ドンドルマから船に揺られて三日。ドンドルマのハンター達が一般的に火山と呼ぶラティオ活火山に到着した。
船から下りると、そこはすでに熱気が漂っていてじわりと汗がにじみ出て来る。海風がそれを冷やそうとがんばるが、あまり効果はなさそうだ。
「あ、暑いねぇ。二人とも大丈夫?」
クリュウは努めて笑顔で振り返った。すると、そこにはそっぽを向き合うフィーリアとサクラが立っていた。二人は依然冷戦状態を続けている。
「ふ、二人とも……」
クリュウは苦しげに頭を抱える。
二人はドンドルマからここまで来る船の中でもこんな状態であったのでクリュウはかなり疲れていた。しかもなぜかクリュウの隣で寝る事にケンカになり、結局は三人別々に寝る事になったのだが、二人とも夜中に擦り寄ってきてサクラに関しては背中から抱き付いてきたりしてすっかり睡眠不足になっていた。目の下に薄っすらと浮かんだ隈がそれを主張している。
背中を向け合う二人。どちらも優秀なハンターなのでいざとなればちゃんとしてくれるだろうと信じるしかない。
「頼むから狩りの時は連携してよね。僕バサルモスなんて初めてなんだから」
クリュウはため息すると持って来た道具や支給品を支給用荷車に載せていく。さすがドンドルマの狩場という事もあり、支給品はかなりの数が用意されている。
「村と比べてずいぶん気前がいいよね」
地図に携帯砥石、応急薬や携帯食料、さらにはクーラードリンクに解毒薬まで。全て必要最低限の四人分用意してある。今回は皆それぞれ三個ずつ解毒薬を持って来ていた。
「そういえばこれって解毒薬だよね? イーオスが出るからその対策か」
「……違う」
その声に振り返ると、いつの間にかサクラが立っていた。額当ても装備し、準備万端だ。
「違うってどういう事?」
「……バサルモスは毒ガスを噴出して来る。それに対する備え」
サクラは淡々と言うが、その言葉にクリュウの顔が急激に曇っていく。
「毒ガスなんて厄介極まりないなぁ」
接近戦のクリュウにとって、それはかなり厄介な障害でしかない。クリュウはかなり過酷な戦いになるだろうなぁと力なくため息した。すると、そんな彼にフィーリアが自らの解毒薬を渡して来た。
「私の解毒薬、差し上げます」
「え? で、でもそれじゃフィーリアが」
「私は遠距離攻撃なので毒ガスは届きませんし、届いたとしても私のレイアシリーズは毒を無毒化する性能があるので必要ありません。ですので接近戦を行うクリュウ様が使ってください」
「そ、そうなんだ。ありがとう」
クリュウは嬉しそうに解毒薬を受け取る。その笑顔にフィーリアは内心やったッと思った。すると隣にいたサクラがピクリと眉を動かす。
「……クリュウ、私のもあげる」
「いや、サクラも同じ接近戦だし毒無効化じゃないでしょ? それはダメだって」
「……」
残念そうにしゅんとするサクラに対し、初戦で勝利(?)したフィーリアは嬉しそうにガッツポーズする。そんな正反対な反応をする二人に戸惑いながらもクリュウは準備を整えて出発用意を終える。
「まぁ、とりあえず行こう」
クリュウはそう言うと大タル爆弾三個、大タル爆弾G二個、小タル爆弾五個、シビレ罠二個、落とし穴二個、トラップツール四個とゲネポスの麻痺牙、ネット二個などの大きな道具が載せられた荷車の取っ手を掴む。と、
「く、クリュウ様! 荷車なら私が引きます!」
そう言ってフィーリアは荷車の取っ手を掴んだ。
「え? で、でも……」
「いいんですよ。私は後方支援役ですから。それに、私と組んでいた頃はこうだったじゃないですか」
「そ、そうだったね。じゃあ任せるよ」
「はいッ!」
フィーリアは嬉しそうに微笑んだ。
クリュウに頼られている。そんな嬉しさがフィーリアを包み込んだ。
一方のサクラはそんなフィーリアの先制攻撃の数々に押され、ムッとしていた。いつもは静かな隻眼も今はどこかイラ立っているようだった。
歩き出した三人の中、意気揚々とするフィーリアに対しサクラはどこか不機嫌そうだった。が、そんな彼女に先頭を歩いていたクリュウが笑顔で振り返った。
「じゃあサクラ。いつものように連携攻撃よろしくね」
その言葉に、サクラの顔が小さいながらもぱぁっと輝いた。それは彼女の最高の笑顔であった。
「……うん」
サクラはうなずくとクリュウの横に立った。そしてこの狩場にも何度か来ているサクラは地図を片手に大まかながらも地形の説明をし始めた。それを真剣に聞くクリュウ。
一方すっかり取り残されたフィーリアは頬を膨らませる。
「むぅ、クリュウ様が遠くに行っちゃう……」
