宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

24 / 83
宣言通り、公試のお話です。
……3割ぐらいは。


第四話 (画像あり)

2207年 10月5日 7時39分 火星周回軌道上 『シナノ』左舷展望室

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

強化テクタイト製窓ガラスから入り込んでくるのは、太陽の白い光。

宇宙空間に居るとは思えないほど太陽光が明るく差し込んでくるのは、艦が火星の公転軌道面に対して平行になっているからだ。

 

ここは、数日に宴会を開いたのとは反対側の展望室。

右舷側と同じく部屋の隅には段ボール箱が山積みになっているが、多くの人間が集まっている点も先日と一緒だ。

皆、窓ガラスに張り付いて、一心不乱に外を眺めている。

『シナノ』の前方に楔型陣形で展開しているのは、白色彗星帝国からの鹵獲艦。正確には撃破した艦をサルベージして補修した艦だ。

地球防衛軍の艦艇色である鈍い銀色に再塗装され、第一世代型主力戦艦の艦橋を据え付けられた姿は、サイボーグを通り越してキメラめいている。

改彗星帝国ミサイル艦級護衛戦艦『ホワイトランサ―Ⅰ~Ⅳ』が護衛を勤めるなか恭介は、

 

 

「いや~、壮観な眺めですねぇ―――」

「確かに『シナノ』と同じ世代、同じコンセプトで建造された艦が一堂に揃うとは……。なんらかの政治的な意図を感じずにはいられないな」

 

 

新卒兵で技術班の部下にあたる大桶圭太郎とともに、『シナノ』と単横陣を組んで並走している各国の新型艦を眺めていた。

視界に入るは皆、各種公試のために地球から上がってきた各国の新型宇宙艦艇だ。

大桶は手元の携帯端末に目を落として、陣形を確認する。

 

 

「えっと、手前からアメリカからは『ニュージャージー』と『メリーランド』、イギリスは『ライオン』、フランスの『ジャン・バール』、ロシアは『モスクワ』ですね。そのうち、『シナノ』みたいに昔の艦を改装したのは『ニュージャージー』とイギリスの『ライオン』ですか」

 

 

頷きだけで答える。

正直、言われる前からどの艦がどこの国の船か、おおよその予想はついていた。

アメリカの二隻は事前に公開されている完成予想図を見たことがあるし、イギリスの艦は前半分が『プリンス・オブ・ウェールズ』にそっくりで容易に想像がつく。

ロシアは、独特過ぎてすぐ分かる。完成予想図をみて知ってはいたが、相変わらず不気味なデザインだ。

残る一隻は、消去法でフランス艦ということになる。黎明期の小型空母を彷彿とさせる、艦橋のない全通甲板。その両舷の傾斜装甲に、巡洋艦の中型衝撃砲を多数並べた外見。フランスは今まで独自設計の艦艇を造ったことないからどのようなデザインになるかと楽しみにしていたが、古いような新しいような判断のしにくいものを造ってきたものだ。

 

 

「元の上司から聞いたんだけどな。イギリスの艦は艦名こそ『ライオン』だが、その正体は水上戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』だ。わざわざマレー沖から引き揚げてきたらしい」

「『プリンス・オブ・ウェールズ』って、歴史の教科書にも載ってるあの艦ですか。でもイギリスなんて、もっと沢山戦艦あるでしょうに……」

「当時の艦は、ほとんどがスクラップ業者に売っちまったんだと。他に残っているのはスカパ・フローに沈んでいる『ロイヤル・オーク』のみ。あいつじゃ巡洋艦にもなりゃしない」

「なんと。当時の人が今の古艦ブームを知っていたら、絶対にスクラップになんかしないでしょうに」

 

 

ふるかん?と聞き直しかけて、中古の軍艦のことであることに気付く。

空き缶と語呂が似ているなどと思いつつ、

 

 

「それなら、イギリスはとっておきの中古艦を持ってるぞ」

 

 

つい先日仕入れたばかりのネタを振ってやった。

 

