イージス村を出てから四日後、一行はエルバーフェルド帝国の国境へと至った。国境付近にはエルバーフェルド軍が武装して監視しており、検問は極めて厳しい。しかし普通なら丸一日は掛かるだろう検問を、フィーリアが手配してわずか一時間程で完了。一行は無事にエルバーフェルドに入国する事ができた。
フィーリア曰く、この領を納める貴族は父の古い友人の一人だそうで、よく自分が時々里帰りする際には色々と手を回してもらっているそうだ。だからこんなにも簡単に入国が許されたのだろう。
入国待ちをする人の列を横目に簡単に入国できた事は少し悪い気もしたが、同時に初めてフィーリアが只者ではないと確証を得られた。ぶっちゃけ、彼女がウソを言うはずはないと皆思ってはいるのだが、あまりにも話が大き過ぎて少し疑っていた部分もあったからだ。
本人を前にしては絶対に言えないが、四人は内心そんな事を思いながらエルバーフェルドの土を踏むのであった。
一行は再び竜車に乗って今度こそフィーリアの故郷であるレヴェリ領に向けて進み出す。入国したとはいえ別に景色が突然変わる訳でもなく、今までとあまり変わりなく進み続ける。そんな中、フィーリアは一人先程の国境付近の街で買った地元新聞を見て険しい表情を浮かべていた。
「フィーリア、一体どうしたの?」
皆を代表するようにしてクリュウが問うと、フィーリアは複雑な表情を浮かべたままゆっくりと口を開く。その様子を見る限り、あまり良い情報ではなさそうだ。
「私達がここへ向かう間に、エルバーフェルド軍がガリア共和国と東シュレイド共和国が共同統治しているズデーデン地域へ攻撃を開始したそうです」
重々しく彼女の口から語られたのは、驚くべき内容であった。国が、他国の領土に対して攻撃を開始する。それはつまり――
「エルバーフェルドが、ガリアと東シュレイドに対して戦争を開始したって訳?」
戦争。その単語に、皆の表情も自然と険しくなる。
自分達ハンターはモンスターと戦う事で収入を得ている、言わば傭兵のような職業の人間達だ。当然、その戦う対象は異形の存在であるモンスターのみに絞られる。モンスターと戦う事、それが狩りだ。
一方、モンスターではなく人と戦う事を前提とした戦闘集団もいる。それが軍隊だ。当然、その戦う対象は人間であり、多くは他国の軍隊と戦い、殺し合う。軍隊と軍隊が戦う事、それが戦争だ。
シュレイド王国分裂後の数十年は様々な国が領土拡張や資源獲得など様々な理由から戦争を起こし戦国時代となった。しかし大陸国家がある程度強固に明確化されたここ数年はそのような戦争は一切なかった。人々は、このまま二度と戦争など起こらないと信じていた。
――だが、その人々の想いを裏切るように、戦争が始まったのだ。
「……戦いが起きたからと言って、すぐに戦争となるとは限らない」
不安になるクリュウに静かに語りかけるのは今までずっと無言であったサクラであった。閉じていた隻眼をゆっくりと開き、クリュウの瞳を凝視する。
「……国と国とが互いの領土全域を戦場にして全面的に戦う事を戦争とするなら、局地的な戦闘行為は紛争と言う小規模な戦闘に限られる。今回の場合は、後者の可能性が大きい」
「どうして、そう思うの?」
「……ガリアや東シュレイドだって戦争は望んでいない。無益な争いは極力避けようとするはず。なら、エルバーフェルドに対して停戦交渉を持ちかけるはず。一方のエルバーフェルド側も無駄な争いはせず、少ない被害で自軍の強さを見せつけ、優位な状態のまま交渉を持ちかける事を狙っているはず。戦闘はあくまでパフォーマンス。本当の狙いは、政治的な問題」
サクラは流浪ハンターとして世界各地を飛び回っていた経験がある。様々な国の状況などを熟知していて客観的に判断できるからこそ、そんな意見が出て来るのだ。しかし世間知らずなクリュウは納得できない。
「先に攻撃したのはエルバーフェルド側なんでしょ? そのエルバーフェルドの目的は一体何なのさ」
「……戦闘が起きた場所が重要。ズデーデン地域は、エルバーフェルドとガリア・東シュレイドの火薬庫と呼ばれる領土問題が取り沙汰される地域。エルバーフェルドの目的は、かつて奪われたズデーデン地方の奪還」
サクラの言葉に、クリュウは首を傾げるばかり。無理もない、彼は国を持たない国無(ノンカントリアス)だ。国同士の領土問題などは一番縁がない存在だ。養成学校で習った世界史だって、そんな細かな争いなどは明記されてはいない。あれはあくまで《世界史》なのだから。
困惑するクリュウに、エルバーフェルド人であるフィーリアが複雑そうにその事情を語り出した。
