真剣で私に恋しなさい!S ~西方恋愛記~   作:youkey

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5話

 上級生から空き地を守って数日がたった。

 アレからは彼らも姿を現すこともなく、平穏無事に空き地で夏休みを満喫している。

 今日も日が暮れるまで遊び倒して、ようやく家へと帰る。

 

「腫れはもう引いたようだな」

 

「当たり前だ。アノくらいどうってことない」

 

「強がりおって。昨日まであんなに目立っていたではないか」

 

 薄っすらと膨らむ虎之助の頬を突いたりしながら帰路を進むと、立花家の前で見慣れない人間を見つける。

 だが見慣れないと言っても、次郎のような不審者という訳ではない。

 髭を蓄えた着物姿の男性。ただその場に居るだけで凛とした雰囲気を醸し出し、只者ではないことが伺える。

 その男性の後ろについて歩く少女がいるのだが、こちらは娘なのだろう。おかっぱ頭に、父親と同じように着物を着こなしている。

 明らかに近隣の住民ではない親子に、思わず不躾な視線を向けてしまう二人。その二人の視線に気がついた男性が気を悪くした風もなく穏やかな笑みで声を掛ける。

 

「立花さんの所のお子さんかな? 私は黛大成。お爺さんに用があって来たのだが、ご在宅かな?」

 

「「黛!?」」

 

 つい最近に次郎から聞かされた剣聖の名前に虎之助たちが驚きの声を上げる。

 確かに虎蔵に会いたがっていたとは聞くが、まさか本当に会いに来るとは思っていなかった。

 

「おや、私のことを知っているのかい」

 

「もちろん! 爺ちゃんならいると思います。じゃ、また明日な焔」

 

「ではな」

 

 親子に対して一礼した大友が自分の家へと入っていく。それを見送ってから虎之助は、客人を先導しながら玄関へ向かう。

 

「ただいまー。爺ちゃんにお客だよー」

 

「はいよ。どうも黛さん。いらっしゃい」

 

 来客は分かっていたのだろう、すぐに虎蔵が出迎えにやってくる。邪魔になるだろうと思い、後ろ髪を引かれながらも自分の部屋へと行こうとするがそれを止められる。

 

「ちょっと待て虎之助。お前剣術やりたいんだよな?」

 

「? ああそうだけど」

 

 今更な質問に首をかしげながら頷く。それを聞いた虎蔵は、大成の娘と視線を合わせるように身をかがめる。

 

「お嬢ちゃん、由紀江ちゃんだったな。悪いがアイツと手合わせしてやってくれないか?」

 

「ふえ? 手合わせ、私がですか?」

 

「はぁ? 何で女の子と」

 

 虎蔵の言葉に、由紀江と虎之助が同時に声を上げる。確かに虎之助は剣術を習いたがっているが、だからと言って女の子、それも年下と思われる自分よりも小さな相手と手合わせする気になれない。

 

「ああ、黛さんから聞いてる。大分前から稽古をしてるんだろ? その由紀江ちゃんから一本取れりゃ、虎之助にも剣術教えてやら」

 

「マジで! 後で取り消させないからな!」

 

「当たり前だ。いいですよね黛さん?」

 

「ええ、すでに承諾したことですので。由紀江、手合わせしなさい」

 

 すでに話を通してあったのだろう、大成に促されて由紀江は戸惑いながらも頷く。

 それを確認もしないで虎之助は庭に飛び出し木刀を振り回して気合を入れる。

 慌てて後を追う由紀江も木刀を受け取ると感触を確かめるように数回素振りをする。

 

「それじゃいくぞ!」

 

 手合わせの礼儀も知らない虎之助が、まだ構えてすらいない由紀江に木刀を振るう。しかし相手は小さな女の子。怪我をさせるわけにもいかず、軽く頭を小突くだけ。のつもりだった。

 

「せぇい!」

 

「ぎゃっ!?」

 

 虎之助には由紀江がいつ構えて、いつ木刀を振るったのかまるで見えなかった。気がついたときには打ち込まれた衝撃に襲われていた。

 理解の及ばない虎之助だが、それに構わず虎蔵が言い放つ。

 

