静寂を破ったけたたましい警報に周章てて幕舎を飛び出し、戦闘配置につこうとする連邦軍将兵を出迎えたのは、空から降る荒々しい機銃の乱撃であった。
ジオン地上部隊の運用する戦闘機〈ドップ〉の編隊が、対空砲の弾幕を掻い潜り急降下しながら機銃を斉射すると、高度を上げて基地上空を通過していく。
その短い攻撃が終わると、モットバング堡塁の中は、連邦軍将兵の悲鳴と怒号の合唱がもたらす喧騒に包まれた。
施設への被害はごく軽く、死傷者の数も決して多くはないが、不意を突かれた狼狽が兵士たちの間に広がる。
「……へっ、行っちまった。戻ってきたら撃ち落としてやるのによ」
対空砲の照準越しにドップの飛び去った空を見上げ、頬に垂れた汗を拭いながら虚勢を張る兵士のヘルメットを、古参兵が小突いた。
「馬鹿野郎、気を抜いてんじゃねえ!! 次が来るに決まってるだろう!」
ずれたヘルメットを直しつつ、やや不貞腐れた兵士が対空砲の角度を変えかけたその時、その耳は異音を捉えた。調子の外れた笛の音のような、空気を切り裂く高い音。戦場にあって耳にしたことのない歩兵は誰もいない。次第に近付いてくるその不吉な音に、兵は肌が粟立つのを悟った。
「来たぞおっ!!」
古参兵の悲鳴にも似た怒号を掻き消すように飛来した砲弾が対空砲の周囲に落下し、爆炎と爆音、瓦礫と土砂を同時に巻き上げる。
直撃こそしなかったものの、大気の激しい震動と飛来した砲弾の破片が砲座を揺さぶる。さらに立て続けに飛び来た砲弾が砲座の基部近くに命中し、その衝撃で兵士は座席から投げ出された。
望まぬ空の旅を強いられた兵士は、激しく回転する視界の隅に堡塁に迫り来る巨人の姿を納めた次の瞬間、地面に叩き付けられた。崩壊した対空砲の基部の破片に全身を強く打ち付け、意識を失ったその兵士と、混乱の極みにある彼の僚友と、どちらがより不幸だったかわからない。
混乱は未だ治まらないものの、事態を察した者から迎撃の構えに入る。
その連邦軍将兵に迫り来るのは、緑色の巨人の群れと、その中に混じる両の肩に雄牛の角にも似た突起を聳やかす、青色の巨人。
ジオン軍が連邦軍を凌駕し続ける最大の要因、モビルスーツ。
逸早く兵士が飛び込んだ砲台から散発的な砲撃が飛び出すが、モビルスーツはその反撃を意にも介さぬように、ゆっくりと、しかし着実に迫ってくる。
ジオン軍の本格的な攻撃が始まったのだ。
*
ノリス・パッカード大佐率いるアジア方面軍の部隊がモットバング堡塁に進撃を開始した時、突撃機動軍に所属する
モビルスーツ部隊の先頭に立つ、左肩を黒く塗装したザクⅡF型。歴戦を示すかのように、所々に無数の細かい傷がついた機体のコクピットで、ヤクモはメインモニター下部のディスプレイに表示される数値を目で追った。
「大分滑りやすいな……各機、バランサーのレベルを
追従する僚機に向け、超短波レーザー通信で指示を出す。
「確かにね。ひっくり返っている間にやられるような間抜けはゴメンだ」
一番最後に了解を返したアンディ・カペラ少尉が、ついでに軽口を叩く。
「そういうことだ……そろそろ配置ポイントだな」
全長18メートルのザクⅡの巨体がすっぽりと隠れる程の巨岩の陰で、ヤクモは機体の足を止めた。
センサーには自部隊以外の反応はない。ディスプレイに表示された時刻は、午前7時12分を示している。
インパール攻略に向けた布石としてのアジア方面軍の作戦行動、モットバングへの攻撃はまだ始まったばかりだ。自分たちの出番が来るところまで戦局が動くまでには、もう少し時間が掛かるだろう。
それにしても――と、ヤクモは自分の置かれた立場を不思議に思わないでもない。
