クリュウとサクラがコンビを組んでから一ヶ月あまりが過ぎた。その間に二人は多くの依頼を受け、周辺の安全を守り続けていた。
クリュウはクックシリーズに頭だけは何もないという変わらない装備であったが、武器だけは溜めに溜めた鉱石を使ってオデッセイにしていた。外見はハンターナイフそっくりだが、貴重な鉱石ばかりをつぎ込んだ強力な武器だ。
一方のサクラは単独または複数のハンターと共にクリュウとは別の依頼を受けたりもしていた。特に多いのはやはり彼女の護衛対象は絶対に見捨てないという主義に懇願する護衛依頼だった。そんな感じでサクラは村以外の依頼をこなしながらもクリュウとの連携は息の合ったものになっていた。
そんなある日、サクラが素材採集ツアーから戻って来たクリュウにある話を持ち掛けた。
「え? ドンドルマへ?」
鉱石や虫、魚などが入った素材袋を置き、簡単な料理を頼んで席に着いたクリュウはサクラの言葉に首を傾げた。
サクラはクリュウの前に座ると、デザートを注文してクリュウに向き直る。
「……えぇ。一度、ドンドルマで狩りをしてみたくない?」
「え? で、でも村が……」
「……この一ヶ月小型のモンスターもかなりの数を狩ったから、きっと大丈夫」
「そ、そりゃあそうかもしれないけど……」
「え? クリュウあんたドンドルマに移転するのッ!?」
そこへクリュウが頼んだ七味ソーセージにマイルドハーブ、スライスサボテンを頑固パンで挟んだホットドッグとサクラが頼んだ北風みかんジャムを掛けたクヨクヨーグルトを持って来たエレナが驚愕の声を上げた。
「あ、あんたこの村を裏切るって言うのッ!?」
「ち、違うって話おぼおおおぉぉぉッ!?」
「うるさいうるさい! この裏切り者ぉッ!」
エレナはクリュウの口にホットドッグをねじ込む。その際ちゃんと鼻を塞いでいるのが彼女らしい。が、空気の出入り口を完全封鎖されたクリュウは涙を浮かべながら悶える。
そんなクリュウをあの世へ導こうとするエレナの肩を、サクラがそっと叩いた。
「何よッ!?」
「……違う。一時的に、ちょっとドンドルマへ行くだけ。それも一週間から二週間くらい」
「え? そうなのッ!?」
エレナは慌ててクリュウを解放した。解放されたクリュウはゲホゴホッと激しく咳き込み、生きている事を改めて神様に感謝した。
「え、エレナ……ッ!」
危うく殺されるところだったクリュウは怒りの目をエレナに向ける。すると、自分の失態だと自覚しているのか、エレナはぷいっとそっぽを向く。
「あ、あんたが紛らわしい事言うからよ!」
「僕が言ったんじゃないよぉッ!」
「うっ……わ、悪かったわよ。その代わり、それ私のおごりにしてあげるから。許して、ね?」
「そのホットドッグが無事なら考えても良かったけど」
そう言ってジト目で見詰める先には、先程クリュウの命を奪い掛けた凶器――ホットドッグイが見るも無残な姿で床に落ちていた。
「わ、わかったわよ! 今から新しいのを作り直してあげるから! これもその新しいのもおごり! これでどうッ!?」
「いや、そんなケンカ腰に言われても……まぁいいけど」
エレナは不機嫌そうに厨房へ戻って行った。刹那、その厨房からすさまじく騒がしい音が響いてきた。とてもじゃないが、料理をしているような音には聞こえない。大丈夫だろうか。
「……クリュウ?」
厨房を見ていた視線を振り返ると、サクラが不思議そうに首を傾げていた。
「あ、ごめんごめん。で? もう一度聞かせて」
「……だから、一度ドンドルマに行かないかって話。この村の周辺は今は平和。でも平和じゃ私達ハンターは存在価値を失う。だから、依頼がたくさんあるであろうドンドルマに行って、その間の生計を立てるの。ドンドルマの依頼は報酬金が高いし、これから先ドンドルマ経由の依頼も発生する可能性もあるから、ハンター登録をした方がいいし、何より知り合いを増やす事はいい事」
「うーん、確かに……」
腕を組んで悩むクリュウ。
確かに一度ドンドルマで依頼をこなすのはいい事かもしれない。ドンドルマには多くのハンターもいて、友好の輪を広める事もできる。そうすれば、情報なども色々と手に入る。
