宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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建造編はこれにて終了です。


第五話

2207年 7月24日 9時15分 アジア洲日本国京都 防衛省内事務次官政務室

 

 

 

防衛省事務次官、水野進太郎は悩んでいた。

 

先日、宇宙空母『シナノ』―――実質的には対艦戦闘能力が強化された戦闘空母、外見としては航空戦艦そのものなのだが―――の(再)進水式を終えたので、乗組員定員表に基づいて艤装員を任命しなければならないのだ。

予定表によると、艦内要員は96名、飛行科が144名、計240名。

内訳としては艦長のほか戦闘班が20名、航海班12名、技術班20名、生活班18名、機関部25名。戦闘班飛行科がパイロットが120名、整備士が24名。

正直なところ、一隻に乗り込む人数としては桁違いの多さだ。

 

アンドロメダ級では飛行科49名を含めて計95名、Ⅱ級は飛行科の定員が更に減って合計72名。

Ⅲ級は有人化が復活して88名。

最も少ないアンドロメダⅡ級の3倍以上の人員は、オート化が進んだ現代の軍艦においては無駄以外の何物でもない。

 

理由は分かっている。

艦載機パイロットと整備士の数が多すぎる所為だ。

『シナノ』に搭載される機数は、コスモタイガーⅡ戦闘機が48機、コスモタイガーⅡ雷撃機が24機の合計72機。

これだけで艦内要員を越えてしまう。

ヤマトの倍近い搭載機数に加え、対艦攻撃の要となる雷撃機が三座であるため、機数以上に乗組員が増えてしまっているのだ。

本来ならば整備士の数はもっと必要だろうし、パイロットも交替要員がいないのは非常に問題がある。

かつては交替要員も無く、人員不足ゆえに一人でいくつもの班を掛け持ちしていたものなのだが、全長300メートルにも満たない艦体に240名もの乗組員を詰め込むのもどうしたものかと疑問に思わないわけではない。

 

しかし、それよりも問題なのは、『シナノ』の艦内要員に適切な人員がいないということだ。

通常、新造の軍艦には新規配属の乗組員と他艦からの引き抜きの両方が配属される。

軍艦の運用に慣れたベテラン乗組員と宇宙戦士訓練学校を卒業したばかりの新米乗組員をバランスよく混ぜることで、新造艦の早期戦力化を図るのだ。

しかし、水上戦艦の改造艦である『シナノ』は、ヤマトと同様に他の艦とは一線を画した艦内構造をしている。ベテランでも一から艦内構造を覚え直さなければならないそうだ。

かといって、乗組員を全員新米にしたら、特別訓練生でもいないかぎり、とてもではないが軍艦としての役には立たないだろう。

 

人事教育局も考えあぐねたらしく、『シナノ』の艤装員候補として4つの人事案を提出してきた。

 

一つは、従来通り新米とベテランを混ぜる案。

二番目は、いっそのこと旧ヤマトの乗組員を全員『シナノ』に放り込んでしまう方法。ヤマトに慣れ親しんでいる元乗組員が乗れば、『シナノ』はこのうえない戦力になる。しかし、既に退役した者や昇進して別の役職に就いている者を引っ張ってくるのはほぼ不可能だ。

三つ目は、反対にほぼ全員を新米で埋めてしまう案。

この方法はヤマトがガトランティス戦役後に行ったもので、強力な指導者―――沖田十三や古代進のような艦長―――のしごきがあれば化ける可能性もあるが、当然ながらリスクも高い。

最後は、呼び戻す人数を最小限に留め、地球にいる予備役軍人や軍人経験者に復隊を要請して新米との間隙を埋める方法。折衷案ともいえる。

いずれの方法も一長一短。

ならば、下手に新しい事をして失敗するよりも、先例を踏襲した方がいいに決まっている。

やはり、一番目の案を採用するのが無難な選択だろうか。

 

プルルルルッ!

