宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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24DDH進水に伴い、加賀さんフィーバー到来の予感。
くそ、なんで本作の宇宙戦艦に『加賀』を入れなかったんだ……!


第十九話

2208年3月11日22時13分 天の川周縁部 旧テレザート星宙域 ラルバン星司令執務室

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《Stalemated Fight 膠着する戦場》】

 

 

部屋に入れられるなり手錠を外されたサンディは、久々に自由になった手首に指でさすろうとしたが、ふいに何者かが右手を差し出してきたので警戒の目を向けた。

 

 

「初めまして、アレックス王国第一王女サンディ・アレクシア殿下。私はガトランティス帝国彗星都市直属、旧テレザート星宙域守備隊司令兼ラルバン星防衛艦隊司令のガーリバーグだ」

 

 

恭介よりも年上……見た目だけで判断するならば祖国にいる4人の兄上たちと同い年くらいのガトランティス人。宙域守備隊と艦隊司令を兼任しているにしては、随分と若く見える。

厚い胸板、袖の上からでも分かる鍛えられた上腕二等筋。身長は私よりも頭一つ分高く、技術者上がりのもやしな恭介と比べてはるかに軍人らしい威圧感を感じる。何よりも特徴的なのは、青い肌と対照的な白髪だ。私の知る限り、純粋なガトランティス人の髪は基本的に茶色で、老人になると色が抜けて銀灰色になる。しかし、この若さでこれほど立派な白髪を揃えているのは通常ではありえない。

そして、何よりもありえないのは、私とあかねがこの数日間、捕虜としてまっとうな扱いを受けてきたことだ。

同盟国であるプットゥール連邦、ダイサング帝国の本土が侵略された際、捕えられた王族がどんな悲惨な末路を迎えたか、私は知っている。

既に私がアレックス星の王女であることが知られている以上、私もあかねも口にするのも躊躇われるような目に遭ってもおかしくないのに、私達は別々の独房に入れられるどころか個室に世話役の女性士官まで付いて、まるで賓客のような待遇を受けているのだ。

状況が分からないサンディは、ひとまず無難な質問をして相手の出方を探ることにした。

 

 

「……ここはどこ? 貴方の部下に聞いても教えてくれないんだけど」

 

 

握手に応じなかったことに隣の痩せた男から厳しい視線が飛ぶが、目の前のガーリバーグという男は気にする様子もなく、満足したように出した手を引っ込めた。

 

 

「なるほど。否定しないということは、やはり貴女はサンディ・アレクシアか」

 

 

一杯食わされた、とサンディは顔を僅かに顰める。

 

 

「サンディ・アレクシアのことは映像で見たことがある。部下にも貴女の顔を確認させた。だが、それでも他人の空似である可能性は捨てきれなかった。なにせ、小さなカプセルの中に貨物のように入っていたものでね。姫様ともあろう人が、随分な扱い方をされたものだな」

「……そう」

 

 

曖昧に返事する。

病院船の病室で点滴を打たれて、強烈な睡魔に襲われたことまでは覚えている。次に気付いたらここに軟禁されて、周りは緑の肌のガトランティス人だらけだった。だから、自分たちがどういった過程でここに連れてこられたのか、まったく知らないのだ。

そんなサンディの様子すらも、ガーリバーグは興味深げに観察して二度三度と頷く。

そんな彼のしぐさに釈然としないまま、どの方向から話を進めるかととサンディが考えあぐねていると、袖を軽く引かれる感覚がした。

 

 

「そら……一体、どうなっているの?」

 

 

今にも泣き出しそうなあかね。いや、既に目尻に涙が溜っていた。

彼女は、私以上に現状に戸惑っているのだ。

彼女は何度も異星人の侵略を受けた地球人ではあるが、民間人ゆえに敵対的異星人に会った事はない。異星人も私が初めてだという。異星人に対する耐性が無いのだ。

そんな彼女がいきなり、目が覚めたら見知らぬ場所で拘束されていて、肌の色も言語も異なる人間に囲まれていたら、それは不安で心が潰れそうなのだろう。

 

 

「大丈夫よ、あかね。私が、絶対に守るから」

 

 

