真剣で私に恋しなさい!S ~西方恋愛記~   作:youkey

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24話

 学生寮の前は息苦しい重圧に包まれていた。

 尼子姉弟が率いる制圧部隊は、目的地を目の前にして二の足を踏んでいる。

 今だ刃を交えていないと言うのに、汗を滲ませ一瞬の油断もなく構えている。

 ソレをさせているのが、学生寮の入り口に陣取るたった一人の男。

 

 馬庭念流剣士、不動命である。

 

 スピードを犠牲に剛力を手に入れた剣士は、その流派の理念に従い己の持ち場を守っていた。

 精鋭揃いの尼子衆の一人を鍔迫り合いさえさせずに弾き飛ばした剛力に、誰も近づけない。

 ここに来て、天神館の目論見が完全に裏目に出た形だ。

 屋内という人数の限られる戦いを想定した少数精鋭だったが、相手が一人では逆にこちらの動きが制限される。

 今も不動は体を学生寮の玄関に入れたまま、木刀の切っ先だけを突き出している。

 

「どうした来ないのか?」

 

 重苦しい沈黙を破るのは、落ち着き払った不動の声。

 普通ならば攻める側の方が、守る側よりも精神的に優位であるはずなのに、この場では完全に逆転している。

 地の利も腕前も、どちらもが不動が上回っている。

 そのことが彼に余裕を与え、逆に尼子たちからジリジリと精神力を削っていく。

 

「……お前達、覚悟を決めろ」

 

 このまま待っていても状況は好転しないと、尼子が意を決する。

 中性的な顔を決意で凛々しくしながら、姉のほうが先陣を切る。尼子衆たちがそれに続いて駆ける。

 鉄壁の守りに対する答えは、特攻。

 不動の守りを突破できそうなのは、天神館の一年生の中では最大戦力の大村、大火力の大友。変り種では、オイルで大抵の攻撃を受け流す長宗我部くらいだ。

 ここに居るメンバーでは単体での突破は不可能。ならば、玉砕覚悟で息もつかせぬ連続攻撃しかない。

 姉である尼子が先を行ったのは、無意識ながら弟のあまごを庇ったのか。

 

「ついて来い尼子衆! 突破するぞ!」

 

 誇りのため、仲間のため、自ら死地に飛び込んでくる尼子。

 鉤爪を装着した右腕が狙うのは、鳩尾。人体の急所であると共に、中心であるため多少狙いが外れてもどこかしらに当たるだろう。

 だが、それは不動にとって攻撃を見切り易いと言うこと。鉤爪は案の定、木刀に絡め取られる。

 スピード型の尼子では、受けられただけで吹き飛びそうになりそうな衝撃。それでも、歯を食いしばり踏みとどまる。

 その後ろから続く尼子衆は横から攻めたいところだが、学生寮の壁がそれを許さない。

 だから、攻撃を止めないために彼らが選んだのは尼子の背中。彼女の背中を後押しすることで、不動の剛力に対抗する。

 

「いいぞお前ら。遠慮せずにそのまま押し切れ!」

 

 短い付き合いながら、自分たち姉弟によくしてくれる尼子衆。彼らを信頼して、自らを武器として任せる。

 そんな尼子たちの関係に、不動の顔には敵ながら温かいモノが浮き出る。

 しかしそれも一瞬。すぐに険しい武士のモノに切り替えると、一層力を込め木刀を押し出す。

 

「悪いが、こちらにも引けぬ理由があるッ!」

 

 押しつぶすような上からの攻撃を、横軌道に切り替える。全力で前へ、前へと突き進んでいた尼子たちはそれに対応できずに流されてしまう。

 その後ろから殺到する第二陣だが、不動は反す刀で切り上げる。

 第一陣ほどの勢いのなかった彼らは壁になることも出来ず、そのまま薙ぎ払われる。最後に残ったのはあまごただ一人。

 まったく歯が立たなかった仲間たちの姿に、息を飲むあまご。それでも、制圧部隊を任された将としての誇りから、果敢に挑んでゆく。

 その姿に感じるものがあったのだろう、意識せずに不動が一歩足を進め迎え撃つ。

 