 

と、唐突に卓上の電話が鳴る。

隣室にいる秘書からだった。

 

 

「どうした?」

「受付に、地球連邦生命工学研究所の簗瀬由紀子博士と地球連邦大学のフランク・マックブライト教授がいらっしゃっています」

「生工研の簗瀬博士とマックブライト教授が? 今日は面会の予定はあったかな?」

 

 

生命工学研究所の簗瀬博士といえば、異星人研究の第一人者。今までも来寇してきた異星人の捕虜や遺体を分析して、様々な成果を挙げてきた。現在では、異星人研究のデータを活かして地球人の地球外環境適応の方法を模索しているという。

マックブライト教授はイスカンダルからもたらされたコスモクリーナーDの解析と量産に成功した、地球復興の立役者。彼の功績によって量産されたコスモクリーナーDMPは、軍民問わず全ての宇宙船に搭載されるようになった。今の研究目標は、確かコスモクリーナーの小型化だったと思う。

どちらも業界内では超が着くほどの有名人だが、たかだか一国家の防衛事務次官とは全く接点のない二人ではある。

 

 

「はい、2週間前に面会の申し込みがありましたので受けています。今朝も申し上げたはずですが……」

 

 

―――そう言われれば、そうだったかもしれない。いかん、朝は二日酔いで頭痛がひどくて、秘書が今日の予定をまともに聞いていなかった。

 

 

「体調が優れないのでしたら、後日また来ていただくように致しますが?」

「……いや、会おう。確かに体調は優れないが、これはこれで良い気分転換になるかもしれない。」

「かしこまりました」

 

 

電話を切ると、腕を組んで椅子の背もたれに体重を預けた。

 

全く住む世界の違うはずの二人が、これまた全く接点のない私に会いたいという。

なんとも、胡散臭い話ではないか。

どんな話をしに来たのかは知らないが、まともな類の話ではあるまい。

くだらない話ならばその場はお茶を濁して聞き流すなり、鼻で笑ってお帰り願えばいい。

不穏な話なら、上に注進すればいい。

興味深い話なら……経歴に瑕がつかないものなら乗ってもいい。功績に繋がるのなら尚更だ。

 

コンコンコンコン

 

 

「失礼します。御二人を御案内しました」

 

 

そう言って扉を開けた秘書に続いて入ってきたのは、壮年の男女。

スーツ姿の男の方―――マックブライト教授―――は、名前とは似つかない褐色の肌をしている。インド系の血が流れているのだろうか。

一方の女性―――簗瀬博士―――は、背中の半ばまで伸びた黒髪と顔形を見る限り、純粋な日本人のようだ。口元に湛えた柔和な笑みは、こういう状況でなければさぞ周囲の人々に安心感を与えているのだろう。

だが、今の水野の眼には思惑を隠した仮面にしか見えない。

水野は、実際に二人と相対しても何故二人が自分を尋ねてきたのか、見当がつかなかった。

 

 

「初めまして、地球連邦大学宇宙工学研究科のフランク・マックブライトです」

「生命工学研究所異星人研究課の簗瀬由紀子です」

 

 

「防衛省事務次官の水野進太郎です。地球を代表する科学者である御二人に御目にかかれて、大変光栄です」

 

 

互いに、ひとしきり額面通りの挨拶と握手を交わす。

二人をソファに着席を促すと、自らも向かいのソファに腰を下ろした。

 

 

「―――それで、科学者である御二人が、如何なる御用事で私を訪ねられたのですかな?お互いの仕事にはさほど接点があるようには思われないのですが」

「おや、関係ないとは心外ですな。コスモクリーナーDMPは軍には全く関係ないと仰られますか?」

「異星人研究だって、地球防衛軍には必要不可欠ではなくて?」

「いや、はっはっは。―――確かにそうでしたな。御二人の研究のおかげで、我々地球防衛軍は本当に助かっております」

 

 

こちらの言わんとしている事を分かっているくせに敢えて無視して、恩着せがましく軍と自分達との関係を主張してくる。

どうも、友好的に話を進めたいわけではないようだ。

それとも、この二人にそれほどの権力があるのだろうか?

