構成が甘かったと反省していますが、一先ずは舞台を西に戻すための区切りと思っていただければ幸いです。
36話
川神駅前。日が落ちて尚も若者たちが溢れかえり、活気溢れる川神市の盛り場の一つだ。
しかし、この日は様子が違う。集まっているのは十代の若者たちと普段よりも若干年齢層が低く、何よりも彼らの表情は暗い。
それもそうだろう、彼らは天神館。つい先ほどまで川神学園と交流戦という戦いを繰り広げていた当人たちだ。
その勝負の行方は、残念ながら彼らの敗北。陽気に振舞えというのは無理な注文だが、ソレだけが暗く沈んでいる理由ではない。
「たいしょうくびを、うたせてやれなかったな……」
ポツリと零したのはあまご。その言葉に、誰も答えられず、ただ一層顔をしかめるだけ。
天神館の生徒ならば全員が承知していた一つの約束。
虎之助と大友の交際条件。それは、虎之助が川神学園の大将首を討つと言う物。
全校の中でただ一組、二人の間だけで交わされた約束だが、ソレを果たさせるために一丸となって協力していたのだ。だというのに、結果は大将首を逃したばかりか、天神館側の敗北という、完敗としか言いようのない有様。
「この私がいながら、なんて美しくない」
「油断したゴホゴホ。三年の川神百代に気を取られすぎて、二年の情報収集を怠っていたゲホゲホゲホ!」
ある者たちは自分の力不足を悔やみ。
「大体からして好き合ってるのに、何で変な条件つけちまったのかねぇ」
「大友やもの。素直に頷けるようならとっくに付きおうてるって」
「ソコがほむちゃんとトラちゃんのいい所なんだけどね」
ある者たちは二人の恋情の今後を心配し。
「童貞(最強)を捨てる覚悟でも届かなかったか」
「やはり、立花の話に耳を傾けたのが失敗であったか……。いや、しかしアノ女は」
ある者たちは独自の視点で今回の交流戦を振り返る。
そんな仲間たちの様子を、一歩引いたところから眺め、島もまた物思いに耽っていた。
(御大将をはじめ、みなの伸びきった鼻が折られたのはよい事だ。きっと皆、この敗北を糧に更なる成長をするであろう。だが、あの二人は……)
外見だけでなく精神的にも級友たちよりも年上の島。優秀ゆえに慢心しがちな仲間たちのことを普段から気にかけていた彼にすれば、一度や二度の敗北などは問題ではない。むしろ、戒めのために都合がいいくらいだ。
しかし、寄りにもよってというタイミングだ。
(何故、このような大事な約束がある時に。一体どのような言葉をかければいいと言うのだ)
責任感の強さゆえ、必要以上に心配を抱え込んで眉間の皺を深めていく島であった。
そんな風に仲間たちに心配されていると知ってか知らずか、ついに渦中の二人が姿を現す。
どうやって接していいのか、そう考えて皆が躊躇している中、最初に気が付いたのは長宗我部だった。
「む? ……お前ら」
虎之助と大友は仲の良い幼馴染。それは、天神館で知らぬ者がいないほど浸透した事実である。だから、二人が並んで歩くこと、その距離が近いことに何の不思議もない。
だが、今は一世一代の告白が、失敗に終わった直後。だというのに、何時もと同じか、むしろ近いくらいの距離で寄り添って来るではないか。
その様子はまるで……。
「確認するが……。お前ら、付き合わないんだよな?」
中々に失礼で、間の抜けた質問だ。それでも、問われた二人は、若干頬を染めて、照れくさそうに頬をかく。
「ああ、まあ……アレだ」
「う、うむ。それは……なあ」
分かりやすい。あまりにも分かりやすいそのリアクション。それだけで仲間たちは理解できた。この二人の間にどのようなやり取りがあり、どういった結末になったのかが。
「そうか。いや、それ以上何もいうな」
万感の思いを込めて長宗我部が言う。
大いに振り回された。結局は無駄骨だった。というか、それなら始めからくっ付いていろ。
思うことは大いにある。
「トラ、それに大友。おめでとう!」
だが、そんな物は、友人たちの幸福に比べればあまりにも小さいこと。
二人の背中を、跡が残るほど強く叩きながら祝福の言葉を送る長宗我部。それに続くようにワラワラと他の生徒たちも二人を囲む。
「なんや結局くっついたんかいな。まったく、いらん心配かけおって。迷惑料とるで」