 

「はぁ。それは?」

「『ヴィクトリー』っていうんだ。何と今でも現役の軍艦で、艦歴442年の大ベテランだ」

「なんっスかそれ!ていうかどう考えても木造ですよね!?」

「ハハハハハッ。イギリスに『ヴィクトリー』を宇宙戦艦にする勇気あるかなー」

「いや、無いっしょ。現に、今回もそんな名前の船はありませんし」

「…………まぁ、無理だろうな」

 

 

マジレスされる。後輩は、笑いには造詣が深くなかったようだ。

 

 

「……で、他にはどんな艦がいるんだ?」

「右舷側にはアンドロメダⅢ級の『オハイオ』『ティルピッツ』『ヴァンガード』……。主力戦艦以下は無しですね」

「そりゃそうだ。8月にあんな事故が起こったんだ、誰も主力戦艦を造りたいなんて思わないさ」

 

 

恭介は呆れ混じりに言った。

「あんな事故」とは8月3日、中国が建造した第三世代型主力戦艦『江凱』が公試のため上海を出港して大気圏を離脱中、突如弾火薬庫から出火、爆散した事故の事だ。

大気圏離脱時の振動で厳重に固定されていたはずのミサイルが外れ、将棋倒しに次々とミサイルを巻き込んだ挙句に爆発したのだ。

死亡者76名、生存者はなし。破片はペリリュー沖から東南東の方角へ1400キロに渡って降り注いだ。

中国政府は事故の一週間後、「最後の通信を解析した結果、事故の原因はヒューマンエラーだった」とする会見を行ったが、宇宙艦艇の建造ノウハウを豊富に持つ旧列強各国はわずか一週間で行われた発表をまったく信じなかった。

各国は主力戦艦の製造及び運用を一斉に中断し、今は様子を見ている状態だ。

 

 

「でも、設計ミスじゃなかったんですよね?だったら造らないと勿体無いじゃないですか。建造途中のものも多いんじゃないですか?」

「だから余計に怖いんだよ。ほかの国だって馬鹿じゃない、すぐに公開されている設計図の見直しとか建造中の艦の点検とかをやっているはずなんだ。日本だって、俺達が研究所の表の仕事で検証をしたんだ。でも、設計ミスは一切見つからなかった」

「なら、中国政府の言うとおり、ヒューマンエラーだったってことじゃないですか」

 

 

不思議そうに首を傾げる大桶。こちらの危機感やら不安やらが一切伝わっていないらしい。

 

 

「ほかの国だったらそれで納得してるかもしれないんだが……。もともとあの艦は設計ミスやら構造上の欠陥ばかりで、修正を重ねてようやく採用にこじつけたっていう経緯があるから、本当にもう設計ミスがないのか、検証した俺達自身が信じきれないところがある。何より、事故後政府が会見を開いたのはこの一回きりで、それ以来事故については一切ノーコメントだ。いや、中国だけじゃない。こういうときには鬼の首を取ったように非難するアメリカも、だんまりを決め込んでいる。あまりに静か過ぎるんだ」

 

 

当時、真田さんが言っていたことを思い出す。

 

 

――――――なにやら危なっかしい外見だが、設計自体にミスはない。この図面を基に造って事故が起こったのなら、建造過程での現場のミスか、中国が言うとおりのヒューマンエラーか、誰かの破壊工作かしかない――――――

 

 

と、背後から人の近付く気配。

 

 

「アメリカと中国の間で、水面下で何かが起こっていて、他の国はその推移を見守っている、てところかな?」

「武谷か」

 

 

背後からかけられた声に振り向くと、にっこりした顔の武谷光輝が居た。

額の生え際で七三に分けられた長い前髪、肩まで届きそうな後ろ髪。

鼻筋がとおったほっそりとした顔は、テノールのさわやかな声質ともぴったり合っている。

細い体の線は、宇宙戦士とは思えないほどで。

女のような曲線めいた身のこなし、敬語というわけではないが誰にでも丁寧な口調というのもあいまって、初対面のときは「リアル系組合員の方か?」と疑ってしまうほどだ。

ちゃんと彼はノンケだし、付き合ってみれば心の奥底には熱い魂を宿していることは分かるのだが、初めて会った人にはイケメンを通り越して「女性っぽい」という印象だけが残ってしまうようだ。

