真剣で私に恋しなさい!S ~西方恋愛記~   作:youkey

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3話

「また明日ー」

 

 日が傾いた茜色の街角で手をブンブンと振って友人と別れる虎之助たち。

 時間の束縛が緩い夏休みといえども、さすがに夜になれば子供だけでは遊んでいられない。

 空腹を訴えて先ほどからグーグーとうるさい腹を擦りながら家路につく。

 

「あー腹減ったなー。今日の晩飯なんだろ」

 

「大友のところはハンバーグと言っていたぞ」

 

「いいなぁ、うちは昨日残ったカレーでうどんかな」

 

 そんな益体も無い会話をしながらのんびりと歩く二人の後ろから一人の男が近づく。

 年代物のよれよれのスーツを着て、顔には貼り付けたような笑みを浮かべた男。平たく言えば不審者である。

 それがこっそりと小学生の背後から忍び寄り、そーっと腕を伸ばす。

 

「よ! 大きくなったなガキんちょ共」

 

「次郎おじさん!」

 

「いつ帰って来たんだ!」

 

 不審者こと虎之助の叔父、次郎の顔を見た二人は声を弾ませる。

 

「たった今戻ったところよ。お前らにお土産たーんとあるからな」

 

 次郎は出張が多く、日本中を飛び回ってはご当地の特産品やら面白い物を土産に持ってきてくれる。それに加えて豪快な気質なので子供に甘く、虎之助と大友も随分と可愛がられている。

 だからこそ、彼の帰郷は二人にとって喜ばしいことなのだ。

 

「やった! なら早く帰らなきゃ!」

 

「急げ急げ!」

 

「おいおい待てって。おじさん荷物あるんだから」

 

 右手は旅行鞄、左手は土産の紙袋でそれぞれ埋まっている次郎の背中を押して急かす虎之助たち。

 困り顔ながらも、子供たちの歩調についていくため必死に走る次郎。彼としてもさっさと荷物を置いて子供たちと遊びたいのだ。

 そのまま休まずに立花家の前に到着した頃には、次郎は息も絶え絶えだが、虎之助たちはまだまだ元気。

 

「大友は一度戻るがすぐに行くからな!」

 

「おうよ! ただいまー次郎おじさん帰ってきたー!」

 

 次郎の息が整うのも待たずに家に飛び込む虎之助たち。その様子にヤレヤレと肩をすくませながら玄関をくぐる。

 その後は大友家の人々もやってきて、次郎の持ち帰ったご当地の名産品を使って宴会の準備が始まる。

 台所で忙しなく料理を作る母親たちに、和室の襖を取り外して部屋を広くする父親たち。 子供たちはそれを邪魔しないように虎之助の部屋で遊んでいるのだが、仕事のない次郎がフラフラとやってくる。

 

「ほれ。今回の土産は北陸の銘菓ひっぱり餅だぞ」

 

 これから夕食だというのに、菓子の包装を開ける次郎。食事の前にお菓子を食べるなと言われている二人だが、目の前で紙を向かれる餅の白さを見ては我慢なんてできるはずが無い。

 一瞬だけ躊躇したが、結局はどちらからとも無く手を伸ばし餅に口をつける。

 

「柔らかくて美味いなこりゃ」

 

「豆がコリコリでいいではないか」

 

 一度食べ始めれば止まらない。一つ、また一つと口の中に放り込んではもちゃもちゃと平らげていく。

 

「ハハハ。イイ食いっぷりだ。ほら、きなこもあるぞ」

 

「こっちもウマ。もう一個」

 

「あコラ。それは大友の分だ」

 

「次郎さーん。ご飯の前にお菓子とか上げてないですよねー」

 

 階下から聞こえる母親の声に餅を喉に詰まらせる虎之助。その背中をバシバシと叩いて餅を吐かせながら、大友は次郎に黙っていてくれという視線を送る。

 それに力強く頷く次郎。彼もまた小さい時は悪ガキとして両親に厳しくされていたから、虎之助たちの気持ちはよく分かる。

 

