ペイントボールの匂いを辿って密林の奥へと進む。そこは多くの細い木々に包まれた場所で、奥の方にはこの周辺の川の源泉が湧き出す小さな池がある。
そして奴はそこにいた。
細い首の先にある大きな顔。そしてその顔の半分近くを占める巨大な嘴を水面に差し込んで水を飲むのは桃色の鱗や甲殻に包まれた怪鳥イャンクック。
その巨体には先程の戦闘の怪我がまだある。閉じられている耳は体力が残り少ないからではなく辺りを警戒していないからだ。
クリュウは音を立てないように荷車を置くと、バトルキャップのゴーグルを掛け、道具袋(ポーチ)から音爆弾を取り出してこっそりと近づく。
イャンクックはまだこちらには気づいていないのか、水を飲んでいる。クリュウは草陰を利用しながらゆっくりと近づく。そして距離がかなり縮まった時、突如イャンクックは首を上げて辺りを見回した。慌てて体勢を低くする。気づかれたか。
息を殺して見詰めるクリュウの気配に気づかなかったのか、辺りを何度か見回した後イャンクック再び嘴を水面に突っ込む。今だ!
クリュウは手に持っていた音爆弾のピンを抜いてを投げ付け、一気に突進した。その足音にイャンクックがこちらを向いた刹那、キンッという心地良い音が響き、イャンクックが悲鳴を上げてフラフラと頭をもたげる。そんなイャンクックに向かってクリュウは突っ込む。
「うりゃあああぁぁぁッ!」
構えた剣を力の限りその巨体を支える強靭な脚に叩き込む。鱗を吹き飛ばし、その内にある肉を斬り裂く。舞う赤き血飛沫が奴に微弱ながらもダメージを与えている証拠だ。
「このッ! このぉッ!」
力の限り剣を振るう。縦からの両断、横への一閃、斜めからの斬り下ろし。様々な連撃を放つ。剣が振るわれるたびにイャンクックの血が空中をその軌跡を描く。
「クワアアアァァァッ!」
のび状態を脱したイャンクックの叫びに後方へ下がる。再び対面した時、イャンクックは血走った目をしていた。口からは火炎液が溢れ、空気に触れて燃えている。まるで炎の息のようだ。
《怒り状態》。ハンター達の間ではそう呼ばれている大型モンスター独特な特性。正確には学術的には《興奮状態》と言うらしいが、飛竜などの大型モンスターは興奮すると身体能力を桁違いに上げるらしい。特にスピード、パワーは今までとは比にならない。だからこそ、怒り状態になったら逃げるのが得策なのだ。
「クワアアアアアァァァァァッ!」
イャンクックは怒声を上げて火炎液を辺りに撒き散らしながら突撃して来る。そのスピードは今までとは比べ物にならないほど速く、避けるなんて不可能だった。盾を構えてガードするのが精一杯。
突撃して来た巨体の衝撃はすさまじく、耐え切れずクリュウは吹き飛ばされる。地面を二回転した後に起き上がると、胴を地面に投げ出したイャンクックも起き上がっていた。
「クワアアアァァァッ! クワアアアアアァァァァァッ!」
再び火炎液を吐きながらの突撃。これもガードするが簡単に吹き飛ばされる。
「あぐぅッ!」
肩を強く打ち付け、痛みを堪えながら急いで起き上がると、イャンクックは体を大きく仰け反らせていた。
「うわぁッ!」
無我夢中で横へ身体を投げ出すと、直後に火炎液が飛んで来た。先程まで自分がいた所が真っ黒な炭になる。
無理な体勢で横へ飛んだので、慌てて起き上がった時にはイャンクックが突撃を開始していた。盾を構えるが、そのすさまじい衝撃と共に身体が簡単に弾き飛ばされる。
何度も身体を地面に打ち付け、痛みを堪えながら起き上がると慌てて距離を取る。だが、イャンクックはそのすばやい速さで突撃して一気に距離を詰める。その突撃はなんとか回避できた。
クリュウは道具袋(ポーチ)の中に手を伸ばす。怒り状態では周りの音が聞こえないのか音爆弾は効かない。だから取り出したのは閃光玉。イャンクックがこちらを向いた瞬間投擲し、目をつむる。直後、閉じた目にも伝わるまばゆい閃光が迸り、再び瞳を開くとイャンクックが苦しそうに身体を揺らしていた。