かつて、エルバーフェルドがローレライの悲劇に見舞われた際にガリア・東シュレイド連合軍がズデーデン地域を武力制圧し、租借地としてここを奪い取ったのがそもそもの原因。エルバーフェルドはずっと同地域の返還を求めていたが、二カ国はここの資源を欲して返さず、そのまま二〇年以上の時が流れた今、エルバーフェルドは武力による奪還に動き出したのだ。
フィーリアからの説明を聞いたクリュウの表情が、見る見る険しくなっていく。並々ならぬ怒りが、彼の胸の中で渦巻く。
「それって、明らかにガリアや東シュレイドが悪いよね。それって火事場泥棒もいい所だよ」
「……確かにそうかもしれない。でも当時、隣接するガリアや東シュレイドもローレライの悲劇の影響を受けていた。それに加え、当時両国共に燃石炭の鉱山不足から慢性的な燃料不足にも悩んでいた。どちらの国も、自国の民を守る為に資源獲得に軍を動かしたという経緯もある」
「だからって、そんなの正義じゃないよ」
「……覚えておいてクリュウ――正義なんて、この世で一番信用できない言葉って事を」
いつになく真剣な表情でそう言い放つサクラ。それは、様々な国家や部族、地域での争いを目の前で見てきたサクラだからこそ言える、自身の経験談。
「……燃料不足に悩み、民を助ける為に他国へ侵撃する。これもその国にしてみれば正義。一方、今回のエルバーフェルドもかつての同胞の住む故郷を武力で奪い返す為に侵撃する。これもエルバーフェルドからしてみれば正義。正義なんて、その立場によって変わってしまう。そして、その戦いに負けた方が悪とされる。それがどんなに正しい事でも、負ければ全て不法とされ、悪となる。正義と悪なんて、物語の中みたいにそんな綺麗には分けられてはいない。もっと複雑で、歪(いびつ)で、醜いものよ」
それは、童話や小説の中で美化されている《正義》を真っ向から否定するものだった。正義なんて、結局は自分を正当化する為の偽善に過ぎない。立場が違えば、争う両者それぞれが自身の行動を正義とする。そして、力づくで相手をねぢ伏せた者が本当の正義となり、地に踏みつけられた敗者が悪となる。
この世に正義と悪の戦いなんてない。あるのは、自己正当化の為に使われる薄っぺらい正義と正義の戦いのみ。有史以来、人々は常に己の正義の為に争いを起こしてきた。それは、文明が発達した現在でも変わらない。
「残念だがクリュウ、世の中はそんなものだ。これが、世界だ。私達が暮らす、君が関わって来なかった、な」
幌の外から話を聞いていたのだろう。シルフィードは静かに前を向いたまま言う。シルフィードもまた、サクラと同じように世界を見て来た一人。世の中、そんな簡単にできてはいない事を、嫌というくらい知っている。
国家レベルでのいがみ合いや争い。国無(ノンカントリアス)のクリュウからしてみればあまりにも規模が大き過ぎて、争ってきた年数が長過ぎて、解決の糸口がまるで見えない泥沼の争い。
子供の頃、世界を飛び回っていた両親はよく世界の話をしてくれた。孤立した集落のようだった当時のイージス村では、外の世界は神秘でいっぱいだった。父や母が語ってくれる美しい世界に、少年の心はときめき、憧れた。
――だが実際に触れてみれば、子供心に夢を与えた世界は、あまりにも醜かった。
クリュウは少なからずショックを受けたのか、黙ってしまう。そんな彼を、サクラやシルフィードは複雑な表情を浮かべながら見詰める。二人からしてみれば、今のクリュウは昔の自分と良く似ている。彼と同じように、世界に憧れていたの頃の自分に。
「とにかく、状況が変わったのは事実です。できるだけ早くお父様に会って事情を説明しましょう。時間が経てば経つ程、私達は不利になっていきます」
祖国が起こした争いを知り、複雑な心境を抱きつつも健気にそれを隠しながら、しかし真剣にそう切り出すフィーリア。彼女にしてみれば、祖国の危機は当然気になりはするものの、今自分がすべき事をクリュウの覚悟を全力で応援する事。それには、父に土下座でも何でもして政府を動かしてもらうしかない。その政府が事後処理などで忙しくなれば、その手段は難しくなる。戦線が拡大しようと停戦しようと、だ。
「どちらにしても、国と国との争いなど私達にはどうする事もできないさ。今はとにかく、フィーリアの故郷へ向かう事だけ考えよう」
幌の中に満ち溢れる重苦しい雰囲気を払拭するようにシルフィードはそう言ってこの話題に一区切りをつける。しかし、その後も五人の間には気まずい沈黙がしばらく続いた。
エルバーフェルド帝国に入って竜車を走らせてさらに二日、クリュウ達はついにフィーリアの故郷であるエルバーフェルド南部にある貴族領、レヴェリ領に達した。