あかねの両肩を抱き寄せて、頭をかき抱く。触れた左肩越しに彼女が震えているのを感じる。戸籍の上では姉なのに、今のあかねはまるで幼い妹のようだ。

改めて、私が幸運だったことを実感する。乗艦『スターシャ』が大破して気を失い、目覚めた時に初めて出会ったのがあかねと恭介だったおかげで、ただ独り生き残った罪悪感にも見知らぬ土地に放り出された恐怖と寂しさにも潰されずに、絶望せずに私は生きることが出来た。一生訪れることがないと思っていた、ただの女としての生活を送ることが出来た。

今はあかねが、あの時の私と同じ立場だ。なら、私がやることはひとつしかない。

決意を込めて、怯えるあかねを横目に見ているガーリバーグを睨む。

 

 

「妹御か? 第二王女がいるとは聞いたことないが」

「……双子の妹よ。見てのとおりひどい人見知りだから、今まで表に出せなかったけど」

 

 

とっさについた嘘をどこまで相手が鵜呑みにしてくれたか分からない。だがガーリバーグはつまらなげに鼻を鳴らすと、私へと注意を戻した。

 

 

「……まぁ、いい。オリザーが乗艦ごと暗殺したと聞いていたが、生きて地球に潜伏していたとは驚きだ。どうやって生き残ったのか、ぜひともオリザーに聞かせてやりたいところだが……」

 

 

とにかく掛けたまえ、とソファを勧める、ガーリバーグと名乗った男。捕虜に対する扱いにしては丁寧すぎる態度に警戒心を強めながら、慎重に腰を下ろした。

ガーリバーグは執務机に戻り、どっかりとチェアに体を沈める。

 

 

「私の素性を知っているなら、何故殺さなかった?」

 

 

話の内容から察するに、彼が言ったオリザーという名は恐らく私をしつこく追いかけてきた艦隊の指揮官のことだろう。ならば、オリザーが私を亡き者にしようとしていたことは知っているはずだ。

しかし、ガーリバーグは私の質問を鼻で笑って一蹴した。

 

 

「オリザーはダーダー義兄の命で貴女を追っていただけだ。私が従う理由なんぞ無い。それに、貴女には利用価値がありそうだからな」

 

 

ダーダー義兄。オリザーの上官か。じゃあ、このガーリバーグは何者なんだ?

彼の第一声を思い出す。

 

“旧テレザート星宙域守備隊”

 

旧テレザート星宙域という名前には、聞き覚えがある。

確かそこは、『シナノ』が所属している第三調査船団の目的地だったはず。

そこの守備隊の司令ということは、ここがそのテレザート星宙域ということなのだろうか?

 

 

「私が貴方なんかに大人しく利用されるとでも思っているの?」

「ああ、思っているさ。それが、貴女の祖国を救う唯一の方法だからな」

「私を人質にして、父上に降伏でも迫るつもり? お生憎さま、私じゃあ取引材料にならないわ」

 

 

お返しとばかりに、挑発的に鼻で笑ってやった。

それは偽りのない本心だ。

いくら王家の長女とはいえども、未成年かつ正規の軍人でもない私は今のアレックス星には役立たずだ。父上―――アレックス国王は泣いてはくれるだろうが、星と民の存続と私の身柄を天秤にかける様なことはしない。私もそれを恨んだりはしない。民と星を守ることが王の責務であるし、いざというときは一命を以て星を救うが王族の覚悟だ。

だが、ガーリバーグは余裕の笑みを崩さずに言い切った。

 

 

「いいや、必ず貴女は私に協力する。何故なら、私はアレックス星を滅亡から救って差し上げようと思っているのだからね」

「笑えない冗談ね、侵略者がどの口で。そう思うのなら今すぐに兵を撤退させて、国王陛下の前で土下座してくださいな」

「私が謝ることなど何もない。貴女の星を攻めているのは私じゃないからな」

「……この期に及んでそんな戯言を言うなんて。こんな輩に我が国が負けているのかと思うと、情けなくて涙が出るわ」

「やれやれ、捕虜の立場にも拘らず随分と強気な姫様だ」

 

 

ガーリバーグが首を傾げて、隣で不動のまま待機している男に合図を送る。

内臓でも病んでいるのか、頬がこけて顔色の悪そうな禿頭の男は、なにやら機械を操作する。

そんな様子を訝しげに見ながらも、会話の主導権をとれないサンディは焦りを感じていた。

ガーリバーグの余裕がどこから来ているか分からない。私がこれだけ挑発的な言葉を発しても、彼は憤るどころか「すべて想定内」とでも言いたげなを笑みを浮かべてる。

掌の上で弄ばれているかのような、どれだけもがいて足掻いても霞を掻き分けているような手応えのなさを感じる。

 

