真剣で私に恋しなさい!S ~西方恋愛記~   作:youkey

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27話

 青空の下、可憐な少女たちが髪をなびかせながらグランドを駆ける。

 運動することによって流された汗が、健康的な輝きを放つ。そして少女たちは互いの目を見ながら声を掛け合う。

 

「死に晒せオラァアアア!」

 

「吹き飛べぇぇぇ!」

 

 牙をむくかの様な勢いで金属バットと大筒という、極めて危険な武器を片手にだが。

 互いに必殺を狙った一撃を放つが、この攻防を繰り返すのは何度目か。今回もお互いに致命傷を負うことなく、距離をとる。

 大筒を構えた少女、大友の場合は武器の射程を考えても頷けるが、金属バットの少女、蘭子までもが引くには理由がある。

 

「トゥラトゥラトゥラー!」

 

 飛びのく蘭子に遅れること一瞬、紙一重で背後からの攻撃を入れ損ねた虎之助が大友を庇うように刀を構える。

 それと対峙する蘭子もまた二人の兄、晶と修治の後ろに回る。

 これこそが二人の少女が距離を取った理由であり、未だに決着がつかない理由でもある。

 虎之助と大友のコンビは、前衛の虎之助が相手を撹乱、足止めをしている間に狙いを定めた大友の一撃を叩き込む。

 蘭子たち三兄妹は、囮の晶、足止めの修治、止めの蘭子というフォーメーションを組んでいる。

 戦略が似通っているため、互いの前衛が動きを止めても後衛が一撃を入れられないのだ。足止めされている前衛を狙えば敵の後衛が自由になり、後衛を狙おうにも足止めされていなければ回避もされる。

 似た戦略ゆえに噛み合い過ぎるのだ。

 

「ええい、埒が明かん! ここは大友も前にでて」

 

「落ち着けって。それにしたって向こうの方が多いんだ。悔しいが、そこいらのチンピラと一緒には行かねえ」

 

 純粋な武人としての実力ならば天神館に籍を置く虎之助たちの方が一枚上手だ。しかし、そこを蘭子たちは兄妹の息の合った攻撃で肉薄してきている。その上人数でも勝るため拮抗し、この膠着状態。

 ここで焦って戦略を変えれば、たちまちに二人そろって動きを止められたところに蘭子の金属バットが火を噴くだろう。

 

「おら! 掛かってこいや大砲コラ! あたいが直々に沈めてヤラァ!」

 

「……蘭子、静かに」

 

「ハハハ。ココまで俺らとやり合ったヤツらなんて始めてだぜ? ヤバイんじゃねぇの? アッハハハ!」

 

 状況は向こうも同じ。このままでは勝ちも負けも見えてこないが、大友と同じく気の強い蘭子が痺れを切らせ始めている。

 理性的に考えるならば、防衛側の蘭子たちは無理に勝ちに行かなくとも、負けなければ大局的な勝利を収められるだろう。しかし、そこまで考える知恵も、考えたところでそれをよしとする姑息さも三兄妹には無かった。

 有るのは若さ溢れる無謀と凶暴だけだった。そして、それは時として戦況を決定する要素となりうる。

 

「OKだ。行こうぜ! ぶっ殺してやれ蘭子! ハッハハハハハハ!」

 

「シャアッ! 行くぞおらぁぁぁ!」

 

「……仕方ない」

 

 今まで兄に守られていた蘭子を戦闘に突撃してくる三人はフォーメーションも違う。一直線に並び互いの姿を隠す陣形から、蘭子の左右に晶と修治が並ぶ横一列の陣形。

 これでは足止めからの一撃は入れられないが、単純に数の差で虎之助たちが対応しきれない。だが、基礎能力で劣っている三兄妹が打って出るにはかなり際どい策とも言える。

 

「先を越されたか! トラ確実に一人づつ倒してゆくぞ!」

 

「了解だ! そっちに合わせる!」

 

