高火力の砲撃によって一子たち川神学園生も散り散りに分断され、天神館が優勢の東側戦場だったが、突如乱入したマルギッテの一言が状況をひっくり返す。
「補給部隊はクリスお嬢様の部隊が撹乱しています。弾はそれが最後と知りなさい」
その言葉通りに大友の背後では大筒の弾を抱えた補給部隊が、クリスティアーネの部隊に襲われている。
その隙を突いて一子と分断されていた忠勝たちも、補給部隊への攻撃に加わり完全に補給線を絶たれる。
それでも余裕の態度を崩さない大友。
「笑止! 大友に弾切れはないのだ!」
言いながら工場の一角を指差す。一見なにもないように見えるが、よく観察すると工場の資材とは様子の違う、不自然な荷物が置かれている。
「こんな事もあろうかと各地に弾薬は隠して保管済み。伊達や酔狂で場所を選んでるわけではないのだ!」
その周到な準備と、軍人である自分にも気づかせなかったことに感心しながらもマルギッテは不敵な笑みを浮かべる。
「……なるほど。だが、お前を倒せば同じこと!」
宣言すると同時にトンファーを構えて跳躍するマルギッテ。常人離れした脚力によって高々と舞い上がった彼女からの攻撃は凄まじい威力だろうが、それは当たったときの話。
砲撃に自信のある大友は接近戦に持ち込ませる気などないし、そもそも空中では砲撃を避けることすら出来ない。
「愚かな。対空国崩しを食らうがいい!!」
相手の選択を嘲笑うように大筒を向ける大友だが、それこそがマルギッテの狙い。
狙撃手相手に自らの行動を制限して砲撃を誘導していたのだ。そして誘われた獲物には容赦する必要もない。
「トンファーシュート!!」
勢いよく投げ放たれたトンファーは狙いを外すはずもなく、真っ直ぐに大筒の砲口へと吸い込まれていく。
まさか近接武器を投げるとは思わなかった大友はとっさに動きを止められず、トンファーが詰まったまま引き金を引いてしまう。
結果、大筒の中でトンファーとぶつかった弾はそのまま大筒の中で暴発を引き起こし、主人である大友を襲う。
その爆発を見ながら着地したマルギッテが息をつく。
大友の高火力はいかに彼女と言えども油断は出来ない威力だったのだろう。
「トンファーを外したら私の負けでしたが、私がこよなく愛する武器を外すわけがない」
勝利したと気を緩めるマルギッテに横から押し倒すようにして一子が飛びつく。
「まだよマル!」
その直後、二人の頭上を大筒の弾が駆け抜ける。一子に押し倒せれなかったらマルギッテの頭があっただろう位置を通過した弾はそのまま工場の壁へと激突して爆音を響かせる。
そのことにまさかと思ったマルギッテが振り返れば、そこではボロボロの大友が大筒を構えている。
「大友家、秘伝……国……崩し!」
その姿に、不意打ちをされたにも関わらずマルギッテの顔に笑みが浮かぶ。
「決して攻撃を止めない気骨、見事だ!」
そう、たとえ敵であろうとも戦士として認めるだけの力量を持った相手だ。ならば最後まで手を抜かず、全力で狩るのが彼女の礼儀。
迷わず間合いを詰めるマルギッテだが、それに対して暴発のダメージが残る大友は次弾の装填が遅れてしまう。
先に振るわれるトンファーに砲撃を諦めた大友は大筒を手放し、どうにか初撃を防ぐ。
しかしそれが限界。続く二撃目、三撃目は防ぐことも出来ずに容赦なく叩き込まれる。それで動きが止まったところを両手のトンファーで首を挟まれ、足が地面から離れる。
「コレで止めです」
そう宣言するマルギッテだが、まだ抵抗しようと大友の目からは闘志が消えていない。
だがそれも、微かに聞こえる風きり音を耳にした瞬間に大友の目から闘志が薄れ、代わりに喜びと困惑が浮かぶ。
「ト……ラ……?」
マルギッテには意味の分からない呟き。それと共に先ほど大友が指差した弾薬の隠し場所で爆発が起こる。
熱気と爆風に煽られ、大友への拘束が緩むマルギッテ。しかし緩んだのは拘束だけではない。
不自然な爆発に気を取られていたため、周囲への警戒が緩み背後から忍び寄る人物に気がつけなかった。
「トゥラトゥラトゥラーー!!」
叫びと共に振るわれる刀のミネがマルギッテの後頭部を打ち据える。
その衝撃で倒れこむマルギッテが追撃に備えるが、襲撃者は大友を奪うと一目散に距離を取る。
「大丈夫か焔!」
「ト、ラ? お前……どうして。大将……首は……?」
虎之助は大将首を取りに行っているとばかりと思っていた大友は、彼の頬をペタペタと触りながらも信じられないと呟く。
照れ臭そうに鼻をかきながら答える虎之助。
「そんなモンよりお前のほうが大事に決まってるだろ」
言いながらも大友の怪我の具合を確かめた虎之助は、今すぐにマルギッテに飛び掛りそうになる自分を押さえつけ、一緒に来ていた尼子衆に大友を預ける。