フィーリアは悔しそうに唇を噛む。どうやらあのサクラという子はかなり厄介な相手らしい。今回の自分の最大の相手はバサルモスではなく彼女だ。そう察していた。
そんな一人考え込むフィーリアの前ではサクラが事細かく地形の説明をしていた。
「……ドンドルマの狩場は村の狩場と大きく違ってエリアごとに番号が振られてるの。これを目安に動いた方がいい」
「へぇ、便利だね」
クリュウは地図を覗き込む。これなら作戦なんかも立てやすい。何とも便利だ。
「……バサルモスは主に溶岩地帯にいるから、まずはエリア4に行きましょう。クーラードリンクは必ず飲んで。砂漠の暑さの比じゃないから」
「わ、わかった」
三人は拠点(ベースキャンプ)の左側の道を進んだ。すると、その先は洞窟になっていて、そこから肌を焦がすようなすさまじい熱風が吹いていた。
「うわぁ、この先に行くの?」
ものすごく熱い風にクリュウは早くも戦意喪失しかけていた。が、サクラは「……えぇ」とだけ答えてクーラードリンクを飲む。後ろでもフィーリアがクーラードリンクを飲んでいた。仕方なく、クリュウもクーラードリンクを飲む。冷たい味と爽快感がのどを通る。すると、すぐに熱風が気にならなくなった。暑さに対してある程度の温度は遮断してくれるのだ。
「……私が先頭を行く。クリュウは殿(しんがり)をお願い。あなたは私達に挟まれて移動して」
「わかりました」
二人の表情がハンターのものに変わると、先程までの冷戦状態はどこかへ消えたように二人は連携を組んだ。さすがである。
感心していると、フィーリアが先程までの真剣な表情を崩して優しげな笑みを浮かべた。
「クリュウ様。私の背中、預けましたよ」
そのかわいい笑顔にクリュウはドキリとした。
「う、うん」
二人はほのぼのしい雰囲気に包まれる。そんな二人にピクリとサクラは眉を動かすが、無視して歩き出す。今はこんな事をしている場合ではないのだ。
三人はそのまま洞窟の中へ進むと、すさまじい熱気が三人に襲い掛かった。
洞窟の中なのにいやに明るいなぁと思い噴き出す汗を拭いながら進むと、前方に真っ赤な景色が広がっていた。
「うわぁ……」
そこは死の世界が広がっていた。
真っ赤な溶岩が流れ、それが赤い光を発して黒い岩壁に包まれた洞窟の中を照らしていた。そしてその溶岩からはすさまじい熱が流れている。あの死の河はきっと数千度はある。生き物は皆あの中に入れば骨も残さずに溶かされるだろう。
そして溶岩が流れていない足元の黒い岩からもじわりと熱が伝わってくる。もしクーラードリンクを持っていなかったらと思うとぞっとする。
砂漠は主に太陽の熱がすさまじかった。もちろん砂からの反射熱もすごく暑かったが、ここに比べれば優しい。この火山とは体全体にすさまじい熱が襲い掛かる。あまりの暑さに噴き出す汗を拭う。
「暑いなぁ……」
「……ここが火山。こんな世界にもモンスターは住んでいる」
「やっぱり何度来ても暑いですぅ」
三人ともさっきまでの涼しい顔から一転して汗が皮膚を覆っている。一人サクラだけはそれでも涼しい顔をしている。恐るべき精神力。
「……イーオス四匹」
その言葉に視線を向けると、確かに黒い岩壁ではっきりと動く赤い生き物、イーオスが見えた。向こうはまだこちらには気づいていない。
「すごいなイーオスは」
素直にイーオスの生命力には脱帽する。人間にはこんな場所は住めそうにない。木や草も育たないこの過酷な環境でも生きられるのはすごい。
しかし、このままでは戦闘は避けられない。それならばまず自分とサクラで突撃するのがいいだろう。サクラとのタッグならイーオスごとき恐れるべき敵ではない。
「じゃあサクラは右の二匹を。僕は左の二匹を叩く」
「……わかった」
「ちょっと待ってください!」
突撃準備をする二人を止めたのはフィーリアであった。
「フィーリア?」
「私に任せてください」
「え? で、でも……」
「仲間の実力を把握しておくにはいい機会ですから」
そう言うとフィーリアは荷車を置き、背中のヴァルキリーブレイズを構えた。そして腰のガンベルトから弾を取り出す。クリュウには懐かしい彼女の動きだ。
フィーリアはここでクリュウに久しぶりに自分の実力を見せ、サクラに牽制する気でいた。二人が注目する今、絶好の舞台(ステージ)だ。
フィーリアは貫通弾LV2を取り出すと弾倉に装填する。
そして、二人が見守る中右目でスコープを覗き込む。可変倍率スコープのレンズが遠くにいるイーオス大きく映し、その焦点がしっかりとイーオスの頭を捉える。この距離ならロングバレルを付けたヴァルキリーブレイズなら狙撃可能だ。
そして、引き金を引いた。
パァンッ!
