「これで最後だッ!」
背後から仲間の怒りに燃えながら突撃して来るランポス。クリュウは目の前のランポスの体から剣を引き抜くと、血飛沫を吹き飛ばしながらデスパライズを振り向きざまに振るう。その剣先は容赦なくランポスの首に炸裂し、バシャァッと大量の血を吹き飛ばして首が吹き飛ぶ。頭部を失ったランポスの体は血を傷口から噴き出しながら横倒しになって崩れた。
血で汚れたデスパライズを振って血を吹き飛ばし、腰に戻すクリュウ。そんな彼の周りには無数のランポスの死骸が血まみれで横たわっている。数にして約二〇匹前後。これら全てをクリュウ一人で全滅させたのだ。
クリュウは一度周りを見回す。ここは初めてリオレウスと遭遇したエリアだ。シルフィードが乗っていた木は昨日リオレウスの巨体の一撃を受けてへし折れている。そして昨日と違うのは大量に転がっているランポスの死骸。敵の残党が残っていないか確認すると、後方の岩陰に隠れているフィーリア達を呼ぶ。
「もういいよ。ランポスは全滅したから」
その声に岩陰から出て来た三人は広場に無数に転がるランポスを見て少なからず驚く。まさかここまでの数とは思わなかった。
「リオレウスに住処を追い出されたのでしょうか?」
「その可能性はあるな。でなければドスランポス抜きでこれほどの群れが形成される事はないだろう」
フィーリアの推測にシルフィードもうなずく。二人の表情は険しい。なぜならランポスが追い出されたという事はリオレウスが現在活動している事を示している。昨日の今日で幾分か弱っていたとしても、奇襲の可能性もあるとなると厄介なのだ。
一方サクラは小走りでヘルムを脱いで一息ついているクリュウに駆け寄ると、道具袋(ポーチ)からハンカチを取り出してクリュウの汗を拭う。
「あ、ありがとう」
「……(フルフル)」
クリュウにハンカチを手渡し、サクラは改めて周りに転がるランポスを見詰める。これを全部クリュウが殺(や)ったのだ。その時の彼の動きを岩陰から見ていたサクラは、内心驚いていた。
クリュウの動きは、昨日よりも速く鋭かった。何かが吹っ切れたような、いつも以上の実力が出ているような気がした。それを証拠に、倒れているランポスのほとんどが的確に急所を狙われて一撃で倒されている。
「……すごい」
素直にそう思った。
初めて会った時に比べ、動きは格段に良くなっている。隙も減り、無駄な動作がない。彼の成長速度は一般の人のそれよりもずっと速い。ハンター養成所を卒業してわずか数ヶ月でリオレウスと戦えるまでに成長するなんて、天才クラスのハンターでなければできない。普通だったら数年は掛かるものだ。
偏(ひとえ)に、彼の日々の努力のおかげだろう。
フィーリアもサクラも知っている。
彼が毎日朝早く起きて素振りや立ち回りの練習をしている事を。
薄々は感じていた。彼が自分やフィーリアの実力に負い目を感じている事は。だからこそ彼は少しでも負担を減らそうと、人一倍の努力をしている。
昔からそうだった。彼は何事も人の何倍も努力して強くなっていた。子供の頃泳げなかったのに、毎日毎日海に出かけては泳ぐ練習をし、今ではかなりうまく泳げるまでになった。
そんないつも必死で陰ながら努力している彼を、サクラはずっと見てきた。そんな彼の姿に――恋したのだ。
確かに、彼はまだまだ正直自分やフィーリアには動きは劣っている。しかしとっさの機転に関してはもしかしたら自分やフィーリアよりも冴えているかもしれない。先程も背後から狙われた際に後ろに蹴りを叩き込んでランポスを牽制(けんせい)。ひるんだ隙に鋭い一撃を叩き込んで倒したり、追われた際にはツタを使って回避し、岩壁に激突してフラつくランポスに上から襲い掛かって一撃で葬り去る。彼のとっさの行動にはいつも驚かされるばかりだ。
