幾つもの雷が鳴り響いているかのような、轟音と光に溢れる駐車場。しかし、空は晴れ渡り雲ひとつない。
光と音の正体は西日本有数の暴走族『威堕天』の違法改造車両。それらが宇喜多たちを取り囲み、ライトの光とエンジンの唸りで威嚇していた。
凶暴な肉食獣のごとく敵意をぶつけてくるのだが、車両はただ音を撒き散らすだけで、直接宇喜多たちに襲いかかってくることは無い。それもそうだろう、直線を走るならともかく、駐車場のような限られたスペースでは自由に動き回ることも出来ない。
ましてや人間を狙って襲おうなんて考えれば、逆に自分たちが車両ごとひっくり返ることは必須。真っ直ぐ走る、スピードを落として曲がる。それ以上はもはや曲芸の領域だ。
素人に易々と出来ることではない。ないのだが、
「うぉら、うぉら! すぉの程度でぇ俺たちに喧嘩売ったのくわぁ!」
飯田鉄也は二百キロ以上もあるハーレーダビッドソンを巧みに操り、前輪で天神館の生徒を一人張り倒す。
総長の肩書きは飾りではないと言うように、バイクを力技でねじ伏せて襲い掛かってくる。こうなれば、重量、馬力共にバイクに敵うはずもなく天神館は逃げ惑うしか無い。だというのに、そこを車両に乗り込んでいない威堕天のメンバーが襲ってくる。
飯田を警戒すれば他のメンバーに、他のメンバーを警戒すれば飯田に攻撃され、一方的な展開を繰り広げていた。
腕に自慢のある武人ならば、この不利な状況をどうにかしようと奮い立つものだろう。しかし、この駐車場を任された天神館の将は宇喜多である。実力があり、頭も切れるが、如何せん意欲に欠ける。
「話がちゃうやんか。アレがただのチンピラか? これじゃ報酬と割りが合わんわ」
この世は金が全てと言い切ってしまう彼女に、誇りのために戦えなど無理な話だ。今回の作戦でも、少なくない報酬と引き換えにこの部隊を預かったに過ぎない。そして飯田の実力は報酬と天秤にかけて納得のいくものではないようだ。
宇喜多を戦力としてあてにしていた部下たちに動揺が走るが、そこら辺も考慮していたのか一人が慌てて駆け寄る。
「宇喜多さん、少ないけどとりあえずここはコレで」
「分かってるやないか。どれどれ、ん? これっぽっち?」
差し出された封筒を覗き込み不満げな声を漏らす。それはこの部隊の生徒たちが自腹で集めたものの為、彼女の心を動かすには若干足りないようだ。それに一瞬だけ苦い顔をする生徒だが、すぐに諦めたように溜め息をつく。
「……成功報酬ということでお願いします」
今は手持ちが無いのだろう、誠心誠意を込めて頭を下げる。コレでも歴とした同級生なのだが、実力主義ゆえかその姿が自然に見える。
「しゃあないなぁ。帰ったらたっぷりと貰うで」
即金で無いことに、若干の不満を覚えつつも宇喜多はどうにかヤル気を起こす。肩にかけていただけだったハンマーを両手で握りしめ、一度大きく振るう。それだけで空気が唸りを上げ、今まで調子に乗っていた威堕天のメンバーが体を硬直させる。
「ほな、反撃開始やで! あいつ等の身ぐるみ剥いで、今夜はごちそうにしたる!」
不敵な笑みと共に、景気のいいことを言い放つ宇喜多。その姿は劣勢で士気の下がっていた天神館を勇気付け、形勢を逆転させる勢いを与える。
しかし、敵もただのチンピラではない。暴力が物を言う世界で、勢力を広げる暴走族の総長だ。
「いぃきぐあぁぁってんじゃ、ねぇぇぇずおぉぉぉ!」
地の底から響くような、怒声と大排気量の唸りが再び天神館の勢いを殺す。
飯田もまた、集団を束ねる者として必要なものを持っている。そう簡単には、戦場の流れをもって行かせはしない。
「ビビんな! うちに続けぇー!」
「いぃくぞテェメエラァァァ!」
将の掛け声を合図に、両軍が同時に駆け出す。
互いの将の武器は大質量の鉄の塊。それらが狙い合うというのなら、部下としては相手の攻撃を阻害しようとするだろう。当然、威堕天のメンバーたちは宇喜多を目指していた。だが、天神館の生徒たちは飯田を目指さない。
そのことに気がついたのは、宇喜多を囲みながら、逆に自分たちが囲まれる布陣が出来上がってから。
「な! こいつ等、自分のボスを囮に!」
「かまわねぇ! 頭を潰せばそれで終わりだ!」
この天神館の行動を、宇喜多が体を張った陽動作戦をと読む。しかし、彼女にそこまでの奉仕の心はありはしない。
自分本位、自己の利益だけを純粋に求める宇喜多の狙いは始めからただ一つ。報酬につながる敵将、飯田鉄也ただ一人。
そんな特攻まがいの行動は格好の的。彼女の体を多くの拳や武器が打ちつける。
けれども歩みは止まらない。標的を目指した行軍は止まらない。
「無駄や無駄や! うちのハイパーアーマーに、そんな攻撃効かへん!」
一撃一撃は確かに宇喜多の体にダメージを与えている。それを物ともしない行軍こそが、ハイパーアーマーという技。
言ってしまえばただのやせ我慢で、確実に蓄積されるダメージ、倒れないからこそ食らってしまう連撃。さらには、投げ技の類に弱いなどデメリットも多いが、それを補ってあまりあるほどに、止まらない一撃を彼女は持っている。
ふくよかな女性を愛する紳士たちが絶賛するその四肢は、太く逞しい。それに見合うだけのパワーから振るわれる鉄槌の威力は、天神館でもトップクラスだろう。これに掛かれば、いかに大型バイクと言えども一瞬でスクラップだ。
「かっ飛ばすでぇぇぇ!」
とはいえ、迷わずに正面からバイクに突っ込んでいくにはどれほどの勇気が必要だろうか?
