宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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書くのが遅くなりましたが、UA6000突破、お気に入り50件超え。
拙作を読んでいただき、まことにありがとうございます。


第二十一話

2208年1月18日19時55分 恭介宅周辺

 

 

前回、恭介があかねと名古屋市内でショッピングを楽しんだのが、去年の7月。

あの時は、その前によく分からない喧嘩……というか、知らないうちにあかねの機嫌を損ねてしまったため、彼女の機嫌をまた損ねることがないように半ば接待のようなものだった。

楽しめなかったという訳ではないが、デートっぽかったかと言われたら、首を横に振らざるを得ないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いうわけでやってきたリベンジの機会。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現状、世界にひとつしかないコスモクリーナーDMPの管理および操作方法の習得のために名古屋にやってきたあかねと、約半年ぶりの買い物デートだ。

午前中は再建された名古屋城を見て、お昼は奮発して天然もののミソカツをご馳走して、午後はウィンドウショッピング。

 

 

→ショーウィンドウ越しに物欲しそうに眺めている服を買ってあげたり、路端で売っているペア物のアクセサリーを買ってあげたり。

 

 

→いい雰囲気の二人はどちらともなく手を繋ぎ合い、何も言わずに栄の街へ。

 

 

→From here the point is R appointment(ここから先はR-18指定だぜ)

 

 

そのはずだった。

 

 

そうなるはずだった。

 

 

そうなる予定だったんだ!

 

 

「いや~、沢山買っちゃったね、あかね!」

「全部恭介のおごりだなんて、ちょっと申し訳ない気もするけどね」

「いいのよ、恭介が自分で『今日は俺がエスコートする!』って言ったんだもの」

「……9時間前の俺をブン殴ってやりてぇ」

 

 

確かに、恭介はあかねに「今日は俺がエスコートしてやる。今日はどんな我侭もきいてやるぞっ」言っていた。

しかしそのときは、そらがあかねに誘われてるなどとは知らなかった。

しかもそれをそらが隣の部屋―――ずっとうちに居候していたのだが、最近になってやっと隣に部屋を借りてくれたのだ―――の壁越しに聞いているなんて、恭介には想像もつかなかったのだ。

 

 

「恭介遅い! 何をチンタラ歩いてるの?」

「そうよ恭介、私の部屋まで荷物を運び終わるまでがデートだからね!」

「そら……いつの日かオマエヲコロス。」

「え、何? またいつでも連れてってやるって? ありがと~恭介お兄ちゃん!」

「ア、アハハ……。ねぇそら、そろそろ許してあげない?」

「あかね、甘いわよ。男がああ言ったんだから、男の矜持を護るためにも最後までそれを貫かせてあげるのが女としての務め! だから――――――んん?」

「矜持って、そんな言葉良く知って――――――ん?」

 

 

そう言いかけたところで、二人揃って言葉が止まる。

場所は自宅まで100メートル。幹線道路から2本奥に入った、自動車がかろうじて対面通行できる程度の裏路地。

冬の夜は訪れが早く、既に周囲は街灯と家灯りだけとなっている。

そして何故か、氷のような緊張感が場を支配している。

 

まるで、丑三つ時のような不気味さだ。

 

文明の光が闇をかき消しているのに、文明の音が民家の軒先から聞こえているのに、こんなにも心細い。

一燈照隅というが、どんなに視覚が光で満たされてもそれが安心・安全に繋がっている訳でもないのだ。

 

 

(恭介も気づいた?)

 

 

そらが、後ろを歩くあかねに聞こえないように小声で話しかけてくる。

彼女の眼は、満月のように円く光っていた。

由紀子さんいわく、イスカンダル人やその傍系にあたるアレックス人は、超能力を行使するときに目が光るらしい。

 

 

(ああ。10メートル先の十字路、左右にいるな)

 

 

腐っても元軍人としての性なのか実は超能力者だったのかは分からないが、監視者を意識するようになってからの恭介は、人や物の気配に敏感になっていた。

武道の達人のように気が見えるとか殺気を感じるとかいう程のものではないが、宇宙戦士訓練学校にいた頃よりも「違和感」を感じ取りやすくなったのは確かだ。

 

 

 

(正確には右に3、左に4ね)

(よく分かるな?)