レヴェリ領はドンドルマのように三方を美しい山に囲まれた盆地に築かれた場所にある。山のない南側には大きな川が流れ、それを渡るには一つしかない大きな跳ね橋を通るしかない。この橋は有事の際は上げる事ができるそうだ。その川を越えると、長閑な田園風景と美しい街並みが調和したレヴェリ領中心部が見える。
跳ね橋を越えると入領検査所が侵入を拒む。領によっては自由に行き来できる場所もあるらしいが、レヴェリ領では国境付近と検問と同じような規模で検厳しい検問が行われ、ここを通過しないと入領ができないとフィーリアから聞いていた。
レヴェリ領は豊かな土地のおかげで優良な農作物が大量に取れる為、他の領よりも豊かな場所。その為、他の土地から難民が不法に入領する事を防ぐ為と、山賊や盗賊の類の侵入を阻む目的から、このような厳しい検問が行われ、強力な軍隊をも有しているのだ。
当然、街へ入ろうとしたクリュウ達の竜車も止められる。諸侯兵と呼ばれる貴族が自分や家族、そして領民を守る為に独自に有する軍隊の兵が武装して竜車の前を立ち塞ぐ。皆、ハンターのような防具は着てはいないが、皆大剣のような武器からボウガンのような武器まで、ハンター仕様とは異なる武装をしている。実に物々しい光景だ。
どうしたもんかと悩むシルフィードを見て領主の娘であるフィーリアが慌てて出て行こうとした時、兵達を割って一人の少女が現れた。
全身を真っ赤なフルフル亜種の素材を使って作られたまるで服のような、一見すると防具に見えないがその性能は折り紙つきのフルフルUシリーズを身に纏い、背には同じくフルフル亜種の素材を使って作られた巨大な狩猟笛。クリーム色に近い金色の髪をウインドボブに切り揃え、意思の強そうな琥珀色の瞳がしっかりとシルフィードを射ぬく。
「あんたが、シルフィード・エアね」
「そうだが、君は?」
見知らぬ少女に自分の名を言われ、疑問に思いながら警戒するシルフィードの問い掛けに対し、少女は腰に手を当てながら答える。
「私の名前はルーデル・シュトゥーカ。このレヴェリ領に拠点を置くハンターよ。幌の中に隠れているお二人さんとはまぁ、知り合いって所ね」
その声に驚いて幌から飛び出したのはクリュウとフィーリア。そしてその背後にはサクラとエレナも続く。
皆の視線を一身に浴びながら堂々と仁王立ちする少女――ルーデルは勝気な瞳をキラキラと輝かせ、ニッとイタズラっぽい笑みを浮かべていた。
ルーデルの根回しのおかげで、簡単に入領できた一行はレヴェリ領の中をゆっくりと進む。目指すは領の中央部にあるフィーリアの家であるレヴェリ城。
運転役は諸侯兵の一人が代わり、シルフィードも幌の中へと入って皆の輪に加わる。そして、それとはまた違う形で輪の中に入った者がいた。
「久しぶりねぇ、フィーリア。それとまだ生きてたんだあんた」
「も、もうまたそんな事言ってッ!」
「あははは……」
フィーリアとクリュウはそれぞれルーデルとの再会を喜んでいた。まぁ、クリュウは開口一番にこんな事を言われてしまい苦笑を浮かべてはいるが。
「クリュウ。彼女がフィーリアの友人で、君が以前組んだ事のあるルーデルとやらでいいのか?」
「うん。前にリオレイアを狩った際にね」
「まぁ、基本寄生だったけどね」
「ルーッ!」
「あははは……」
相変わらず容赦のないルーデルの言動に苦笑を浮かべるしかないクリュウに対し、フィーリアはそんなルーデルの言動に慌てまくりながら怒る。以前リオレイアを終了した際と同じノリだ。
一方、ルーデルとは初見の三人は困惑を隠せない。特にあの礼儀正しくて、今の所年下の子相手以外には基本敬語を使うフィーリアが同世代の子に対して敬語を使っていない姿がある意味驚きなのか、完全に間に入るタイミングを見失っていた。
そんな三人を置いて再会を喜ぶクリュウ、フィーリア、ルーデルの三人。話は当然、なぜ彼女がここにいるかという話になるのだが、
「そりゃそうでしょ。言ったでしょ? ここが私の拠点にしている街なんだから」
と、至極当然な意見で答えるルーデル。確かに、ここはフィーリアの故郷でもあると同時に、ルーデルにとっても第二の故郷とも言うべき場所だ。それに、彼女自身子供の頃に自分をフィーリアの遊び相手として引き取ってくれた彼女の両親には個人的に感謝しており、その時の恩を返す為にもこの街に居続けているのだ。
「でも、何で私達の出迎えに?」
「数日前にあんたから帰郷するって手紙が届いたって領主様に言われてさ。セレスティーナさんがそれならって私に出迎えを頼まれたから待ってたのよ」