……或いは、二人が私に何らかの要求をするとして、それを私が受け入れざるを得ない事が分かっているから、こういった態度に出ているのだろうか。

どちらにせよ、こちらには判断する情報が少なすぎる。

そもそも、何故この二人が揃って私のところを訪れたのか、それすら不明なのだ。

 

 

「それでは、御二人の間にも何か御交流があるのですか?」

「ええ、うちの一人娘が教授のところでお世話になっていまして」

「そうです。アカネさんは私のゼミに所属している学生でもずば抜けて優秀です」

 

 

教師と生徒の親の間柄だ、と二人はあっさりと答える。

調べればすぐに分かる事だ、おそらく二人の言う事は間違ってはいないのだろう。

 

 

「うちの息子は宇宙戦士訓練学校出身ですから、水野さんも私にとってはお世話になっている上司という事になりますわ」

「そうでしたか。息子さんの御名前はなんと?」

「篠田恭介です。今では、国立宇宙技術研究所に技術士官として勤めていますわ」

 

 

不審感に眉が動きそうになるのを反射的に抑える。

苗字が違うのは、恐らくは彼女が夫と離婚したからだろう。そして、恭介と呼ばれる息子が父親の元へと引き取られていったのであろうことは、容易に想像がつく。

それよりも気になったのは、息子さんが国立宇宙技術研究所に勤務している点だ。

つまり、もしかしたら簗瀬博士は息子さんを経由して宇宙技術研究所と繋がりを持っている可能性がある。

二人に向けた視線をそらさずに、手元の資料に意識だけを向ける。

 

……まさかとはおもうが、用件とは『シナノ』に関する事だろうか?

宇宙技術研究所と防衛省を結ぶもので今一番動きが活発なものは、建造途中の『シナノ』の事だ。

「ただ息子が宇宙技術研究所に勤めている」というだけならば、何も気にする事は無い。しかし、彼女はこうして何らかの目的で私に働きかけをしようとしてきている事実と鑑みれば、両者が無関係と断じるには都合が良すぎ、またタイミングが良すぎた。

『シナノ』が関係する事ならば、コスモクリーナーDMPの開発者であるマックブライト氏と繋がりがあっても違和感はない。いや、むしろマックブライト氏が娘さん経由で簗瀬博士と接触したと考えた方がスッキリする。

ならば、本命はマックブライト氏のほうか。

用件は……建造中の『シナノ』と合わせて考えると、「新型コスモクリーナーを載せる便宜を図ってもらいたい」とかだろう。

マックブライト教授は先月、自身が持っているゼミの授業の一環として『シナノ』の建造現場に生徒を引率している。あのときは未来の若者の為にと思って許可を出したのだが、それも今回の訪問に関係しているのだろうか。

 

 

「それでは、本日伺った本題に入りましょうか」

 

 

水野の推測は、マックブライト氏が話の本筋を切り出したことで確信に変わった。

 

 

「―――――実は、今そちらで建造中の『シナノ』にある物と人をのせていただきたいのです」

 

 

 

 

 

 

2207年 8月15日 22時44分 アジア洲日本国愛知県名古屋市某アパート2階1号室 篠田恭介宅

 

 

「あ―――――――――――っ、疲れた……」

 

 

