宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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いつの間にか2018年にワープアウトしていたようです。
それでは本編をどうぞ。



第四話

2208年3月20日 0時26分 地球 大統領官邸

 

 

人間、怒りや悲しみといった激しい感情は体力を消費するため、長時間は持続しにくいと言われている。

それはつまり、喧々諤々非難轟々の閣僚会議も、いずれは体力切れの時が来るわけで。

紛糾に紛糾を重ねた閣僚会議も、3日目の深夜に至ってようやく沈静化―――というよりも、皆疲れ果てて怒鳴る気力も体力もないだけなのだが―――することとなった。

喧騒が静まった頃合いを見計らって、これまでずっと沈黙を貫いていたヴィルフリート・オストヴァルト大統領が、ようやく口を開いた。

 

 

「諸君、もういいだろう。そろそろ、これからのことを考える時間だ」

「これからのこと……ですか」

 

 

ナムグン・ジョンフン内務大臣が、疲労を滲ませた声色で続きを促す。

普段は激昂する閣僚たちを宥め、場を取り納める役割の彼も、今回は随分と疲れ果てている。ガミラス戦役以来、閣僚最年長として閣僚の重し石となっていた彼も、度重なる戦災と寄る年波には勝てず体力・精神的に衰えていた。ここ一、二年はこの程度の紛糾でも大いに疲弊するありさまなのだ。

それでも大統領の言葉に一番に応えるあたり、彼もまだまだ現役の政治家といったところなのだろう。

 

 

「調査船団が攻撃を受けたという事はすなわち、ガトランティスが地球に対して積極的行動に出たということだ」

「確かに、近年のガトランティスとの戦闘は太陽系内に散らばっていた残党軍や、サンディ・アレクシアを追ってやってきた艦隊との偶発的戦闘だけでしたが……今回は、あきらかな作戦行動です」

「大統領閣下、内務大臣。何がおっしゃりたいのです?」

「このまま何もせずに座視しているわけにはいかないということです、Mr.カルヴァート」

 

 

財務大臣の質問に、内務大臣が言下に応える。

その意味するところにいち早く気付いたのは、国防大臣のローハン・ヴィファールだ。

 

 

「それは……まさか、戦争という事ですか?」

「その通りだ。少なくともこちらの損害に見合うだけの、そして相手が侵略を諦める位には痛い目に逢ってもらわないと」

「しかし、ガトランティスがどれだけの兵力でやってくるか分かりません。敵は銀河を股に掛ける大帝国です、たとえわが軍の艦艇の性能がガトランティスより優秀だとしても、それを飲み込むほどの大戦力で来られたら……」

 

 

そう言うアブラハーメク農商務大臣の声が心なしか震えているのは、彼が老体だからか怯えているからか。

三ヶ月前の冥王星宙域会戦の時には「あの時とは違うんだ」と敵を侮り、警告を発する国防大臣を嘲笑していた人と同一人物とは思えない。

アブラハーメクの消えそうな声に、ヴィファールはさらに言葉を重ねる。

 

 

「それ以前に、我々の軍事技術が飛躍的に進歩したように、敵もこの6年間で進歩しています。現に、第三調査船団のジャシチェフスキー司令からは潜宙艦が破滅ミサイルを装備していたとの報告を受けています」

「……ガミラスに援軍を頼むことはできないか? 天の川銀河の事実上の盟主である彼らなら、座視するとは思えないが」

「それは難しいと思います、大統領閣下」

 

 

難しい表情で答えたのは、外務大臣ミッシェル・A・オラールだ。

 

 

「『旧テレザート星宙域に調査艦隊を派遣するつもりはあるか』と尋ねた大使に、キーリング参謀長は言われたそうです。『デスラー総統がいまだ次元の向こうから帰還していない以上、総統閣下から与えられた命令を逸脱することはできない』だそうです」

 

 

去年十一月にガルマン・ガミラス本星へと出発した派遣艦隊は、デスラー遠征中の留守を任されているキーリング参謀長との会談・交渉を終えて一月三日に帰還した。

予想していたことではあるが、ガルマン・ガミラスもアレックス星のことは知らなかったようで、かつてのイスカンダル星がさんかく座銀河にまで版図を広げていたことに驚愕していた。その上でガトランティス軍がふたたび天の川銀河に現れたことを告げると、「現在の領土を侵略されない限り、特別の対応はしない」と断言されたのだ。