「由紀江ちゃんの一本だな。コレで終わりだ。剣術は諦めろ」

 

「ま、待った! 今のは油断しただけだ! ちゃんとやれば!」

 

「ハァ……。いいかい由紀江ちゃん?」

 

「は、はい」

 

 控えめな了承を聞いた虎之助が今度はしっかりと由紀江が構えるのを待ってから仕掛ける。先ほどのは構えていなかったから動きが分からなかっただけ。構えさせれば剣の動きは見えるだろう。

 そんな浅はかな考えは、すぐに打ち砕かれた。

 

「な、また」

 

 やはり気がついた時には打ち込まれていた。

 それでも諦めのつかない虎之助はもう一度木刀を構える。

 

「もう一回! 次は大丈夫!」

 

「ふえぇぇぇ!?」

 

 しつこい虎之助に困り顔ながらも、剣士として正等な教育を施された由紀江は応じてしまう。それで一本いれても、やはり次を申し込まれる。

 そんな子供たちを庭に残して虎蔵と大成は和室へと移動する。

 正座で対面する二人。勧められた茶を一口啜ってから大成が口を開く。

 

「本日は突然の訪問に応じていただき、ありがとうございます」

 

「いえいえ。こちらこそ娘さんをお借りして申し訳ない」

 

 深々と頭を下げる大成に、虎蔵は呆気らかんと答える。大成との対談を渋っていた彼が応じた条件が、剣聖の娘、由紀江と虎之助を手合わせさせることだ。

 結果は先ほどの通り。いずれは黛流を受け継ぐ由紀江と、最近素振りを始めた虎之助では勝負にすらならない。

 

「そのことですが、お孫さんに剣を教えないのですか?」

 

 電話で由紀江と虎之助の手合わせを頼まれたときは、大成も互いの後継者を切磋琢磨させるものと思い了承した。しかし蓋を開けてみれば虎之助は剣術の基礎も習っておらず、その状態で由紀江から一本取れば教えるなどと言うではないか。

 剣聖の称号を持つ者として、その剣術には誇りを持っているし、技を伝えるのは義務だと思っている。それはこの虎蔵も同じだと思っていた大成には、まったく理解できない。

 

「そりゃもちろん。剣術なんざ、今の世の中に必要ありませんものな。いっそ武術全般が滅んじまえばいいとさえ思ってますよ」

 

「な!? 立花さんあなたは……」

 

 絶句するしかない。仮にも剣聖の称号を持った男が、ソレを全力で否定した。

 そんな大成を見て虎蔵は卑屈な笑みを浮かべる。

 

「実力で剣聖の名を得たあなたにすりゃ、そういう反応でしょうな」

 

「あなたは違うとでも?」

 

 剣聖の名前は軽くない。実力以外でそれを得るとするなら、広くに剣術を教え盛り立てるような指導者としての手腕に対してだろうが、虎蔵にそういった逸話はない。

 

「ちーと昔話に付き合って貰いますよ」

 

 大成が頷くのを確認してから虎蔵は茶を飲み口を潤す。

 

「アレはまだこの国が戦争してた頃の話ですよ。外国人はみんな鬼畜だの畜生だの教えられて、男なら国のため死ねと言われて誰もが当たり前と思っていたイカレタ時代の話です。

ワシも日本男児として、剣術を嗜む者としてそりゃ燃えていたもんですよ。しかし、軍に入って鍛えられて、言い渡された指令は大陸での破壊工作。剣術を生かすどころか、刀さえ与えられないただの破壊工作員ですよ」

 

 おかしい。虎蔵が剣聖になった伝説は確かに大陸での活躍だが、刀を持っていなければどうして剣聖になれようか。

 

「ワシは確かに剣術を嗜んでいましたがね、ソレよりも親父に仕込まれた火薬の扱いのほうが得意でしてね。軍にもそっちの腕前を買われたようで。それから大陸で爆弾を仕掛けては多くの人間を吹っ飛ばしたもんです」

