一年戦争異録   作:半次郎

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第8話 鴉

 ジオン公国の中枢、ズム・シティの中心に偉容を誇るジオン政庁内の、とある一室。

 そのまま会議室として使えそうなほど広大な室内にいるのは、巡洋艦〈アードラー〉の艦長としてルウムより帰還したカイ・ハイメンダール。

 ルウム戦役の功により、少佐に昇進していた。軍服の肩から、佐官の証である黒いマントを垂らしている。

 室内には彼の他に、部屋の主の秘書を務める女性士官がいるが、部屋の主は未だ姿を現さない。

 政とは古来物陰より生ずるもの、とは誰の言葉であっただろう。

 退屈を覚えるほどには待たされていないが、カイは室内を飾る調度を眺めながら、ふと思った。

 天井にはシャンデリア。床は綺麗に磨きあげられた大理石。染み一つない白い壁には、デギン・ソド・ザビ公王の肖像画。その上を通過したカイの目線が、反対側の壁に飾られた絵画の上に留まる。

 キャンバスの中央に、上半分が破れた黄色い服を着た女。右手に掲げるは赤、白、青の三色旗、左手に持つのは古風な長銃。その周りに、女に付き従うように集う人々。女の前方ーーキャンバスの下側には、死して横たわる二人の男。

 たしか、旧世紀の地球上で起きた革命をモチーフにした油絵だ。画題(なまえ)は何と言ったか。

 

 数分の間、その絵に見入っていたカイの耳が、ドアの開く音を捉えた。

 

「その絵に興味があるようだな、少佐?」

 軽快な足音と同時に、女の声が室内に響く。

 カイを呼び出した当事者、この部屋の主から声をかけられ、直立の姿勢を取る。

「不作法を致しました、閣下」

「良い。楽にせよ」

 微動だにしないカイの横を通りすぎ、壁際に掛けられた公王の肖像画の下で立ち止まり振り返ったのは、突撃機動軍司令キシリア・ザビその人である。

 楽に、と言われても姿勢を崩せるものではない。

「子どもの頃、その絵に不思議と惹き付けられてな。ここにあるのは無論模造品(レプリカ)だが、そう悪いものでもなかろう」

「は」

「民衆には導きが必要なのだよ。『自由』という旗頭そのものでも良し、或いはそれを掲げる指導者でも良い。人の世に革新をもたらすには誰かが導いてやらねばならん」

 キリシアの言うそれは、かつて「人々の革新」と宇宙移民の独立を謳い上げたジオン・ダイクン乃至その思想の結晶か。或いはダイクンの後継者となり得たザビ家一党か、将又(はたまた)当のキリシア・ザビ本人か。

 俄に判断のつかないところであった。

 慎ましい沈黙を守る新任の少佐に、キリシアが続けて言う。

「さて、本題に入る前に、少佐に幾つか確認したいことがあるのだが、構わぬな?」

「小官ごときでかなうことであれば」

 キリシアの言葉は質問の形式ではあるものの、事実上の命令である。逆らうべくもない。

 そのことに気付いているか否か、声が続く。

現在(いま)の情勢を貴様はどう見る、少佐?」

 単刀直入な問い掛け。キリシアの内心はいざ知らず、質問事項自体に拡大解釈の余地はない。が、正直、カイの立場でどこまでの意見を述べて良いものか。

 カイは頭の中で、ルウム戦役以降の情勢の変化(なりゆき)を追った。

 

 ルウム戦役が終わってから二週間あまり。

 ルウムでの戦勝は、ギレン・ザビ総帥の演説と映像による巧みなプロパガンダによって、全世界にジオン公国の圧倒的な勝利として喧伝された。

 ジオン国内は戦勝に沸き、ズム・シティの中にいて「ジーク・ジオン」の声を聞かない日はない。

 反面、ルウムの惨状と、虜囚となったヨハン・イブラヒム・レビル将軍の姿は地球連邦軍首脳部の、ブリティッシュ作戦により植え付けた恐怖は地球市民の、それぞれの戦意を確実に挫いている。

