宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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活動報告にも書きましたが、過去に投稿した話に画像を追加しました。つたない鉛筆画ですが、ご笑覧ください。
これからも、時折唐突に絵が追加されますので、ご了承いただければ幸いです。


第二十二話

2208年3月13日19時15分 新生アレックス星攻略部隊旗艦 潜宙戦艦『クロン・サラン』 作戦室

 

 

テレザート星系より天の川銀河中心方向に4000光年、テレザート星系の引力圏から脱出して天の川銀河の引力をうっすらと感じるだけの、無重力に限りなく近い宙域。

ラルバン星を出立した新生アレックス星攻略部隊、分遣された偵察部隊51隻を引いた本隊199隻はこの宙域に留まり、四ヶ月の休息の間に落ちた錬度を取り戻すべく、猛特訓を行っていた。

もっとも、錬度云々などという話は後付けで、実際はカーニーが帰還するまでの暇つぶしと言う側面が強い。

 

 

「おかしい……」

 

 

宇宙図が投影されたモニターの前に立ち、決戦部隊司令ウィルヤーグは眉間に皺を寄せて呟く。

カーニーが分遣艦隊を率いてうお座109番星系へ移動を開始したのが、8日前。現地までどんなに長く見積もっても片道3日。戦闘と後処理に2日かかったとしても、もう戻って来てもいい頃合いだ。

 

 

「まさか、怖気づいて逃げた……いや、まさかな。カーニーに限って、そんなことはあるまい」

 

 

ウィルヤーグとともに心に芽生えた不審を払うダルゴロイは、壮年に差し掛かりつつあるが将としてはまだ若い部類に入る。金糸の髪を七三分けにし、髭を綺麗に剃った姿は、軍人よりも文官のイメージに近い。

彼は航空機の運用に優れ、私が率いていた元さんかく座方面軍第19艦隊では、航空戦隊司令として空母機動部隊を任せていた。此度の新生アレックス星攻略部隊では空母機動部隊司令に任命され、超大型空母6隻と高速中型空母12隻を率いている。

普段は決戦部隊の後方20万宇宙キロに位置し、旗艦の超大型空母『デクーラ』で指揮を取っているが、ウィルヤーグの招集に応じて『クロン・サラン』にまで赴いているのだ。

 

 

「そうですよ。あの功名心に手足が生えたような男が、そんな事をするはずがないわ」

 

 

自動扉を開けて入室してきたミラガンは、呆れ交じりで同意した。どうやら、二人の声は部屋の外まで聞こえていたようだ。

 

 

「彼、念願だった一個艦隊司令の座をようやく任されたのよ?今まで以上に張り切りこそすれ、手柄を棄てて逃げるなんてありえないわ」

「やはり、そう思うか」

「ええ、ノールモック」

 

 

ダルゴロイを下の名で親しげに呼ぶ彼女は、彼の隣に並んで宇宙図を見上げる。

その威風堂々たる立ち姿は、かつてズウォーダー大帝の情婦としての立場と帝国支配庁長官の座を利用したサーベラーの妖しげな雰囲気とは真逆な、豊富な実戦経験に裏打ちされた、自信に満ち溢れた雰囲気。

軍服の上からでも分かる、細身ながら充分に鍛えられた肢体。

しかしその容姿は、ガトランティス人の美意識を以てしても美人のカテゴリーに入る。

腰まで伸びた青紫の髪には緩やかなウェーブがかかり、まるで黎明の海に立つ綾波のよう。

軍務中だから当然、過度な化粧などしていないのだろうが、それでも肌は練り絹のようにきめ細かく、切れ長の目に端麗な鼻梁と唇は、上司でなければ男性共の視線を集めて止まないだろう。

その美貌と傑出した実力で、彼女は人種のハンデを乗り越えてダーダーの覚えめでたき銃身にまで上り詰めたのだ。

 

 

「では貴様は、カーニーがいまだに連絡すら寄こしてこない現状をどう説明する?」

「さぁ、さすがにそれは分かりかねますわ」

「大方、殿下に献上する土産でも調達してるのではないですか?」

 

 

ウィルヤーグは、思わず出そうになった溜息を噛み殺した。肩をすくめるミラガンに、ダルゴロイは既に思考を切り替えて楽観的。まだツグモは作戦室に来ていないが、彼も同じことを言うのだろうか?

