一年戦争異録   作:半次郎

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何とか年内に間に合いました。



第25話 キャリフォルニアの風

 蒼く澄んだ空に、白い雲がたなびく。

 眼下に広がる大地は全体として赤茶けた色彩だが、そこにある複雑な起伏と水の流れ、点在する緑がモザイク模様をなし、目を楽しませる。

 宇宙都市にある人工の物とは違う、長い年月を経て(かたち)取られた自然の光景。

 青空に孤影を映すザンジバル級機動巡洋艦〈モリガン〉に乗り組むは、ジオン公国突撃機動軍〈大鴉(レイヴン)隊〉。

 地球降下作戦以来、地球で転戦を重ねてきた彼らの大半にして初めて目の当たりにする大地。

 北米大陸。

 南米アマゾン川流域に存在すると目される地球連邦軍本部〈ジャブロー〉を牽制し、広大な穀倉地帯とオデッサに次ぐ地下資源帯を扼す、戦略上の要地。

 そこを押さえる地球方面軍を率いるは、デギン公王の末子、ガルマ・ザビ大佐。

 宇宙攻撃軍司令として宇宙要塞〈ソロモン〉にあり、公国一の猛将として名高い兄ドズル・ザビ中将、突撃機動軍司令にして地球侵攻軍の総指揮を担う姉キシリア・ザビ少将の影にややもすれば隠れがちであり、時に「御曹子」、「七光り」と揶揄されることもあるが、ニューヤーク、キャリフォルニアの二大軍事拠点を管轄下に置き、北米大陸をここまで大過なく統治している手腕は充分に評価されて良い。

 

「物資集積所が点在しているな」

 

 モニターとレーダーに標示される情報を眺めながら、ヤクモが言う。

 グラナダを出港して以降、寝惚け顔で生欠伸を連発していたヤクモであったが、自室での仮眠に加え、あろうことか指揮官として鎮座する艦橋にあっても度々居眠りをしていた所為(せい)だろうか、妙にすっきりした表情をしている。

 

「この大陸は広いからな」

 

 艦長席に巨体を預けたバークレーが、振り返りもせずに応じる。

 

 ジオン公国は、確かに北米大陸東西の重要軍事拠点、ニューヤークとキャリフォルニアを押さえている。この大陸のパワーバランスで言えば天秤はジオンの側に大きく傾いているが、未だに地球連邦軍を完全に駆逐し得たとは言えない。

 二大拠点を失い、ジャブローとの連繋を断たれて大陸内部に取り残されたとはいえ、未だに抵抗を続ける小拠点は多い。また、この地に住む人々(アースノイド)の中には、ジオンを「侵略者」として憎み、孤軍となった連邦軍残存勢力を陰から支援している者も数多いという。

 更に、ニューヤークにしてもキャリフォルニアにしても連邦軍本部ジャブローのある南米に程近い最前線であり、その周辺では小競り合いが後を絶たない。

 決して戦いが終結したわけでもなく、完全に安定しているという訳でもないのであった。

 

「近頃では大規模な作戦行動はないようだが、常にどこかしらの部隊が動いているんだ。集積所をある程度点在させていた方が具合が良いんだろう」

 

 ということを要領良く説明するバークレーの後ろ姿に、ヤクモが素直な称賛の目を向ける。

 

「なるほど。良く知ってますね」

「行き先の情勢くらい下調べをしておくさ……寧ろ、お前さんにこそしておいて欲しかったがな、指揮官代行殿?」

「お、そろそろ目的地が見えてくる頃かな?」

 

 不利になりそうな話題を強引に逸らそうとするヤクモだが、当てずっぽうを言った訳でもない。

 メインモニターに映し出される航行用の地表図。そこには彼らの当面の目的地であるキャリフォルニアベースを示す光点が存在感を示していた。

 

 

           *

 

 

 遠路キャリフォルニアベースに辿り着いたモリガンを出迎えたのは、甚だ非友好的な対応であった。

 

「寄港は認められない? どう言うことですか?」

 

 基地の軍港に着艦するべく管制官と連絡を取っていたチカの声が高くなる。

 

「……そんな筈はありません。当艦の立ち寄りは既に伝達済みの筈……はい、ですから……」

「チカ」

 