 

 ルウム戦役直前に中立を宣言した、サイド6と月面最大の都市〈フォン・ブラウン〉、この両政権の仲介を得てジオン公国総帥府は、デギン公王の名をもって地球連邦政府に休戦勧告を突き付けた。

 サイド3を含むスペースコロニーの完全な自治独立と、地球連邦政府の宇宙における既得権益の放棄。既存の地球と宇宙の関係をスペースコロニー優位へと換える、交易関税の再調整。地球連邦軍編制の縮小、地球上の主要軍事施設のジオン公国軍への無期限貸与と、それに伴うジオン公国軍の地球駐屯への承認、などなど。

 休戦条約に名を借りた、事実上の降伏勧告である。

 

 数日間の交渉の末、地球連邦政府がジオンに膝を屈し、条約調印も時間の問題と思われた1月31日、事態は急変した。

 全世界に向けた放送、そのモニターの中に姿を現した人物こそ、サイド3に監禁され、条約調印後に()()として処分されるのを待つのみと思われていた白髪白髯の連邦軍将校。

 連邦軍特殊部隊によって身柄を奪還されたレビルその人であった。

 

『私はこの目でジオンの実情を具に見てきた。我々以上にジオンも疲れている』

『我々も苦しいが、ジオンもまた厳しい。彼らに残された兵は余りにも少ない』

 

 瞬く間に巷間に流布したレビルの演説ーー世に云う「ジオンに兵なし」の演説によって、地球連邦政府は休戦条約への調印を拒否した。

 結局、ジオン・連邦両政府の間に締結されたのは、

 1.大量破壊兵器の使用禁止

 2.特定地域及び対象への攻撃禁止

 3.捕虜の待遇に関する取り決め

の三点を柱とする戦時条約に留まった。

 早期講和はならず、ジオン軍部は地球への侵攻を決定したのである。

 率直に言うと、カイはこの動きを危険視していた。

 ただでさえ国力に圧倒的な差がある。戦いが長期化すれば、軍のみならず国内にどれ程の弊害が生まれるかわからない。

 

「遠慮はいらん。忌憚のないところを聞かせてもらいたい」

 思案を打破するかのように重ねて問われ、口を開いた。

「ルウムでの大捷により、軍のみならず国内の士気はこの上なく、宇宙に生きる人々の独立の機運もまた昂まっております。が、翻って戦況を鑑みますに、決して捗捗しいものとは思えません」

「ほう……」

 キリシアが目を細める。

「このままではジオンが負けると考えるか。地球侵攻はジオンに利有らずと?」

「一概にそうとは申しません。ただ、戦争が長期化するのは公国にとって憂慮すべき事態かと存じます」

「なるほど」

 顔の下半分をマスクで覆い、表情を隠したキシリアの心中は、表面上は測り知ることが出来ない。

 

 軍の中枢にいる相手に対して、本音で語り過ぎたか。

 お世辞にも居心地が良いとは言えない沈黙の中、心中が波立つのをカイは感じていた。

 

 一方、キシリアはキシリアで、彼女には珍しいことながら、目の前に立つ男への対応を測りかねていた部分がある。

 マ・クベと渡り合った、寝業師の資質を感じさせる男。ルウム戦役において、決定的とはいかないまでも、レビル艦隊を混乱せしめた策士。そして、ジオン軍総帥ギレンに接近を試みる名門の当主の長子。参謀本部から突撃機動軍への配置転換にもギレンの意思が働いているとも漏れ聞く。