撃った後も銃口は微動だしない。そして、狙撃されたイーオスは頭に穴が開いて吹っ飛び、そのまま動かなくなった。
「う、うそ」
驚くクリュウとじっと見詰めるサクラの前で、フィーリアは再び別のイーオスの頭を捉えて引き金を引く。これもまたイーオスの頭を貫いて吹っ飛ばす。
すでに二匹片付けたフィーリアだったが、残る二匹のイーオスはフィーリアの発砲音や発射時の閃光で位置を掴んだのか、鳴き声を上げると突撃してきた。
迫るイーオスにクリュウは慌てて剣を構える。が、
「大丈夫です」
フィーリアはそう言うと残った弾を一度取り除き、腰に下げた弾薬袋から別の弾を取り出し装填する。散弾LV1だ。
フィーリアは迫る二匹のイーオスをギリギリまで引き付ける。
「ちょ、ちょっとフィーリア!」
クリュウは動かないフィーリアに慌てて立ち上がろうとする。が、その肩をサクラに掴まれた。振り返ると、その瞳はじっとフィーリアを見詰めている。
「ギャアッ!」
その声に再び前を見ると、イーオスが目前まで迫っていた。
「フィーリアッ!」
刹那、フィーリアは再び引き金を引いた。
ズバンッ! と撃ち出された弾はすぐさま炸裂し、襲い掛かってきたイーオスに無数の小さな弾が襲い掛かった。赤い体中に穴が開き、真っ赤な血が噴き出る。
「「ギャアッ!?」」
仰け反るイーオスに第二発が襲い掛かる。イーオスは悲鳴を上げて吹き飛び、そのまま動かなくなる。
フィーリアはスコープから目を外すと、ふぅと小さく息を吐いた。
「片付きましたよ?」
明るい笑顔を浮かべるフィーリアに、クリュウは呆然と立ち尽くす。目の前で起きた事がちょっと信じられなかった。ボウガンは一定の距離が必要なので近距離戦や人海戦術には弱いはず。しかし彼女はそれを見事に破ったのだ――明らかに、以前よりも強くなっていた。
「……いい腕ね」
「ありがとうございます」
サクラも彼女の実力を認めたのか、小さくうなずく。そんな彼女に認められたフィーリアも笑顔でうなずく。
「えへへ、クリュウ様どうでしたか?」
フィーリアはクリュウにほめられる事を期待して満面の笑みで振り向く。と、そこには、
「……何で僕の周りには僕より圧倒的に強い女の子ばっかりなの……?」
座り込んで熱いはずの岩に《の》の字を書いてものすごく落ち込んでいた。どうやらフィーリアの圧倒的な力が、クリュウのわずかにある男としてのプライドをひどく傷つけてしまったらしい。
「く、クリュウ様ぁッ!」
激しく落ち込むクリュウにフィーリアは慌てるが、クリュウは完全に落ち込んでいた。
「く、クリュウ様! 戻って来てくださいぃッ!」
クリュウの肩をガクガクと激しく揺するが、クリュウは遠い目をしたまま。完全に自分の世界に入ってしまっている。
落ち込むクリュウをフィーリアが大慌てで立ち直らせようとする。そんな二人を一瞥し、サクラは無言で歩き出した。
「ちょッ! ちょっとサクラ様ッ! クリュウ様を見捨てられる気ですかぁッ!?」
フィーリアの声を背に聞きながら、サクラは歩く。その先には真っ白な岩があった。まず足元の石ころを拾い、その岩に投げ付ける。カンという音が起きたが、別に何も起きない。バサルモスの擬態だったら、こんな小さな衝撃にも反応して地面から飛び出してくる。これはその確認だった。
サクラは無言で辺りにある白い岩全てに石を投げ付けたが、何も反応はない。どうやらこのエリアにはバサルモスはいないらしい。
確認を終えて戻って来ると、その時には何とかクリュウは復活していた。
「……ここにバサルモスはいない。次に行きましょう」
「そうですね」
「やっぱり僕いらないんじゃない?」
「そ、そんな事ないですよぉッ!」
また落ち込みかけるクリュウをフィーリアが慌てて戻そうとする。すると、
「……クリュウ、手」
そう言ってサクラはクリュウの手を掴むと、ギュッと両手で握った。驚くクリュウにサクラは口元に小さな笑みを浮かべる。
「……クリュウは、私には必要な存在。この温もりがあれば、私はがんばれる。クリュウは私にとってそんな存在。それじゃ、ダメ?」
「あ、いや、まぁ……うん」
「……良かった」
サクラの小さな笑顔に、クリュウも嬉しそうに微笑んだ。なんて素直な子なのだろうか。
一方、フィーリアはうらやましそうにサクラを見詰める。これが自分とクリュウの間に生まれた大きな溝なのだろう。その溝を埋めるだけのものを、彼女は持っている。
負けそうだ。でも――
「ま、負けません!」
小声でそう宣言すると、小さくガッツポーズをして気合を入れ直す。
まだまだ戦いはこれからなのだ!