郵便受けに入っていた郵便物を枕の上に放り投げ、恭介はベッドにダイブする。

『シナノ』の設計が終わって半年が過ぎた。本来ならあとの事は現場に任せて、自分達設計技師は時々様子を見に行く程度で済むはずだ。現に、つい二週間前まではそうだった。

それが一変したのは、京都の防衛省からの緊急指令だった。

話を受けた所長曰く、「地球連邦大学が新開発したコスモクリーナーEの稼働実験を『シナノ』にて行いたい」とのこと。

当然、恭介達は激怒した。

いくらコスモクリーナー量産の立役者とはいえ、たかだか一大学の教授の我儘を防衛省が飲んだのだ。

それだけなら、防衛省の弱腰を批判していれば気もまぎれる。

腹立たしいのは、そのとばっちりが全てこちらに回ってきていることだ。

新型コスモクリーナーの実証実験ということは、故障や不具合が起こる可能性が高いということだ。いや、必ず起こると言い切っても過言ではないだろう。

万能な空気清浄機であり対NBC戦の切り札であるコスモクリーナーに故障が起きたら、最優先に修理しなければならない。コスモクリーナー程の大型機械ともなれば、修理にもクレーンやマニュピレータなどそれなりの設備が必要だ。それこそ、最低でもヤマトの艦内工場レベルのものが無ければ話にならない。

そして、『シナノ』の艦内工場はコスモクリーナーDMPの設置されている部屋と一続きになっていて、艦の最奥にある。とてもじゃないが、一辺10メートル立方は場所を取るコスモクリーナーをもう一台置ける余裕はない。

 

つまり、『シナノ』にコスモクリーナーEを取り付けるには、既に設置してあるコスモクリーナーDMPを解体してかわりにコスモクリーナーEを据え置くか、艦内のどこかにコスモクリーナーEと整備のためだけの艦内工場を新設するかのどちらかを選択しなければならないのだ。

 

当然ながら研究所は、使えるかどうかわかったもんじゃないコスモクリーナーEに入れ替えるよりも、無理して工場を増設してでもコスモクリーナーDMPを残す方を採った。

 

それ以来職員は皆、艦の再設計に忙殺された。

工場の設置位置の検討や規模の選定、通風孔や配線の再配置、艦の質量バランスの再計算など、各課と基本計画班が総出で取りかかったのだ。

結局、設計期間を短縮するため増設する場所は艦底部前面の下部第一主砲前に決定した。ヤマトの艦内工場があった場所だ。『シナノ』には元々その場所に亜空間ソナーを設置する予定だったが、上部第一主砲前、かつてハイドロコスモジェン砲が搭載されていた位置に移すことで何とか解決した。

結果として『シナノ』は、コスモクリーナーと艦内工場を2つずつ持ちながらも工場としての能力は並み程度、そのくせ冗長性のないカツカツな設計となってしまった。

これでは、ヤマトのように新兵器や新装備を余剰箇所に搭載することができない。

『シナノ』はヤマトの後継という理念から、また一歩遠のいてしまったと言える。

 

設計が終わった後はドックに設計図を持ち込んで、設計変更に基づく工事の手順などついて現場と話を詰めた。元々亜空間ソナーの収納空間としてがらんどうに造っていたため工事そのものに大した手間はかからなかったが、やはり一度造ったソナー格納庫を解体して造り直すことは現場の作業員からブーイングを浴びた。

 

それでも、昨日あたりからようやく工事が軌道に乗ってきた。

ようやくひと段落を付けて、明日の休みをとりつける事が出来たのだ。

 

 

「といっても、明日は部屋の片付けに追われるんだろうな―――。かったりぃ……」

 

 

寝転がったままネクタイを外し、ワイシャツを脱ぎ、ズボンを脱ぐ。枕元のリモコンに手を伸ばし、エアコンを冷房の強に設定。

シャワーだけでも浴びたいが、一度横たわってしまった体はもう言う事を聞かない。足下でいいか、と放置した。

 

今にも飛びそうな意識で考えるのは、今日の朝礼の際に所長から伝えられた辞令。

 

 

「宇宙戦士訓練学校第34期卒業生篠田恭介、宇宙空母『シナノ』艤装員への転属を命ず」

 

 

