コニーに大浴場へ誘われ、
コニーとトーマスたちが対立し、
トーマスは学園を卒業しました。
オレは夢を見ている。巨人のいる世界で、トーマスたちが死んだ時の夢だった。1番外側の壁ウォール・マリアに巨人の侵入を許してしまった5年後、2番目の壁ウォール・ローゼから突出したトロスト区の門が破られた。訓練兵団を卒業したばかりのオレたちも、トロスト区の防衛にあたる事になる。
門が破壊される前は、壁上の固定砲整備4班だった。しかし侵入した巨人に対応するためにオレは、トロスト区防衛のための訓練兵団34班へ配属される。そして訓練兵団で仲間だったトーマス・ナック・ミリウス・ミーナ、そしてアルミンと共に巨人の迎撃へ向かった。
立体機動装置を用いて、屋根の上を走る。ワイヤーを巻き取る力を利用し、アンカーを外すタイミングを計って、より遠くへ飛んだ、熟練した兵士ほど、動力源であるガスの消費量は少ない。そうして前線へ向かっていると、人気のない街を我が物のように歩き回る巨人が見えた。
「巨人がもう、あんなに!」
「前衛部隊が総崩れじゃないか!」
「何やってんだ。普段威張り散らしてる先輩方は!」
人の姿をしているが故に巨人は、その不気味さを増している。最も小さな巨人であっても、その大きさは3メートルだ。それは人間の肉体が耐えられる身長の限界を越えている。その筋力を用いれば、人間は容易く千切れる。巨人に知性はなく、言葉も通じない。他の生き物に目を向けず、ただ人のみを食らう。
「奇行種だ、跳べ!」
前方の屋根から巨人が飛んでくる。オレたちは緊急回避を行い、巨人は塔に打ち当たった。だけど逃げ切れなかった奴がいる。オレたちに突っ込んだ巨人は、その口にトーマスを咥(くわ)えていた。まだ生きているトーマスが、オレたちに助けを求める。しかし巨人は、そのままトーマスを飲み込んだ。
「なぁにぃしやがる!!」
「エレン!」
「止せ、単騎行動は!」
仲間の止める声も聞かず、オレは飛び出した。そんなオレの後を仲間たちが追う。通常は巨人に対して全員であたる。オレのように1人で突っ込むなんて無謀だ。たとえ倒したとしてもガスの消耗は著しい。訓練兵団で用いられる標的は木の板で、実物の巨人を討伐した経験もなかった。
「うおおおおおお!!」
トーマスを食った巨人に向かって、真っ直ぐに飛ぶ。それは索敵を怠る行為だった。その途中で下から跳んできた巨人に、オレは足を食い千切られる。姿勢を制御できなくなったオレは、屋根の上を激しく転がった。片足を失い、全身を強打し、オレは屋根に倒れ伏す。
「止めて! 止めてください! アーッ!?」
「うわあああああ!?」
仲間たちの悲鳴が聞こえる。オレが隊長を務めた班は瞬く間に崩壊した。ナックがミリウスがミーナが、巨人に食われて行く。無惨な仲間の死を見て、アルミンは戦う気力を失っていた。そんなアルミンも巨人に摘まれて、大きな口へ放り込まれる。巨人はゴクリと喉を鳴らした……いいや、待て。アルミンが飲み込まれる前に、オレは助けたはずだ。こんな結末は知らない。そう……そんな夢だった。
学園の寮は大部屋だ。広い部屋に片側4個で、合計8個のベッドが設置されている。ベッドとベッドの間は2人分と広いけれど、私物を置く空間は少ない。そもそも物品の購入元は学園の購買部に限られているから、置く場所に困るほど大きい私物は手に入らなかった。
個室が与えられる事はなく、オレも男性に混じって大部屋で寝ている。幸いな事にトーマスやナックやミリウスは別の大部屋だ。不幸な事にアルミンやコニーも別の大部屋だった。大部屋の出入口に鍵は掛かっていないけれど、夜になると執事の見回りが行われている。
最近は悪い夢ばかり見る。またトーマスたちが死ぬ夢だった。朝の目覚めは悪くて、なかなか起きる事ができない。寝起きの気分も悪く、ボーとしていた。だからと言って眠る時間が遅いという訳ではない。むしろベッドに入れば瞬時に眠れた。まだ体が集団生活に慣れていないせいだろうか。疲れているのかも知れない。