 

 

「ガルマン・ガミラスも、デスラーと『ヤマト』が絡んでいなければとんだ孤立主義だな……。つまり、独力で敵を排除しなければならないのか。Mr.サカイ、現状の兵力と配置は?」

 

 

国防大臣の背後に控えていた地球防衛軍司令長官が立ち上がり、手元のメモに視線を落とす。

 

 

「三ヶ月前に防衛基準態勢2を発令して以来、第十一番惑星軌道上で哨戒をしているパトロール艦と宙域警備用の護衛艦、系内輸送船団の護衛を除いた全戦闘艦艇が土星周回軌道上に集結しています。また、新造艦も最低限の公試と完熟訓練を終えた艦から逐次合流しています。太陽系外周艦隊、内惑星防衛艦隊、冥王星圏防衛艦隊を解体、ガトランティスとの決戦に向けて再編成を行いました。衛星『タイタン』には主力艦隊と支援艦隊、衛星『レア』には水雷戦隊、空母機動部隊、『エンケラドゥス』には予備兵力として巡洋艦と駆逐艦、無人戦艦が編成を完了。大統領閣下の命令があれば3時間以内に出撃が可能です」

 

 

2201年のガトランティス来襲の際にも地球防衛艦隊の拠点となった『タイタン』には、アンドロメダⅢ級『ヘリアデス』を旗艦としてアンドロメダ級15隻、第三世代型主力戦艦33隻、護衛の駆逐艦12隻で編成された主力艦隊。アンドロメダⅢ級『ヘスペリス』を旗艦に第一世代型戦艦13隻、第二世代型主力戦艦19隻と第三世代型巡洋艦24隻、駆逐艦36隻からなる支援艦隊が駐屯している。

『レア』の水雷戦隊は第三世代型巡洋艦『ウィーリンゲン』を旗艦に第三世代型巡洋艦23隻、第二世代型巡洋艦15隻、駆逐艦60隻。アンドロメダⅢ級『アイテル』を旗艦とする空母機動部隊は、戦闘空母5隻、第一世代型巡洋艦15隻、駆逐艦24隻。

『エンケラドゥス』の予備兵力は第一世代型巡洋艦3隻、駆逐艦24隻の他、暗黒星団帝国との戦闘を生き延びた無人戦艦だ。

2201年のガトランティス襲来時と比べれば数は同程度、アンドロメダ級の数こそ充実しているものの新造艦と旧型艦の間に練度の差が生じており、戦力としての評価は難しいところだ。

一度顔を上げて閣僚の様子を窺った酒井長官は、誰も口を開かないのを確認してから再びメモに視線を向ける。

 

 

「その他、基地航空隊は衛星『タイタン』『ディオネ』『テティス』の各基地に周辺からかき集めたコスモタイガーⅡ、中型雷撃機が合計5000機配備されています。とはいえ航空機は艦艇に比べて航続距離が短いので使いどころが限定されますから、やはり主戦力は宇宙艦艇となるでしょう」

「しかし、300隻以上いる艦の半数は駆逐艦、主力艦も竣工から一年も経っていない艦が大半だから、決して練度が高いとは言えない……守るには決して数が多いとは言えない状況です」

「……」

 

 

重苦しい沈黙が場に流れる。

腕組みして目を閉じる大統領。

両手を机の上で組んで項垂れるナムグン内相。

腕を組んで空を仰ぐアブラハーメク農商務相。

手にしたペンで手元の紙にしきりに点描画を描いているのはオラール外相。

先程から一言も発しないものの、貧乏ゆすりが止まらないのはキング福利厚生相。

一方、冷や汗が止まらないのは酒井長官だ。

そんな時だった。

 

 

「いっそのこと、こちらから先制攻撃を仕掛けるのはどうだ?」

 

 

ぽつりと呟いたその言葉に、一同が目を見開いて驚愕する。大統領は、太陽系ではなくその外でガトランティス艦隊を迎え撃つと言ったのだ。

 

 