「くらえぇー!」

 

「ぜやぁぁー!」

 

 完全同時に繰り出された攻撃だが、それはそのままパワーとウェイトの勝負を意味する。

 そんな勝負であまごが勝てるはずもない。触れた瞬間に吹き飛ばされる小さな体が、木の葉のように空を舞う。

 だがコレで終わりではない。まだまだ終わりではない。

 たかが一度打ち据えられただけ。ダメージはあっても、それで起き上がれないというほど柔な鍛え方はしていない。

 一人、また一人と起き上がると同時に不動へと向かって襲い掛かる。

 戦力の差を思い知らされながら、尼子衆は諦めることなく向かっていく。一撃ごとに確実に刻まれるダメージ。けれども誰一人諦めようとしない。

 そんな熱気に当てられたのだろう、不動の頭から一瞬だけ学生寮のことがなくなる。

 その一瞬を狙えたのは、矢継ぎ早な特攻のおかげ。防御を無視した尼子が捨て身の攻撃に打って出る。

 

「貰ったッ!」

 

 辛うじて反応できた不動。それでも、尼子の鉤爪が頬を掠める。そのまま頭を抱え込み膝蹴りでも入れられれば、大打撃を与えられる。

 だというのに、不動と尼子の体の間には木刀が挟みこまれていた。

 

「ぜぇぇいやぁぁぁー!」

 

 渾身の力を持って、首に纏わりつく尼子を引き剥がす。その勢いのままに地面に叩きつけられた華奢な体がバウンドする。

 ダメ押しとばかりに彼女の体を追って、不動の足が伸びる。

 

「カハッ!?」

 

 一回、二回と地面跳ねる尼子。その姿に、尼子衆の感情が爆発する。

 

「テメェ尼子になんてことを!」

 

「傷が残ったらどう責任取るつもりだ!」

 

「責任取るとかふざけんなよ! 羨ましいぞ!」

 

 先ほどまでの武人としての決意とは違った方向で、それでいてより激しく戦意を燃やし始める。しかも、自分たちの発言でさらにヒートアップするという、謎の永久機関へとなろうとしている。

 その半ば暴走した攻撃力を向けられた不動は、それが側面から来たことで初めて自分が玄関から引きずりだされていることに気がつく。

 しかし今はそのことを気にかけている余裕はない。尼子の特攻で作られた隙を埋めるには、尼子衆の数が多い。

 

「この程度でぇ!」

 

 二撃を防ぐ間に、一撃が入る。ココに来てようやく天神館の特攻が効果を見せてきた。

 だが、この不動という男は剣術と地の利だけで戦っていたのではなかった。打たれようとも怯まぬ心、膝を折らない屈強な体。この男はチンピラなどとは呼べない、むしろ天神館側の人間、武人という人種。

 それが何故、この仏智霧学院にいるのかは分からない。けれども確かなのは、目の前の相手が強いということだけ。

 それを改めて認識し、尼子は体を休める弟へと視線で合図を送る。その目から姉の意図を読み取ったあまごは戸惑いを見せるが、尼子の覚悟に承諾の意を込めて頷く。

 無言の作戦会議を終えたあまごは、一度呼吸を整えると、真っ直ぐに不動を見据える。

 

「ふどう! これで、けっちゃくだ!」

 

 腹の底から声を振り絞るあまご。言葉に偽りはないと、駆け抜ける彼の姿が雄弁に語っている。

 未だに尼子衆を相手取りながらも、それに応じるために不動が今いちど木刀を握り直す。

 尼子の一撃の時のような隙はない、尼子衆のような数はない。このまま真正面から向かえば、馬庭念流の剛力によってあまごが切り捨てられるだけだろう。

 だというのに、あまごの顔からは決意は消えない。

 秘策があるのか、玉砕を覚悟したのか。あるいは破れかぶれの自暴自棄かもしれない。どれだとしても、応じようと不動の武人の部分が叫ぶ。

 