 交渉を続けるチカに、ヤクモが声を掛ける。振り向いたチカに、手振りで通信を回すように伝える。ついでにオープン回線にするようにも。

 

『だから、聞いてねえって言ってるだろうが』

 

 メインモニター上部の通信用スクリーンに現れたのは、いかにもやる気がなさそうな態度の下士官。

 

「我々は突撃機動軍〈大鴉隊〉だ。繰り返しになるが、寄港を希望する」

 

 ゆっくりと用件を告げる。

 ヤクモの軍服の階級証を確認したか、下士官が姿勢を改める。が、その態度は横柄なままだ。

 

『ですから、突撃機動軍の艦が今日着艦するとは聞いておりません。許可のない艦の着陸は認められません』

 

 チカに相対する時よりは言葉遣いを改めているものの、面倒臭そうな対応。心なしか、「突撃機動軍」という単語を発したとき、一段と嫌そうな口調になったように思える。

 

「それはおかしいな。遅くとも一昨日には連絡が行っている筈だが」

『……ですから、聞いてないものは聞いておらんのです。どなたに連絡したかは知りませんが』

 

 愛想の欠片もない返答に、ヤクモが目を細めた。

 

『そういう訳で、我々は貴艦の寄港は許可できんのです』

「そうか、では仕方ないな」

 

 妙に明るく良い放ったヤクモに、艦橋内の視線が集中する。

 

『そう、我々としても聞いとらん限り仕方ないのです』

「そうだな、仕方ない」

 

 口調は明るいが、その琥珀色の瞳には微かに怒気が揺れている。

 しかし、モニター越しに対峙する下士官はそれに気付かなかったようだ。

 

『宇宙からはるばる何をしにこられたかは知りませんが、解っていただけたならお引き取りを。我々も暇ではありませんで……』

「ガルマ大佐」

『……はぁ?』

 

 言葉を遮って出された名前に、下士官が頓狂な声を上げる。

 

「理解できんか? 地球方面軍司令ガルマ・ザビ大佐に連絡したと言っている」

『し、しかしですな……』

「我々は大佐からの要請で来ているのだ。無論、作戦本部の命令書を携えてな」

『あ、いや……』

「先ほども言ったが、とうに我々の予定は伝達済みなのだがな……これは困った。寄港が拒否されたとあっては作戦どころではないな」

 

 下士官を目線で射抜きながら、口元には形ばかりの冷笑を浮かべて、さらに続ける。

 

「まあ、残念だが仕方ない。帰還してありのままを報告するしかないか。『味方艦船の寄港予定すら確認していない管制官に基地への立ち寄りを拒否されました』とな。ふむ、困ったな……我々もお叱りを受けるだろうが、大佐もさぞお嘆きになるだろうな」

『あ、すぐに確認を……』

「ときに、貴様。先ほどから黙っていれば、貴様の態度は上官に対するものとは思えんな? 突撃機動軍(われわれ)に対して含むものがありそうだが、所属と名前を聞いておこうか?」

 

 それまでとは一転、鋭い口調は糾弾と呼ぶに相応しい。艦橋の空気がひりついたばかりか、モニター越しの下士官にまで電流が走ったかのように見える。

 

『あ、いや、その……すぐに確認をして参りますので……』

「その必要はない。貴様の名と、どこから転属されたのかを聞いている」

 

 先程までとはうって変わって、額に冷や汗を滲ませながら直立する兵に、さらに追い打ち。

 

「名乗れ」

『は……自分はモブリズ曹長であります。前任は……』

 

 モブリズと名乗った下士官が暫し言い淀むが、ヤクモの視線には逃げを許さない静かな迫力があった。

 

『……宇宙攻撃軍におりました』

 

 不承不承と言った態度。

 黙ってやりとりを見ていたチカが、緊張感から唾を飲み込む。

 反面、そこまで聞いたヤクモの声が再び明るいものになる。

 

「そうか、それは困った。いや、困ったなあ。弟想いのドズル閣下のことだ、ガルマ大佐の顔に泥を塗られたと知ったらきっと激怒されるであろうなあ。ガルマ大佐の要請を断った形になる我々もだが、いや、重ね重ねも困ったものだ」

 