「こちらから打って出るというのですか?」

「そうだ、Mr.オラール。精鋭部隊のみで敵の根拠地を奇襲して、停泊中の敵主力部隊を全滅させる。そうだな、例えるなら……」

「かつて日本が真珠湾攻撃をしたように、ですか? その後の日本がどうなったかは、大統領閣下もご存じのはずですが」

「違う、『ヤマトが暗黒星団帝国の中間補給基地を破壊したように』だ。ガトランティスが複数の侵攻ルートを設定しているとは考えにくい。つまり、前線基地である旧テレザート星宙域を潰してしまえば敵の侵攻は大幅に遅らせることができるはずだ」

 

 

ヴィファールは枯れた喉を振り絞って叫ぶ。

 

 

「無茶です! 第三次環太陽系防衛力整備計画が完了していない現状では……いえ、たとえ第三次計画が完了していたとしても、遠征艦隊を編成する余裕などありません。国防大臣として、現状でガトランティスとの正面衝突は断固として容認できません!」

 

 

地球連邦の歴史上、太陽系の外に大規模の艦隊で遠征したことは一度もない。

それは、地球が太陽系外縁部程度までしか勢力圏を拡げていないため遠出する理由がないという事もあるが、兵力が足りなくて太陽系内の守りで精いっぱいという事情もある。

仮に遠征するとなれば、遠征艦隊の他に太陽系を護る艦隊を編成する必要がある。

そうなれば、ただでさえ少ない兵力を二分することになり、各個撃破される可能性が非常に高い。

加えて、基地航空隊の支援も無く土地勘のない宙域での戦闘は概して純粋な戦力差が勝負を左右しやすく、なおのこと兵力の少ない地球連邦軍が勝てる要素は無くなる。

 

 

「戦力が足りないのはいつものことだ。敵はこちらの都合など考えてくれん」

「向こうの動きを見てからでも遅くないのでは? 分かっているのは、うお座109番星系にガトランティス艦隊がいたというだけです。地球圏へ侵攻してくるとは限りません」

「Mr.アブラハーメク……先程、Mr.ナムグンが言っていたことを忘れたのか? それに、先日の冥王星宙域での遭遇戦の折にMr.オラールが行っていたではないか。『遠くない未来、白色彗星帝国が体制を整えて再侵攻してくる可能性がある』と」

「た、確かにそうですが……」

 

 

国防大臣、農商務大臣の意見を、大統領はにべもなく一言で却下する。

困ったことになった、とヴィファールはため息をつく。

 

 

「大統領閣下。たとえ閣下の仰る通りだとしても、200隻以上の大艦隊が移動をすればたちどころに気付かれてしまいます。我々が先方の艦隊を把握したように、敵もまた我々の接近を察知して防衛体制を整えるであろうことは、想像に難くありません。ならば、敵を引き込んでこちらに有利な条件で戦う方が、まだ勝機はあります」

「ならば、漸減作戦はどうだ? 第十一番惑星、冥王星宙域で小規模な艦隊に一撃離脱の奇襲を仕掛けさせて、決戦前に数を減らすというのはどうだ」

「閣下の言う漸減邀撃作戦は、確かに図に当たれば非常に効果的です。しかしその作戦は、敵がこちらの思い通りに動いてくれた場合にのみ有効という点で致命的なのです」

 

 

どういうことだ、と視線だけで続きを促す大統領。自分が思いついた提案をすぐさま否定されたのが気に入らないらしく、眉間のあたりに不機嫌の相が見えていた。

これは7年前の際にも話し合われたことなのですが、と前置きして酒井は説明する。

 

 

「漸減邀撃作戦は常に敵の位置を把握し、兵力を減らしつつ我が方が決戦宙域と指定した場所に誘導することが前提となっています。そのためには広範囲に偵察艦隊を派遣し、また敵を発見した際には直ちに分散していた兵力を集結して奇襲を仕掛け、その後には敵艦隊に追いかけられる必要があります。7年前の時は敵が400隻を超える大艦隊であったこと、本体の彗星が到着するまでに決着をつけなければならないという事情から、敵は小細工せずにまっすぐやってくると推測したのです。それでも、我々は敵の現在地を把握するのに非常に苦労しました。今回、同じように事が運んでくれる保障はどこにもありませんし、そんな戦力的余裕もありません」

 

 

しかし大統領はまだ諦め切れないらしい。しかめっ面のまましばらく考えた挙句、絞り出すように聞いてくる。

 

 

