宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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一話あたり2つから3つのシーンで構成されることが多い本作ですが、本話は珍しく1シーンのみで構成されています。きっと二度とこんな奇跡は起きないでしょう。
自分で言ってて悲しいですが。


第十四話

時を遡って5日夜半、地球連邦政府首脳部による緊急閣議が開かれた。

大統領官邸内の大会議室には、選挙に勝って3期目を迎えた大統領を始め、内務大臣、外務大臣、財務大臣、国防大臣などといった主要な閣僚が参集した。

 

既に、第一報は彼らの耳に入っている。

閣僚たちは一様に厳しい顔で大統領の言葉を待った。

 

 

「既に話は伝わっていると思うが、厄介な案件が発生した」

 

 

そう言いながら、大統領ヴィルフリート・オストヴァルトはテーブルの一角を指で押した。

閣僚たちが囲んでいた大テーブルはたちまちタッチパネル画面としての機能を発揮し、その画面は焦げ茶色の木目柄から真っ黒な宇宙へと切り替わる。

地球防衛軍司令長官の酒井忠雄が立ち上がり、レーザーポインタでテーブル上の一点を指し示した。

 

 

「詳細は既に配られているプリントに書かれていますので省略しますが、本日1235時、冥王星宙域で公試中の第4演習艦隊とガトランティス帝国艦隊の間で遭遇戦が発生いたしました。戦果は敵艦11隻を撃沈、1隻を大破と判定しました。こちらの被害は『ニュージャージー』大破、『シナノ』中破、『モスクワ』『オハイオ』『ティルピッツ』『ジャン・バール』が小破となっております」

 

 

更に画面は切り替わり、テーブルいっぱいに敵大戦艦が大破炎上するさまが映し出され、皆が目を見張った。

『シナノ』から送られてきた、記録映像だ。

 

 

「ただ、ガトランティス帝国軍との戦闘自体は、さほど不自然なことではありません。ガトランティス戦役から6年が経過していますが、残党を完全に掃討したという証拠はありませんから。ここで重要なのは、ガトランティス帝国が太陽系内へワープアウトしてきたという点です」

 

 

「どういうことだ、Mr.サカイ?」

 

 

大統領の質問に、外務大臣ミシェル・A・オラールが、酒井司令長官の後を継いで答える。

 

 

「お恥ずかしい話、我々も今回の事態が発生するまで失念していたのですが。6年前の戦役において、確かに白色彗星は墜ち、ズウォーダー大帝は超巨大戦艦ごと死亡、ガトランティス帝国軍は撤退しました。しかし、我々はかの国を暗黒星団帝国のように滅ぼした訳でも、ガルマン・ガミラス帝国のように和平を結んだ訳でもないのです」

「つまり、あの白色彗星帝国が態勢を整えて再侵攻してきたというのですか!?」

 

 

福利厚生大臣デイビッド・L・キングが、驚愕と恐怖に声を尖らせた。

 

 

「正確には違います。しかし、遠くない将来、そうなる可能性は高いと思われます」

 

 

ミシェルの背後に控えていた事務官が立ち上がり、閣僚の背後から素早く書類を置いていく。

書類を手にした老体達は、或いは眼鏡をかけ、或いは眼鏡を外して紙面を舐めるように読みこんだ。

 

 

「これは会議の直前に届いた情報です。会戦の1時間ほど前に、第4演習艦隊の前に正体不明の艦が大破した状態でワープアウトしてきたそうです。その艦に臨検隊を派遣して艦内の捜索をしていたところ、ガトランティス艦隊が現れたそうです。それも、ほぼ同じ方角から」

「つまりだ。敵艦隊は地球への再侵攻ではなく、その正体不明艦を追ってここまでやってきたということか?」

 

 

ミシェルは頷きで同意すると、再び手元のプリントに目を落とした。

 

 

「艦は戦闘の最中に撃沈されましたが、臨検隊は生存者2名を救出。うち一名を簡単に事情聴取しています。その第一報がこのプリントです」

 

