だがあえてこれから『地獄の黙示録』を見る!
2208年3月2日22時8分 『シナノ』医務室
「戦場」という言葉は、何も軍人の為だけの言葉ではない。
弾矢が飛び交い剣を交える場所だけを「戦場」というのならば、それはあまりに狭量に過ぎる。
とかく人が集まり戦うところはすべからく「戦場」と呼ばれるのが日本語の懐の広さというもの。
真面目なところでは外交交渉の場だって立派な戦場だし、砕けた話をすれば、スーパーマーケットで客が半額弁当に我先にと群がる様は、それはもう血で血を洗う乱戦の場と言っても過言ではないのだ。
そういった意味ではここはまごうことなき、彼らの戦場であった。
もっとも、それが命を奪う為の戦場か命を救う為の戦場かでは、その態様は大きく違うのだが。
軍艦の医務室。
それは、本物の戦場よりも長く、本物の戦闘よりも激しく、本当の意味で命の鬩ぎ合いが起こる場所。
宇宙艦艇の医務室は本物の病院並みに設備や物資が揃っていて、水上艦艇のそれよりも遥かに充実している。
それは逆に言えば、それだけの設備が必要となるほどに深刻な症状の患者が運ばれてくるということでもある。
「ふう……あとは任せた」
ナイロン製の縫合針をそっと助手に返し、覗いていた手術用顕微鏡を押しのけて本間仁一は溜息とともに緊張を吐き出した。
その術衣は血に染まり、マスクにも赤い飛沫が付いている。
今一度患者を見て、一歩後ろに下がる。
今日最後の手術となるこの患者には、他の患者の手術が終わったスタッフが途中から合流してくれている。現在では3人の執刀医と5人の助手、さらに機器の操作手や麻酔医が付いて、同時並行で治療が行われていた。
腹が本間仁一、左腕が西達史、右側頭部が萩原洋。いずれもいかなる部位の手術にも精通したゼネラリストだ。
「閉腹はこちらでやっておきます。孝雄!」
左腕の施術をしている西が、本間の後を引き継ぐ。彼に呼ばれた菅原孝雄が本間の位置に立ち、腹膜の縫合を始めた。
「そっちはどうだ?」
西の後ろまで回りこみ、肘の上3センチ程で切断された患者の左腕を覗き込む。
「インプラントの埋め込みは終わりました。あとは、拒否反応が出ないことを祈るばかりです」
西が行っているのは、左腕切断部分にインプラントを埋め込む作業だ。
患者は左手先端部分にパルスレーザーの直撃を受けて手首から先を焼失、肘上2センチまで回復不可能な火傷を負っていた。
そこで医療班はすぐに火傷部分を切断、断面部分を止血・消毒等の処理をした後にインプラントの埋め込みを決断した。
「ふむ……こればっかりはなんとも言えんのう」
神経に繋がれたインプラントは、脳から神経に送られてきた微弱な電気的刺激を感知し、後々接合される義肢に擬似筋肉の収縮を命じる。また、インプラントは義肢が触感などの情報を電気信号にして脳に送る際、神経に電気的刺激を与える役割も果たす。
つまり、患者の体がインプラントに拒否反応を示した場合、埋め込んだインプラントを外して旧型の表面筋電位型義手に切り替えなければいけない。
そうなれば、彼が軍人として復帰できないリスクが高まるのだ。
「旧型だとリハビリが大変ですから…感覚が完全に戻らない可能性もありますから、できればうまくいってほしいものです」
本間は喉を鳴らして頷く。
どんなに科学が進歩しても、拒否反応のリスクが全くない機械を作ることはできない。科学はいまだに人間を征服できていないということだ。
「しかしこの患者、これだけの重体でよく生きているもんじゃ。さっきの二人もそうじゃが……」
双眼式の電子顕微鏡で微小血管の吻合を続ける西を眺めながら、本間は呟く。
患者の名は白根大輔。コスモタイガーⅡのパイロットだという。伝聞なので事情がよく分からないが、彼はコスモタイガーでパルスレーザーの弾幕に突っ込んだそうだ。
