翌朝、フィーリアとサクラは朝食を取る為に酒場に向かった。するとそこにはすでにクリュウとシルフィードが仲良く食事をしていた。二人の朝の爽快感は、この瞬間に一気に消し飛んだ。
「な、何でクリュウ様とシルフィード様が? っていうか、シルフィード様はもう私達とは関係がないはずじゃ……」
「……どういう事?」
困惑したように立ち尽くす二人をいち早く発見したのはクリュウだった。クリュウは二人の姿を見つけると嬉しそうな笑みを浮かべて二人に手を振る。
「お〜いッ、二人ともこっちこっちッ!」
朝からクリュウの笑顔を見れたというのに、なぜか二人は素直に喜べない。その笑顔の意味が、何となく嫌ぁな予感がしたからだ。
二人は少し警戒しながら彼に言われるがままテーブルに腰掛ける。席順はなぜかクリュウがシルフィードの横に移動したのでフィーリアとサクラが二人の対面の椅子に座る事となった。
二人が料理を注文し終えると、クリュウは待ってましたと言わんばかりに嬉しそうな笑顔を浮かべて口を開く。
「えへへ、二人に報告がありま〜す」
その瞬間、フィーリアとサクラは一斉にこの場から逃げ出したくなった。なぜかはわからない。これが女の勘というものなのだろうか。
「シルフィが仲間になってくれたんだよッ! これからは正式に僕達のリーダーとして狩りでは指揮してもらうんだ! 僕達四人で力を合わせれば、どんなモンスターだって怖くないッ! これからは四人でがんばっていこうッ!」
『……………』
返って来たのは沈黙。同じ沈黙でもシルフィードは少し照れたように頬を赤らめてコーヒーを飲んでいるが、フィーリアとサクラはどちらも揃って固まっていた。
予想外の反応にクリュウは困惑し、自分の上げ過ぎたテンションが急に恥ずかしくなって頬を赤らめて静かに椅子に座り直す。
「えっと、何この反応? 何で二人とも沈黙してるの?」
クリュウはてっきり二人も大喜びしてくれると思っていたのだが、実際はこんな状態。クリュウは自分の予想とはまるで違う二人の反応に困惑するばかり。
「あ、あのちょっとよろしいでしょうか?」
そんな中おずおずと手を上げたのはフィーリア。
「どうしたの?」
「えっと、本当にシルフィード様が仲間になられたのですか?」
「そうだけど、嬉しくないの?」
「い、いえ、嬉しくない訳ではないのですが……ちょっと急だったもので」
フィーリアの発言にサクラもコクコクとうなずいている。確かにちょっと急な話だ。そういう事はもっと時間を掛けて考えるのが普通なのだが。
「それに、そういう重要な話は私達にも相談してほしかったです」
「……(コクコク)」
フィーリアの少し怒ったような言い方に、クリュウは途端にしゅんと小さくなってしまう。確かに何の相談もせずに独断で決めてしまったのはまずかった。彼女達だって大事なチームメイト。チームに関わるような事は真っ先に相談しなきゃいけない相手のはずなのに。
「ご、ごめん……」
さっきまでの笑顔はすっかり消えて落ち込むクリュウ。そんな彼を見て一転して慌て始めるのはフィーリアだ。
「ちょ、ちょっとクリュウ様ッ!?」
「……泣かした」
「そ、そんな私のせいなんですかッ!?」
「……最低」
「そんなあああぁぁぁッ!」
「落ち着け。別にクリュウは泣いていないから」
暴走する二人を、シルフィードが冷静に止める。ある意味このチームにはシルフィードのような常識人が一人くらいいる方がバランスがいいらしい。
「ともかく、勝手ながらそういう事になった。二人に何の相談もなしに決定した事は謝るが、これからは正式なチームメイトだ。よろしく頼む」
そう言ってシルフィードは丁寧に頭を下げてあいさつする。そのかしこまった態度にフィーリアも慌てて「こ、こちらこそよろしくお願いしますッ」と丁寧にあいさつを返す。こういう律儀な所が彼女らしい。
一方、無礼極まりない上に協調性も限りなく低いサクラは一人ムスッとしたような顔でシルフィードを見詰めていた。その視線に気づき、シルフィードは彼女にも頭を下げる。
「サクラも、よろしく頼む」
「……断る」
見事な拒否の即答。そのあまりの鮮やかさに三人は一瞬言葉を失う。相変わらず彼女はオブラートに包むというやり方を知らない直球勝負。ある意味そのストレートさは脱帽ものだ。