――忘れているかもしれないが、今回三人の目的はバサルモスの討伐である。すっかり路線が外れているが、目的はそれだ。
三人は再び歩き出した。今まで二人だったクリュウにとって三人はかなり安心できた。荷車での移動もスムーズにできる。特に先頭と殿を守りながら荷車を移動できるのはいい。しかも近接戦二人がこうして守り、遠距離攻撃のフィーリアが荷車を引くのはベストな形だ――まぁ、クリュウは女の子一人にこんな重い荷車を任せられないのか、後ろから押してはいるが。ちゃんと後ろも警戒している。
前方を警戒するサクラ。後方を警戒するクリュウ。そして全体を警戒するフィーリアのおかげで、三人に死角はなかった。特にフィーリアは時折怪しい場所はボウガンのスコープで見たりしている。こういう時に仲間というのは頼れる。
途中イーオスに襲われたりもしたが、三人は連携した動きを見せてこれら全てを撃退した。クリュウとサクラの連携。そしてクリュウのクセを知っているフィーリアがその動きを補助する狙撃。クリュウを中心に三人は見事な連携を見せていた。
真ん中に溶岩の池があるエリア5を抜け、三人が向かったのはエリア6。白い岩が数ヶ所あったが、それらは全て石をぶつけたが反応はなし。ここにもバサルモスはいなかった。
「どこにいるのバサルモスって飛竜は?」
「……じゃあ次はエリア7。あそこは比較的出現率が高いから」
「そうなの? じゃあそっちに行こうよ」
「あ、じゃあその前にこのエリア8に行ってもいいですか?」
そう言ってフィーリアはサクラの持つ地図の一ヶ所を指し示した。そこはこのエリアのほぼ真上にある頂上付近だ。
「いいけど、どうして? このエリア8って地図で見ても飛竜が出るには狭い気がするけど」
「……ここにはバサルモスは出ない」
「わかってます。ですが、ここは貴重な鉱石があるんです」
そう言ってフィーリアは荷車からピッケルを取り出した。なぜそんな物を持って来たのかずっと不思議に思っていたが、こういう事だったらしい。
「私は火山に来たらこのエリア8で採掘する事にしてるんです。どうですか皆さんも?」
笑顔で言うフィーリアに対し、サクラはそんな彼女をじっと見詰める。その隻眼には何ら感情は窺えない。
「……私達の目的はバサルモスの討伐。それ以外は必要ない。勝手な行動は困る」
「そ、そうですよね。すみません……」
しゅんとするフィーリアに、クリュウが怒ったようにサクラを見詰める。
「そんな言い方しなくてもいいでしょ? ハンターにはそれぞれ自分の考え方があるんだから」
「……チームを組んでいる時に、そんな勝手な個人行動はチーム全体に危機を与える」
「そ、それはそうかもしれないけどさ」
「……クリュウは、どうするの?」
サクラはじっとクリュウを見詰める。その瞳には彼の意見をしっかりと聞くという思いが込められていた。そんなサクラに、クリュウは返答する。
「僕はフィーリアについて行く。ちょうどオデッセイを作って鉱石が不足してたから」
クリュウの返事にサクラは一瞬片方しかない瞳を大きく見開いたが、すぐにいつもの大きさに戻る――いや、むしろいつもより細い。
「……そう」
サクラは小さくそう答えると、そのまま踵を返して歩き出してしまった。
「ちょ、ちょっとサクラ! どこ行くのッ!?」
「……私の役目はバサルモスの討伐。それ以外の事は無用。クリュウ達は鉱石採掘をすればいい。私はバサルモスを探す」
「サクラ!」
クリュウの声も聞かず、サクラはエリア8とは反対方向のエリア7に行ってしまった。そんなサクラを見て、クリュウはムッとする。
「何だよサクラの奴」
「あ、あの、すみません……」
「フィーリアが謝る事ないよ。あいつフィーリアと会ってからずっとピリピリしてるんだ。まったく――いいよ行こう」
「あ、はい」
クリュウとフィーリアは荷車と共に黒い岩の坂を登ってエリア8に向かった。
真ん中に曲がった溶岩の河が流れるエリア7に向かったサクラは辺りを見回す。だが、バサルモスの姿はなかった。