パルスレーザー直撃による左上肢および両下肢の焼失、射出座席から放り出されて地面に叩きつけられた際に胸骨および右第三~第六肋骨の骨折、第四肋骨が肺に刺さって右肺が破れた上に船外服破損による低酸素状態。
正直、ショックで即死していないのが不思議でしょうがない。
だが、今はヴァイタルも回復し、負傷箇所の治療も峠を越えている。
「今日はいろいろなことがありました。奇跡の一つや二つでもなければ、帳尻合いませんよ」
苦りきった声でそう呟く西の表情は、マスクに隠れて見えない。
コスモハウンドおよびコスモタイガー撃墜による被害は、重傷者7名、軽傷者3名、死亡者8名。うち3名は、ここで息を引き取った。
術中に患者に死なれてしまうのは、医者としては一番つらいこと。
しばらく戦乱も無く、軍艦に乗っていても退屈な時間を満喫していた本間たちにとっては、冷や水をかけられた気分だ。
軍艦の医務室に勤めることが何たるかを、頬をひっぱたいて思い出させられたのだ。
奇跡でも何でもいいから一片の救いがあってほしいと願う気持ちも、分からなくもない。
「奇跡、か。しかし、その奇跡でこの患者が生き残ったところで、本人がそれを喜ぶかどうかは……分からんからのう」
「それは軍人生命が、という意味ですか?」
自分の行為を否定されているとでも思ったのか、少々険が入った西の問いに本間は頭を振る。
「今の義肢は優秀じゃ、船乗りでもパイロットでも外科医でも生身と同じように動かせるのは、おぬしも知っておろう?問題は、患者が義肢を受け入れるかどうかの話じゃ」
「……ああ、人間主義ですか。確かにここ数年、再生医療を希望する患者が増えましたが。でも、今はそんなことを言っていられる場合でもないでしょう?」
人間主義とは、ここ数年の間に一般市民の間に広がっている思潮のことだ。狭義では身体に義肢やペースメーカー、ボルトといった人工物を埋め込むことに抵抗を示す人を指し、過激なものはロボットの社会進出はおろか機械文明そのものを否定する思想を示す。個人、集団によって思想の幅はかなり大きいものの、その根底には機械に対する嫌悪感がある。
人間主義が広く浸透した切っ掛けとして強く支持されている説は、2202年の暗黒星団帝国来襲だ。一夜にして世界中の主要都市を占領した侵略者は、地球人類に母星占領のほかにもう一つの衝撃を与えた。襲ってきた宇宙人が首から下が機械のサイボーグ人間だった事実は、人体への行き過ぎた機械化への生理的忌避感を生み、それが昇華されて機械そのものへの脅威論に発展したというのだ。
反機械文明の様な過激派はごく少数派だが、かなり希釈されたもの―――人工臓器やロボットに対して以前よりも抵抗感が強く感じるなどといった―――は民間人のみならず軍人にも広く浸透している。
「勿論じゃ。四肢の欠損が与える患者への精神的・肉体的ストレスは大きい。後々に腕を培養して接合させるにしろ、義肢でもいいから腕が繋がっている方が医療上望ましいことは、言うまでも無いことじゃ」
「……ですよね。もう、びっくりさせないでくださいよ本間先生。間違った事をしているのかと思って驚いたんですから」
本間はマスクを外しながら悪い悪い、と苦笑いで応える。
「しかし、最近の若者はど~もその辺の理解が足りないというか、軍艦の医務室でも再生医療くらいできて当たり前だと思っとるようでのう。せっかく助けたのに『なんで義肢を付けたんだ』とか文句を言われたらと思うと、少々憂鬱になるわい」
オペ看から針とナイロン糸を受けとる西は、マスク越しに暗い笑いで応えた。
「もし私にそんなこと言ってきたら、その場で義肢をもぎ取ってやりますよ」
ちなみに、インプラントを経由しているとはいえ生身と疑似的に神経が繋がっている義肢は、もぎとられると義肢が受けるダメージがそのまま脳に痛みとして伝達される。