宇喜多は絶対の自信と共に、飯田を目指して走っていく。
その姿に飯田は恐れるでも、呆れるでもなく関心したように口笛を一つ。勇気を賞賛するように、アクセルをさらに捻る。
「やぁるねぇー。ほぉれちまいすぉぉだよ!」
長くない距離を両者が駆け抜ける。二つの影が交差すると同時に、あたり一面に響く耳障りな騒音。
金属同士がぶつかる甲高い音を合図に、喧騒が止む。誰もが己が将の安否を気遣い二人の激突の結果を見つめる。
そこに立っているのは、宇喜多秀美。
屑鉄とかしたハーレーダビッドソンと、それを操っていた飯田を一瞥し、宇喜多は振りぬいたハンマーを高々と掲げる。
「敵将、討ち取ったでぇぇぇ!!」
宇喜多の勝ち鬨に、天神館の生徒たちが叫びで続く。周囲で鳴り響くエンジン音さえもかき消すそれに、威堕天のメンバーたちが一人、また一人と武器を落としていく。
ほぼ完全に戦意が薄れ、駐車場での決戦は天神館に勝ち星がついた。
しかし、飯田の表情には敗軍の将の持つ、悔しさのようなものは一切ない。むしろさっぱりとしたような顔だ。
「くぁ~。まけちまったぁなぁ」
「なんや自分。悔しないんか?」
あまりにもあっさりとした対応に、思わず疑問の声を上げてしまう。飯田も飯田で、今まで敵同士だったとは思えない態度で、ヘラヘラと笑いさえ浮かべて普通に答える。
「ったりめぇよぅ。俺たちゃあ、ふぁしり屋どぁぜ? けんくぅわもするが、わざわざ武術くぅわなんか相手にするくぅわよぅ」
言われてみればもっともな話である。不良に正論が通じるのかと言う話もあるが、暴れて走り回るから暴走族。素行不良の生徒だから不良。
まっとうで無いからと言って、わざわざ天神館のような武術の名門と言えるような場所に喧嘩を売る必要はない。あるとすれば、若さゆえの粋がりだが、飯田にはそう言った様子は微塵も見れない。
「ほな、なんでわざわざ待ち構えてるん」
「すぉいつあぁ~、浮世のぐぃりってヤァツ。むぁあ、金だぁ」
「銭やと?」
分かりやすい、下世話な理由に宇喜多は目を輝かせて食いつく。
その態度に気をよくした飯田が続ける。
「おぉうよ。仏田のどぁんなに、とぁんまぁりと金積まるぇてな」
それもバイクの修理代に消えたがな、と気楽に笑い飛ばす。しかし、その修理代を発生させた張本人はまったく気にせずに、一人で鼻息を荒くしている。
「仏田かぁ。なんや銭持ってそうな感じやな」
「むぉってるなんとぇもんじゃねぇぞ。どぁんなの実家ぁデケェ寺でなぁ、くわぁなり儲かってるすぉだぜ」
「ホンマか!? なんや、せやったらうちもそっちに付いたのに」
「すぉいつぁいい。ぬぁんだったら、今からでもくぉいよ。どぁんなにゃ、うぉれが口利きしてやらぁ」
「よっしゃぁぁぁ!!」
「よっしゃ! じゃ、ないだろう」
大稼ぎの予感に歓気の声を上げるが、直後に後頭部をいい角度から殴られて前のめりに倒れこむ。
何事かと振り返れば、そこにはいつのまに駆けつけたのか、ジト目で睨みつける尼子姉弟と呆れた様子の尼子衆が。
「なんやアマたちやないか。いつの間に来たん?」
「仏田が金持ちだって辺りからだ。まったく、心配して来て見れば」
「しんぱいしたのと、べつのほうこうでたいへんなことになってたな」
守銭奴とは知っていたが、この土壇場で裏切るほどとは予想以上だ。
こんなのに背中を任せていたと思うと、情けないやら呆れるやらで尼子たちは溜め息しかつけない。
「しょうがないやん! この世は銭が全てやで? 一円でも銭持ってるヤツが正義なんやで!!」
「その金だって、私たち天神館が勝てば貰えないんだぞ?」
「あ…………せやな。悪い飯田、この話なしで」
言われてから気がついたのか、天神館と仏智霧学院の勝率を頭の中で計算する宇喜多。
無駄なほどに回転のいい頭で、昨夜立てた作戦と実際に戦った飯田たちの実力を天秤に掛けた結果、どうにか天神館の側に傾いたらしい。
誘いを断られた飯田も、この短いやり取りだけで宇喜多が自分たちと近い感性、欲望に忠実な人間だと分かったのだろう。手の平返しにも笑って答える。
戦場とは思えない、和やかな空気を持って、今度こそ駐車場での戦いが終わった。
