セレス密林に着いたクリュウは早速ランポスを探して歩いていた。
だが今日の密林の様子はどうもおかしい。結構な時間歩いているのだがいまだにランポスの姿を見ていない。
ちょっと休憩をと思って近くにあった岩の上にクリュウは腰掛ける。道具袋(ポーチ)の中から布に包まれたこんがり肉を取り出してそれにかぶり付く。すでに携帯食料は全部食べてしまったのだ。
一気に食い終えると口のまわりにベットリと付いた肉汁を手の甲で拭い取り、今度は地図を取り出す。
「おっかしいな。何でいないんだ?」
いつもなら嫌でも目に入るのに、今日はそれがまったくないのだ。
「どうしたんだろ? もしかして別の森に移動しちゃったのかな?」
それはありえる話だ。ランポスは基本的に小さな群れで各地を動き回る生き物だ。その場所に留まり続ける事もあるが、それはそこがとても住み良い場合だ。それ以外の場合は別の場所へと動き回っている。最近になってこの密林にランポスが大群でいたのはそれらが重なったからだと思う。ならばそれらが別の森に行ってしまったと考えるのが今はベストだ。
獲物がいなくなってしまってはハンターとしては不満な所だが、村に危害を加えるモンスターがいなくなったというのは嬉しい事だ。
「でも、どうするかな」
クリュウは地図を見ながらまだ行っていない洞窟かランポス達がよく集まっている中央部に行くか迷っていた。
洞窟の中は飛竜の巣になっている所もあるが、今のところ飛竜の目撃情報はない。ならばランポスがそこを占拠している可能性もある。
しかし、洞窟という狭い場所でランポスに包囲されてしまったら人海戦術でこちらが圧倒的に不利になってしまう。クリュウ一人ではちょっと荷が重い。
結局、クリュウは密林中央部に向かった。
そして、クリュウの選択は正しかった。
中央部の平地には三匹のランポスがいた。ここは今クリュウが来た道か反対側にある道以外はまわりを全て岩壁で囲まれている。その形はさながら闘技場を思わせる。
クリュウは木の陰に隠れて様子を伺うが、幸い向こうはまだこちらに気づいている様子はない。チャンスだ。
「よし……一気に斬り込んで片付けよう」
クリュウは突撃を決めると腰のハンターナイフ改にそっと手を伸ばす。
「ギャアッ! ギャアッ!」
柄を握った刹那、後ろから突然鳴き声が発せられてクリュウは慌てて振り返る。そこには一匹のランポスが首を持ち上げて高らかに吼(ほ)えていた。
「しまったッ!」
クリュウは慌てて前を見るが、すでに三匹のランポス達はこちらを向いて背を反り返らせて鳴き声を上げていた。完全に先手を取られた。
「くそッ!」
クリュウは急いで後ろのランポスに突進すると連続して斬り掛かる。鮮血が飛び散ってランポスは悲鳴を上げるが、一対一なら怖くはない。二、三度斬り付けるとあっけなく倒れた。
今度は再び前を向く。三匹のランポスは仲間をやられて怒号を発している。
「ギャアアアァァァッ!」
目の前の敵を睨み付けながら、ランポスは一際大きな声を上げる。すると、
「うそッ!?」
クリュウは我が目を疑った。
ランポスの声に呼応して岩壁の上から次々にランポス飛び降りて来たのだ。その数はあっという間に十二匹にもなった。
「十二匹ッ!? 二つか三つの群れが一緒に動いてるのッ!?」
あまりにも突然の事な上信じられない状況にクリュウは慌てる。
「ギャアッ! ギャアッ!」
その掛け声を合図に前方の五匹のランポスが突っ込んで来る。
五匹でも厄介なクリュウにとって、十二匹なんてものは死に直結する。
一番目に飛び込んで来たランポスをハンターナイフ改で思いっ切り斬り飛ばした。自らの勢いと剣の威力が重なり、その一撃でランポスは沈黙した。
怒り狂った一匹が再び正面から来るが、今度はそれを避けて横を通り過ぎる瞬間を狙って回転斬り。これもまた吹き飛んで沈黙した。
明らかに切れ味と攻撃力が上がっている。しかも防具自体もわずかだが動きやすい。そのわずかが今の彼を救っている。
クリュウはアシュアにに感謝しつつ前方で戸惑っている一匹に狙いを定める。どうやら目の前で仲間を二匹も殺されてどうしたらいいか悩んでいるらしい。
クリュウはそんなランポスに突貫して一気に距離を詰めると、振り上げていた剣を叩き落とす。
「ギャアッ!」
今度は一撃では倒れない。ならばと二撃、三撃とくり返すと、そのランポスも倒れた。
息を整えていると、背後に回っていた一匹が後ろから襲い掛かる。
慌てて振り返って盾でその一撃を防ぐが、今度は新たな後ろからもう一匹が突っ込んで来た。
