真剣で私に恋しなさい!S ~西方恋愛記~   作:youkey

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20話

 林間学校二日目。と言っても、一泊二日のため最終日の朝。

 朝日と冷たい井戸水で、生徒たちが爽やかに目を覚ましている。

 

「あ゛あ゛~。頭がガンガンする」

 

「くぅ、おれとしたことが飲みすぎたか」

 

 だと言うのに顔を青くして頭を抱える、爽やかさからは程遠い者たちが。

 昨晩に天神水を飲みすぎた虎之助たちは、二日酔いに襲われ今にも死にそうな有様。

 自業自得としか言い様のないことなのだから、周囲も呆れるしかない。

 

「だから大友は止めたのだ。ほら水を飲め」

 

「三郎様。胃腸薬はこちらにございます」

 

 そんな中でも、甲斐甲斐しく世話をしてくれるのだから、大友と島の存在はありがた過ぎる。

 なのだがこの二日酔い共にはそのありがたさを感じ取る余裕もない。

 感謝も二の次に、渡された水やら薬やらをいそいそと飲み干す。

 

「なんでこうなると分かっていて飲むのだ」

 

「男には小さいながら譲れぬものがあるのだよ」

 

「うぷ。ぎもぢわるい」

 

「わわわ! ココでは出すな。トイレまで堪えろトラ!」

 

 そんな、ダメな大人の朝の風物詩みたいなことをやりつつも、林間学校の日程は進む。

 とは言え、二日目は夕方には帰るため、前日ほどハードなスケジュールではない。

 軽い運動がてらに、山のゴミ拾いだ。

 

「もえるゴミはこっちのふくろにまとめろ」

 

「ペットボトルは燃えないゴミじゃない。向こうに専用の袋がある」

 

 マナーの悪い登山客が捨てていくのか、山中には以外と菓子や飲料のゴミが多い。

 それらは普通に生徒たちで対処できるのだが、中にはわざわざ山奥に持ってきたのかと感心してしまうような大物も捨ててある。

 

「車なんてどうしようもないよ」

 

「どいてろ有馬。長宗我部、そっち側を持て」

 

「了解だ館長」

 

 しかし、それらも力自慢たちがせっせと運び出してしまう。

 午前中一杯を使ったゴミ拾いの結果、かなりの量のゴミを集められた。

 昼食を終え、生徒たちがまた鍛錬か雑用を覚悟する。だが、鍋島はそんな身構える生徒たちに笑顔を向ける。

 

「お前ら、この二日間よく頑張った。帰るまでは自由時間だ。好きに遊んで来い」

 

 その粋な計らいに、スタンディングオベーションが沸き起こる。

 この大自然の中、鍛錬や奉仕活動だけでは若さが勿体無い。すぐさま生徒たちはバラ蹴ると、思い思いの遊びに夢中になる。

 

「美しい私に追いつける者などいない」

 

「油断大敵だ。忍術に掛かれば捕らえれぬモノなし」

 

「ガハハハ。その忍者が後ろを取られてどうする」

 

 そんな楽しげな会話を聞きながら、虎之助は未だに二日酔いに苦しめられていた。

 元気に遊ぶ友人たち眺めながら、木陰に座り込んでいた。

 

「みんな元気だなー」

 

「お前が勝手に疲れているだけだろう」

 

 虎之助に付き合って、遊びに加わらずに休んでいる大友。

 彼女は体調もよく、皆の中に混ざれるのだが、今はのんびりとしている。

 

「たまにはこういうのも、いいものだな」

 

 普段は、元気印で動き回っているような二人。こうやったいざまったりしてみると、存外悪いものではない。

 暖かな日差しと、友人たちの楽しげな声。

 時間が引き延ばされたようなゆったりとした雰囲気は、自然と眠気を誘う。

 うつらうつらと頭が船を漕ぎ出すと、体は支えを失い傾き始める。何かに寄りかかろうとする二人の体は近づき、互いに肩を預けあう。

 まどろむ意識でそれを認識しながら、寝ぼけた振りを続ける。そのまま頭も近づき始めたところを、けたたましい音が二人を叩き起こす。

 

「宇喜多さんこっちに反応ありました!」

 

「よっしゃ! 早よう掘りや」

 

「「「イエスマム!」」」

 

 二人が休んでいた木の丁度裏側で、宇喜多が数名の男子を引き連れて騒いでいる。

 彼女たちは、掃除機の先端を円盤に変えたような機械、金属探知機を傍らに地面を掘っていた。

 