 

「ここって、天の川銀河の端でしょ? そんなところにいる貴方に、はるか26万光年彼方のさんかく座銀河にあるアレックス星をどうこうできる権限があるわけないわ」

「ほう、ここがどこか分かっていたのか。さっきは『ここはどこだ』などと聞いていたというのに」

「貴方、自分で言ってたじゃない。旧テレザート星宙域守備隊司令だって」

「ならば、私がアレックス星に攻撃をしているわけではないことも分かってくれるな?」

「……私の質問に答えていないわ。私は、天の川銀河にいる貴方がアレックス星攻撃を停止させることができるわけない、と言っているの」

「アレックス星がこの天の川銀河に来ている、と言ったらどうだ?」

「………………………………………………………………え?」

 

 

―――――――――頭の中が、真っ白になった。

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《The Witch Whispers 魔女はささやく》】

 

 

彫像のように硬直したまま動かないサンディ・アレクシアを前に、ガーリバーグは彼女が自分の掌の上で良いように踊っていることに暗い愉悦を覚える。

そしてそんな自分に気付いて、心の中で唾棄したくなる。

今まで自覚していなかったが、私は他人を翻弄することに快感を覚えるタイプなのかもしれない。

認めたくないがやはり私もズォーダー帝の血を引く者なのか、嗜虐趣味の素養があるらしい。これではダーダー義兄のことを悪し様に言うこともできないか。

ソーが操作していたプロジェクターが起動し、ガーリバーグとサンディの間に立体画像が浮かび上がる。

サンディの焦点が立体映像に合ったところで、ガーリバーグは事情を語り始めた。

 

 

「これは四ヶ月前、ここラルバン星の至近距離にワープアウトしてきたアレックス星の映像だ。貴女にとっては久方ぶりの故郷ではないかね?」

 

 

彼女はアレックス星を凝視したまま、無言でしきりに頷く。

良い感じに放心状態になっている。今なら、交渉などと面倒くさい手段でなく説得でなんとかなりそうだ。

 

 

「アレックス星の周囲に多数の艦影が見えるだろう? ガトランティス帝国さんかく座銀河方面軍の艦隊とアレックス星の艦隊が、一緒にワープアウトしてきたんだ。どうやら、戦闘の最中だったらしい」

 

 

まるで訓練兵のように、私の発言を疑わずに映像を覗き込む彼女。思いもかけない場所で故郷の姿を見たことがよほど衝撃的だったのか、すっかり警戒心を失っていた。

 

 

「アレックス星攻略に参加していたさんかく座銀河方面軍第19、20、21艦隊および司令直衛艦隊のうち、ワープに巻き込まれたのは第19艦隊の大半と司令直衛艦隊、計250隻。対して、アレックス星の艦隊のうち砲火が止んでいないのはおおよそ50隻程度だ」

「…………兄上の艦隊だわ」

 

 

星に寄りそうように展開するアレックス艦隊の、ひと際大きい朱色に塗装された軍艦を見て、サンディ王女は呟く。どうやら王族専用艦らしい。

 

 

「そうか。王族が指揮する艦隊が矢面に立っているということは、いよいよ事態は最終局面に来ていたのだな」

「なんで、アレックス星がここにワープアウトしてきたの?」

「貴女の祖国の技術ではないのか?」

「そんな技術があったのなら、もっと前に逃げているわ!」

 

 

彼女が眉を顰めて言うのももっともだ。肩をすくめ、ガーリバーグは話を先に進める。

 

 

「アレックス星はこの映像の2日後に小ワープを一度行い、現在はここから6000光年の位置にある。貴女達の仕業でないのなら小ワープした理由は分からないが……」

「そんなことはどうでもいいわ。まだ国は滅びていないのね!?」

 

 

ガーリバーグは、一縷の希望に縋るサンディの目を見てしっかりと頷く。もっとも、公転軌道を飛び出したあげくに元の銀河から26万光年かなたまでワープし、遊星となってもまだ侵略者に追いかけ回されている現状をして「未だ滅びていない」と喜べるのかどうかは甚だ疑問ではあったが。

 

 

「ああ、まだ滅びてはいない。……だが、攻撃が再開されれば今度こそ太刀打ちできないだろうな」

「……もう一度言うわ。私を脅して協力させても、父上は取り合ってくれないわよ」

 

 