現に隣で敬礼している大桶は、武谷が男と知ってもいまだにドギマギしているのだ。ちなみにこいつ、酒の勢いで武谷に告白してしまっている。いい加減に気持ちを切り替えればいいものを、このままではいずれ引き返せなくなるだろうに。

 

 

「僕はあの事故は、アメリカかヨーロッパのどこかの国が何かしら一枚噛んでるんじゃないかって思ったんだけどね」

 

 

窓の向こうの空母群に視線を向けたまま、武谷は恭介の隣に並ぶ。

 

 

「やっぱり武谷もそう思うか?」

「そりゃそうでしょ。あまりに欧米諸国にはおいしすぎる事故だもん。自慢の新鋭国産宇宙戦艦が公試を前に爆発事故!世間に与えるインパクトは抜群だよ。アジア勢勃興の出鼻をくじく意味でも、最高の材料だよ。よかったね、『シナノ』はそうならなくて」

 

 

バーン、といいながら両手を広げておどけてみせる武谷。

その冗談は笑うに笑えない。

 

 

「事故にせよ事件にせよ、もはや主力戦艦は建造できないだろうな。まったく、こんなことやってるから地球は異星人に襲われるんだ……」

「各国で健全に競争しなきゃいけないのが、互いに足を引っ張り合う競争になっちゃっているわけだね。互いを刺激し合って技術を高めていくために各国での建造が認められているのに、互いを貶める方に使っているんだから、嫌な話だよ」

 

 

二人してため息をつく。

各国での戦艦の建造を認めたのは、他ならぬ藤堂前長官だった。

国同士で競争させることで技術の発展を促すことが主たる目的であったが、各国の経済的・精神的再興の意図もあったと、前長官は以前話していた。

しかし藤堂さんの意図とは逆に、戦艦は昔のように国力の象徴、優位性の象徴として認識され、「星間」政治ではなく「国際」政治の道具とされて利用されてしまっている。

藤堂さんがことあるごとにヤマトに期待を寄せていたのも分かる話だ。

2203年に第二の地球探索が行われるまでは太陽系外までしか進出した事が無い諸外国に対して、ヤマトは銀河を二度も往復しており、宇宙航行については抜群の経験を持つ。

例えるなら、沿岸用の漁業船と世界周航をする冒険船の違い。

両者の乗組員の意識にどれだけの差異があるか、容易に想像がつくだろう。

大気圏を離れた瞬間に「国」でなく「星」に意識を切り替えることが、星間航行には必須なのだ。

藤堂前長官は言わなかったが、彼は乗員も含めてヤマトを評価していたのだ。

 

 

「ま、いまここで俺達が凹んでいてもしょうがないか。いつか、この艦がくだらないしがらみを断ち切ってくれるのを俺は祈るよ」

 

 

一年前に掲げた開発理念を思い出し、開発者たちは願いを託す。

 

 

「そのために造られた艦だからね、この『シナノ』は」

 

 

自分が造った艦が新たな争いの火種になっていることには、目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

同日9時22分 アメリカ宇宙軍アイオワ級宇宙空母『ニュージャージー』第一艦橋

 

 

艦首と艦尾からスラスターを目いっぱい噴かして、回避運動をとっていた日本の戦闘空母―――分類的には宇宙空母が直進に戻る。

あらかじめ先行する護衛戦艦から射出されて浮遊していた大小のダミーバルーンに対して、『シナノ』が上下主砲群を振りかざした。

公試は高機動航行試験から、射撃試験へと移行したのだ。

 