クリュウは地面を蹴って突撃する。剣を抜き放ち、フラフラするイャンクックの脚にその一撃を叩き込む。鱗が飛び、肉が斬れ、血が舞う。イャンクックも必死の反撃をする。脚をバタつかせて纏わり付くものを蹴散らそうとするが、クリュウは一度離れると今度はその顔に一撃を入れた。ドスバイトダガーの鋭利な刃が、イャンクックの大きな耳を一直線に切り裂き、そのまま嘴に裂傷を与える。これにはさすがのイャンクックも悲鳴を上げて仰け反った。その間に再び顔に剣を叩き込む。嘴と耳はズタボロに切り裂かれる。
「クワッ! クワッ! クワァッ!」
イャンクックは頭をハンマーのように何度も上下させてクリュウを追い払うが、クリュウは執拗に攻撃を加える。
「クワアアアァァァッ!」
イャンクックはその巨体を回転させて尻尾をムチのように振るう。その攻撃を盾で防いで後退した後、クリュウはすかさず一撃を加える。
「クワアアアァァァッ!」
地団駄(じだんだ)を踏むイャンクックの巨大な脚から逃れるように後退すると、イャンクックは頭をハンマーのように激しく上下させて襲い掛かる。そのあまりの強さにクリュウは慌てて横へ飛ぶ。ドゴンッという陥没音に振り返ると、イャンクックの嘴が地面を砕いていた。なんという威力だろうか。
クリュウは一度剣を腰に戻して走る。突如逃げ出した敵にイャンクックは激怒して突撃して来る。だが、それはこっちの思うつぼ。
クリュウはすぐさま転進して逆方向へ全力で走る。突如方向を変えたクリュウにイャンクックは驚きながらも自らの巨体を押さえきれずにそのまま木々をなぎ倒しながら前に倒れ込む。
クリュウはそれを一瞥して走り続ける。向かう先は岩陰に置いていた荷車。到達すると小タル爆弾を掴む。振り返るとイャンクックが突撃して来ていた。怒り状態だと速い。
「喰らえッ!」
クリュウは三発の小タル爆弾をピンを抜いて投げ付ける。投擲された小タル爆弾はイャンクックの足下、顔面、翼で次々に起爆。爆炎に身を包む。
「グワアアアァァァッ!?」
突如爆発を受けてイャンクックはその場でたたらを踏む。その間にクリュウはシビレ罠を持って駆け出す。
「クワアアアァァァッ!」
後ろから怒声を上げ、続いて空気を吹き飛ばす音と共に滑空音。そしてすさまじい突風がクリュウを襲う。そのあまりの風圧にクリュウは動けなくなった。ゴーグルをしていなければ目も開けられないような突風だ。確認すると、イャンクックが前方に豪快に着地していた。
「クワアアアァァァッ!」
イャンクックは振り向くと首を激しく上下させて突撃して来る。斜め後方に飛んでそれをやり過ごすと、腰の道具袋(ポーチ)から閃光玉を取り出して投げ付ける。
閃光玉が炸裂して悲鳴を上げて苦しむイャンクックから一度離れ、シビレ罠を地面に置いてピンを抜く。すぐに電撃が流れて設置を終えると、クリュウはドスバイトダガーを抜いた。見ると、その刃はボロボロになっていた。鉄をも斬り裂くドスランポスの爪を使った刃をここまで刃こぼれさせるとは、どんだけ硬い鱗や甲殻なのだろうか。
本当はこの間に追撃をしたかったが、慌てて携帯砥石を使って刃を磨く。磨き終えた時、まだイャンクックは目が見えていなかったが、それもわずかだ。クリュウは道具袋(ポーチ)から回復薬を取り出して一本飲み干す。そして再び向き直った時には、イャンクックの瞳はしっかりと自分に向けられていた。
「クワアアアァァァッ!」
イャンクックは天高く吼えると、火炎液を四方八方に撒き散らしながら突撃して来る。迫り来る巨体に、クリュウは一歩も引かずにその場に留まる。そして、
「クワアアアァァァッ!?」
悲鳴を上げて痙攣するイャンクック。その足下には電撃を流すシビレ罠が。
「うりゃあああああぁぁぁぁぁッ!」
クリュウは全力を込めた一撃をイャンクックの顔に叩き込む。巨大な嘴にいくつものヒビが入った。すかさず二撃、三撃と加え、ダメージを蓄積させる。嘴のヒビはさらに大きく、長く広がっていく。そして、