 芝居がかった体で朗らかに言うが、その表情は皮肉に満ちている。

 一方のモブリズはと言えば、既に顔面蒼白。目に見えて滝のような冷や汗にまみれている。

 

「まあ、曹長の言うとおりなら全面的に我々の落ち度ということになるな? ……さて、困ったことになった。我々もキシリア閣下とドズル閣下から吊し上げられるなあ」

 

 わざとらしく腕を組んで目を閉じ、難しい顔をする。

 

「ここまで頑なに断られるからには、連絡が届かなかったということなんだろうな。致し方無い。一度グラナダで通信記録を確認してみなければな」

 

 目を開けたヤクモは、曹長に視線を向けることもない。

 

「見たところ我々以外に寄港しようとする艦も発進する艦もないようではあるが? 多忙な曹長に余り手間をかけるのも申し訳ない、これ以上ここに留まる意味もなし、グラナダに戻るとしようか」

 

 最早嫌味を隠そうともせずに言い放った言葉が()()()になる。

 

『し、しばらくお待ちを……!!』

 

 悲鳴のように叫んだ曹長がモニターから姿を消した。

 

「……良いんですか、あれで?」

 

 回線を切断したチカが、幾分不安げな顔で首を傾げる。

 

「ん? 構わないさ」

 

 既にキャリフォルニアベース司令部に伝達済みの寄港要請の文書のコピーと、本国(サイド3)の作戦本部が発出し、キシリアが連名した命令文――突撃機動軍大鴉隊は機動巡洋艦モリガン及び現存戦力をもって速やかに、当面の間地球方面軍司令ガルマ・ザビ大佐の指揮下に入るべし――をひらひらと振りながら、ヤクモがつまらなさそうに応える。

 

「そもそも、やれ宇宙攻撃軍だの突撃機動軍だの、下らないことに突っ掛かってくる性根が気に入らん」

 

 口調は静かだが未だに憤慨しているのか、ヤクモが鼻息を荒くする。

 

「親方が不仲だからって、下っ端同士いがみ合っても何にもならないのにな」

 

 まったく、下の迷惑も考えてもらいたいものだ。という言葉を飲み込んだのは、その言葉が不遜だからではなく、その言葉を聞かされる人間を案じてのこと。

 一応ながら人の上に立つ我が身を省みて発言する分別が、ヤクモにもない訳ではない。ただ、この場にいないレジーナやマークに言わせると、時折、分別が居眠りをするだけ。

 もっともこの場合は、ヤクモが口に出さなくてもクルーの大半は同じような心境であったようだ。

 本来ならヤクモをたしなめる立場であろうバークレーまでもが、

 

「今のはハイメンダール少佐の真似か? なかなか堂に入ってたじゃないか」

 

等と言って愉快がっているのだから。

 

「まあ、あいつとの付き合いも長いですからね」

 

 少し照れたようにダークブラウンの髪を掻きながら応えるヤクモ。

 この場にいない本来の部隊指揮官、カイ・ハイメンダールならこうしたであろう対応を真似たことは否定しない。

 

「でも、仮にもガルマ大佐の部下に対してやり過ぎたんじゃないですか? すっごい冷や汗かいてましたけど」

 

 笑いながらも案じる風のチカが、比較的良心的な意見を出すが。

 

「心配性だな、大丈夫だよ。そもそも非は向こうにあるんだ」

 

 その心配もどこ吹く風といった体で、ヤクモが平然と言う。

 

「そうですよね」

 

 一悶着あったばかりだというのに、まるで何事もなかったかのような雰囲気。

 そこへ割り込んできたのは、キャリフォルニアベースからの通信だった。

 

『失礼致します。突撃機動軍所属艦モリガンで間違いないでしょうか』

 

 モニターに映し出されたのは、30歳前後であろうか、痩身の士官である。襟元の階級章は中尉のもの。

 緊張しているのか、些か強張りながらも温厚な表情で敬礼をしている。

 

「いかにも」

 

 ようやく話の判りそうな人間が出てきたかと、内心思いつつ、ヤクモが答礼する。

 

「大鴉隊指揮官代行のセト大尉です。地球方面軍司令ガルマ・ザビ大佐からの要請による突撃機動軍司令の命で参りました」

 