辞令を下されたのは恭介だけではない。

砲熕課の武谷、水雷課の成田、電気課の後藤、造機課の徳田、航海課の遊佐、異次元課の小川が、俺と同様に『シナノ』への乗艦を命じられたのだ。

 

辞令を受けた者達は、揃って反発した。

それは決して、訓練学校を卒業して以来ずっと予備役になっている自分達が軍人に、しかも自らが設計の一端を担った艦への乗り組みを命じられた事に対する反発だけではない。

今回の人事が、あきらかに副課長という中途半端な役職を解散させるためのものだったからだ。

 

《どういうことですか! なんで俺達技術屋がいまさら軍艦に乗らなきゃいけないんですか!》

《10年はクビにならないって話だったんじゃないんですか!?》

《訓練学校を卒業して何年経ったと思ってるんですか。無理ですよ》

(第一、配属されて何するんですか? 下っ端みたいにダメコンやれって言うんですか》

《いくら砲熕課出身だからって戦闘班に配属されてもなにもできませんよ。生活班なんて真っ平ごめんですからね!》

《そんなに副課長って立場が気に食わないんですか防衛省のやつらは! そんなに俺達を殺したいんですか!》

《副課長ポストを作ったのは向こうじゃないですか。それを今頃になって……》

《所長! 俺達を守ってくれるんじゃなかったんですか!》

《答えてください所長!》

 

次々に所長に食って掛かる。

所長は腕を組んで瞑目したまま、恭介たちの口撃を黙って甘受していた。

 

《お前たちの言いたいことは良く分かる。俺も最初は猛反対した。事務次官のやつをぶん殴ってやったさ。だがな、その後考え直して、俺の判断で、話を受けた》

《何故ですか! 俺たちは所長を信じてたのに!》

《お前らには、足りないものがあるからだ》

《だからって戦場に行けって言うんですか!? 死んだらどうするんですか!》

《それだよ、成田。俺や課長達にあってお前らにないもの。実戦経験だ》

《!?》

《そ、それが何だって言うんですか。実戦経験が無くたって艦の設計はできます!》

《そうです! 今の地球連邦の船はみんな、実戦経験ない人が設計した者じゃないですか!》

《いや、無理だ。『シナノ』の設計をして痛感した。やはり、設計する人間は運用する人間のことを考えてはいない。だからこそ俺は、藤堂さんと話し合って南部君を設計陣に招いたんだ。最初にビッグY計画のことを話したとき、木村が言っていただろうが。「実戦経験をしていない自分たちがデザインをしていいのか」と。まさにそのとおりだったんだよ》

《……!!》

《お前らは若い。独創的な発想ができることは、『シナノ』の設計をしたときに良く分かった。だがな、優秀な設計技師というのは、長所と短所を同時に提示できることが大事なんだ》

《…………》

《実際に異星人と戦う機会はあるかどうかは、俺には分からん。だが、訓練学校の時のようにたかだか火星まで散歩に行くんじゃなくて、太陽系の外に出て、しっかりと軍人としての経験を積んでこい。そうしたらお前ら全員、またここに呼び戻してやる。だから、行ってこい。一人前になる為に》

《…………………………了解……しました》

 

もう、誰も何も言えなかった。皆がうなだれたまま、失意と落胆のまま辞令を受け取った。

 

恭介もその一人だった。

 

 

「『シナノ』が完成したら、しばらくはこの部屋ともおさらば、か」

 

 

