宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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始動編も佳境に入ってまいりました。


第十三話

2207年1月5日0時44分 ???

 

 

「万事、うまくいったようですね」

「ああ、全て君の情報提供のおかげだよ。よくやってくれた」

「祖国のお役にたてたなら、何よりです」

「それで、今現在の奴らの反応はどうかね?」

「今日から仕事始めでしたが、皆が皆、死んだような眼をしています。あれでは、当分の間まともな活動はできないでしょう。半年近く続いた計画がオジャンになったのですから、当然と言えますが」

「条約発効まで時間稼ぎできそうか?」

「ええ、その点は問題ありません。失意のあまり長期休暇を取ってしまった者も少なからずいます。その中には計画の中心人物だった人間もいますから、敗者復活はありえないと断言できますよ」

「そうか、ならば結構。こちらとしても苦労した甲斐があったというものだ」

「今回の条約を通すために裏で相当手を回したんじゃないですか?今回はいくら札束が飛んだのやら」

「さあ、それは知らないな。今回の成果は、各国駐在の大使(・・・・・・・)が御苦労にも事前に入念な交渉をしてくれたからではないかね?」

「……ええ、勿論ですとも」

「よろしい。事前の打ち合わせ通り、今後は奴らが息を吹き返さないよう工作を進めてくれ。特に、抜け道の事は絶対に気づかれないように」

「承知しております。ただ、藤堂と真田についてはこちらから手は出せませんが」

「問題は無い。彼等はこちらで手を打とう」

「有難うございます。……それでは、これ以上の通信は足がつくかもしれませんので」

「ああ。また動きがあるまで連絡は断つ。くれぐれも気取られるなよ」

「はっ」

 

 

 

 

 

 

2207年 1月5日 1時00分 ???

 

 

「15分ほど前に、彼らと本国が通信しているのを傍受しました。やはり、アメリカは裏工作にラングレーを使っていたようです。」

「つまり、君のような二重スパイが既に各国に潜り込んでいるというわけか」

「私と全く同じかどうかは分かりませんが、そう考えてよろしいかと。通信の内容までは分からなかったので、断定なことは言えませんが」

「……ディンギル帝国戦役からわずか3年で、そこまで彼らの情報網が復活しているとは。流石はかつて世界の警察を標榜していただけの事はある」

「それは、我らもそうですが。それより、本国の中にも既に居るかもしれません」

「いや、間違いなくいるだろうな。もしかしたらこの建物の中にもいるかもしれん」

「否定はできませんね……」

「国内の鼠狩りは、本場のジェームス・ボンドに任せておきたまえ。とにかく、御苦労だった。日本にもアメリカにも気付かれないようにな」

「今のところ、どちらにも気付かれてはいません、御安心ください。」

 

 

 

 

 

 

2207年 1月8日 21時01分 アジア洲日本国愛知県名古屋市某アパート2階1号室 篠田恭介宅

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト part 2」より《瞑想》】

 

 

篠田恭介は、失意のまま新年を迎えた。

薄暗い部屋を青白く照らすテレビをぼうっと見つめながら、ぼんやりと考える。

彼の脳裏では、同じ映像が延々とリプレイを続けている。

大晦日の早朝にかかってきた映像通信。

パネルに映った藤堂と真田の表情を見た瞬間、彼は二人が言わんとする事を察した。

2人は、決まったばかりのヨコハマ軍縮条約の大要をポツポツと語り始めた。

 

 

一、第三次環太陽系防衛力整備計画の2212年までの延長と、第四次計画の2217年までの順延。

一、第三次計画完了後、第四次計画までの5年間は宇宙艦艇の建造を一切禁止する。

一、それに伴う、各国の戦略指揮戦艦・主力戦艦の保有率と、年間に建造可能な宇宙艦艇数の固定。

一、各国での主力艦艇の個別開発および建造は、第四次計画の発動まで禁止する。

一、条約によって浮いたそれぞれの国の予算は、8割は各国の復興支援用の特定財源として、残る2割は貧困国や国際的復興の資金として宛がわれる。

一、現在建造中の艦艇はその完成を許される。しかし、設計段階あるいは起工前の船はその限りではない。

一、既に竣工している、あるいは建造中の艦艇の艦種変更は認められる。

一、本条約は、2207年2月1日を以て発効する。

 

 

正確に言えば「軍縮」条約というよりも「軍拡禁止」「軍拡管理」条約である。しかも多国間で取り交わす約束事である「条約」ではなく地球連邦政府が下す「政令」なので、連邦傘下の国に批准を拒否する権利は無い。しかし、言葉の些細などこの際どうでもいいことだ。

