ログハウスの浴場は学生が作ったとは思えないほど本格的だ。
旅館顔負けの作りこまれた浴室はもちろん、鍋島が掘り当てたという温泉は本物。コレが年数回の天神館の行事にしか使われないと言うのだから、勿体無い限りだ。
山の中で特訓に明け暮れた生徒たちが、そこで汚れを流している。
「ふう。鍛錬の後の風呂は格別ぞ」
完全にリラックスした大友が、手足を伸ばして湯船につかる。
その横に並ぶ有馬も温泉が気持ちいいのだろう、顔を綻ばせる。けれども体力のない彼女はそれ以上に疲労の色が強い。
「ほむちゃんは元気だね。私なんてもうへとへとだよ」
「確かに有馬たちにはキツ目だったかもな。よく頑張ったと思うぞ」
有馬と同じ格闘術コースだった尼子が労うと、有馬も何とか笑顔を見せる。
それを見て大友も、自分でも大変だった特訓なのだから、彼女の疲労は相当なものだろうと思い至る。
「ならばしっかりと疲れを取らねばな。どれ、大友がマッサージをしてやろう」
「あ、ちょっとほむちゃん! やめ、くすぐったいったら」
「マッサージやったら友だち価格でやったるで」
「それなら、私もやってやろう」
「アハハ。もうみんな、やめてったら。ハハハ」
マッサージというよりも、くすぐるようにして有馬を揉みくちゃにする。
キャッキャとじゃれ合うその声は、浴場の壁を超えて屋外にまで届く。
それに聞き耳を立てる男子生徒が一人。足音を殺して、壁伝いに浴場の窓へと向かう。
浴場には明り取りのために窓があるが、それは覗き防止のために高い位置に設置されている。けれども、天神館の生徒ならば高い身体能力を使い、壁をよじ登り覗くことも可能なのだ。
そんな能力の無駄遣いをするために、この男子生徒はココまで来ていた。
武術の心得のある生徒たちに気配を察知されないために、慎重に歩を進める。するとつま先になにやら引っかかったような感触。
草か何かだろうと、力任せにそれを引きちぎる。が、それは草ではなくワイヤー。
ワイヤーが引っ張られたことで、物陰に隠されていたトラップが火を噴く。
偃月山に早めの花火が轟いた。
虎之助は男湯にて、その花火を聞いていた。
その後も続く花火の音を聞いて、彼は溜め息をつくのだった。
「たく、バカが多いな」
花火の正体が覗き防止のトラップであると知る彼には、花火の数がそのまま不届き者の数だと分かる。そのために呆れてしょうがないのだ。
そんな虎之助の姿を見つけた長宗我部が不思議そうに話しかけてくる。
「まだこんな所にいたのか。鉢屋とコソコソしていたから、覗きにいったんだと思ってたぞ」
「誰がそんなことするか。ちょっと罠を仕掛けてたんだよ」
そういって、浴場の裏手を指差すと、タイミングよく新たな花火が炸裂する。
それで大よその事情を察し、今度は長宗我部が呆れる。
「律儀というかなんと言うか、そこまでするならお前も覗けよ」
「まったくだな。男なら覗け。むしろ礼儀として覗け」
「なんの礼儀だよ! て、龍造寺いたのか」
色恋とまでは行かないが、男女に関係する会話には自然と沸いてくるのが龍造寺。
それはいいのだが、風呂場で彼を見かけたのは何気に初めてだ。いつもはテレビの仕事が忙しく、皆と入浴時間が合わないのだ。
「今日は仕事がなくてね」
「そういえば龍造寺と風呂は初めてか。ふーむ」
当たり前のように体を見る長宗我部。肉体派として筋肉を見ているのだと思うが、彼の頬が赤いのは風呂の熱気のせいだと思いたい。
とにかく、龍造寺の体をチェックしてた視線がある一箇所で止まる。
「フッ。龍は龍でも、タツノオトシゴか」
「なんだかオレ、自信が出てきたぜ」
「大きさなんて関係ないんだよ。というか、そういうお前らはどうなんだよ」
関係ないと言いつつも、男としてのプライドはあるのか二人の体に目を向ける。
それを例えると、
「長宗我部はティラノ、立花は……虎か」
龍造寺とは比べ物にならない。それで、勝ち誇ったように笑う二人。
しかし、男としてのモテ度では、圧倒的に龍造寺の勝ちだと言う自負がある。そのため大して反論することもなく他へと視線を向ける。
「せいぜいいい気になればいいさ。他のヤツはどうかね」
それを負け惜しみと受け取った虎之助たちも、自然と周りの生徒へと目を向ける。
「石田と島はアフリカゾウってとこか」
「大村は普通だな。ザ・ヒューマン」