オレは朝御飯を食堂で食べる。そんなオレの下へ、いつも来るのはトーマスたちだった。オレ自身は親しいと思っているアルミンは、1人で食事を取りたがる。コニーはあっちへ行ったり、こっちに行ったりしている。だけど今日は、あの短い金髪が見当たらなかった。オレの下へ来たのはナックとミリウスの2人だけだ。
「プリシラは?」
「プリシラ?」
「?」
「?」
オレと2人は互いにハテナマークを浮かべる。まさか初対面という訳ではないのだから、名前を聞いただけでも意味は通じると思っていた。その反応に違和感を覚える。オレがトーマスの居ない事情を知っていると、2人は思っているのか。トーマスとは昨日も会ったけれど特に気付いた事はなく、オレは何も聞いていなかった。
「プリシラは如何したんだ?」
「プリシラって誰だ?」
どういう事なのか、よく分からない。まったく意味が分からない。ナックとミリウスが、そんなオレを不思議そうに見ている。不思議なのは、おまえらだ。いつも一緒にいたトーマスの事を「誰だ?」なんて言うのか。どういう訳かプリシラの事を、ナックとミリウスは忘れている。
「オレの名前は分かるよな?」
「ガーデン・アイリスだろ?」
オレの事を聞いてみると2人は憶えていた。この食堂でオレの下に来た時点で、オレの事を知っているのは分かっている。だけど確かめないと不安だった。他人に忘れられるというのは恐ろしいものだ。2人がトーマスについて忘れている事に、オレは恐怖を覚えていた。
名前も顔も知っている同級生の1人が、とつぜん抜け落ちる。その事に他人は気付いておらず、自分だけが消失を知っている。それは自分の認識を疑うほどに恐ろしいものだ。なによりも恐ろしいのは、その原因が分からない事だろう。地雷が足下に埋まっているようなものだ。それを自分が踏めば、同じように消えるかも知れない。
いいや、待てよ。もしかして冗談を言っているのではないか。そんな楽観的な考えが浮かんだ。そう思ったオレはトーマスの大部屋へ行ったみたり、同級生に聞いて回ったりする。だけどトーマスの事を憶えている者は、オレの他に1人しか居なかった。トーマスの事を憶えていたのはオレとアルミンだけだ。教官ですらトーマスの事を忘れている。
「記憶の消去だね。どんな方法を使ったのか分からないけれど、プリシラに関する記憶が消し去られている」
「だけど、おかしいだろ。だったら何で、オレとイキシアは憶えているんだ?」
「そうだね。アイリスの立場からすれば、ボクを疑うべきだ」
「おまえを疑ってなんかねぇよ。それにイキシアだったら自分だけ記憶があるなんて下手な事はしないだろ」
「分からないよ。アイリスなら騙されると思っていたのかも知れない……いや、待てよ。アイリスにボクを疑わせたかったのか?」
「そうか……!」
「ゴチャゴチャした理由は省いて結論だけ言えば、ガーデン・ローズが疑わしい」
「そうか……?」
オレとアルミンの仲が悪いと、都合が良い相手は誰か。しかしアルミンはオレから距離を取っていた。嫉妬による犯行であれば、トーマスやコニーに記憶を残すはずだ。"美少年クラブ"を終えた後でアルミンと交わした会話を聞かれていたのか? ……いいや、そう考えるのは早計だ。とりあえずアルミンに記憶を残した理由は捨て置こう。
「あとは"旦那様"も怪しいな」
「アイリス、旦那様って?」
「ガーデン・ローズが仕えている奴なんだ。オレも直接会った事はない」
「この学園よりも上の管理者、なのかも知れないね。それこそ壁の内側を支配しているような」
「やっぱりか……!」
「でもアイリスは"ガーデン・ローズに育てられた"と言っていたよね。だどするとアイリスを育てている間も、学園長の代行を行っていたのは不自然だ。まるでガーデン・ローズの代わりなんて居ないように……」