「ちょ、ちょっとサクラ。いきなり何言ってるんだよ」
慌ててクリュウが間に入って来るが、サクラは無言でシルフィードを睨むばかり。その鋭い隻眼にシルフィードの表情も硬くなる。
「断る、とは一体どういう意味だ?」
「……言葉通りの意味。私はあなたのチーム入りを認めない。それ以上でもそれ以下でもない」
「なぜだ? 私が入ると何か問題があるのか?」
「……このチームは今までずっとこの三人でやって来た。それはこれからもずっと同じ。あなたが入る余地なんてない。邪魔なだけ」
サクラの容赦のない牽制(けんせい)に、シルフィードの表情が険しくなる。一触即発、そんなピリピリとした空気が辺りに漂い始める。
「ちょ、ちょっと待ってよサクラッ!」
睨み合う二人の間に慌てて入り、クリュウは無表情ながらもどこか不機嫌そうなサクラに視線を向ける。
「サクラは何が不満なの? シルフィの力はサクラだって今回の狩りで十分わかったでしょ? 彼女の指揮があれば僕達はもっと連携ができる。何も問題ないじゃないか」
「……私は今のままのチームで構わない」
「ど、どうして?」
「……私達のチームはクリュウを中心に編成されている。クリュウと連携をする私、クリュウを援護するフィーリア。この連携で今まで戦って来た。それを壊してまで彼女を入れる必要性はない」
サクラの冷静な言葉に、シルフィードの表情が曇る。確かに彼女の言う通り、クリュウ達のチームは今までクリュウを中心に編成されていた。だが、シルフィードが入る事で彼女がリーダーとなれば様々な部分で編成が細かく変わって来る。サクラは今までのやり方を壊してまでシルフィードを入れる必要はないと思っているのだ。
だが、そんなサクラの言葉にいつもは温厚なクリュウもムッとする。
「そんな言い方しなくてもいいでしょ。シルフィに謝ってよ」
「……必要ない」
「サクラッ!」
「ま、待てクリュウ。私は気にしていないから落ち着け。それに彼女の意見ももっともだ。勝手に決めた私達が悪かったのだ」
サクラの失礼極まりない態度に激怒するクリュウをシルフィードが慌てて止めに入る。フィーリアは突然激怒したクリュウにビクッと震えて小さくなっている。
サクラはしばし無表情でクリュウと睨み合っていたが、次第に彼の普段は見慣れない怒った瞳に耐え切れなくなり、視線を落としてしまう。そんな彼女を依然と睨み続けるクリュウ。
「文句があるなら僕に言ってよ。シルフィに無理を言って仲間になってもらったのは僕なんだから。何が不満なのさ」
普段は怒る事なんてほとんどないクリュウの怒りに、サクラはすっかり委縮してしまう。だが、そんな彼女を一瞥しムッとしたような目でフィーリアは彼を見る。
彼は何もわかっていない。なぜ彼女が頑なにシルフィードのチーム入りを拒否する理由を、彼は何もわかっていないのだ。
「私も、あまり快くは思ってはいません」
突然フィーリアからの思わぬ発言に、クリュウは驚いたように彼女を見る。
「ふぃ、フィーリアまで……どうしてだよ」
「こういう事は個人が独断で勝手に決めるべき事ではありません。チームである以上、私達に相談するべきでした。いくらクリュウ様といえど、勝手過ぎます」
フィーリアの言葉に、サクラが小さくうなずいた。
本当はこんな理由なんてどうでもいいのだ。本当の理由は、自分達に相談なしに勝手に彼が決めた事に対する空しさ、自分達は信用されていないのではないかという疑念、そして、シルフィードという頼れる存在の出現によって自分達への信頼が揺らぐのではないかという不安。そんな気持ちが嬉しいはずのシルフィードの仲間入りを素直に喜べなくしている。
だが、そんな二人の胸中など知らないクリュウは頑なに拒否する二人を見てだんだんと苛立ちを募らせていく。
「そ、そりゃあ勝手に決めた事は謝るよ。でも何が不満だっていうのッ!? シルフィが頼れる存在だって事は今回の狩りで二人もわかってる事でしょッ!?」
「お、落ち着けクリュウ。私のせいで君達が仲違いしては意味がないではないか。もっと冷静に話し合わないと」