 モブリズ曹長に痛撃を加えたのとはうって変わった、穏やかな対応。その気になれば、ヤクモとて士官としての教育を受けている身、時と状況を弁えた対応は幾らでもできる。

 一方の中尉は、ヤクモの対応に安堵したのか、一呼吸の半分程度ではあるが、息を吐く。が、すぐに表情を改めた。

 

『小官はガルマ大佐の副官ダロタ中尉であります。非礼のほど、誠に申し訳ないこととお詫び申し上げます』

 

 そう言って深々と頭を下げる。

 その様を無言で見つめていたヤクモが、ややあって顔を上げたダロタ中尉に明るい声をかけた。

 

「では、当艦の基地への立ち寄りは許可して頂けると言うことでよろしいか?」

 

 

           *

 

 

 好まざる一悶着はあったものの、モリガンはキャリフォルニアベースへの着陸を果たした。

 広大な舗装に機動巡洋艦ザンジバル級やガウ攻撃空母、戦闘機ドップに戦術偵察機ルッグンが並ぶ空港。

 地球上に展開するジオン公国軍でも有数の戦力を有する地球方面軍、その中でも大半の航空戦力がこのベースに集結している。

 そもそもキャリフォルニアベースは、その所有者が地球連邦軍であったときにも、北米大陸の西海岸統治の要であった巨大基地である。

 北米大陸制圧を目的とした第二次降下作戦。大陸東部のニューヤークとともに最重要攻略対象と定められたこの基地が、奇襲の功大なりとはいえほぼ無傷に近い程度の被害で接収出来たことは、ジオン公国にとっても僥倖と言えた。

 ニューヤーク攻略が市街地をも巻き込んだ殲滅戦の様相を呈し、今なお復旧が捗らない被害を出していることとは対照的である。

 何しろ、只でさえ潤沢な資源を要するとは言えないジオン公国にとって、ニューヤーク市街地の復興にかける資源、費用は大きな負担ともなっている。かといって地域住民の不満を少しでも抑え、統治を円滑に行うためには、家を、職を、そして家族を失った戦災被災者への支援を怠る訳にもいかず。

 当面早急に基地機能を回復させ、連邦軍の反撃に備えるだけの防備を固めたものの、ニューヤーク基地単体での運営という点では、何とか綱から転落せずにしがみついているという状態から漸く僅かに上向きになってきたというところである。

 今現在はキャリフォルニアベースに駐留しているガルマ・ザビであるが、これ迄は地球滞在時間の大半をニューヤークで過ごしてきたというのも、それだけニューヤーク基地の存在が、悪い意味で負担になっているということであった。

 それと比べれば些少な被害で済み、純軍事的な施策を重点に行えることは、こと軍事的な意味合いでの重要性を増す結果となっていた。

 

「重ね重ね、非礼のほどお詫び申し上げます」

 

 そのキャリフォルニアベースの基地司令部への通路を歩きながら、ヤクモら戦隊首脳部を先導するダロタが改めて頭を下げる。

 

「いえ、どうかお気になさらずに」

 

 先ほどのモブリズ曹長とは異なり最初から低姿勢の相手に対しては、ヤクモも毒の吐きようがないというもの。半分本心、半分は必要以上に気を遣われている体に辟易しながらヤクモが応じる。

 

「先の曹長に対しても必要以上に処罰されることのないようにお願いします」

「そう言って頂けることは有り難いのですが……」

「いずれにしろ大事なかったのですから。寧ろ大佐の副官にそこまで気を遣われては、当方としても恐縮です」

 

 これは純粋な本心から、ヤクモが言う。

 一瞬鼻白んだように言葉に詰まるダロタに、重ねて言う。

 

「大分気苦労も多そうですね、中尉」

「いや、これは恐縮です。何しろ……」

 

 同情的な目を向けられてダロタが苦笑する。

 

「地球方面軍は寄り合い所帯でして。お恥ずかしい限りですが」

 

 ジオン軍が一枚岩でないことは、軍に身を置く者にとって周知の事実。

 公国首脳部とも言えるザビ家の中でも総帥であるギレンを戴く、親衛隊やペーネミュンデ機関等を中心としたギレン派。ドズル率いる宇宙攻撃軍。そしてキシリア隷下の突撃機動軍。