「いくぞ、ひっさつ! しゅんかん――……

 

 言葉の途中で、あまごの姿が尼子衆の背へと隠れる。その時だった、

 

 ……――移動!」

 

 続きが背後から聞こえた。

 瞬間移動。それは、武術における到達点の一つといえる武技。

 日本武術における間合いを詰める技術、縮地。あるいはもっと単純な足の速さ。とにかく、そういったスピードを極めた末に至ると言われているのが瞬間移動。

 その名の通り、一瞬の間に距離を詰める究極の移動術。

 まさか尼子がその領域の住人だとは思っても見なかった不動は、無理矢理に体を捻ると背後へと木刀を振るう。

 彼の予測通りにそこにいた“尼子”は、攻撃を予測していたというように両腕を交差して衝撃に耐える。

 

「なっ!? お前は」

 

 そこで彼も気がつく。その相手には、先ほど自分が蹴り付けた跡が残っていると言うことに。そして、自分が警戒したのはもう一人のほう。

 

「もらったぁぁー!!」

 

 もう一度振り返った彼の目に映ったのは、自分よりも頭一つ以上も小さい少年の髪の毛。すでに懐に潜り込まれている。

 蹴り上げるにしても、がに股で踏ん張る彼の構えではそれも出来ない。

 なす術なし。そう覚悟を決める間も与えずに、あまごは全身で飛び込むようにして肘を叩き込んだ。

 いくら小柄と言っても人ひとりの重量。いかに巨体の不動でも、それに耐え切ることは出来ずない。根が張ったようだった彼の足が、初めて宙に浮いた。

 尼子たちが見守るなか、ピクリとも動かない二人。しばしの間、誰もが無言で見守る。

 動いたのは両者同時。どちらも動きはぎこちないが、不動は上に乗るあまごを払いのけるようにして身を起こす。

 周囲に緊張が走るが、直後に不動の体がぐらつく。やはりあの攻撃は彼でも耐え切れなかったようだ。

 続いて立ち上がるあまご。彼もふらついてはいるが、しっかりと自分の足で立ってみせる。

 すでに決着はついたように見えるが、不動の瞳からは戦意は消えていない。

 

「まだやるつもりか」

 

「当たり、前だ。俺は……絶対に引けん」

 

 息も絶え絶えだというのに、木刀を構えようとする。その姿は敵である尼子たちから見ても痛々しいほどだが、構えられては応じない訳にはいかない。

 得物を構え直すが、それを遮る叫びが、今まで沈黙を守っていた学生寮から発せられる。

 

「不動さんもうやめてくれ!」

 

 応援でも、加勢でもない。降参を促す叫び。

 尼子たちは訳がわからず、不動自身も信じられないような表情で声の主を見つめる。

 その目が見ているのは、いつのまに出てきたのか学生寮の玄関に集まった仏智霧学院の生徒。鉄格子のはめられた窓から叫ぶ生徒もいる。

 その総数は天神館一年生軍の総数にも匹敵しようか。それだけの人数がいるのならば、この場にいる尼子たちくらいは簡単に蹂躙できただろう。

 だが、彼らはそうしようとしない。いや、出来ない。

 ある者は天神館襲撃の際に負傷したのか包帯を巻き、ある者は非合法な薬物に手を出しているのかガリガリにやつれている。この学生寮には、大よそ戦えそうに無い生徒ばかり。

 

「私たちのことはいいから! だからもう戦わないで!」

 

「そこまでしてくれただけで十分だよ! だから!」

 

 口々に叫ぶ言葉から、全てが理解できた。

 不動は学生寮など守っていなかった。

 

「おまえ、あいつらをまもって」

 

「おかしいだろう。流派の理念も忘れて暴れ、こんな場所にまで堕ちた俺が今更あいつ等を守ろうなどと」

 

