宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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『シナノ』の側面図だけでも描いてみようとおもったのですが……。
中学生時代、美術の成績が5だったのは幻だったのだろうか(遠い目)


第十三話

2208年3月6日0時45分 うお座109番星系中心宙域 病院船『たちばな』船外

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《宇宙の静寂》】

 

 

『エリス』が拡散波動砲の一撃を放つ少し前。

ガトランティスとの戦闘を避けて恒星の近くまで避難してきた輸送船団は、手近なところにあった岩塊群へと身を隠していた。

30隻はその連結を解き、それぞれ大きな岩の影に船をつけ、アンカーを打って全長300メートルの大きな船体を固定する。

光源にほど近いこの宙域は太陽光が強烈な分、生じる影も濃い。

息を殺し、影から船体が出ないように船を岩肌にぴったり寄せ、自己照明も点けず身じろぎせずにいる様は、さながら海底に怯え潜む稚魚のよう。

そして、岩塊群の周囲をしきりにレーダーを動かしながらゆっくりと周回して来寇を警戒する2隻の駆逐艦は、巣と卵を守る親魚のようであった。

 

そんな緊迫した場に相応しくない、大小の岩の群れの隙間を俊敏に動き回る小魚のような影。

影よりも暗い真っ黒な服装に身を包んだ8つの姿は岩を蹴り、岩の影から影へと音も無くスルスルと飛ぶ。

跳躍の正確さと思い切りの良さは、錬度の高さを窺わせる。

やがて8人は病院船『たちばな』の左舷後方100メートル後方に浮遊する小さな岩の影で止まった。

7人が小さな影の中に身を寄せ合う中、先頭の一人は体が光に極力当たらないように気をつけつつ、頭だけを岩肌から出して輸送船をみつめる。

待つこと暫し、状況に変化が生じる。

 

 

「……見えたぞ、あれだ」

 

 

SEALS隊長、セイバーリーダーことマイケル・ヒュータは虚空の一点を指差し、スティーブ・ダグラスに接触通信で知らせた。

 

 

「予定より5分遅れ……全く、いい加減な仕事をしやがって」

「それは文句を言っても仕方のないことだろう。向こうには向こうの事情があるんだろ」

 

 

苛立たしげに毒づくスティーブを、マイケルは宥めた。

二人の視線の先では、『たちばな』の艦底から宇宙艦艇に標準装備されている紡錘形の物体が二つ、非常に緩慢な動きでこちらに流れてきている。

 

SEALSの隊員8名は岩の表面から這い出して4人ずつ二列の縦隊を組み、列の間に2基の医療ポッドを迎え入れる。マイケルは懐中電灯を点けると耐放射線防護モードを作動させている黒い蓋を照らし、中を覗きこんだ。手元に取り出したパッドを操作し、呼び出した画像と確認する。

ライトの灯りに照らし出されたのは、金色の長い後ろ髪を胸元でゆるくまとめられた二人の若い女性の寝姿。

ベッドで寝ているはずの簗瀬あかねと簗瀬そらだった。

 

 

「二人とも金髪だが、こっちはアジア系の顔……アカネ・ヤナセだな。ということは、こっちがサンディ・アレクシアか」

 

 

護衛艦隊司令からこの星系に駐留するガトランティスとの決戦が全艦に下令されたとき、『ニュージャージー』艦長エドワード・D・ムーアは、SEALSにある作戦の立案と実行を命じた。

サンディ・アレクシアおよびアカネ・ヤナセ招致作戦。

ようするに、二人を拉致ってこいという命令だ。

アレックス星人であるサンディ王女と、アレックス星人との血縁関係が疑われるアカネ・ヤナセ嬢を合衆国に招いて、新技術の提供や異星人研究の協力をしてもらおうというのが目的らしいが……正直、今実行する作戦ではないとは思う。