「貴様、本当に医者か? ……まぁ、いいが」
それじゃ後は頼んだ、と西に告げ、本間は手術台に背を向けて手袋を外しながら扉へ向かった。
開いた自動ドアをくぐり、大きく溜息をついて暗くなりがちな気分を吐き出したところで、ふと思い出す。
「……奇跡と言えば、サンディ王女とあかね嬢ちゃんの様子も後で診ておかなければいかんのう。こっちはこっちで憂鬱だわい」
奇跡とは、すなわち人智を越えた何かのこと。
その点では、先に運ばれてきたサンディ王女と簗瀬教授の娘っ子―――前に食事の配給に来てくれたから見覚えがある―――もまさしく奇跡だった。
墜落するコスモハウンドから放り出され、30分もの長時間に渡る真空暴露、宇宙線の被曝。
どう考えても絶望的な状況だ。
しかし、彼女達がここに担ぎ込まれてきたとき、本間を含め医療班は皆、二人の身体に目立った損傷が無いことに驚愕した。
何故か全身から金色の淡い光を放つ二人を検査にかけたところ、急性放射線障害の発症や血液の沸騰といった状態は無く、肋骨の単純骨折と軽い低酸素症のみ―――それでも十分に重傷なのだが―――だった。
本間は軍医として数多くの戦傷者と向き合ってきたが、このような症例は過去にないし、また彼の医学的知識からすればありえないことだ。
墜落中の宇宙船から放り出されても即死しない、地球人離れした頑丈すぎる肉体。
長時間の真空暴露にも致命的ダメージを受けない、生物の範疇に収まらない身体。
奇跡の源泉がどこから来るのか、一介の医者としては非常に興味心をくすぐられる。
「もっとも……どちらかと言えば、それは御母堂の研究分野なんじゃろうなぁ」
しかし、一人の人間としては患者を興味の対象として見ることは躊躇われる。
本間が今できる事は、臨床データを送ることぐらいだろうか。
それとも、二人を地球に送り帰すことになるか。
今後の航海スケジュールにもよるだろうが、帰すならば今のうちだ。
ここならばまだ太陽系から出たばかりだから、駆逐艦にでも重傷者を移送して帰せば、ワープで2日とかからずに地球に戻れる。だが、貴重な戦力が一隻減ってしまう。
どちらにせよ、それを判断するのは最終的には芹沢艦長と艦隊司令だ。
「実の娘を研究対象として見る……ワシにはとてもじゃないができんワイ」
二人は何番のベッドだったかのう、とボヤキながら、禿頭を掻きつつ本間は手術室を後にした。
◇
3月3日0時44分 天の川銀河外縁部 テレザート星系 ラルバン星司令部
「無人惑星1988号のシグナルが途絶えました。……どうやら、撃破されたようです」
緊張した面持ちでモニターを見つめていた通信員が、落ち込んだ声で告げた。
「やはり、未完成品は未完成品か」
通信員の傍で固唾を飲んで見守っていたガーリバーグは僅かに表情を歪ませるが、すぐに気持ちを切り替える。
理想を言えば、無人要塞には敵艦隊もろともダーダー義兄が送るであろう分遣隊を葬り去って欲しかった。
分遣隊と敵艦隊が交戦中に光子砲の射界に入り込んでくれれば、光子砲の一撃でもろとも蒸散してくれるのではないか、と皮算用をしたのだ。
それを期待してガーリバーグはダーダー義兄に無人要塞の存在を伏せておいたのだが、どうやら敵艦隊は早々に無人要塞を破壊してしまったようだ。
「あるいは必然かもしれません。相手は、彗星都市を落とすほどの強敵なんですから」
両腕を組んで、顎髭を人差し指と親指でつまんで撫ぜているのは、参謀長のアンベルクだ。先天性の目の病気ゆえにサングラスの装着が特例として認められているアンベルクは、その髭と相まって軍人というよりも狩人といった風貌だ。
出現位置から考えて、敵が地球艦隊である可能性は、極めて高い。
ズォーダーを討ったほどの地球艦隊の力を舐めていた訳ではないが、それにしても対応の早さには少々驚いた。
