宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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オリジナルキャラの名前には、ある程度の法則があります。
たとえば物語序盤に登場する宇宙技研の人物の名字は、戊申戦役における白虎隊や二本松少年隊の義士から。
サンディとブーケの名も、イスカンダルとは無関係ではないのです。
もちろん、友人の名字を拝借した例もありますが。


第四話

 

喧騒に包まれた室内。

駆け回る医師と運ばれる怪我人が行き交う音を聞き流しながら、ひとり放置された空しさを持て余している。

 

 

「…………はぁ」

 

 

何度目かの溜息が洩れる。

恭介は今、病室のベッドから無機質なクリーム色の天井を呆然と見つめていた。

以前にそらとあかねがお世話になっていた医務室に、今度は自分もお世話になっている。自分で作った船の病室なのだからある意味では馴染み深い場所なのだが、まさか当事者になるとは思ってもみなかった。

 

既に宇宙服は脱いで、着ているのはゆるやかな病院服。

胸には幾重にも巻かれた包帯と医療用のコルセット。

処置してくれた柏木が言うには、左の肋骨に罅が入っているらしい。

宇宙服越しとはいえ左胸を強かに打ちつけたんだ、折れて心臓に刺さらなかっただけ幸運ということか。

 

本当は、痛みを我慢すれば歩けないこともない。

あかねとそらの見舞いに行こうと思えば行けるのだ。

いや、兄としては手術室の前で二人の無事を祈りながら待っているべきだ。

だが、今あかねとそらの元に行くのは躊躇われる。

彼女たちを目の当たりにして、自分がどんな思いを抱くのかが分からなくて、怖いのだ。

 

恭介と冨士野が砂地に倒れているあかねとそらを発見したのと、コスモタイガーに護衛された救命艇が上空に到着したのはほぼ同時。

生存者はすぐさま収容され、『シナノ』へと命からがら帰還した。

比較的軽症だった恭介は処置室で簡単な手当てを受け、ほぼ無傷な冨士野達は技術班の仕事に戻っている。

あかねとそらは医療ポッドに入れられたまま手術室へ入っていった。

チアノーゼを起こして紫色に染まった唇に、酸素マスクを当てられた姿。

見ていて痛々しい二人の姿だったが、後から考えてみればおかしいことだらけだ。

 

 

「なんで生きてるんだ……」

 

 

宇宙戦士訓練学校で学んだ者ならば誰でも、人間が生身で真空空間に投げ出されたらどうなるかということは知っている。

致死量の放射線を浴びて、急性放射線障害を発症する。

呼吸が出来ないためすぐに酸欠状態になり、失神する。

体内と外との気圧差によって鼓膜が破れ、肺の空気が押し出される。

腹圧により直腸や食道が反転し、水揚げされた深海魚のように臓物が口から飛び出す。

低圧環境下では液体の沸点が下がるため血液や組織液が沸騰し、全身の皮膚を破って体液の蒸気が噴き出す。

その際、気化熱により体温は下がり続けやがて凝固点を過ぎ、今度は体内の水分が凍結してしまう。

最後は凍結した水分が徐々に昇華してミイラ化してしまうのだ

 

二人の場合、真空暴露から30分以内に救助されたから身体の損壊はないだろう。

だが空気の無い場所に30分―――いや、そらが自分のヘルメットをあかねに装着させていたようだから、単純に考えて半分の15分か―――、放置されていて生きていられる道理が無い。

人間が呼吸を我慢できる最長記録は約15分だが、それだって代謝を落として酸素の消費を抑えるなどの入念な準備をした上での記録だから、一般的な軍人としての訓練すら受けていないあかねが生きていられる可能性は、どんなに前提条件をご都合主義的に考えてもゼロ以外にあり得ないのだ。

 

アレックス星人のそらは、もしかしたら我々も知らないような超能力で生き延びられるのかもしれない。

だが、あかねは……。

 