(これでも王女ですから♡)

 

 

語尾にハートマークをつけて言われるが、そらはいたって真剣な表情だ。

 

そらが来てから約3ヶ月、三人の周囲には招かれざる客が頻繁に現れるようになった。

恭介の場合は、『シナノ』を造り始めた時から見張られている気配を感じていた。

そらは言わずもがな、アレックス人としての彼女を求めているのだろう。

あかねは、脅迫のネタとして狙われているのかもしれない。

 

大抵の場合は何もしてくること無く、こちらから何か仕掛ける前に気配は消えてしまうのだが、今回は厄介なことに3人揃った状況だ。

こんな鴨がネギを背負った状況なら、向こうが実力行使に出てくる可能性は、大いにある。

十字路まで、あと6メートル。

 

 

 

(どうする? 先手を打ってやっちゃう?)

(奴等の狙いはお前だろ。やるなら俺が出る)

(その荷物で戦闘は無理でしょ。落としたりしたらどうするのよ)

(荷物ぐらい我慢しろ、命の方が大事だろ。それに、俺も今日は武器を持ってる)

 

 

そう言って恭介は、左の胸元に手をやった。

そこには、ベルト式ガンホルダーに懸吊された14年式コスモガン。

技術士官とはいえ軍人の端くれ、自衛用のハンドガンは自衛隊から支給されている。

地球が滅亡の危機にあった昔こそハンドガンなんぞ単なる装飾品でしかなかったが、『シナノ』の建造を始めてからは自衛の為にできるかぎり携帯するようにしているのだ。芹沢艦長を通じて上層部に許可はとってある。

とはいえ技術畑一本槍だった恭介が射撃訓練に力を入れるはずも無く、宇宙戦士訓練学校では下から数え始めてすぐに自分の名前を見つけることが出来るほどの腕前だが。

まぁ、いくらなんでも至近距離からならば外しはしないだろう。

 

ちなみに、自衛用のコスモガンはそらも携帯している。狙われている事を知らないあかねは、当然ながら非武装だ。

 

 

(俺が先行して右の敵を撃つから、そらは残りを頼む。威力はレベル2に。あとで尋問するから殺すなよ)

(分かったわ)

 

 

そらが袈裟がけにしていたポーチを前に回し、ファスナーを開く。

本当ならば一人でそらとあかねを守らなければならないが、さすがに二手に分かれているエージェント7人を一人で倒すなんてことは不可能だ。女の子が持つ銃でも、牽制ぐらいにはなるだろう。

恭介も4つある買い物袋を全て左手に持ち替えて上着の左側に少し余裕を持たせ、いつでもコスモガンを引きぬけるように準備する。

ちなみに、コスモガンは側面にパワーセレクターがあり、出力を5段階調整できる。

レベル2なら殺傷能力は無いが、熊を気絶させるぐらいだ。

 

十字路まで、あと2メートル。

あとは一気に飛び出そうと腹を決めたとき、

 

 

(恭介、ちょっと待って。変よ、気配が消えたわ)

(消えた? 気配を消したのではなく?)

 

 

消したのではなく、消えた?

 

それは、ひどく矛盾した話だ。

気配を消せるほどのプロならば、最初から気配を消していないとおかしい。

気配を消せない程度の腕前ならばそもそもこんな任務を受けるべきではないし、突然達人に開眼したわけでもないだろう。

 

 

(消された、のかもね)

(……とにかく、警戒だけはしよう)

 

 

一度戦場を経験しているとはいえ、人を撃っているところをあかねには見せたくない。

ホルダーのマジックテープを外してコスモガンを握り、いつでも撃てるようにセーフティを解除して、さも何も気付いていないかのように、歩みを緩めることなく交差点に進入した。

二人は素早く、視線を暗闇に向ける。

身を隠す電信柱も駐機中の車も無く、ただただブロック塀とアスファルト路が続いている。

 

 

 

「……やっぱり、いないか」

「逃げた、のかしら……?」

 

 

街灯の白い光が差す十字路には人の気配も痕跡も全くなく。

ミュートをかけたような静謐の場に、遥か遠くを走っている自動車の排気音だけが響いている。

――――――何があったのか知らないが、どうやら厄介なお客さんは何もせずに立ち去ってくれたようだ。

 