ちょうど今村は平和だ。最近はその影響で素材採集ツアーくらいしかやっておらず、採掘で手に入れた物を売って生計を立てているという状況だ。しかも作ったばかりのオデッセイには大量のお金と素材を使った。状況はかなり厳しい。
悩むクリュウに、サクラは無言でヨーグルトを食べながら待つ。
そしてしばしの沈黙の後、
「わかった。その提案のった」
クリュウはドンドルマへ行く事を決意した。そんなクリュウにサクラは「……そう」と小さく返すと、口元に小さな笑みを浮かべた。
「……持って行く物はそれほどないから、午後にでも出ましょう」
「そ、そんなに早く? わ、わかった」
「だ、ダメよッ!」
そこへ怒鳴りながらやって来たエレナはホットドッグをテーブルに置いて二人を見詰める。そんな彼女の手から離れたホットドッグは先程と変わらないおいしそうなものだった。あれだけの騒音を立てていたのに、転んでもシェフなのだ。
「……どうして?」
「だ、だってドンドルマに行ってる間にモンスターに襲われたら大変じゃない!」
「……その心配はない」
「で、でもッ!」
「いいじゃないか別に。危険なモンスターはずいぶん狩ったし。その心配はないよ」
「あんたは黙ってなさいッ!」
「もごぉッ!?」
再びホットドッグを口に突っ込まれ、クリュウは悶絶する。そんなクリュウを無視し、エレナは怒鳴る。
「それに、あんた達二人だけでなんて行かせられる訳ないでしょッ!?」
その言葉に、言った自分がハッとした。
(わ、私何言ってんのよッ!?)
顔を真っ赤にしておろおろとするエレナを、サクラはじっと見詰める。
「……これはクリュウの意思。エレナには、邪魔させない」
「さ、サクラ……ッ!」
やっと口からホットドッグを取り出したクリュウが見たのは、睨み合うエレナとサクラ。その間には火花が散っている。
「あ、あのエレナ? サクラ?」
「……クリュウはドンドルマに行きたい。違う?」
「そ、それは行きたいけど……」
「……ほら」
「むぐぐ……ッ!」
エレナはしばし悔しそうにサクラとクリュウを睨んだ後、悔しそうに地団駄を踏む。そして再び二人をキッと睨むと、今度は一転してぐったりとうな垂れた。
「わかったわよぉ……」
その力ない小さな言葉に、クリュウは安堵の息を漏らした。
顔を上げたエレナは唇を尖らせて不満そうな表情を浮かべていた。
「もう、何もこんな時期に行かなくても」
「どういう事?」
「今日からしばらくはドンドルマから行商人が来るから、食材や調味料、調理器具を調達しないといけないから村を離れられないのよ。そんな予定がなければ、私もついて行けたのに」
「いや、エレナがついて来る理由はないと思うけど」
クリュウがぼそりと言った刹那、彼の足に強烈な一撃が叩き込まれた。その痛みにクリュウは悶絶する。
しばしの悶絶の後、目の縁に涙をたっぷりと浮かべたクリュウはなんとか起き上がった。そんなクリュウの耳をエレナが握る。
「痛いってばぁッ!」
「あんた、ドンドルマ行って女の子とデレデレなんかしたら、許さないからね!」
「そんな理由で行かないよぉッ!」
もう泣きそうなクリュウの耳を引っ張って不機嫌そうな表情を浮かべるエレナ。そんな二人を、サクラはじっと見詰めている。その隻眼には何ら感情を感じられなかった。
午後、村長や数人の村人、そしてエレナに見送られ、クリュウとサクラはイージス村を後にした。
村を空ける期間は約二週間。これだけ村を空けるのは初めてだ。
多少の心配はありつつも、何度も不安そうに振り返るクリュウの肩を、サクラがそっと叩いた。
「サクラ?」
「……大丈夫。村には、エレナがいるから」
「ははは、エレナならランポスくらいなら一撃で倒しそうだもんね」
「……そうね」
クリュウはサクラの言葉に少し不安が消えたのか、嬉しそうな笑みを浮かべた。そんなクリュウに、サクラも小さな笑みを浮かべた。
そんな仲良き二人が乗るのは船。なので、船を運転する村人の青年はそんな二人を見て帰って来たらエレナに殺されるなぁと思い苦笑した。
クリュウとサクラはドンドルマに向かって川を下って行った。