青白い閃光が断続的に煌めき、大きいバルーンには斉射で、小さなバルーンには交互一斉打ち方で狙い撃ちする。

続いて艦の左右に配置された護衛戦艦から挟撃するように放たれた、高速移動するバルーンには、上下のパルスレーザーが狙いを定める。

最初は各砲がバラバラに射撃をしていたが、やがて全ての砲座が一斉に同じ動きをしだす。どうやら各砲座に乗組員が配置してマニュアル操作していたのを、途中から艦橋からの一元操作に切り替えたようだ。

 

最後に、『シナノ』の前後左右上下に再展開した護衛戦艦が、ミサイルを一斉発射する。炸薬こそ入っていないものの、敵意をむき出しに『シナノ』に向かってくる様はただ漂っているだけのバルーンから比べれば間違いなく『実弾』だ。

対する『シナノ』も、全兵器一斉発射で迎え撃った。

砲という砲が各々別の目標を撃ち抜き、さらに艦首、煙突、舷側からSAMが一斉発射される。対空兵器の無い後方に対しては舷側SAM発射機の下、波動爆雷及び機雷投射機から次々と弾が撒かれる。

絶え間なく打ち寄せるミサイルの波が、撃破されて白い泡沫へと姿を変えていった。

 

 

 

『シナノ』の一連の公試を、エドワード・D・ムーアは艦長席から眺めていた。

制帽からこぼれた金髪は二筋垂らし、壮年を迎えた肌は徐々に日焼けを始めている。

眠気覚ましのコーヒーは5杯目を数え、薄めのブラックコーヒーでは味に飽きがきてしまって今はミルクコーヒーを飲んでいる。

 

視線は厳しい。

彼にとって『シナノ』は同世代のライバル艦であり、栄光ある合衆国への復活を妨げる目の上のたんこぶであった。

 

『ニュージャージー』を含むアイオワ級宇宙空母は、『シナノ』再建計画を察知した合衆国が対抗するために、地下都市から引き揚げられたものだ。

スパイから『シナノ』の設計図を入手した国防省は、4隻建造の予定だった宇宙空母を『オクラホマ』『メリーランド』の二隻で中止し、『シナノ』と同様に合衆国の象徴たるアイオワ級海上戦艦4隻を宇宙空母に改装する事を省議で決定した。

『シナノ』とアイオワ級戦艦を徹底比較した結果、アリゾナ級戦艦をベースにかつて計画段階で頓挫した航空戦艦構想を組み合わせると、設計期間を大幅に短縮できる事が判明した。

そうして完成した艦は、第二世代型主力戦艦をベースにアングルド・デッキを採用した『オクラホマ』級とはがらりと変わった様相の艦になったのだ。

 

『ニュージャージー』のステータスを呼び出す。

長く細い艦首の先には波動砲。アリゾナ級の横長の拡散波動砲に対して、口径が小さくて済む収束型波動砲だ。

武装は三連装主砲3基、三連装副砲2基。

艦橋はアリゾナ級をベースにしているが、艦後部に構造物が集中している『アリゾナ』に対して前後のバランスが改善されており、アイオワ級を意識して艦橋と一体化した煙突型パルスレーザーとウィングおよび強制冷却装置と一体化された煙突ミサイル発射機を備えている。

艦橋にしても、第二艦橋と電算室を一体化して肥大化しているため、よりいっそうアイオワ級の名残を残すこととなった。

艦後部には、両舷に大きく張り出した飛行甲板。甲板の両舷側は大型のエレベーター兼カタパルトになっており、一層下の格納庫から一度に5機のコスモタイガーを飛行甲板に揚げる事が出来る。

そのままカタパルトで射出すれば、スキージャンプを滑走して10機が一斉に発艦できるというわけだ。

 

現状では、『シナノ』と『ニュージャージー』のどちらが優秀かどうか、判断はつかない。しかし、かつては世界の警察とまでいわれていた合衆国が日本に後れをとる事は許せなかった。『ニュージャージー』が『シナノ』に対抗するために造られたのなら、尚更だ。

 