作戦内容自体は、決して難しくない。内通者が二人を確保して医療用ポッドに詰め込んでダストシュートから船外へ放出するのを回収して、臨時拠点である合衆国宇宙軍輸送船『ニュー・オーリンズ』に持って帰るだけの簡単なお仕事だ。

だが、ここには日本、フランス、ドイツ、そして地球防衛軍所属の船舶が周囲の岩という岩に点在しており、どこから見られているか分かったものじゃない。

確かに二人が『シナノ』から離れている今が千載一遇のチャンスであることは間違いないが、作戦を遂行する条件としては決して良いものではない。

専門の訓練を受けた強靭な心身を持つ創設初期のSEALs―――まだ宇宙空間が行動範囲に想定されていなかった時代だ―――ならともかく、空間騎兵隊に付焼き刃の隠密行動の訓練を受けただけの俺達には難易度が高いのだ。

 

確保目標の二人を確認したマイケルは、ポッドの取っ手を左手で掴んでハンドシグナルで指示した。

8人は視覚的に目立つスラスターを使わずに四肢の力と振りだけで体を回転させると、ポッドについている四カ所の取っ手にとりついた。

2基に4人ずつ張り付いたのを確認して、隊長が右の手先を二度前に振って前進を指示。

今まで隠密性を重視して一切使っていなかったスラスターを吹かし、一直線に撤退を決め込んだ。

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《月のクレーター》】

 

 

その時、目の前にいた部下―――セイバー3ことローランド・クリーゲスコットが、弾かれるように右方へ吹き飛んだ。

セイバー3を追う視線の中に、カプセルが散らした火花が映る。

 

 

「ぐあっ!!」

 

 

マイケル自身も左から鈍い衝撃を受ける。左手が見えない力で弾かれ、思わず掴んでいた取っ手を離してしまう。

慣性で体が時計回りに錐揉み回転する。

めまぐるしく変わる視界の中で、味方が次々に血を噴き出して漂うのが見える。

とっさにスラスターを吹かして、強引に姿勢を立て直す。

背筋、腹筋、四肢の筋肉を使って無理やり回転ベクトルを殺した。

どうやら10メートルは吹き飛ばされたらしい、カプセルが小さく見える。

 

 

「敵襲、10時上方の岩塊! カプセルを岩の影に隠せ!!」

 

 

ローランド、そして自分が撃たれた衝撃の方向から、マイケルは敵が潜んでいる箇所は特定していた。

封止していた無線を解除、部下への指示を叫びながらとっさに右太股のホルスターから拳銃を引き抜くと、9ミリ弾を照準もつけずに乱射する。反動で体がエビ反りに回転するのをスラスターで抑える。

牽制射撃を続けながら逆光で見える影を観察する。『たちばな』の右舷後方150メートルほど、行きには見かけなかった岩塊から、時折人影が上半身を出している。影の形を見る限り、ガトランティス兵の宇宙服には見えない。むしろSEALSや、地球防衛軍が正式採用している空間騎兵用のスーツに似ている。

つまり、襲撃者は地球人。

思い当たるのは二人を保護している日本か、あるいは護衛艦隊に艦を派遣しているフランスかドイツだが……ロシアも特殊部隊を潜り込ませている可能性は否定できない。

どこの誰だか知らないが、岩を丸ごと動かしながらここまで接近してきたというのか。

 

カプセルの方に視線を移せば、背中に回していたAKレーザー突撃銃を構え、カプセルを盾代わりにして応射している。……いや、セイバー3とセイバー7、8が黄色い脳漿をヘルメットから撒き散らしながら慣性のままに力なく漂没していた。防弾性能の弱いヘルメットのバイザー部分を直撃したのだろう。

しかし、なんてことだ。あいつら、確保対象を盾にしていやがる!