「なにやってんだ宇喜多」

 

「お、二人ともいたんか。ココだけの話やけどな、この山に埋蔵金が埋まってるらしいんよ」

 

 声を潜めて、二人に耳打ちする宇喜多。彼女の性格と、現在の装備を見ればその話も納得だが、そんな胡散臭い話を信じるのはどうかと思う。

 

「そのような話、一体どこから聞きつけてきたのだ」

 

「鉢屋に情報売ってもろたんよ。結構な銭積んだんやから、ガセはないで」

 

「あいつは本当に何でもやるのな」

 

「報酬次第でという売り文句に偽りなしだな」

 

「どや? 二人も埋蔵金探し手伝わへん? 報酬はきっちり山分けやで」

 

 その申し出は丁重にお断りする。どれほど信憑性が高かろうと、これっぽっちの人数で探せる範囲に隠されているとは思えない。

 宇喜多のほうも、分け前が減らなかったと気にせずに埋蔵金探しに勤しむ。

 

「て、また空き缶かいな! 次いくで次!」

 

 よく見れば、彼女たちの荷物の中には、金属ゴミがぎっしりと詰まったゴミ袋がいくつもある。結局、ゴミ拾いを自主的に続けているだけのようだ。

 

「お主らもよく宇喜多に付き合うな。そんなに埋蔵金が欲しいのか?」

 

 宇喜多ほどの守銭奴がそうそういるとは思えないが、尋ねずにはいられない。

 しかし、彼らの答えは想像の斜め上辺りを行く。

 

「埋蔵金とかはいいんだよ。俺たちはただ、宇喜多さんに笑っていて欲しいんだ。ふくよかな女性の笑顔を見ていると幸せな気持ちになるんだよ」

 

 恐らくは、女性に包容力や母性も求めるタイプなのだろう。

 大友には理解しがたい領域の理由だ。彼らも理解を求めていないのか、紳士的な笑顔を残して宇喜多の後を追っていく。

 

「お前も幸せになるか?」

 

「ふくよかと限定しなければ、分からないでもない」

 

 そんな、各々が充実した自由時間はあっという間に過ぎ去る。気がつけば日も傾き、天神館へと帰路につく。

 帰り道は罠を仕掛けられることもなく、非武闘派も一緒の道だ。

 ある者はこの林間学校で得たものに、ある者は楽しい青春の一ページに、皆が満足げな表情で、今回の行事が大成功だったと教員たちも微笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな暖かな空気は、天神館についた瞬間に吹き飛んだ。

 

「な……ッ。一体、なにがありやがった」

 

 鍋島ですらこの一言を搾り出すのがやっとだった。

 美しい日本庭園風の前庭は木々を折られ、灯篭や石像を砕かれている。砂利にはバイクの走った後が無数に走り、所々には傷つき倒れた上級生の姿が見える。

 荒らされているのは前庭だけではない。校舎にも被害が及び、窓ガラスが割られ、壁にはペンキやスプレーで落書きがされている。

 

【ブッチギリ】

 

 一際大きく書かれたその文字で、犯人がどこの誰かすぐに分かった。

 ブッチギリ。つまりは、仏智霧学院の連中だ。

 

「一年どもは早く寮に帰れ。明日、明後日は休校だ。寮から一歩もでるな」

 

 有無を言わせない鍋島の言葉。それに気圧されて、学校の様子を気にしながらもこの場を離れるしかない。

 寮への道のりは、重い空気に包まれている。

 

「まさかうちの学校が襲われるとはね」

 

 沈黙に耐えかねた龍造寺が軽口を叩く。口調こそ軽薄だが、それは暗く沈む周囲を気遣ったもの。それを感じ取った周りも、調子を合わせる。

 

「まったくだな。かんちょーとかがいるから、そうぞうもしなかった」

 

「連中はどうやって、館長不在を知ったんだろうな」

 

 そこで、皆が一成に思い出す。林間学校の初日の朝、宇喜多の機嫌が良かった理由を。

 

「そういえば宇喜多。お前、学ランに林間学校の情報を売ってたな」

 

「恐らくそれで館長不在を知って、攻め込んできたんだろうな」

 

「な、何やうちが悪い言うんか!?」

 

 皆の責める視線に耐えかねた宇喜多が涙目で吼える。しかし、どう考えても怪しい連中相手に商売をして彼女が悪い。

 

「うちは悪ない! 大人がいないだけで負ける上級生たちが悪いんや!」

 