「セレス姉様が……」
セレスティーナ、フィーリアの姉の名前だ。その名前がすごく懐かしいのだろう、フィーリアは懐かしそうな、でも嬉しそうな表情を浮かべる。彼女にしても、故郷に戻るのはかなり久しぶりな事なのだ。そんな彼女を、どこか羨ましげに見詰めるクリュウ。
「領主様も奥方様も、そしてセレスティーナさんもあなたと会える事を楽しみにしてるわよ。あんた、一年近く里帰りしてないんだからちゃんと謝っておきなさいよね」
「う、うん」
「え? フィーリアって、そんなに里帰りしてなかったの?」
「あ、はい……」
「はぁ? 誰のせいだと思ってるのよ。あんたと組み始めてから里帰りしなくなったのよ。しかも一回だけあった里帰りは、あんたに泣かされて帰って来た時だけよ」
「る、ルーッ! 余計な事言わないでよッ!」
速射のような勢いで次々に自分の暴露話をするルーデルの口を、フィーリアは顔を真っ赤にしながら慌てて塞ぐ。
一方、そんなルーデルの口から語られたたった一回の里帰りの原因であるクリュウは複雑そうな表情を浮かべている。何せ、その一回はおそらく彼女とケンカ別れしたあの期間の事だろう。泣いていた、と言われればどんな顔して接すればいいかわからなくなる。
「あ、あのお気になさらず。過ぎた事ですから」
「う、うん……」
慌ててクリュウにそう言うフィーリアだったが、クリュウの表情は複雑なままだ。自然と、二人の間には気まずい沈黙が降りる。だが同時に、ようやく取り残されていた三人が間に入るチャンスにもなった。
「君の事は以前にクリュウやフィーリアから聞いた事があるが、狩猟笛とはまた珍しい武器を使うのだな」
まず先陣を切ったのはシルフィード。まずは当たり障りの無いハンターとしての話題を振ってみる。
「まぁ、珍しいっていうかマイナーな武器よね。演奏するにはいちいち譜面を覚えないといけないし、譜面(コード)を重視すると武器に制限が生まれるから使い勝手もあまり良くはない。単純なアタッカーとしてならハンマーの方がずっと有能だもの」
「狩猟笛って、そんなに珍しい訳?」
ハンターではない一般人から見れば武器にメジャーとかマイナーがあるという事もわからない。エレナのそんな問い掛けに、ルーデルは「そうね。さっきも言ったけど使い勝手があまり良くない武器だからね」と答える。
「狩猟笛ってのはハンマーのような攻撃武器であると同時に音による支援を可能とした汎用的な武器なのよ。でも武器によって使える音、つまり効果が異なるから性質上の縛りがある。しかも旋律をうまく操るには複雑な音色の組み合わせの譜面(コード)を覚えないといけない。さらに言えば支援武器の都合上チーム全体へ影響する効果が多い事や演奏中の隙からあまりソロ向きでもない。つまり、使い勝手があまり良くないから使う人も少ない。イコールマイナーな武器って訳」
ルーデルが語るのは狩猟笛がマイナー武器と呼ばれる所以。使い勝手が悪い為に使い手が少ない狩猟笛はハンター全体から見るとやはり使用する人は極わずかだ。だが同時に少数精鋭の言葉通り狩猟笛を使いこなせる者は実力が保証されているも同然なくらいの実力者ばかりでもある。
「ふーん、って事はやっぱりあんたはすごいハンターって事でいいのね?」
「そういう事。まぁ、剣を振るうだけのバカ一辺倒な太刀厨やパワーゴリ押しな大剣バカなんかに比べれば狩猟笛ってのは扱いも戦法(バトルスタイル)は豪快に見えて繊細だからね。要するに太刀や大剣はバカでも扱えるけど、狩猟笛ってのは本当に熟練者しか使えないって訳」
ニヒヒと愉快そうに笑いながら言うルーデルの言葉に、太刀使いのサクラと大剣使いのシルフィードの眉が同時に顰められる。何というか、相変わらず物怖じしないというか協調性の欠片も感じられない言動をぶっ放すルーデル。
容赦のない発言をするルーデルを見てフィーリアが慌てて彼女の口を塞ぐが時すでに遅し。シルフィードは大人な対応で「まぁ、確かにそういう側面もあるな」と冷静に答えつつも目付きが険しいし、サクラなんて隠す気は微塵も感じられない程に敵意ムキ出しだ。
ハンターに詳しくないエレナはキョトンとしているが、板挟みなクリュウは乾いた笑い声を上げながら苦笑するしかない。そんな彼の耳元に、サクラがそっと近づく。
「……あの女、嫌な奴」
「うーん、口下手なだけ……じゃないんだけどねぇ。根はいい子なんだよ、仲良くしてあげてね」
「……クリュウがそう言うなら努力してみる。保証はできないけど」
「お願いね」