そして、こちらも戦場とは思えない空気を醸し出す一室。家庭科室。
待ち構えていた和風美人、峠弥勒に対して龍造寺は無防備に歩み寄る。
「どこか二人きりになれるところで俺だけに笑顔を向けてくれないかい?」
今までに何人もの女性を虜にしてきた笑顔。それを向けられて、峠も頬をさらに綻ばせる。
その隙に龍造寺が肩に腕を回す。一切よどみの無い、滑らかな動きに、かなりこなれていることが分かる。
「積極的な人どすなぁ。うち、照れてしまいまんねんよ」
照れたように口元を隠してコロコロと笑いを上げる。はたから見れば美男美女がイチャ付いてるようにしか見えない。しかし、峠の笑みに一瞬だけ黒い影が差し込む。
(ほんまにおとこしって単純どすなぁ。ちびっとええ顔をしはるやけで、こないなに近づいて)
しな垂れるようにしながら、自然を装って右手を龍造寺の股間へと伸ばす。これが、彼女の本性だ。
食虫花のごとく、美しい外見で誑かした男たちの急所を握りつぶす。
始まりは電車で痴漢をされたことだった。彼女の美貌に引き付けられた男の一人に、意を決して行なった反撃がそれだった。
それ以来というモノ、下心を持って近づいてくる男のことごとくを葬ってきた峠である。だが、今回の相手は只者ではなかった。
「へぇ。それが君のやり口なんだ」
ただの軟派者と思っていた龍造寺の口から、想像も出来ないほど冷静な声が紡ぎだされる。
他の男と同じ、鼻の下を伸ばしながら醜い悲鳴を上げると思っていた相手から見透かされたようなことを言われたのだ。あとは急所を握りつぶすだけだった右手の動きも止めて、思わず峠の体が硬直する。
「ず、随分と余裕どすなぁ。今さかい反撃しはる自信が?」
動揺を隠すように、会話で自分のペースを作ろうとする。けれどもそれは龍造寺の笑顔でかき乱され失敗に終わる。
「まさか。君みたいな綺麗な子に手を上げるなんて出来やしないよ」
「なら、どないしはるんどす?」
肩を抱く腕に一層力を込め、唇が触れ合うほどに顔を近づけて瞳を見つめる。
「俺に出来るのは、君と熱い夜をすごすことだけさ」
「……握り潰されても?」
「もちろんさ。そんなもんなくても、俺なら愛せる」
自信の溢れるその言葉と共に力強く抱きしめる。それは、今まで彼女が接してきたどの男とも違う、正真正銘の愛。
本物の女垂らしというのは、女を次々に捨てるのではない。口説いた女性を全員本気で愛するのだ。
峠弥勒、陥落。
大地次蔵を撃破して以降、敵の侵入を許していない本陣。そこでパソコンをいじる大村の携帯電話がアニメソングの着信音を奏でる。
曲を最後まできっちりと聞き終えてから携帯電話を開いた大村は、到着したメールの内容に満足そうにすると、それを素早くパソコンに移し始める。
「ようやく敵の惨状が届いたか」
そのメールが情報戦略の一つである、仏智霧学院を撃破した証拠写真であると想像の付いている石田が確認するように覗き込む。
画面にはスクラップになった族車の数々や、龍造寺と肩を組んで頬を染める美女の姿が映し出されている。
「ああ、龍造寺はともかくこっちは中々よさそうだ。ゴホゴホ」
キャラ作りの病弱設定を忠実に守った大村が咳き込みながら、匿名掲示板などに煽り文句と共に写真を載せていく。
名高い不良校だからだろう、仏智霧学院に痛めつけられた者たちや、はたまたただの野次馬か。すぐに反応が返ってくる。
それは、石田たちが見ても不愉快になるような文章だが、元は仏智霧学院が先にやってきたこと。自業自得だと自分たちを納得させる。
「結果は上々。あとは敵の大将を討つだけだな。ゴホッゴホ!」
「ヨッシー興奮するな。それに、大将はおれの獲物よ。鉢屋はまだ戻らんのか」
「さすがの鉢屋も敵が警戒している中では思うように情報収集できますまい。しばしお待ちを」
インターネット上でも始まった天神館の反撃。
徐々に追い詰められ始めた仏智霧学院。果たして、これもまだ仏田の手の平の上のことなのだろうか?
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