「……クリュウの戦い方は、養成所で培(つちか)ったもの?」
「まあね。でも僕のは結構自己流なんだよね。片手剣って万能な武器だから、色々な戦い方があるんだ。僕はそれを組み合わせて自分に合った戦い方で戦ってるんだけど」
「……クリュウはすごい」
「そんな事ないよ。確かにハンター養成所では上位成績優秀者にはなったけど、実戦じゃ全然ダメだよ」
さりげなく言った彼のセリフに、サクラは隻眼を大きく見開いて驚く。
「……上位成績優秀者? クリュウが?」
「うん。見えないかな?」
苦笑するクリュウだが、サクラは驚いたままだ。
この世界においてハンターになるには二つの方法がある。
一つはサクラやフィーリア、そしてシルフィードのように直接師匠に弟子入りする形。もう一つはクリュウのようにハンターズギルドに公認されたハンター養成所に入学する形。どちらも最後にはドンドルマのハンターズギルド本部で免許所得試験というもの受けてハンターになる。
ハンター養成所はハンターズギルド公認な為、組織形態は全て統一されている。各学校の中で成績上位十人は《上位成績優秀者》に選ばれ、表彰されるのだ。そして何より、英雄クラスのハンターの多くがこの上位成績優秀者から現れる場合が多い、まさに金の卵とも言うべき存在、それが上位成績優秀者なのだ。
「……クリュウはやっぱりすごい」
「でも僕十位ギリギリだったし、当時コンビを組んでた子は僕より年下だけど学年首席だったからなぁ」
「……ドンドルマのハンター養成所は大陸最大規模の養成所。そこで上位成績優秀者になるなんて、すごい」
キラキラした隻眼で見詰めるサクラに、クリュウは照れ隠しの笑みを浮かべて赤くなった頬をこそばゆそうに掻く。
「僕は学科試験で教科書をひたすら暗記したからなぁ。技術の実力だけだったら僕なんてずっと下だよ」
確かに、ハンターは実力主義な世界なので学科を怠る訓練生は多い。だがそれにしても上位成績優秀者になるには、相当な努力が必要だ。
サクラは毎夜遅くまで机に向かって教科書を覚えている彼の姿を想像して、クスリと笑った。
――やっぱり、子供の頃から好きだった彼は、変わっていない。
「……クリュウはもっと強くなる。私は、そう確信してる」
「ははは、ありがとうサクラ」
サクラの言葉にクリュウは照れたようにはにかむと、そっと彼女の頭を撫でた。その温かさに、サクラは嬉しそうに隻眼を細める。
本当は、こんな風に子供扱いされるのはあまり好きではないのだが、彼の温かな手に触れられると心地良くて幸せな気分になれる。何より、彼と触れられているという事が嬉しいのだ。
「子供の頃から、サクラはほんとに頼りになるよ」
「……ほんと?」
「うん。何度エレナの暴力から助けられた事か」
おかしそうに笑うクリュウに、サクラも小さく笑みを浮かべる。子供の頃から変わらない、二人の親しい関係――だが、サクラは内心もっと親しい関係になりたいと思ってはいるが、彼にはその気持ちは伝わっていない。
彼の昔から変わらない鈍感さに、サクラは心の中で小さくため息した。
そこへ後ろで話し合っていたフィーリアとシルフィードが合流した。
「おそらくリオレウスは頂上付近にいるはずだ。これより先はより危険になる。そこでクリュウに荷車を頼む。私が先頭に立って皆を誘導する」
「わかりました」