アルミンが「リヴァイさん黒幕説」を推しているのは分かった。そしてオレが「リヴァイさんが黒幕である事を否定したい」と思っている事も自覚した……まだオレは無意識の内に、リヴァイさんを信じたいと思っているのか。リヴァイ兵長もしくはリヴァイさんと共に過ごした時間は、オレが思っている以上に侮れない物なのかも知れない。リヴァイさんという存在は、オレの心に食い込んでいる。
「そういえば、なぜアイリスは学園に来たんだい?」
「それは勉強するためだろ」
「時期が中途半端なんだよ。前から予定されていた事じゃなくて、急な事だったんじゃないかと思う」
そういえば自己紹介をした時、アルミンは「この時期に転入生……?」と言って怪しむような目でオレを見ていた。オレが学園に送られた理由は……子作りだろう。その切っ掛けは、睡眠薬を飲ませてリヴァイさんの寝込みを襲った事だ。オレは平静を装って、誤魔化すことを考える。
「なにか切っ掛けはなかった?」
「いや……」
「あったんだ」
「うん……」
ダメだった。すぐに気付かれた。思わず、叱られた子供のように答える。あの事をアルミンに話したくないとオレは思っていた。協力者と言えるアルミンに、悪い印象を抱かれたくなかった。それが間違いであるとオレは気付く。隠し事をするべきじゃない。今さら綺麗な振りをしたって仕方ないんだ。
「屋敷ではガーデン・ローズを、リヴァイさんと呼んでいた。オレの本当の名前はエレンだ。この学園へ送られたのは……オレがリヴァイさんに睡眠薬を飲ませて……眠っている間に……SEXしたからだと思う」
「……そうなんだ。よく話してくれたね、エレン」
そんなアルミンの言葉を聞いて、ジワッと目に涙が溢れた。オレの言葉を受け止めてくれた事が嬉しい。オレがリヴァイさんにした事は悪い事だ。そんな悪事を行ったオレを他人から隠す事は、自分自身を否定する行為だった。だからアルミンに否定されず、受け入れられた事が嬉しい。エレンは嬉しかった。
エレンと呼ばれた事が嬉しい。あの頃のようにアルミンは、オレをエレンと呼んでくれるのか。アルミンに名前を呼ばれるだけで、こんなに嬉しいとは思わなかった。女と知ってもアルミンは変わらず接してくれる。昔と変わらず接してくれる。エレン・イェーガーは嬉しかった。
オレはトーマスたちと同じなんだ。オレよりも「旦那様」をリヴァイさんは優先すると知って、オレだけの物にしたかった。睡眠薬を飲ませて、性欲のままにリヴァイさんを犯した。同じようにトーマスたちも、性欲のままにオレを犯した……だけどトーマスたちよりもオレの方が悪い。トーマスたちはオレに謝ったけれど、オレはリヴァイさんに謝っていなかった。
「ガーデン・ローズがエレンやボクたちを使って、何か企んでいるのは間違いない。これからガーデン・ローズに会って確かめてみよう」
「待て、今から……か?」
オレは不安に思う。リヴァイさんを問い詰めたとしても答えてくれるか分からない。アルミンもトーマスのように消されるかも知れない。そう考えると胸が苦しくなった。せっかく会えたと思ったのに、また失うのか。危険な場所に行って欲しくなかった。アルミンを失うのが怖かった。
「イキシアは、怖くないのか?」
「怖がってばかりじゃ前に進めない。ボクたちにとって安全な策は、相手にとっても安全な策なんだ。この程度の危険は覚悟しなくちゃならない」
「死ぬかも知れないだろ?」
「死ぬつもりは無いけど……このまま壁の中で飼い殺しにされるなんて、ボクは嫌だ」
それはエレン・イェーガーが言うべき言葉だった。オレは何をやっているのか……死を恐れても、戦う事を恐れてはならない。リヴァイさんと戦う道を避けては通れない。壁の外に出るとは、そういう事だ。戦う事を恐れるなんて、エレン・イェーガーらしくなかった。アルミン、おまえの言葉は何時だって、オレに勇気をくれる。
「イキシア、約束しよう。オレは必ず壁の外へ出る。これから先は戦う事を恐れない!」
