交流戦にて活躍し友人を増やそうと考えていた由紀江だったが、予想外の苦戦でその計画は瓦解しようとしていた。
「そんな、まだ倒れないなんて」
「おいおいなんですかこのタフガイたち? 手加減してるとはいえ、まるでまゆっちの剣筋が分かってるみたいに耐えやがるぜ」
神速を誇る黛流の剣筋を初見で見破るなど、かつて武道四天王最速と言われた橘 天衣でさえ出来なかった。だと言うのに由紀江の行動を妨害するように周囲を取り囲む天神館生徒たちは反撃や回避こそ出来ないものの、由紀江の剣撃から身を庇い耐えている。
「急がなければ皆さんが危機だというのに!」
「コラーお前らー! まゆっちの邪魔するなー!」
最大戦力である由紀江がここで足止めされているため、主戦場では大将武蔵 小杉率いる本隊が劣勢であり川神学園の敗北が見え始めていた。
何故このような戦況になったかといえば、それは離れた応援席にいる虎之助が後輩たちに黛流の動きを教えているせいなのだが本人はと言うと。
「やっぱりオレが黛流の情報を流したとは思ってないな。心の綺麗なヤツほど戦いやすい相手はいないぜ」
知り合いを売り払ったことに対して欠片も罪悪感を覚えないどころか、その相手の純粋さを嘲笑っていた。
「コレならば一年はどうにか勝てそうだな」
「今回は立花の情報が活きましたな」
その言葉の通りに、数分も経たないうちに武蔵が討たれてしまい一年の部は天神館の勝利で幕を閉じた。
これで東西交流戦も一勝一敗となり最後の二年生の部で雌雄を決することとなった。
「さぁ、東の軟弱者たちに本当の天神館を見せてやるぞ!」
総大将石田の号令に天神館二年一同が気合の声を上げて答える。
その勢いのまま決戦かと思われたが……。
「二年だけ特別ステージね。館長もオレたちに期待してんだな」
そう。三年、一年と川神学園で行われていた交流戦だが、二年生には天神館の目玉でもある十勇士がいることから特別ステージとして九鬼財閥系列の工場が戦場として提供されていた。
「それにこの場所は俺たちに都合がいいぞ……ゴホゴホ」
工場がステージということもあり、操業が終わるまでの休憩時間を利用した作戦会議。九鬼財閥のコンピュータから戦場となる工場の見取り図を探し出した大村がそれを全員に見せながら言う。
「ほう。拓けた場所もあれば、入り組んだ部分も多い。コレならば立花に大将首を取らせてやれそうですな」
島の感想どおり西側はトラックなどの出入りのために見通しがよく、中央部分は大小の建物が建てられ迷路さながらの様相。東側は入り組んでこそいないが、西側と比べると大分狭い。
北に川神学園、南に天神館とそれぞれの本陣を書き込むと戦場図は完成し、作戦会議が本格的に始まる。
「西側には本隊で決まりだよね。後は真ん中と東側をどうするかだけど」
「守るにせよ攻めるにせよあまり大規模な部隊は動かせないか」
「東は大友に任せろ。この程度の広さならば射程範囲だ」
自慢の砲筒を掲げて名乗り出る大友。火力自慢の彼女は本来ならば主戦場で敵本隊を相手に大暴れしたいだろうが、今回の戦いはただ勝つのではなく大将首を虎之助に譲るということで攻めよりは守りを意識したのだろう。
「ほなうちは西に行こか」
遠近の違いはあるが大友と同じく高い攻撃力の宇喜多だが、ハンマーを使う彼女ならば砲術よりは加減が効く。
敵の足止めということを考えても彼女のほうが適任だろう。
「ならば私は中央を抜けようとする鼠を美しく狩るとしよう」
愛用のクロスボウを磨きながら毛利が言う。同じ遠距離武器を使う大友と同じ戦場は避けねばならないし、人が溢れ埃にまみれる主戦場も彼の主義に反するので当然の選択だろう。
「尼ちゃんたちとヨシくんはどうする?」
それぞれの希望をメモしながら有馬が問いかける。双子ということを伏せて瞬間移動のトリックを切り札とする尼子姉弟と、病弱設定で実力を隠す大村。どちらも十勇士の隠し玉であり、温存できるならばそれに越したことは無い。
「ゴッホゴッホ。情報戦に専念させてもらうよ」
「瞬間移動を仕掛けられそうなのは中央だけか。どうするアマ?」
「なら、ワタシがひとりでいこう。ちゅうおうのうきたのサポートがいるだろう」
姉弟の話し合いが済むとすぐさまソレも書き込んでいく。徐々に出来上がっていく配置を確認しながら、残った者たちに石田が視線を巡らせる。
「他に希望はないか?」
「拙者は忍。影に潜むのみ」
「逃げ隠れしながら大将首取りに行く」
「あ、今思ったんだけど、チョーさんがコンテナを動かして道を塞いじゃうのはどうかな?」
