村に戻った三人はすぐに自分の家に戻った。ちなみにラミィとレミィはエレナの家に住み込んでいる。
クリュウは家に戻るなり風呂に入る。水を浴びると大量の砂が流れた。砂漠で狩りをするといつもこうなる。厄介極まりない。
風呂から上がると、私服を着て横になる。ハンターは防具を着て生活する事が多いらしい。それは飛び込みの依頼などにすぐ反応する為らしいが、こんな辺境の村ではそう急ぐような事はほとんどない。気楽でいいものだ。
しばし横になって休んでいると、いつものようにノックなしで玄関がぶち破られる。もうそんな無礼極まりない来訪者はわかり切っていた。
「何寝てるのよ」
「別にいいでしょ」
横になっているクリュウを叩き起こすかのような勢いで部屋に入って来たのはラミィ。この子にはデリカシーという概念がないのだろうか。
ラミィもやっぱり私服を着ている。赤色を基調とした服は彼女の性格にかなり合っているなぁと納得できる。まぁ、口にしたら殺されるだろうが。
「も、もうお姉ちゃん! いきなり入るのはダメだよぉッ!」
そう言って怒りながら入って来たのはレミィ。ラミィとは色違いの水色を基調としたその服は、やっぱり大人しい彼女に合っている。
「あ、お、お邪魔します」
何て律儀なのだろうか。同じ双子には思えない正反対さだ。
クリュウはめんどくさそうに起き上がると、ペコペコと頭を下げるレミィに向かって頼むように声を掛ける。
「あぁ、悪いけどレミィ。僕疲れてるから。そこのうるさいのを連れ出してくれないかな?」
「わかりましたぁッ!」
「わかりましたじゃないわよッ! あんたどっちの味方なのよッ!」
クリュウのお願いに忠実にラミィを撤去しようとするレミィ。何て素直なのだろうか。
「それで、一体何の用?」
クリュウはレミィを押さえ込むラミィに問う。すると、ラミィは思い出したようにクリュウに向き直る。
「あ、そうそう。私達明日にもアルフレアに戻るわね」
まるで明日の夕飯の献立(こんだて)を言うかのような軽い言い方でとんでもない事を言いだしたラミィ。クリュウはそのあまりの軽さとすごさに転倒しそうになった。
「じゃあ、そういう事だから」
「ま、待ってよッ!」
何事もなく出て行こうとするラミィを慌てて止める。すると、彼女は不機嫌そうに振り返る。
「何よ」
「何よじゃないよッ! そんないきなり!」
「いきなりって……私達がこの村に来てからもう二週間よ? 最初に言ってたじゃない」
「うっ……」
確かにそうだ。
二人はクリュウと違ってアルフレアに所属している。まだまだ下っ端とはいえ仕事はたくさんある。あまり長い間空けておく訳にもいかないのだ。
「そ、そっか……」
これでラミィとレミィと組むのも終わりかと思うと、ラミィのいい加減さやレミィの優しさが全て懐かしく感じる。
変に思い出に浸るクリュウに、ラミィはからかうように笑う。
「何よ。私達と別れるのがそんなに寂しいの?」
「そりゃあ寂しいさ」
思っていたのとはまるで違う返答に、ラミィから笑顔が消える。
「二人にはすごく感謝してるし」
「な、何言ってるのよバカッ!」
「え? 僕今おかしな事言った?」
顔を真っ赤にして焦るラミィに、クリュウは不思議そうに首を傾げる。その横ではムゥと頬を膨らませるレミィが。
「私もクリュウさんと別れるのは寂しいです!」
「ははは、ありがとう」
クリュウの笑顔に、レミィはにぱぁ嬉しそうなと笑みを浮かべる。そんな笑顔を振りまく妹をラミィは不機嫌そうに見詰める。
「レミィあんた、この村に残りたいの?」
「え? そ、そんな事はないよ」
「じゃあ、クリュウにアルフレアに来てもらうのは?」
「それが一番いいなぁ」
「ダメだよぉ。僕はこの村のハンターなんだから」
「うぅ、そうでしたぁ……」
落ち込むレミィは本当に残念そうだ。もし自分がこの村に所属していなかったら、きっと彼女の言葉について行ってしまっただろう。