 

 

「それでは、何の連絡もよこさないのはおかしいのではないか? いつまでも原隊復帰しない方が、よほど殿下の御不評を買うだろう。現に、我々はカーニーが帰ってこないから足止めを食っているのだぞ?」

「現地の住民を調達しているのなら、このくらいの時間はかかるのでは?」

「そうね。殿下は絶倫で雑食だけど好みのタイプとなると条件が厳しいから、殿下のお眼鏡にかなう奴隷を見つけるのは大変でしょうねぇ」

 

 

殿下の女癖の悪さについては、幹部連中ももはや慣れてしまっている。

女性のミラガンでさえも平気で話題にしているのだから、感覚が麻痺してしまっていると言っていい。

もっとも、彼女が素面で女奴隷のことを口にするのは、自分が殿下の毒牙にかからないと確信しているからかもしれない。

加虐趣味のあるダーダー殿下ではあるが、有能な人物であればたとえ部下であっても異民族であっても夜伽の対象にはならない。明らかに自分より格下で、なおかつ“潰れてしまっても構わない”若い女性が、殿下のお眼鏡にかなう人物なのだ。

そういった意味では、殿下は先帝陛下と同様、正妻を迎える事は一生無いのだろう。

それが良い事なのか悪い事なのか、それは先帝陛下の血を引く者たちが後継者の座を狙っている現状を見ればおのずと分かるだろう。

 

 

「我らにはアレックス星攻略という至上命題があるのだ、いつまでもこのままというわけにもいかん。これから殿下の裁を仰ぎに、司令室へ向かう」

 

 

今回、ウィルヤーグが彼らを招集したのは、まさにそのためだ。ツグモの合流を待って、幹部全員で殿下に決断を促すつもりだ。

 

 

「ウィルヤーグ司令はどのようにお考えで?」

「私か?」

 

 

ミラガンに尋ねられたウィルヤーグは、虚を突かれたような顔をしたが、しばし虚空を見上げて思案する。裁を仰ぐと決めた本人も、自身では全く考えていなかったようだ。

 

 

「そうだな、私だったら……」

 

 

通信を送っても返信がない現状、取れる対策はあまりない。カーニーを放って我々だけでアレックス星へ向かうのか、それともうお座109番星系まで迎えに行くのか、あるいは伝令に数隻を派遣するか。

正直なところ、ウィルヤーグはカーニーのことが気に入らなかった。カーニーがダーダー殿下の参謀長だった頃、彼はしきりにゴマをすって好感を得ようという腹が見えて不愉快で仕方なかった。

やれと言われた仕事は完璧にこなしてくるが、その場で決断が迫られた時や急に意見を求めた時にはてんで使えない。そんな印象だった。

それでいて、彼はダーダー殿下に気にいられるのが早かった。その見え見えに卑屈な態度が殿下の優越感を満たしたのだろうが、将としては大した才能も無いくせに殿下のご機嫌取りで出世して、今では自分と同じ艦隊司令の立場。ミラガンとダルコロイは気にしていないようだが、ウィルヤーグにしてみれば面白い訳がない。

それならば、オリザーを司令に据えた方が、よほどマシだというものだ。

 

 

「……全艦でぞろぞろと分遣隊を迎えに行く、だな。貴様が連絡をよこさない所為で殿下と部隊全体にこれほどの迷惑を掛けているのだと、カーニーの奴に見せつけてやりたい」

 

 