二人を発見したとき、そらはあかねの手を握って倒れていた。

何か超能力を使っているのか、あるいは使った影響なのか、そらの髪は金色に発光していた。

そこまではまだいい。眼が光るぐらいなのだから、髪だって光ることもあるだろう。

問題はあかねだ。

義妹のあかねは、まぎれもなく地球人だ。

実は由紀子さんが過去に宇宙人に攫われて、腹にあかねを身籠って帰って来たなんて話は聞いたことも無いし、ガミラス戦役勃発前に生まれているあかねが宇宙人との相の子なわけがない。

簗瀬家が宇宙人の末裔だなんて話も、聞いた事が無い。

ならば、何故。

 

 

「髪が光ってたんだ……?」

 

 

考えても考えても、答えは出ない。

思わず漏れた呟きに答えてくれる人は、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

同日同刻 準惑星ゼータ星地表 コスモタイガーβ大隊第3中隊一番機

 

 

『α1―1より攻撃隊全機へ! 0時方向地平線上に敵要塞発見、距離60キロ!』

 

 

既に夜の領域に入ったゼータ星の地表を、赤と緑の航空識別灯の群れが尾を引いて航過していく。

46機のコスモタイガーⅡは、ゼータ星の地表30メートルの低空飛行で一路敵無人要塞へと飛んでいる。

中隊4機ごとにひとつの編隊を組み、それが6編隊でひとつの大隊を組む。α大隊、β大隊、そしてコスモタイガー雷撃機隊の三大隊、総勢70機は3つの挺団に分かれて進撃していった。

 

 

『β1―1より大隊全機へ。全機散開、高度を維持したまま攻撃態勢にうつれ!』

 

 

β大隊長神田秋平の合図で、編隊を左側に解いて2機小隊ずつに分かれて散開する。籠手田も周囲にタイミングを合わせて、機体を傾けて滑るように機体を左へ流す。

α大隊は逆に右へ、雷撃機隊であるγ大隊は隊長を中心に左右に散開して、大きな扇形を形成する。

 

 

『γ1―1より雷撃隊全機へ。宇宙魚雷発射用意』

 

 

コスモタイガーⅡの多目的ミサイルよりも遥かに射程の長い宇宙魚雷は、既に射程に入っている。本来ならばあとは高度を上げて、レーダーで標的を補足してロックオンするだけだ。

だが、今回は一斉攻撃のために、あえてコスモタイガー隊が攻撃射程に入るまで随行してくれている。

傑作機であるコスモタイガーⅡの改修機とはいえ、雷撃用に改造された機体はコスモタイガーよりも鈍重だ。

もしもいま敵戦闘機隊が襲ってきたら、重い空間魚雷を満載した雷撃機隊は満足な回避行動もとれずに撃破され、壊滅してしまうだろう。

それでも雷撃機隊がこうしてリスクを冒してくれているのは、戦術上の要請もあるが、彼らが我ら護衛隊を信頼してくれているからに他ならない。

籠手田はインカムのスイッチを入れ、部下へ再度の命令をする。

 

 

「β3―1より中隊各機。対空警戒を厳となせ。付き合ってくれているγ大隊の期待を裏切るなよ」

『白根機、了解』

『渡邊機、りょーかぁーい!』

『安場機了解、任せてください!』

 

 

揮下の3人から3通りの返事が返ってくる。3人とも宇宙戦士訓練学校からの同期だ。3番機の安場が若干くだけた返事をしているのも訓練学校時代から変わらない。

 

2番機を務める白根大輔は、実は俺よりも戦闘機乗りとしてのセンスはいい。常に冷静さを失わず、肉体的・精神的強さも兼ね備えており、指揮官としての能力も申し分ない。それでも籠手田が中隊長を務めているのは、単に座学の成績が良かったことと、彼自身が「指揮するよりサポートする方が性に合っている」と言って辞退したからに過ぎない。