 

ミシェルは部下に目配せをして、閣僚に新たな書類を配らせた。

 

 

「さんかく座銀河……250万光年……だと!?」

「あのイスカンダルの遠縁とは、俄かには信じられん話だ」

「ガトランティスめ……ズウォーダーが死んだのにまだ侵略の手を緩めていないのか! なんて奴らだ!」

 

 

閣僚から次々と批判の呟きが漏れる。

ミシェルはその間に卓上の紅茶を一口含み、喉を潤した。

 

 

「生存者の証言によると、大統領の推察通り、ガトランティス帝国軍は彼らを追ってここまでやってきたとのことです。ガトランティス帝国がワープアウトしてきた方角も同じさんかく座銀河方面ですから、この証言には一定の信憑性があると考えていいでしょう」

 

 

そう言いながらミシェルは画面をズームアウトさせる。右手に持ったレーザーポインタで大きく円を描いた。

 

 

「6年前の情報なので直ちにこれが正しいかどうかは不明ですが、当時のガトランティス帝国は白色彗星の進路に沿って星々を侵略し、2201年時点ではアンドロメダ銀河をその手中に収めていたと言われています」

 

 

今度は更に画面をズームアウトさせ、さんかく座銀河とアンドロメダ銀河、そして天の河銀河を線で結んだ。

 

 

「報告書にあるアレックス星というのがアンドロメダ銀河の近くにあるさんかく座銀河で、20年前から侵略を受けていたというのなら、恐らく白色彗星はさんかく座銀河とアンドロメダ座を通って天の川銀河にやってきたのでしょう。話の筋は通っています」

「しかし、さんかく座銀河より後に攻めたアンドロメダ銀河の方が先に侵略を完了して、アレックス星がまだ抵抗を続けているというのは、時期が矛盾しないかね?」

「ガトランティス帝国は複数の方面軍を持ち、同時並行で侵略をしていました。あるいは、白色彗星だけが先行してアンドロメダ銀河、天の川銀河に到達していたと仮定すれば、一応の説明はつきます」

「ここで重要なのは、敵の撤退を許してしまった事です」

 

 

外務大臣に替わって、国防大臣のローハン・ヴィハールが起立した。

 

 

「いくら大帝と主要な閣僚を失ったからといっても、先程の外務大臣のお話にもありました通り、ガトランティス帝国はあまりにも強大で、十分に余力を持っている事は間違いありません。必ずや、報復に出てくるでしょう」

「それはどうだろうか?」

 

 

農商務大臣エリク・アブラハーメクが、着席したまま右手を軽く挙げて異を唱える。

でっぷりとした腹をスーツの前のボタンを留めて隠し、自説を述べた。

 

 

「2201年以来、ガトランティスは姿を現していない。我々も、残党軍との戦闘があったことは承知しているが、本格的な再侵攻を開始したという話は聞いていない。それが、6年も経った今頃になって『再侵攻の恐れがある』と言われても、いまいち説得力に欠けるのではないかね?」

 

 

彼の言うとおり、あの時以来ガトランティスは地球に攻め込んできていない。

もしも彼らに復讐の念があるのなら、他の方面軍から兵を引き抜いてでも仇打ち艦隊を差し向けて当然なのである。

しかし実際には、白色彗星陥落の際に地球周辺にいた艦隊は撤退するか、残党軍へと身を窶していった。

つまり、彼らには仇打ちをする気がないか、その余裕がなかったということになる。

 

 

「再侵攻しないと言い切る事は出来ません。『想定していませんでした』『予想外でした』では済まないのです」

 

 

なおも酒井が食い下がる。

 

 

「来るか来ないか分からない敵よりも、まずは目の前の復興と発展に力を入れるべきではないのか? 今もアフリカ方面では慢性的な食糧不足が続いているのだぞ? 上手いメシ食っている軍人達には分からないようだがね」

 

 