 

 

「馬鹿野郎! 応戦しつつカプセルをさっきの岩影に隠すんだ、俺が援護する!」

 

 

マイケルはその場でAK突撃銃を右脇に構え、フルオートで派手にぶっ放す。

命中は期待していない。敵の注意をこちらに引き付けることができればいい。

背負い式の小型ロケットに点火。右に横滑りしながら、カプセルを曳航する部下から離れた場所に浮かんでいる、人一人が隠れられるような小さな石に逃げ込んだ。

背中を石に預けて、左腕の被弾個所を診る。

左の二の腕に殴られたような痛み、だが何故か腕を損傷した気配はない。ということは自分が被弾したのは貫通力に優れたレーザー銃ではなく、消炎装置を付ければ発砲も弾道も相手に悟られない、隠密性に優れた実体弾ということだ。

真空空間でも速度が減衰しない実体弾は宇宙開発黎明期では有効な攻撃手段だったが、抗弾性能が飛躍的に向上した現在の空間騎兵隊の宇宙服ではヘッドショットでもない限りなかなか致命傷を与えづらい時代遅れの兵器だ。

そんなものを使っているということは、彼らの目的は俺達の暗殺か二人の奪取……いや待て、何故俺達がこの時この空間にいることを知っている?

もしや、『ニュージャージー』か『ニュー・オーリンズ』内にスパイがいる?それとも『たちばな』に潜伏している内通者が拘束された? もしくは二重スパイ?

いずれにせよ、俺達の作戦が何者かにリークされ、襲撃を受けていることは間違いなさそうだ。

 

 

「だが……初撃で全員を仕留められなかったのが運の尽きだ!」

 

 

銃床を肩にしっかりと固定して改めて照準を定め、逆光に浮かぶ黒い人姿に向けてレーザー銃を撃つ。

レーザー銃は曳光弾ゆえに弾道が読まれやすい欠点を持つ一方、反動も発砲音も無いため命中率が高い。

カプセルの方に顔を向ける。2基のカプセルは部下の手によって既に岩影に曳航されたところだ。生き残ったセイバー2、4、5、6は銃だけを出して乱射し、敵に近づかれないように弾幕を張っている。エネルギー弾ゆえの装弾数の多さが為せる技だ。

マイケルはジャガイモの芽のように岩から顔を出している敵に、三点バーストで矢継ぎ早にレーザー弾を撃ち込む。

こちらが撃つと敵は頭を引っ込め、こちらが頭を引っ込めると同時に銃―――セイバー3、7、8のヘルメットを打ち抜いた射撃精度から、おそらくはライフル銃だろう―――で狙ってくる。

隠れている岩に当たって跳弾する振動が、触れている部分から伝わって来る。目には見えないが、向こうも実体弾で撃っているのだ。

何連射かすると一発が敵の頭に当たったのか、仰け反った格好のままピクリとも動かなくなった。

その後も激しい銃撃戦が行われ、やがて状況は膠着する。

こちらは8人中3人を失い、向こうは2人を排除した。

互いに兵を失い、決定打を欠いた状況。

こちらはカプセルという荷物を抱えていて、空間騎兵隊が得意な高機動戦闘が封じられている。

向こうは宇宙空間での暗殺には向いているが威力と弾数に難がある実体弾ライフルを使っていて、力押しの突撃ができない。

何か、状況が動くきっかけが欲しかった。

 

 

「セイバー2、生きてるか」

 

 

マイケルは、自身が最も信頼する副官へ無線を送る。

 

 

『さっさと帰って、ジャンバラヤを食いたい気分だよ。一体どうなってんだ、こいつは』

 

 

すぐに、ため息交じりの声が耳朶に響いた。軽口を叩けるなら、彼はまだ大丈夫だろう。

 

 