 中でもギレン派とキシリア派が水面下で覇権争いを繰り広げていることは、半ば公然の事実。そこから一歩身を引いているとはいえ、公王の三子であり配下に一廉の人物を揃えたドズルにも、本人の思惑を超えて派閥争いは無縁ではない。また、現状ではギレン派に取り込まれたかに見えるが、デギン公王個人に従う側近がいないわけではなく、さらにかつて弾圧されたとはいえ未だ隠然たる勢力を有する、建国の祖ジオン・ダイクンの遺志を崇拝するダイクン派。そこに各派閥内の勢力争いを含めれば、それだけで公国内の権力争いの多様さが窺い知れようと言うもの。

 そして地球方面軍司令ガルマ。

 開戦までは、ガルマを戦線に派遣するのを忌避していたデギン公王の意を汲んで閑職に回されていたガルマは、他の兄弟と違って個人的な腹心を有する軍事閥というものは持っていなかった。

 現在の地球方面軍の大半は、地球降下作戦の責を最終的に担ったキシリア麾下から編成されたものであるが、ガルマを溺愛し後見人を自認するドズルが派遣した宇宙攻撃軍の将兵も、決して少ない訳ではない。

 無論、宇宙攻撃軍にも突撃機動軍にも、ヤクモらのように政治的に中立――或いは無関心――な者は少なくないのではあるが、一つの軍の中に、元来組織系統を別にする部隊の将兵が混在しているのである。

 ガルマを仰ぐ地球方面軍内での主導権争い、ひいてはガルマ・ザビその人をキシリア派とするかドズル派に引き込むかといった駆け引きが当然のように渦巻いているのであった。

 軍指揮官として、また軍政家として決して無能ではないが経験が浅く、性格的に良くも悪くも()()()()()()()()()()であるガルマ個人はともかく、その副官としてガルマを輔佐するダロタにしても、何者の意見を取り入れ、何者を遇し、何者を罰するか、それだけ取ってみても悩みの種なのであった。

 因みに、ダロタ自身は元々はキシリアの下からガルマにつけられた身ではあるが、個人的な忠誠の向かう先はキシリアではなくガルマである。

 「寄り合い所帯」という表現に留めたダロタであるが、ヤクモは、兼ねてからの認識と天性の勘で、その辺りの事情を、漠然と捉えている。

 

「それでしたら、尚更。この程度のことで紛議の種を蒔くのはつまらんことです」

「ありがとうございます」

 

 本来であれば、今回のモブリズ曹長の言動は、上官に対するものとして、また、正規の命令によって派遣された部隊に対する応対としては赦されざるもの。キシリアとドズルの確執に端を発しているとはいえ、個人的な感情から出た短絡的な行動であれば尚更である。軽重は兎も角として何らかの処分が下されて当然の非礼である。

 ただ、軍組織の規律を守るための正論がそうであったとしても、突撃機動軍と宇宙攻撃軍の間の悪感情がその正論を素直な正論のままにはしておかない。人の感情とはそういうもので、自分に全面的な非があると理屈では認めても、そこに自分を取り巻く環境を当て嵌めて考えてしまう。

 今回の場合であれば、ヤクモの対応を踏まえても、元々の非がある側は明らかなのだが、処罰された者は、単純にそれを受け入れはしまい。

 モブリズ曹長が視野の狭い人物であることは先の一件だけで充分に窺い知れたが、小人であれば尚更、ダロタが元はキシリア麾下であったことまで捉えて、「突撃機動軍を贔屓した」という思考に達することは想像に難くない。

 そうなれば、その周りに居る者の中には、それを煽る輩も出てくるだろうし、軍の中で対立の火種が燻ってしまえば、目の前の敵と戦うどころではない。

 或いはそれを覚悟で冷厳に処断し、派閥争いの膿を取り除いてしまおうかとも、ダロタは思わぬでもなかったが、それにも多大な労力を要する上、ガルマの副官とはいえ、中尉の身である自分一人の意思で断行することもまた難しい。

 それを一方の当事者が「お咎めなし」を望んでくれているのだ。

 その好意に甘えておくのが、今回は最も穏便に納める方法であろう。

 安堵が素直な言葉となって零れる。

 その話はそこで終わり、話題は北米の情勢に移る。

 ごく簡単な説明を受けているうちに、一行は司令部の一室の前に辿り着いた。

 