 慌てて迎撃に向かう虎之助だが、言葉とは裏腹に誰を狙うかも確かめずに走っていく。

 それに大友は文句も言わずに静かに標準を合わせる。その砲口の先にいるのは三兄妹の中で止めを担当する蘭子。フォーメーションの要であるだけでなく、短い戦闘ながら軽い因縁を感じ始めたのだから彼女を狙うのは予想しやすいだろう。

 しかし虎之助が向かっていくのは長男の晶。

 それを見た三兄妹の顔に笑みが浮かぶのは、虎之助たちが焦って狙いをバラけさせたと思ったからか。

 と言うのが虎之助の考えだ。

 

「最初はお前だ!」

 

「ハハ、太刀筋分かり安すぎ!」

 

「受け止めた! で、いいんだよ。本命はテメェだジャージ女!」

 

 晶の金属バットと鍔迫り合いしながら、隣を駆け抜けていった蘭子へとロケット花火を放つ虎之助。

 大友と一致した標的。晶を狙ったと思わせておきながら、はじめから蘭子だけを狙っていたのだ。

 だが、三兄妹の笑いの意味は虎之助の考えとは違っていた。

 

「……丸分かり」

 

「な、みぎゃ!?」

 

 ロケット花火の射線に飛び込んだ修治が文字通り体を張って蘭子を庇う。考えが読まれていたことに驚き、力が緩んだ一瞬に晶のバットで殴りつけられる。

 

「トラ!? そこをどけぇぇぇぇ!」

 

 さらに虎之助の負傷に焦った大友が大筒を放つが、あと一歩分ほど早すぎた砲撃は悠々と避けられる。

 

「バァァカ! テメェ等のやることなんざ、お見通しなんだよ!」

 

 大友の頭を打ち抜きながら勝ち誇る蘭子だが、その言い方は正確ではない。彼女たちに虎之助たちの策はまったく分かっていなかった。しかし、この二人ならば自分たちがどう攻めようとも、見事なコンビネーションで対抗してくると言うことだけは分かっていた。

 その信頼とも言える直感だけを頼りに、一番狙われやすい蘭子を守れるようにと二人の兄が常に警戒していた結果、三兄妹の攻撃が届いたのだ。

 

「テメ、よくも焔を!」

 

「お前の相手はこっちだっての!」

 

 目の前の晶に無防備にも背を向けて駆け出す虎之助。隙だらけで打たれ放題だが、そのことを気にかけない、いや気づきもしないで走る。

 

「……行かせない」

 

 長男に続いて次男、修治も加わるがなおも虎之助の歩みは止まらない。

 ついにその行進が止まることは無く、大友へと追い討ちを掛けていた蘭子へとその刃が届く。

 

「……蘭子ッ!」

 

「避けろ!」

 

「ア? ッと危ねぇだろがゴラァ!」

 

 まさに間一髪。?洲虎徹の刃は蘭子のポニーテールの先を掠めるに留まった。

 虎之助たちの合流を許してしまったため、三兄妹も一度距離を取って様子を見る。だがその様子には余裕が見て取れる。

 一連の攻防でダメージを負ったのは虎之助たちだけで、三兄妹に手傷は一切ない。これで戦況を拮抗させていた個体能力の差は覆り、もはや勝敗は決まったような物。

 しかし、ただの不良に過ぎない三兄妹は知らない。覚悟を決めた武士と言うのは、命を懸けることをためらわないと言うことを。

 

「焔! しっかりしろ焔大丈夫か!」

 

「大きな、声を出すな。この程度、かすり傷にも入らぬは。お前こそ、ボロボロではないか」

 

 強気に答える大友だが、急所を庇っていたのだろう、彼女の細い腕にはいくつもの痣が浮かんでいる。これでは彼女の自慢の大筒も乱発は出来ない。

 そしてそれは虎之助も同じ。今は大友を心配する気持ちが勝り感覚が麻痺しているようだが、彼が負っている怪我も決して軽くは無い。むしろ二人掛かりで殴られていたのだから、負傷の数だけなら大友よりも多いほどだ。

