宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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ガンダムのアーケードがあるなら、ヤマトのアーゲードがあってもいいと思うの。FPSゲームでもいいけど。
え、PS2版ゲーム? 知らない子ですね……


第十八話

2208年3月11日11時05分 冥王星基地 『シナノ』艦内

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《サスペンス(動揺)》】

 

 

聞いた話によると、『シナノ』に搭載されているコスモレーダー、IRセンサー、タイムレーダー、亜空間ソナーなどの各種センサーで得られたデータは、自動的に艦中央部の大コンピュータルームに送られる。コンピュータでデータを分析し、画像処理された情報が第一艦橋に転送されると、そこで初めてクルーは情報に触れるのだそうだ。

しかし、あまりに情報量が膨大な場合、または処理の過程が多い場合は、当然ながら分析にかかる時間はかかる。タイムレーダーとやらのデータ分析はその中でも特に時間がかかる類のものらしい。ごく近い過去、ごく狭い空間をごく短い時間だけ遡るのならばその限りではないが、時間が遠いほど、走査する空間と時間が広いほど、映像化するまで消費する時間とリソースが多いと聞いた。

従って、真実が我輩の下に届いたのは、調査船団が冥王星に戻って実に5日も経ってからのことだった。

 

技術班から映像解析の結果が出たと報告を受けた芹沢艦長はすぐに、我輩と上陸休暇中だった幹部を艦に招集した。

3月6日の戦闘で中破の損害を受けた『シナノ』は、現在冥王星基地のドックに入って修理を受けている。

藤本が我輩に言ったところによれば、冥王星宙域会戦では艦前部や上部に被害が集中したのに対して、今回は被弾個所が艦尾・艦底部のみだったらしい。

『シナノ』の後部は飛行甲板を除いて、強度は相対的に低いが地球防衛軍の艦艇で広く採用されている装甲板が張られている。つまり、基地に装甲板の在庫が大量にあるため、張り替えるだけで済む―――らしい。

むしろ修理に手間が掛かっているのは、熱で歪んでしまった上部飛行甲板と、弾薬の誘爆で内装がめちゃくちゃになってしまった下部発艦用甲板。現状では、空母の要である航空機が運用できないのだ。詳しい事は姫様のような専門家でない我輩には分からんが。

南部曰く、「戦艦としての機能は残っているので戦闘自体は可能だが、艦載機隊との連携ができなければ宇宙戦闘空母『シナノ』の存在意義はないも同然」と。

『シナノ』の修理がいつ完了するかは、飛行甲板の修理如何にかかっていると言っていいだろう。

 

『シナノ』の作戦司令室に緊急招集されたのは各班および科の長、そして我輩。大型ディスプレイの映し出される映像に、誰もが顔を強張らせていた。

最初に映ったのは、隕石と見紛うほどの大きな岩塊に隠れている病院船『たちばな』と、それに近づく人間の列。それも、岩から岩へと進む黒服と、黒服のやや後方を行く白服の2種類だ。

両者が『たちばな』の船尾に接近したところで、2基の医療ポッドが『たちばな』から放出される。動揺の声を漏らす視聴者たちをよそに、医療ポッドを回収して帰ろうとする黒服に白服が攻撃を仕掛けた。

たちまち始まる銃撃戦。そして割って入ってきた一発の魚雷。逃げ惑い、吹き飛ばされる白服と黒服。続いて2発、3発と画面を横切る魚雷。

岩影から姿を見せる、葉巻型の船体が特徴的な船。地球人とアレックス人、両者の仇敵であるガトランティスの潜宙艦。木の葉のように翻弄される2基の医療ポッドは吸い込まれるように潜宙艦へと流れつき―――

 

 

「あっ、潜宙艦が!」

「何てことだ……どこを捜しても見つからないはずだ」

「よりにもよって、ガトランティスの手に落ちてしまったのか!」

 

 

観る者が思わず声を出してしまう、衝撃的な光景。

誰が、こんなことを予想していただろうか。

どこまでも彼女を弄ぶ運命とやらを、呪いたくなる。

 

 

《姫様……せっかく、せっかく穏やかな生活を送られていたというのに……》

 

 

我輩も、久方ぶりに訪れた平穏な日々に、すっかり警戒心が鈍ってしまっていた。

はるばる26万光年の彼方から地球に流れ着き、この星の政府に我々アレックス星を承認してもらえず、地球人としての生活を余儀なくされた数ヶ月。姫様は王家の重圧を忘れて一人の女性、市井の庶生として第二の人生を謳歌しておられた。