パンツ一丁のまま、眠さに閉じた瞼の裏から、見慣れた天井を呆然と眺める。

仕事先にほど近いこの部屋を借りて、4年目。

少なくない思い出が、決して広くない1LDKの部屋に詰まっている。

同僚を呼んで朝まで飲んだ。

休日を潰して南部さん達と麻雀を打った。

米倉さん達とエロ本の交換会もやった。

あかねが名古屋に来ると聞いて、この部屋に泊まると勘違いして慌てて部屋中を掃除したのは、つい先日の事だ。

宇宙に出れば最低でも数ヶ月、下手したら年単位で家に帰れない。

長期間部屋を空けるのだから、出立前に大掃除をして綺麗にしておかないといけない。

少なくとも冷蔵庫の中は空っぽにしておかないと、帰って来た時悲惨な事になる。

家賃も、無理して前払いするか帰ってくるまで待ってもらうか、大家さんに相談しなければならないし、電気やガス、水道代などもしかり。

だが、それも明日以降の話。

今日はあまりにもいろんなことがあり過ぎて、もう体力的には精神的にも限界だった。

 

 

「暑い……でも、もう無理……」

 

 

帰ってきたばかりの部屋は空気が籠っており、サウナのように暑い。このまま眠りについたら、熱中症になるかもしれない。しかし、冷房をかける暇すら惜しいと、恭介は早々に意識を手放した。

 

 

Zzzz……

Zzzzzzz…………

Zzzzzzzzzz………………

 

 

 

 

 

プルルルルッ! プルルルルッ!プルルルルッ!

 

 

「うるせぇ、こんな時間に誰だ……て、あかねか」

 

 

携帯電話のディスプレイに表示された名前を見て、眠気が一気に霧散する。

通話ボタンを押して、そのまま頭の上にポイッと放る。顔を映す為にわざわざ腕を上げて携帯電話を持つ気はさらさらない。

 

 

「もしもし恭介ってなにこれ、また顔映ってないんだけど? しかも真っ白けなのは何で? ホワイトアウト?」

 

 

前々からうっすらとは思っていたが、電話口のあかねは幼児並みに頭の中が残念だ。

指摘してやろうかとも思ったが、疲労困憊の恭介はそれすらも億劫だった。

 

 

「ん――、あかねか。どうした?」

 

 

面倒くさいので、そのまま通話を始めた。

 

 

「え? 恭介、どこにいるの? 透明人間?」

「電話の側にいるだけだよ。カメラに映ってるのは天井だ。何がホワイトアウトだ馬鹿」

「あ、なーんだ……。びっくりさせないでよ。顔出さないんだったらSOUND ONLYにしといてくれたらいいのに」

 

 

半年前に、それで散々顔出せ顔出せとしつこく言ってきたのは誰だ。

 

 

「ま、いいわ。それより……、恭介に報告と、相談したい事があるんだけど……いま大丈夫?」

 

 

急に口調が変わったことにドキッとする。

いつにない、電話越しでも真剣な声。

あかねが何か重大なことを告げようとしているのが分かる。

上半身を起こして、ベッドに放った携帯電話を見た。

 

 

「まず……ね。私、大学院に行く事にしたんだ。ていうか、もう合格してるの」

「そうか、由紀子さんの許可はとっているのか?」

「うん。相談したら、いいよって。でね、恭介。私が今研究していることについては知ってるよね?」

「コスモクリーナーの小型化、だっけか?」

「そう。それでね、私達のゼミが開発したコスモクリーナーの新型が、実証実験の為に宇宙船に搭載されることになったの。なんか、マックブライト教授が軍の人に掛け合ってくれたみたいで」

 

 

新型のコスモクリーナーとは、『シナノ』に搭載されるE型のことか。

あの人が全ての元凶だったのか、と恭介は心のブラックリストに彼の浅黒い顔を登録した。

 

 

「で、その実験にはマックブライト教授が責任者として立ち会うんだけど、『大学院生として研究を続けるなら、良い経験になるから』って、私にもお誘いが来たの」

「凄い事じゃないか。お誘いがきたってことは、あの教授に認められたってことだろう?」

「でも、そうすると私、教授や先輩の大学院生と一緒に宇宙に行くことになっちゃうんだよ? それでいいの? 恭介は」

 

 