「俺は疲れたから、精が付くガーリックステーキだ。……こいつらはおそらく、どこかの国が放った特殊部隊だ。俺達と同じ任務を受けているんだろうよ」

『なるほど、考えることはどこの国も同じってわけか。まったく、ガトランティスと戦っている片手間にそんなことするんじゃねぇっつーの』

「そいつは合衆国に対する批判と受け取られるぞ?」

『敵より怖いのは味方の上司ってね!』

「……スティーブ、二人で仕掛けるぞ」

『―――どうやって?』

「なに、子供でも出来る簡単なやり方だ。セイバー4、5、6で敵の注意をひきつけ、その間に俺達は背後をとる。そら、難しくないだろう?」

『ああ、簡単すぎてヘドが出らぁ。そう簡単にうまくいくもんかね?』

「もし作戦がばれたら、今度は逆に俺達が囮になる。その間にカプセルを『ニュー・オーリンズ』まで運び切れば、俺達の勝利だ」

 

 

数拍、無言のまま時間が流れる。

コツコツ、プラスチックを叩く音が聞こえてきた。

ヘルメットのバイザーを銃に何度も当てる、スティーブが苛立っているときの癖だ。

 

 

『……こんなことなら、葉巻を持ってくれば良かったと後悔してるよ』

 

 

隊長である俺は知っている。彼がやるこの癖は、覚悟を決める儀式なのだと。

己の持つ銃に運命を預ける、祈りを込めているのだ。

 

 

「帰ったらいくらでも驕ってやる。合成品じゃなくて、天然ものをな」

『OKOK、分かった。そこまで言われちゃあ、やらないわけにはいかない。ゲン担ぎは後払いにしておこう』

 

 

憎まれ口に、笑みが漏れそうになるのを堪える。

 

 

「聞いていたな、セイバーズ。これより反転攻勢に出る。俺は右、セイバー2は左から敵の背後に回る。質問は?」

 

 

カチカチッと、そっけない答えが4人分。全く、揃いもそろって隊長に敬意を払わない奴らだ。

だが、今はそんな彼らが頼もしく思える。チームに脱落者が出ている今は、なおさらだ。

 

 

「stand by……stand by……」

 

 

左手で石の表面を掴み、岩から飛び出す態勢を整える。

イメージは既にできている。

左手を基点にして石から身を乗り出し、体の向きが進行方向を向いたところで一気にロケットを吹かすだけだ。

空間騎兵隊の時分、突撃訓練でさんざんやって身に沁み込んだ方法だ。

右目分だけ影から身を乗り出し、様子を窺う。ジャガイモに芽は出ていない。つまり、今この瞬間は攻撃が止んでいるということだ。

 

やるなら、今しかない!

 

 

「……Go!」

 

 

 

合図とともに顔を出した瞬間、太陽の光を何かが遮った。

岩影に隠れる『たちばな』のすぐ側を、巨大な物体が猛スピードで航過し、こちらに迫って来る。

その物体は薄黄色の煙を航跡のようにたなびかせ、交戦中の我々と敵勢力の間を堂々と通過していく。直径20インチはありそうな円柱状の、闇で染め抜いたような黒に先頭だけが暗い紅色に光る物体が一直線に横断して、脇目も振らず一直線に飛んでいく。

 

 

「Torpedo!!」

 

 

セイバー2の悲鳴のような叫び声に、呆気にとられていた自分を取り戻す。

そして理解した。

今俺達は、銃弾くらいしか防げないような貧弱な恰好のまま宇宙空間に居る。

もし、今この瞬間に魚雷が爆発したら、

このままでは確実に死ぬ!!

 

 

「逃げろ!」

 

 

少しでも大きい遮蔽物に隠れないと、空間魚雷の爆発を防げない。

マイケルの命令を待たず、SEALSチームはカプセルを引っ張って全速力で『たちばな』へ向かう。

見れば、敵勢力も隠れていた岩から飛び出して一目散に逃げている。もはや戦闘どころではなくなってしまった。

マイケルも『たちばな』へ向かおうとしたが、間に合わないと判断したのか元いた石へと縋りつき、抱え込むようにへばりついた。

 

先端の丸い、だが人間がぶつかったらその質量と速さだけで絶命しそうな魚雷が、マイケルなど意にもかけずといった様子で悠然と通り過ぎる。

その針路の先にマイケルが見つけたのは―――何故今までその存在に気付かなかったのか―――岩塊に隠れたつもりになっている輸送船『ドゥブナ』の船尾だった。

 