「戦力が足りないといえば、各国が保有している宇宙艦艇は招集したのか? 整備計画の時の試作艦ならば、練度はそこそこあるだろう」

「試作艦艇はクセが強い艦が多いので、大規模な艦隊戦闘にはあまり向きません。火星基地で最終防衛ラインの防衛に当たっています」

「これだからワンオフの試作品は役に立たんのだ……もともと戦力に数えていないなら、ヒペリオン艦隊や空母艦隊のように小規模の別動隊という形で参戦できないか? あるいは、彼らに旧テレザート星宙域に行ってもらってはどうだ。戦功を目当てに飛びついくるかもしれんぞ」

「あー、それについて一点ご報告しなければならないことが」

 

 

投げやり気味に提案した大統領に、気まずそうな声とともに挙手したのは酒井だ。

 

 

「なんだ、Mr.サカイ。これ以上に悪い報告があるのかね」

 

 

酒井を見る誰もが半眼で、「聞きたくない」という心の声が聞こえてきそうだ。

 

 

「先日冥王星基地に帰投して修理と補給を受けていた第三辺境調査船団ですが……船団護衛の任に就いていた数隻の艦艇が、今朝出港して以来行方不明になっております。まるで示し合わせたかのように……」

 

 

そしてまた訪れる、何度目になるか分からない溜息と沈黙。

会議が終わる気配は、まだない。

 

 

 

 

 

 

2208年3月20日 10時56分 うお座109番第三惑星

 

 

「どうするよ、相棒」

「どうするって……どうしよう?」

「俺に聞くなよ……指示があるまで監視してるしかないだろ」

「なら聞くんじゃねぇよ……」

 

 

ヘルメットの中で困惑の表情を浮かべる二人の顔は、はたから見たらさぞや滑稽に映るであろう。巨大クレーターの縁に伏せながら、二人のガトランティス兵は招かれざる珍客の登場にただただ困惑していた。

ダーダーの艦隊を監視するために持ち込んでいた赤外線カメラを、正体不明の宇宙戦艦に向ける。カメラと潜宙艦『クビエ』『レウカ』とは有線ケーブルで繋がっているので、二隻の艦長もリアルタイムで映像を見ているはずだ。

レンズが追いかける空色の船は、あろうことか近くの――とはいえ、二人のいるクレーターから10キロ以上は離れているのだが――の断層崖の僅かな窪みに着陸している。空気の極端に薄いこの星では光の減衰がほとんどないため、この距離でも艦の姿かたちをかなり鮮明に把握できる。

 

 

「平面と曲面を複雑に組み合わせた細長い船体……砲身は円筒形か。ありゃ、ウラリアじゃねぇな。どちらかといえばガトランティスやガミラスに近い」

「しかし、いくら宇宙艦艇に迷彩色がほぼ無意味とはいえ、あんなド派手な青色っていうのも珍しい。あれか、噂に聞いていたボラー連邦ってヤツか?」

「あれは薄紫色だったような。あんなこれみよがしにトゲトゲしてて、美しくないなぁ」

「全体的に余裕のないデザインだな。小さい艦体に武装をぎっしり積んで……後ろの短い平面は、まさか飛行甲板か? 詰め込みすぎだろ」

 

 

二人はさらに不明艦を観察する。

艦体の前部には三連装長砲身砲が3基。側面にもやや小振りな砲塔が見える。艦橋構造物の下には三連装の球形小型砲塔。対空砲の類だろうか。

艦橋の後ろには斜め後方に伸びる四角形の構造物。冷却装置か、あるいは我がガトランティスの大戦艦が装備している艦橋砲のようなものか。

後部は飛行甲板らしき平面と、その下にロケットのノズル。さすがに、このあたりはどこの星間国家の船も似たり寄ったりだ。

 

 

「ガトランティスでもガミラスでもウラリアでもボラ―でもないってぇと、それじゃ一体この軍艦はどこから来たってんだい?-」

「……あと考えられるとしたら、ダーダー殿下がご執心なアレックス星と、大帝陛下が討たれたという地球ぐらいだが。確か、地球の船は銀色をベースに黄色の縁取りだったはず」

「アレックス星は深海のような濃い青が特徴だろ」

「じゃあ、もう分からん!」

「なにスネてんだ、お前?」

 

 

ボケと突っ込みを織り交ぜながら、また二人はときおり上空を警戒しながらも、所属不明艦への観察を続ける。

件の艦が崖下に身を潜めてから、既に10時間が経つ。おそらく、ワープアウトしたら周り中にレーダーの反応があったので、びっくりして隠れたのだろう。下手したら自分たちが潜伏していることまでバレる可能性があるので甚だ迷惑な話だが、幸いというべきか周囲の艦には見つかっていないようだ。