思案の末に出した言葉だったが、ミラガンは「う~ん?」と唸り首を傾げる。

 

 

「何だミラガン、不服か?」

「いえ、不服と言う訳ではないのですが……」

「あまり、得策ではないかと思います、ウィルヤーグ司令」

 

 

言い澱むミラガンと、彼女の言いづらい事を代弁するようにはっきりと断言するダルゴロィ。

やはり、個人的な感情の為に全艦を動員してするのは大人げなかったか、と反省しかけたが、

 

「たぶん、司令の意図はカーニーには伝わらないと思いますよ?」

「ええ、ダルゴロィの言うとおりです。きっとカーニーのことですから、殿下が御自ら迎えに来てくれたと言って感涙するだけだと思いますわ」

「……あいつは、皮肉すら通じない阿呆なのか?」

 

 

何故あいつが偵察部隊を率いているのか、ウィルヤーグは改めて首を傾げるしかなかった。

結局、ダーダー殿下の決断は「もう一日待つ」という、なんとも煮え切らないものであった。

その「もう一日」も無為に過ぎてしまう予感を、この時のウィルヤーグはうすうす感じていた。

 

 

 

 

 

 

2208年3月18日20時01分 冥王星基地 『シナノ』艦長室

 

 

「ふぅ……」

 

 

艦長室の椅子にどっかりと座るなり、芹沢は背もたれに深く身を沈めた。

心底疲れたとばかりに玉のような溜息をつくその様は、戦闘よりも疲弊しているようだ。それもそのはず、つい先程まで彼は、地球にいる水野進太郎防衛事務次官からありがたいお叱りの言葉を頂いていたのだ。

 

 

『君達は、まるで疫病神だな』

 

 

第一艦橋のディスプレイに現れた水野から最初に言われたのは、皮肉を隠そうともしない一言だった。

開口一番にそのような罵倒を受ければ、怒るよりも前に疑問が湧く。

問うてみれば、地球連邦政府の閣僚会議が荒れに荒れ、とばっちりを受けてお怒りの酒井忠雄地球防衛軍司令長官のとばっちりを受けたのだそうだ。

彼曰く、最初は辺境調査団がガトランティスと交戦し、果ては敗走したことを責める意見ばかりだったのだそうだ。第三次辺境調査団の目的が旧テレザート星宙域の威力偵察と辺境の航路調査であったにも関わらず、遥か手前のうお座109番星系でガトランティス艦隊に敗れ、当初の目的を何一つ果たせずに帰って来た事が問題となったのだ。

ところが、いつしかサンディ王女とあかね君を拉致しようとした黒服・白服の正体を巡って閣僚同士が激しく衝突し、最後には二人を乗艦させた日本と日本人である酒井司令に非難の矛先が向けられたという。

藤堂前長官のように肝の据わった人物でない酒井司令はまともに言い返すこともできず、たまった鬱憤を水野事務次官にぶつけたらしい。それを腹立たしく思うのは理解できるが、たまった鬱憤を他人にぶつけては同じ穴のムジナであることには気付いていないようだった。

 

芹沢は脱いだ制帽を手元で手慰みに指先で回しながら、出発の前に水野事務次官と交わした会話を思い出す。

 

 

《現場で起こるアレコレにはこちらで対処しますが、私の手の届かない厄介事はそちらでなんとかしてくれなければ困ります》

《言われるまでも無い。何年事務方のトップを勤めていると思っている?》

 

 

統合幕僚監部を飛び越えてまでわざわざ自分を呼び出して、自信満々に言っていたあれは一体何だったのか。二人を拉致された事に艦長として責任を感じてはいるが、二人の乗艦を承認した張本人に文句を言われたくは無かった。

 

芹沢はサングラスを取った。掛けていても煩わしさを感じるものではないはずなのだが、外しただけでも何かから解放されたような気になり、彼の苛立ちは少しだけ晴れてくれた。