途端に、彼女の目に警戒の色が戻る。焦燥感を呷るつもりが、かえって不信感を抱かせてしまったらしい。話を一気に畳みかけるべく、ガーリバーグは強硬策に出ることにした。

再びソーに指示を出して立体映像の一部分を拡大させる。

 

 

「私は『アレックス星を滅亡から救って差し上げる』と言ったのだ、アレックス星を攻撃する訳がないだろう? あくまでアレックス星を攻撃しようとしているのは、こいつらだ」

 

 

立ち上がり、立体映像の前でアレックス星を見下ろす。

余裕綽々の表情から一転、視線だけで相手を射殺さんばかりの形相でダーダー義兄の座乗艦、潜宙戦艦クロン・サランを指示棒で指した。

 

 

「さんかく座銀河方面軍第19艦隊の生き残り及び司令直衛艦隊を再編成した、新生アレックス星攻略部隊約250隻。それを統べるのは私の腹違いの兄、ダーダー。貴女達が経験した全ての不幸の元凶だ」

「――――ひっ!」

 

 

そして、私の領地を土足で踏み荒らした無礼者でもある。底冷えするほどの低い声で、そう言ったガーリバーグ。その目を見てしまったサンディは、金縛りに遭ったかのように動けない。あかねに至っては小さな悲鳴を上げてサンディの腕にしがみ付くほどだ。

 

 

「お膳立てはすべてこちらでする。だから―――」

 

 

指示棒の先を、ゆっくりとずらす。

 

 

「貴女には、ダーダー義兄を暗殺してもらいたい」

 

 

その切っ先がぴたりとサンディの鼻先に突きつけられた。

 

 

 

 

 

 

2208年3月11日18時35分 冥王星基地 『シナノ』艦内 シナノ食堂

 

 

会議が終わって皆が退艦した後も、南部は艦内に残っていた。

自分の個室に戻るのも億劫だった南部は、たまたま通りがかった無人の食堂に座っている。

ドック入りしている今は使われていないシナノ食堂は当然ながら真っ暗で、南部の頭上にひとつだけ点いている照明がなんとも心細く感じる。調理場の活気も食事に訪れるクルーの賑わいもない、シンと静まり返った食堂がこれほどまで寒々しく感じるものなのかと南部は思ったが、一人思索にふけるにはちょうどよい環境だった。

 

南部がひっかかっているのはただひとつ。

何故、『たちばな』に偶然移り来た二人を拉致することができたのか。

 

“『シナノ』から移ってきたそら君とあかね君を、たまたま潜伏していた某国のスパイが確保し、カプセルに詰めて船外へと放出した”

 

確かに、艦長が唱えた説も筋は通っている。だが、それだとスパイが『たちばな』にいることがたちどころにバレてしまう。

密室かつ人の出入りがない宇宙船の中では、スパイの存在が疑われた時点でチェックメイトと同義だ。犯人捜しが始まればあっというまに捕まってしまう。だから、スパイはそら君とあかね君と一緒に船から脱出していなければおかしいのだ。

しかし、船長の話では犯行の前後で人数の変化は無いという。

冥王星基地に帰還してから、『たちばな』船長はクルー全員を船内に留置して、生活班特殊医療科に一人ひとり尋問させたが、とうとうスパイは見つからなかったらしい。

スパイが特殊医療科の尋問をすり抜けたのか、それともスパイは最初からクルーになりすましてなどなく、貨物室などに潜伏していたのか。

 

 

「―――そんな都合のいい話があってたまるか、畜生!」

 

 

髪をがしがしと掻き乱して、小さく悪態をつく。

証拠を並べて一筋の道筋を作るのではなく、バラバラな位置に点在している証拠をむりやり一筆書きしたような感覚。

三流サスペンスじゃあるまいし、あまりにも偶然に寄りかかったストーリーだ。

 

 

「必ずあるんだ……もっと一本の筋が通った真実がきっと……くそ!」

《こんな暗い所で独り奇声を発していると、変な奴と思われるぞ?》

「あ?」

 

 

かけられた声に顔を上げると、夜闇から染み出てきたかのように真っ黒い毛並みの老描が、廊下からこちらを窺っていた。暗い廊下の中に光る双眸が、こちらを真っ直ぐ見ている。

 

 

「ブーケ……。独りだから、誰も聞いちゃいないさ」

 

 