しかし、今のサクラはバサルモスなんてどうでも良かった。
胸の中に湧き上がる怒りに、不機嫌そうに足元の小石を蹴った。放物線を描いて飛んだ石は真っ赤な溶岩の河に落ちて跡形もなく消える。
「……どうして」
思い出すのはクリュウの態度。
あのフィーリアという子が彼と一時期組んでいた事は知っている。そしてその連携が今でも十分通じる事は先程までの戦闘でわかった。だが、それが彼女をイラ立たせた。
確かに彼女は彼と昔組んでいた。だが今クリュウと組んでいるのは自分である。なのに、いきなり現れて自分からクリュウを取ろうとするのが気に食わない。
そして、クリュウもまたそのフィーリアに味方した。
今までずっと自分と一緒に組んできたのに、彼はそれ以前に組んでいた彼女を選んだ。
どうしてという気持ちが胸の中を渦巻く。
クリュウと一番連携を組めるのは自分だ。
今さらあんな子にクリュウは渡さない。
サクラはキッとエリア8と繋がっている飛び降りるにはいいが登るには高過ぎる壁の前で二人を待った。
今度こそ、クリュウを取り返してみせる。
そんな想いが、サクラの中で渦巻いていた。
一方その頃、火山の頂上付近に位置するエリア8にいるクリュウとフィーリア。
岩壁の亀裂に向かってピッケルを振り下ろすクリュウは楽しそうだった。
「すごいすごいッ! 大地の結晶にマカライト鉱石! ドラグライト鉱石もあるよッ!」
「良かったですね。これが私が火山での採掘を必ずする理由です。火山には溶岩が流れ、そしてその溶岩が冷えて固まると岩や石になります。その際の不純物の結晶がこうした鉱石になるんです。ですので、火山は鉱石の宝庫なんですよ」
「すごいすごいッ!」
まるで小さな子供のように嬉しそうにピッケルを振るうクリュウに、やっぱりつれて来て良かったと思うフィーリア。すると、
「うわぁッ! 何この赤い石!?」
クリュウが驚いたのは真っ赤な鉱石であった。まるで燃え盛る炎をそのまま固めたかのような真っ赤な不思議な石だった。
「あ、それは火山でしか取れない紅蓮石です。貴重な鉱石ですよ」
「すごいなぁッ! よぉしッ! もっと掘るぞぉッ!」
そう笑顔で言い、クリュウは額に溜まった汗を拭いながらピッケルを振るった。そんな彼の横でフィーリアもピッケルを振るう。
二人だけの空間。
やっと、クリュウと心が繋がったような気がした。
もちろん貴重な鉱石が手に入るのも嬉しいが、それ以上にクリュウとこうして接せられるのが何よりも嬉しかった。
しかし、気になるのはあのサクラという女の子だ。
「クリュウ様、サクラ様とは一体どういうご関係なんですか?」
「え? 仲間だけど」
「あ、いえ、その、どうしてサクラ様をパートナーに選んだのかと思って」
「あぁ、サクラは昔よく村に来てた商隊の娘で、よくエレナと一緒に遊んだ昔なじみなんだ。でも、サクラはその後モンスターに襲われて両親と仲間、そして左目を失ったんだ。その後生きる為にハンターになったらしいんだけど」
「そ、そんなお辛いご過去があったんですね、サクラ様は……」
「うん。そんな彼女との再会はシルヴァ密林にフルフルが現れて村が危険に陥った時、僕じゃどうにもならなくてドンドルマにハンターを探しに来た時に再会したんだ。そしたら厳しい条件なのに受けてくれてね。その後なんか僕も一緒に行く事になって、フルフルと戦ったんだ。苦闘の末になんとか勝利してね。その後彼女は村に腰を据えてくれたんだ。それから今までサクラと一緒に狩りをしてきたんだ」
「そうだったんですか。私がいない間にそんな事が……お役に立てなくてすみません」
「フィーリアが謝る事じゃないよ」
クリュウは笑顔でそう言うと一度ピッケルを置いて足元に散らばった鉱石を拾い始めた。落ちているのは皆貴重な鉱石ばかりだ。
「たくさん取れましたね」
「うん! ありがとうフィーリア!」
無邪気に笑うクリュウに、フィーリアも笑みを浮かべた。この彼の笑みが、きっとあのサクラという子も引き寄せたのだろう。そう思った。