王宮の中では一度も見せたことのない、満開の笑顔で日々を過ごす姫様。

 

……いつしか我輩は、あるいはそのまま地球に永住してもいい、と思い始めていた。

求めていたイスカンダルは既に無く、ここまで乗ってきた軍艦は失われ、地球に26万光年を航行できる民間船はない。地球の軍艦で帰ろうにも、地球連邦政府はアレックス星を公式に認めていないから軍艦を動かしてくれる訳もない。

仮に協力を得られたとしても、故郷を出発して既に一年半。母なる星はもはやガトランティスに蹂躙され尽くした後かもしれない。つまり、もう八方ふさがりなのだ。

だから我輩は、姫様の地球での生活を静観することにした。恭介やあかねに対する王女らしからぬいたずらっ子のような態度にも、苦笑いするだけで忠言することなく見守り続けた。

 

そんな生活が続くのだと、何の疑いもなく思っていた。いや、思い付きすらしなかった。再び『シナノ』に乗り込むことになった時も、ガトランティスの残党がいるかもしれない宙域に向かうと知らされた時も、何の不安も抱いていなかった。

しかし、ガトランティスはまだ姫様を、我々を諦めていなかった。偶然か、それとも彼らは我々が地球に亡命していることを知っていたのか。姫様が、ついにガトランティスの手に落ちてしまった。

 

潜宙艦は二人が収められた医療ポッドと黒服の人間一人を収容し、悠々と去っていく。

潜宙艦がワープに入った所で映像は終了し、落とされていた照明が点った。

 

 

「以上が5日前、うお座109番星系で起こったことの真実です」

 

 

藤本による解説が終了する。

誰もが声を出せず、沈鬱な沈黙がしばし漂う。

 

 

「くそっ、何なんだ一体!」

 

 

沈み込んだ空気を破って、坂巻が苛立ちを露わにする。

 

 

「落ち着け坂巻、イライラしても今はどうしようもない」

「これが落ち着いていられるか!」

 

 

藤本が肩に掛けた手を振り払って、坂巻は激昂する。

 

 

「ふたりが拉致されたんだ! 今すぐに助けに行くべきだ!」

「だから落ち着け、と言っているんだ。拉致されたといっても、どこに連れて行かれたのかも分からないのに助けにいくことなんてできないだろう?」

 

 

藤本に続いて島津も反対側の肩に手を掛けて、坂巻を抑え込む。我輩を除けば艦長の次に年長の二人に諄々と諭されて、坂巻も少しは頭を冷やしたのか、少しだけ怒気を押し殺した。

両腕を組んで、じっと映像を見ていた芹沢が言った。

 

 

「潜宙艦の行き先は?」

「ワープしたときはテレザート星の方を向いていたようですが、行き先までは……。旧テレザート星宙域かもしれませんし、その手前のどこかかもしれません」

「中島、君達が戦ったガトランティス艦隊はどちらの方角へ撤退した?」

 

 

航空隊を総轄する中島護道、β大隊隊長神田秋平、γ大隊隊長の柴原和人の三人がキョトンとした顔で互いを見合わせた。

 

 

「ええと……神田、分かるか? 俺は隊の指揮に必死で覚えていないんだが」

「敵艦隊よりも俺達の方が先に撤退したので方角は分かりませんが、敵の増援がワープアウトしてきたのはまちがいなくテレザート星があった方角でした」

「俺は帰り際に、敵艦隊と増援艦隊が合流しようとしているのを見ました」

「なら、やっぱり二人は旧テレザート星宙域に連れて行かれたんですよ!」

 

 

我が意を得たりとばかりに再び坂巻が語気を強めるのを、島津と藤本が肩に力を入れる。

 

 

「だが、どうする? 第3辺境調査船団は既に機能停止状態、俺たちは中ぶらりんの状態だ。理由も命令もなく旧テレザート星宙域には行けないぞ?」

「何言ってるんですか、南部さん! ヤマトは、参謀本部の制止を無視してテレザート星に行ったじゃないですか!」

「あんな無茶が何度もできるわけないだろう? あの時は、テレザート星からのメッセージという確証があったから強気に出られた。しかし今度は、何の確証もない当てずっぽうなんだ。リスクが大きすぎる」

 

 

坂巻が一瞬、金縛りに遭ったかのように固まる。

自分の意見に同調してくれると思っていたのに裏切られた、とその表情が語っていた。

 