 互いの怪我の具合を見ながら虎之助たちも三兄妹と同じ結論に達する。勝率は極めて低く、ココからの挽回はこんなんであると。

 

「悪い。オレが油断しすぎてた。もっと早く勝負に出るべきだったな」

 

「言うな。大友もあやつらを侮っていた。こちらも腹を決めねばなるまい」

 

「だな」

 

 頷きあって立ち上がる二人。三兄妹を睨みつけるその瞳にはまだ闘志が燃えている。

 

「ハッハハ! おいおい、まだ諦めてないのかよお前ら」

 

「……馬鹿だ」

 

「上等じゃねぇかよ。ぶっ殺してやんよ!」

 

 虎之助たちの闘志をただの悪あがきと侮った三兄妹。その攻撃にはもはや陣形と言えるほどの形は残っていない。

 その油断に僅かな勝機を見出し虎之助が駆け出す。

 

「いいか焔。景気よくぶっ飛ばしてやれ!」

 

「言われずともそのつもりだ!」

 

 もはや互いに小細工すらしない真っ向からのぶつかり合い。

 見る見るうちに縮まる距離。先頭を走る虎之助を晶が、互いを武器の間合いに捕らえ最後の攻防が始まる。

 

「ヒャッホーイ! て、ハハハハハハ。無抵抗かよ」

 

 金属バットを振り抜いた晶に対して、虎之助は八双に構えた刀を動かさない。そこまでの余力が無かったと笑う三兄妹だが、その笑みはすぐにかき消される。

 バットを殴られ仰け反る虎之助。しかし倒れることなく踏みとどまると、再び前身を始める。目の前の晶を無視して。

 

「おいおい。無視していいのか? あの女がぶっ飛ばされるぞハハハ」

 

 挑発の言葉にも反応せない虎之助は、すぐに二人目の修治と対峙することになる。

 兄がそうしてように虎之助を殴りつける修治だが、やはり虎之助は彼など目もくれない。

 

「……気を失ってる?」

 

 さすがに不信に思う三兄妹だが、その答えは三人目の蘭子が金属バットを振りかぶったところで分かった。

 

「気絶してようがカンケェーねぇ! あたいがぶっ殺してや、うわぁぁ!?」

 

 二人の兄に対しては微動だにしなかった虎徹が、ついに振り下ろされた。あたりこそしなかったが、その剣筋には必殺の気合が満ちている。

 それは、三兄妹が警戒し、すでになくなったと思い込んでいた武人と不良の能力差そのもの。多少の怪我など、気合と後先考えない無鉄砲さがあればどうとでもなるのだ。

 そして、それは蘭子の敗北をも意味する。

 冷静に考えるならば蘭子を見捨てる形になろうとも、晶と修治で大友を討つべきだろう。そうすれば残った虎之助を二人掛かりで片付け勝利できる。

 しかし、この三兄妹たちが互いを見捨てられるはずがない。虎之助が大友を見捨てるなど考えられないように。

 

「……蘭子から、離れろ!」

 

「それはさすがに笑えないぞ!」

 

 踵を返して蘭子の下へと駆け出す二人の兄。彼らの頭の中には、もはや大友への警戒などありはしなかった。

 その無防備な背中へと向けられる砲口。

 

「先ほどのお返しだ! 大友家秘伝、国崩しぃぃぃー!」

 

 ダメージを負った腕に砲撃の衝撃が響き、思わず歯を食いしばる大友。必殺の攻撃は、彼女のその頑張りに応えてくれる。

 

「晶ニィ! 修治ニィ!」

 

 蘭子が叫ぶが、国崩しの砲弾は止められない。

 必殺の威力を秘めた砲弾は、それを放った大友の性格のように真っ直ぐに晶の背中へと向かっていく。そして、ついに着弾した瞬間に爆炎を噴出し暴威を振るう。

 

「……ッ!」

 

「ハハ! 笑うしかなッ」

 