「二人とも本当によかったね!」
「これなら、はじめからすなおになってれば、よかったじゃないか」
からかい混じりの言葉に一層顔を赤らめる大友。
「余計な回り道しちゃって。男ならパパッと決めろって」
「痛っ」
「我々を巻き込んだにしては、少々美しさが足りないな」
「痛い痛い!」
「吐いた大言。どうやって落とし前をつけてくれる? ええ?」
「みぎゃあああぁぁぁぁー!?」
言葉と共に浴びせられる、祝福代わりの拳脚、電撃に嬉しい? 悲鳴を上げる虎之助。
天神館全体を巻き込んで騒いでおいて、尚もこうやって温かく迎え入れて貰えるのも、今までに築き上げた絆ゆえか。
そんな様子を、一歩引いたところから温かく見守る島の姿は、やはり一回り以上年代が離れていた。
「お前ら、少しは静かにしい。川神学園の人らが呆れちょるぞ」
「ハハハ。いやぁ、学生ってのは何処も騒がしくて大変ですな」
見送りに来てくれた川神学園の生徒たちを前に、身内ネタで騒ぐ生徒たちを豊久が嗜めるが、それで静かになるような年代ではない。
それは川神学園側の教師、宇佐美も承知しているのだろう。苦笑を零しながらも苦労に理解を示す。
「恥ずかしい限りで」
「何、うちも似たような物ですよ」
教師たちが挨拶を交わす間にも、生徒たちでは思い思いに交流を深めている。
ある者たちは先の交流戦での武勇を称えあい、ある者たちは若者らしい流行の話で盛り上がり。
そんな中を、誰かを探して歩く男子生徒が一人。
正確には、その後ろに隠れた由紀江の探し人を探している、直江大和だ。
「すみません大和さん。私の挨拶なのに付き添って貰って」
「いいって。俺も天神館とは色々話ておきたかったし」
虎之助とは学年も違く、面識も数回程度の由紀江。それでも友人になれる可能性の高い同年代の知り合いだと、律儀に別れの挨拶に赴いていた。それに付き添っているといえば、直江がとても面倒見の良い先輩に思えるが、実際はソコまで綺麗なものではない。
親かの教えにより、人脈の大切さ、有用さを叩き込まれている直江。だからこそ、天神館の生徒とのパイプは是非とも作っておきたかったのだ。
普段の生活範囲では出会えない人間、しかも誰もが西日本で将来名を轟かせるであろう粒揃いと来れば、可愛い後輩を口実に使ってでも接触をしなければいけないと、半ば義務ですらあった。
「で、その立花だっけ? 見つかりそう?」
「それがなかなか……。ご友人に囲まれていたのですぐに見つかると思ったのですが」
天神館と川神学園。二校の生徒が集まっていれば、一人を探し出すのも用意ではない。
十勇士という目印もあるが、それにしたって常に一塊にいるとは限らない。
「確か交流戦で本陣に攻め込んできたヤツだよな……。あ、まゆっち。アレじゃないかな?」
ほんの数秒程度の記憶を掘り起こし、視界に移る生徒と片っ端から照合していた直江が一人の生徒を捕らえる。
指差された先には、友人たちと談笑する虎之助の姿があった。
「あ! はいそうです! 虎之助さんです」
まるで主人を見つけた仔犬のように駆けて行く由紀江。その姿を微笑ましく思いながらも、直江が続く。
「虎之助さん。お疲れ様でした」
「あ、由紀江ちゃん。ソッチもお疲れ様」
自分が情報を売ったことなど億尾にも出さず挨拶を交わす虎之助。交流戦中にも一度着てくれた由紀江だ、別れの挨拶は別段不思議ではない。
だが、その後ろについてやってきた直江に、思わず首を傾げる虎之助。
「でえっと、ソッチは?」
「俺は二年の直江大和。まゆっちの知り合いだって言うから、俺も挨拶しておきたくて」
「え? 直江ですか?」
隣にいたので声が聞こえたいたのだろう。その名前に有馬が反応を見せる。
「ん? 有馬の知り合い?」
「有馬……。あ、ミグシィの?」
「はい、その有馬です。川神だって聞いてましたけど、まさか合えるとは思ってませんでしたよ」
「本当にこんな偶然あるんだな」
盛り上がる二人だが、周囲の人間には今一理解が追いつかない。悪い人間には見えないが、一応は幼馴染として警戒のために大友が会話に割って入る。
「一体どういう知り合いなのだ? ミグシィとか言っていたが」