 

「どうしたのよ、二人とも?」

 

 

何も知らないあかねの暢気な声が、二人の緊張を解いてくれた。

 

 

 

 

 

 

2208年1月31日 8時44分 アジア洲日本国 地球連邦軍司令部ビル内 司令長官執務室

 

 

冷たい北風がビル風となってメガロポリスと化した横浜市街をすり抜けていく。

乱立するビルのわずかな隙間を人々が満たすように、隅々まで行き渡っていく。

英雄の丘を登り切った寒風はそのままの勢いで階段を下り、殺風景な軍港を足早に抜けて東京湾に出ていく。

復興を遂げたメガロポリスは、戦争の傷跡を見事に消し去っていた。

その中心部、コンクリートジャングの中でもひときわ背の高いビルディング。

その一室で、三人の男が集っていた。

 

 

「昨日、『シナノ』の配属先が正式に決定した。統合作戦本部直属、銀河辺境調査船団の護衛任務についてもらう」

「調査船団、ですか。意外ですな」

 

 

酒井忠雄地球防衛軍長官の辞令に対して、水野進太郎防衛省事務次官は眉をひそめて訝った。

 

 

「てっきり、どこかの防衛艦隊に配属されるのかと思っていましたが。何故本艦が調査船団に配属されるのか聞いても?」

 

 

芹沢の問いに、椅子から立ち上がった酒井はもったいぶった足取りで窓へと歩み寄る。

窓の外には大岡川。ガミラス戦役で一度は干上がった二級河川は、幸運にも土地の記憶を頼りに横浜の地に戻ってきてくれた。

促成栽培で背の丈以上まで育てられた桜木は、葉の落ち切った寂しげな枝を空に掲げている。

 

 

「君らには愉快な話ではないのだが……。実は、太陽系内外の防衛艦隊の上層部にとって『シナノ』は、扱いづらい存在なのだ」

「扱いづらい……ですか?」

「そうだ」

 

 

水野の反芻めいた呟きに、酒井は振り返らずに首肯する。

 

 

「彼らの言うところでは、艦隊編成をする際には同じ性能の艦を多数配備した方が運用面で効率がいいらしい。そんな中に一艦だけ異なる性能の艦が混じるのは、都合がよろしくないそうだ」

「しかし、『シナノ』は国際基準に則った性能を持つように造られています。艦隊運動に追随できないはずはありません。お偉方がそんなことを知らないわけはないと思うのですが」

「そういう面ではない。武装面の話だ」

「『シナノ』はヤマトの設計思想を継承して重武装重装甲になっています。それのどこがいけないのですが?」

「そこだ。一隻だけ他の戦艦と違う構造をしている艦を組み込む事で、対空陣形を組む際の配置に苦慮するのだそうだ」

 

 

酒井長官が言うには、コンペに落選した戦艦などマイノリティに属する艦は対空兵装の配置が主力戦艦と違う為、防空陣形を執る際に周囲の艦と射界の調整をしなければならないのだそうだ。

それを聞いた水野は、図ったように芹沢と同じ渋い顔をする。

 

 

「それは、司令部の職務怠慢というのでは? それを綿密に計算して訓練するのが艦隊司令の仕事ではありませんか」

「水野君の言うとおりなのだが、これは地球防衛艦隊再建時からの慣習であることだし、今更変える程の積極的な理由もないのでな」

「ガトランティス戦役の時ですか?あの時とは状況が違うでしょうに……」

 

 

戦力が大幅に減少した、或いは若年兵ばかりで戦力にいささか心もとない軍が、運用を工夫してできるだけ不利を事は昔からよくあることである。

ガミラス戦役直後は大量生産によって同型艦が揃えやすかった事と、深刻な人材不足によりシステム面でも合理性と簡便性が求められた事もあってそれが許されていたし、実際『シナノ』に乗る前に指揮していた水雷戦隊は同型艦ばかりだった。

しかし、ディンギル戦役からもう5年、そろそろ多様な艦種を織り込んだ混成艦隊の運営も必要ではないのだろうか。

 

 