もっとも、もともと戦力に数えていない無人要塞が破壊されたところで痛くも痒くもない。結局、何もかも予定通りということだ。
「司令。次の一手はどう打たれますか?」
ガーリバーグより遅れて司令部に来た、痩せぎすで顔色の悪そうな男―――副司令ソーが、無表情の顔で事務的な口調で問いかける。
ガーリバーグは即答を避け、司令席に腰掛けて現状を整理した。
現時点で、地球艦隊はここより1万8000光年先、うお座109番星系周辺にいる。
ダーダー義兄のアレックス星攻略部隊は、予定通りの航海ならばラルバン星より4000光年の位置。地球艦隊とダーダー義兄の艦隊は距離にして約2万光年といったところか。
義兄がすぐに分遣隊を編成して急行させたとするならば、その気になれば明後日夜半、遅くともその翌日の早い時間には地球艦隊を捕捉するはず。
「ソー。ダーダー義兄は、分遣隊を差し向けると思うか?」
「―――ダーダー殿下の性格を推察いたしますに、その可能性は限りなく高いと思います。あの御方は、亡くなられた前帝陛下以上に自尊心が高い方であられますので。きっと地球艦隊を徹底的に蹂躙した上で、それをネタに司令をいびってやろうなどと考えている事でしょう」
「こちらの思惑通りにか?」
「ええ。司令の思惑通りに」
ソーの能面の様な表情が崩れ、口元に笑みが浮かぶ。まるで、いたずらを仕掛けて誰かが引っかかるのを待っている子供の様だ。
こちらもほんのすこし、口角を上げてソーに応える。視線を向ければ、アンベルクもにやけていた。3人は共犯だった。
「それで、アンベルクはどちらが勝つと思う?」
「分遣隊が負けてくれた方が、こちらとしてはスカッとしますがね」
司令、副司令、参謀長の三人が喉を鳴らして愉快そうに笑う。
地球艦隊と分遣艦隊のどちらが勝つか、それによって採るべき道は変わってくる。
分遣艦隊が勝ったならば、本隊に合流してアレックス星攻略に戻るだろう。負けた地球側が報復に出るかどうかは分からないが、いずれにせよアレックス星が決戦の場所になる。
地球艦隊が勝ったならば、ナルシストでプライドの高い義兄のことだ、すぐにアレックス星攻略を放り出して地球艦隊殲滅に向かうだろう。そうなれば、戦場は地球艦隊のいるうお座109番星系、あるいはその周辺。戦況次第では地球本星まで及ぶかもしれない。
どちらの場合も、アレックス星艦隊の動向次第では、攻略部隊は地球艦隊とアレックス艦隊に挟撃される可能性もある。
「確かに義兄の憤懣やるかたない顔を想像するのは楽しいが、それはそれで困る。あまりに負けすぎると私の元に入る戦力が減ってしまう。全滅なんてされたら、元も子もないではないか」
地球侵攻作戦から生きて帰ってきた艦の艦長から聞いた話によると、地球の宇宙艦艇の多くは光子砲のような戦略級兵器を常備しているらしい。
その威力は、彗星都市に滞留している高圧ガスを全て吹き払うほど。バルゼー閣下率いる第六機動部隊に向けて放たれていたら、一瞬で艦隊は綺麗さっぱり消滅していただろう。
地球艦隊にはダーダー義兄の座乗艦を撃ってもらうだけで十分なのだが、艦隊を全滅されては意味が無い。
「タイミングを見て、撤退を援護しますか? そうすれば恩を売れる……いや、それではここの守備ががら空きになる。そこをあの人形共に攻め込まれたら、それこそ元も子もないか」
「発想自体は悪くないんじゃないか? 修理の名目で分遣隊をラルバン星に拘束すれば、ダーダー義兄の戦力を削ることが出来る。アンベルク、君はどうだ?」
4ヶ月前の侵攻以来、ウラリア帝国は沈黙を保っている。
ウラリアの侵攻周期が半年から一年の間だから、まだ時間的余裕がないわけではない。
しかし、万が一撤退の援護に出張って旧テレザート星宙域守備隊に被害が出たら、いざウラリアが攻め込んできたときにこのラルバン星を守れるだろうか?