ふと思いついた事を訊いてみる。
「クリュウ様は、サクラ様を信頼されてるんですか?」
「もちろん。すっごく頼りにしてる」
「じゃ、じゃあ……私の事は?」
「もちろん信頼してるよ」
その言葉に悶えそうになるフィーリアだが、間一髪それを押さえる。本当に訊きたいのはこの後だ。
すぅと息を大きく吸い、一瞬その空気の熱さにむせそうになるが、なんとか堪えて吸い終えると、顔を真っ赤にしながら真剣な瞳を向ける。
「わ、私とサクラ様、どっちの方が信頼されてますか!?」
「え? いや、そんなの比べられないよぉ……」
フィーリアの質問に困ったように頬を掻くクリュウ。そんな彼の姿に冷静になったフィーリアは慌てる。
「ご、ごめんなさい! 変な事を訊いてしまって! わ、忘れてください!」
「え? あ、うん」
顔を真っ赤にするフィーリアだが、火口からの赤い光に照らされているのでその赤みもクリュウは気づかなかった。
クリュウは採掘した鉱石を袋の中に入れると荷車の上に載せる。いつものシルヴァ密林よりも比べものにならない量の鉱石が手に入った
「こんなもんでいいでしょ。じゃあサクラの所に行こうか。こっちからエリア7に行けるみたいだよ」
それは二人が来た道とは逆方向に伸びる道で、エリア7に繋がっている。だが、フィーリアが小さく首を横に振った。
「確かにそちらに行けばエリア7に行けますが、エリア7に行くには岩壁を取り降りる場所があるんです。荷車ではちょっと無理です」
「そうなの? そうなると一度エリア6に回ってエリア7に行くしかないね」
「そうですね。では行きましょう」
「うん」
二人は鉱石の入った袋を荷車に載せるとフィーリアがそれを引き、クリュウが前に立って歩き出した。
細い道を進むと、そこは先程サクラと別れたエリア6だ。そして、エリア7に繋がる道が反対方向にある。そこに向かって二人はエリアを横切る。すでにここにバサルモスがいない事は確認済みだ。イーオスもおらず、安心して歩ける。が、そこでクリュウは不可解な事に気づいた。
「あれ? あんな岩なんかあったっけ?」
クリュウが気になったのは中央部に置かれた横に長めな白い岩だった。それはどこにでもある岩であったが、先程サクラ達と確認した時あんな岩があっただろうか。
「クリュウ様?」
クリュウは一応確認の為に石を拾って近づく。そして、半信半疑ながらそれを投げ付けた。カンッという先程までと同じ音に危惧(きぐ)であったと思った。だが、直後地面が激しく揺れ出した。
「え? えぇッ!?」
「クリュウ様! 逃げてください!」
フィーリアの声の刹那、突如目の前の岩が飛び上がった。地面の岩が砕け飛び、クリュウは盾でそれを防いだが、尻餅を着いてしまった。
目の前の岩が飛び上がると、そこには巨大な岩の塊――いや、岩の竜がいた。
まるで体全体が岩に包まれたかのような出で立ち。大きさはイャンクックより少し大きい程度だが、その生命力はイャンクック以上だ。
クリュウが岩だと思ったのは、岩そっくりの奴の背びれであった。
岩の体から灰色の翼が生えているが、その重厚な体を飛ばすには少しひ弱な感じがした。だがその分、その岩の体を支える脚は大木のように太く、その体は岩のような鎧に包まれている。
これがバサルモス――岩竜という名にふさわしい飛竜だった。
「グワアアアァァァッ!」
重厚な鳴き声を発したバサルモスは自らの前に倒れている小さな敵――クリュウを捉えた。
突然の事にクリュウはすっかり動く事を忘れていた。しかし目の前に現れた飛竜ににすぐにクリュウは動きを取り戻した。急いで立ち上がり一度バサルモスから距離を取る。その頃にはフィーリアも荷車を端の方へ置いてヴァルキリーブレイズを構えていた。装填されている弾は徹甲榴弾LV2。どんな硬い鱗や甲殻でさえも突き刺さり、内蔵された火薬が爆発する高威力の弾だ。
スコープを覗き込み、照準を合わせる。狙うは頭だ。
バァンッ!