ローハンと酒井は殺意を以てエリクを睨みつける。

ディンギル戦役から4年経った現在、各国の旧大都市は人口が爆発的に増加して建築バブルに沸いている一方、いわゆる地方都市、或いは田舎と呼ばれていた場所は荒廃が進んでいる。

それは職を求めて多くの人口が―――若者に限らず―――都市に流入してくるからであるが、もうひとつ重大な理由がある。

ガミラス戦役の際に多くの大都市に地下都市が建造され、幾度の戦役に於いても地下都市が避難所として機能したため、大都市ほど戦役による人的・財産的被害が少なかったのである。

この現象は世界中で発現しており、特にアフリカや東南アジアなどでは戦災を期に第一次産業を捨てて都会に出る者が激増している。

そのため現地での食糧自給率が急激に低下し、職にはありつけても食にありつけない若者が増えている。

 

その一方で、いつの世でもどこの国でも、軍人は食糧面で優遇措置を受ける。

戦闘行為によって失ったカロリーと士気を回復するには、より充実した食事が必要不可欠だからだ。

そのため、軍艦内には艦内菜園や人口肉精製プラントが設置されると共に、航海に出る際には豊富な量の常用・非常用備蓄食糧が積載される。

それは時には民間への食糧配給を圧迫するほどで、実際、ヤマトがイスカンダルへ旅立った際にも、坊ノ岬工廠内の備蓄食料をかき集めて半年分の備蓄食料を確保したのだ。

 

 

「それに、あの時と違って我々には強力な戦力が十分に揃っている。今回の会戦も、敵は戦艦、空母を含む16隻ながら完成前の空母2隻にてこずり、応援に駆け付けたアンドロメダⅢ級戦艦が敵を撃破する様はまさに鎧袖一触だったようではないか。あの時とは違うんだよ、あの時とは」

「その慢心が6年前の悲劇を生み出したのではありませんか!!」

 

 

ローハンは思わずダン!!と激しく拳でテーブルを叩いた。

各々の前に置かれたティーカップの中身が揺れ動く。

 

 

「宇宙の脅威はいつやってくるか分かりません。ガミラスの時も、暗黒星団帝国の時も、今回の遭遇戦だって、敵がやってくる前兆は一切ありませんでした。いや、予兆のあった白色彗星やディンギル帝国の時ですら我々は負けたのです。我々に慢心などという贅沢は許されないのですぞ!」

 

 

卓上の両手が震え、エリクの顔が怒りに歪んでいく。

周りの閣僚は二人の舌戦を唖然としたまま、硬直したままで見ている。

大統領は口を真一文字に結んだまま、両者に見定めるような視線を送る。

 

 

「今こうしている間にも、新たな脅威が着々と地球侵攻の準備を進めているかもしれない。それも、第三次整備計画を完遂しても防衛艦隊の復旧には到底届かない事実を知っておいていただきたい。確かに防衛艦隊はガトランティス戦役のときまで戦力を回復していますが、生活圏が太陽系外に拡大しつつある現代、その全てに十分な防衛戦力を配置するにはまだまだ不十分です。まさか貴方は、自分がいる地球本星だけ助かればいいと仰るのですか?」

「なんだと貴様!? たかだか長官の分際で大臣の私を愚弄するか!!」

 

 

顔に血が上ったエリクは椅子を引いて立ち上がり、口角に泡を溜めながら怒鳴りつける。

負けじとローハンも立ち上がり、エリクを指差して罵倒する。

 

 

「貴方みたいな権力に胡坐掻いて自分の立場に固執して私腹を肥やしている人がいるから、地球連邦はいつまでも進化しない敗戦国なんですよ! 地球が独力で敵に勝った事がありますか? ないんですよ! スターシャしかり、テレサしかり、マザー・シャルバートしかり、いつだって最後はヤマトと親切な協力者が地球を救ってくれた。そんな幸運がいつまでも続く保証はどこにもない! 我々がやるべき事は何よりも富国強兵なんですよ!」

