東西交流戦編自体は体験版をプレイした時点で書き、いちどにじファン様で公開していたモノの微修正となっていますので、一度読んだという方にはもう一度楽しんでいただければ幸いです。
31話
校舎の前に美しい純和風の前庭が広がる天神館。その前庭が朝もやに包まれ、静寂が支配する時間帯だというのにすでに集まっている人影。
登校とは考えられない時刻に、何かを待っているのか校舎へも入っていかない一団に、新たな人影が駆け寄る。
「遅いぞナル。お前が最後だぞ」
人影の一人、尼子が遅れてやってきた毛利に言うが、本人は気にした風も無く普段と変わらない様子で髪を掻き揚げる。
「許せ。美しい私はお前達よりも仕度に時間が掛かるのだ」
自己陶酔たっぷりに言い放つ毛利の様子は人をイラつかせるのに十分だが、それにも慣れてしまっっている一堂。呆れるだけで誰も相手にしない。
「してトラよ、何ゆえこのような早朝から拙者たちを集めた」
「せやで。いくら早起きは三文の得や言うても用もなく呼んだんとちゃうやろ?」
はじめに口火を切ったのは鉢屋。弁当を自炊する彼としては、あまりのんびりとしてもいられないのだろう。宇喜多もまた、時は金なりの精神から時間を無駄にしたくないのか、用件を急かす。
他の者たちも早く話せというような視線を向けてくるのを感じた虎之助は一度深呼吸してから真剣な表情で話し出す。
「今度の修学旅行の時に東の川神学園への遠征、東西交流戦があるだろ」
東西交流戦とは天神館学長である鍋島が、師である鉄心に自分の育てた生徒たちを自慢したいと数年前から計画し、今年ようやく実現することが決まった一大イベントである。 天神館の生徒にも東高西低の通説を不満に思う者は多く、大歓迎されているこの言葉を知らない生徒は今の天神館にはいないだろう。
「あの館長が張り切っているヤツだな。その交……ゴホゴホ」
「寝起きで調子悪いんだから無理するなって。で、その交流戦がどうしたんだい?」
大村が虎之助の話を続けさせようとするが咳き込んでしまい、その背中を擦りながら龍造寺が代わりに促す。
「その交流戦でだな……大将首をオレに譲ってくれ!」
大将首という言葉に今までの和気藹々とした空気が一気に緊張感に包まれる。
それもそのはず。この場に集まっているのは全員が黄金の世代とも言われる天神館始まって以来の優秀な世代。さらには虎之助以外のメンバーは、大友が欠けているがその優秀な中から頭一つ抜きん出た『西方十勇士』と称される天神館の象徴のような面々。
交流戦での活躍はもちろん、大将首を上げることは当然のように期待されている。
それを譲ってくれと言われて、ああいいですよと言えるほど十勇士の名前は軽くはないし、そのことは虎之助もよく知っている。
ゆえにその真意が誰にも読み取れない。
「むう、冗談にしては笑えんぞ」
沈黙に耐え切れなくなった長宗我部がそう言うが虎之助は表情を変えない。
「訳を聞こうか。まさかただ手柄欲しさにおれを呼びつけたのではないだろう」
虎之助の無言を本気と受け取った石田が年齢にそぐわない貫禄を漂わせながら命令するように尋ねるが、虎之助は気恥ずかしそうに視線をそらしてなかなか訳を話そうとしない。
「どうした何故黙る? 本当に理由はないとでも言うつもりか!」
「まぁまぁそう急かされるな。何かお前なりの深い訳があるのだろう?」
苛立ちに語気を荒げる石田だが、側近の島に宥められもう一度話しを聞く体勢に戻る。
虎之助も島に促されたこともあり、いよいよ観念して話し出す。
「実はオレ……焔のことが好きなんだ」
「それなら皆知ってるで」
「え? マジで!!」
本人としてはずっと隠していた気持ちなのだが、得てしてこういったモノは周りの人間にはバレバレである。
今回もその例に漏れず、全員がなにを当たり前のことをといった表情だ。
「いくらおさななじみだからって、いつもいっしょだもんな」
「天神館で知らぬ者を見つける事の方が困難」
「というかまだ付き合っていないのか。初心もここまで来ると美しくないぞ」
周囲どころか学校全土に知られているやら、純真を否定されるやらでせっかく話す決意を固めた虎之助が先ほどとは違った理由で口を閉ざしてしまう。
「まぁ、そんなことを気にするな。この芋ケンピでも食って元気をだせ」
こんなときでも四国の名産を食べさせようとする長宗我部の郷土愛に元気とは違うが、気分を変えられた虎之助は芋ケンピを齧りつつ話の続きを始める。
「で、その焔に昨日の告白したんだよ」
「お、ようやく言ったのか」
「それで焔は何て返事くれたんや?」
「待て待て! 順を追って説明するから。昨日の夜にさ――――……
時刻は二十三時。深夜と呼べる時間帯だが体力を持て余す若者が寝付くにはまだ早い。