「そう言うな、芹沢君。代わりといっては何だが、辺境調査船団にはコンペ落ちした他の国の戦艦や空母も多数配備される。『シナノ』だけが冷遇される訳ではないから、それで納得してくれ」

 

 

長官の言葉は、代わりにも慰めにもなっていない。

いろんな国籍の軍艦が集まるという事は、「辺境調査船団」とは名ばかりの、連邦政府の要請に応じた傭兵集団とほぼ同義だ。

それは地球防衛艦隊の時には起きなかった問題や対立が起こりうることを意味し、それに対して連邦政府が介入しにくいことを指している。

それが分からないということは、どうやら藤堂長官の後釜として就任したこの男は、前任者ほど政治的発言力や管内への影響力は無いらしい。

これは、何を言っても無駄だろうな。

 

 

「本当の意味での多国籍軍という訳ですか。厄介な事になったな、芹沢君」

「人ごとのように言わないでください、事務次官。現場で起こるアレコレはこちらで対処しますが、私の手の届かない厄介事はそちらで何とかしてくれなければ困ります」

 

 

連邦政府の指揮下にある防衛艦隊と違って、各国の軍を寄せ集めた多国籍軍というのは本来的にはそれぞれの艦が各国の軍に所属している故に、指揮命令系統が曖昧になる傾向がある。

一応「辺境調査団」を名乗っているのだから周辺宙域の資源調査なども行うのだろうが、どさくさにまぎれて鉱脈の領有権を宣言するようなことが起こったら荒れる事は目に見えている。

艦隊内での不和は自分たちで解決するしかないが、その背景にある洲や国同士の縄張り争いは総理や大臣の仕事であり、実務を取り仕切る事務次官の本分だ。

 

 

「言われるまでもない。何年事務方のトップを勤めていると思っている?」

 

 

水野は自信満々に答える。

諦念のため息をひとつついた芹沢は、サングラスをかけ直して問うた。

 

 

「辺境調査団の編成は? 行先はどこなんです?」

 

 

心持ち口元を緩ませて安堵の表情を浮かべた酒井が、こちらに体を向ける。どうやら、先程の話は酒井自身も後ろめたい気持ちがあったようだ。

 

 

「辺境調査団は第一から第三まであるが、『シナノ』が所属する第一辺境調査団はアンドロメダ銀河方面。具体的には、天の川銀河辺縁の旧テレザート星宙域まで行ってもらう。辺境調査と銘打っているが、実態は威力偵察に近い」

 

 

芹沢は、頭の中に宇宙の地図を描く。

天の川銀河中心部から約3万光年、オリオン腕の中に浮かぶ太陽系。その第三惑星である地球よりアンドロメダ銀河方面に2万光年離れた天の川銀河辺縁部。

恒星の存在しない、星屑とガスと塵に満たされた停滞した世界。

かつてそこには、文明を滅ぼす程の超常の力を持った美しい女が、独り幽閉されていたという。

 

 

反物質を操る女、テレサ。

 

 

彼女の母星であるテレザート星は白色彗星を阻止するためにテレサ自身の手によって爆破され、今は当時を窺わせるものは何も残っていない。

その後にテレザート星周辺宙域がどうなったかは、分からない。

地球は毎年訪れる存亡の危機に忙殺されてそれどころではなかったし、銀河辺縁方面は人類の移住に適した星の存在が全く期待されなかったことから開拓団にも見向きもされなかったのだ。

 

 

「旧テレザート星宙域に、戦艦や空母をぞろぞろ連れて威力偵察ですか。……で、何が起こっているんです? 白色彗星帝国の残党ですか?」

 

 

うむ、と頷いた酒井は卓上のリモコンを操作して部屋の電灯を消し、執務室のディスプレイを起動させた。

 

 

「これは、地球・冥王星・第十一番惑星の三点からのタキオン超長距離探査によって観測された、過去7年間の旧テレザート宙域の様子を画像処理して動画化、更に超高速再生したものだ」

 

 

三人はデスクの後ろから現れたディスプレイに体を向け、映し出された映像に注目する。

旧テレザート宙域、恒星が無いためどんよりと濁った惑星や瓦礫しか映らないはずの空間に、時折り火の粉を散らしたような広範囲な明滅が度々発生する。

 