見上げた先には、打ちっぱなしのコンクリートと蜘蛛の巣状に張り巡らされた鉄骨の梁、そしてずらりと並ぶ笠のような形の巨大照明。どこを見ても殺風景な、宇宙船ドックにありがちなつまらない天井だ。

焦点を合わさずに中空を茫と眺めながら、これからのことを考える。

サンディ王女とあかね君が、ガトランティスの手に渡ってしまった。

それはつまり、戦艦『スターシャ』とともに死んだと思われていたサンディ・アレクシアが生存していたことがガトランティス側に知られてしまったということであり、地球連邦が彼女を匿っていた事まで知られてしまったという事だ。

二人は今、どこに監禁され、どんな待遇を受けているのだろう。

冥王星宙域に現れたガトランティス艦隊―――さんかく座方面軍第19艦隊所属と言っていたか、彼らは戦艦『スターシャ』を、つまりはサンディ王女の引き渡しを要求してきた。そして、それが叶わぬと分かるとたちまち対艦ミサイルで撃沈してしまった。

つまり、彼らにとってサンディ王女は生きていれば儲け物、死んでいても一向に構わない程度のものということだ。

一般的には、交戦中の敵国の王族は、人質として扱われる。屈服させた国の王族は、奴隷にされるか皆殺しにされる。サンディ王女の場合、祖国がはるか260万光年の彼方なため、どちからは判断できない。彼女の扱いが大事な人質になるのか、屈辱的な奴隷になるのか、全く分からないのだ。

あかね君の存在も、ガトランティス側にどのような影響を与えるか分からない。

ガトランティスは、アレックス王家について詳細に調べているに違いない。ならば、王家に王女は一人しかいないことも知っているはず。当然、あかね君は何者だという疑問に行きつくだろう。

もしも、彼女の正体がバレるようなことになったら。

 

……やめよう。悪い推測に悪い推測を重ねても、文字通り悪循環なだけだ。

それに問題は、これだけではない。すなわち、ガトランティスがテレザート星宙域よりもはるかに太陽系に近い宙域で発見された点である。

同じ星系に無人要塞が複数配置されていることも鑑みれば、よほど楽観的な人でなければ、ガトランティス残党軍が再侵攻のために地球に近い場所に前線基地を構築していると考えるだろう。そして、相手はその動きを地球側にバレたと判断するだろう。

向こうは、今頃焦っているはずだ。侵攻の兆候を察知され、あげくに終結した兵力に決して少なくない損害が発生しているのだ。地球が防御を固める事は容易に想像が出来るし、逆に打って攻めてくる可能性も考慮する必要がある。

自分がガトランティスの司令官なら、と芹沢は考える。

うお座109番星系に前線基地としての価値を見出しているなら、前線基地に兵力が集まるのを待ってから、満を持して地球に進撃してくるだろう。無人要塞が全滅した事実を重く受け止めるならば、今の前線基地を放棄して別の宙域に集合する可能性もある。地球軍の来襲を警戒して、当分の間守勢に回る判断をするかもしれない。いずれにしても、地球防衛軍が態勢を整えるだけの時間は稼げる。

しかし、前線基地を使わずに直接太陽系に向かう決断をしたら。或いは、実はガトランティスの兵力はあまり多くなく、地球側が防御を固めてしまう前に勝負を決めてしまおうと拙速に陣を進めようとしていたとしたら。

 

 

「敵の規模次第か……『エリス』が目撃した限りは少なくとも50隻近くはいたらしいが、それで全部と考えるのは楽観に過ぎるか」

 

 

地球連邦軍は太陽系に分散配置されている艦隊を集結、再編成してガトランティス再来に備えつつまる。遠からず、地球防衛軍所属の艦艇のみならず、『シナノ』や『ニュージャージー』のような各国が保有する軍艦にも動員が掛かるだろう。ヤマトのときのように空母機動部隊に編入されるか、もしくは主力艦隊に随伴して艦隊直営の任に就くか、どちらかだろう。