 

「……だけど、これしか縋るものがないんです。このままじゃ、篠田の奴が可哀想じゃないですか!」

「どうした坂巻、らしくないぞ?」

 

 

窘めていた南部が、思わず差し出した手を止めて狼狽する。彼と付き合いの長いという藤本も彼らしからぬ動揺を隠せない。

普段は軽い様子の坂巻が、声を震わせて目に涙を浮かべていた。

「シナノ」クルーとの短い交流の中で、彼は感情が表に出やすいタイプとは常々思っていたが、涙ぐむ姿を見せたのは初めてだ。

 

 

「……3人を見ていると、揚羽の奴を思い出すんです」

「坂巻……お前」

 

 

袖で目尻を拭いながら、坂巻は我輩が知らない名前を出す。

 

 

「第二の地球探しの時……親しげに話すルダ王女と揚羽の姿を見て、俺は思ったんです。故郷の星が違っても、心を通わせることはできるんだって」

 

 

でも、二人は結局……そう言って目を瞑ると、涙が坂巻の頬を伝う。

だから篠田にはそういう思いをしてほしくないんです、と最後は辛そうに顔を顰めて呟く。

我輩はこっそりと周囲を見回す。

事情は分からないが坂巻の雰囲気に飲まれている、といった顔が大半。坂巻と同じように俯いているのは南部と藤本。どうやら、3人にしか分からない事情があるようだ。

と、場を仕切り直すような咳払いの音がして、全員が音源―――芹沢艦長へと注目する。

全員の視線を受けた芹沢が、決然とした態度で宣言する。

 

 

「あの日、炎上して沈みゆく船からサンディ・アレクシアを救助したのは他でもない我々だ。そして、既に二人は本艦の一員である」

 

 

そして、一転して柔らいだ声で吾輩に声をかけてくる。

 

 

「安心されよ、ブーケ殿。我々は必ず、貴方の主を救い出す。彼女たちを絶対に見捨てることは、絶対にしない」

 

 

サングラスの向こうの目が、頼もしく感じられる。

はっとして見渡せば、誰もが我輩を決意に満ちた目で見ていた。

 

 

《……迷惑を掛ける》

 

 

思わず目頭が熱くなってしまい、頭を垂れて涙をごまかす。

この船の人間たちは、これほどまでに姫様に親身になってくれている。異邦人であるにもかかわらず、救い出すことに何の躊躇いもない。

なんて心の深い、温かい人達なのだろう。

一年に渡る血塗られた逃避行の末に辿り着いたのがこの星で本当に良かったと、つくづく感じられた。

 

 

「……だが、南部が言った通り、このままでは出撃命令が下りないであろうこともまた事実だ。二人がテレザート星宙域へ連れて行かれたと断定するにはまだまだ確証が必要だ。その為にはまず、あの場で起こった出来事を余すことなく詳らかにしなければならない」

「黒服と白服の正体ですね?」

 

 

艦長の言わんとするところを察した来栖が先んじて発言する。

そのとおりだ、と芹沢は頷いて技術班の二人を見た。今度は、冨士野シズカが首を横に振る。

 

 

「もう少し画質が良ければ宇宙服を判別できたのですが……。走査範囲を最大に設定したため、これが精一杯です」

「とはいえ、この映像だけでも、いくつかの推測はできます」

 

 

ディスプレイの前に進み出たのは、北野だった。

彼らが地球人であろうことは想像が付いていると思いますが、と前置きしたうえで北野は続ける。

 

 

「人目を避けて岩影を伝う黒服の行動は、あきらかに医療ポッドを秘密裏に回収しようという行動でした。そして白服は、黒服に見つからないように後方から尾行しています。さらに黒服は防衛軍標準装備のAKレーザー突撃銃を使っているのに対し、白服は弾道の見えない実弾銃を使って正確にヘルメットを撃ち抜いています」

「それはつまり、どういうことなんだ?」

「白服は、黒服が回収しようとしていた医療ポッドを横取りしようとしたのではないでしょうか」

 

 

そう、北野は結論づけた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 

坂巻は頭痛をこらえるように右手で頭を抱えながら、北野に疑問をぶつける。

 

 

「もしも北野の言うとおり、黒服と白服の目的が医療ポッドの奪取だとしたら、奴らはポッドの中に誰が入っているのか知っていたってことにならないか?」

 

 

北野は深刻な表情で坂巻に頷いた。

 

 