 

「これは、艦隊……いや、艦隊戦ですか?」

 

 

恒星の無い宙域に、かも断続的に光が発生することは、通常はあり得ない。

ならば考えられるのは人口の光――――――それも、超長距離観測で確認できるほどの大きな光となれば、それは宇宙船の舷窓から漏れる光や艦尾エンジンノズルの類ではない。

砲撃と、爆発。

旧テレザート宙域で、何者かが宙間戦闘を行っているのだ。

 

 

「長年の観測によって、ガトランティス戦役以降の旧テレザート星宙域はガトランティス敗残兵の撤退先として機能してきたことがわかっている。その場所で、おおよそ半年から1年に一度、このような宇宙戦闘が起こっているのだ」

「では、ガトランティス帝国軍とどこかの星間国家が戦争をしていると?」

 

 

ガルマン・ガミラスはデスラー総統が遠征している間は無闇に領土を拡大しない方針のはずだから、可能性としては除外される。

暗黒星団帝国とディンギル帝国は母星ごと消滅しているから、可能性としてはほぼゼロ。

すると、残る候補としてはボラ―連邦くらいしかないのだが……ボラ―連邦と旧テレザート星の間にはガルマン・ガミラスの領土が横たわっている。

はるばる旧テレザート星宙域を攻撃する戦略的意図が分からない。

 

 

「分からん。そもそも、ガトランティスの拠点であるかどうかも明確な証拠は無い。極端な話、単なる定期的な大規模演習の可能性も否定できんのだ」

「そんな曖昧な情報だけで調査団を派遣するのですか……それで、艦隊編成はどうなっているのですか?」

「うむ。旗艦と補助艦艇は防衛軍から派遣することになっている。旗艦はアンドロメダⅡ級戦艦『エリス』、フランスのリシュリュー級戦艦『ストラブール』、空母はアメリカが『ニュージャージー』、ドイツの『ペーター・シュトラッサー』、あとは巡洋艦と駆逐艦が6隻ずつ。さらに前期量産型無人戦艦が2隻、『エリス』の制御下に入ることになっている」

 

 

戦艦4隻、空母3隻、巡洋艦6隻、駆逐艦6隻。それに工作艦や輸送船を加えれば、2202年に人類の移住先を探した探査船団にも匹敵する。

今回の辺境調査団に対する、統合参謀本部の意気込みが感じられる――――――のだが。

 

 

「……『エリス』とはなんとも不吉な。参謀本部はやる気があるのですか」

 

 

水野事務次官は、「不和」を意味するギリシャ神話の女神の名を冠する艦が旗艦であることに不安を覚えていた。

 

 

「あれだけこっぴどくやられたのに、『ニュージャージー』はもう戦線復帰するので?」

 

 

『ニュージャージー』は先の冥王星会戦で大破の判定を受けるほどの損傷を被って、『シナノ』同様母国に戻って修理を受けていた。

先月の初旬に修理が完了したという情報は防衛省経由で耳に入っているが、補充員の完熟訓練を僅か一ヶ月で完了させたというのか?

 

 

「ああ、本来ならば姉妹艦の『アイオワ』が編入されるはずだったんだがな。ムーア艦長が国防総省に直談判して入れ替えてもらったらしい」

「あの若造……無茶をしおる」

 

 

芹沢は思わず苦笑いしてしまう。

彼が少々気の短い男である事は、冥王星会戦の前にほんの少し会話しただけで十分分かったし、その後にガトランティス艦隊に喧嘩を吹っ掛けたのは疑いようのない事実だ。

しかし、強大な敵に単艦で立ち向かおうとする勇猛果敢な点は十分に評価に値するし、大破こそしたものの増援の到着までよく耐え抜き、艦を沈没させずに月面基地まで帰投させた事は彼の指揮能力の高さを表している。

芹沢は、血の気の多い有能な彼を内心気に入っていた。

あとは両者が、互いの背景にある物に翻弄されなければいいのだが……。

 

 

「『シナノ』が自衛隊に引き渡されたら、その足でガニメデ基地まで行ってもらう。そこが、辺境調査団の集合場所だ。詳しい事は、またそこで艦隊司令から指示を受けてくれ」

「了解しました」

 