 

「では、暴走した敵兵から現地の者を守ったというのは?」

 

「半分は真実と言ったところですかね。実際に敵兵から現地の人間を守りはしましたよ。ですがソレだって刀振り回した訳じゃない。爆弾で吹っ飛ばした駐屯部隊がクソ野郎共で現地でえらく嫌われてまして、そいで見つかるヘマしたワシを勝手に英雄に祭り上げてくれたんですよ」

 

 開いた口が閉まらないとはこのことだろう。剣聖としての先人は、その実剣術で名をはせたのではなかった。

 そこで大成に疑問が生まれる。それならばどうして虎蔵が剣聖になれたのかと。

 だが、ソレを尋ねる前に頭に仮説が一つ浮かぶ。しかし大成は自分でソレを否定する。もしもソレが正解だとしたら、理解は示せても剣聖として許せそうにない。

 否定してくれという気持ちを込めて、尋ねる。

 

「ならばあなたが剣聖と呼ばれたのは」

 

 祈りも虚しく、虎蔵は自嘲交じりにあっさりと大成の想像通りの答えを口にする。

 

「軍の宣伝ですよ。剣聖がこんな活躍しましたよ、てね。そうすりゃ大陸では日本に好意的になるし、国内ではワシに続けと士気が高まる。いや、考えたものですな。こんなワシでも刀を持てばそれなりに見えたようです」

 

「あなたはそれで良かったのですか? 剣を振るう者ならば、その名を飾りにしてはいけないと思わなかったのですか!」

 

「思わなかったですよ」

 

 剣聖の名を汚されたと、語気を荒げ殺気交じりに体を浮かせる大成。それをバッサリと一言で切り伏せる虎蔵。その目には実力もなく剣聖を名乗ったことに対する気後れはまったくない。

 

「お国のためならばワシ一人が身を偽り、不相応の称号を騙ることに何の恥じがありましょうか。それで戦争に勝てるのなら、国が栄えるのなら、ワシは剣聖でも将軍でも神でもなりましょう。あの時代を生きた日本国軍人ならば、皆そう答えるでしょうな」

 

 反論の余地はある。剣聖の名は戦争の道具ではない、それは勝利の何の役にも立たない。いくらでも反論は出来る。

 しかし大成は一言も言い返せなかった。

 虎蔵の瞳に宿る、その時代を生きた者にしか放てない光が反論を許さなかった。

 

「まぁ、それでも剣聖の名の尊さを知らない訳じゃありません。戦争が終わったらすぐにその刀と一緒に国に返上しましたよ」

 

 虎蔵が指差す先には、飾り気の無い軍刀が一本掛けられている。

 

「しかしね、それをやめろと言う人がいたんですよ」

 

「一体誰が」

 

「天皇陛下ですよ」

 

 思わず息を飲む。

 アソコまで国への愛を語った虎蔵が、その名を嘘に使うはずがない。ならば本当に天皇陛下が彼に剣聖を続けろと言ったのだ。

 

「こんな広告塔をするしか能のない男をわざわざ呼びつけてね、直接お言葉を下さったんですよ。『日本は戦争に負けた。しかし、全てが終わった訳ではない。今は涙する国民が多くいるだろうが、必ずやまた立ち上がる。その時に剣聖の名は彼らを導く希望の光になる。その光を消してくれるな』とね。そこまで言って頂いて、名を捨てられるはずがないでしょう」

 

 確かに断れるはずがない。戦争を知識でしか知らない大成だって、終戦直後の焼け野原を写真で見たことがある。

 それを生で見た虎蔵なのだ。天皇陛下の言葉でなかったとしても断れるはずがない。

 

「では、何故剣を捨てたんです?」

 

 剣聖の名を騙り続けたことは理解できる。しかし、ソレならば剣術を続けたほうが一層らしい。実際に、過去の偉大な剣術家にはそういった嘘誇張で名を上げたとされる人物も数多くいる。

 

「ああ、そいつは簡単ですよ。花火を見たんです」

 