「大丈夫ですよお義姉さん。二人ともいい子ですからー」

 

 淀みなく嘘を告げるその姿に、二人は良くない意味で大人を感じるのだった。

 暫くすると料理も仕上がり、北陸の幸をふんだんに使った豪勢な夕食が始まる。

 

「いつもながら次郎さんの買ってくる酒は当たりですな」

 

「ソレしか取り得のないようなヤツですから」

 

「兄貴そりゃないでしょうよ」

 

「いつも私たちまでご馳走になっちゃってすみませんね」

 

「いえいえ。お世話になってるんですからこのくらい構いませんって」

 

 アルコールも入って、大人たちがガヤガヤと賑やかに騒ぎながら並べられた料理に箸を伸ばす。

 夏らしくスタミナのつきそうな香ばしいドジョウの蒲焼をメインに、夏野菜をふんだんに使ったメニューが食欲をそそる品揃えだ。しかし、育ち盛りの子供二人は箸が進まないのか、自分の分のドジョウをちびちびと食べている。

 そのことに気がついたのは、上座に座る虎之助の祖父、立花虎蔵。

 

「どうした二人とも? 腹の調子でも悪いのか?」

 

 いつもならば遠慮というモノを知らないと言わんばかりにガツガツと食べる二人が、北陸の幸を使ったご馳走を前にして大人し過ぎる。

 それを心配したのだが、実際のところは先ほど食べまくった餅で腹が一杯なだけだ。

 答えに困り口ごもる二人。その顔色を見て具合が悪い訳ではないと踏んだ母親たちの目が厳しくなる。

 

「虎之助。まさかご飯の前に何か食べたの?」

 

「焔も正直に答えなさい」

 

 答えられない。答えた瞬間にゲンコツが飛んでくる。

 脂汗を流して押し黙る二人に、母たちからのプレッシャーがのしかかる。

 父親たちは口出しすれば自分たちに飛び火すると、教育に口出しするつもりはないらしい。虎蔵は虎蔵で、孫を甘やかすつもりは毛頭ない。

 最後の頼みの次郎は、一応は責任を感じたのかこの空気の中で果敢に行動を起こす。と言っても直接母親たちに口出しするのではなく、虎蔵にお酌をしながらややワザとらしい声量で話しかける。

 

「そういや北陸で親父に会いたいって人がいたぜ」

 

「北陸に? そんなとこに知り合いはいないはずだが」

 

 その声に母親たちが僅かに意識をそらした瞬間を見逃さない虎之助。

 

「それってどんな人!」

 

 しまったという母親たちの顔に大友も続く。

 

「もったいぶらずに早く!」

 

「おうよ。何を隠そうその人はかの有名な幻の十一段所有者、剣聖黛大成だ!」

 

 剣聖という言葉に虎蔵が僅かに眉をしかめるが、そのことに気がつかない虎之助は説教を回避するために話に乗る。

 

「剣聖ってなに?」

 

「剣聖ってのはな、文字通り剣の聖人。高潔な精神と卓越した剣術を併せ持つそれはそれは凄い人のことよ」

 

「なんと! そんな凄い人が!」

 

「どうして爺ちゃんに?」

 

 虎之助の知る限りでは、年長者として尊敬はしていてもどこにでもいる爺さん。

 それなのに、どうして剣聖などという凄い人がわざわざ遠く離れた北陸から会いたいなどと言ってくるのかてんで思い当たらない。

 

「フッフッフ。それはな、なんと親父も」

 

「おい次郎。んなこといいだろ」

 

「よくないだろう。親父だって老い先長くないんだ。昔語りの一つくらいしてやらねぇと」

 

「テメェ親に向かってなんて縁起でもないことを!」

 