こうしている今もまた、頭上はるか上空を一筋の煌きが流星の如き高速で去っていく。噴射炎の大きさから推測するに高速駆逐艦だろうか、艦影を見つけるたびに今度こそ見つかるのではないかと心臓に悪いことこの上ない。

 

 

「なぁ相棒、あいつらの目的は何だと思う?」

「知らねぇよ、そんなこと」

「あそこに隠れて、かれこれ10時間だぞ?」

 

 

どこかへ向かう途中ならば早々にワープして離脱すればいいし、この星に用があるのならば調査隊を出すなり、何らかのアクションがあってもおかしくない。それでもいまだにここで息を潜めているということは、“周囲の宙域をうろついている艦がいなくなってから行動するつもり”という事か。

 

 

「機関でも故障して直してる最中なんじゃねぇの?」

「さっさとどこかへ行ってくれないと、俺たちの艦も見つかるリスクが高まるからなぁ。俺、もう疲れてきたよ」

「そんなに気になるなら、直接聞きに行ったらどうだ? 『オタクハドコカラキタンデスカ、ドコニイクツモリデスカ~』って」

「やめとけって、そんなこと言うと嘘から出た実になるから」

「いや、さすがに艦長も俺達に潜入レポートしてこいとは言わないだろ……ん、なんだあれ?」

「おいバカやめろ、その振りは10時間前に聞いたぞ。現実になったらどうする」

「いや、だってよぉ。あれ……」

 

 

ひょいと指差す相棒につられて、何気なく頭をそのまま真上へ。

そこには、まさに10時間前に見たのと同じ現象が起きていた。

即ち、ワープアウトである。それも、十時間前の船よりもはるか上空に。

 

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

 

 

ポカリ。

相棒のヘルメットの中に、滑稽な金属音ととともに衝撃が伝わる。

 

 

「痛ってぇ! 何すんだテメェ!」

「ヘルメット越しで痛い訳ないだろうが!」

「気分の問題だボケェ!」

「うるさい! お前がいらんこと言うから本当に来ちゃったんだろうが!」

「んなわけあるか! 俺が言わなかったらあと10秒は気付かなかったろうが!」

「いいやお前の所為だ! どうしてくれんだよ、あの船、確実に哨戒中の連中に気付かれたぞ!」

「畜生、ワープアウトするならもっと低くやれっての! で、相棒。どうする!?」

「どうするって……そりゃあ……」

 

 

二人はもう一度空を見上ようと、視線を上げる。

茶色の地面が下に追いやられて真っ黒な闇が下りてくる。巡りまわる世界の片隅に、地平線の向こうにまっすぐ飛んで行って消えかけていたはずの流星がいつの間にかこちらへ針路を変えつつある光景が飛び込んできた。

その進路の先には、たった今ワープアウトしてきた所属不明艦―――今度の船は船底が紅色に塗られている―――の姿。

視線を戻し、二人は合わせ鏡のように息ピッタリのタイミングで、互いの顔を見る。

表情を引き締めた真剣な顔の相棒。

互いに見つめあい、一拍の沈黙。

そして二人は、

 

 

「逃げよう」

「賛成」

 

 

持ってきた機材を放り投げて、クレーターの中へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

同日同刻同場所

 

 

『シナノ』第一艦橋

 

 

船酔いにも似た幻覚を越えてワープアウトすると、見覚えのある砂色の惑星が見えてきた。

日に焼けた土の色や山谷が幾重にも折り重なる姿は一見して火星のようであり、しかし至る所に大小のクレーターが空いている殺風景な姿は月面のようにも思える。

戦闘班長席から身を乗り出して眼下の光景を確認した南部が、眉を顰めて毒づく。

 

 

「うお座109番星系第三惑星……『ニュージャージー』の奴、やっぱりここに戻ってきたか」

「これはもう、完全にクロですね。タイムレーダーの映像で大体分かっていたことですが」

 

 

ワープシークエンスから通常航行へと移行する作業をしながら、北野が相槌を打つ。

地球に帰還するという名目で冥王星基地を出港したはずの『ニュージャージー』だが、アステロイドベルト周辺宙域にワープアウトしたのを最後に、連邦宇宙局が設置したレーダー網から忽然と姿を消していた。