 

           *

 

 

「よく来てくれた。貴官らの支援を受けられ、心強い」

 

 闊達に言うガルマに敬礼で応じる大鴉隊の面々。

 

「大鴉、応招致しました。本来、ハイメンダールが参るところ、他の任務に就いております故、代理で参りましたセト大尉であります。御無礼の段お許しを賜りたく存じます」

「ああ、ハイメンダール少佐の件については姉上……キシリア少将から聞いている。大尉、他の皆も楽にしてくれ」

 

 相好を崩しながら椅子に座るガルマに勧められ、ヤクモ達がその対面の席に着く。

 ヤクモを真ん中に、右にバークレー、左にレジーナ。

 もう一方はガルマを真ん中にして、右にダロタ。ガルマの左には参謀の肩章を付けた、階級章からすると少佐。

 現在の部隊編成で主だった面々を頼もしげに見るガルマがレジーナの顔に目線を留めた。

 

「お久し振りだ、フラウ・ハイメンダール。先日陣中に寄らせてもらったときには時間がなかったのでね、挨拶も出来ずに失礼したが、お元気そうで何よりだ」

「此方こそ、ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。ガルマ様におかれましてもご健勝でご活躍のご様子、何よりと存じますわ」

「そう言ってもらえるとありがたいな」

 

 何やら社交界じみたガルマとレジーナのやり取りを目の当たりにしたヤクモが、僅かに目を瞠る。普段はレジーナが形式張った言葉遣いや仕草をしないため意識することもないが、レジーナと彼の双子の兄はジオン有数の名家の出自。

 当然上流階級との接し方やら社交界でのマナー等は嗜みとして身に付けているのだろう。

 育ちの良さにかけては折り紙つきのガルマと、さも当然のように上品な口調で語らう様を見ていると、感心するやらお世辞にも上品な育ちとは言えない自分との差を感じるやら、自分でもよく分からない奇妙な感覚を覚えるヤクモであった。

 

「それはそうと、本題に入りたいのだが……大尉、大丈夫かな?」

「え? あ、はい?」

 

 ガルマが怪訝そうな顔をしているところを見ると、無意識ながら余程難しい顔をしていたのか、或いは余程呆けたように見えたのであろう。

 両側に座るモリガン艦長バークレーと、ヤクモが部隊指揮官として前線に出ない際にはモビルスーツ隊の部隊長代理となるレジーナ。その両者からの、「しっかりしろ」という意思の籠った視線が頬に突き刺さる。

 取り繕うかのような咳払いを一つ。

 

「失礼致しました、大佐。お願いします」

 

 少し慌てたヤクモの内心には気付かなかったのか、或いは気付かぬふりをしたのか。ガルマには特にそれを意識した風もない。

 

「ああ。実はこちらで些か手が足りなくてね」

「と、申されますと?」

「実はこの度、私の方でハワイ諸島の攻略を担うことになったのだ」

「ハワイ諸島、ですか」

 

 頭の中に慌ただしく地図を描きながら応じる。

 

「ここから西方、北太平洋上だ。そこにある連邦軍基地を攻略し、海洋拠点を設立するのがキシリア少将の命令でね……」

 

 椅子に深く腰掛け、悠然とした仕草で指を組みながらガルマが言う。

 近世の戦史を紐解くと、地球規模の大戦の舞台として必ず名前が挙げられる場所の一つである。

 現地球連邦政府の中核の一つでもあるアメリカ合衆国が併呑し、以降は同国の海洋戦略の重要拠点としての役割を担い、現在でも連邦艦隊の最大拠点として太平洋全域に影響を及ぼしている。

 現時点で、ジオンは地球の凡そ半分以上を占領しているが、それはあくまでも地上に限ってのこと。

 地球の表面積の約七割を占める海洋にあってはほぼ手付かずとなっているが、その理由はただ一つ、単純なもの。

 元来宇宙都市国家であるジオン公国に、そもそも海洋戦力がなかったからである。

 地球進行の初期目標として、豊富な鉱物資源を保有するオデッサ、広大且つ肥沃な土壌と地下資源を備える北米大陸が選定されたのは、資源に乏しいジオンが連邦との国力の差を埋めるための必然の策である。