とは言ったものの、サクラはクリュウの傍から一歩も動こうとしない。できるだけルーデルと関わり合うのを避けているのが丸出しだ。まぁ、問題を起こさないのならこれでも別に構わないのだけど、ルーデルとサクラどちらの友人でもあるクリュウとしてはできるだけ二人は仲良くしてほしいのだが、ある意味この二人の組み合わせは危険かもしれない。
「それにしても、フィーリアから聞いてた他の仲間があんた達なのね。こっちの着痩せしてるだけで本当はムカつく無駄乳が隠れてるのがシルフィード・エアで、この無愛想な眼帯萌えを狙ってる東方人がサクラ・ハルカゼね」
「ルーッ!」
テンパるフィーリアを見てルーデルは愉快そうにケラケラと笑っている。どうやら容赦がないのではなく、単純にこの状況を楽しんでいるようだ。一方、テンパりまくるフィーリアに対し確実にイライラを募らせているであろう二人。サクラはともかくあの冷静沈着なシルフィードの表情がどんどん険しくなっている所を見ると、すでに危険ゾーンだ。
「……一つ問わせてもらいたいのだが、その発言は我々に対する第一印象から君が脚色しているか? それとも事前の情報から推測しているのか?」
ルーデルに問いながらも、シルフィードはジト目でフィーリアの方を見詰める。サクラも同じようにフィーリアを見ており、そんな二人の視線を受けたフィーリアはさらにテンパる――どうやら、二人はルーデルに変な入れ知恵をしたのがフィーリアではないのかと疑っているらしい。
「ち、違いますよッ! 私変な事言ってないですッ!」
「えぇ? あんたが言ってたんじゃない。胸が大きいからって調子に乗ってるとか、眼帯でキャラ作りなんて白々しいとかさ」
「言ってないわよッ! ほ、本当ですッ! 信じてくださいッ!」
「……最低」
「あぁ、君は裏表がある子だったんだな。ちょっとショックだ」
「違いますってばぁッ! ルウウウゥゥゥッ!」
「あははは……」
わずかな間にまるで嵐のようにクリュウ達のチームを愉快そうに掻き乱すルーデルを見て、クリュウは苦笑を浮かべる。以前に彼女から自分の《異質》さから友達ができないと聞いていたが、間違いなくそれ以外の理由もあるとクリュウは感じていた。
ルーデルの冗談(だと信じたい)な言動の数々にフィーリアはかつてない程テンパっており、そんな彼女をジト目で見詰めるサクラとシルフィード。何だかんだ言っても実は仲がいい三人にしては珍しく亀裂が入っている光景はなかなか見られないだろう。同時に見たくもなかったが。
「ルーデル、あんまりみんなをからかわいでよね」
クリュウは愉快そうに笑っているルーデルにそう言って釘を刺す。するとルーデルは「えぇ、これから面白くなるのに」と不満げに言いながらも、しかし意外とすんなりと引き下がった。そんな彼女を見て、ぜぇぜぇと荒い息を繰り返すフィーリアが呆れる。
「何で私の言う事は聞かないのに、クリュウ様の言う事は聞くのよ」
彼女からしてみれば何気なく訊いたつもりだったのだろうが、彼女の予想に反してルーデルは慌て出す。
「べ、別にそんなつもりはないわよッ。そろそろ引いた方がいいと思っただけで、変な誤解しないでくれるッ!?」
「え? あ、うん。そんなに必死になって説明しなくても大丈夫だよ?」
「うぐ……ッ」
きょとんとするフィーリアの返答にルーデルはしまったみたいな表情を浮かべて押し黙る。そんな彼女の横顔を、サクラがジッと見詰めている。
「……怪しい」
「あ、怪しいって何よッ!? 変な事言わないでくれるッ!?」
サクラの一言に異常に反応するルーデル。その様子を見る限り、確かに怪しい。珍しい組み合わせで言い争いをする二人を見ながら、エレナがそっとクリュウに耳打ちする。
「あんた、また何か厄介事やらかしたんじゃないでしょうね」
「いや、そのぉ……」
気まずそうに顔を逸らすクリュウ。彼の脳裏には今まさに以前ルーデルからキスをされた際の映像がフラッシュバック。自然と頬は妙に赤らみ、そしてエレナはそれを見逃さない。
「あんたまた何かやらかしたわねッ! 洗い浚い白状しなさいッ!」
「……クリュウ、何か隠してる」
「サクラッ!? いつの間に僕の背後にッ!?」
「絶対言うんじゃないわよッ! 言ったらブチ殺すッ!」
背後から逃げられないようにサクラに抱きつかれ、同じく逃げられないように右腕はエレナがキープ。さらに絶対に言わせないという意味かルーデルはクリュウの胸ぐらを掴んでガクガクと激しく揺らす。
三人の美少女に揉みくちゃにされるというある意味羨ましい状況に置かれているクリュウだったが、当人としては柔らかいやら痛いやら苦しいやらと大変だ。