彼の謙遜に過ぎる態度に嫉妬の様な感情が湧く事もあるが、エレメントの相棒としては頼りになるから籠手田はあまり気にしないようにしている。

3番機の渡邊拓空海(たくみ)―――通称タクは、中隊のムードメーカーだ。軍人としては少々言動に軽さが感じられるが、彼のノリは見ていて嫌いじゃない。彼のパイロットとしての腕は決して悪い訳ではないのだが、いつものノリで戦っていて後方不注意で思わぬピンチに遭遇することがあるのが玉に瑕だ。

4番機の安場利穂は、飛行機乗りにしては珍しい女性パイロット。明るく歯切れのいい性格で渡邊のノリに乗って悪ふざけすることもあるが、本質は真面目な優等生だ。隊長である籠手田の指示に小犬のような元気いい返事を返し、そして与えたミッションを確実にこなしてくれる、信頼できる仲間だ。

 

β大隊第三中隊が乗る濃緑色のコスモタイガーⅡ最終生産型と、護衛対象である赤茶色のコスモタイガー雷撃機は横一線に散開し、敵要塞への距離を詰める。

『シナノ』から寄せられた情報によると攻撃目標である無人要塞は直径2キロ程度、巨大な球形をしているという。

目標と思われる地点には採石場のような深く大きいすり鉢状の孔があり、要塞はその中に6~7割方が埋まっているらしい。 遠目にも山脈を思わせる広大な高台とクレーンと思わしき工作機械やら孔を囲うように配置された足場やらが見えることから考えると、要塞は建造ドックに入ったまま稼働しているということだろう。

敵の射界を避けて超低空で進入。いまのところ敵機の迎撃が無いのは敵に感知されていないのか、それとも敵機が配備されていないのか。

 

 

『α1―1より全機。目標まで25キロを切った、攻撃10秒前!』

 

 

『シナノ』航空隊を総指揮するα大隊、中島護道(よりみち)隊長の命令が飛ぶ。

敵要塞にトップアタックを食らわせるために隊長機が機首を思い切り持ちあげて高度を取り始め、各機がそれに続く。

 

ブ―――ッ!! ブ―――ッ!!

 

 

途端にけたたましく鳴りだすレーダー警報。

反射的に体を緊張の小波が走るが、もう回避行動を取る暇はないと思いなおして操縦桿を握り直す。

 

 

『5秒前! 4……3……』

 

 

攻撃3秒前で、各機が一斉に蛇が鎌首を跨げるようなS字軌道で機先を無人要塞へ向ける。

IRモードを起動させて機首の先に見えるアリジゴクの巣にも似た巨大な逆円錐状の建造ドックの中に、フジツボを球状に丸めたような不揃いな形の岩塊が鎮座していた。

 

 

「発射!」

 

 

カウントゼロに合わせて、親指でミサイルの発射ボタンを押す。

一瞬の静寂の後に振動とともに右舷側のデルタ翼が軽く跳ね上がり、弾頭を青くペイントされた多目的ミサイルが射出された。

カナードも尾翼もない巨大な円杭の形をしたミサイルが、細く尖った尾部からロケット噴射の炎を煌めかせてスルスルと離れていく。

 

第一波、70発のミサイルと魚雷が白煙を吐きながら20キロ余りの距離を疾走する。

緩やかな下降ラインを描きながら46発のミサイルと、それに若干遅れて24発の空間魚雷が集中線の様に空間上の一点へ収束していく。

 

 

『頼む、当たってくれよ……?』

 

 

タクの呟きを聞きつつ名残惜しげに自らが放ったミサイルの行先を視線で追いながら、機体はスライスバックで低空へ舞い降りて退避行動に移っている。

戦域に到着する前に『シナノ』からもたらされた情報では、無人要塞は光子バリアによって守られていて、実体弾はおろか衝撃砲も波動砲も跳ね返すという。

だがそれは、要塞が完成していればの話だ。

いまだドックから出ていない未完成ならば、光子バリアが実装されていない可能性は十分にある。

今回の空爆は、それを期待しての出撃でもあった。

 