しかしそうなると、当然ながらあかね君とそら君を救出に行けなくなる。

ジャシチェフスキー氏は所定の任務を完遂できなかったとして謹慎を言い渡され、第三辺境調査団は機能停止状態に陥っている。今、本国から地球防衛軍への出向を命じられたら、逆らうことは不可能と言っていい。水野事務次官の様子を見ても、二人の為に艦を動かすことを了承してはくれないだろう。

 

再び落ちる溜め息ひとつ、芹沢はさきほど見回った艦内の様子を思い出す。

現在、『シナノ』クルーは昼夜を問わず、全力で修理を行っている。彼らの中では、二人を救出しに行くことは既定事項だ。

私もブーケに、「主は必ず救う」と断言した。

あの約束を、違えるつもりは無い。

 

 

「出港するなら、今しかない、が……」

 

 

第三調査船団が機能停止している今、そして地球防衛軍が日本政府に対して正式に『シナノ』動員の要請をしてくる前に、もっともな理由をつけて冥王星基地を出なければならない。

しかし、修理にある程度の目処がつかないことには出港すらできないのも、厳然たる事実。

今は何の手も打てない自分が、何とも恨めしかった。

 

 

 

 

 

 

2208年3月18日20時11分 冥王星基地 『ニュージャージー』第一艦橋

 

 

地球を守るために地球防衛艦隊に合流するべきか、それとも二人を捜索に出撃するべきかの二律背反に芹沢が頭を悩ませていた頃。

彼とは異なる意味で、頭を悩ませている男がいた。空母『ニュージャージー』艦長、エドワード・デイヴィス・ムーアである。

場所こそ違えど、芹沢と同じく艦長室に籠って上司と交わした通信についてあれこれ考えては、新たに湧き上がる疑問に苦悶している。

とはいえ、出撃するかしないかで悩んでいる芹沢とは違い、彼が出撃することは確定事項であり、そこに異論はない。否、挟めない。

それは、彼と『ニュージャージー』の出撃は上司からの命令であったからだ。

 

 

《いまだ修理は終わっておりません。兵員の休養に最低でも一ヶ月、補充要員の慣熟訓練をすれば二ヶ月は出撃を見合わせなければなりません》

《無理を承知で命令している。今一度、うお座109番星系に赴き、サンディ・アレクシア、アカネ・ヤナセ、そしてスティーブ・ダグラスの三人を救出して来い》

 

 

つい一時間ほど前、エドワードは通信相手に厳しい表情で向かいあっていた。

正面の大型ディスプレイには、アメリカ軍が唯一保有する宇宙艦隊の司令官、つまりエドワードの直接の上司だ。

 

 

《三人が拉致されてから、時間が経ち過ぎています。彼らの監禁場所はおろか、生死さえ不明です。せめて現在の居場所を突き止めてからでないと、時間と労力を浪費するだけになります》

《それも承知の上での話だ。居場所を捜索の上、救出作戦を実行するんだ。『ニュージャージー』にはそれが可能だろう?》

《確かにSEALSは非正規作戦に長けたチームですが、警察犬の真似ごとまではできません。本国は、捜索のために艦を派遣してくれていないという事ですか?》

《あいにくだが、こちらからは動かせる船は一隻も無い》

《そんな馬鹿な、あれから二週間近く経っています。駆逐艦の一隻くらい、都合が付けられないはずは無いじゃないですか》

《我々が動けば、合衆国が二人を攫いましたと公言しているようなものであろう?》

《本当に、救い出す気があるのですか?》

《だから、せめて君たちだけでも派遣しようと言うのではないか。貴艦だけで救出できれば良し、無理でも後続のために先行偵察するだけでも十分だ》

《先行偵察? つい最近もそんな言葉に乗せられて銀河の縁まで出かけた艦隊がいたような気がしますな。ボロ負けになって帰ってきましたが》

《ほぉ、そんな事があったのか。どこの誰だか知らないが、一度失敗したなら二度目は失敗しないように慎重になるだろう?》

 

