真剣で私に恋しなさい!S ~西方恋愛記~   作:youkey

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6話

 目覚めると虎之助は全身を痛みに襲われた。

 由紀江が絶妙に手加減してくれたとは言え、気を失うほど木刀で打たれたのだ。体中に出来た痣がジンジンと痛みを伝え、動くことすら辛い。

 生まれたての子羊のように震えながらようやく立ち上がると、虎蔵が顔を出す。

 

「おう虎之助。生きてるか」

 

 惨状を知っていて言っているのだろう、してやったりという顔がとても小憎らしい顔で尋ねてくる。

 それには虎之助も反発を覚え、強がりを搾り出す。

 

「当たり前だろ、今度やれば一本取れるね」

 

「言ってろ言ってろ。とりあえず今日は大人しく寝てろ」

 

 そう言ってベッドに放り投げられると、柔らかいマットに着地したというのにまたもや体中に痛みが走る。

 

「みぎゃあーー!」

 

 孫の悲鳴を背中に、虎蔵は満足そうな足取りで階下へと向かう。

 すると、丁度よく虎之助を向かえに来たのだろう大友がいる。

 

「今のはトラか!?」

 

 二階から声が届いていたのか、慌てて駆け上ろうとするのが、虎之助の母がやんわりと制する。

 心配する大友の気持ちは分かるが、それと同じくらいに彼女に今の姿を見せたくないだろう息子の気持ちも分かる。

 

「大丈夫よ。あの子が丈夫なのは焔ちゃんも知ってるでしょ」

 

「それはそうだが」

 

「明日には元気になってると思うから心配しないで」

 

「本当に大丈夫なのだな?」

 

「大丈夫よ」

 

 優しい微笑みに諭されて、後ろ髪引かれながらも大友は去っていった。

 何度も振り返るその表情に、若干の罪悪感を覚えながらも虎蔵は自室へと戻る。

 今は虎之助を痛めつけてしまっているが、コレで剣術への憧れがなくなればまた平常通りになるだろう。

 そんなことを考えながら新聞を開いて数十分。庭からドタバタと騒音が聞こえてくる。

 まさかと思いながら縁側に出ると、頼りない足取りで木刀を構える虎之助の姿が。

 

「なっ……」

 

 予想外の孫の真剣さを目の当たりにして、虎蔵は言葉を失う。

 もっと軟弱だと思っていた。もっと飽きっぽいと思っていた。もっと諦めがいいと思っていた。

 けれども、虎之助は祖父の予想を超えていた。

 剣術を諦めさせるには、後は一体どんな手があるだろうか。溜め息をつきながら虎蔵は自室へと引き返す。

 それと入れ替わるように立花家の庭に飛び込む少女がいた。

 

「トラちゃん大変だよ!」

 

「有馬? どうした慌てて」

 

 運動が不得手で、百メートル走ですら息を切らす有馬。それがどれほど走ったのか、汗だくになり、息も絶え絶えで駆け込んできた。

 切迫しているのだろう、汗も拭わないで虎之助に詰め寄る。

 

「大変なの! この前の上級生が今度はバット持ってやってきたの!」

 

「バット!? それでみんなは」

 

 人数が多い上に武装をしてこられてはブラックキングがいても危ないだろう。

 だから戦力外の有馬がいの一番に逃げてきたのは納得だが、それでは他のみんなはどこに行ったのか。

 

「それが、まだ空き地に残ってて。ブラックキングの子供たちが危ないって」

 

 それを聞いた瞬間、虎之助は木刀を握ったまま走り始めていた。

 確かに普段はおちゃらけていて元気だけが取り得のような連中だ。それでも、自分よりも弱い者を見捨てて逃げるような腰抜けは一人もいない。

 特に大友は弱者のためならば自分の身さえ省みない無鉄砲さを持っている。

 脳裏に浮かぶ傷ついた友人たち、ボロボロの大友。その想像に急かされた虎之助は体の痛みも忘れて全力で駆ける。

 ようやく空き地にたどり着いた時には、まだ最悪の事態には陥っていなかった。

 友人たちは囲まれていて、ブラックキングに守られている。バットを手にした上級生たちも、ソレを振りかざすだけで殴りかかってはいない。

 彼らも武器を持ってきたはいいが、それで人を傷つけることには慣れていないのだろう。振り上げたバットが震えているのは、筋力が持たないだけだろう。

 それを見て虎之助の頭に上っていた血が一度降りてくる。しかし、その目の前で痺れを切らした上級生の一人が振るったバットが大友の肩を掠める。

 虎之助の自制心は、そこで振り切れた。

 

「何してやがるんだテメェェェ!!」

 

 叫びに彼らが振り返った時には、すでに木刀が振るわれていた。

 怒りに任せた攻撃には狙いなんて合ったものではない。距離を測り損ねた一振りは相手の鼻先を掠めて地面に激突する。

 

「ト、トラ!? お前動いていいのか!?」

 

 来るとは思っていなかった援軍に、大友たちが驚きの声を上げる。

 だがそんなことはお構いなしに上級生たちが動く。当たらなかったとはいえ、虎之助の攻撃に吹っ切れた彼らにはすでに躊躇いはない。

 威嚇ではなく、攻撃のためにバットを振りかざす。武器を使った集団戦闘の心得などありはしない彼らは、密集したまま武器を振るうものだから互いが邪魔になって思うように動けない。

 逆に囲まれる形になった虎之助も剣術の心得はないが、周りに気遣わなければいけない仲間はいない。やたら滅多に木刀を振り回すだけで周囲の上級生に当たる。

 