 しかし、地球進行がここまで順調に推移してきた中で省みると、ジオンの支配地域は北米大陸、オデッサを含むヨーロッパから東南アジアにかけてのユーラシア大陸とアフリカ大陸のほぼ北半分、そしてオーストラリア大陸西部からニューギニアの一部地域。それぞれの占領地に大軍が駐留してはいるものの、地球規模で見渡した場合にそれぞれの方面が飛び石のように分断されているのである。

 大陸間の移動、輸送に関しても、各地の宇宙基地からHLVで一旦宇宙に打ち上げ、目的地に再突入させるという非効率的な手段が主となっている。

 その理由もまた先のとおり、海上戦力がないジオンが大陸間を分断する洋上の制空権を持ち得ないからである。

 大局的に各方面軍が分断されている現状では、現地指揮官同士が有機的に連携することも困難であり、補給にも支障を来す。太平洋最大の海洋拠点であるハワイ諸島を攻略することで連邦艦隊をその独壇場から引き摺り下ろし、分断された状態の補給線を繋げ、さらに未だ各地で抵抗を続ける連邦の補給線を絶つ。

 一つの作戦にこれ程の意義を持たせる、というより、これだけの付加価値のある要地に逸早く目を付けたキシリアを非凡というべきであろうか。

 

「ただ、こちらでも大陸に散らばった残存戦力の掃討とパナマの攻略で少し余裕がなくてね。少将に増援を要請したところ、貴官らを派遣してもらえたというわけだ」

「なるほど……任務については理解しました」

 

 キシリアからも、おそらくは北米派遣の真意を知っていたであろうカイからも特に説明はなかったが、新型モビルスーツ〈ゴッグ〉が隊に配備された理由も理解できた。

 が、それと同時に微かな不安も残る。

 

「大佐、幾つかお伺いしても宜しいでしょうか」

「何かな、大尉」

「作戦の主旨は承知致しました。ですが、航空戦力とモビルスーツの降下強襲だけでは、こちらの被害も大きくなるかと存じます。敵の艦船を洋上に追い出したところで、これを逃がしてしまえば、結局のところ補給線の危険は拭いされないのではないかと」

 

 ヤクモの呈した疑問に対しては、ガルマの側としても折り込み済みなのであろう。明快に頷いた顔には自身が滲んでいる。

 

「大尉の懸念はもっともだ。要は我が軍には僅かな数のモビルスーツ以外に海洋戦力がない、と」

 

 やや躊躇いがちに、ヤクモが頷く。

 

「だが、その点は何とかなると思う。実はこのキャリフォルニアベースを接収した際、軍港内で連邦軍の潜水艦を幾つか無傷のまま滷獲していてね。ようやく運用にも目処が付いたところだ」

 

 ヤクモの傍らで、バークレーが低く感嘆の声を上げた。

 それを横目でチラリと見たヤクモが、再び視線をガルマに移す。

 

「了解であります」

「それに加えて、現地改修に近いが水中型の配備も多少はある。君たちにも新型が配置されていると聞いているし、戦力的には何とかなると踏んでいるが」

 

 自信か、信頼か。

 ガルマの真っ直ぐな眼を見返した後で、申し訳なさそうに口を開く。

 

「そのことについてですが……作戦開始はいつ頃の予定でしょうか」

「遅くても今月下旬を予定している……何か問題が?」

 

 軽く首を傾げるガルマ。

 僅かにひそめた形の良い眉に、軽い不安が籠る。

 

「いえ、そういう訳ではありません。ただ、新型については、グラナダで受領してそのまま持ってきただけでして。加えて慣れない環境。些か訓練の時間を頂ければと思ったのですが、まあ二週間もあれば間に合うでしょう」

 

 合点がいったように、ガルマが頷いた。

 

「尤もだな。わかった、大尉。基地施設の一部を自由に使えるように手配しておこう。それと占領地域では自由に行動してもらって構わない。必要なときには声をかけるが、それ以外は充分に準備をしておいてくれ」

 