先程までの柔和な笑みは消え、クリュウは緊張したような表情でうなずいた。その横ではサクラがゴソゴソとなぜか道具袋(ポーチ)をあさっている。
「どうした?」
「……クリュウに渡すものがある」
「僕に?」
サクラはコクリとうなずくと道具袋(ポーチ)からオレンジ色の液体が入ったビンを取り出し、クリュウに手渡す。
「これは何?」
「……硬化薬グレード。それを飲んで」
「え? そ、そんなレアアイテムを僕に?」
「……クリュウには、少しでも安全に戦ってほしい」
そう言ってサクラはプイッと背を向けてしまった。だが、その行動は三人には丸わかりで、皆小さく笑っていた。そんな皆に背を向けるサクラの頬は、薄らと赤く染まっていた。
クリュウはサクラの気持ちに感謝し、硬化薬グレートを一気に飲む。味は少々苦いが問題なく飲める。途端に体が内側から温かくなるのを感じた。ホットドリンクとはまた違った感じの温かさだ。
一方、目の前でサクラにポイントを上げられたフィーリアは悔しそうに唇を噛み、シルフィードはなぜか自分の道具袋(ポーチ)をあさって落胆していた。
「何はともあれ、これでクリュウが少しでも戦いやすくなったのは事実だ。いよいよリオレウスとの決戦だ。皆、用意はいいな?」
シルフィードの問いに三人は一斉にうなずいた。その表情は皆真剣で、瞳には本気の炎が宿っている。その力強さにシルフィードはうなずくと、皆の先頭に立つ。
「私達が協力すれば、リオレウスなど恐れる敵ではない。己を、そして仲間を信じろ。私は、君達を信じているぞ」
そう言って歩き出すシルフィード。その背中にクリュウとフィーリアは力強く返事し、サクラは小さくうなずいた。
再びシルフィードを先頭に荷車をクリュウ、右をフィーリア、左をサクラが護衛する形で歩き出す一行。
空の王者リオレウス。
確かに凶悪なまでに強く、おそらく飛竜最強の敵だ。
でも、自分達四人が力を合わせれば、勝てない敵ではない。
クリュウはグッとデスパライズの柄を握った。
その瞬間、最初に感じたのはふわりと頬を撫でる柔らかな風だった。ついで、上空から燦々と輝いていた日の光が何者かによって遮られる。
空には雲ひとつない快晴の青空だった。
そんな事ができるのは、この険しい山々の頂よりもさらに高くを飛べる者だけだ。
クリュウは反射的に振り仰ぐ。
するとそこには影があった――巨大な影。
逆光になっているせいで細部まではハッキリしない。わかるのは大きさだけだ。
「グギャアアアオオオォォォッ!」
殺気をみなぎらせたすさまじい怒号。奴は昨日自分に傷をつけた許せぬ敵をしっかりと覚えていた。ただひたすら、その敵を殺す事だけを考え飛び回り――そして見つけた。
怒りに燃える瞳が、日の光を受けてギラリと不気味に輝く。
赤い、燃え盛る炎のように赤い鱗。
空を覆わんばかりに広げられた、皮膜に包まれた翼。
全身からみなぎる圧倒的な迫力と力。何度も会っていても、決して慣れる事はない恐怖の塊。それが奴の凶悪なまでの生命力。
クリュウの中で答えが出るよりも早く、シルフィードの声が響き渡った。
「リオレウスッ!」
その瞬間、すさまじい暴風が四人に叩きつけられる。草などが激しく靡き、千切れ飛ぶ。砂埃が荒れ狂い、四人は動きを封じられた。
「クリュウッ! 荷車を岩陰に隠せッ! 急げぇッ!」
怒鳴るシルフィードにはいつもの余裕は消えていた。
いくら予想していたとはいえ、こうもいきなり現れるリオレウスに焦っているのが皆にも伝わる。その焦りは、皆の瞳を正面へ向けさせる。
クリュウは急いで離脱して岩陰に荷車を置く。その間にサクラとフィーリアはそれぞれ武器を構え、戦闘態勢に入る。