 

エドワードがどれだけ抗言しようとも艦隊司令は眉ひとつ動かさず、淡々と正論と無茶を突き付けてくる。ならばと、エドワードも偽悪的な笑いを浮かべながら無茶と皮肉を吹っ掛ける。

 

 

《ならばこそ、万全の態勢を整えてから出撃するべきです。ろくに修理も補給もできていない艦で、何のアテもなく星の海を彷徨えと言われても、とてもじゃないですが承服できません。どうしても首を縦に振らせたいなら、代わりの船と人員を持って来てください。ああ、どうせならもうすぐ竣工する姉妹艦の『ウィスコンシン』がいいですね、あれなら慣熟訓練要らないですし。こちらから取りに伺いましょうか? 副長以下クルー全員でフィラデルフィアに行きますよ? しばらく国に帰ってませんから、慰安も兼ねて丁度良いでしょうね》

 

 

皮肉に気付いた司令官は、舌打ちともに渋面を浮かべた。エドワードは一矢報いた暗い愉悦を、固く口を結んだ表情の裏に隠す。

 

 

《本国が動くわけにいかない、と言っているだろう》

《それは我々も同じ事です。地球連邦軍が管轄する基地である分、なおさら厄介です。修理が終わってもいないのに理由も無く出港すれば、誰もが不審に思うでしょう?》

《それについては、既に対処してある》

《どういうことですか?》

《冥王星基地には、『ニュージャージー』は本格的な修理と改装を行うためにフィラデルフィア宇宙軍基地に回航すると伝えてある。いいか、貴艦はアステロイドベルトまで航行して、岩礁帯に入り込むんだ》

 

 

エドワードは相手が何を言わんとしているのかを素早く察知し、先程の司令官と同様の渋面を作る。

 

 

《レーダー波が届かない宙域で一度完全に姿を隠して、一気にうお座109番星系までワープすると? 確かに理には叶っています。しかし、何度も言うように艦の状態が、》

《宇宙戦艦ヤマトは》

 

 

なおも拒絶しようとするエドワードの言葉を、司令官は遮った。

 

 

《イスカンダルと地球の往復29万6000光年という前代未聞の旅路を、技術班の修理だけで乗り越えて無事に帰って来たぞ?》

《……!!》

《ガトランティス戦役の際、デスラーとの戦いで大破した後も応急修理のみで地球へ舞い戻り、白色彗星へ果敢に攻撃を仕掛け、これを撃破している》

《地球存亡の危機だった当時と今では、》

《ガトランティス戦役からわずか一ヶ月後にはイスカンダルへと遠征に行っている。それも、補充乗組員の教錬も兼ねてだ。それでも、暗黒星団帝国の艦隊や要塞にも一歩も引かずに戦い、帰って来た》

《……》

 

 

つらつらと、司令官は宇宙戦艦ヤマトの偉業を列挙していく。

エドワードは反論の目を次々と封じられていく。

何故なら、それらは『ヤマト』が行ったまぎれもない事実であり、『ヤマト』はエドワードにとって『シナノ』以上に憧れであり目標であったからだった。劣等感と言い換えてもいい。

『ヤマト』が実際にやってのけたことをエドワードが「できません」と拒否することは、彼にとっては耐えがたい屈辱であった。

司令官は、なおも例を重ねる。彼のプライドを刺激するように、「ヤマトができたことを貴様はできないのか」と挑発するように。

 

 

《暗黒星団帝国が攻めてきたときは、どこにあるのかも分からない敵の本星をはる40万光年先の広大な暗黒銀河から見つけ出し、これを消滅させているな》

《…………》

《ディンギル帝国が侵略してきたときには、虎の子の波動砲を撃てない損傷を負いながらも都市衛星ウルクを撃破している》

《…………仰るとおりです》

《さて、もう一度聞こう》

 