『ニュージャージー』を追ってアステロイドベルトまでやってきた『シナノ』は、レーダーが最後に観測して宙域でタイムレーダーを作動し、わずかに残ったワープエコーから『ニュージャージー』が旧テレザート星宙域方面へワープしていたことを突き止めたのだ。

 

 

「前方、微弱な赤外線反応! 11時方向地表面、距離30キロ!」

 

 

そして鳴り響く、警告音と館花の切羽詰まった声。

すぐさま坂巻と南部が反応して、双眼鏡を構える。

 

 

「……見つけた! 南部さん、地平線手前の崖下!」

「こっちも確認した。青色だから目視でも分かりやすいな」

「艦長、『ニュージャージー』に通信回線を開きますか? この距離ならタキオン通信でなくともすぐに繋がりますが」

「……」

「……艦長?」

 

 

葦津に問われた芹沢は、いつものように制帽を目深に被って内心の焦りを部下に知られないように努めていた。

実のところ、こうして『ニュージャージー』を追ってきたはいいが、そこから先どうすればいいのか、皆目見当がつかないのだ。

我らには『ニュージャージー』を責める権限もなければ、決定的な証拠もない。

タイムレーダーが映し出したガトランティス潜宙艦と白集団と黒集団の遭遇戦は、どちらの集団もどこの国の所属なのが分かっていない。エドワード艦長を問い詰めたところでしらばっくれるのは目に見えているし、拉致を手引きした柏木卓馬が米国の手先である証拠もない。もしかしたら本当に米国が関与していない可能性も――わずかではあるが――捨てきれない。

それなら、「何故修理も終わっていないのにここにいるのか」と問い詰めるか? だがそれは『シナノ』にも言えることで、「米国本土から特命を受けた」と言われればそれまでだ。

 

 

「……通信を繋げたところで、情報を吐いてはくれまい。同行しようとしても、こちらを撒こうとするはずだ」

「『ニュージャージー』の鼻っ先に一発撃ち込んで脅せばいいんですよ! もともとは柏木の野郎の所為で……!」

「徹底的に付きまとってやればいいんです! 後ろからせっついて、二人のところまで案内してもらいましょうよ!」

「坂巻、北野も落ち着け」

 

 

南部が両隣で鼻息を荒くする二人を宥めるが、あまり効果がない。

かつては自分自身が二人のように気炎を上げていた過去があるためか、南部も躊躇いがちになってしまっているのだ。

 

 

「艦長! 『ニュージャージー』から通信です」

「向こうから?」

「はい、向こうからです」

「…………メインパネルに出してくれ」

「メインパネルに出します」

 

 

椅子から立ち上がって通信に応じる姿勢をとりつつも、芹沢は頭の中では向こうの意図を図りかねていた。

我々の目を盗んで、わざわざ一芝居売ってまでここまでやってきたというのに、見つかっても逃げようともせずに接触を試みるとは、一体どういう考えなのだろうか。第一、通信回路を開いたところで話すことなど向こうにはないはずだ。こちらには聞きたいことが山ほどあるが、素直に教えてくれるとも思えない。何らかの条件をつける為の交渉をするつもりなのだろうか?

湧き上がる疑問を頭の端に追いやりつつパネルに注目すると、果たして映し出されたのは、柳眉を逆立てて額に青筋を立てたエドワード・D・ムーアの赤ら顔だった。

 

 

「こちら、第三辺境ty『馬鹿野郎、さっさと艦を着地させろ! 敵に見つかるだろうが!』なんだと貴様!?」

 

 

芹沢が一気に激昂しかけた途端、けたたましい警報音が鳴り響く。

 

 

「艦長、12時方向の地平線上に反応! 距離70000、ガトランティスの高速駆逐艦です!」

『クソ、だから言わんこっちゃない!』

 

 

捨て台詞とともに通信が切れ、代わりにカメラの映像に切り替わる。

メインパネルの中心、極々小さい光点が、不自然に大きくなってくる。

さらに、流れ星でもないのにこちらに急速に接近してくる星がひとつ、ふたつと徐々に増えてくる。

『シナノ』にとって、三度目の戦いが始まろうとしていた。




68話も本編やってて、意外にも『シナノ』が戦うのは三回目。

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