「せいやぁッ!」
最後に全力を込めて叩き付けた一撃に、イャンクックの巨大な嘴は砕けた。見るも無惨に破壊された嘴の奥から悲鳴が上がる。
仰け反るその巨体にさらに刃を叩き付ける。すさまじい攻撃の連続にイャンクックはたまらず翼を羽ばたかせる。すさまじい突風に動けずにいるクリュウから距離を取って着地したイャンクック。見ると、その大きく張られていた耳は閉じられている。あと少しという合図だ。
クリュウが一度後退して荷車に背を向けると、イャンクックはしばし睨み付けた後に反対方向を向いて足を引きずる。その行動に奴が逃げようとしていると理解したクリュウは慌てて荷車を引いて突っ走る。足を引きずっているせいか、その速度は遅い。だが、クリュウがあと少しで追いつけるってところで、イャンクックは残っている力を翼に込めて羽ばたいた。突風に動けなくなるクリュウだが、荷車から打ち上げタル爆弾を掴み取ると、上空に舞い上がるイャンクックを一瞥して地面に置いてピンを抜く。その間に次の爆弾を設置してピンを抜く。下部から火を噴いて真っ直ぐ上に昇って行く打ち上げタル爆弾。続いて第二派、第三派と飛び立ち、計三発の打ち上げたる爆弾が飛び立ち、イャンクックの翼や腹、脚で起爆する。そのすさまじい爆撃に、イャンクックはたまらず落下する。慌てて残った落とし穴を掴んで横へ飛ぶと、イャンクックの巨体が荷車の上に落下した。その重量に荷車は粉々に砕ける。そして、置いてあった残った小タル爆弾一発、打ち上げタル爆弾二発がそのすさまじい衝撃に耐えかねて起爆した。爆発が再びイャンクックを包む。クリュウは一度距離を取った。
黒い煙の中から起き上がったイャンクックは、鱗や甲殻が吹き飛び、赤黒い肉を露(あらわ)にし、血がダラダラと流れ出している。その脚や耳、嘴にはクリュウの一撃一撃が傷や裂傷、粉砕という形で現れている。
イャンクックは再び羽ばたいて天に昇ろうとする。慌ててクリュウはポーチからペイントボールを取り出して投げ付ける。そしてそれは見事に命中し、匂いを辺りに撒く。イャンクックは今度こそ天高くまで昇って水平飛行して逃げ出した。
密林に再び静けさが戻る。
クリュウはため息と共にその場に倒れた。
肩が激しく動き、肺が精一杯空気を取り込もうと動き、心臓はもうはちきれんばかりに激しく動く。荒い息が、口からぜぇぜぇと音を立てる。
緊張感の連続であった戦いは一旦終了した。
初めての飛竜戦。剣を持っていた右腕も盾を持っていた左腕ももうガクガクだ。すさまじく硬い体に何度も剣を叩き込み、すさまじい衝撃を受けたりし、両腕は限界に達しようとしていた。
だが、まだ終わってはいない。戦いはまだ続くのだ。
クリュウは上半身だけを起こして道具袋(ポーチ)から回復薬を取り出す。そしてポーチの中で回復薬のビンが三個割れているのに気づいた。さっきの戦闘で衝撃を受けて割れたのだろう。残った回復薬を全部飲み干し、体力を回復させる。
立ち上がると、横に落ちていた落とし穴を腰に下げ、匂いを辿る。匂いの先はどうやら洞窟らしい。あそこには飛竜がよく巣にする天井が開いた洞窟がある。きっとそこへ逃げ込んだのだろう。なら急がないといけない。フィーリアが言っていた飛竜の特徴、それはどんな傷でも寝てしまえば治ってしまうという反則的な治癒能力だ。時間を掛けすぎればこっちが不利になる。
クリュウは急いで行きたかったが、先程の戦闘ですっかり疲れていて、走る事は極力控えて歩いて向かう。
――いよいよイャンクックとの最終決戦だった。
洞窟に入る寸前、クリュウは前方にいる人影に驚く。
「フィーリアッ!?」
「クリュウ様! ご無事だったんですね!」
そこにいたのは自分をかばって大タル爆弾で怪我したフィーリアだった。その明るく優しい笑顔にクリュウはなぜか懐かしさを感じてしまう。別れていたのは一時間ほどなのに。
「も、もう大丈夫なのッ!?」
クリュウがそう言うと、フィーリアは苦笑いして肩をすくめた。