肝心なのは、第四次計画が10年先にまで延期されてしまった点だ。

「ビッグY計画」は、第三次計画で策定された基準に基づいて各国が独自艦の設計に躍起になっている間に、他国より先に次世代型主力戦艦の開発を始める事によって、第四次計画の査定時に技術的奇襲を以て主力戦艦級の座を射止めるというものだった。

それがどうだろう、3年後のはずだったゴール地点は遥か10年先へ。個別開発の艦艇の規格も、10年間変更してはいけないときたもんだ。

それなら10年もの間、造船技師は何をしていればいいのだろう。

与えられた規格の中でやりくりする?

断言しよう、十年と言う停滞と泥濘の中で造ったものなど、奇抜と奇天烈に満ちたものにしかならない。

規格と言う名の束縛に耐えきれずに「ビッグY計画」を計画したというのに、あと十年もその苦痛が続くなんて耐えられたもんじゃない。

 

2人は、まるでワシントン・ロンドン軍縮条約の焼き直しだと言った。

ワシントン・ロンドン軍縮条約がもたらしたものは何か。

それは、役に立たない条約型戦艦の建造、代替戦力としての巡洋艦と空母を中心とした機動部隊の誕生。そして、遅すぎた条約明け型戦艦の登場。

おそらく、今度も同じ現象が起こるだろう。もしかしたら、五ヶ国だけが保有している宇宙空母の改装も、それを睨んでの事なのかもしれない。

それが宇宙艦艇でも当てはまるのならまだ話は分かるのだが、宙間戦闘において戦艦が不要たり得ないことは今までの歴史と過去の星間国家が証明している。

そして、10年の休日の間に新たな星間国家が攻めてきたとき、果たして第三世代型で対抗し得るのかなんて、誰にもわからない。

 

恭介は、更に思いを巡らせる。

知らせを聞いて研究所に集まった職員は皆、所長の詳細な説明を聞いて驚愕と失望の表情を浮かべた。

米倉さんと久保さんは、目尻に涙を浮かべていた。

木村さんだけは、一瞬だけほっとした表情を浮かべていた。これ以上頭を悩ませる必要が無くなったから、思わず本心が顔に出てしまったのかもしれない。

所長から解散を告げられ、幽鬼のようにおぼつかない足取りで自宅へ帰る職員の波に流され、恭介は駅へ向かうバスに乗った……。

 

あの日以来、彼は研究所には行っていない。

所長には去り際に「有給を取る」とだけ言ったが、溜まっていた分はとっくに消化してしまった。今現在、絶賛無断欠勤中ということになる。

しかも、誰も――――隣に住んでいるはずの南部さんさえも、訪ねに来ない。

 

つまり、篠田恭介は完全に見捨てられたというわけだ。

これは、クビだけじゃ済まないかもしれない。

損害賠償請求が来るかもしれない。退職金なんて出ないだろうから、早く別の職に就かないと払うモノも払えないだろう。

東京や名古屋などの巨大都市はともかく、太平洋沿岸以外の地方都市は復興がまだまだ進んでいないから、土木建築系ならば働き口はあるだろうか。

技術畑に進んだとはいえこれでも宇宙戦士訓練学校を卒業した身、力仕事だって全くできないわけじゃない。

国お抱えの技術士官からガテン系への180度転向は自分でもどうかと思うが、やってできないわけことはない。失意の男が自分を見つめ直す為に建築現場で住み込みの仕事をするなんて、まるで大昔の恋愛小説のようじゃないか。

 

恭介は自嘲めいた笑いを浮かべる。

さっきから、ろくでもない事ばかり考えている。

 

 

「久々に外に出るか……」

 

 

テレビを消し、緩慢な動作で無精髭を撫ぜながら上着を羽織ると、寝不足でろくに働いていない頭のまま玄関の戸を開け、外に出た。

 

 

 

 

 

 

2207年 1月8日 23時08分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋港

 

 

「ここは……海か」

 

 

ふらふらと足の向くまま流されるまま、歩いて辿り着いたのは港だった。

名古屋基地からは南にかなり離れているが、まぎれもなく名古屋軍港であった。

たしか、アパートから海までは5キロ近くあるはず。

 

 

「一時間以上ダラダラと歩いていた訳か……俺も末期だな」

 

 