引き金を引きロングバレルの銃口から火が噴き出た。撃ち出された徹甲榴弾LV2はバサルモスの頭部に突き刺さった。刹那、小規模な爆発がバサルモスの頭を包んだ。
「グオオオォォォッ!?」
バサルモスは突如襲った爆発に驚きたたらを踏む。その瞬間、クリュウは駆け出すと腰のオデッセイを抜いてバサルモスの脚に斬りかかった。
「りゃあッ!」
渾身の一撃がバサルモスの岩のような甲殻を襲う。が、
ギャアァンッ!
「なぁッ!?」
すさまじい衝撃と腕を襲う痛みに思わずオデッセイを放してしまった。主を失ったオデッセイはクルクルと空中で回りながら放物線を描いて落下。クリュウの後ろの地面に突き刺さった。
「くッ!」
クリュウは一度後ろへ跳んで距離を置く。バサルモスはそんな弱い敵に向かって一度大きく体勢を低くすると、猛烈な勢いで突進して来た。
まるで岩そのものが突進して来るようだった。その速さに驚き、クリュウは逃げる隙を失った。慌てて盾を構えるが、迫る巨大な岩に恐怖する。
あんなものの突進を受ければ、自分もただじゃ済まない。
だが、今のクリュウにはこれしかできなかった。
地面を震わせながら突っ込んで来るバサルモス。距離はもうない。その巨体が自分に激突するのはあと数秒だ。そして、殺意に満ちた瞳を見た瞬間、クリュウは反射的に目を閉じた。
ドスン・・・
鈍い音と衝撃が――背中から襲った。驚いた刹那、今度は前からすさまじい衝撃が襲い、クリュウの体がまるでボールのように吹き飛ばされた。
黒い岩壁に叩き付けられ、クリュウは倒れた。だが、すぐに起き上がる。痛みが体を襲うが、思ったよりは痛くなかった。驚くクリュウに、フィーリアが慌てて駆け寄って来た。
「大丈夫ですかクリュウ様!」
「フィーリア? さ、さっきの後ろからの衝撃って、僕を撃ったの?」
先程後ろから襲った小さな衝撃は、フィーリアが撃ったのだと確信していた。だが、なぜ味方を撃ったのか。そして、その刹那に受けたバサルモスの突進が思ったより軽かった事に困惑する。すると、フィーリアはクリュウの体を見回して目立った怪我がないとわかると安堵の息を漏らした。
「良かった。間に合ったみたいですね」
「間に合ったって?」
「先程撃ったのは硬化弾という弾で狙った対象の皮膚を硬化させて防御力を上げるものなんです」
「って事は、さっきバサルモスの突進が軽く思えたのは、そのおかげ?」
「はい」
「そっか、ありがとう」
クリュウはフィーリアに礼を言って近くに突き刺さっていたオデッセイを抜いて構える。バサルモスは突進の勢いを止め切れなかったのか、二人より少し離れた所でその巨体を反転させていた。
「フィーリア! あいつ硬過ぎるよ! 刃があの岩みたいな甲殻に弾かれる!」
先程の衝撃。それは本物の岩に斬り掛かったかのような衝撃であった。その時に起きた腕の痺れはもうないが、あんな硬い甲殻斬れるはずがなかった。
フィーリアはクリュウの言葉を聞きながら再び徹甲榴弾LV2を装填する。
「バサルモスの甲殻はまさに岩です。脚などに斬りかかっても弾かれます」
「じゃあどうすればいいのッ!?」
「バサルモスの弱点は腹です。あそこなら剣でもダメージを与えられますし、ダメージが蓄積すると破壊できます。そうすれば柔らかな肉質が姿を現し、そこを攻撃すれば大ダメージを与えられます」
「じゃあ、腹を狙えばいいの?」
「はい。ですが、バサルモスは近距離の相手に対し毒ガスや睡眠ガスを噴出させてきます。これはとっさに息を止めても無駄です。ですので、奴が急に動きを止めて体を仰け反らしたらすぐ離れてください。それが予備動作ですので」
「そんな無茶なッ!」
「とりあえず、まずは落とし穴と爆弾を使いましょう。そして腹を壊します。そうすれば幾分かは楽になります」
「わかった!」
打ち合わせが終わった瞬間、バサルモスが突進して来た。改めて見るとその動きはイャンクックよりも遅い。だが、その突撃距離はイャンクックのそれよりもずっと長い。あれだけの距離をずっと走って来る。
「まずは落とし穴の設置を!」
「うんッ!」
二人は突進して来るバサルモスを左右別々に走って回避した。バサルモスは当てるべき敵が射線上から消えると慌てて脚を止めて急ブレーキするが、勢いのついた巨体はそのまましばらく滑走する。