 

 

 

 

 

同刻同場所  潜宙艦『プラウム』艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《ガミラス次元潜航艦》】

 

 

「輸送船6隻の撃破を確認」

「空間魚雷、次発装填急げぇ!」

 

 

潜望鏡を覗きこむアルマリの報告にガーデルが威勢のいい声で攻撃続行を部下に命じる。

拡大する戦果に艦員の士気は高まり、動きは活発化する。

 

 

「一番発射管、315度、伏角15度、距離は1000……いや、1100宇宙キロ。二番発射管、三番発射管、33度、仰角44度。距離3500宇宙キロ。四番発射管、9度、仰角1度、距離5000宇宙キロ……」

 

 

艦長が小声で呟く諸元を副長が大声で復昌し、水雷長が次々と入力していく。潜望鏡で視認できた岩塊群の中に潜んでいた輸送船14隻に対し、矢継ぎ早にステルス処理を施した魚雷を叩きこんでいく。

ソナーやレーダーの類を使っての測敵は行わない。自らの所在がばれる様な事は慎むのが、潜宙艦の戦い方だ。

ゆえに、潜望鏡で見つけた敵の諸元をいかに遠距離から正確に読み解くかが、成功のカギを握る。

アルマリの英雄たるゆえんは、まさにそこにあった。

 

潜宙艦『プラウム』はゆっくりと敵の駆逐艦とすれ違う。

駆逐艦と指呼の間、レーダーどころか目視でも分かる距離を潜宙艦が堂々と通り過ぎていくが、駆逐艦は沈黙を保っている。

それは、潜宙艦が外にエネルギーを放出して痕跡を残さない特殊無波動エンジンを搭載しているからではない。

その身に合わぬ大きな簪と細長い鐘楼が特徴的な、第一世代型巡洋艦を越える218メートルの巨躯は、2隻とも黒焦げの物言わぬ屍と化しているからであった。

艦体は被弾個所の艦橋直下から真っ二つに折れ、薄茶色の煙と油が緩やかに漆黒の空間へと染み広がっている。

その細い体に三発もの魚雷を食らい、竜骨からへし折られた『カピッツァ』『シャイロー』は、敵が何者かもわからないままその命を終えたのだった。

 

最初に駆逐艦2隻を無力化したことで、敵の対抗処置を封じることができたのは僥倖だった。

装甲がほとんどない潜宙艦は、武装艦がいる間はその隠密性を駆使して身を潜めつつ攻撃するのが常道だが、第一射で駆逐艦を殲滅できたので、今はこうして輸送船の駆逐に専念することができている。

勿論、死角からの奇襲を警戒して岩塊群の中に入りこむ事はせず、目撃した船にはすぐさま魚雷を撃ちこんで目撃者の隠滅を徹底しているが、普段の戦闘に比べれば格段に楽な仕事だ。

 

 

「通商破壊戦のお手本みたいな展開になりましたね。今度、録った映像を使って講義でもしましょうか」

 

 

アルマリが、明日の献立を考えるかのような軽い口ぶりで、物騒なことを呟く。

ぎくり、と肩を震わせたガーデルは、毒皿を差し出すような引き攣った笑顔で恐る恐る尋ねた。

 

 

「……大将、それはもちろん訓練学校で使うんですよね? 大将が引退して教官になったときに」

「何を言っているのですか、ガーデル。生徒はもちろん貴方ですよ。貴方もそろそろ指揮官としての教育を受けなければならない時期です。予習しておくに越したことはないでしょう?」

 

 