「すぐに大将首取ってくるからさ。お前は戻って休んでろよ」
手を握りながらそう言って送り出すが、目の前で敵将を逃がすよう者がいるはずもない。
大友の相手をマルギッテに奪われていた一子が薙刀を構えて追いかける。
「待ちなさい! 元々は私が相手だったんだから!」
尼子衆も足には自信があるが、ダメージから全力で走れない大友に肩を貸した状態では思うように走れず、見る見る一子が距離を詰める。
だが、逃亡を許さない者がいないのなら、追撃を許す者もいない。
「させるか!」
虎之助が懐から取り出したのはここに来る前に装備したロケット花火。
ホルスターに取り付けられた着火装置によって導火線に点火済みのそれは三本。素早く狙いを定める。
「吹っ飛びやがれ」
そう言って放たれるロケット花火は一子ではなく、その斜め前方のもの陰を目掛けて飛んでいく。
その存在に一子も気がつくが、自分とは違う方向に行くので外したと思うが、それは間違いだ。
ロケット花火は虎之助の狙い通りに、大友が隠していた弾薬に当たると火花を散らして弾ける。その火が引火して弾薬は大友の砲撃と同規模の爆発を引き起こし、近くを走る一子を爆風で煽る。
「わっとと。危ないじゃない! あんたから先に相手してやる!」
「この男は任せてあなたは敵将を追いなさい!」
爆発の原因が虎之助だとすぐに気がついた一子が引き返そうとするが、マルギッテがさきに虎之助へと襲い掛かりながら追撃を命じる。
足の速さを考慮した上での判断に、一子も渋りながらも従う。
それを見送りもせずにマルギッテはトンファーを振るうが、虎之助も愛刀で辛うじて防ぐ。一撃で止まるはずもなく、続けざまに降り掛かるトンファーの猛打を前に、虎之助は完全に一子を射程圏外に逃してしまう。
猛攻を全て防ぎきった虎之助だが、最後のおまけと言うかのような蹴りまでは防ぎきれずに後方に飛ばされる。
「あれだけの攻撃を受けてもビクともしないとは、良い刀ですね」
「ありがとよ。この兗洲虎徹はうちの家宝なんだよ」
精強なドイツ軍の将校として数多の武器を見てきたマルギッテをして良いものと言わしめるほどの業物。祖父との思い出に浸り、虎之助もその刀を杖代わりにしながらも誇らしげな顔をする。
「ほう、それが噂に聞く名刀虎徹ですか。しかし、それにしては奇妙な?」
刀の銘に感心しつつもマルギッテは首をかしげる。?洲虎徹には刀を剣とは一線を画す存在足らしめ、人殺しの道具でありながら芸術として賛美される刃紋がなく、曇りない真っ白な刃をしている。
「ハハ。ま、こいつはバッタ物だし、な!」
会話しながら体を十分に休ませた虎之助がまたロケット花火を放つ。今度は五本、外すことなく全てがマルギッテを目指してくる。
しかし、最初の不意打ち、一子への足止め等から虎之助ならこう来るだろうと予想していたマルギッテは、慌てることなくその全てを叩き落とす。
「この程度、目くらましにもなりません! ……な!?」
旋回するトンファーによって迎撃されたロケット花火の、安っぽい爆発で一瞬だけ奪われた視界が晴れるとそこにいるはずの虎之助の姿がない。
今までの彼の行動から逃げたかとも思うマルギッテだが、それは間違いだ。
大友を傷つけた相手を不意打ち一発で許せる虎之助ではない。
「ツィアアァァァ!」
高く跳躍することでマルギッテの視界から消えていた虎之助が、気合の叫びと共に飛来する。
「何の!」
落下の加速が乗った一撃だが、交差させたトンファーで受け止める。
虎之助を弾き飛ばすマルギッテだが、今度は虎之助ものんびり休まずにすぐに距離を詰め刀を振るう。
「でぇぇぇい!」
「甘い!」
トンファーよりも長さで勝る刀だが、担い手の実力の差から十分に威力を発揮できずに手数に押されてしまう。
それでも、引かずに打ち合っていた虎之助が勝負にでる。
マルギッテの連撃の隙間。その一瞬を狙って上段から渾身の一撃を振り下ろす。
だが、それも彼女からすれば予想範囲内。防御することもなく身をかわし、横合いから虎之助を狙う。
しかしマルギッテを待っていたのは攻撃後の無防備な姿ではなく、狙い澄ましたような裏拳。
それを避けるが、続いて振るわれる刀が僅かに服を掠める。
「今のは危なかったです」
「うお! そんな余裕たっぷりに言われてもな」
危なかったと言いつつもしっかりと放たれた反撃を、後方に倒れながら避ける。
一見すると互角に戦えているように見えるが、息が上がり始めた虎之助に対してマルギッテは汗一つ流していない。
本当なら大友の三倍は痛めつけたいところだが、それを狙えば虎之助には万に一つも勝利はないというのは本人が一番良くわかっている。
「大将首も取らなきゃいけないしな。そろそろ終わらせる!」