「見ての通り、黒服は『たちばな』に乗船することなく救命ポッドを回収しています。つまりそれは、柏木を襲い二人を救命ポッドに入れて放出した人物と黒服は別人だということです」

「それって、内通者が二人を誘拐したってこと……?」

 

 

葦津が両手で口元を押さえて、震え声で呟く。

 

 

「それだけじゃない。白服と黒服が別の勢力と考えるならば、『たちばな』には最低でも二つの国の内通者がいることになる。そうでなければ、横取りなんてできないからな」

 

 

葦津の危惧に藤本がさらに悪い推測を重ねる。

 

 

「おいおい、シャレになってねぇぞ……!」

「しかも、『たちばな』の乗員の数は事件の前後で変わっていない……内通者は逃げずに今もまだ船にいるってことだ」

「ちょっと待ってくれ、何かがおかしい」

 

 

南部が、右手を頤に当てた思案顔のまま、坂巻と藤本へ疑問を呈する。

 

 

「何がおかしいと言うんだ?」

「藤本、今の推測だと内通者は『たちばな』に潜伏していたってことになるよな? それって、『たちばな』が地球を出港した時からか?」

「途中で誰かが乗りこんでいなければ、そうなる」

「じゃあ、やはり変だ。『シナノ』にいるあかね君とそら君を攫うのに、何故『たちばな』に潜り込んでいたんだ? 二人が『たちばな』に搬送されたのは、地球を出発するときには想定されていなかった出来事だ。なのに、まるでこうなることを予測していたかのように内通者は潜入していた。一体、どういうことだ?」

 

 

指摘されて、確かにおかしいという声がちらほらと上がる。

不埒者が姫様を攫おうとするならば、座乗艦である『シナノ』に忍びこむのが普通だ。しかし、内通者は姫様が来るかどうかも分からない病院船に潜んでいた。

偶然というには、あまりにでき過ぎている状況なのは、どう説明すればいいのだろうか?

 

 

「……おそらく二人の拉致は、内通者にとっても突発的な任務だったのだろう」

「艦長、どういうことですか?」

 

 

館花に促されて、艦長は自説を披露した。

 

 

「おそらく内通者は、本来はただのスパイなのだろう。しかし、あかね君とそら君が手元に転がり込んできたことで、急遽二人を拉致することになった。しかし、自分たちで船外へ連れ去れば、自分が拉致の実行犯だとバレてしまう。そこで、何らかの手段で仲間と連絡を取り、特殊部隊に回収しに来てもらった……」

 

 

艦長が確認の視線を送って来る。だが、南部は考え込むポーズのまま、反応がない。芹沢は彼の沈黙を肯定と解釈し、会議を続けた。

 

 

《……ふむ、気になるな》

 

 

会議そっちのけで思考の海に沈む南部に、我輩は何かを感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

2208年3月11日22時06分 天の川周縁部 旧テレザート星宙域 ラルバン星司令執務室

 

 

地下深く建造されているラルバン星基地の最奥、司令執務室。

普段ならばこの時間には就業を終えて私室に戻っているガーリバーグは、ここ数日は一日中執務室に詰めていた。

4日前、ラルバン星防衛艦隊に誘導されてラルバン星に帰還したアレックス星攻略部隊偵察隊の生き残りは、今も地下に建造された基地のドックで昼夜兼行の修理補修を受けている。もはや我が軍門に下ったはいえ元はダーダー義兄の艦隊、部下への事前説明なしの唐突な編入に混乱やトラブルが頻発している。就寝中でも何度も叩き起こされて諍いの仲裁やら処理やらに駆り出されるので、いっそのことと執務室に寝泊まりしているのだった。

 

新調したチェアに疲労した体を深く沈めて、忙殺された数日間を振り返る。

その始まりにして一番の厄介事は、帰還した当日に起こった。

戦力の増強どころか優秀な軍人の引き抜きにも成功してホクホク気分で踏ん反り返っていたガーリバーグだったが、半日遅れて帰投した潜宙艦『プラウム』からの一報に文字通り跳ね起きて、押っ取り刀で港へと駆けつけた。

やがて『プラウム』から搬出されたのは牢屋へ連行されていく一人の捕虜と、人一人がすっぽり収まる大きさの、紡錘形のカプセルが二つ。中には、金髪黄肌の女性が一人ずつ。艦長のアルマリと副長のガーデルがカプセルに随伴している。ガーリバーグは副司令のソーと共に二人を出迎えた。

 

 

「これが、報告にあったテレサの血縁者と思しき人間か?」

 