 

『……隊長。隊長はこの攻撃、敵に届くと思いますか?』

 

 

ようやくレーダー警報が途切れたところで、白根が籠手田に話を振ってきた。

 

 

「さてな。どうせもうすぐ結果が分かる。もし当たらなかったら、おそらく再攻撃だろうな」

『おいおい、当たってくれなきゃ困るぜ。バカでかい岩の塊ってだけでも厄介だってのに、バリアまで動いてたらこっちはお手上げじゃねぇえか! こっちはさっきのレーダー警報で寿命が縮まるかと思ったんだぜ!? もう一回やれなんて言われたってごめんだ!』

『でもタクさん、光子砲は動いてるんですよ? 砲とバリアが同じ仕組みで動いているとしたら、バリアだけ稼働していないと考えるのは考えにくいんじゃないですか?』

『そんなこたぁ分かってるよ! でもよぉ利穂、実体弾は効かねぇ、衝撃砲も効かねぇ、波動砲も効かねぇとなったらどうやって倒せばいいんだ? 策も無い再攻撃なんてお断りだ、俺は初陣で死ぬ気なんてねぇぞ?』

『わたしにそう言われても……隊長、どう思います?』

 

 

今度は安場が話を振ってくる。そんなこと、考えたって、どうしようもないだろうに。

 

 

「さてな、そんなことは上が考えることだ。俺達の任務はただミサイルを要塞に撃って、あとは敵機を追い払うだけだ。対空監視、怠るなよ」

『―――――はぁ、これだからバトルジャンキーは……。β3―3、りょーかい』

『白根機、了解』

『……β3―4、了解』

 

 

とはいえ、今回の任務はもうこれで終わりだろう。

要塞がミサイル攻撃をされている今の今でも、敵戦闘機が上がってこない。

ここまで来ると、敵機が配備されていないと考えるのが妥当だろう。

もし、単に発進に戸惑っているだけだったなら、そんなふぬけた相手に負ける気がしない。

敵とのドッグファイトを期待して意気込んで出撃したはいいものの、これでは拍子抜けだ。

敵要塞にしても、雷撃隊の魚雷が効かなかったらコスモタイガー隊でもかなうわけがない。『シナノ』に直接出張ってもらうしかないだろう。

いずれにせよ、これで俺達はお役御免だ。

 

 

『γ1―1より攻撃隊全機。攻撃は失敗した。繰り返す、攻撃は失敗した』

 

 

内心で初陣での華々しい戦果を諦めたところで、γ大隊長柴原和人の無線が入る。

果たして白根が危惧したとおり、光子バリアは作動していたようだ。

振り返るとそこにあるのは、ミサイルと魚雷がすり鉢状の山の中へ吸い込まれていった形跡と、期待した黒煙と紅蓮の炎の代わりにオーロラを模したような蛍光色の波紋が中宙に広がるのみ。

 

 

「さて。どう対処するのかね、旧ヤマトクル―の面々は?」

 

 

実体弾も衝撃砲も、波動砲でも撃破は不可能。

かといって、要塞を恐れてうお座101番星系を大きく迂回するのは現実的ではない。なんとしても、ここで要塞を無力化する必要がある。

完全な手詰まり、必至、チェックメイト。

英雄譚でヤマトの活躍を知っている籠手田は、第一艦橋にいるヤマトの生き残りがこの危機的状況をどう突破するのか、この特等席から高みの見物を決め込むつもりだった。

 

 

 

 

 

 

16時31分 『シナノ』着艦用甲板

 

 