「あはは、今度そっちにも行くよ」
「むぅ、そう言って一度も来てくれません。クリュウさんはいじわるです」
「あはは……」
それは純粋に時間がないからだ。アルフレアはイージス村から片道二日は掛かる。往復は四日。滞在期間を考えると、イージス村をかなり空けなくてはいけなくなる。フィーリアが抜けてたった一人のハンターになったクリュウにはそんなに村を空ける事はできない。
「今度は必ず来てくださいね!」
レミィはキラキラした瞳で見詰める。その瞳には疑う事を知らない無垢な心がある。こんな瞳で見つめられれば無理だなんて今さら言えない。
「う、うん。努力するよ」
「レミィ諦めなさい。今の返事じゃどうせこいつ来ないわよ」
ラミィはバッサリと切り捨ててしまう。クリュウはつい苦笑いしてしまう。が、レミィはラミィの言葉に泣きそうな顔になる。
「うぅ、やっぱりクリュウさん、来てくれないんですかぁ?」
「行く! 必ず行くから泣かないでぇッ!」
「こんのバカ! よくもレミィを泣かせたわねぇッ!」
「泣かせたのはラミィでしょッ!?」
「うるさいわねぇッ! 覚悟しなさい!」
「理不尽だぁッ!」
「クリュウさんのバカァッ!」
その後、クリュウは二人の女の子にボコボコにされた。もしエレナが遊びに来てくれなかったら、たぶん自分は死んでいただろうなぁと、後にクリュウは思った。
翌日、二人は村人に突然別れを告げて出て行った。
この村では出て行く前夜に盛大に送別会が行われると知っていた二人は皆にあまり無理をしてほしくなかったのでこうした別れ方をしたらしい。
村人総出で見送られ、二人の少女は手を振りながら己が守るべき街――アルフレアに帰って行った。
二人を見送った後、クリュウはドスゲネポスの狩猟に向かった。
エレナが心配してランポスの狩猟に格下げするように言ってきたが、クリュウは首を横に振り、ドスゲネポスの狩猟を引き受けた。
もう大丈夫。そんな気がしたのだ。
今まではフィーリアが背中を守ってくれて、自分は安心して戦っていた。
しかしラミィとレミィと組んでからはその戦法はがらりと変わった。それは二人が弓やボウガンのような後衛ではなくランスやガンランスといった前衛だったからだ。
己が背中は自分で守り、仲間を信じて戦う。そう教えてくれた気がした。
二人は確かに相手を守るように動く事もあるが、基本は単身で攻撃などをしている。それが狩りの基本だったのだ。
フィーリアとずっといて忘れていたその基本を思い出した今なら、自分にできる事なら何でもできるような気がした。
クリュウは十分装備を整えると、フィーリアがいなくなってからは恒例になった村人が運転する竜車に向かった。竜車を引くのはもちろんシルキー。彼女はクリュウを見ると嬉しそうに鳴いた。
「今日もよろしくね」
シルキーの頭を撫でると、クリュウは竜車に乗り込む。
「今日は砂漠でいいんだね?」
「はい。今日こそはちゃんと依頼を完遂させてみせますよ」
「ははは、がんばってくれよ。でもあんまり無理はするな」
青年は優しく微笑むと竜車を走らせた。振り返ると、エレナが手を振ってくれていた。それに自分も手を振って返すと、クリュウは前に向き直る。
そうだ。
この村には自分しかハンターがいない。
自分ががんばらなくて、誰がこの村をモンスターから守る。
クリュウの心に、小さいながらもハンターとしての光が輝いた。
自分はこんな所で止まっている訳にはいかない。
もっと遠くへ、もっと強く、前を見ていないと。
クリュウは腰に下げた相棒――ドスバイトダガー改の柄を握ると、小さくうなずいた。
竜車は砂漠に向かって竜車道を進む。
クリュウは久しぶりのドスゲネポス戦に気合を入れ直し、剣を抜いた。
差し込む光に照らされて美しく煌く刃を見詰め、クリュウは小さく微笑んだ。