「毛利はそうだな、あいつ風に言うならフェニックスか」
「お、あまでも野うさぎはあるぞ」
勝手にクラスメイトたち格付けしていく三人。
こういうバカなことを楽しめるのも、若さの特権の一つだ。とはいえ、同年代とはいえそれをはたから見ればアホの一言で済む。
「お前ら何は下らぬことをやっている」
「そういうなよ童貞忍者。どうせならお前も」
三人の会話を聞いていたのだろう、鉢屋が呆れた声を出す。それに振り返った龍造寺が凍りつく。
何ごとかと一緒に振り返った、虎之助と長宗我部もまた、絶句する。
「う、ウルトラ……サウルス……」
なんとか搾り出したのが、その一言。
それほどまでに、男として敗北感を与えるインパクトだ。
「所詮は使う予定のないモノ。大きさに価値はない」
そういって湯船につかる鉢屋の姿は、誰よりも負け組みな台詞なのに、誰よりも勝ち組だった。
男たちの中で、微妙なランク付けがされた入浴の時間が終われば、待ちに待った夕食。
午前中に虎之助たちが討ち取った熊を、鍋島自ら調理してくれた熊鍋だ。
「さあ、肉を食って力をつけろ。いただきます!」
「「「いただきまーす!」」」
鍋島の号令の下、元気にいただきますの大合唱。
空腹の生徒たちは、我先にと一成に鍋へと箸を伸ばす。
「臭みがあるけど、それがなかなか美味いな」
「自ら討ち取ったと思うと、味わいも格別ぞ」
「遠慮せずに食え。おれは懐が深いからな」
熊を仕留めた虎之助たちには、特別に多めの肉が与えられている。
それに舌鼓を打ちながら、皆と食事を楽しんでいるとなにやら大量の瓶が運び込まれてくる。
いい感じに腹も膨れてきたのに、一体何かと生徒たちの注目が集まる。
「お前らに褒美だ。名物天神水、なかでも一級品の綺羅天神だぞ」
熊鍋以上に歓声が沸く。
天神水とは東の川神水と同様に、ノンアルコールながら飲めば酔っ払った気分になれる学生の味方だ。
中でも綺羅天神は、名の通ったブランド。生徒たちのテンションも上がるというモノ。
「さぁ、遠慮せずに飲め」
一年生一同のコップへ、並々と注がれていく天神水。
全員にお酌しても、まだ有り余るほどの量がある。天神館の生徒ならば、この程度に飲まれるなということか。
「あまり飲みすぎるなよトラ」
「分かってるって。お前の世話にはならない」
ノンアルコールとはいえ、飲めば酔っ払いのようになる。
それを心配した大友が注意するが、虎之助としても自分から醜態を晒すつもりはない。
しかし、それは天神水に強い生徒からは軟弱と見える。
「なんだトラ。男ならもっとガッと飲め。ガッと」
「いやな、そうしたいのは山々なんだが」
「飲みすぎるなよ」
大筒片手に大友が睨みを利かせる。
ココで調子に乗れば、容赦なく砲撃に晒されるだろう。
「フ、女の尻に敷かれるとは、九州男児も落ちたものよな」
だと言うのに石田がいらん挑発をしてくる。
頭を下げることに躊躇いのない虎之助だが、それと何を言われてもヘラヘラしているのは違う。
虎之助は結構な量の残るコップを傾けると、一気に飲みほす。
「この程度、わけねぇさ」
「面白い。飲み比べといこうか」
「やめぬかトラ!」
「ええい止めるな焔! 男には引けない時がある!」
大友の制止も聞かずに、新たに注がれた天神水を傾ける虎之助。
こうなってしまえば、場の空気も手伝って誰にも止められない。
囃し立てる周囲の声に乗せられて、次々と空になるコップ。それと共に赤くなる虎之助の顔色。
そして、気がついたときには誰にも止められない大虎が一匹出来上がっていた。
「うおおお~~。世界がまわりゅ~」
一升瓶片手に、目を回した虎之助がフラフラと暴れまわる。
もちろん回っているのは世界ではなく、彼の頭の中のほうだ。
「ぐりゅぐりゅぐりゅぐりゅ、溶ける~。ビャターになる~」
大友が止めていたのは、こうなることが分かっていたからだろう。今も身内の恥に身を震わせている。
そして、虎之助に飲ませた犯人の石田も、酔いつぶれて島に介抱されているのだから世話はない。
「まわりゅ~~」
「ええい! いい加減にせぬかこの、西国武士の恥さらしがぁぁぁ!!」
この花火を締めに、林間学校の初日がようやく終わった。
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