造船技官という職業上、手塩にかけて造った船には愛着がわくものだ。

元気な姿で帰ってくれば出征から帰ってきた息子を誇らしく迎える父の気分になるし、傷ついて帰ってくれば母のように心配する。沈んだとなれば、恋人を失ったかのような落ち込みようを見せる。使い続けてボロボロになれば、可愛い弟の世話を焼く姉の様な心境になるし、改装してより強く美しくなれば頼りになる兄に憧れる弟の様に目を輝かせる。

 

そんな造船技師である武谷光輝にとって、『シナノ』はとりわけ思い入れのある船だ。

伝説の武勲艦ヤマトを模した姿、「ビッグY計画」という壮大な国家機密に関われる喜びももちろんあるが、その艦に乗りこんでいるという事実も大きい。

「男は船、女は港」ではないが、造船技師は艦を造った後は遠い宇宙へ飛び立つ我が子を地球から見守っていることしかできない。

竣工して戦場に赴いた我が子がどんな風に扱われ、どんな風に活躍し、どんな最期を迎えたのかを全てが終わった後に知るというのは、なかなか心境的につらいものなのだ。

そう考えると、竣工した後もこの手で『シナノ』の面倒を見てあげられるというのは、贅沢なことなのかもしれない。

 

もっともそれは、我が子が傷ついていくさまを間近で見るという事でもあり、酷使されて疲弊していくのを許容しなければならないということでもある。

既に『シナノ』は竣工前に実戦を経験し、中破の判定を受けている。

そして今もまた、『シナノ』は無謀な任務に赴こうとしていた。

 

ヤマトも正式な竣工前に出撃して、ミサイルを主砲で落としたらしい。

もしかしたら、姉妹艦の『シナノ』もヤマトと同じ歴史を辿るのだろうか。

 

 

『第一艦橋より技術班へ。配備状況知らせ』

「技術班武谷! 着艦用飛行甲板は1番から4番まで設置完了! まもなく作業終了の見通し!」

『同じく技術班成田! 艦首はシナノ坂の傾斜に難儀している! 作業完了にはまだ時間がかかる!』

『こちら主砲塔に設置作業中の小川。第二砲塔への設置は既に完了。艦首の作業班の応援に向かう』

 

 

飛行甲板の上を様々な色の宇宙服を着込んだクル―が行き来する。

ある者は電源ケーブルを脇に抱え込んでリレーし、またある者は自前の工具を持って走り回っていた。

エレベーターはひっきりなしに強化プラスチック製コンテナを荷揚げし、梱包された部品がその場で開けられて組み立てられていく。

今の技術班および戦闘班に与えられた任務は、こいつを全て左舷舷側に据え付け、稼働状態にすることだ。

 

武谷は組み立てた完成品の設置を指揮する傍ら、自ら部品を組み立てている。

パッケージ化された銃身を銃架に乗せ、配線や電源ケーブルを繋げる。標準器、申し訳程度の防循をリベットガンで張り付け、砲手が飛ばされてしまわないように椅子とシートベルトを設置。組み上がったものを三人がかりで指定の場所まで運んで飛行甲板に溶接し、周囲にブルワークを付けて完成だ。

出来上がったのは単装対空パルスレーザー砲。高射装置の管制を受けない完全手動操作という大変面倒くさい代物で、普段は弾火薬庫そばの格納庫内に保管されている。備え付けの対空砲が全て破壊されてしまったときの為の、臨時用の装備だ。

設置場所は飛行甲板の左舷側最後尾―――かつて、水上空母『信濃』だった時代に12サンチ28連装噴進砲が装備されていた場所だ。

せっかく一枚鏡のように凹凸なく美しく整った飛行甲板に無粋なものをくっつけてしまうのはもったいない限りだが、これも作戦の一環なのでしかたない。

 

 

「しかし、これは誰が撃つんだろうね?」

 

 

説明書を見ながら赤いコードをハンダゴテで基盤に取りつけながら、疑問に思う。

宇宙艦艇の砲熕装備は第一艦橋、高射装置の指揮管制の下、基本的には全自動で稼働するようになっている。手動でも操作できるように砲座や照準器など一通りの設備は揃っているが、それは指揮系統が寸断されてしまったときの為のもので、実戦で手動の対空迎撃が行われることは滅多にない。