 

酒井長官の言葉に、事務次官とともに10度の敬礼で応じる。

『シナノ』もヤマトの姉妹艦らしく、前途多難な船出になりそうだった。

 

 

 

 

 

 

2208年2月17日 東京府内某喫茶店

 

 

鋼鉄の艋艟が、朝方のドックに鎮座している。

いつもの武骨な姿と違って艦の至るところに万国旗が張り巡らされた、いわゆる満艦飾だ。

艦首のバルバス・バウから艦腹にかけての曲面が美しいフォルムを為しており、紅色の艦底色が冬の青空に映えている。

と、その球状艦首に瓶が叩き付けられた。

激しい破砕音とともに中身のシャンパンが艦の肌を濡らした瞬間に引いた映像に切り替わり、カメラの前を七色の紙吹雪と風船が舞った。

 

 

《続いてのニュースです。本日午前十時、宇宙空母『シナノ』の竣工式が行われ、自衛隊へと正式に引き渡されました。この空母はかの名艦、宇宙戦艦ヤマトの設計を流用したもので……》

 

 

女性アナウンサーの淡々とした声が静かな店内に流れ込んで、やがて壁に染み込むようにフェードアウトした。

朝から続く冬の雨は梅雨時の様に音も無く道路を濡らし、傘の花を咲かせる。

厚い雲越しの薄暗い日の光は、店内をくまなく照らすには少々光量が足りない様子。

蝋燭の火を模した形の蛍光灯が放つ淡い光は木の肌にも人の肌にも良く馴染んでいるようで、店内は既に夜半頃の雰囲気を作り出していた。

 

時刻は午前10時30分。

モーニングコーヒーのピークも過ぎ、お昼の混雑までのちょっとした小休止。

白頭の店長は自らが淹れたコーヒーの馥郁たる香りを楽しんでいる。

 

テレビニュースは続く。

引き渡し式を終えた『シナノ』は衆人環視の中、艦底部のスラスターを煌めかせてゆっくりと上昇していく。

7万トン以上の質量を持つ宇宙戦艦が、なんの抵抗も無くすんなりと浮上していくさまは、どんなに科学技術の海にどっぷり浸かっている身にも、一見では信じられない光景だ。

 

 

《なお、『シナノ』には軍艦として初めて民間人が正規の乗員として乗り組んでおり……》

 

 

カチャリ、と。

コーヒーカップを皿に置く音が、奥のカウンターから聞こえてきた。

 

 

「完成しましたね。貴方の息子さんと娘さんを乗せる船が」

 

 

褐色の男は、無言で隣に座る女に問いかける。

“これでよかったのか”と。

 

 

「いいのよ、これで」

 

 

長髪の女は、コーヒーに視線を落としながら答えた。

 

 

「あの子達がいずれ宇宙に出るのは必然だったの。それが早いか遅いか、一人か三人かの違い。それだけよ」

「その割には、あの三人を『シナノ』に乗せる為に裏で色々手を回していたみたいですけど? 恭介君は本来ならば本来の技師という立場に戻っていいはずでしたし、あかね君も民間人だ、軍艦に乗せる理由がない。そら君に至っては言わずもがなです」

「その件については、教授にもご迷惑をおかけしましたわね。半年足らずで全てを教えるのは大変だったでしょう?」

 

 

マックブライトは苦笑いを浮かべながら、アメリカンコーヒーを口元に運ぶ。

 

 

「とんでもありません、彼女は私の詰め込み授業によくついてきてくれました。私としてもまさか、彼女がコスモクリーナーDMPの構造を完璧に理解してくれるとは思いませんでした。……簗瀬教授。それについてお伺いしたい事が」

 

 

正面を向いていた教授が、簗瀬由紀子へと向き直った。

由紀子はマックブライト教授の真剣な表情も柳に風と受け流し、無言にコーヒーカップを傾ける。

 

 

「簗瀬あかね。彼女は、何者なんですか?」

「何者って……私の大切な娘ですよ?」

「ここまで私を巻き込んでおいて、今更誤魔化しても意味はないでしょう。ゼミに入ってきた頃の彼女は、ごくごく一般の生徒でした。それが今は、まるで20年以上の経歴を持つ研究者の様だ」

