなのです。
決して、作者の画力がないからではないのです。

……ホントだってば。

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