そんな三人の美少女に押し倒されるような勢いなクリュウを見てフィーリアが慌てて止めに入り、さらに状況は混沌となる。ただ一人、冷静に見守っているのはシルフィードだけだ。
「君も大変だなクリュウ」
「そう思うなら助けてよッ!」
いつの間にかサクラの行動が逃亡阻止の羽交い絞めから手の動きがいやらしくなり始めてクリュウは本気でシルフィードに助けを求める。彼にしかわからないが、サクラの呼気が異常に激しい。
やれやれとばかりにシルフィードが仲裁に動き、状況はようやく終息するのであった。
クリュウ達がそんなバカ騒ぎをしている間も竜車は走り続け、レヴェリ領の最奥に到達。長い柵で覆われたこの先が、いよいよレヴェリ家の敷地になる。諸侯兵が守る門が、その入口だ。門の上に翻るのはレヴェリ家の諸侯旗。横長の薄灰地に白の十字、その上から黒の十字が重ねられた、通称《鉄十字(アイアンクロス)》と呼ばれるエルバーフェルド帝国の国旗。諸侯旗はその旗にそれぞれの家紋が描き加えられたもので、レヴェリ家には荒れ狂う風を纏いし風翔龍クシャルダオラが描かれている。
フィーリア曰く、レヴェリ家初代当主はクシャルダオラの力を借りてこの地を支配していた蛮族を滅ぼして生まれたという伝説があり、旗はその時のクシャルダオラを讃えたものから来ているそうだ。
門を潜り、いよいよレヴェリ家の敷地の中に入る。それからしばらく進み、森の中に現れたのは立派な純白の城、レヴェルミナ城。このレヴェリ領を治める当主の一家、つまりフィーリアの家族が住む、そしてフィーリアの家だ。
平民であるクリュウ、エレナ、サクラ、シルフィードはその立派過ぎる城の出で立ちに呆然としている。同じく平民ではあるが実は今もここで暮らしているルーデルと自分の家であるフィーリアはそんな四人の反応を見てルーデルはおかしそうに笑い、フィーリアは謙遜する。
そしていよいよ竜車は城の城門に辿り着く。ここにも諸侯兵が守備しており、ゆっくりと門が開けられる。竜車はそのまま中に入ると、城の正面口に到着する。真ん中に巨大な噴水を構えたその正面口には美しく並んだ大勢の諸侯兵が道を作り、その最奥である正面口の前には壮年の白髪が少し混じった金髪と髭を生やし、碧眼の左目にモノクルをつけた威厳に満ちた男。その隣には美しい白銀の長髪に鋭い翡翠色の瞳が特徴の冷たい印象の貴婦人が立ち、一行を出迎える。
竜車が止まると、幌の中から勢い良く飛び出したのはフィーリア。満面の笑顔に薄っすら涙を浮かべながら、彼女はその二人に向かって走り寄る。
「お父様ッ、お母様ッ」
フィーリアは勢い良く先程までの威厳に満ちた強面とは違い、父親の優しげな笑みを浮かべて両腕を広げて待ち構える男の胸に飛び込んだ。
「おぉ、私のかわいいフィーリアよ。久しぶりだな、少し背が伸びたようだな」
「そういうお父様はまた少し白髪が増えてませんか?」
「ははは、私ももういい年だからな。これからどんどん白くなっていくぞ」
「もう、お父様ったら」
嬉しそうに男と話すフィーリア。察するにあの男がフィーリアの父親、そしてこのレヴェリ領を治める当主らしい。という事は、その隣の女性はフィーリアの母親だろうか。
「フィーリア、家族と再会する時だというのに何という物々しい格好なのですか。あなた、誇り高きレヴェリ家の一員だという事を忘れているのではなくて?」
父親と娘の感動の再会という感じの雰囲気なのに対し、母親である女性は厳しい表情を崩さないままそう注意する。すると、さっきまでの笑顔を引っ込め、フィーリアはまるで叱られているかのように萎縮してしまう。実際、叱られているのだろう。
「あ、すみませんお母様。道中の偶発的な戦闘を警戒して武装したまま来てしまいました」
「まったく、あなたももう十六歳という年頃の娘だというのに、何という格好を……」
「す、すみません……」
「まあまあそう言うな。私はかわいいフィーリアが大好きだが、かっこいいフィーリアというのも嫌いではないぞ。まるで昔のお前を見ているようだ」
「……は、話をすり替えてもらっては困りますわ」
そう怒りながらも、女性の頬がほんのりと赤らんで見える。男の方は気にした様子もなく娘を改めて抱き締め、目には薄っすらと涙を浮かべている。そんな二人を見て、女性の方も初めてフッと口元に優しげな笑みを浮かべた。
仲の良い親子、そんな感じの印象だ。
幌の中でその様子を窺う五人。フィーリアの両親を初めて見る四人に、ルーデルが簡単に説明してくれた。
「あのフィーリアを抱きしめていい年こいて泣いてる親バカなおっさんがフィーリアのお父さんで、このレヴェリ領を治めるレヴェリ家当主、シュバルツ・レヴェリ公爵。隣の瞳が鋭くて怖い感じの女性がフィーリアのお母さん、ヴァネッサ・レヴェリ。元王国軍人で鬼軍曹として部下をビビらせてきた人で、レヴェリ一族初の平民出身のすごい人なんだから」