いつもはケンカなどしない仲良いクリュウチーム。それがシルフィードという新メンバーを巡って急速に険悪な雰囲気に包まれていく。その雰囲気に、だんだんとフィーリアとサクラの視線も下がって行く。四人の中で最も居心地が悪いのは好きな相手に非難されているこの二人だろう。
「私は君達の絆を壊す気などないのだ。なのに、私が原因でこんな状態になってしまうのでは本末転倒だ。クリュウ、今回のチーム入りは見送るべきではないか?」
クリュウ達の絆が壊れる事を最も恐れているシルフィードはすぐさま自分が身を引く事を提案するが、それは逆にクリュウの焦りを増幅させるだけに過ぎなかった。
「そ、そんなッ! シルフィは何も悪くないでしょッ!? 悪いのはフィーリア達じゃないかッ!」
「わ、私達が悪いって言うんですかッ!?」
「……クリュウは何もわかってない」
「わからないよッ! 君達が一体何を考えているのか、僕には全然わからないよッ!」
クリュウの言葉に二人は見開くと、傷ついたように落ち込みうつむいてしまう。対立する三人を見てシルフィードの表情も曇る。クリュウは落ち込む二人に少し言い過ぎたと思い口をつぐむ。
朝の活気がわき始めて盛り上がる酒場において、クリュウ達のテーブルだけが無言で気まずい舞い降りる。と、
「何朝から辛気臭い顔してんのよ」
このドンドルマにおいて聞き慣れた元気の出る声に振り返ると、そこにはギルド支給のギルド嬢制服を着こなした朝から笑顔が美しいギルドの看板娘、ライザがお盆を片手に立っていた。
「あ、ライザさん。おはようございます」
クリュウはすぐさま律儀にも彼女にあいさつをする。どんな状況であっても礼儀を忘れないのが彼のいい所だ。
「おはようクリュウ君。ぐっすり眠れた?」
「はい。おかげさまですっかり疲れも取れました」
「それは良かったわ――で? 一体何朝からケンカなんかしてるのかしら?」
ライザの笑顔での問いに、クリュウは複雑そうな表情でうつむくフィーリアとサクラを見る。二人はその視線に対しても一切顔を上げようとはしなかった。
「原因はすべて私にあるのだ」
そう言って黙る三人に代わってシルフィードがライザにこの状況を説明した。ライザはシルフィードの言葉に相槌を打ちながら三人を見る。いつもの明るい雰囲気が一転して気まずい沈黙を続ける三人に、ライザも困ったような表情を浮かべる。
「なるほどねぇ。だいたいの状況はわかったわ」
ライザは一通りシルフィードから説明を受けると、腕を組みながら何度もうなずいた。そんな彼女をクリュウ達は静かに見詰めている。
皆の視線を受けながら、ライザはため息すると小さく苦笑する。
「これはクリュウ君が悪いわね」
「ぼ、僕ですかッ!?」
ライザの言葉にクリュウは驚いたように瞳を見開いて驚き、逆にフィーリアとサクラはホッとしたような表情を浮かべた。シルフィードは一人冷静に事の成り行きを見守っている。
「そんな、ライザさんまで……」
「まずクリュウ君。君は確かに今後のチームの為を思って彼女をチームに入れたのよね? それは別に構わないの。むしろ私としても大賛成なくらいよ。でもねクリュウ君、そういう大事な事は事前にフィーリア達と話し合わないと。勝手に決めちゃいけないわ」
「そ、それはそうですけど……」
「彼女達が怒っているのはそこなのよ。事前に何の相談もしないで勝手に決めちゃうから、自分達は信頼されていないんじゃないかって不安になっちゃってるの。クリュウ君は無自覚なのかもしれないけど、君のそういう無神経さは考えものよ。もう子供じゃないんだから、勝手な行動は控えてちょうだい」
まるで弟を叱りつける姉のような雰囲気でライザはクリュウを叱る。フィーリアとサクラは一応ホッとするが、ライザに怒られてうつむいてしまったクリュウを見て複雑そうな表情を浮かべた。シルフィードは一人冷静に事の成り行きを見守っている。
「あ、あのライザ様。もうそれくらいにしておいては……」
だんだんクリュウがかわいそうになって来たフィーリアがそぉっとライザを止めようと間に入るが、ライザはそんな彼女を呆れたような瞳で見る。
「フィーリアは甘過ぎるのよ。しっかり怒る時は怒らないとダメよ」
「で、でも……」