ん、と言葉に詰まる。

コスモクリーナーの実験につきあうという事は、『シナノ』に乗るという事だ。

軍艦である『シナノ』に乗るという事は、当然戦争に巻き込まれる可能性が高い事を意味する。

以前防衛軍資料室から借りてきた資料を思い出す。

ガトランティス戦役の際、ヤマトは地球とテレザート星を往復する間に幾度となく死闘を繰り広げて満身創痍になった。

終戦時、乗員114名のうち生き残ったのは僅かに19名という状態だったそうだ。

星間戦争とは、それだけ凄惨なものなのだ。

 

 

「お母さんを東京に一人ぼっちにしちゃうし、私宇宙に行ったことないから怖いし……。だから、宇宙に行くのは断ろうと思うんだけど、お母さんは行った方がいいって強く勧めてくるのよ。だから私、迷っちゃって……」

 

 

兄として男として、妹の様に慕っている娘を、密かに惚れている女をそんな危険にさらす訳にはいかない。

寝返りを打って携帯電話を両手で掴み、ディスプレイのあかねを正面から見る。

今日のあかねのパジャマは水色の無地。去年帰省したときはピンクだったから、買い換えたのか。

 

 

「そうだな……。俺も『シナノ』に乗って宇宙に行っちゃうし、あかねまで来ちゃったら地球に由紀子さん一人きりか……。うん、行かなくて済むなら行かなくてもいいと思う。俺としても、危険なところにあかねを連れて行きたくない」

「…………恭介。今、聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど。もしかして、あんた『シナノ』に乗るの?」

 

 

そう言って、先ほどとは一転して怪訝な表情を浮かべる妹。

あからさまに眉間にしわを寄せるあかねは、可愛くも恐ろしくもある。

なんか、また嫌な予感がする。

 

 

「あ、ああ、そう言えば言って無かったっけ。今朝うちの所長から辞令が来てな。竣工と同時に乗組員として配属されるんだ。あかねが言ってる宇宙船って『シナノ』だろ?」

「ふ~~~~~ん。恭介、『シナノ』に乗るんだ―――。………………………エッチ。スケベ。ヘンタイ」

「んなぁ!? 何故にいきなりそんないわれも無い罵倒を受けなきゃいかんの!?」

 

 

前触れなくボロクソにけなすあかね。

いわれなき罵倒に言い返すが、こうなったときのあかねは人の意見など聞いてくれない。

 

 

「だって! うちのゼミ生、女の子ばっかりなんだもん! そうしたら恭介、ハーレム状態だよ! やっぱりヘンタイじゃない!」

「お前のゼミの男女比なんぞ知った事か、ていうかハーレムなんかならねぇよ! 俺はそんな風に見られていたのか!」

 

 

自動化が進んだとはいえ、軍艦には100名近くの男女が乗艦する。そのくらい、あかねも知らないはずはないのだが、

 

 

「当たり前じゃない!」

 

 

あかねの中にある恭介像は、その程度では揺るがないほどに悪かったようだ。

 

 

「アンタ、名古屋に行ってる間にヘンタイになっちゃったじゃない!」

「去年帰省した時の白衣ネタを言ってるのか? そんな昔の事をいまさら!?」

「だから、宇宙に行っちゃったら恭介の事だからハーレムくらい作りかねないわ! 甲斐性なし! 女の敵! 淫乱!」

 

 

脱力して携帯を手放し、枕に顔を埋める。

もはや恭介の心は、シャープペンの芯のように簡単に折れそうだ。

恭介の心労は、ここに至ってピークに達していた。

 

 

「決めた! アンタが鬼畜の道に走らないように、私がずっと監視してあげる! だから恭介、覚悟しときなさいよ!」

「――――――――――――もう、なんでもいいです………………グスン」

 

 

何やら重大な事を言われた様な気がするが、心に深い傷を負った今の彼には、それを考える余裕など残されていなかった。




次回からは出撃編になります。
ようやく戦闘シーンが登場します。

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