アルミンに誓って、オレを縛る。オレはリヴァイさんと戦う事を決めた。どこに居るのかも知れない「旦那様」ではなく、ガーデン・ローズであるリヴァイさんだ。オレにとってリヴァイさんは父である、兄であり、そして男性だった。リヴァイさんを敵として、その思いを切り捨てる行為は痛みを伴う。それでもオレはアルミンと共に戦う事を決めた。
「うん。じゃあ一緒に行こう、エレン」
アルミンとオレは"お兄様"の執務室である「薔薇ノ花」へ向かう。薔薇という名前の通り、今はガーデン・ローズの部屋らしい。だけど昔は学園長の執務室だったのだろう。リヴァイさんは学園長の代行で、この学園の最高権力者となっている。権力という在りもしない重圧をオレは感じていた。
オレたちは扉の前で立ち止まる。アルミンの視線を受けて、オレは頷いた。扉を開ける役割はアルミンに相応しい。そうしてオレと視線を交わしたアルミンは、大きな扉を勢いよく開け放った。事前に扉を叩く事はなく、声を掛ける事もない。リヴァイさんの事情なんて知らないと言いたげに、イキシアは問答無用で扉を開いた。
執務室の中に、リヴァイさんとエルドさんの姿がある。執事であるエルドさんが居るのは、なにも不思議な事ではない。ただし、エルドさんの上半身は裸で、その胸にリヴァイさんが口付けしていた。その瞬間を理解する前に視界は塞がれる。見るとアルミンが、扉を閉めていた。オレの口から疑問の声が漏れる。意味が分からない。ちょっと何を見たのか思い出してみよう。エルドさんの上半身は裸で、その胸にリヴァイさんが口付けしていた。
「え」
——第三話「夜這い(上)」
ガーデン・プリシラがレッドラインに達した翌日、その存在は消し去られた。エレンとイキシアを除いて、プリシラの事を憶えている生徒はいない。ただし、それを実行した者は別だ。ガーデン・ローズは昨夜も執事を側に付けて、学園を維持するための活動を行っていた。
「ガーデン・イキシア」
執事の口から言葉が零れる。その名をガーデン・ローズは知っていた。美少年クラブのメンバーとして選んだ生徒だ。外の世界に対して強い興味を持っている。実習が行われた時も参加せず、「興味がありません」の一言で断っていた。その後エレンと喧嘩したらしく、エレンを避けている素振りが見られる。
「彼だけがメンバーの中で唯一、ガーデン・アイリスとの性的接触がありません。何かを探っているような素振りも……注意した方が良いかと」
「時間の問題だ。奴らは、そのように出来ている。ガーデン・ドールズは全員、"強い性欲"を与えられているからな……おまえも、そろそろ限界だろう」
「はい……もう、これ以上は我慢できそうにありません」
「良いだろう、来い」
ガーデン・ローズは羽ペンを置き、椅子を執事の方へ向ける。すると執事は黒いスーツと、白いワイシャツを脱いだ。頬を上気させた金髪の執事を、椅子に座った三白眼の男が見上げる。男は執事のアゴに手を伸ばしてヒゲを撫でると、首筋から胸板まで指先でなぞり、その胸板に口を寄せた。
しかし突然、執務室の扉が開け放たれる。まるで蹴りでも叩き込まれたかのように、憩いよく扉が開いた。よく手入れされていた扉は、軸を中心として軽やかに回転する。扉によって遮断されていた空間は繋がり、執務室で行われようとしていた情事を明らかな物とした。
その瞬間、時は止まったように思えた。実際は1秒も過ぎていない。最も立ち直りが早かったのは「最悪のケース」を想定していたイキシアだった。もっとも、それは命の危険に関する物だったが……目の前の状況を認識した瞬間、反射的にイキシアは扉を閉める。一方、執務室の中にいた2人は、無言で服を整えた。
『輸入銘木』さんの感想を受けて、「ボーしていた」を「ボーとしていた」へ修正しました。ゴンさんに「ボッ」される光景が思い浮かぶ。他にも誤字があるらしいので、ミスチェックの「Enno」さんに頼ってみたら幾つかありました。「〜にも関わらず」じゃなくて「〜にも拘らず」なんですかー。