 かと思えば、長期的な展望としてはギレンに盲従しているとも言い難い。

 このまま有用な「手駒」として使えるか、それともギレンに繋がる者として首に縄をつけておくべきか。

 キシリアにとっても、一つ思案のしどころである。

「私も久しくお会いしていないが、父君は息災のようだな。この度、資源開発庁次官になられるとも聞き及ぶが」

「そうでしたか。近ごろは軍務にかまけて疎遠になっておりますので」

 あえて婉曲に探りをいれてみたが、カイの態度には特段の変化はない。政界に地歩を固めつつある父親と疎遠であるという点に偽りはなさそうだ。

「ふむ……。ところで、友人の『坊や』はどうしている? 貴様の艦にいる筈だな」

 士官学校時代の親友にして、今はある意味で命を預けあう戦友であるモビルスーツパイロット、ヤクモ・セト。

 ルウムでマゼラン級一隻、サラミス級三隻を撃破、セイバーフィッシュを推定三十機撃墜した功によって、大尉に特進した男。

 キリシアの問いは、彼の過去をカイが知っている前提でのものであろう。

「先の戦いでも無事生還しております。……閣下のご厚恩の賜物かと」

 無難な返答をしながらも、カイには友を擁護したい思いもある。

 

 ルウムの戦勝を祝う記念式典。この戦いで名を成したエースたちの居並ぶ壇上に、彼の姿はなかった。

 「赤い彗星」、「黒い三連星」、「白狼」、そして「深紅の稲妻」……ヤクモの功績は決して彼らに劣るものではないと思われる。が、彼らと違い、ヤクモは功績を顕彰されていない。階級こそ上がったものの、後日辞令書が手元に届けられただけである。

 あるいは、熟知しているヤクモという人間に対する贔屓目にも似た感情が、カイにそう思わせるのか。

 ヤクモが栄達や勲章などにさして興味がないと知りつつも、「勲章一つの労を惜しんで、命をかけて戦った者に報いることができるのか」と言ってやりたくもなる。

 

「『坊や』の処遇に不満があるようだな、少佐」

 キシリアの声に、思わず掌に冷たいものを感じる。

 心中に伏すべき思いを表情に出してしまったか。

 ごく微かな硬直を読み取ったキシリアが、ほんの僅かに声を和らげる。

「私にも考えがあってな。暫くはあの『坊や』のことは目立つ場所に置きたくないのだよ。……少佐にも関係することだが」

「小官に……」

 流石に予想外の展開だった。思わずキシリアの顔を見返したカイに、キシリアは続ける。

「正直に言って、『坊や』のパイロットとしての技倆(ちから)は私の期待を上回ってくれたよ。そこでだ、少佐。今さらだが今日の本題に入ろう。『坊や』には暫くの間、特命で動いてもらいたいのだ。幾人かを率いてな」

 つまり、キシリア直属の特務部隊として任務に就くということか。

「少佐。貴様にはその部隊を束ねてもらう」

「はっ……」

 有無を言わさぬ声と、強い目線。反射的に背筋が伸びる。

「まず手始めに、地球に降りてもらいたい」

「地球……」

「少佐の見解は聞かせてもらった。だが、地球降下は既に決定したこと、覆せぬ。貴様の率いる隊には降下部隊本隊に先立ち地球に赴き、現地諜報並びに部隊の展開を容易ならしめるための突入経路の確保、その他状況に応じて必要な任務を適宜こなしてもらう」

「ご命令に否やはありません、閣下。ですが……」

 カイの言葉を遮り、キシリアが続けた。

「懸念するところはわかっている。自惚れるなよ、少佐。新設の一部隊のみに斯様な任務を任せられるものではない。貴様らの担うところは先任部隊の援護と心得よ」

 ここに来てキシリアは一つの判断を下している。

 目の前に立つ新任の少佐。今一つ捉えどころがないようにも思えるが、少なくとも人の情を蔑ろにする男ではない。

 ならば、まずはそこから動かしてみよう。

 その結果、自分の下で「坊や」とともに大事を任せられるまでに育てば佳し、そうでなければ頃合いを見て切り捨てれば良い。

 この男を自分のもとに遣ったギレンにも思惑があろうが、当面それは重視しないこととした。些事であろうと、思惑一つ越えることも出来ずに、かの冷酷な長兄を凌ぐことなど出来まい。

 