 軽口すらも飲み込む国崩しの爆発を前に言葉を失う蘭子。

 常に笑顔で場を明るくしてくれる晶。寡黙ながらいつも支えてくれる修治。その二人が吹き飛ばされたと言うことを理解した蘭子の頭に浮かぶのはただ一つ。怒り。

 

「テェェメエェェェ! よくもやりやがったなゴラァァァ! テメェもすぐドタマカチ割ってぶっ殺、ッ!」

 

 兄たちをやられた怒りのままに大友に襲い掛かる蘭子だが、この場にはまだあと一人、虎之助が残っている。

 激情に流された蘭子の意識の外から、刀ではなく拳骨を振るう。

 

「先に仕掛けてきたのはソッチだろ。身内やられて切れてんじゃねえよ」

 

 目には目をの理屈で、あまり正しいとは言いがたい。しかし蘭子は何も言えなくなってしまった。

 固まったままの彼女を見て、戦意がなくなったと判断した虎之助は急いで大友の下へと走る。勝ちはしたが互いに万全とは言いがたい状況。仲間との合流は急いだ方がいい。

 去っていく虎之助の背中を見送りながら、蘭子の頭の中には兄のことも大友のこともない。ただ一つ、虎之助のことだけ。

 拳骨を食らった瞬間に走った痛み以外の衝撃。

 思えば、悪い意味で今風の両親の下に生まれ、叱られると言うことを知らないまま二人の兄に甘やかされて育った。

 好き勝手に暴れる彼女を注意する者がいれば殴って黙らせた。

 力ずくで体罰を与えようとする者には兄と共に殴って黙らせた。

 ただ純粋に彼女を乱暴しようとする者もやはり殴って黙らせた。

 そんな暴力で我が侭を通してきた蘭子にとって拳骨で持って叱られるなど始めての経験。

 殴られたところから走った衝撃は肉体だけでなく、心にまで及ぶ。

 

(なんだよコレ。なんであたい、こんなにドキドキしてんだよコラァ!)

 

 三好蘭子の初恋の始まりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次々と倒されていく仏智霧学院の中心メンバーたち。

 それは徐々に学院全体に知れ渡り、校門を塞いでいた天神館の本陣から見ても分かるほどの動揺を与えていた。

 

「ゴホゴホ。もう情報をばら撒く必要も無いな。ココからでも隠れている奴らが分かる」

 

「戦闘の音も減っている。後は敵の大将を討つのみか。鉢屋はまだ戻らんのか」

 

 地蔵を切り込み隊長とした本陣強襲部隊だが、その地蔵が破れてから勢いは弱まり、ついには校舎まで後退してしまっている。

 警戒こそ怠っていないが、手持ち無沙汰な石田が苛立ち始める。それに応じるように物陰から姿を現す鉢屋。

 

「今戻った」

 

「ご苦労。報告しろ」

 

「敵大将の居場所は校舎の奥、本堂に篭っているそうだ」

 

「ふむ、校門からも遠く守りだけならばよさそうですな。しかし、各地への伝令を考えるならば少々おかしい気もいたしますが」

 

 天神館襲撃の鮮やかな手際、報復を予期しての迎撃準備。それらを指揮した者が、その程度の位置取りを誤るのかといぶかしむ島。

 だが、石田はそれを笑い飛ばす。

 

「ハッ。所詮はその程度の凡俗だったと言うことだろうよ。サル山のボスは所詮は猿よ。大将の勤めだ、さっさとおれがその首を取って来てやるさ」

 

「では、それがしもお供を。大村、それに鉢屋も本陣を頼んだぞ」

 

「ああ、任せてく、ゴホゴッホ!」

 

「敵には忍びの類もいる様子。くれぐれも気をつけろ」

 

 律儀にも病弱設定を続ける大村のあれは、ある意味余裕の表れなのだろう。例え敵が襲ってきたとしても、彼が戦うまでも無く他の者たちが本陣を守ってくれると。

 それに頼もしさを感じながら、石田たちは仏智霧学院の大将、石田が待ち受ける本堂へと向かう。




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