「有馬。勝手に動かしては工場の人に迷惑だ」
各々の希望を取り込みつつ配置を考えていくが、なかには戦況に関係なく至極個人的な意見を主張する者も出てくる。
「このナルシストと同じ戦場だけはやめてくれ」
「ふん。美しさで私に負けたくないならば素直にそう言えばいいだろう」
「美しくなりたければクラゲのコラーゲンをとれ!」
「クラゲと言えばハッちゃん。忍者ってクラゲも使うんだよね? ココなら海も近いし、どうだろう?」
「あれは乾燥させた粉末。今からでは準備が間に合わん」
大なり小なり自分の腕に自信のある十勇士だからこそ、どうしても相手を侮り作戦会議もおざなりになってくる。
こうなると後は総大将の采配に任されるのだが、その采配が間違うことはないと分かっているからこそ皆も自由に発言できるのだろう。
「静かにしろ。まず本陣にはおれと島それからヨッシーが残る。西の本隊は宇喜多、あまごが率いろ。中央は毛利、龍造寺お前達に任せる。東は大友と長宗我部が行け。鉢屋、立花は自己判断で動け」
妥当な配置に口喧嘩で盛り上がっていた毛利と龍造寺も反対意見は言わない。いつもならばこれで作戦会議は終わるのだが、今日は珍しく意見が出る。それもおよそ会議というものに興味を持ちそうにない人物から。
「待て。俺に少し考えがある」
なんと長宗我部である。見た目どおりに力任せのごり押しを好む彼が考えなどと言うものだから石田はもちろん、全員が耳を傾ける。
「何も工場を抜ける必要もないだろう。見ろこの海を! 泳いで行けば奴らの背後に回りこめる!」
そう言って指差すのは工場に隣接する海。
海上にせり出すような埋立地に作られているこの工場は、西側以外は海に囲まれているので確かに泳いで回り込むことは出来るだろう。
「それで?」
「俺とトラの二人で敵本陣に奇襲を掛けてやろう。本陣に残った護衛は俺が相手をして、その間にトラは大将を討て」
「奇襲とはオレにぴったりじゃないか。それでいいか御大将?」
「いいだろう。他に異論はないな」
石田もその作戦を認め改めて尋ねる。戦力を削られたのは東の大友だけだが、その程度で不安に思うような十勇士ではない。
誰も反対しないことで会議も終わり、いよいよ東西交流戦二年生の部が始まる。
「我ら天神館の実力を東の連中に見せ付けろ! 全軍出撃!」
石田の号令に鼓舞された生徒たちが雄叫びを上げながらそれぞれの配置された戦場へと駆けて行く。
そんな中、生徒たちを率いて行かねばならないというのに大友は虎之助のもとへ歩いていく。殆んどの者がそれに気づくが、二人の約束はすでに知れ渡っているのでそ知らぬフリで先に行ってくれる。
「トラ」
海に入るために武器を防水鞄につめていた虎之助の背後から大友が声を掛ける。
決戦が始まり気持ちが高ぶっているのか、ただ約束から大友の顔を見るのが照れくさいのか振り返らずに答える。
「なんだ?」
「そのな……約束、しただろう? それでな……」
照れくさいのは大友も同じらしく、頑張れの一言が出てこない。
虎之助も準備を進めつつもじっと待っていてくれる。そしてようやく覚悟を決めた大友が大きく息を吸う。
「期待してるからな! 頑張れよ!」
本陣に残った者全員に聞こえるほどの大声。そのまま逃げるように自分の部隊の後を追う大友だが、その背中に虎之助が同じ位の大声をぶつける。
「当たり前だ! お前のために頑張ってやる!」
大友は振り返らないが、それでも髪の間から覗く耳が真っ赤だからおそらく聞こえただろう。それだけを確認すると虎之助も赤い顔を冷やすために海に飛び込む。
当事者二人がいなくなったことで他の者たちが顔をニヤケさせつつも気合を入れなおす。
「コレはいよいよ負けられなくなりましたな」
「おれは始めから負けるつもりなどなかったがな。……長宗我部よ立花を任せたぞ」
「任せておけ!」
石田に直々に命じられて長宗我部も虎之助を追いかけて海に飛び込む。
「では、こちらも攻撃を始める」
そのとたん目つきが変わった大村が目にも留まらない指捌きでキーボードをたたき始める。
ディスプレイに写るのは川神学園の学校裏掲示板や、敵本陣で使われているコンピュータへのハッキングの進行状況など。
「ネット上でも川神学園を侵略する。天神館の勝利は敵を完全に壊滅させることにあり」
敵の見えないところから天神館の初撃が始まる。
前線部隊に先んじて動き出した天神館だが、戦いはまだ始まったばかり。川神学園の動きが分からぬうちは何が起きるかわからない。
さっそく宇喜多たち本隊では予想だにしない事態が発生していた。
「お! 敵さんが見えてきたで!」