「うん。ミグシィで同じコミュに入ってる人でね。私もたまに相談に乗ってもらったりしてたんだ」
「あー、それじゃあ何時も言ってた友達って大友さんたちのことだったんだ」
「む、大友の名前を知っているのか?」
「そりゃ十勇士は有名だからね。交流戦でも見てたよ、凄いねその大砲」
「であろう!」
付き添いであったはずの直江が、いつの間にか中心に立って話を回し始める。
半ば放置される形になってしまった由紀江だが、その顔に寂しさなどはない。真っ直ぐに直江を見据える彼女からは、純粋な憧れと尊敬が見て取れる。
「さすがは大和さんです。私も見習わないと」
「でも、ソレが出来たらまゆっちの友達百人計画とっくに終了してるんだよねー」
「そんなに凄いのか? あの直江って」
「はい! それはもう、携帯のアドレス帳が一杯になるなんて都市伝説だと思っていたのに本当に――……」
慕っている先輩の事となって饒舌に語りだす由紀江。若干会話のテンポが噛み合っていない所もあるが、こうやって虎之助と会話を続けられるのも、彼女が自慢げに話す直江の良い影響だろう。
そして、その様子を横目に確認し、直江も内心で安堵していた。
(まゆっちの方も、一人でちゃんと話せてるな。入学した頃は引きつった笑顔でまともに喋れてなかったのに、成長したもんだ)
出合った当初の様子を思い出し、ついつい頬を緩める直江。それでも器用に大友たちを談笑を続けるのだらか、由紀江が褒めちぎるコミュ力は相当だ。
そして、その優れたコミュ力ゆえに気が付いていた。先ほどから感じる敵意ともとれるプレッシャーを。
(コレはそう、テレビのドキュメンタリーで見たアレだ。一匹のメスを巡って二匹のオスが死闘を繰り広げるような……野良猫の気迫!)
恐れているのか、バカにしているのかは分からないが、的確な分析とともにプレッシャーの発生源を確認すれば、正体は予想通りに虎之助。
(恐らくは「俺の女に手を出すな」の類。大友さんか有馬さんかは分からないけど、どちらにしても下手に連絡先は聞けないな。
有馬さんはミグシィで話せるとしても、武術家関連との繋がりを考えると、大友さんたちとも連絡先は交換して置きたいけど、色恋沙汰で恨まれたんじゃ人脈どころじゃないしな……)
笑顔の裏で知恵を駆け巡らせる直江。その結果はじき出された答えとは。
「あ、そうだ。折角だからまゆっちと連絡先交換してあげてくれないか? メールとかのやり取りの訓練してあげてよ」
由紀江を尖兵として、勝手に突撃させるのだった。
「えええ!? わ、私なんかがそんな、いいのでしょうか?」
「大友はかまわないぞ? トラも明奈も構わぬだろう?」
「うん。もちろんだよ」
「そうだな。こうやって再会できたのも何かの縁だしな」
携帯電話を取り出し、由紀江のたどたどしい操作を待ちながらも順番に連絡先を交換していく三人。その合間を狙って直江が動く。
「あ、ついでに俺も連絡先いいかな? 今回みたいな交流行事がまたあるかもしれないしさ」
あくまで由紀江のついでという体を装って虎之助に持ちかける。
大友たちを避けたのは要らぬ恨みを買わないため。それに男同士というほが警戒されることも少ないであろうし、虎之助でも十勇士という重要人物たちとかなり近い位置にいるのでまったく問題ない。
「ああ、そうだな。またこっちに来るときは宜しくな」
その考えは功を奏したらしく、大友の連絡先を聞こうとしなかった直江へのプレッシャーが和らぐ。
「逆に俺たちが天神館に行くときは頼むよ」
「任せとけ」
「お前ら。そろそろ時間じゃぞ」
一通り連絡先の交換が終わったところに、豊久の声が響く。
話している間にすっかり時間は過ぎ、早くも別れの時が来たようだ。
「それじゃ、またな。今度戦う時は天神館の本気を見せてやるよ」
川神学園の生徒たちと別れ、駅に消えていく天神館の生徒たち。
東西で武を競い合い、また一つ成長して若者たちは西へと帰っていくのだった。
という訳で、次回より舞台は西国の天神館に戻ります。
一部で好評だったあの不良校も絡むので、楽しみに思っていただけるように頑張ります。
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