また、実際に撃つ機会が訪れたとして、艦内から飛び出して弾が飛び交うデスゾーンに身を晒しながら引き金を引き続けるなんて、よっぽど肝の据わった者か戦闘狂の命知らずのどちらかだ。

 

―――と思っているところに、敬礼とともに声をかけてくる戦闘班の宇宙服がひとり。

宇宙服越しでもがたいが良い、というか小太りなのが分かる。

なるほど、彼がこの砲の射手か。

 

 

「第三艦橋勤務、古川康介であります! 臨時砲の砲手を命じられて参りました!」

「――――――納得。確かに、豪の者だわ」

 

 

勤務先を聞いて、武谷は思わず納得してしまう。

艦内随一の恐怖スポットである第三艦橋に勤務している者なら、確かに適任だろう。南部さんも面白い人選をするものだ。

 

 

「? なんのことでありましょうか」

 

 

古川が、こちらの独りごとに首を傾げる。

武谷は誤魔化すように手を振った。

 

 

「いや、なんでもないよ。もうすぐ取り付けが終わるから、そこで待ってて。コレの使い方は分かる? といっても、使い方はAKレーザー突撃銃とほぼ同じだけど」

 

 

パルスレーザー砲などと大仰な名前の割には、操作の仕方は至極単純だ。スイッチを入れて起動させ、状態になったら目標を照準器のセンターに収めてトリガーを引くだけ。2世紀以上前から変わっていない古典的な射撃方法だ。

 

 

「はい、宇宙戦士訓練学校で習いました」

 

 

自分たちが学んでいた頃は、予備装備でしかない単装レーザー砲の扱いなんて習わなかった。もしかしたら、一刻も早く任官させて前線に送り込むために、課程を省略されたのかもしれない。これも平時にゆっくり訓練を受けた世代というものなのか、としみじみ思う。

 

 

「そうか。今回の任務は体に堪えるだろうけど、頑張ってね」

 

 

危険な任務に赴く若者をねぎらうつもりで、微笑みを送る。

 

 

「―――! は、はい! 精いっぱい務めさせていただきます!」

 

 

古川がバイザー越しにでも分かるほど顔を紅潮させて、さっきよりも気合の入った敬礼をする。

なんだかヤケに潤んだ目で僕をまっすぐに見つめてきて――――――もしかして、何か間違えただろうか。

 

 

「またひとり陥落したか。おまえ、艦内の男が皆衆道に目覚めたらどうするんだ?」

「……さて、次の作業に移ろうかな」

 

 

隣にいた遊佐の呟きは、聞こえなかったふりをした。

 

 

 

 

 

 

16時53分 『シナノ』第一艦橋

 

 

「作戦開始30秒前。現在要塞までの距離、449キロです」

「波動エンジン、エネルギー充填100%。いつでも行けます!」

「葦津、後続の各艦に伝令。『本艦にワープタイミングを同調せよ』。南部、坂巻、攻撃準備はいいな?」

「コスモタイガー隊は現在作戦に合わせて再び低空で接近中。このままいけば、作戦開始時刻には射程内に到達しています」

「臨時増設したパルスレーザー砲は、問題なく稼働しています!」

「北野。分かっていると思うが、この作戦は目標空間点に寸分違わずワープアウトすることが前提だ。頼んだぞ」

「この近距離ならば大丈夫です、艦長」

「よし、ならばこれ以上は何も言うまい。後は万事打ち合わせ通り、作戦の成功を期待する!」

「作戦開始10秒前! ……8……7……6……5秒前!……3……2……1、」

「小ワープ!」




では、『シナノ』航空隊の名字はどうでしょうか?
これが分かった人は、重度のマニアです。

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