「貴様、言うに事欠いて――――――!」

「まぁまぁ、そう興奮しなさんな、Mr.アブラハーメク、Mr.ヴィハ―ル。」

 

 

ヒートアップした二人を窘めるのは閣僚の中で最年長の、ナムグン・ジョンフン内務大臣。

 

 

「Mr.アブラハーメク、国防大臣と司令長官は自らの職責に則って発言しているのですから、それを否定するのはお門違いというものですよ。軍事に関しては我々の方が素人なのですから。ですよね、大統領?」

 

 

視線を向けて同意を求めるナムグン。

大統領は言下にそれを肯定した。

 

 

「そのとおりだ。過去、我々は貴重な忠言を無視したがために手痛い目に遭ってきたのだ。私は、彼らの警告を真剣に受け止めなければならないと思っている」

 

 

そういう大統領の脳裏には、太陽活動が異常増進をきたしたときの事だった。

彼は当時、黒田博士の言を信じてサイモン教授と藤堂平九郎長官の忠告を黙殺した。

その結果何が起こったかは彼自身が一番自覚しており、それ以来彼は宇宙の異変に敏感になっていたのだ。

 

 

「Mr.ヴィハ―ルも、仲間を根拠も無く愚弄するのはいただけない。先程の暴言は撤回しますね?」

 

 

「……………………は。少々、興奮してしまったようです」

 

 

満面の笑顔で問いかけるナムグンに冷水を浴びせられたように熱を醒まされたローハンは、言葉少なく発言を撤回した。

謝罪の言葉が無かった事にエリクは再び口を開こうとするが、ナムグンに視線で射抜かれると釈然としないと言わんばかりの態度のままどっかりと席に戻った。

 

事態がひとまず落ち着いた事を見計らって、ナムグンはさらに議論の進展を図る。

 

 

「大統領、閣下はいま我々が考えるべき事は何だとお考えですか?」

 

 

仕切り直しの切っ掛けとして話を振られたことを即座に理解した大統領は、浮ついた場の流れ引き締める為に、わざと勿体ぶって口を開いた。

 

 

「うむ……。まずは情報収集。もうひとつはガトランティス再侵攻への備え。あとは、救助者の処遇だと思う」

 

 

大統領の無言の意志を読み取って、酒井は敢えて平然とした口調で話を繋ぐ。

 

 

「防衛艦隊の再建についてですが、第三世代型主力戦艦については度重なる設計変更と『江凱』爆沈事故の影響で建造計画に大幅な遅延が生じています」

 

 

現状では、と前置きして酒井は記憶と頼りに防衛艦隊の現状を報告した。

 

 

「第三次整備計画の内、主力戦艦級が31隻、アンドロメダⅢ級が9隻竣工済となっております。現状の防衛艦隊と合わせれば、アンドロメダⅠ級2隻、アンドロメダⅡ級4隻、アンドロメダⅢ級9隻、主力戦艦級は第一世代が13隻、第二世代が19隻、第三世代が31隻。戦闘空母は5隻、巡洋艦は第一世代が18隻、第二世代が15隻、第三世代が37隻。駆逐艦が三世代全部で151隻となっています。しかし、先程も国防大臣が仰られていた通り、これだけの編成で敵に勝てるのかどうか、情報が一切ない現状では判断のしようがありません」

「しかし、情報収集といっても相手はアンドロメダ銀河、アレックス星に至っては250万光年先ですぞ。ガルマン・ガミラスから情報を仕入れようにも、デスラーは異次元断層の向こうですから……」

 

 

そう疑問を呈するのは財務大臣コンスタンス・カルヴァート。

 

アクエリアス戦役以来、デスラー率いるガルマン・ガミラスは調査と新天地の開拓をかねて異次元断層の向こうへ旅立っている。

デスラー自ら出向いているのは、赤色銀河との衝突でボラー連邦が壊滅したために敵がいなくなったこともあるが、再びアクエリアスのような災厄が起きないように断層の向こう側を徹底調査して、敵がいれば調伏させてくる気らしい。