見え始めた川神学園の本隊に先頭を走る宇喜多が嬉しそうな声を上げる。
戦闘狂とまでは言わないが、戦場に立てば武人として気持ちが高ぶる。足止めとは言え十勇士として実力を見せ付けてやらねばならない。
「なっ! おいアレってまさか……」
「どないしたん? そんな幽霊でも見たような……ゲェ!?」
信じられないという形相の尼子が指差す方向を見て、宇喜多も同じ形相に固まる。
二人が見ているのは川神学園の部隊を率いるトップの少年。
衣服を纏わず褌一丁という姿は非常識ではあるが、身内にもよく半裸になる者がいる彼らが絶句するほどではない。
問題なのはその褌姿の正体だ。日本では珍しい銀髪、鋭い眼光、額に刻まれた十字の傷。
彼こそはこの特別ステージを提供した九鬼財閥の御曹司、九鬼英雄である。
もちろん、そんなビッグネームは事前調査で天神館にも知られているし、成績優秀者を集めたSクラスでリーダー的存在であるということから川神学園側の総大将として本陣に構えてるものとばかり思われていたが。
「なんで総大将が前線に出てきてんねん!」
その正等なツッコミは川神学園側にも届いたようで、英雄の横に控えるスキンヘッドの少年が申し訳なさそうに手を合わせる。
「だよなー。普通は大将が先陣切って行かないよな」
「フハハハハ! 我は王である! ならば民の先頭に立ち導くのも使命のうちよ!」
話を聞いているようでいて、その実まったく聞いていない。王者特有の論調で言い切られてしまってはどうしようもない。
だが、困ったのは危険な前線に大将が出てきている川神学園ではなく天神館だ。
このまま英雄を倒すならばいいのだが、虎之助に大将首を取らせてやる以上はここに居てもらっては奇襲作戦が失敗しただけでなく、英雄を倒してしまわないように気をつけなくてはいけない。
「はようトラに連絡いれな!」
「ダメだ。うみに入るからってケータイおいていってる。てきのほんじんのほうにでんれいを!」
あまごの指示に尼子衆の一人が戦線を離れて工場の影へと消えていく。尼子衆の実力に自信があるのだろう、あまごたちの意識はすでに敵本隊へと向いている。
「さあ。あとはトラがくるまでわたしたちがおさえるだけだ」
「ほな、気張りますか!」
宇喜多が気合の掛け声と共に巨大なハンマーを振り下ろす。それは舗装された路面を砕き、地震でも起きたかのように地面を揺らす。
あまりの威力に川神学園の進軍の勢いが弱まり、そこへ天神館が突撃を始める。
一気に敵味方入り乱れる乱戦になり始めた戦場を、鉢屋は離れた高台から一人で眺めている。
「あの二人ならば援護は不要。されど敵大将も侮れぬ。さて、トラが来る前に手傷を負わせておくか」
宇喜多たちの戦力を信頼はしても、英雄の気迫にただならぬ物を感じた鉢屋はそう呟くと懐からクナイを取り出す。黒い刃が夜の闇に紛れ、英雄の足目掛けて飛ぶ。
仕留めるつもりはないが、虎之助が確実に勝てるように弱らせておくのが狙いなのだが、それは英雄に届く前に打ち払われる。
「ッ!? 拙者に気づくとは何者」
問いながらも二つ目のクナイを投げるが、メイド服を着込んだ忍足あずみは難なく弾くと小太刀を構えながら鉢屋に向かって駆ける。
「あたいのことはどうでもいいんだよ。よくも英雄様を狙いやがったな」
瞬く間に鉢屋に肉薄したあずみが小太刀を振るうが、今度は鉢屋がクナイでそれを防ぐ。
首、鳩尾、金的。急所ばかりを狙う凶刃だが、ことごとく防がれ致命傷どころかかすり傷一つ出来ない。
まるで事前に動きを示し合わせていたかのような攻防を繰り返し、それが相手の技量によるものだけではないと二人とも気がつく。
「その太刀筋、風魔か」
「そういうテメェは鉢屋だな。クソが影からコソコソと」
「フッ。忍者が影に隠れて何が悪い」
言葉を交わしつつも互いに手を止めることはなく、むしろ一層激しさを増して刃をぶつけ合う。
その一撃一撃が鉢屋に自分の行動が正しかったと確信させる。
(トラではこの者には勝てぬ。拙者が始末を)
敵大将が前線に出てくるという異常事態だというのに、虎之助に大将首を取らせようと仲間たちが奮戦をする中、肝心の虎之助はというと。
「いやぁ。関東の海は汚れてると思ってたけどそうでもないな」
「うむ。瀬戸内海には及ばないがなかなかどうして、みろ見事なクロダイだ」
大将不在の川神学園本陣を目指して長宗我部と共に泳いでいた。
果たして虎之助は大将首を取れるのか?
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