 キシリアは、部屋の隅に控える秘書官をちらりと見た。足音もたてずキリシアに近付いた秘書官が、恭しく、流れるような仕草でファイルを差し出す。

 それを受け取ったキシリアは、ファイルに一瞥もくれず、カイに差し出した。

 

 慎重に受け取ったカイの目に飛び込んできたものは、突撃機動軍の徽章を背景に翼を拡げる黒い鳥ーー鴉。

「特殊部隊として、()()では箔も付くまい。手向けだ、持っていけ」

 正直重たい気もするが、今更辞する訳にもいかず、カイは表面上恭しく戴いた。

「作戦の大綱はそのファイルの中にある。細部の運用は少佐に任せる」

「ご期待に応えるべく、尽力致します」

 控え目な答弁と、そのまま軍隊礼式の見本になりそうな敬礼を鷹揚に受け止めたキシリアが、更に一声かけた。

「一つ忠告してやろう。情にいちいち棹差していては大局を見失うこともある、心得ておくのだな。……佳い成果を期待しているぞ」

 再度敬礼し、部屋を退出しながら、カイはキシリアの言葉の意味を考えた。

(情に流されるな……『優遇されていると思うな、使えぬようであれば切り捨てるぞ』ということか)

 

 政庁前に待たせてあった車の後部座席に乗り込み、改めてキシリアから手渡されたファイルを眺める。

 その表面に印刷された鴉。

 ーーたしか地球の古代神話の中では、太陽の象徴だったり神の斥候だったりと神聖視された半面、中世期に地球を席巻した一神教の中では、悪魔の化身、魔女の使い魔といった不吉な捉えられ方をした鳥だ。さて、この〈鴉〉はどちらの意味か……。

 などと考えつつ表紙を捲ったカイは、早速頭を抱えることとなった。

(どうやら後者の方だな)

 と思わざるを得ない。

 ーーおそらくキシリア・ザビこそ現代の魔女であろう。そうに違いない。

 口にした瞬間に銃殺刑になりそうなことを心の中で目一杯毒づきながら、右のこめかみを指で押さえる。

 ファイルを開いて真っ先に目に入った文字の羅列。現時点で決定している部隊員の名簿(リスト)。その中に、カイの双子の妹レジーナ・ハイメンダールの名前が確かにあった。

 何度も目を擦り、こめかみを押さえ、時に深い息を吐きながらファイルを眺める少壮の少佐を、ハンドルを握る下士官が、ルームミラー越しに心配そうに眺めた。

 

 

           *

 

 

「何だ、これ?」

 ヤクモは、艦長からいきなり渡された紙袋を手に、疑問の声をあげた。

 ズム・シティに繋留中の巡洋艦アードラーのオペレーションルームには、艦内の主だったスタッフが揃い、車座に並べた椅子に腰掛けている。

 紙袋を手渡されたのは、現在アードラーの艦内にいるモビルスーツパイロットのうちの二名。

 ヤクモ・セト()()と、マーク・ビショップ()()だけである。

 マークは、両手で持った袋の中身を怪訝そうな顔で見詰めている。

 因みに、アードラーに乗り込もうとしたカイが、待ち構えていたキシリアの部下から押し付けられた紙袋は、あと二つある。

「見てのとおりだ。資料、服、身分証、パスポート、クレジットカード、その他諸々」

「それは見れば判るよ。何に使うんだ、こんなモノ」

 ヤクモは首を傾げながら、同様に当惑している風のマークと顔を見合わせた後、その目をカイに向ける。

「何に使うかの説明は、これからする。あと二人ほど来てからになるが」

 居並ぶ面々の顔を眺めたカイが、ジニーことレジーナ・ハイメンダールの顔を見たとき、一瞬眉を顰めた。

 部隊再編の辞令が出た今となっては今さらのことだが、そもそも、艦という単位の部隊を率いていた立場からすれば、元々所属の違うレジーナが、ズム・シティ帰還後も当たり前の様にアードラーに居続けていることが気に入らない。