 責任転嫁甚だしい台詞を吐くが、これが意外な人物の共感を得ることに成功する。

 

「まったくだな。不良程度にいい様にやられるとは、情けない連中だ」

 

 石田が心底失望したと言うように言葉を吐き捨てる。

 乱暴な理屈ではあるが、武闘派で鳴らしている天神館の生徒としては、彼の言い分にも一理はある。

 

「確かに弱肉強食と言ってしまえばそれまでだな。だが、俺たちも無関係ではいられないぞ」

 

 溜め息交じりの大村の言葉に、何事かと視線を向ければ仏智霧学院の生徒が集団でやってくる。

 

「おーアレは天神館の生徒じゃねーか。お前ら大変だな。学校が襲われたんだろ」

 

 事情を把握しているのだろう、いやらしい笑みを浮かべて絡んでくる。

 鬱陶しさ極まりない彼らは、どれだけ無視しても離れていかない。それもそうだろう、教師不在を狙ったとは言え、天神館は仏智霧学院に負けたのだ。

 それをそのまま、自分たちが石田たちより上と勘違いするのは、雑魚ならば仕方ない。

 

「おいおいおいおい。無視してんじゃねぇごはっ!?」

 

 ついに我慢の限界に達した石田の拳が、男の一人にめり込む。

 それを合図に乱闘が始まる。と言っても実力が違う。乱闘とさえ呼べない戦いは一方的に終わり、天神館サイドは無傷。

 

「上級生の敗北はどうでもいいが、それでおれまで舐められるのは我慢ならんな。島、奴らの根城はどこだ」

 

「三郎様まさかお一人で行かれるつもりですか!?」

 

「この程度の凡俗相手に、群れる必要もあるまい」

 

 自信満々に笑う石田。しかし、島は不安の色を隠せない。

 そして、それは他の皆も同じ。石田が強いのは知っているが、相手は仮にも天神館の二、三年生全員を相手取り勝利しているのだ。

 

「まあ、焦るな。奴らを許せないのはお前だけじゃない」

 

 今すぐにでも殴りこみに行きかねない勢いの石田を、静かに大村がいさめる。

 こんな状況でもパソコンをいじっている彼になんと不謹慎なという視線が集中するが、それも彼のパソコンを見せられると消える。

 

「見ろ。すでに天神館の惨状はネットにも流されている。コレはもう、俺たち全員の問題なんだ」

 

 とある掲示板で、とある動画共有サイトで、あらゆる場所で先ほど見たばかりの荒れ果てた天神館の様子が載せられていた。

そして、それに便乗した心ない書き込みの数々。すでに天神館の勇名は、これ以上ないほどに貶められていた。

 

「なんと無様な」

 

「こんな事態になっているとは……」

 

「酷過ぎるよ」

 

「こりゃ、オレたちも黙ってられないな」

 

「うむ。ここで動かざるは武士にあらずだ」

 

 悲しみは、やがて怒りに変わる。

 やられたらやり返すではないが、ココで黙っていられる生徒は天神館にはいない。

 皆が皆、目に闘志を燃やして石田を見つめる。

 

「コレは俺たち全員の戦いだ。それを率いる大将が一人で行ってしまっては困るだろう」

 

「ふむ。確かにおれほど大将に相応しい男は滅多にいないからな。しかし、お前はそれでいいのか?」

 

 天神館は弱肉強食。強い者が上に立つのが道理だ。

 そして、大村は石田よりも強い。だと言うのに石田が大将になってしまっては、弱肉強食の教えに反する。

 

「大将の器と言うのは持って生まれたもの。残念ながら俺にはないが、お前は未熟ながらしっかりとソレを持っている。それでも気になるというならそうだな」

 

 言葉の途中で、気絶する不良たちに歩み寄る大村。ゴソゴソと不良たちをまさぐり、目的のものを見つけたのかなにやら奪っている。

 振り返った大村の顔には、口元を覆う大きなマスクがつけられている。

 

「俺は病弱で実力を出し切れないと言うことにしよう。ゴホゴホ」

 

 ワザとらしく咳き込む大村。そこまでして、石田を大将として見込んでいるのだ。

 ソレを感じ取った石田は、他の者たちへも視線を巡らせる。

 皆が信頼したように大きく頷いてくれる。それを受けて、石田はいつも以上に顔に自信をみなぎらせる。

 

「よかろう。ならばおれが貴様らを出世街道に導いてやる! 者どもついて来い!」

 

 石田を大将に、天神館一年軍の進撃が始まる。




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