この大戦、ジオン独立戦争と銘打たれた史上最大規模の戦争が開戦してから、まだ三ヶ月余りしか経っていない。
開戦の時には、ヤクモは一少尉として宇宙に居た。
それが、開戦直後のグラナダ攻撃に加わって以降、〈ルウム戦役〉を生き延び、大尉となった。
地球降下作戦に際しては、降下部隊に先駆けて地球に降り立った。第一次地球降下作戦において、バイコヌール宇宙基地及びオデッサ基地攻略に付随してセヴァストポリを攻略して後も、地球上において数度の戦いを生き延び、今は激戦の続く東南アジアの密林に在って連邦軍モビルスーツの調査任務に絡み、敵基地の攻略戦に参加している。
そもそもヤクモには、ジオンの地球連邦からの独立だとかスペースノイドの自由を希求するだとかいう、政治的な理想の持ち合わせは無いに等しい。彼の亡父はジオン建国の祖ジオン・ズム・ダイクンの熱烈な信奉者であり、スペースコロニーに住まう人々の地球からの自立を望んでいたが、幼いころに父と死別したヤクモには、その薫陶を受けるだけの時間も無かった。
両親と死別してからは、思い出すのも忌まわしい〈研究所〉での
戦地に立つことを積極的に望んだことなどないというのに、今のヤクモは開戦以来数々の激戦を潜り抜け、広く存在を喧伝された訳ではないにしろ、ジオン軍内では知る人ぞ知る「エース」と呼ぶに値するモビルスーツパイロットの一人なのである。
いつ果てるともない戦いの中で、気付けば自分の手が血で汚れることへの抵抗が少なくなってきている。
自分と行動をともにしている仲間を喪いたくないという思いで戦い、身近にいる人間を死なせたくないから、顔を知らない敵兵を殺めて来た。兵として熟達するということは、人間としての罪を際限なく重ねていくことに他ならないのであろうか。一方で、自分のパイロットとしての技倆への自信もあり、仲間とともに敵を撃破し作戦を遂行したときの達成感に充たされたものを感じる、矛盾した自分もいるのだ。
人間の思惑を超越した何か――それを運命と呼ぶのが妥当であるならば、運命を司る神とやらは、一体自分に何を望んでいるのだろう?
いくら考えても解のない、迷路に似た思考に自分が陥りかけているのに気付いたヤクモは、ヘルメットのバイザーを上げた。
シート脇のホルダーから水の入ったボトルを取り上げ、蓋の中央から突き出したストローをくわえた。生ぬるい水の喉ごしは決して好ましいものではないが、一時的に気分を切り替える効果はあったようだ。
思考を現実の戦場に引き戻したヤクモは、一つ深呼吸すると、「その時」を静かに待ち始めた。
*
ジオン軍の襲撃により俄に喧騒に叩き込まれたのは、未だ直接の攻撃を受けていないインパール基地も同様であった。
モットバング堡塁の守備隊からインパールの司令部へ入った通信は、悲鳴と怒号の入り雑じった音声を断片的に伝えただけで、以後は単なる
ミノフスキー粒子の影響による電波阻害であることは明らかであった。
地球上で自然に大量発生することのないこの物質が大量発生しているということは、何者か――インパール基地に駐屯する連邦軍の作為に依るものでない以上、答は一つ。ジオン軍の襲撃に晒されているという事実を疑いようもない。
色めき立つ司令部の中で、少なくとも表面上の平静を保っていたのは極東方面軍のイーサン・ライヤー大佐である。彼は本来インパール基地の所属ではなく、機械科部隊編成のための一環である任務により、インパールに滞在していた。
司令部の中、悠然と椅子に腰掛けて、幕僚とともに狼狽するばかりで有効な指示を下すこともない基地司令に冷やかな視線を送っている。