 今後、同じ部隊の上官、部下という立場になろとすれば尚更だ。下手に処遇を良くすれば肉親の欲目贔屓目と見られる。望むと望まざるとに関わらず、「家」という厄介な看板が背後にある身とすれば特に、である。

 逆に、冷遇と見られる扱いをする訳にも行かない。気心の知れた仲間内ならともかく、第三者に上官と部下である兄妹が不仲であるという印象を与えたらどうなるか。無責任な第三者が無責任に囃し立てる風評がどういう悪影響を及ぼすかわからない。

 身内と同じ部隊になるという点一つ取っても、カイには気が重いことだった。

 そんなことを考えていると、オペレーションルームのドアが開いた。

「失礼します」

 という声とともに入室してきたのは、少尉の階級証をつけた軍服を着た人物が二人。

 一人は、短く刈り上げた、やや明るめのブラウンの髪をした、目と鼻が大きめの男。二人目は、眉にかかる程度のウエーブのかかった黒髪と、きれいに整えた口髭を蓄えた男。いずれも二十代後半かと思われる。

 ドアの前に並び、上座に位置するカイに向き直る。

 立ち上がったカイに敬礼すると、短髪の方が口を開いた。

「突撃機動軍所属、アンディ・カペラ少尉並びにリカルド・ヴェガ少尉、ただ今着任致しました」

 見事な答礼をしたカイが口を開いた。

「貴官らの着任を待っていた」

 遅れて現れた二人の少尉のために、急いで椅子が用意される。アンディとリカルドが席に着くと、腰軽く動いたカイが二人にそれぞれ謎の紙袋を手渡す。

「さて、これでようやく状況の説明に入れる。本日付をもって、特殊任務部隊が新設されることとなった。私は部隊の責任者を仰せつかったカイ・ハイメンダール少佐である。部隊員は当面、この部屋にいる面子だ。便宜上、部隊名は……そうだな、『大鴉(レイヴン)』とでもしておこうか」

 言いながら、手に持ったファイルを掲げ、「突撃機動軍の徽章を背景に翼を広げた鴉」のエンブレムを披露する。

「さて、当面の我々の任務は、『地球降下作戦』に向けての諜報と工作になる。無論、地球上で、だ」

 地球降下。

 戦争の新たな局面。そして、宇宙生まれの宇宙育ちである彼らにとって、初めてとなる地球上での戦いとなる。

 部屋の空気が引き締まり、数人が息を呑む音が、妙に大きく響く。

「パイロットの4名にそれぞれ手渡したのは、地球に潜入するための小道具だ。4名には、それぞれ身元を隠して地球に潜伏してもらいたい」

 

 それぞれ別のルートを経由して地球に潜入、現地において「もう一つの」部隊と合流し、諜報と工作に当たることとなる。

 作戦の第一目標は中央アジアに位置する〈バイコヌール宇宙基地〉及び東欧、黒海沿岸の都市〈オデッサ〉。降下作戦を容易ならしめるための降下ポイントの選定と、両軍事拠点への突入経路の確保が主任務である。

 

「作戦開始は、3月1日が予定されている」

 逆算すると潜入から作戦開始まで、三週間程度の猶予しかない。新設されたばかりの、いわば寄せ集めの部隊には些か難易度が高い任務(ミッション)にも感じられる。

「キシリア少将直々の下命である。慣れぬ環境下、任務の困難は重々承知しているが、それでもなお果たさねばならぬことを、各員肝に銘じてもらいたい」

 カイが口を閉ざすと、再び緊張感のある沈黙が部屋を支配する。

 それを破ったのは、音楽的な女の声。

「一点、確認したいことがあります。私とウォルフォード軍曹には何の命もありませんが……」

 立ち上がり、質問したレジーナの顔をカイがちらりと見る。

「その理由は至極簡単。先行しない部隊員は作戦開始と同時に、モビルスーツとともに降下する。パイロットが全員いなくなったら、地上で〈HLV〉と〈コムサイ〉を護衛する者がいなくなる」