ルーデルの少々失礼な説明を聞いて、とりあえず状況を把握する四人。確かに、二人ともどこかフィーリアに似ている感じだ。
しばし親子の再会を繰り広げていたフィーリアだったが、思い出したように振り返り、まだ幌の中から出るタイミングを模索している五人に声を掛ける。
「皆様、申し訳ありませんがお父様とお母様に顔合わせお願いできますか?」
フィーリアがそう言うと、二人の視線も竜車へと注がれる。緊張しながら、まずはルーデルが降りる。その後ろからシルフィード、クリュウ、エレナ、サクラの順で降りる。横一列に並び、ルーデルが一歩前に出て恭しく一礼。
「当主様、フィーリア様とそのご友人の方々の出迎え任務より、ルーデル・シュトゥーカ只今帰還しました」
「うむ、ご苦労だったな」
シュバルツの言葉に「ありがたいお言葉です」と礼をしたまま答える。クリュウ達から見える彼女の顔には、まるで父親に褒められている子供のような嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
そういえば以前彼女から自分の素性を明かされた際に、孤児は皆レヴェリ家当主の事を父親のように想っていると聞かされた。彼女自身もそう想っているのだろう。そしておそらく、シュバルツの方も……
シュバルツから離れたフィーリアはクリュウ達の横に並ぶと、一人一人彼らを紹介する。
「こちらの方は私がお世話になっているイージス村の酒場を経営なさっているエレナ・フェルノ様です」
「は、初めまして。エレナ・フェルノです」
紹介されたエレナはぎこちないながらも一礼する。
「こちらは私が所属しているチームのリーダーを務めていただいているシルフィード・エア様」
「お初にお目にかかります。チームリーダーのシルフィード・エアです」
こちらは仕事柄目上の人と接する機会が多いのか、慣れた様子であいさつするシルフィード。
「こちらの方は同じく私と同じチームに属するサクラ・ハルカゼ様です」
サクラは警戒しているのか、特に何も言う事はなくただ一礼する。とりあえず初見に人に対してはまともな対応ができる事がわかった。
「――そして」
フィーリアは最後にクリュウを紹介する。
「この方が私がお慕い申し上げている、クリュウ・ルナリーフ様です」
他とはちょっと違う紹介に困惑しつつも、クリュウも「クリュウ・ルナリーフです。フィーリアとは一年程一緒に行動させてもらっています」と緊張しながら答える。
サクラまでは比較的穏やかに礼をしてくれていたフィーリアのご両親。しかしクリュウになった途端その表情が幾分か厳しくなったのをシルフィードは見逃さなかった。そして、一人苦笑する。
フィーリアが紹介を終えるとシュバルツは皆を一度見回す。
「いつも娘が世話になっている。私が彼女の父親でこのレヴェリ領を治めているシュバルツ・レヴェリだ。こっちが私の妻のヴァネッサ・レヴェリ。今後とも娘をよろしく頼む」
夫婦揃って一礼し、クリュウ達も慌てて答礼する。大人から礼をされる事に慣れていないクリュウとエレナや、貴族という高貴な身分の人自ら頭を下げるという行為自体珍しいのだろう。シルフィードやサクラも若干面を食らっているという感じだ。
「長旅で疲れているだろう、さぁ入ってくれ」
シュバルツはそう言ってヴァネッサと共に侍女によって開かれた玄関の中へ入る。その一歩後ろをフィーリアとルーデルが続き、四人を中に招き入れる。
豪華な外見に相応しいように、中も豪華であった。高級な絨毯が床いっぱいに広げられ、高そうな絵画や壷が飾られ、二階への吹き抜けの高い天井には豪勢なシャンデリアが吊り下げられている。
玄関に入ると、真っ直ぐ行った先に二階へと通じる階段がある。中程で左右に分岐するオシャレな作りの階段の中腹に、一人の女性が立っていた。
腰がくびれた優雅なドレスを身に纏い、長く美しい柔らかな金髪を流し、フィーリアと同じ優しげな丸っこい美しい翡翠色の瞳をした美しい女性。遠目に見てもその美しさにクリュウは息を呑んだ。物腰や雰囲気から見るに確実に自分より年上、シルフィードよりも上に見える。だが、可愛らしいという印象を抱かずにはいられない。シルフィードに負けず劣らずな大きな胸に目が行くのを自制し顔に目を向けると、その顔立ちがフィーリアに良く似ている事に気づく。まるで、大人になったフィーリア、そんな印象だ。