 

ガーリバーグの問いに、アルマリが応える。

 

 

「人類にしては珍しい黄色の肌、自ら光を放つ金色の髪。テレサの特徴と一致します。他人の空似と打ち棄てることもできたのですが、事の重大さを鑑みて一応回収した次第です」

「……ふむ」

 

 

アルマリの言葉を確かめるべく、透明なカバーの中を覗き込む。そこには確かに、テレサと特徴が良く似た女性が二人、穏やかな顔で眠っていた。

一人は砂金を塗したような美しい髪。細身の長身、鼻筋の通った、ガトランティス人の美意識から見てもとびきりの美人の部類に入る相貌。もう一人はやや幼い顔立ちをしているが、それ以外は同じ特徴。確かにこれだけ見たら、テレサとの関連を疑っても仕方ないだろう。

――――――が。

 

 

「おい。こいつを開けろ」

「……本気ですか、司令」

「本気だ。いいから、さっさとやれ」

 

 

躊躇いの言葉をかけるソーを抑えて、ガーリバーグはカプセルを開けるように命じる。不承不承ながらアルマリとガーデルが半透明のカバーに指向性爆薬をセットし、蝶番とロック部分を吹き飛ばした。

たちまち、爆発の黒煙とカプセルから噴き出した水蒸気が周囲を包む。濛々とする視界を掻き分けてカプセルに近づくと、睡眠薬でも嗅がされているのかあれだけの爆発でも一向に起きようとしない二人を覗き込む。

二人の寝顔を交互にじっくり観察したガーリバーグは自分の感じた印象が間違っていなかったことを確信した。

 

 

「やっぱりな。こいつはテレザートのテレサとは一切関係ない。彼女は、ダーダー義兄がご執心のアレックス王国の第三子にして第一王女―――サンディ・アレクシアだ」

 

 

ガーリバーグは、彼女に見覚えがあった。

忌まわしき四ヶ月の滞在期間中、ことあるごとにダーダー義兄がしつこく言っていたのが「さんかく座銀河方面の星間国家には美人の女性が多い」ということだった。通りすがる女性士官を見ては「ダイサング帝国は美女ばかりで征服するのが楽しかった」と言い、娼館から帰ってきては「プットゥール連邦の女の方が情が厚い」と言っていた。

そして義兄は傍受したアレックス星の放送を手持ちの携帯型コンピュータに保存しており、ある時、サンディ・アレクシアの画像を私に見せて「アレックス星の王女は美貌と気の強さを兼ね備えた、私好みの女性だ」「この女を私の手で調教して隷落させるのがこの遠征の目的だ」「この高貴な顔が屈辱に歪む様をこの目で見たい」などと、胸糞悪くなるような言葉を延々と聞かされたのだ。

ニヤニヤしながら自分の欲望を喜々と私に語りかける義兄は、おそらく私の反応を見て愉しみたかったのだろう。私の出自を考えれば良い顔をしないことは分かり切っているから、あの父親譲りの変態義兄はあえて自分の欲望を暴露したのだ。

目の前でかすかな寝息を立てている女は、その時に見たアレックス王国第一王女にうり二つだった。

ガーリバーグは通信機を取り出し、司令室を呼び出した。

 

 

「アンベルク、偵察部隊の参謀長を一番ドックに連れて来い。……そうだ、カーニーを撃ち殺したあいつだ。ディアンと言ったか、今すぐだ」

「この人間は、テレサに所縁の者ではないのですか?」

 

 

通信機をポケットに仕舞ったところで、アルマリが申し訳なさげに俯き加減でガーリバーグに問いかける。

 

 

「ああ、似ているが確かに違う。彼女は、四ヶ月前のウラリア帝国との戦いの最中に突如として現れ、ダーダー義兄という厄介物を置き土産にどこかに行ってしまった、あのアレックス星の王族だ」

「な、なな、何てものを持ち帰って来たんだ、貴様は!」

 

 

恐縮する二人を、ソーが口から泡を飛ばして叱責する。

 

 

「いや、仕方あるまい。ダーダー義兄から聞いてなければ、私だってテレサと勘違いしていたに違いない」

「司令、そうは仰いますが……。それなら司令、いかが処理いたしますか? ある意味ではテレサ以上に扱いが難しい案件ですぞ、これは」

「見なかったことにして、娼館に放り込んじまったらいいのでは?」

「馬鹿者、アレックス星人がテレサのように特殊能力を持っていたらどうする! 拘束せずに城の外に放り出すなど、虎を野に放つようなものではないか! 司令、目覚める前にこのまま殺してしまうべきです」