したがって、今の天の河銀河中心付近には領地復興の陣頭指揮を執っているキーリング参謀長と最低限必要な戦力しかいないらしい。

 

 

「それでも、デスラーの股肱の臣であるキーリング参謀長なら、何か知っているかもしれない。特使を送って損はなかろう。Mr.酒井、遣ガルマン・ガミラス艦隊の編成を頼めるか?」

「閣議終了後、直ちに」

 

 

軽く頭を下げて黙礼する酒井。

 

 

「あとは、救助者の二人から事情聴取すれば事足りるでしょう。何せ、この件の当事者ですから」

 

 

ナムグンがこの話題について締めくくりにかかる。

年齢と政治家歴が私に次ぐ彼は、司会としてよく閣議をまわしてくれている。

 

救助者、か。

大統領は唇だけでそう呟いた。

 

 

「では、その救助者……報告書によるとアレックス星第三王女サンディ・アレクシアとその―――侍従猫? のブーケですが、彼女らの待遇と処遇をどういたしましょうか?王女ということになれば、独立した星間国家として国賓級の対応をとらなければならなくなりますが」

 

 

ナムグンが大統領へと伺いを立てる。

 

 

「内務大臣。その話はまだ時期尚早かと思われます」

 

 

そこにミシェルが噛みつくと、ナムグンは意外そうな表情でミシェルに首を向けた。

 

 

「……時期尚早? 王女への応対を決めるのに時期があるのか?」

 

 

ええ、と同意しながら、ミシェルは卓上の一点にポインタを差した。

 

 

「国賓として迎えるという事は、我々がアレックス星を承認するという事。当然、国賓とする以上はいずれ本国にお送りしなければなりません。そうなれば和親条約を締結して国交を結び、互いに連絡便をつくったり駐在大使を置いたりなど、様々な交流を図る必要があります。我々がアレックス星に対して何の需要が無くとも、です」

 

 

ミシェルはさんかく座銀河と天の河銀河の間で赤い光点を往復させる。

 

 

「250万光年も先の星へ安定かつ継続的に宇宙船を運用する技術を、我々は未だ持ち得ていません。万が一可能だとして、ガトランティス帝国と戦争中の星と国交を結ぶ事に何のメリットがありましょうか? いくら地球人類に酷似した種族でイスカンダルのスターシャの遠縁とはいえ、今この時期に国交を結べば、それはガトランティス帝国をいたずらに刺激することになります」

 

 

ハッとした顔をして、一転渋い顔をするナムグン。

他の閣僚もそのことに考えが至っていなかったのか、驚愕した表情をしている。

 

 

「報告書によると、戦艦『スターシャ』を含む遣イスカンダル艦隊がアレックス星を出発したのが約1年前で、太陽系に到達したのが今日の昼前。さんかく座銀河の近くにはガトランティス帝国の領地であろうアンドロメダ銀河。時間とリスクに相応な利益を得ることができるかどうかは未知数。このような星と交流を持つ事に、私は極めて懐疑的です」

 

 

一気にそこまで言い切ると、最年少の閣僚はゆっくりと席に戻る。

 

 

「なればこそ、我々はアレックス星について良く知り、熟慮の上で判断をしないといけないのです。軽々な決断は、後々になって問題を創出しかねません」

 

 

エリクも、10歳以上年下のミシェルの意見に賛同して、

 

 

「そもそも、アレックス星とやらが今もある保証などどこにもない。例え今はまだあったとしても、我々が援軍を送って到着する頃には占領されてしまっているのではないか? だとしたら国交を結ぶ必要もないし、国賓としてもてなす必要もないだろう」

 

 

と、反対の意を表した。

 

 

「そこまで仰るのなら、彼女達の待遇について腹案があるのでしょうな?」

 

 

一度は落ち着いたローハンが、再び疑いの目でミシェルに問う。

ええもちろん、とミシェルは頷いた。

 