天神館学生寮に住む虎之助もまた、これから活動を開始しようとする一人だった。
ティッシュボックスを手元に置き、左手に持つ携帯電話には去年の夏に好きな女の子と海に行った時に撮った水着の写真が写っている。
親元を離れた寮生活に慣れてしまえば若さを持て余す男子がすることなんてこんなものだろう。
だが、今回ばかりはその慣れが災いしてしまった。こんな時間に誰も来ないだろうと鍵をかけ忘れていた。
そのことに気がつかないまま男の子の日課を始めようとズボンのチャックを下ろしたその瞬間、勢いよく扉が開く。
「トラ、ちょっと辞書を貸して……」
入ってきたのはショートカットの髪と鼻の頭に張られた絆創膏からとても活発な印象の少女、大友 焔。虎之助の幼馴染にして携帯電話に写っている想い人その本人である。
ズボンから中身が出ていないことが救いと言えば救いだが、ティッシュと下ろされたチャックの組み合わせの意味が分からないほど大友はお子様ではない。
虎之助はこの場を誤魔化す方法というありもしないモノを探して、大友は初めてみる幼馴染の性の一角に思考と行動がかみ合わず、結果二人の間に何ともいえない沈黙が訪れる。
しかしその沈黙も長くは続かない。
行動がようやく思考に追いついた大友は、顔をその名のごとく真っ赤に染めてどこからともなく取り出した砲筒を虎之助へと向ける。
「なにをやっているかたわけぇーー!」
叫びと共に容赦なく放たれる砲弾はこの近距離で外れるはずもなく、虎之助を捕らえると学生寮全体に激震と轟音を撒き散らす。
何ごとかと他の部屋に住む生徒たちが飛び出すが、虎之助の部屋から流れ出る黒煙を見るなり、いつものことかとあっさりと戻ってしまう辺り普通の学校ではない。
しかしソレは大友を止めてくれる人間が来ないことを意味している訳で、彼女が落ち着きを取り戻すまで後二発の砲撃が行われる。
撃つだけ撃ってようやく落ち着いた大友だが、それでも羞恥心がなくなった訳ではなく今でも虎之助は黒こげのまま土下座をさせられているし、携帯電話も取り上げられてしまっている。
「まったくお前と言うヤツは鍛錬もせずにこんなことをして、天神館としての誇りはないのか!」
口では怒っているが、そういうものに興味がある年頃なのだろう。虎之助の携帯電話に保存された秘蔵画像を見てはキャーキャーと声を上げている。
「誇りはもちろんあるぞ。でもソレとコレとは別というか無関係」
「口答えをするな!」
「はい」
その後も虎之助を叱りつけながら携帯電話を操作する大友だが、ふと指が止まる。
それと共に怒声も止み、虎之助がどうしたのかと視線を上げると大友は、先ほどまでとは一転して沈んだ様子で画面を見ている。
普段の彼女からはあまりにもかけ離れた姿に思わず土下座をやめて駆け寄ろうとするが、ソレよりも先に大友が口を開く。
「……なあ」
出鼻をくじかれる形になったのはもちろん、静かな声は怒鳴り散らされることになれた身には底知れない恐ろしさが感じられる。
虎之助が一人固唾を飲んで言葉を待つなか、大友がゆっくりと続ける。
「……こういう写真ってさ。その……誰でもいいものなのか?」
携帯電話には今回の大友の写真以外にも様々な写真が入っていたが、その中には虎之助がネット上で拾ったものや友人に送りつけられたものなど彼女以外の写真も入っている。
それを見て思ったのだろう、偶然自分だったのかと。
好きな子が不安そうな上目遣いでそんなことを聞いてきて、まともでいられる男はそうそういないだろ。そして虎之助は俗物な部類だった。
「いいや焔以外は使わない!」
まともでいられないとはいえ、使わないという言葉のチョイスは最低過ぎるだろう。
聞いた大友もそのムードの欠片もない答えに頬を引きつらせるが、それでも自分だけと断言されたのは満更でもないのか砲撃は来ない。
「そ、そうなのか……。それはつまり、大友のことをその……」
ココまで来れば続く言葉は誰にでも分かるだろう。それを女のほうから言わせては男が廃るというもの。
だから冷静になる前に、半ば混乱している今の勢いに乗って虎之助は自分の想いを言葉にして伝える。
「オレは焔が好きだからお前以外は使ったことはない!」
混乱の勢いに乗ったりするものだから後半はまったく持って余計以外の何物でもない。
幸い大友は前半の好きだ辺りで思考が止まってしまったらしく再び顔を真っ赤に染め上げて口をパクパクとさせている。
そこに勢いの止まらない虎之助が畳み掛ける。
「もうずっと前から好きだったんだ付き合ってくれ焔!」
「わわ! ま、待て落ち着け!」
詰め寄る虎之助の鳩尾に思わずいい一発入れてしまった大友だが、それで少しは余裕が戻ったようだ。
顔は赤いままだが話しをするくらいは回復した。それでも虎之助を直視は出来ていないのだが。