「うわッ!」
背中を蹴り飛ばされ、クリュウは転倒する。そこへすかさずランポスは跳び掛ってくるが、クリュウは体を捻ってギリギリで回避する。だが立ち上がろうとした時に再び背後から体当たりされてバランスを崩した。
「このぉッ!」
慌てて四つん這いになりながら離れると、一秒後にはさっきまで自分のいた所にランポスが跳び込んで来た。
避けられた獲物を悔しそうに見詰めるランポスからクリュウは一度距離を置く。
離れたランポスは一度後方にいたランポス達と合流する。どうやら今度は残った九匹で一斉攻撃するらしい。そんな事になったら今度こそクリュウの負けだ。
「くそッ! こうなったら――」
クリュウは最後の手段と道具袋(ポーチ)に手を伸ばす。
「これでも食らえッ!」
手にした丸い物から出ているピンを抜いて勢い良く前方に投げ付け、すぐに目を閉じる。
放物線を描いて飛ぶ物体はランポス達の前に落ちる寸前で炸裂した。直後すさまじい閃光が辺りを包み込む。その光は目を閉じていても感じられるほどすさまじい光量だ。
「ギャアアアァァァッ!?」
ランポス達の悲鳴を合図に目を開けると、そこには先程と何も変わらない密林の光景が広がっている。ただ違う事といえば、ランポス達が苦しそうにもがいている事だ。
先程投げつけ炸裂したのは閃光玉。その名の通りすさまじい光を放ち、相手の視力を一時的に奪う、総攻撃や時間稼ぎなどに多用される道具だ。
だがそんな道具などランポス達はわからない。わかるのは目の前で起きたすさまじい光に目が針を刺されたような痛みを発しながらまわりが見えないというパニック。
クリュウは走り出すと一番手前にいたランポスに一撃を加える。
目が見えないランポスはその奇襲に慌てて反撃しようとするが、いざ反撃しようとした時、彼は絶命していた。
次のランポスに突貫し、ハンターナイフ改で斬り掛かる。
手が痛い。
これほどの連続攻撃を今までした事はない。一撃一撃を加えるたびに手に蓄積される負荷は着実に彼の手を傷めていた。
連続で斬り付けると、ランポスは断末魔の悲鳴を上げて絶命した。
刃を一瞥すると、多少の刃こぼれを起こしている。だが、
「時間がないッ!」
閃光玉の効き目はモンスターによって異なるが、ランポスなら三〇秒ほどである。早くしないとランポス達の視力が回復してしまう。それまでに一匹でも多く減らさなければこちらが危ない。
次なるランポスに斬り掛かる。その瞬間、ハンターナイフ改の刃がさらに刃こぼれを起こした。刃は欠け、小さなヒビが入っている。
クリュウは気にせず斬り付ける。もはや叩き付けるという方がふさわしいかもしれない。ザシュッザシュッという肉を斬る音もいつの間にか鈍くなっている。同時に切れ味も落ち、手に掛かる負担も大きくなる。
ひたすら一心不乱にクリュウは剣を叩き込む。
ランポスは目が見えないながらもクリュウに噛み付こうとするがでたらめな攻撃は当たる事はなく、最後の一撃を入れると、ランポスは地面に倒れた。
「ギャアアアァァァッ!」
その声に慌ててクリュウは後退する。それは正解であった。さっきまで目が見えなくて苦しんでいたランポス達はしっかりとクリュウを睨み付けている。
転がっている同胞の亡骸を見つけ、残った六匹は研ぎ澄まされた刃のような鋭い眼光で仲間を殺した敵を睨む。その迫力にクリュウは体を震わせる。
今度こそランポス達は総攻撃をしようと考えているのだろう。一度態勢を立て直す為に後方に下がる。
今のうちに切れ味を回復させようと思ってクリュウは道具袋(ポーチ)の中の支給専用の携帯砥石に手を伸ばす。その時、
「ギャアッ! ギャアアアァァァッ!」
ランポスの鳴き声が変わった。
――怒号から、助けを呼ぶような声に――
「ギャオワアアアアアァァァァァッ!」
突如響いた謎の鳴き声にクリュウは道具袋(ポーチ)から手を離した。
「な、何?」
震える声でそうつぶやいた刹那、ランポス達の後ろの岩壁の上から一匹のランポスが飛び降りて来た。
そいつに対しランポス達は道を開ける。すると、それがただのランポスではないのがわかった。
ランポスよりもひと回り大きい体を持ち、禍々しく鋭い大爪は鋼鉄だって引き裂きそう。何より頭頂部には血のように真っ赤なトサカがリーダーの証を示している。
それは、ランポス達の頂点に君臨するランポス達のボス――
「ドスランポスッ!?」
ランポスを束ねる親玉――ドスランポスだ。その戦闘能力はランポスとは比べ物にならないほど強く、全くの別のモンスターである。とてもじゃないが、今のクリュウが勝てるような相手ではない。