「この艦はどうなりましょう?」

 次いで疑問の声を上げたのは、アードラーの副長を務めるケネス・バークレー中尉である。2メートルを越える長身、隆々とした筋肉の巨躯に実直な性格と無難な実務能力を兼ね備えた、三十代半ばの軍人だ。宇宙世紀0075年のアードラー就航以来、三代に亘って艦長を補佐し、アードラー艦内のことなら、「最後にトイレの修理をしたのがいつか」まで頭の中に入っていると噂されている。それだけにアードラーに対する思い入れも強い。

「接収されるという話は聞いていない。地球で活動している間は、グラナダの工廠(ドック)で預かってもらえるよう、手配しておこう」

 カイの答えに副長が頷く。椅子の上で上体を動かす度、椅子の足が微かな異音を発する。

「他に質問がなければ解散とする。セト大尉以下、先発隊は2月9日16時00分(ヒトロクマルマル)までに旧ロシア地区〈ヴォルゴグラード〉にて合流し、作戦を開始すること。行動の詳細は保秘のため、各人に渡した

資料を参照してもらいたい」

 

 部隊の顔合わせを兼ねたブリーフィングが終わり、各人がオペレーションルームを出ていく。

 オペレーションルームから居住区に向かうヤクモに追いついたレジーナが、並んで歩き出す。

「地球、かあ」

「ああ。戦争が続くとしたら、そのうち行くかも知れないとは思っていたけどな」

「……どんなところなんだろうね」

「さあ? 何しろ初めてだからな」

 しばらくの無言。

 二種類の足音だけが、巡洋艦の通路に響く。

「……気を付けてね」

「ああ。皆に迷惑はかけないよ」

 これから赴くのは、宇宙とは、スペースコロニーとはまるで違う、「自然」に溢れた惑星。そして、彼女たちにとって、未知のて敵地。

 

 もっと色々と言いたいことがあるのに上手く言葉にできない、そんなもどかしさをレジーナは感じた。

 

 

           *

 

 

 同時刻ころ、月面都市グラナダの突撃機動軍司令部にある、半地下の狭い一室。

 天井から吊るされた薄暗い電球の下で蠢く数人の人影がある。

 部屋の中央にある木製の粗末なテーブルの上には、数本の吸殻が入った灰皿が置かれている。

 部屋のドアが開き、ジャンパーを着た男が一人入ってきた。

 灰色の髪と口髭。鋭い目付き。歴戦の風格漂う男だ。

 狭い室内の壁際を回り込み、奥の椅子に腰を下ろすと、ジャンパーの胸ポケットから煙草を取り出し、火を点けると、煙が天井付近に漂う。

 その向かいに座っていた、肌の浅黒い、比較的若い男が、無言のままテーブルの上の灰皿を口髭の男の方に押しやる。

 部屋の隅に座っていた、無精髭の目立つ丸顔の巨漢がスキットルを一口あおってから、口髭の男に向き直る。

「隊長、次の任務は何なんです?」

 灰皿に煙草を押し付けて火を消した「隊長」が口を開いた。

「地球降下だ」

 向かいに座っている若い男が、ヒュウ、と短く口笛を吹いた。

「浮かれてもいられんぞ。……新設部隊の()()()もしろとさ。厄介なことにならんといいがな」

「へぇ……生意気なだけで使えねえような連中が来たらどうします?」

 若い男が口許に皮肉な笑いを浮かべると、巨漢がスキットルをテーブルに置きながら言った。

「なめた餓鬼どもだったら、俺が()()してやるよ」

 

 幾人かの低い笑い声が、薄暗い部屋の壁に吸い込まれる。

 

 「隊長」は、にこりともせず、二本目の煙草に火を点けた。

 

 再度立ち上った紫煙が、弱々しい電球の光の中、複雑に形を変えながら姿を消していった。




 どうもみなさんこんばんは。

 色々と調子に乗ってます。

 今回から、原作キャラが何人か登場しています。

 さて誰でしょう。






 バレバレだよね…………

 そうですよね

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