「無闇に殺生をするのはどうかと……適当な待遇で飼い慣らしておくのはいかがでしょうか?」

 

 

ガーデルの馬鹿な提案はともかくとして、ソーとアルマリの正反対の主張を聞く。

どちらの主張も、一定の説得力はある。もしもアレックス星人がテレサのように星一つを破壊するほどの力を持っているならば、彼女がその力を解放した瞬間にこの星は終焉を迎える。ラルバン本星は跡形もなく消滅し、周辺の星に住む何百万もの軍人、民間人が炉等に纏う。そんなリスクを冒すことは、この星系の統治者としてできない。進んで危険物を腹の内に留めておく道理は無いのだ。

だが一方で、彼女がダーダー義兄が執着している存在であることが、ガーリバーグの決断を鈍らせる。

 

 

「……これだけの貴重なモノを、ただ棄ててしまうのは惜しい気がする。今は思いつかないが、とっておけばいずれ何かの役には立つかもしれない。アルマリ、適当に女性士官を見つくろって二人の世話をさせてくれ。ガーデル、くれぐれも手を付けるなよ」

「りょ、了解しやしたぁ!」

 

 

心持ち目をそらしながら敬礼したガーデルの声が上ずっている。釘を刺しておいて正解だったようだ。

 

 

 

 

 

それから丸四日。二人が目覚めたという報告は受けていたが、こちらが忙しすぎて今日まで放置していた。混乱もひと段落し、ようやく取れたこの時間に会うことにしたのだ。

貴賓室に軟禁状態だった二人がやって来るまでのわずかな間、久しぶりにチェアの背もたれに全身を預けて、緊張と疲労に摩耗した心身を労わる。

 

 

「……彼女たちと話しても、何か収穫があるとは思えませんが」

「まあ、そう言うな。殺すのはいつでもできる」

 

 

頭上から聞こえてきた声に、閉じていた瞼を瞑ったまま応える。ガーリバーグの脇に控えるソーは、いまだに会見に消極的だ。テレサのように、特殊能力で危害を加えてくる可能性を警戒しているのだ。

その時、ノック音とともに女性軍人がドア越しに報告してくる。

 

 

「捕虜の二人を連れてきました」

「入れ」

 

 

扉が空気音とともに左右に開く。

そして視界に入ってくる、幼少の頃に見た暁の太陽のような黄金の輝き。

二人の女性士官が構えたレーザー銃に背中をせっつかれて、手錠を嵌められたサンディ・アレクシアと、風体の似た若い女性が連行されてきた。

起きて活動している彼女を見て、ますます確信する。後ろの幼い顔の方はともかく、先を歩く女はその歩く所作に育ちの良さを感じる。それこそ、王族として礼儀作法を厳しく仕込まれたかのようだ。

決して広くは無い執務室をまるごと圧し包まんとするオーラ。端麗な鼻梁と、白磁のような美しい頬と対称的な桜色の唇。長い睫毛の奥には血とプライドに裏付けられた自信と覚悟が込められた力強い瞳。

テレサがテレザート星における貴い一族の血を引いていたのかは知らないが、彼女からは悠久の歴史の息遣いが聞こえてくるようだ。

つまり、生きた王家の生きた血筋の結晶。この目で見るのは初めてだが、彼女は正真正銘、私が映像で見た彼女だ。

 

 

「手錠を外してやれ」

「司令!」

「ソー、お前の言う通りならば、それこそ手錠ごときでは意味がないだろう? いいから腹を括れ」

「……かしこまりました」

 

 

チェアから立ち上がったガーリバーグは、手錠を外されて困惑する二人の前に立つ。

目が合うなり、柳眉を逆立てて睨んでくる彼女の前に立ち、ゆっくりと右手を差し出した。

 

 

「初めまして、アレックス王国第一王女サンディ・アレクシア殿下。私はガトランティス帝国彗星都市直属、旧テレザート星宙域守備隊司令兼ラルバン星防衛艦隊司令のガーリバーグだ」

 

 

捕虜に対しては破格となる丁寧な態度で、そしてレディに対する礼儀をもって。しかし、相手が王女であろうと対等の立場にあることを知らしめる。

今後の対話のイニシアティブをとるべく、互いの立ち位置をこの一言に込めた。




今回はほぼ説明回でした。
それにしても軍艦が出てこない。

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