 物分かりが良いにも程があるというほどの、厳密にいう余所者に対して最大限の配慮。

 ヤクモですら流石に遠慮しかけたが、それが寧ろガルマの好意への失礼に当たると思い、結局は口をつぐんだ。

 

「ありがとうございます。それでは失礼します」

 

 立ち上がったヤクモにつられて、レジーナとバークレーが席を立つ。

 

「よろしく頼む。詳しいことはまた後日」

 

 和やかに微笑むガルマに揃って敬礼すると、ヤクモを先頭に部屋を立ち去る。

 部屋を出たところで横並びになると、レジーナが口を開いた。

 

「意外と考えてるじゃない」

「意外って言うな」

 

 軽口に軽口で返す。

 

「まあ、今回は時間があるしな。知ってるか、ジニー。ジオニックとツィマッドじゃあ、操縦系が大分違うらしいぞ?」

「そうなの? 統一してないんだ」

「ほう、そうなのか? ツィマッドのモビルスーツも乗ったことがあるのか? あまり聞かなかったが」

 

 揃って目を瞠るレジーナとバークレーに、ヤクモが悪戯っぽい表情を浮かべる。

 

「シンファに聞いたんだけどな」

「実体験じゃないんだ」

「いや、性格はちょっとアレだけど、モビルスーツに関してはなかなかしっかりしてるぞ、あいつ」

「それはあまり誉めてないな」

 

 バークレーが真面目くさって評した。

 通路の角ですれ違った士官と敬礼を交わしながら、空港部へ向かう。

 

「……まあ、そんな訳でな。勝手のよく分からないモビルスーツじゃあ、乗る奴も大変だろうから。ガルマ大佐が話の解る方で助かったよ」

「その言い方……ゴッグには乗らないの、ヤクモは?」

「乗らない」

 

 即答、断言。何の迷いもない言い方から、予めそう決めていただろうことが理解できる。

 

「意外だな。新型には興味を示すと思っていたんだがな」

「今回は、ね。俺の機体も新型と言えば新型ですから」

「ふぅん。で、誰が乗るの?」

「乗ってみたい?」

「私が!?」

 

 質問に質問で返すな、という原則論もでないほどに予想外の言葉に、レジーナの声のトーンが一瞬高くなる。

 

「ううん、まあ、乗れって言われれば断る理由もないけど」

「じゃあ頼むわ。()()はまた考えておくよ」

 

 話すうちに、空港に近付いている。

 急ぎ足でヤクモ達を追い越していった、キャリフォルニアベースの整備士が通路のドアを開ける。

 晴れやかな陽光がドアの形に白く輝き、目の前に射し込む。

 それと同時にやや乾いた風が吹き抜けて、ヤクモたちの髪を軽く撫でる。

 整備士に続いて開けたドアを押さえるバークレーの脇をすり抜けて、ヤクモとレジーナが外に出る。

 初夏の陽射しが、薄暗い通路を抜けてきた目に刺さる。

 その眩さに目を細めるヤクモ。

 その目の前で、軽やかに歩くレジーナの明るい橙色の髪が、陽の光を切り取ったように風に靡いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  




相変わらずの遅い更新となりました。
プライベートで色々あって、精神的になかなか書けない状態で……いや言い訳です。すみません。
そして相変わらず話もなかなか進まない。これも反省。

話の中の時期的なところでは、次あたりで何か出てきそうな気もする。出てきそうで出てこない気もする。さて、出てくるとすれば何でしょうか?
……別にクイズではない。寧ろ独り言。

なんだかが色々と微妙な展開の話になった気もしますが、ご意見、ご感想を頂けると幸いです。

これで投稿を始めて2年になりました。お読み下さった方、お気に入りにして下さった方、本当にありがとうございます。細々としておりますが、皆様のお陰で好き勝手に書かせていただいています。

今年もあと僅か。
個人的には、来年はもう少し書くペースを早くしたいと思ってはいるのですが、どうなることやら。半分くらいの長さでこまめに投稿した方がいいのかしら。

とりとめの無い話はこのくらいで……。


少し早めではありますが、おそらく年内最後の投稿となるでしょうから……。

今年一年、大変お世話になりました。
拙作にお立ち寄り頂いた方にも、そうでない方にも、来年が良い年となりますように。
良いお年を。

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