 

「アレックス星の状況がはっきりして我々の取るべき道が決まるまでは、彼女たちには身分を隠してもらいます」

 

 

ほんの数瞬、場に沈黙が訪れる。

あまりに奇想天外すぎる提案に、初老を迎えつつある閣僚たちは頭の中で彼の言葉を反芻する。

 

 

 

「…………つまり、揉み消すということか?」

 

 

正気を疑うような目を向けるローハン。

エリクも驚きと呆れが半々の表情を浮かべる。

頷いたミシェルは、咀嚼するように、言い含めるように詳しく言いなおす。

 

 

「言い方を悪くすればそうなりましょう。――――――我々は戦艦『スターシャ』から誰も救出しなかった。『スターシャ』は戦闘の最中に撃沈され、生存者は誰ひとりいなかった。従って、我々はアレックス星に行く必要もなければ存在も知らない。――――――つまりは、そういうことです」

 

 

「くだらんっ。そんなことをしたって何の意味もない。第一、誰に対して隠すというのだ」

 

 

コンスタンスが、呆れ果てたと言わんばかりにプリントを放り投げる。

他の閣僚も相好を崩して苦笑いを浮かべる。

 

 

「勿論、ガトランティスにです」

 

 

ご説明いたしましょう、と言いながらミシェルは紅茶を一口すすった。

 

 

「この報告書を見る限りですが、ガトランティス帝国はアレックス王国軍との艦隊決戦のあと戦艦『スターシャ』を追いかける為に追討部隊を編成して、一ヶ月に渡る追撃戦を行ったようです。さて皆さん、たかが負傷艦一隻のために、一ヶ月も追いかけるなどということが通常あるでしょうか?」

「目当てはサンディ王女、だな」

 

 

ミシェルの言わんとする事が何を指すか、自然と察しはつく。

大統領は口に出して、他の閣僚は心の中でその名を呟いた。

 

 

「その可能性は大いにあります。サンディ王女を保護した事が向こうの知るところとなれば、必ずやガトランティスは攻めてくる事でしょう。今の地球防衛軍がガトランティスに勝てるかどうかはともかく、少なくない損害を受ける事は火を見るより明らか。そういった面でも、現状に於いてサンディ王女をアレックス星第一王女として扱う事は百害あって一利なしと言わざるをえません」

 

 

納得のため息が会議室に響く。

柔和な顔を崩さないナムグン内相も、対立していたローハン防相とアブラハーメク農商務相も、閣議が始まってから一言も発していない運輸相と文相も、特に異論はないようだ。

 

 

「幸いにも、ガトランティスの方は我々がサンディ王女を救出した事を知らないようです。ガルマン・ガミラスから情報を仕入れるか、或いは防衛軍の再建が完了するまでの間、彼女らを隠し通す事は十分に可能だと考えます」

「――――決まったな」

 

 

議論を締める為、大統領は立ち上がって宣言した。

 

 

「サンディ王女は当分の間、公式には辺境開拓地から避難してきた一般連邦市民として扱う。今後、傍受の恐れがある一切の通信手段に於いて彼女の名を出すことは禁止。地球、或いは近傍の小惑星にて厳重な保護と監視下に置く。異論はあるか?」

「彼女の身柄は、生命工学研究所の簗瀬博士の元に預けるのがよろしいかと思います。彼女はサーシャ―――真田澪育成において、養父真田志郎と共に多大な功績を挙げています。今度も上手くやってくれる事でしょう」

 

 

うむ、と大統領は鷹揚に頷く。

 

 

「ならば、サンディ王女の周辺については、簗瀬博士に一任しよう。後は閣議決定に従って、各人の権限の中で最大限に動いてくれ」

 

 

かくして、漂流者二人の運命は、30分足らずの閣議で確定した。




真田澪は、異星人研究の第一人者である簗瀬教授の助言の下、真田志郎が養父として育てていたという設定にしました。

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