「無理ッ! ドスランポスなんて無理だよッ!」
クリュウは剣を腰に戻して慌てて反転して逃げ出す。が
「ギャアアアァァァッ!」
「うわッ!?」
突如空からランポスが降って来た。それも一匹は二匹ではない。あっという間に新たに現れた五匹のランポスが退路を塞いでしまった。
「まだいたのッ!?」
おそらくはランポス達の中でも強いランポス達であろう。体に刻まれている傷跡が彼らを歴戦の戦士である事を示していた。きっとドスランポスを守る親衛隊か何かなのだろう。
慌てて距離を取る為に横に走る。ドスランポスの方を確認すると、さらに向こうにも岩壁から次々とランポスが降りて来ていた。
「うそでしょッ!?」
一分もしないうちに総勢十八匹のランポスとドスランポスに囲まれるという最悪の事態に陥っていた。
走り続けるがすぐに岩壁に針路を阻まれてしまう。
振り返るが、退路は完全に塞がれてしまっている。
じりじりと敵の包囲網が迫っていた。
敵の大群に対しこっちは単独。しかも武器は刃こぼれしてしまっているハンターナイフ改のみ。閃光玉もさっき使ってしまった。完全にこちらが劣勢であった。
「くそッ!」
クリュウは剣を引き抜くと盾を構える。こうすれば一撃目ぐらいは防げるだろう。
ドスランポスは一度大きく叫ぶと、こちらに向かって突進して来た。まわりのランポスは襲って来ない。どうやらドスランポスは一対一で勝負したいらしい。
これはチャンスと思ったが、二つの退路はそれぞれランポスが塞いでしまっている。しかも頼みの綱である閃光玉はさっき使ってしまった。あれはあくまで大型モンスターと遭遇してしまった際の逃げる時間を稼ぐ為に用意していた物。一個しか持って来ていなかった。
こんな事になるんだったらもっと持って来れば良かったと後悔するが、その後悔はすぐに消えた。
「ギャオワアアアァァァッ!」
「あぐッ!」
ドスランポスのすさまじい突進を盾で防ぐが、その勢いはすさまじく、クリュウの体は弾き飛ばされて後ろの岩壁に背中を強(したた)かにぶつけてしまった。
幸い盾で防いだので喰らったのは衝撃だけだったが、もしあの勢いであの大爪をまともに喰らったら、チェーンシリーズの防具なんて簡単に引き裂かれてしまうだろう。
痛みを耐えて立ち上がると、ドスランポスが再び飛び掛って来た。鋭利な牙をなんとか前転してかわすが、間に合わず左足の脚甲に当たって脚甲が小さく砕けた。脚甲のおかげで怪我はしなかったが、鉄を削る音と衝撃に背筋が凍る。
「し、死ぬッ! 本当に死んじゃうよぉッ!」
立ち上がろうとした所に再びドスランポスが突っ込んで来る。慌てて横に回避するが、あまりにも雑な動きだったので地面に肩を強く打ったが痛がっている暇なんてなく慌てて立ち上がる。すぐ目の前には死が迫っていた。
「ギャオワッ! ギャオワッ! ギャアッ!」
仲間を失った事に対する怒りなのか、それとも獲物を見つけたという歓喜なのかはわからないが、雄叫びを上げながら突進して来るドスランポスをクリュウは再び横に転げるようにして避ける。
「くそッ!」
無様に転げたクリュウをあざ笑うかのようにドスランポスはゆっくりと近づいて来る。
その圧倒的な存在に恐怖で体が強張る。その一瞬の隙でドスランポスはクリュウの目の前まで接近するとその体を踏み付けた。
「うぐ……ッ」
人間とは比べ物にならない重みに苦悶の表情を浮かべるが、次に彼が目にしたのは自分を見詰めているドスランポスの凶悪な顔だった。
再び恐怖で体が強張る。
ドスランポスの口から肉が腐ったような息が吐き出され、クリュウの鼻を襲う。むあっとした湿気を帯びた嫌な臭い。もしかしたら自分もあの臭いを出す原因になるかもしれないと思うと背中に冷水をぶちまけられたような冷たさが流れる。
恐怖がクリュウを支配する。
恐ろしさのあまり足も指ももうピクリとも動かない。
この時、彼は初めて死というものの恐怖を実感した。
忘れていた。自分達ハンターはいつも死と隣り合わせだという事を。
自分はいつもその中でも安全地帯にいた上に徹底した準備をして安全を確保していた。しかしどうだろう。いざそれらが目の前から消え、危険と恐怖に投げ出されると自分はもう何もできない。
自分の小ささと改めて実感した――だが、それらの後悔はすでに全て遅かった。
「クアアアァァァ」
低い声を上げ、ドスランポスは半開きであった不気味な臭いを発する口をいきなり全開した。禍々しく鮮やかな赤いのどがクリュウを呑み込もうとしている。
「くぅッ!」
もうダメだッ!