「元はと言えばあなた達が彼に抵抗したのが始まりじゃない。気に入らないのはわかるけど、少しは彼の考えだって理解してあげなさいよ。今回の事はあなた達も悪いんだから」
「す、すみません……」
今度はフィーリアが落ち込んでしまう。シルフィードはだんだんと居心地が悪くなって来るような気がした。ふと未だ被害なしのサクラを見ると彼女は少し不安そうにクリュウを見詰めていた。どうやら彼を心配しているらしい。
その時、サクラの隻眼がスッとこちらを向き、目が合った。途端に視線を逸らされてしまう。どうやら自分は彼女に嫌われてしまったらしい。先が思いやられる……
シルフィードが疲れたようにため息をした、その時、
「もういいよッ!」
突如として今まで黙っていたクリュウが叫んだ。驚く一同を前にクリュウは涙目になりながら立ち上がるとそのまま困惑するシルフィードに駆け寄り、
「行こうシルフィッ!」
「え? お、おいクリュウッ!」
クリュウはシルフィードの手を握るとそのまま彼女を連れて出口の方に行ってしまう。慌ててフィーリアとサクラが後を追おうとするが、
「ついて来ないでッ!」
「「……ッ!?」」
クリュウに怒鳴られ、二人は一瞬にしてその場から動けなくなる。クリュウはそんな二人を無視してシルフィードを連れて酒場を出て行ってしまった。
呆然と立ち尽くす二人といなくなった二人にライザをため息した。
「結局、みんな子供なのよね……」
「お、おいクリュウッ! どこへ行くつもりだッ!?」
酒場を出た後も手を離さずに引っ張るクリュウにシルフィードは腕を引っ張って彼を急停止させる。残念だが常に重い大剣を振り回す彼女の方が腕力があるのだ。
シルフィードに利き手を封じられて動けなくなるクリュウ。だが、彼は振り向きもせずに黙ったまま背を向け続ける。そのどこか悲しげな背中を見詰め、シルフィードは困ったようにため息した。
「泣いているのか?」
「……泣いてないよ」
クリュウはそう言うが、背中越しに聞こえてくる小さな嗚咽がそれを否定してしまう。シルフィードはそんな素直じゃないクリュウに小さく苦笑すると、彼の肩をポンポンと叩く。
「まったく、君は素直じゃないな」
シルフィードはそれだけ言うと後は何も言わずに彼の背中をさすり続ける。クリュウはそんな何も訊いて来ない彼女の心づかいに気づきつつも、礼を言うだけの余裕はなく必死に流れる涙をゴシゴシと拭い取る。
「ご、ごめん……」
「気にするな」
しばしそうやってシルフィードは何も言わずにクリュウの背中をさすり続けた。クリュウが少し泣くのが落ち着くのを見計らって彼女は彼から離れると、近くにあった木製のベンチに静かに腰を下ろした。
「隣、空いてるぞ」
「……あ、うん」
クリュウはシルフィードに促されるままに彼女の横に腰を掛けた。若い男女がベンチに腰を掛けている光景は恋人同士のように見えなくもないが、どちらもハンターの防具を着ているのでかなり違和感がある。そもそも二人はそういう関係ではないが。
どこか落ち込んだようにうつむくクリュウの横で、シルフィードは雲ひとつない蒼穹の空を見上げている。彼女は彼から声を掛けてくるまで待っているつもりであった。
それから数十秒の沈黙の後、クリュウは小さく「ごめん……」と口を開いた。シルフィードは空に向けていた視線を彼に向ける。
「謝る相手は私ではないだろう?」
「だ、だってあれはフィーリアとサクラが……ッ!」
「確かに彼女達の言い方にも問題はあるだろう。だが、根本的に勝手に私のチーム入りを決定した私達が悪い。それは君もわかっているだろう?」
「そ、それは……」
シルフィードの言葉にクリュウは言いよどみ再びうつむいてしまう。そんな彼の頭を、シルフィードは優しく撫でる。
「だったら、早く謝った方がいい。私も付き添ってやるから」
「う、うん……」
「――だがまぁ、どうやらこっちから出向く必要はないようだがな」
「え?」
口元に小さな笑みを浮かべているシルフィードの視線を追うと、少し離れた建物の陰からこちらを不安げに見詰めているフィーリアとサクラと目が合った。その瞬間、二人は慌てて身を隠す。だがすでにバレバレである。
「尾行がヘタな奴らだな」