現在の戦力は、大戦艦11隻、ミサイル艦5隻、中型空母2隻、高速駆逐艦9隻、潜宙艦6隻。
それに加えて、アリョーダー義兄の援助を受けて滞っていた軍艦の建造が再開されている。
現在この星で建造中の軍艦は、大戦艦11隻、ミサイル艦5隻、中型空母2隻、高速駆逐艦16隻。建造が始まったのは先月だから、完成して完熟訓練が終わるまで一年弱。とてもではないが間に合わない。
「ウラリアの出方次第では出撃できる、かもしれません。そうなると、戦場がどこになるかで……決戦が近場ならばできるだけ防衛の穴を空けずに帰ってこられるでしょうが、いやそもそも撤退を援護してこちらにまで損害が発生したら。やはり、あの人形共がネックになりますか」
本来がウラリア帝国からこの星を護る戦力を確保するのが目的なのだから、本星の防衛をおろそかにはできない。
だが、そのリスクを分かっていても、アレックス攻略部隊の将兵たちの好感度を上げる絶好の機会を逃すのは惜しかった。
「駄目だ、情報が足りん。こんな事になるなら、もっと警戒網を広げておくべきだったな」
思考が行き詰ったアンベルクの独語を聞いたガーリバーグは、今更ながら己の失策に歯噛みする。
テレザート星宙域守備隊―――といっても、もはやラルバン星守備隊しか存在しないのだが―――の早期警戒体制は、それほど広いものではない。敵がラルバン星宙域に到着する前に防衛艦隊が出撃出来れば十分なので、早期警戒衛星はラルバン星から200万宇宙キロの距離にしか配置されていないのだ。度重なるウラリア帝国の侵攻で戦力を削り取られているため、偵察部隊を駐屯させることができないという事情もある。
「幸い、敵がやってくる方角は分かっています。今からでも哨戒に何隻か出したらどうでしょう?」
「……そうだな。おい、潜宙艦『レウカ』『ロンギ』に伝令だ。『出撃準備、準備しだいただちに出港せよ。任務及び行き先は出港後に伝達する』」
少し逡巡するそぶりをみせたガーリバーグは、結局ソーの意見を採りいれた。
「了解しました。『レウカ』『ロンギ』に出撃を命じます」
「ほかの艦も出撃準備をしておけ。明朝0600時には出るぞ。私も大戦艦『クサナカント』で出る」
「本当に出撃されるのですか? しかし、現状では出撃できるほどの余裕は……」
不安そうな表情で振り返る通信員に、マントを翻したガーリバーグは背中越しに答えた。
「そんなことは私が一番知っている。なに、ウラリアが侵攻してくる兆候を察知したらすぐに戻ってくるさ。アンベルク、貴様はついてこい。ソー、貴様は残って副司令として修理の手配を指揮しろ。帰ってきたら大忙しになるだろうからな」
そのまま指令室を出て行くガーリバーグ。後ろに続くアンベルクが、ガーリバーグの言葉を継いだ。
「心配するんじゃねぇ、味方を釣りに行ってくるだけだ。ソー、大量に釣ってくるから待ってろよ?」
「釣果を期待するぞ、アンベルク」
下段の礼で見送るソー副司令と、三人の自信がいまいち理解できずに首を傾げる通信員だけが指令室に残った。
◇
2208年3月3日3時44分 『シナノ』医務室
天が燃えているような黄昏時。
風に流れる筋雲は炎の揺らめきのごとく。
茜空の下、赤い草原に長い影を落とす、幾千幾万もの墓標。
夕陽を背に、墓の森に佇む青いドレス姿の女性に、私はただ見惚れていた。
誰もがうらやむような美貌の女性が、柔和な笑顔を向けている。
しかし彼女が向ける笑顔に差す影は、光の加減によるものだけではないのだろう。
目尻に涙を浮かべる彼女は、別れの言葉を口にする。