「もしもの時の為にと常備していた秘薬を飲みましたから、もう大丈夫ですよ」
「秘薬!?」
それは回復薬やその上の回復薬グレートを上回る最強の回復用のアイテムの事だ。あまりにも貴重で手に入りづらい上に高価なのでクリュウはもちろん持っていないが、飲めば瀕死(ひんし)の怪我でも治ってしまうらしい。
「他にも回復薬や強走薬など持ってきた薬を片っ端から飲みましたから。おかげさまで口の中が大変ですよ」
苦笑いしてフィーリアはぺろりと舌を出す。そのかわいい仕草にクリュウは安堵する。
「良かったぁ……」
「クリュウ様は平気ですか?」
「うん。なんとかね」
本当はもうフラフラだが、ここはあえて空元気を出す。そんな彼を見てフィーリアは嬉しそうに微笑む。
「そうですか、動けるようになってペイントの匂いを辿って洞窟の前に到着し、そこでクリュウ様と合流。クリュウ様」
フィーリアの瞳が確認するようにじっとクリュウを見詰める。その問いにクリュウは静かにうなずく。
「イャンクックはもうすぐ倒れる。耳を畳んでたからね」
「そうですか。では今頃は寝てるでしょうね」
「かもしれない」
フィーリアはうなずくと背を向けて木の陰から何かを取り出した。それは一発の大タル爆弾だった。
「あれ? 何でもう一個あるの?」
「先程調合したんです。幸い、大タルは支給品でありましたし、爆薬は持って来てありましたから。本当は釣りミミズでカクサンデメキンを釣って大タル爆弾Gを作ろうと思ったんですけど、ペイントの匂いが流れてきたので諦めてここに来たんです」
フィーリアはその細腕で気にした様子もなく大タル爆弾を担ぐ。クリュウはちょっぴり敗北感を味わった。
「では、これでイャンクックに素敵なモーニングコールをしてあげましょう」
「もう夕方だけどね」
そう言って苦笑いするクリュウが改めて空を見ると、もう空はオレンジ色に変わっていた。はるか上空にある途切れ途切れの雲も、夕日の光を浴びてオレンジ色に光っている。まるで空全体が燃えているかのようだ。
「そうですね」
くすくす笑うフィーリアに、クリュウにも自然と笑顔が浮かぶ。さっきまで死に物狂いで戦っていた事を忘れてしまうような、そんな安堵の時。
「では早くイャンクックを倒して、明日のお昼はエレナ様の手料理でも食べましょう」
「そうだね」
二人は互いの瞳を見てうなずき合うと、洞窟に向かって歩き出した。
中は日の光が入りにくく薄暗かった。夕方という事もありいつもの昼間よりもさらに暗くて気をつけないと躓きそうになる。そして吹き抜ける湿った風が二人の頬を撫でる。
しばらく細い道の中で足を進めると、ようやく大きな広場に出た。だが、広場を見回して二人は慌てて岩陰に隠れた。
広場の天井には大きな岩の切れ目があり、そこからは夕日の光が注ぎ込んで辺りを薄暗いオレンジ色に照らし上げていた。そして、その光に照らされて桃色に輝く巨体は、静かに鎮座していた。
イャンクックは瞳を閉じて鼻提灯(はなちょうちん)までして眠っている。これにはひとまず安心だ。だが、そのまわりには三匹のランポスが動き回っている。こっちは厄介だ。
「どうしよう……」
小さくつぶやくクリュウに、フィーリアは「大丈夫です」と言って大タル爆弾を置いてボウガンを構える。弾丸袋から貫通弾LV2を取り出して装填するとスコープで狙いを付けて引き金を引く。一番手前にいたランポスは頭を撃ち抜かれて倒れた。突然倒れた同胞に残った二匹のランポスは困惑しながら仲間の亡骸に近づく。そこへすぐさまフィーリアが狙いを付けて引き金を引く。撃ち出された貫通弾LV2は二匹のランポスの頭を同時に貫いた。たった一発で、二匹のランポスは悲鳴を上げる暇もなく地面に倒れた。
「さすがだね」
「そんな事ありませんよ」
そう言って謙遜しているが、やはり彼女の実力はすばらしい限りだ。二匹同時に頭を貫くだなんて、神技に近い。
フィーリアは再び眠っているイャンクックを窺うと、小声でクリュウに声掛ける。