 

外堀を埋めたと言わんばかりに、司令官の口に笑みが漏れ出ている。エドワードは、それがひどく醜いものに感じた。実際、理屈では受け入れられなくてもプライドがそれを許さないという矛盾に苦しむエドワードを、司令官は知らずの内に楽しんでいたのである。その状況に持っていったのが自分の話術だった事実が、彼の優越感と自尊心を大いに刺激したのである。

一言一句を区切って相手に言い含めるように、エドワードを屈服させるために、司令官は言葉を紡ぐ。

 

 

《わずか2万光年先の、うお座109番星系のいずこかにいると強く推定される、たった二人の人間を探しに、ドックに入って恵まれた状況で修理と補給を受けている貴艦が、出撃することは、可能かな?》

 

 

チェックメイト。

もはやエドワードに「YES」以外の返事は無かった。

 

 

通信が切れてしばし、ようやく状況を客観的に理解したエドワードは、どうして司令官の言葉を最後まで突っぱねなかったのかと後悔した。

『ヤマト』をモデルとして作られた『シナノ』に対抗すべく、『ニュージャージー』は造られた。ならば合衆国の期待を一身に受けて造られた軍艦としては、その行いも『シナノ』、さらにはそのモデルである『ヤマト』に負けないものでなければならない。エドワードは常々そう思ってきていたし、部下たちにもそのように発破をかけてきた。

そんな普段の言動を、司令官に利用された。

『ヤマト』をいちいち例に挙げて、「普段から『ヤマト』に追いつけ追い越せと言っているのだからこのくらいやってみせろ」と暗に脅してきたのだ。

 

 

「上層部は、アイオワ級戦艦に『ヤマト』以上の功績を期待している……それは分かるが、こんなところまで真似させる必要はないだろうに。クソッ、やらなきゃいけないのか」

 

 

エドワードの顔が苦渋に歪む。肘掛に置いた握り拳が震える。自他ともに勇猛と認めるエドワードが、これほどにまで気が乗らない出航は初めてだ。

うお座109番星系から冥王星に帰還する際、第一艦橋クルーはその場に残っての捜索と救出を主張した。あの時のエドワードは自らの突出癖を反省して、命令に従うことを選択した。基地に戻って辺境調査団の任務から解放されれば、いつでも出直せると思っていたからだ。

しかし入渠して詳しい損害状況を知ってしまえば、艦の責任者としては不完全な状態で出航させることは躊躇われる。とりわけ、宇宙空母―――実質的には戦闘空母だが―――の存在意義たる航空機運用能力に大幅な支障が生じている以上、『ニュージャージー』は裸の王様に他ならない。艦隊を組んで行くならばまだしも、単艦で敵支配宙域に敵の手中にある物を取り返しに行くなど、暢気な自殺と変わらない。

ならば、基地に戻って落ち着いてしまう前に、いや、あの時に部下の進言を受け入れて残るべきだったのだ。

 

 

「艦長も所詮は中間管理職か。そんな単純なことに、この歳になって気づくとな」

 

 

自嘲めいた薄ら笑いを浮かべる。

せめて、マイク越しではなく直接会って指示をしないと、申し訳が立たない。

エドワードは席を立つと、エレベーターではなく階段を使って重い足取りで降りて行った。




次の第二十三話で、「遠征編」は終了となります。続編となる「混迷編」はいまだ一話しか完成しておらず、必然としてここで更新はいったん凍結させていただきます。
そこで、次々回からは新規小説として、外伝である「宇宙戦闘空母シナノ外伝 ~○○かもしれない未来」を投稿したいと思います。これは「もしも復活篇に『シナノ』がいたら」という作品です。
更新ペースがどの程度になるかは不明ですが、これからも『シナノ』シリーズをよろしくお願いいたします。

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