リオレウスは殺気と暴風を吹き荒らしながら圧倒的な迫力と共に舞い降りて来る。
シルフィードは一度後方に走って距離を取る。もちろんフィーリアとサクラも一緒だ。そこへクリュウが合流し、四人は戦闘態勢に入る。
リオレウスは離れた敵に対し殺気みなぎる瞳でギロリと睨みながら、さらに降下。そして――
ズズウゥン……ッ
鈍い地響きと共にリオレウスは木の幹に匹敵しそうな巨大な二本の脚で地面に降り立った。どんな岩をも砕く巨爪で地面を抉りながらしっかりとその巨体を支える。
一瞬、不気味な沈黙が流れた刹那、
「グギャアアアアアオオオオオォォォォォッ!」
すさまじい怒号と共に殺気の奔流が四人に襲い掛かる。たったそれだけで、クリュウはビクリと委縮してしまう。
やっぱり、怖い。どんなに修行をしていても、人間である限り決して消せない恐怖という感情。背筋が凍りつき、体が動かなくなる。
「……ッ!」
「――私を頼れ。今度こそ君を守ってみせる」
恐怖の中、そんな言葉と共にポンと肩を叩かれた。視線を向けると、シルフィードの横顔が見えた。その凛々しく美しい姿に、クリュウは安心感を覚えた。そしてその安心感は、自分の中で渦巻く黒い恐怖を優しく包み、溶かしてくれる。
「君は私が守る。だから、安心して戦え」
その言葉に、どれだけ感謝してもし切れないだろう――でも、違う。
「クリュウ?」
クリュウは一歩、シルフィードの前に出た。こちらを睨みながら攻撃のチャンスを狙っているリオレウスを睨み返し、堂々と三人の前に出る。
「――決めたんです。もう僕は、足手まといにはならないって」
「クリュウ……」
「クリュウ様……」
「……クリュウ」
三人の恋姫に背を向け、クリュウはデスパライズを引き抜いた。日の光に照らされて輝く刃を一瞥し、構える。
いつもいつも自分はフィーリアやサクラに頼って来た。そして、今回も何度もシルフィードを頼ってしまっている。
――でも、それじゃダメなのだ。
父のような立派なハンターになる為にも。何より、大切だと思える仲間を――女の子を守れるようになる為にも、いつまでも頼って背中に隠れていてはダメなのだ。
だから、もう背後には隠れない。
フィーリア、サクラ、シルフィード。皆歴戦のハンターばかりだ。でも、それを抜いてしまえばみんなどこにでもいる普通の少女達だ。そんな彼女達を――守りたい。
それが、クリュウの決意だった。
「フィーリア、サクラ、シルフィード――絶対に勝つよ」
その瞬間、三人の恋姫は大きく瞳を見開いた。一瞬、彼の頼れる後ろ姿に見とれるが、すぐにそれは小さな笑みに変わり、うなずく。
それらを一瞥し、クリュウも小さく笑うと再びリオレウスに向き直る。
ご丁寧にこちらの準備が整うまで待っていてくれたらしい。さすが王者。プライド高いだけでなく、礼儀もわかっている。
――クリュウは初めて、リオレウスに共感が持てた。
奴は、全身全霊をもって自分達に挑もうとしている。ならば、こちらも全力で迎え撃つのみ。それが彼に対する最大の礼儀だ。
「行くよッ!」
「はいッ!」
「……負けないッ!」
「いつでも構わんぞッ!」
その瞬間、四人は一斉にリオレウスに向かって駆け出した。
正面から堂々と突っ込んで来る敵にリオレウスはすさまじい怒号を放ち牽制する。
「グギャアアアオオオォォォッ!」
天高く響き渡る怒号が、のどかな狩場を再び戦慄の戦場へと変える。
リオレウスも堂々と四人を迎え撃つ。誇り高き空の王として――
クリュウ、フィーリア、サクラ、シルフィード対リオレウスの、壮絶な最終決戦が始まった。