フィーリアはそんなバサルモスに近づき、引き金を引く。撃ち出された徹甲榴弾LV2がバサルモスの後頭部に突き刺さり、爆発する。だが、今度はまるで効いていないかのように動きに何の変化もなく振り返る。もう一発撃ち込む。今度は翼に刺さって爆発したが、これも何ら変化はない。
バサルモスは体を大きく仰け反らせるた。だがそれはガス攻撃ではない。フィーリアはその動きに横へ跳んだ。すると、先程まで彼女がいた場所に巨大な炎の塊が飛んで来た。燃える溶岩を口から吐き出すバサルモスのブレスのような攻撃だ。あれを喰らえばひとたまりもない。
フィーリアは一度弾倉から弾を抜くと別の弾を装填する。今度は貫通弾LV2。これなら重厚なバサルモスの体も貫ける。
こちらに向き直したバサルモスにフィーリアはその一発を撃ち込んだ。撃ち出された貫通弾はバサルモスの背びれに当たると、そのまま内部を貫き、反対側から飛び出す。真っ赤な血がバサルモスの白い岩のような甲殻を染める。
「グオオオォォォッ!」
バサルモスは反撃とばかりに突進して来た。だがその動きを見切っているフィーリア軽々と避ける。そして振り向きざまにもう一発撃ち込む。
一方、フィーリアが戦う間にクリュウは荷車に走って落とし穴を取り出す。荷車との距離を考えてあまり遠くには設置できない。どうすればいいかと考えていると、バサルモスがこっちに向かって突進しようとしていた。
「クリュウ様!」
フィーリアの声を聞くまでもなくクリュウは動いた。突進を始めたバサルモス。多少こちらを追いかけるように曲がるが、その動きは緩慢だ。
クリュウは白い岩に一度逃げ込む。バサルモスはその横を通り過ぎた。
――チャンスは今しかない。
クリュウは落とし穴をその白い岩の近くに設置した。地面の黒い岩面を溶かし、ネットが張られて準備万端。あとは奴がちゃんとこっちに来るように誘導しなければ。その為にはここに立ち続けて誘き寄せるのが一番だ。
「フィーリア! 爆弾の用意を!」
クリュウの声にフィーリアはうなずくと荷車へ走った。と、その時ふと気づいた。バサルモスはクリュウに向かって再び突進を開始した。だがそんなクリュウの前には落とし穴。これではバサルモスの突進は彼には届かない。だが、その横の白い岩。あれは確か……ッ!
「……ッ!? クリュウ様離れてください!」
フィーリアは急転進してクリュウに駆けた。が、そんなフィーリアの声にクリュウは「え?」と声を出して振り向く。その瞬間、バサルモスが突っ込んで来た――白い岩に。
ドガアアアァァァンッ!
すさまじい爆発。まるで大タル爆弾でも爆発したかのような爆風に、クリュウは吹き飛ばされた。地面を二転三転して転がった後、プスプスと煙を上げるクリュウはそのままぐったりと動かなくなった。フィーリアは慌ててそんな彼に駆け寄る。
一方のバサルモスはクリュウの設置した落とし穴に掛かって下半身を地面に埋もれてもがいていた。
フィーリアはクリュウに駆け寄るとその体を抱き起こす。クリュウは気絶していたが、大した怪我はしていなかった。どうやらギリギリで盾を構えたらしい。フィーリアは安堵した。
先程の白い岩は爆弾岩とも言われる大タル爆弾と同等の威力を持った爆発する岩で、火山戦ではよくあの岩を利用して戦うのだが、クリュウは火山が初めてだった為そんな岩の存在を知らず、こんな事になってしまった。
フィーリアは自責の念に囚われた。しかし今はとにかく気絶したクリュウと共に離脱をしなければならない。フィーリアはぐったりとするクリュウを背負う。だが、クリュウの方が身長も体重も上。足がふらつく。
「あう……」
必死に歩くが、まるで飛竜の卵や火薬岩を運ぶ時のように体が重く思うように動けない。
悪い条件はさらに重なる。バサルモスが落とし穴を脱したのだ。再びクリュウとフィーリアを睨み付け、突進体勢に入る。だが、クリュウを背負ったままのフィーリアではその攻撃は避けきれない。悲鳴が出る。
そして、バサルモスが地面を蹴った。
「……目を閉じてッ!」
その声に反射的に目を閉じた刹那、すさまじい光が襲った。ハンターなら何度も何度も使った事のある閃光玉だ。再び目を開けた時、バサルモスが視界を奪われてもがいていた。そこへエリア7の方から走って来たのはサクラだった。
サクラはフィーリアからクリュウを奪うと、背中に背負って走り出した。その動きはフィーリアとは全然違って速い。フィーリアは一瞬呆然としたが、すぐに慌てて彼女の後を追った。そしてそのままエリアを脱した。