 高齢者に言うには少々洒落にならない冗談をさらりと吐き捨てる次郎に殴りかかろうとする虎蔵。さすがに子供の前なのでそれは父親たちによって押さえられるが、そんなドタバタを背に次郎は虎之助たちに話を続ける。

 

「でな、なんと親父もその剣聖なのさ!」

 

「爺ちゃんが!?」

 

「まことか!?」

 

 驚き目を丸くする様子に気をよくした次郎はさらに饒舌に語る。

 

「まこともまこと。時は世界大戦中。大陸へと渡っていた我が父立花虎蔵は高潔なる日本国軍人でありながら、暴徒と化した敵兵の暴虐から敵国民を救うため刀を手に取りバッタバッタと敵を切り伏せて見事に民間人を救ったのだ! その功績を称えられ送られた称号こそが剣聖!」

 

 芝居がかった語り口調に、刀を振るう身振りも交えて熱弁する次郎。その話は子供たちには英雄譚として聞こえ、目を輝かせる。

 調子に乗った次郎がさらに脚色をして話をしようとするが、その後頭部にゲンコツが。

 

「このバカが。子供にんな話するんじゃねぇ」

 

「分かったっての。親父勘弁してくれ」

 

 確かに戦争中の話なんて、語り聞かせの道徳の勉強ならいざ知らず。食事時にするべきものではないだろう。

 その後は剣聖という言葉が出ることもなく、北陸の幸に舌鼓を打つ。

 宴会も終わり、大友家が帰った立花家は程なくして就寝時間。明かりの消された家の中は暗く、窓から差し込む月明かりだけが光源。

 大人しく布団に潜り込んでいた虎之助だが、なかなか寝付けない。夕食が食べられなかった代わりに飲み物を飲み過ぎたのか、先ほどから尿意がしてしかたない。

 何度か部屋を出るのだが、トイレのある一階へは階段を下りなくてはならず、暗い階段に躊躇してしまう。

 それでも尿意は時間が進むと共に強くなり、勇気を振り絞って階段を下り始める。

 手すりに捕まり、一段一段を確かめながらゆっくりと降りていき、ようやく一階にたどり着く。しかし、目的地のトイレは家の奥にあり、まだ長い廊下を歩かなければならない。

 そこで虎之助は、差し込む月明かりで途中の部屋の襖が開いていることに気がつく。

 そこは虎蔵の部屋なのだが、夕食の時の剣聖の話もあり何故だか気になって覗き込んでしまう。

 そこにいたのは彼の知る祖父ではなかった。

 窓から差し込む月明かりだけを頼りに、いつも床の間に飾られて触れることを許されなかった刀を鞘から抜いている。

 白い刃を見つめる虎蔵の顔は無表情。

 それは後悔だった。それは誇りだった。それは悲しみだった。それは喜びだった。それは懺悔だった。それは幸福だった。

 そんな、様々な感情が入り混じった無表情。

 虎蔵のその刀に向ける、ひいては剣聖という称号へ向ける感情。

 それを理解するには虎之助は幼過ぎた。

 しかし、それでも唯一つ。祖父に対する畏敬の念だけが胸の中に湧いてくる。そのまま刀の手入れをする虎蔵の一挙手一投足を食い入るように見つめる。

 やがて作業も終わり、刀を鞘に納める音で我に返った虎之助はそそくさと自分の部屋へと戻るのだった。トイレを忘れて。

 

 

 

 

 

 翌日、約一年ぶりに布団に世界地図を描いた虎之助は一通り母からお説教をくらうと、その足で祖父の元へ向かう。

 

「爺ちゃん!」

 

「どうした寝小便小僧」

 

 新聞を読みながら茶を啜る姿は見慣れたもの。しかし、そこに重なって確かに昨夜の姿が見える。

 一度呼吸を整え、真っ直ぐな目で虎蔵を見つめながら決意を告げる。

 

「オレに剣を教えてくれ!」

 

 この日から、虎之助の運命が大きく動き出す。




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