 馬庭念流とは、そもそもが護身のための流派。一時期はならず者たちによって不当な暴力に使われたこともあるが、それを制して今直続く理念は、守るということにある。

 西日本有数の不良校にあって、不動はその理念を貫こうとしていたのだ。

 

「どうして。そんなヤツがこんな学校にいるんだ?」

 

 この人数を相手に戦う武技を身につけ、誰かのためにソレを振るう心を持って。そんな武人がどうしてこんな掃き溜めのような場所にいるのか。疑問に思わないほうがおかしいだろう。

 

「俺はそんな大層な人間じゃない。にわか剣術でいい気になって、ココにぶち込まれた。そしたら、俺見たいな人間を慕ってくれる奴らがいたんだ」

 

 剣術に限らず、力を手にした者の何割かにある過信、奢り、堕落。他者よりも強くなってしまったが故に不動を止められる者はおらず、この学院に収容された。

 そこは、監獄であった頃でも世間とは違った空気に支配されていた。今ほど無法地帯でなくとも、暗黙の了解で力による上下関係があった。

 だからこそ、力を持つ不動は上へと上っていった。それは彼には初めての経験だった。今まで彼が生きた世界では力を弱者に向けることはご法度だったが、ココではそれが許されるばかりか賞賛された。傷つけるほどに彼を慕う者が増えるという矛盾。

 はじめの内はそれに心地よさを感じた不動だが、次第に気がついていったのだ。自分を慕う者と、自分が傷つけた者が同じであるということに。どちらも力を持たない弱者だ。だからこそ常に強者に怯え、誰かに頼ろうとしている。どれほどまで意識してやっているのかは分からないが、彼らは慕い/媚を売り、不動に庇護を求めていた。

 それに気がついたときに、同時に自分の愚かさに気がついた。自分よりも下を見てと、彼を非難することも出来るかもしれない。けれども、彼は弱者の姿を見てようやく馬庭念流の理念に向き合えた。

 

「だから、守ってやらなきゃいけないだろう」

 

 巨木のようだった体は、傷つきふらつく今ではとても儚い。その姿にしばしの間構える尼子たちだったが、姉弟が腕を下ろすのを皮切りに次々と構えを解いていく。

 

「どうした。情けは無用だぞ。俺たちが先に」

 

「わたしたちのもくてきは、がくせいりょうのせいあつだ」

 

 不動の言葉を遮るようにあまごは、今更目的を告げる。そんなことはこの場に来た時点で分かっている。不動たちが疑問の表情を浮かべるが、尼子たちは構わない。

 

「だが、学生寮には戦力はいなかった。これは、制圧の必要はない。そうだよなお前達?」

 

 確かに、不動以外は負傷者や非戦闘員だけだ。それでも、彼らが破れかぶれの特攻に打って出ないという保障はどこにも無い。本来ならば拘束すべきなのに、尼子衆もみな口々に賛同の声を上げる。

 

「そういうことだ。わたしたちは、うきたのえんごにでもいこう」

 

「それでいいのか?」

 

 呆けたような問いに、尼子は笑顔で答える。

 

「戦えない奴らを巻き込みたくないからな。それにお前もいい奴だし、今度は報復とかじゃなくて普通に手合わせでもしよう」

 

「ありがとう。本当に、ありがとう」

 

 守るべき者たちを傷つけないという確約、堕ちた自分を武人と見てくれた物言い。それらが嬉しくて、薄っすらと涙を浮かべながら感謝の言葉を述べる不動。

 その後方では、尼子衆が別の理由で涙を流す。

 

「ああ、何て優しいんだ尼子」

 

「そして、迷わず切り出すあまタンも慈愛に溢れ過ぎだろう」

 

「尼子ちゃんたちマジ天使」

 

 どこまでいっても変態(あまごしゅう)だった。

 幸いにも、その声は他の者たちに届いていない。

 とにかく、学生寮攻略戦は決着がついた。今回は痛み分けに終わったが、果たしてこの戦いは天神館と仏田、どちらの思惑通りに動いているのか。




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