「……」

「去年の冬頃を境に、彼女は科学者としての才能を開花させたように思います。そして、『シナノ』に乗った後には更に飛躍的な成長を遂げている。下手したら私を凌駕するほどに。いくらなんでも、これは異常としかいいようがありません」

「あら、他人の娘を異常扱いですか? ひどいですわね」

 

 

視線だけを向けて、抗議の声を上げる由紀子。しかし、その眼はまだまだ余裕を含んでいる。

 

 

「簗瀬教授には申し訳ないが、私の8年に及ぶコスモクリーナー研究の成果をわずか四カ月で吸収してしまうような人間は通常とは言えない。それがこの一年の間に急速に能力を付けたのだから、不審に思わない方がおかしいというものです」

「突然才能に目覚める人なんて、いくらでもいるものでしょう? 教授がそれほど気になさることでもないのでは?」

「――――――あくまでも仰らないつもりですか。それなら質問を変えましょう。あかね君にはコスモクリ―ナDMPの管理士、恭介君とそら君には技術士官としての立場を与えて『シナノ』に乗せたようですが、何故三人ともひとつの船に、それも危険極まりない軍艦に乗せようとするのです?」

「それが、あの子達にとって一番安全だからよ」

「馬鹿な! 死ぬかもしれないんですよ!?」

 

 

ダン!!

 

 

マックブライトが感情を爆発させて、思わずカウンターを叩く。

ボックス席にいた何人かの客が、肩をすくめて驚く。

それを視線の端に捉えつつ、マックブライトは無言で彼女に返答を求めた。

 

 

「―――――――――13回。これが何の数字だか、分かりますか?」

「私の質問に答えてください!」

「そらちゃんが来てから、あかねが何者かに誘拐されそうになった回数よ」

「なっ―――――――――――――――!?」

「恭介君は8回、そらちゃんは27回。こないだは、三人が一緒にいるところをまとめて攫おうとしたみたいよ?いずれも、隠れて護衛しているSPが本人達に気付かれる前に排除してくれたらしいけど」

「一体誰が!? ――――――いや、言うまでもありませんな……」

 

 

浮かせかけていた椅子に座り直し、彼は深いため息をついた。

彼女は彼の反応も想定済みといわんばかりに、変わらぬ態度でコーヒーカップを傾ける。

空になったカップを置くと、「とばっちりなのよ」と呟いた。

 

 

「連邦政府がそらちゃんの身柄を正式に私に預けてくれたおかげで、私はあの娘を私の娘として、日本人として登録することになった。でもその所為で、どの国も彼女に公式に接触することはできなくなったのよ」

「面倒事を恐れて彼女をアレックス人として認知しなかった弊害が出てきた、ということか。しかも日本だけは恭介君を通じて技術供与を受けることが出来る、と。なんという棚ぼたですか」

「アレックス星の技術を欲しい国が拉致しようとしている限り地球上、いえ、地球圏内に本当に安心できる場所はない。だからね、そらちゃんには日本人しかいなくて事情を全て知っている『シナノ』に乗艦しているのが一番安全なのよ。皮肉なことにね」

「しかし、それでは、事実上の地球追放じゃないですか……」

 

 

眉を八の字に曲げて悲しげな表情をしてくれる、マックブライト教授。

彼もまた『シナノ』で戦場を経験し、サンディとの奇妙な邂逅に居合わせた当事者の一人といえる。

彼女の事情を知り、立場の危うさを知ってもなお、こうして彼女の心配をしてくれている。

彼の様な理解者が身近にいてくれるのは、由紀子にはせめてもの救いだった。

だから、由紀子はほんの少しだけネタばらしをして安心させようと思った。

 

 

「ですからね、教授。そらには、一回死んでもらおうと思ってるんです」

 

 

由紀子は、にっこりとした笑顔で言う。

マックブライトは、その言葉の真意を求めて、視線を落として黙考する。

カウンター席の向こう側で、コップを拭いている店主がこっそりと聞き耳を立てている事など、二人はついぞ気付かなかった。




平和は次の戦争への準備期間。

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