「コイツこの野郎!」

 

「あ痛!?」

 

「ぐわぁ!」

 

「食らえやぁぁぁ!!」

 

 いくら思うように動けないとはいえ、数は多いのだ。何本ものバットが虎之助の体に新たな傷を増やしていく。

 それでも虎之助は動きを止めないどころか、その名のごとく手負いの虎のように攻撃を激しくしていく。

 それは大友に手を出された怒りや木刀を振るうことへの興奮。それらがごちゃ混ぜになった本人にも理解しきれない感情。

 長年隣にいた大友ですら見たことのない、虎之助の雄の側面。高まった鼓動は、初めてみる幼馴染の攻撃性への恐怖か、危機的状況への緊迫感か、あるいはもっと甘酸っぱいモノか。いずれにせよ、大友は今始めて虎之助が男だと自覚した。

 

「でぇぇぇい!」

 

「う、うわあぁぁぁぁあ!?」

 

 ついに決定打が入る。木刀が上級生の一人の額を打ち、そこから勢いよく流血が起きる。

 傷は浅いが、場所が悪かった。額の傷は深さに比例せずに出血量が激しい。

 血というのはそれだけで人に様々な感情を与える。興奮状態ならば、それでさらに感情を爆発させることもあるだろうが、大半の場合は恐怖だ。

 そして、上級生たちには血を興奮に変えるほどの強さはなかった。

 

「け……弱虫共、が……」

 

 血への恐怖から逃げ出す彼らを追うことも出来ずに、その場に倒れこむ虎之助。

 慌てて大友たちが駆け寄ると、虎之助は辛うじて意識を保っていた。

 

「トラ! しっかりしろ!」

 

「おう、よ。大丈夫に決まってんだ、ろ」

 

「たわけが。そんなはずなかろうが」

 

 返事を返すくらいは体力を残していた虎之助に、大友たちは涙ぐみながらも安堵の声を零す。

 一通り泣きじゃくり、落ち着いてから帰ることになったのだが、さすがに虎之助も一人では歩けそうになかった。

 大友に肩を借りて、木刀を杖代わりにしてようやく歩ける。

 

「痛むだろう。もっと大友に寄りかかれ」

 

「男は頑丈に出来てんだ。焔こそ肩大丈夫なのか?」

 

「あんなモノ当たった内に入らぬは」

 

 自分の怪我も省みずに、大友の心配をする虎之助に呆れ気味な笑いが起こる。

 先ほどの虎之助は見たことのないモノだったが、今の強がりは彼女もよく知るものだ。

 

「そうか。ま、これであいつ等も諦めるだろう」

 

「だな。完全勝利だ」

 

「ハハハ。やっぱりオレたちがそろえば無敵だな」

 

「ム。それは大友への嫌味か」

 

 あの場にいたが大友は何もしていない。ブラックキングの後ろで友人たちと一緒に立っていただけだ。

 それをオレたちと一括りに言うものだから、大友は頬を膨らませて不平を言う。だというのに虎之助はその様子に笑みを浮かべる。

 

「んな訳あるか。焔がみんなを守ってくれたからどうにかなったんだろ」

 

「守ったと言っても、殆んどブラックキングの手柄だ」

 

「それによ」

 

 まだ納得できないのかブチブチと言葉を続けるが、照れたような次の言葉でそれも止まらざるを得なかった。

 

「お前がやられたと思ったら頭がカーっとなってさ。焔を守らなきゃって思ったらスッゲー力が湧いてきたんだよ。だからオレたちの勝利だ」

 

 にっかりと笑いながら告げられる言葉。それを聞く大友の顔が赤いのは、西日に照らされただけではないだろう。

 

「た、たわけが。大友のために倒れては意味がないではないか」

 

「そうだな。次はオレも気をつける」

 

「そうしろ。次に同じようなことしたら、ただではおかんからな」

 

 そこからは二人とも言葉が止まり、静かに歩く。

 大友はそれで、虎之助の体が予想以上に大きくなっていたこと、筋肉がついて来て少し硬くなっていることなど、次々と自分の知らない幼馴染を知っていく。

 暫くすると、怪我もあるのに飛び出した虎之助を心配して探していたのだろう、息を切らした虎蔵が二人に駆け寄ってくる。

 

「虎之助! このバカが考えなしに」

 

 心配する言葉を掛ける虎蔵だが、木刀にこびり付いた血痕に気がつくと言葉を止める。

 いつか見た、真剣な眼差しで虎之助を見据えながら静かに問う。

 

「喧嘩に木刀を使ったのか?」

 

「ああ! 上級生に勝ったぜ!」

 

 それに虎之助は誇らしげに答える。彼にとって、剣を使ってもぎ取った勝利だ。きっと祖父も認めてくれる。そう思っていた。

 しかし、虎蔵の答えは拳だった。何も言わずに、虎之助の頬を拳骨で殴る。

 

「何をする!? トラは怪我をしているのだぞ!」

 

「焔ちゃん。悪いが先に帰ってくれ」

 

 いつもは大友のことも実の孫のように可愛がってくれる虎蔵の、冷たい言葉に足が止まる。

 虎之助を連れて行ってしまう背中を追うことが出来ない。

 大友を一人残して虎蔵は、携帯電話を取り出すと、昨日教えられたホテルへと電話を掛け、部屋番号を伝える。

 暫くすると、目当ての相手が電話に応じる。

 

『お待たせしました。黛です』




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