決着を宣言した虎之助が放つのはやはりロケット花火。それを見たマルギッテは呆れたように溜め息をつく。
「この私に同じ手が何度も通じるとは思わないことです」
一度目と同じように難なく打ち落とされるロケット花火だが、一本だけマルギッテからハズレ妙な方向に飛んでいく。
それが無事なことに、八双の構えでマルギッテに迫る虎之助は思わず笑みを浮かべる。
このまま行けば彼女の背後、大友が隠した弾薬に着火できる。
「言ったはずです。私に同じ手は通じないと」
そう言うとマルギッテは足元の小石を蹴り、弾薬を目指していたロケット花火を打ち落とす。
策は失敗したが、すでに虎之助は近距離戦の間合いに踏み込んでしまっている。引いたところですでに勝機はない。
ヤケクソ気味に刀を振り下ろすが、それよりも早く、鋭い一撃が虎之助の腹部を襲う。
それで動きの止まった虎之助へと容赦なくトンファーの連撃が襲い掛かる。
「トンファーマールシュトローム!!」
激しすぎる連打に、足が地面を離れる虎之助。もはや体を捩ることも出来ない彼に、マルギッテは大きく振りかぶる。全力で振りぬかれた止めの一撃に、虎之助の体が宙を舞う。
落下し、虎之助がもう動けないことを確認したマルギッテが敬意のこもった目で見ながら語りかける。
「不意打ち、目くらまし、足止め。どれもが小賢しく褒められたものではありませんが、その執念は見事です名もなき戦士よ。あなたの敗因は仲間を助けるために二度も隠された弾薬を使ったことです。もしも彼女を見捨てていれば私が負けていたでしょう」
そう言って立ち去るマルギッテ。その背中を見送りながら虎之助は途切れそうな意識で思う。
(焔を助けたのが敗因なら……しかたない……)
それきり完全に意識を失う。
次に虎之助が目を覚ますと、そこは夜の工場の硬い地面ではなく、柔らかいベッドの上。
目に映るのも夜空ではなく白い天井。
ここが何処かという疑問もあるが、虎之助はとりあえず口を開く。
「知らない天井だ」
「お前、状況分かってるだろ」
確かになんとなくではあるが状況は理解している。しかし、まさかツッコミが入るとまでは予想してなかった虎之助が体を起こす。場所はやはり川神学園の保健室で、ベッドの横に置かれた丸椅子に大友が座っている。
「まったく。なかなか目を覚まさないから心配してやったと言うのにお前は」
自分も負傷し、真新しい包帯や絆創膏をつけているというのにずっと虎之助のそばにいてくれたのだろう。
そのことを嬉しく思うが、それも長続きはしない。
意識を失う前と今では状況が繋がっていない。となれば考えられることは一つ。
「大将首は取れなかったか……」
ボソリと呟くが、それが聞こえたのだろう、大友も口を閉じてしまう。
すでに交流戦の決着はついたのか、それともまだ続いているのかは分からないが、こうやって回収されているということはリタイア扱いだろう。
あれだけ大口を叩いて、仲間たちに協力してもらっておきながらの敗北。何より大友の信頼を裏切ってしまった。
そのことが悔しい以上に申し訳なくて俯いた虎之助の目から涙が溢れそうになる。
「ごめんな。お前もあんなになるまで戦ったってのに」
「……何を言っておる」
震える虎之助の拳を大友の柔らかい手が包み込む。
「言っただろう。大将首を“上げるくらいの活躍”をしろって」
普通は大将を倒せと言う意味にしか聞こえない言葉。だが、強調された部分にハッとした虎之助が顔を上げる。
顔を背けた大友が照れくさそうに続ける。
「助けに来てくれたお前はかっこよかったぞ。……大将首取るくらいにな」
大友が出した条件を、曲解ながらも満たしたと彼女自身が認めた。
告白への不器用な返事に改めて彼女を愛しく思う虎之助。長年に渡り想いが募っていたこともあり、彼の理性や自制心が吹き飛ぶ。
「焔アァァァ!!」
「わバカ! 落ち着け!」
体の痛みも忘れ大友を押し倒す虎之助。そのまま若さが暴走しようとするが。
「落ち着かんかたわけ!!」
「ミギャン!?」
暴走する虎之助の金的を蹴り飛ばした大友は、彼を押しのけると保健室から出て行ってしまう。
「そんなに元気なら大友はもう行くからな!」
怒鳴ってこそいるが、口元が緩んでいるのが見えたため、虎之助も痛みを忘れて幸せな気持ちに満たされる。
今日、虎之助の恋は実を結んだ。
ということで交流戦編終了です。
体験版の時点で書いたモノですので、少々短い上に違和感のあるところもあったと思いますがココで区切らせていただきます。
本編の短さの埋め合わせという訳ではありませんが、黛の剣ともう一つオマケを入れてから次ぎの章へと入っていきます。
ご意見ご感想などありましたら、遠慮なくお願い致します。