艦長席の背もたれに深く体重を預けて、口を一文字に結んで深呼吸する。

 

『ニュージャージー』と『シナノ』の違いは大きく分けて3つ。

砲塔の種類と数、パルスレーザーの数と配置、飛行甲板の形状だ。

『ニュージャージー』はアリゾナ級をなぞって三連装3基が前部に集中して配置され、同じくアリゾナ級を参考にして第二主砲塔の左右舷側に三連装副砲が1基ずつ配置されている。ヤマトと門数は一緒だが、副砲を撤去した『シナノ』よりは火力が高くなっている。

副砲は下方にも指向でき、一基しかない『シナノ』と違って柔軟な対応が可能だ。

パルスレーザーは艦の左右に連装砲が3基ずつ、第一煙突に煙突型無砲身パルスレーザーが12門。左右と上方に厚い弾幕を張ることができるが、これは『シナノ』には敵わない。

飛行甲板はこちらが一段に対して『シナノ』は二段。発艦能力は互角だろうか?

 

つまり、一長一短はあるが総じて五分五分。

あとは艦本体の性能―――航続距離、速度、機動と防御力―――になるが、流石にそういったところまでは分からない。

 

 

「『シナノ』全試験課程を終了。続いて、冥王星へのワープテストに入ります」

 

 

既に第一艦橋から視認できない距離まで離れた日本の艦は、青白い光に包まれて消えた。

 

 

「『ホワイトランサ―Ⅰ』より通信。『ニュージャージーの試験を開始する。艦隊より離脱して所定の宙域につけ』」

 

 

通信班長のシャロン・バーラットが告げる。

 

 

「さて諸君、主役の出番だ」

 

 

帽子のつばを持って軽く持ち上げ、髪をかきあげてから改めて目深にかぶりなおす。

 

 

「メインエンジン点火。面舵45度、上げ舵30度。試験宙域に進入する。総員、戦闘配置につけ。ただの試験と思うな、世界中に見せつけるくらいの気持ちで臨め!」

「Sir, yes, sir!」

 

 

青い舳先がゆっくりと右へと振り向き、並列に並んでいた艦隊から単艦抜けだす。そこにはいつか見た夜景のような、幾万もの星の瞬きがあった。

 

 

 

 

 

 

2207年 10月5日 ??時??分 アジア洲日本国某所

 

 

「他の星ではどうか知らないけど、少なくとも地球では人類は猿から進化したと言われてきた」

 

 

薄暗い部屋に、ハイヒールの音が反響する。

 

 

「自らの進化を終えた人類は、他者を進化することを始めた。要するに、文明の誕生ね。その究極は、ロボットの誕生かしら?ある意味人間より優れた人間を造り出すのだから」

 

 

天井の照明は点灯していない。そもそも、設置されていないのだ。

足元の暗い中、女は危なげない足取りで歩を進める。

 

 

「その力は星の環境を変え、粉々に破壊することさえできるようになった。―――そう、かつてのガミラスのように。ディンギル帝国のように」

 

 

女を照らす灯りは卓上のライト、電子機器のランプ、非常灯のみ。この部屋の光源はとても微かだ。

それでも女は歩くことをやめない。彼女にとってこの行為は、自分の意見を整理するために、現状を確認する作業をする際には必要な行動であったからだ。

 

 

「では、万物を変化させ、進化させる術を持った人類は、その矛先を自分へ向ける事は可能なのか? 人間は人間を進化させることは可能なのか?」

 

 

女の語りに相槌を打つ者はいない。

朗々と語る姿は、舞台の中央で長台詞を喋るヒロインにも似ている。

 

 

「そのひとつの到達点は、暗黒星団帝国。生殖機能さえ失った彼等は、人工的に造り出した人間の頭部に機械の胴体を取り付けた。しかし、やはり人間は人間の器を求めるものなのか、彼等は元の肉体を懐かしがり、地球人類の健康で健全な肉体を求めたわ」

 

 