「お前の気持ちは分かった。ま、まあ嬉しいぞ」
「じゃあ付き合ってくれるのか!?」
再びガバッと起き上がる虎之助だが、それはやはり照れた大友の拳によって撃墜される。
「大友をそんな安い女だと思うな! いいか大友と付き合いたければだな! えーと、その……。そう! 今度の交流戦で大将首を上げるくらいの活躍でもしてみせろ!」
それだけ言うと恥ずかしさと照れの限界に達したのだろう、床に蹲り震える虎之助をひとり残して大友は走り去ってしまう。
……――――というわけだ」
人の色恋沙汰というのは結ばれようと、振られようとそれなりに盛り上がれるものであるはずなのに虎之助の行動があまりに酷いので皆なんと言っていいのか言葉が出てこない。
というか自慰から始まる恋バナがあっていいのだろうか。
「まぁ、そういうことなら俺は譲るよ。そもそも情報戦担当に大将首は縁がないしな」
最初に結論を出したのは大村だった。病弱設定ということに加えて彼の担当はコンピュータを使った情報の収拾や操作、ハッキングなどによるサイバー攻撃なのだから当然ともいえるか。
それに続くように他の十勇士も次々と大将首を譲ることを冷やかし混じりに快諾してくれる。
「うちもええで。どうせ一銭にもならへんし」
「人の恋路の邪魔など美しい者のやることではないからな」
「うむ。今回ばかりは俺も出雲大社の使者となって応援してやろう!」
「手伝ってやるから大友を俺に取られるなよ」
「わたしも協力しよう。なぁにトラなら大丈夫だろう」
「しんえいたいにも、きょうりょくするようにいっておくぞ」
「お前は拙者と童貞(さいきょう)を極めてくれるものと信じていたが。残念だ」
さらりと鉢屋が失礼な発言をしているが、仲間たちの友情に感動する虎之助は気がつかずに涙をためながら感謝の言葉を上げる。
そんな空気にも関わらず、己の道『出世街道』を万進する者が。
「なにを勝手に決めている」
十勇士を率いる総大将にして最強の男、石田は静かに、それでいて確かな怒りを込めた声で他の全員の意見を却下する。
「例え東の軟弱者一人とはいえおれの出世街道を彩る花。それを何故立花ごときの色恋のためにくれてやらねばならん」
「そこを何とか譲って欲しい」
「くどい! これ以上おれに無駄な時間を使わせるな」
まるで取り付く島がない。そもそもがエリートとして生まれ、エリートとして育てられた石田にとって十勇士というのも凡俗の中では優秀と言うだけで決して自分と同列だとは思っていない。
だと言うのに十勇士ですらない虎之助の頼みを聞くはずもなく、いつしか二人の会話はお願いから離れたギスギスしたものへとなっていく。
「どうしてもダメだと言うのならオレにも考えがある」
「はん。貴様ごとき凡俗がなにをしようとおれは一向にかまわん」
「言ったな。なら!」
気合の掛け声と共に虎之助の体が宙を舞う。
彼とて大友と幼馴染というだけで十勇士と対等に口を利くほど恥知らずではない。虎之助もまた列記とした黄金の世代の一員。
その力は石田に及ばずとも雑魚と切り捨てられるほど低くはない。
今まさにその能力をフルに活用して虎之助は空中で両膝を抱え込むように足を上げ、両手を真っ直ぐに突き出し、頭はもぐりこむように深くつっ込む。
「この通り! どうか大将首を譲ってください!」
立花 虎之助。おそらく日本で一番綺麗に土下座をする男子学生である。
「相変わらず美しい土下座だ」
「お前本っっっっ当に美しければ何でもいいんだな」
天神館一のナルシスト毛利が認めるほど見事な土下座だが、それでも石田の心を動かすにはまったく足りない。
それどころか当たり前のように虎之助の頭を踏む石田の出世街道とは一体……。
「安いな。そんな見飽きた土下座一つでくれてやるものなんぞ、何一つありはしない」
「そうおっしゃられるな。例え見慣れようとも立花も本気なのです。ここは一つ、願いを聞き届けるのも上に立つ者の器量の見せ所ですぞ」
唯一信頼を寄せる島の進言とあってさすがの石田も思案を始める。
その間に虎之助は土下座で踏まれたままだが、どうにか島へと感謝の視線を向ける。それに気がついた島も気にするなと言うような年不相応ないぶし銀な笑顔で応じる。
「今回は右近の顔を立ててやろう。立花よおれに東の総大将の首を献上しろ!」
「ああ任せておけ! 必ず東の奴らの不意をついて大将首を掠め取ってきてやる!」
大将を討ち取れというこれ以上ないほど勇ましい指令に対して、これ以上ないほど狡い意気込みで答える虎之助。
これが彼の本気の全力なのだから仕方ない。
何はともあれ、いざ決戦の地川神へ!
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