「クリュウ様にお願いがあります」
「何?」
「この大タル爆弾を、イャンクックの首の付け根辺りに置いて来てくれませんか?」
「ぼ、僕がッ!?」
「シーッ!」
フィーリアが慌てて口の前に人差し指を立てて息を細く吹く。クリュウも慌てて口を閉じる。幸い、イャンクックは熟睡しているのか起きる気配はない。
「ぼ、僕がするの?」
改めて問うと、フィーリアはうなずく。
「小タル爆弾がないので私が狙撃して起爆させます。ですから、クリュウ様にはこの大タル爆弾を設置してほしいんです」
「で、でも……」
先程の落とし穴で落とした後に大タル爆弾を運んだ時の事を思い出して身震いする。あんな怖い思いをまたするというのか。
「大丈夫です。眠っているので大きな音さえ立てなければ普通に戦うよりずっと安心です」
「で、でも……」
答えを渋るクリュウに、フィーリアは小さくため息する。
「でしたら、私が設置して起爆させますが、それでよろしいんですか?」
「え?」
フィーリアは驚くクリュウに真剣な顔で向き合う。生暖かい風が彼女の金色の髪を揺らす。夕焼けに染められて柔らかく揺れる彼女の髪は、キラキラと輝いているように見える。だが、その表情はいつもの優しさは身を潜め、真剣だからこその怖さを持っていた。
「言っては何ですが。イャンクックは所詮一番下っ端の飛竜です。しかも《飛竜》と言いますが実際は本物の飛竜ではありません。鳥竜種です。これから先、イャンクックにも怖くて立ち向かえないなら、ハンターを続ける資格はありません。これは死に直結します。それでも嫌だと仰るなら仕方ありません。私が設置しましょう」
フィーリアの言葉に、クリュウは黙ってしまう。
確かにイャンクックは本物の飛竜ではないし、本物の飛竜――リオレウスとかリオレイアに比べたら同列に扱うだけ失礼なほどの雑魚だ。だけど、クリュウにとっては十分脅威には違いない。
だが、このまま引き下がる訳にはいかない。故郷を守る為にも、そして父やフィーリアのような立派なハンターになる為にも、越えなくてはいけない壁がここにある。
クリュウはしばし考えた末に、答えを出した。
「わかった」
大タル爆弾に手を掛けたフィーリアに、クリュウは言った。振り返った彼女に向かって、クリュウは己が決意を言った。
「僕がやる」
フィーリアは「そうですか」と小さく微笑みながらうなずくと、大タル爆弾から手を離す。そして今度はクリュウがそれを掴む。
「いいですか。できれば腹部の下辺りがいいのですが、無理はしないでください。とにかくダメージを与えられるだけ近ければいいんです。設置してクリュウ様が安全地域まで離脱次第、私が起爆させます」
「わかった」
クリュウは大タル爆弾を持つと、フィーリアを一瞥して岩陰から歩み出る。音を立てないように、そっと近づく。一歩一歩が大タル爆弾の重みと心の重みでズシリズシリと重い。それに耐えながら、クリュウは一歩一歩と足を進める。
徐々に近づく眠るイャンクック。その鱗や甲殻、そして嘴などは見るも無惨に粉々に壊れていたが、出血はもうしていない。これも飛竜の桁外れの治癒能力がなせる業なのだろうか。
クリュウは迫るイャンクックを見上げる。やっぱり大きい。人間なんか一踏みで倒せるその巨体。それがさっきまで自分を敵として戦っていたと思うとぞっとする。
足を進めるクリュウはできるだけ近くに大タル爆弾を設置しようとさらに進み、イャンクックの懐に入り込む。そこには自分の剣を弾いた甲殻で覆われたイャンクックの腹が見える。そして、そっと大タル爆弾をイャンクックの足下に設置すると、そろりそろりと後退して離れる。十分距離を取ると、今度は反転して走って離脱する。その時、岩陰に隠れていたフィーリアが出て来た。そして、イャンクックの足下を射撃できる位置に着くと、ボウガンのスコープを覗き込んで狙いを定め、引き金を引いた。
撃ち出された一発の弾丸は寸分の狂いなく正確に大タル爆弾を撃ち抜く。刹那、
ドガアアアアアァァァァァンッ!