シルフィードはおかしそうに口に拳を当てて愉快そうに笑う。クリュウもおかしそうに笑ってしまう。狩りに関しては驚異的な二人だが、一般生活を見ている限りではどこにでもいる普通の女の子なのだと改めてクリュウは思った。
二人して笑っていると、どうやらそれが気になったらしく再び二人は顔を出す。クリュウが視線を向けると慌てて引っ込むが、すぐに二人して転んで路上に飛び出して来た。どうやら二人して慌てまくったせいで転んでしまったらしい。周囲にいる人々が好奇な目で二人を見詰める。起き上がった二人はその視線に気づき、顔を真っ赤にさせてその場から動けなくなってしまった。
「助けてやったらどうだ? 困っている女の子を助けるのは、男の役目だと思うが?」
シルフィードの言葉にクリュウはうなずくと急いで二人の下に駆け寄る。二人はうつむいたまま顔を上げず、クリュウの存在にも気づいていない。
「ふ、二人とも大丈夫?」
だから、いきなり真上からクリュウに声を掛けられた二人は驚いたように頭を勢い良くもたげた。
「く、クリュウ様ッ!?」
「……く、クリュウ……」
「ほら、掴まって」
クリュウが二人にそれぞれ手を差し伸べると、二人は少しだけ迷ったが素直にその手を握った。クリュウはゆっくりとその手を引っ張って二人を起き上がらせる。
「あ、ありがとうございます……」
「……ありがとう」
「どういたしまして――あ、あのさ……さっきはごめん」
手を離すと同時に頭を下げて謝るクリュウに二人は一瞬驚いたように瞳を大きく見開くが、すぐに状況を理解して慌て出す。
「ちょ、ちょっとクリュウ様ッ!? お顔を上げてください!」
「……クリュウ、どうして」
「さっきは僕が悪かった……本当にごめん……」
素直に二人に頭を下げて謝るクリュウ。そんな彼を見詰め、シルフィードは小さく口元に笑みを浮かべた。だが、クリュウに突然頭を下げられたフィーリアとサクラはそれどころではなかった。
「い、いえッ! 謝るのは私達の方ですぅッ! だから、本当にごめんなさいッ! そして顔を上げてくださいぃッ!」
「……クリュウ、顔を上げて。クリュウに謝られるなんて、嫌……」
大慌てで必死にクリュウの頭を上げさせようとするフィーリアと薄らと隻目に涙を浮かべるサクラ。そんな二人の前でクリュウはひたすらに頭を下げ続け、互いに謝り合って一向に終わる気配がない。そんな彼らを見てシルフィードは呆れながらも小さく笑っていた。
「まったく、何をやっているのか……」
「――ねぇお母さん。あの人達は何やってるのぉ?」
「シッ。見ちゃいけません」
「……そろそろ、止めた方が良さそうだな」
そう呟いてシルフィードは白い頬を少しだけ紅潮させながら、周りの視線に気づかずに未だに謝り合戦を続けている三人を止めに入った。
再び酒場に戻って来た一行を、ライザは快く出迎えてくれた。四人はすぐに迷惑を掛けたと謝るが、ライザは気にした様子もなく笑顔で四人を先程彼らが使っていたテーブルに案内した。テーブルはそのままで、フィーリアとサクラの朝食が湯気を立ち上らせながらおいしそうな匂いを辺りに振りまいている。
「二人は朝食まだだろう? まぁ、ゆっくり食べながら話をしようじゃないか。あ、ライザ。私にコーヒーを頼む。クリュウはどうする?」
「え? あ、じゃあ僕はいつものを」
「はいはい」
クリュウの言葉にライザはニッコリと笑みを浮かべてうなずく。
「うん? クリュウ、いつものとは何だ?」
「え? あぁ、さっきも飲んでいたハチミツミルクだよ。僕は基本的にそれを飲む機会が多いからね」
「なるほど……またずいぶん子供っぽいものを飲むんだな君は」
「う、うるさいな。僕の勝手でしょ」
頬を赤らめてツンとそっぽを向くクリュウに、シルフィードは笑いながら「すまんすまん」と謝る。何だか仲の良い姉弟のような二人に、ライザは笑みを浮かべながら厨房へ消えた。だが、この光景に言い知れぬ不安を抱く者が二名……
「な、何だか嫌な予感がするのですが……」
「……奇偶ね、私もよ」
「あれ? 二人とも座らないの? 早く食べないと料理が冷めちゃうよ?」
二人は一抹の不安を抱きながらもクリュウに促されて席に着いた。ちなみに席順は先程と変わっていない。