白衣姿の女は、研究室に独りだった。

眼鏡が光を反射して、奥に潜む表情を隠す。

アップに纏めた髪が、歩くたびに揺らぐ。

 

 

「人類には機械の体は馴染まない。せいぜい、義手義足がいいとこね。それは、人間は自己の肉体にアイデンティティーを求めるということ。機械の体が欲しいなら、心も機械になるしかないという訳ね。……でも、生物学的にはどうかしら?」

 

 

生物学者の独りごとは続く。

ゆっくりと歩きながら、言葉にしながら考えを纏めていく仕草は、小説に登場する名探偵のそれだ。

 

 

「異星人との交配。異なる肉体、異なる能力を持つ人類が交合して生まれる、新人類。……あるいは、交配に依らない新人類」

 

 

パソコンのほの暗い光が、白衣を青く染める。

ポケットに手を突っ込んだままゆっくりと、しかし真っすぐに研究室の最奥へ向かっていく。

 

 

「どちらも殆ど例は無いけど、かといって全くない訳ではない。前者は地球人古代守とイスカンダル星の女王スターシャとの娘、サーシャ。報告によると、彼女は生後僅か一年で、地球人類で15歳から18歳程度に相当する身体的特徴を持つまでに成長した。また、イスカンダル人故なのか女王の血筋なのか、地球人にはない異能の力を持っていた」

 

 

女は、電気がついていない研究室において唯一明るい場所へ向かう。

大きな試験管が左右に立ち並ぶエリアへ。

 

 

「後者の例は、地球防衛軍軍人、島大介。ガトランティス戦役の際に負傷した彼は、反物質を操る超能力を持つ宇宙人であるテレサの輸血を受け、一命を取り留めた。何故生物学的に異なる起源をもつはずの生物の間で輸血ができたのかとか、何故異能が発現しなかったのかとか疑問はあるけど、異星人の血が入ったことは間違いない。帰還後の入院検査の際に取ったデータでも、それは確認されている。島大介はあのときから、厳密な意味では地球人をやめていた」

 

 

試験管は下からライトアップされていて、中の様子がクリアに見えている。

ゴボ……という押し殺した音と共に、試験管の底から泡が湧く。

泡が這い上がる試験官の中で、黄色い液に浸かりながら浮いているのは、人間の標本。

全身の者もあれば、首だけのものもあるそれは、一個の生命としては間違いなく死んでいるものの、培養液のおかげで細胞単位では辛うじて生きていた。

その人間の肌は、多くが緑色や青色をしている。

 

 

「…………そして、もうひとり。現状で宇宙に唯一といっていい、生きた交雑種。……いや、正確には『混じりもの』と言ったほうが正しいかしら」

 

 

最終目的地の前に至った女は歩みを止め、一際大きい試験管を見上げる。

異星人にしては貴重と言える、地球人類と同じ黄色系の肌。

金糸のような鮮やかな長髪は、そよ風に揺られる旗のように悠然とたなびく。

目鼻立ちの通った顔。

すらりと伸びた手足に、八頭身の見事なプロポーション。

 

 

「あの子を調べることで、人類はより正しい方向に進化する道標を得ることができる。そこから生み出された技術は、地球という牢獄から脱出した人類の新たな武器になるかもしれない。それは、とっても素晴らしい事だわ」

 

 

絶滅寸前だった地球にヤマト派遣を決断させた、福音の女。

火星に不時着したものの地球人に出会う前に息絶えてしまった、不幸な女。

その到来だけでも人類の運命を左右したのに、もし現在も生きていたなら、我々にいかなる影響を与えたか、想像できない。

その女のなれの果てが、ここにある。

 

 

「あの子が宇宙に出ることで、どんな変化が生まれ、どんなデータを叩きだしてくれるのか、一科学者としてはとっても楽しみよ。あなたはどう思うかしら?―――――――――サーシャ」

 

 

現存する唯一のイスカンダル人が、その屍体を力なく揺らめかしていた。




謎の女生物学者の独白は、100%筆者の独自設定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。