彼女の腰よりも長く伸びる金糸のような髪が、私の腰よりも長い彼女と同じ色の髪が、そよ風に身を任せてサラサラと流れていた。
星が燃えているような夕暮れ時。
立ち上る黒煙は、私が乗っていた船から。
あの日と同じような茜空の下、高い空から赤い荒野に影を落とす、見知らぬ形の飛行機。
私は、飛んでくる飛行機を呆然と見上げ、口元に微笑を浮かべる。
飛行機に引かれるように、おぼつかない足取りでふらつくように歩く。
その手には、託されたものが握られている。
しかし、やがて膝から崩れ落ちて力なく倒れてしまう。
冷たい大地を左の頬に感じたまま、意識が朦朧としてくる。
もう少し、もう少しなのに。
右手に握ったカプセルの感触が遠ざかっていく。
意識が真っ黒にかき消される刹那、私が瞼の裏に観ていたのは、私が生まれ育った美しき青い星だった……
《……これは、誰の夢?》
私は古い映画の様な擦れた映像を見て、否、追体験している。
―――――――――――――――これは、わたしの夢。
どこからともなく聞こえてくる声に、うわごとのように問いかける。
《これは、誰の記憶?》
―――――――――――――――わたしの、最後の記憶。
《貴女は、誰?》
―――――――――――――――わたしは■■■■。
それは、私が聞いた事のない名前だった。
それが意味することを考え、咀嚼していると、ぼんやりとしていた意識がはっきりしてくる。
ようやく、この状況に疑念を抱く。
私に語りかけてくるのは、何者なんだろうか?
《私は、貴女なんて知らない》
―――――――――――――――わたしも、貴女のことは知らない。でも、わたしは貴女と共に在る。
《私は貴女なんて知らない、貴女なんかいらない!》
要領を得ない答えを聞いた途端、頭に一気に血が上る。
私と共に在る? 意味が分からない!
―――――――――――――――わたしは長い間、貴女と共にあった。そしてこれからも、わたしは貴女と共に在り続ける。
《そんなこと頼んでない!》
私とずっと一緒にいたのは、傍にいてくれたのは、貴女なんかじゃない!
―――――――――――――――それはできない。もう、わたしたちではどうしようもできない。わたしたちは、離れることはできない。
これからも傍にいて欲しいのは、一人だけ――――――
《ふざけないで! もうやめて! 私を、これ以上私を、》
「私を壊さないで!!」
叫んだ勢いそのまま、私は跳ね起きた。
胸に激しい痛みを感じ、思わずうめき声と共に顔を顰める。
身体を丸めて、ひたすら痛みが治まるのをじっと待つ。
「…………夢、だったの?」
呟きに答えてくれる人はいない。
額に掻いた脂汗をぬぐって、張り付いた金色の髪を左右に掻き分ける。
荒い息のまま周りを見渡すが、周りがクリーム色のカーテンで仕切られていて、場所の見当がつかない。
―――いいえ、殺風景なこの場所に、私は来たことがある。
そこまで考えて、自分が居る場所がベッドであることに気が付いた。
確か私は、コスモハウンドの機内にいたはず。
それで、突然機体が傾いて、墜落して、その後は――――――
「ここは『シナノ』の医務室……そう。私、助かったのね」
「ええ、助かったわ。何の因果か、私も一緒にね」
反射的に頭を上げると、カーテンが開かれる。
「ねえ、あかね。今までずっと聞かないでいたけど……貴女、いったい何者なの?」
そこには、私が夢の中で出会った人と瓜二つな女性が、今まで見たこともない厳しい表情で立っていた。
映画を観終わったらCoD:BOをプレイするぜ!