四人が座ると、それを見計らったようにライザがコーヒーとハチミツミルクを持って来た。クリュウは礼を言ってから両手でコップを包み込むように持ちながら幸せそうな笑みを浮かべて飲む。その笑顔に三人がドキッとした事は秘密だ。
一方のシルフィードはミルクや砂糖を入れないブラックのまま、大人の味でコーヒーを飲む。同じチームメイトとは思えないほどの差だ。
「そ、それで話を戻しますけど、本当にシルフィード様が仲間に入られるのですか?」
タマゴサンド片手に真剣な顔でフィーリアはシルフィードに問う。シルフィードはそんな彼女の問いにコーヒーを飲みながら答えた。
「そのつもりだ」
「という事は、シルフィード様もイージス村へ?」
「あぁ、すでに準備は整えてある」
シルフィードの言葉にフィーリアは本当に二人だけで決めてしまったのだなぁと改めて軽いショックを受けるが、すぐに隣で味噌汁をすするサクラに相談する。
「サクラ様、どうしますか?」
「……また一からチームの編成を考え直す必要がある」
「え? じゃあ――」
「……仕方がない。あんな嬉しそうなクリュウを悲しませる事は、もうしたくない」
そう言ってサクラは嬉しそうにシルフィードと話しているクリュウを見てため息を一つ吐くとお茶をすする。そんな彼女を見詰め、フィーリアは小さく笑みを浮かべた。
「……サクラ様は、本当にクリュウ様の事を大切に想っていらっしゃるのですね」
フィーリアの言葉にサクラは無表情を貫くが、その頬がほんのりと赤く染まっている事にフィーリアはちゃんと気づいていた。
「でも、私だって負けませんからね」
「……好きにして」
「はいッ!」
――意見は纏まった。
「シルフィード様」
その声にシルフィードはコーヒーカップをテーブルに置いてフィーリアを見る。フィーリアはそんな彼女に向かって小さく微笑むと、自分達二人の答えを言った。
「わかりました。シルフィード様、これからもよろしくお願いします」
フィーリアの言葉にシルフィードは一瞬だけ瞳を大きく見開くと、すぐにフッと口元に小さな笑みを浮かべてうなずく。
「あぁ、よろしく頼む」
シルフィードが差し出した手を、フィーリアは小さく笑みを浮かべて握った。
フィーリアと握手を終えると、今度はサクラに手を伸ばす。サクラはシルフィードの顔を一瞥すると、その手を握る。
「サクラも、よろしく頼む」
「……好きにして」
「君も素直じゃないな」
「……うるさい」
頬を赤らめながら素直じゃない言葉を言うサクラにシルフィードは小さく微笑み、その手をしっかりと握った。
そんな握手し合う三人を見て、クリュウも嬉しそうに笑っている。何はともあれ、こうして正式にシルフィードが仲間になったのだ。嬉しい事だ。
「良かったねシルフィ」
「あぁ、こんないい仲間に出会えたのも全て君のおかげだ。ありがとう」
「そんな、お礼を言うのはこっちの方だよ。ありがとう」
嬉しそうにはにかむクリュウとその笑顔に小さく笑みを浮かべるシルフィード。どこからどう見ても仲のいい姉弟に見える二人を見詰め、フィーリアはふと疑問を抱いた。
「そういえばクリュウ様。いつの間にシルフィード様と敬語抜きの関係になられたのですか? それにシルフィって……」
「あぁ、昨日の夜に仲間になってくれるよう頼んだ時にね。シルフィってのは愛称みたいなものかな。こっちの方が呼びやすいし」
「少し気恥ずかしいがな」
そう言って照れ笑いを浮かべるシルフィードに、クリュウは笑いながら話しかける。そんな仲のいい姉弟のような二人を見詰め、フィーリアは苦笑いを浮かべる。
「な、なぜでしょう。ものすごく不安なんですが……」
「……同感だ。何か、胸騒ぎがする」
女の勘で正体不明の不安を抱くフィーリアとサクラ。
二人の気持ちなど気づかずに楽しそうにシルフィードに話し掛けるクリュウ。
そんな彼の言葉に小さく笑みを浮かべてうなずくシルフィード。
そしてそんな四人を受付で微笑ましげに見詰めるライザ。
ドンドルマの酒場は様々な出会いがある不思議な場所。今日もまた、その場所で新しい絆が結ばれた。
クリュウ達の新たな物語の歯車が、ゆっくりと回り始めた瞬間であった。