女性は現れたシュバルツやヴァネッサに微笑み、そしてその背後にいるフィーリアに気づく。フィーリアも女性に気づき、目を丸くした。
「セレスお姉様ッ!?」
「フィー、お帰りなさい。あら、少し見ないうちにちょっと大人っぽくなったかしら?」
ゆっくりと階段をセレスと呼ばれた女性が降り切ると同時に、フィーリアが駆け出して彼女の胸に飛び込んだ。その豊満な胸に顔を埋め、幸せそうな笑みが浮かぶ。
「あぁ、お姉様の香りがしますッ」
「あらあら、フィーったらお子様ねぇ。あぁ、でもやっぱり可愛らしい。私のかわいいかわいいフィー。こうして抱きしめてあげるのもすごく久しぶりね」
美女二人が抱き合う光景は実に絵になるのだが、初見のクリュウ達は困惑したままだ。そんな彼らにルーデルが紹介する。
「あのお方がレヴェリ三姉妹の長女、レヴェリ家次期当主にして爵位継承権第一位のセレスティーナ・レヴェリ様。まぁ、フィーリアの第一お姉さんって事ね」
クリュウ達は改めてフィーリアを優しく抱き止める女性――セレスティーナを見る。あの人がフィーリアのお姉さん。なるほど、そりゃ似ている訳だ。似ているだけではなく、フィーリアに大人の可愛らしさが加わった感じで、フィーリアとまた違った可愛らしい人だ。
「セレスお姉様、お体の具合はいかがですか?」
「えぇ、この通り最近はすごく調子が良くてね。ルーにいつも護衛してもらいながら絵を描きに外に出られるくらい元気よ」
そういえば、セレスティーナは体が弱いと聞いていた。だが見る限り今は彼女の言うとおり調子がいいのだろう。病弱でいつも家に閉じこもって書物を読み込んでいる為とても博識と聞く。確か非常勤の古龍研究機関の研究員だとルーデルに説明された事がある。
「あ、皆さんご紹介が遅れました。この方が私の一番上の姉であるセレスティーナお姉様です」
フィーリアが思い出したように振り返って紹介すると、セレスティーナはクリュウ達を見回して優しげに微笑み、優雅に一礼する。
「セレスティーナ・レヴェリです。妹がいつもお世話になってます。うふふ、この人達がフィーのお友達? みんなすごく可愛らしい人達ね」
コロコロと笑うセレスティーナのかわいい発言に二人程が苦笑を浮かべる。かわいいという褒め言葉に慣れていないシルフィードとそもそもそれが褒め言葉にはならないクリュウの二人だ。
「セレスティーナ、これから彼らと共にお茶でもと思っているのだが、お前もどうだ?」
「もちろんお父様、ぜひご一緒させてください」
シュバルツの言葉にセレスティーナは手を合わせてそれは名案ねとばかりに笑顔を華やかせる。その無邪気な笑顔もまたフィーリアによく似ている。ちょっとばかしそんなセレスティーナに見惚れていると、クイクイと服の袖を引っ張られた。引っ張ったのはルーデルだ。
「どうしたのルーデル?」
「言っておくけどあんたは私と同じ平民だって事忘れてないでしょうね? 貴族と同席できる事自体異例中の異例なんだから。フィーリアの顔に泥を塗らないよう、絶対ミスはしないでよね」
「わ、わかった……」
今更だが、自分達は平民だ。そしてレヴェリ一家はフィーリアも含めて全員が貴族。国無(ノンカントリアス)の自分達には身分の差というのがよくはわからないが、この国では身分は絶対らしい。ルーデルの忠告に改めてクリュウの緊張が増す。
そんなクリュウを見て一抹の不安を抱かずにいられないルーデル。だが気を取り直して彼らより一歩前に出る。
「当主様。その前にお客人の方々には楽な格好に着替えてもらいましょう。申し訳ありませんが、応接室の方をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「そうだな。好きにしてくれ」
「はッ。感謝します」
あの無茶苦茶な性格のルーデルもフィーリアのお父さんの前では全く頭が上がらないらしい。それほどまでにすごい人なのだと今更ながら驚く。と同時に、ふと疑問が浮かぶ。
「でもルーデル、僕達はハンターなんだからこれが正装みたいなもんだし、これでも問題ないんじゃ――ぐぎッ!?」
突然猛烈な勢いで脚を踏み抜かれた。防具を着ていなかったら本気で骨が折れてたのではないかというような勢いだ。悶絶するクリュウの耳元でルーデルが小声で激怒する。
「バカッ。貴族の同席するってのにそんな物々しい格好で行こうなんて世間知らずにも程があるでしょッ!? 何もわかんないならいちいち文句言わないで黙って従ってなさいッ!」
ルーデルにボロクソ怒られ、自分の無知さを痛感してひどくショックを受けるクリュウの首根っこを掴み、ルーデルはシルフィード達も連れて歩き出す。ここで一度フィーリアと別れる事になった。