自嘲気味に呟くと、「我輩が聞いておるではないか」と言いながらブーケは食堂に入ってきた。鮮やかな跳躍でテーブルの上に乗ると、南部の正面にちょこんと座りこんだ。艦長を含めたクルーの中で最年長のはずなのに、鎮座している姿はネコ相応の可愛らしさがある。本人に言うと「年寄りをからかうな」とか言われそうなので、黙っておく。

 

 

《で、お主は何を悩んでおる? 会議の途中から納得できないという表情をしておったが、我輩で良ければ聞いてやらんでもないぞ?》

「そんなに、顔に出ていたか?」

《分からん奴があるか。セリザワの声も聞こえていなかっただろうに》

「そうだったのか、まずいな……。ブーケの言うとおりだ。確かに俺は今、昼間の会議のことを考えていた」

 

 

観念して、卓上のブーケに全て説明する。

地球では黒猫は魔女の使いだとか、黒猫が目の前を横切ると不吉の前兆だとか言われるが、南部が正対している黒猫は俺の要領を得ない話にも黙って頷いて、真摯に向き合ってくれている。

 

 

《なるほど、確かにお主の言うとおりだ。しかし、それでも会議そっちのけで考えごとをするのはいただけないのう》

「いやーその……、まったくもって、面目ない」

 

 

反論できず、素直に頭を下げる。

うむ、と猫としては少々大柄なブーケが満足げに頷くと、美しい光沢を放つ黒毛が揺れる。

普通の猫ならば衛生上の問題で艦をつまみ出されるところだが、ブーケはそら君の侍従猫だし、動物とは思えないほどの綺麗好きということもあって乗艦を許されている。

もっとも、裸足で歩いていることについては誰もが目を瞑っているのだが。

と、そこで南部はブーケがいつもと違うことに気付いた。

 

 

「そういえば今日は一人なんだな、足代わりはどうした? って、柏木はまだ入院中か」

 

 

生活班医療科の柏木卓馬は、二人が攫われたときに犯人に後頭部を殴られて怪我を負い、入院している。それほどひどい怪我ではないが、殴られた場所が場所なだけに、大事をとって長めに入院措置をとるという話だった。

ブーケは初めて会って以来、柏木の肩に乗っていることが多かった。柏木自身を気に行ったのか彼の肩を気に入ったのかは分からないが、そら君の側にいないときは医務室に入り浸り、柏木を顎でこき使っているのだ。

医務室に猫がいると聞けばヤマトのみーくんを思い出すが、マスコットだったみーくんとは違ってこちらの猫は小言の多い上司そのものらしい。おかげで医療班の面々は「本間先生が二人になったようだ」と嘆いているとか。

 

 

《別に、常にあやつの肩に乗っているわけではないのだが……それに、柏木ならばもう退院したみたいだぞ?》

「退院? いや、それはないだろう。俺はそんな話、聞いていない」

《いや、ついさっき艦内を歩いているのを見かけたが?》

「………え?」

 

 

今のお主のような思いつめた顔をしておったぞ、となんでもない事のように言う黒猫。

だが、その内容は南部には衝撃的なものだった。

 

 

「―――そんな馬鹿な、いくらドック入りで上陸休暇中とはいえ、そういった連絡は必ず来るはずだぞ?」

 

 

ただのクルーならば、さすがに戦闘班所属の南部のところまで連絡はこないだろう。しかし彼は、今回の拉致事件における被害者であり重要な証言者だ。そんな人物の情報が艦の首脳陣の一人である南部に伝えられていないということなど、ありえなかった。

そもそも、柏木は退院したら事件について改めて事情聴取することになっている。こんな時間に艦内を歩いているなど、ありえな――――――

 

 

「――――――あ」

 

 

天啓にも似た眩しいひらめきが、脳裏を埋め尽くす。

幾多の単語が頭の中を飛び回り、一列の光の道を成していく。

 

――秘匿していた二人の正体――

 

――直前に決まった二人の搬送――

 

――潜伏しているスパイ――

 

――見つからない実行犯――

 

――変わらない『たちばな』の人数――

 

――柏木を気絶させた犯人――

 

――退院した柏木――

 

 

「そうだったのか!」

 

 

拳を強く握りしめて、南部が椅子を蹴飛ばして立ち上がる。

びっくりしたブーケは、反射的にテーブルから跳び下りた。

 

 

《どうした、南部。いきなり無礼であろう!?》

 

 

毛を逆立たせて非難の声を上げるブーケ。

しかし南部は抗議が聞こえていないかのように、一目散に食堂を飛び出していった。




あれ? らしくない作風だ、どうした俺?

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