「花火?」

 

「そ、花火です。終戦後して暫くして日本もそれなりに復興しましてね、ここらでも打ち上げ花火するような祭りが出来るほどになったんですよ。いやぁ、今振り返ってもアレほど感動した花火はありませんでした」

 

 その時を思い出しているのだろう、茶を啜る虎蔵の目じりには薄っすらと涙が浮かんでいる。

 しかし、それでは大成が納得できない。剣聖の名を騙ったのは仕方ない。それでも花火への感動と剣術を捨てることに関連性が見出せないのだ。

 

「それが一体どうして剣術に結びつくのです」

 

「花火が何で出来ているか分かりますかね?」

 

「火薬ではないのですか?」

 

「ええ、火薬ですよ。ワシが大陸で使ってた爆弾と同じね」

 

 それで、虎蔵が言いたいことが大よそ察せられた。厳密に言えば爆弾と花火では使っている火薬は違うのだろうが、火薬なのだ。

 

「ワシが人殺しにしか使えなかった火薬はあんなにも美しい物だったんですよ。なのにどうです? 刀は、剣術は人殺し以外に使い道はない」

 

 そのために生み出されたのが剣術。そこに精神性や、礼儀を見出す者もいるし、昨今ではそちらを学ぶのが主目的とされているが、突き詰めれば人殺しの技術ということは否定できない。

 

「それを知ったときワシは剣を捨てましたよ」

 

 実際に戦場で人を殺めた者だからこそたどり着いた境地。ソレだけが答えとは言えないが、ソレを否定することは出来ない。

 

「つまらない話に付き合わせましたな。それでそちらの用件は?」

 

「いえ、大変貴重なお話を聞かせていただきありがとうございます。それを聞けただけで足を運んだ価値がありました」

 

 本当ならば剣術家として手合わせや指導を仰ぎたかった。だが、この話にはそれ以上の価値があったと大成は思う。

 剣を誇りに思う者には分からない、剣を捨てる覚悟をした者の話。コレはおそらく歴代のどの剣聖からも聞けない、剣聖足り得ない剣聖、虎蔵だからこそ話せることだ。

 

「ならよかった。さて、あっちもいい加減諦めたでしょう」

 

「そうですね」

 

 そういって席を立つ二人だが、そこで虎蔵の動きが止まる。

 

「どうしました?」

 

「いえ、ちょっと背中に痛みが。年は取りたくなのですな」

 

 大成に擦られて具合がよくなったのか、すぐに背筋を伸ばして改めて部屋を後にする。

 庭に出た二人を待っていたのは、大の字になって寝転ぶ虎之助と、その前でおろおろとする由紀江。

 

「こりゃ酷くやられたもんだ。由紀江ちゃんもつき合わせて悪かったね」

 

「い、いえ。ソレよりも虎之助さんは」

 

「大丈夫、大丈夫。この程度で死ぬガキじゃないよ」

 

 気絶しているのか、動かない虎之助を家へと引き上げながら虎蔵は呆気らかんと言う。

 ココまで痛い目に合えば剣術を嫌いになるだろうし、年下の女の子にやられたとなればプライドも折れる。

 コレで虎之助も剣術を諦めるだろうと、痣だらけの孫を抱えて虎蔵は意地の悪い笑みを浮かべるのだった。

 

「こちらには暫くいるんでしょう? 良ければアレでも観光案内に貸しますが?」

 

 未だに意識の戻らない虎之助を指して提案するが、さすがにソレは遠慮された。

 

「いえ、あれでは暫くは動かないほうがいいでしょう。滞在先はこちらですので、何かありましたら」

 

 ホテルの電話番号と部屋番号が書かれたメモを受け取り、黛親子を玄関先まで見送る。

 

「それでは失礼いたします」

 

「お邪魔しました」

 

 綺麗なお辞儀を残して去っていく黛親子。その背中を送り出して虎蔵はコレでようやく重荷が降りたと、一息つく。

 しかし彼は侮っていた。自分の孫のしつこさを。




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