クリュウは恐怖に目を閉じて最期の瞬間から目を背けた。
――空気を切り裂く鋭い音が響いた。
「ギャワアアアァァァッ!?」
突如響いたドスランポスの悲鳴。直後今まで自分を押さえ付けていた重みがなくなった。
恐れていた瞬間が来る気配はなかった。恐る恐る目を開くと、見えたのはドスランポスの尾だった。
ドスランポスはクリュウではない別の何か睨んで警戒を露にしていた。それはランポス達も同じだ。
「一体……何が……」
その時、彼は見た。
――ドスランポスの体に数ヶ所弾痕が生まれ、真っ赤な血が流れ出していた。
「目をつむってくださいッ!」
突如響いた声に反射的に目を閉じる。すると、目を閉じていても強い光を感じた。それは自分もさっき使った閃光玉だろう。
光が消えてからそっと目を開けると、そこにはランポス達の阿鼻叫喚(あびきょうかん)の光景が広がっていた。ドスランポスも苦しげにもがいている。
「早く逃げてくださいッ!」
その声のした方向を見ると、向こうの岩壁の上から誰かが飛び降りて来た。視界を失いパニックになっているランポス達の間を翔け抜けクリュウに駆け寄る。
それは――少女だった。
年は自分と同じくらい。緑色の鎧に身を包み、春の若葉のような美しい翡翠色の瞳が輝き、長い美しい金色の髪が風にそよそよと揺れている。露になっている顔はまるで作られた人形のように美しく整っていて、誰もが振り返るような美貌。まだ幼さが残っているが、将来は相当の美女になるだろうと安易に予想でき、今もその幼さがまたかわいらしいという印象を与え、少女を見た目を柔らかく見せる。
誰が見ても、かなりの美少女である。
「今のうちに逃げましょうッ!」
少女は呆然としているクリュウの手を掴むと力強く立ち上がらせ、そのまま駆け出した。何がなんだかわからないクリュウは素直にその手に従う。
少女に手を引かれて走りながらふと振り向くと、ドスランポスがこちらをじっと睨み付けていた。
「うそッ!? 効き目が短いッ!?」
他のランポス達はまだ目が回復していないのかもがいているが、ドスランポスがしっかりとこちらを見据えて咆哮。全速力で突進して来た。
「き、来たぁッ!」
怯えるクリュウの声に少女は振り返るとクリュウを突き飛ばした。
「早く逃げてくださいッ!」
少女はそう叫ぶと背中に背負っていた銃を引き抜くとスコープで正確な狙いも定めずに目測だけで連続射撃を始めた。
バンッ! ババンッ! バンバンッ!
「ギャワァッ! ギャオワッ!」
無数の銃弾を受けてドスランポスは苦しげに声を上げる。次々に体を貫く弾丸がが与えているダメージは相当なものだろう。
「ギャワアアアァァァッ!」
ドスランポスは予想していなかったすさまじい反撃に慌てて身を翻して逃げ出した。他のランポス達はドスランポスに続いて逃げ出した。
少女は銃を背負い直すと再びクリュウの手を掴んで走り出した。一刻も早く距離を取って再襲撃を防ぎたいのだろう。
クリュウは何がなんだかよくわからなかったが、とにかく少女の後に続いて全力で走った。
――握られた少女の手は柔らかく、温かかった……