ちょっと散歩するだけのつもりだったのに俺は何やっているんだ、と恭介は自分の所業に顔を顰めた。

びゅう、と海風が横から吹きつけてきた。

暖冬は言え、冬の港に吹く風は身に染みる。

恭介はブルゾンのファスナーを一番上まで引き上げ、襟の中に顎を仕舞い込んだ。

ざわざわと細かな波音が耳朶をくすぐる。

海を眺める視界一面に、色鮮やかな灯りが点っている。

夜空の星のものか、工業地帯の照明なのか、はたまたそれらが海面に映ったものなのか……正直、恭介にとってはどうでもいいことであった。

道路向こうには、5階建てに相当するであろう高い壁。闇の先まで続く壁の上に屋根が乗っかっていて、ひどくシンプルなデザインに見える。

何かのドックだろうか、と考える。

 

恭介は踵を返すと、吹きつける風に押されるように惰性に任せたぎこちない足取りで道路を渡った。

今更ながらに歩いた疲れを感じ、渡った先の事務所らしき建物に続く階段に腰を下ろした。金属製の階段の冷たさがジーンズ越しに伝わるが、他の場所を探す気にもなれず、そのまま座った。

既に全員退社しているらしく、事務所にも階段にも電気は付いていない。街灯の灯りだけが僅かに足元を白く照らしている。

広げた両膝に肘をつき、間に両手をだらりと垂らして力なく俯いていると、周りの音が大きく聞こえてくる。

 

―――波が寄せる音、隙間風が鳴る音、街路樹がざわめく音。

目を閉じてそれらのざわめきに耳を傾けていると、やさぐれていた心が少しずつ落ち着いていくような気がする。

 

―――寄せ波と引き波が重なる音、遠くで車が走る音、轟々と巨大な何かが空を横切る音。

 

見上げると、轟音とともに赤と緑の流星が次々と上空を流れていく。

どうやら、宇宙輸送船団が単縦陣を組んで西から東へと航過していくようだ。

方角と高さからして、東京港へ寄港するのだろう。

 

―――枯れ葉が転がる音、重機が軋みを上げる音、携帯の着信音。

 

 

「…………携帯?」

 

 

慌ててジーンズの左ポケットをまさぐって携帯電話を取り出す。ディスプレイに表示された着信の相手は、あかねだった。

電話に出るべきかどうか迷う。

携帯電話をみつめたまま躊躇することしばし、着信は唐突に途絶えて、残滓のように薄く光るディスプレイだけが残った。

ふぅ、と安堵の溜息をついて、恭介は着信履歴となったディスプレイを見つめる。

 

 

「あかねには……、悪い事しちまったなぁ」

 

 

正直、今は一人にしておいてもらいたい。

ましてや、あかねに無様な俺の顔を見られたくない。

電話に出たところで、どんな話をすればいいのか分からない。

あかねの話につきあってやる心の余裕がない。

そんな後ろ向きな気持ちが、恭介に通話ボタンを押すことを躊躇わせていた。

そんな心情を知ってだろうか。

 

―――――プルルルル!

 

「!!」

 

 

再びの着信に体がビクリと震える。今度は、由紀子さんの携帯だ。

あかねの携帯で繋がらなかったから、由紀子さんが心配して電話を掛けてくれたのだろうか。

……心配してくれるのは有り難いが、やっぱり無視させてもらおう。母親的存在な分、ある意味あかねよりも顔を合わせづらい。

 

―――プルルルルッ―――プルルルルッ―――

 

……もう10回もコールが鳴っているけど、一向に鳴り止む気配が無い。しまった、留守メモ設定がオフになっているのか。

このままでは、向こうが諦めるまで鳴り続けるのを放置するしかない。

 

―――プルルルルッ―――プルルルルッ―――

 

20回コールしてもまだ止まらない。

 

―――プルルルルッ―――プルルルルッ―――

 

 

30回……なんだかホラー映画のワンシーンみたいで段々怖くなってきた。

さすがにここまで鳴り続けると、出ざるを得ないだろう。「寝てて気づかなかった」と言い訳もできるだろうが、後が怖い。由紀子さんに嘘がバレたときはもっと怖い。いつもどおりの笑顔で背後に黒いオーラが見えた時は最凶に怖い。

生唾を飲み込み、通話ボタンをタッチする。

顔は合わせづらいので、カメラ機能はカットした。ディスプレイに“SOUND ONLY”と表記される。これで、相手の携帯には俺の顔は映らない。

カメラを使わないので携帯のスピーカー部分を耳に当てて、

 

 

ピッ

 

 

「……もしもし」

 

 

電話に出た。




それでも、軍艦は一隻も出てきません。

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