すさまじい大爆発が起き、クリュウは背後からの爆風に軽く吹き飛ばされる。すぐに起き上がってフィーリアと合流した時、
「クア、クア、クア、クワアアアアアァァァァァッ!」
立ち上る黒煙の中から桃色の巨体が現れた。大タル爆弾の直撃を腹の下から受けたイャンクックの脚は引きずられている。だが、その瞳はしっかりと二人の侵入者を見詰めて放さない。怒りの炎が燃えている。
フィーリアは畳まれたイャンクックの耳を確認し、すぐさま矢を散弾LV1を撃つ。炸裂した無数の弾丸が無残に壊れた嘴や耳などに命中し、血を吹き飛ばしながらさらに砕く。
「クワアアアァァァッ!」
イャンクックは悲鳴を上げてたたらを踏むと、火炎液を口から漏らして怒号を上げて首を激しく上下に振る。怒り状態になったのだ。
「クワアアアアアァァァァァッ!」
イャンクックは火炎液を撒き散らしながら二人に向かって突撃して来る。二人はそれぞれ反対方向に飛んでそれをかわした。
胸から地面に突っ込んだイャンクックにフィーリアは連続して通常弾LV2を撃つ。その反対側からクリュウが飛び掛かった。
「うりゃあああぁぁぁッ!」
クリュウはドスバイトダガーをイャンクックの背中に突き刺す。その痛みに慌ててイャンクックが起き上がった。クリュウは背中に乗ったままだ。
「クリュウ様!」
フィーリアが驚きの声を上げるが、クリュウは慌てずに剣を連続して背中に突き刺す。鱗が飛び、イャンクックは悲鳴を上げてその場で激しく体を動かして火炎液を撒き散らす。もう狙っているのではなく邪魔者を遠ざけたいというような気持ちが伝わるほどめちゃくちゃな攻撃だ。
クリュウには火炎液は当たらなかったが、めちゃくちゃに動き回るイャンクックから放り出された。いきなりの事で受け身も取れず、クリュウは地面に叩き付けられると一回転して倒れる。痛みに耐えながら起き上がると、イャンクックはフィーリアに襲い掛かっていた。だが、フィーリアは驚いたりもせずに冷静にそれを避けて道具袋(ポーチ)に手を伸ばす。
「閃光玉を使用しますッ!」
フィーリアはそう叫ぶと自分に向いたイャンクックに閃光玉を投げ付ける。クリュウもすぐに目を閉じた。刹那、視界を閉じていても感じるすさまじい光量と共にイャンクックの悲鳴が響く。再び目を開くと、視界を奪われてもがくイャンクックがいた。
「クリュウ様! 今です!」
フィーリアの声にクリュウは地面を蹴って突貫する。すぐにもがくイャンクックの脚下に潜り込み、ドスバイトダガーを抜き放つ。
「うりゃあああぁぁぁッ!」
横へなぎ払う全力の一閃に、イャンクックはバランスを崩して地響きと共に転倒した。起き上がれずにもがく桃色の巨体。だが、その動きはかなり鈍い。もう限界なのだろう。
クリュウはもがくイャンクックの前に立つと、剣を下に向けて両手で柄を握り、大きく振り上げる。
「これで、終わりだぁッ!」
クリュウは全力で剣を振り下ろした。その一撃はイャンクックの首を貫き、大量の血を舞い上げた。そして……
「ク……クワァ……アアアァァァ……」
小さな鳴き声と共に、イャンクックは動かなくなった。開かれた瞳には先程まであった燃え上がるような生命の輝きはない。
――イャンクックは、死んだのだ。
イャンクックを倒した。それはクリュウにとって万歳したくなるような嬉しい事だというのに、それよりも疲労の方がひどかった。
「クリュウ様!」
クリュウはその場でぐったりと倒れた。フィーリアが駆け寄ると、疲れ切った顔で荒い息をするクリュウだったが、その頬は小さく笑っていた。