ひいっと、恐怖におののくガーデルを気にも留めず、アルマリはくるくると潜望鏡を回して周辺を索敵しては諸元を呟いていく。

目についたものを手当たりしだいに蹂躙する様は、支配者にして君臨者。

生殺与奪はこの手にあるとばかりに、為す術なく縮こまる黄土色の輸送船を次々に血祭りに上げていく。

岩塊群からの離脱を図ろうとした船もアルマリに悉く捕捉され、追撃の一矢で闇の中に沈んだ。

しかし、全滅するまで続くかと思われた狩りの時間は、アルマリの視界に入ったある物によってぴたっと終わることとなった。

 

 

「……大将、どうかしやしたか?まだ六番発射管の諸元が来てないんですが」

「副長。貴方はこれをどう思います?」

 

 

そう言ってアルマリは、ガーデルに潜望鏡の前を譲る。

 

 

「あっしが見てもよろしいので?」

 

 

通常、潜望鏡を覗くのは艦長、もしくは艦長から指揮権を託された者にしか許されていない。しかしアルマリが無言で頷いたので、ガーデルも首を傾げながらも愛ピースに眉を押し当てた。

 

小さな接眼レンズの先には、蜘蛛の子を散らすように逃げている―――実際のところは魚雷の爆発に巻き込まれて飛ばされているだけなのだが―――人の影と、ランダムに回転する紡錘形の人工物にしがみついている宇宙服。

 

 

「地球人……でしょうねぇ。傍でくるくる回ってる物体は……まさか、爆弾!? 自爆する気か?」

「もしあれが挺身隊だとしたら、対応があまりに早すぎます。第一あの様子ではお粗末に過ぎますよ、脅威にはなり得ません」

 

 

声を裏返して焦るガーデルとは対照的に、手すりに寄りかかったアルマリは腕を組んで瞑想するように両目を閉じたまま冷静に分析していた。

 

 

「あぁ、よく見りゃ思いっきり振り回されてますねぇ……。あんなんじゃ突攻もへったくれもあったもんじゃありませんなぁ」

「ガーデル、もっと物事を冷静に観察しなさい。指揮官はどんな時も冷徹に物事を見据えて、冷静に物事を決断しなければなりません。それは艦長だから必要とか、副長だからまだいらないとかいうものではありませんよ?」

「うう、すいやせん……じゃあ、一体あれは何でしょうねぇ?」

「何か、大事な物を輸送中と考えるのが無難でしょうが……」

「拾ってみやすか?」

 

 

潜望鏡に映る地球人と謎の物体は、回転ベクトルに翻弄されつつこちらに向かってくる。このまま放っておけば、まもなく潜宙艦の存在にも気付くだろう。

 

 

「そうしましょう。彼らがここにいる理由が分かるかもしれません」

「敵兵はどうします?」

「一人は確保しておきましょう。全員拾う必要はありません」

 

 

大人数を収容できるほど広い艦でもありませんし、と呟きつつアルマリは前髪を整えて決断した。

 

 

「りょ~かい。野郎ども、パルスレーザー砲起動だ!」

 

 

潜望鏡から離れたガーデルが、司令所全体に届く大音声で小型兵装の準備を命じる。

まもなく、艦橋前面に若葉色の小さな輝きが4つ、断続的に瞬いた。

対空パルスレーザー砲による対人攻撃は、秩序なき回転から姿勢を回復しつつあったSEALS隊員の胸に赤い花を咲かせ、その強すぎる威力でたちまち黒焦げた屍体へと変えていく。

パルスレーザーの煌めきは、SEALSに攻撃を仕掛けていた謎の勢力にもおよび、鴨撃ちのようにあっというまに駆逐されてしまった。

幸運にもただ一人残されたセイバー2―――スティーブと、そらとあかねが収容されているカプセルが、潜宙艦から飛び出してきたガトランティス兵によって艦内に飲み込まれていく。

 

仲間と輸送対象がみすみす第三の敵の手に渡るのを、爆風で岩肌に全身を強く打ちつけたマイケル・ヒュータは、朦朧とした意識の中で茫然と見送るしかなかった。




やはり、潜水艦は通商破壊戦に限る。

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