「や、やったよぉ……」
「すごいですクリュウ様! 本当に倒されたんですね!」
「うん。疲れたぁ……」
クリュウは上半身だけ起こすと、倒れているイャンクックを見詰める。この大きな圧倒的な怪物を、自分達が倒したのだ。嬉しくて飛び回りたくなる――まぁ、そんな元気はないが。
「では素材を剥ぎ取りましょう!」
嬉しそうに早速剥ぎ取り用ナイフを構えるフィーリア。
「あ、ちょっと待って!」
「え?」
驚くフィーリアの手を止めさせると、クリュウは立ち上がってイャンクックの顔に近づくと、開かれた大きな瞳を閉じ、自らの目を閉じて両手を合わせる。そんな彼の行為にフィーリアは小さく微笑むと、自分も胸の前で手を合わせて瞳を閉じる。
激闘の末に倒れたイャンクックの冥福を祈ると、クリュウは小さく微笑む。
「さてと、剥ぎ取りするか」
クリュウは座り込むと剥ぎ取り用ナイフを構えて刃を入れる。だが、硬い鱗や甲殻が邪魔してなかなか刃が刺さらない。
「えっと、うんっと……」
苦戦するクリュウに、フィーリアがお手本を見せる。無理に鱗や甲殻を獲ろうとするのではなく、刃が入りやすい角度と向きを見極めて隙間に差し込んで引き剥がす。クリュウもそれをマネしてやる。最初こそは苦戦していたが、次第に慣れてどんどん剥ぎ取れるようになった。
「イャンクックの素材は防具に使いましょう」
「防具?」
「はい。ほら、ラミィ様が着けていたあの防具ですよ」
クリュウは砂漠で会った超わがままクック娘の格好を思い出す。ランポス装備より重厚な桃色の防具。あれがクックシリーズだ。
「目立つ色だよね」
第一感想がそれだった。確かにあの色は目立つ。イャンクックには失礼だが、もう少し環境に適応した色でもいいだろうに。
「そうですね。しかし防御力はランポスシリーズとは比べ物にならないほど強固ですし、見た目に比べて軽いので、今までとほぼ同じ動きができます。一人前のハンターが最初に着けるのが、クックシリーズなんです」
「フィーリアも着けてた時期があるの?」
「もちろんです。あれは私がまだかけだしだった頃、初めて倒した飛竜。私は一人で三日間掛けて倒しました」
三日も一人で戦ったというフィーリア。自分はたった一日だが、それはフィーリアがいたからこそだ。特にフィーリアは事前に下見などを十分する慎重なタイプなので、そのほとんどはきっと綿密な情報収集だったのだろう。そう思うと、実力の差を思い知らせれるような気がした。
「イャンクックは熟練ハンターはほとんど討伐しません。イャンクックの討伐は新米ハンターの役目というのが暗黙の了解でありますから。ですが、こうして再び戦ってみると懐かしいです。強く、たくましく、気高い。リオレウスなんかにも負けない飛竜です。まぁ、《彼女》に比べたら問題外ですが」
そう言って嬉しそうに微笑むフィーリア。彼女の言う《彼女》とはもちろんリオレイアの事だ。彼女のリオレイア好きはすごい。この前も「リオレイアってどんな奴なの?」と訊くと、目を輝かせて一日中リオレイアのすばらしさを語っていた。あれはある意味狩りなんかよりもずっと疲れた。
「このくらいでいいかな」
クリュウが十分素材を手に入れたと判断してナイフをしまおうとすると、フィーリアが「まだまだですよ」とまだ素材が剥ぎ取れていない部分を指し示す。クリュウは「こんなに獲るの?」と訊くと「クックシリーズの為ですよ」とフィーリアは笑顔で言う。
それからフィーリアの許可が出るまで二人はずっと剥ぎ取っていた。そして許可が出たのは日もすっかり落ちて外が真っ暗になった頃だった。