大体、ジオン軍が攻勢に出たからといって、この無様な慌てぶりは何事であろう。ここは地上の対ジオンにおける最前線の一つであり、ジオンの攻勢は想定の範囲内であるはずだ。それを、碌な哨戒も警戒もせず奇襲を受けたからといって、今更どう対策を打てるものでもないであろう。
(無能な……ジオンが勝ち続けるのも道理だな)
味方であるはずの基地司令に対して、失望と侮蔑を禁じ得ない。
ライヤーの冷やかな視線の先で、ようやく動揺から立ち直ったのか、基地司令がモットバングへの援軍派遣を指示しようとする。
「無益ですな。それよりも早急に撤退命令を出した方がよろしい」
「な、何と!?」
堪りかねて口を挟んだライヤーに、司令ばかりか周りの幕僚すらも驚愕と非難のない混じったような顔を向けた。
(司令だけではない、この基地にいるのは低能揃いか)
ライヤーは立ち上がった。
「今更増援を出したところで無益と言ったのです。今のジオンが寡兵で奇襲を仕掛けてくる筈がない。おそらくはモットバングのみならず、この基地を陥すにも充分な程の戦力で攻めてきているだろう。増援を小出しにするくらいなら、いっそ堡塁を放棄して撤退したほうが犠牲も少ないというものだ」
「だ、だが……堡塁を易々と敵の手に渡すなどと! 貴官は友軍を見殺しにするのか!?」
昂然と胸を反らして反論する同階級の基地司令に対し、ライヤーは真っ向から向かい合った。
「そもそも極東方面軍の方針は、ジオンに出血を強いつつ戦線を整理し、戦力が整ったところで戦線の延びたジオンに反撃するというものの筈。碌な備えもない一堡塁に拘って犠牲を増やすなど、蛮勇とも呼べん。貴官が部下に玉砕を厳命するというなら止める権限もないが、私の部隊がそれに付き合う義務もない」
鼻白んだ基地司令に最早一瞥もくれることなく、ライヤーは踵を返した。去り際に一言。
「撤退支援であれば、手を貸すのに吝かではない」
気まずい沈黙の中、ライヤーの長身が司令部から消えた。
*
モビルスーツ部隊からやや離れた位置に停まった
「11時方向から2時方向に向けて熱源多数、同時に反対方向に向けての熱源も確認」
サーモセンサーとソナーに現れた反応に視覚と聴覚を集中させながら、後部座席に座る部隊指揮官に報告する。
戦闘開始から約3時間。
11時方向から移動する熱源は、おそらくインパール基地からの増援と見てよいであろう。目下モットバングを攻撃中のノリス・パッカード大佐の想定したとおりの動きと言える。
反面、部隊の2時方向、モットバングからの熱源とは如何なるものか。
報告を受けたカイは、形の良い顎に右手を当てた。考えられるケースとしては、モットバング守備隊が早々に撤退を始めたということ。そうであれば、インパールから出た部隊はモットバングまで進むことなく、インパール付近に布陣し、撤退してくる部隊の支援に当たることになるだろう。増援部隊がモットバングまで急進したとしても、その進路上で、必ず撤退してくる部隊と接触するはずである。防衛対象が既に陥落していると分かれば、敢えてそこを奪回するために進撃を続けるとは考え難い。
この場合、モットバング方面からインパールに向かう反応が、一気呵成に連邦部隊を駆逐したノリス隊の物であった場合の対処を考える必要はない。その場合には、ノリス隊がインパールからの連邦軍部隊と接敵した機を見計らい、敵部隊の側面を襲う以外に選択肢がないからである。
何れにしても、折角出てきた敵に効果的な一撃を加えるために、更なる情報は必要だ。
「山頂の観測班と連絡は取れるか?」
カイの問い掛けを受けたチカが、インカムを口元に手繰り寄せた。
彼らの潜んでいるのは、インパール北に位置する小高い丘の麓に広がる深林の中。その丘の上にはノリスが附けてくれた観測部隊が、新たに戦場となるであろう平野部を俯瞰しているはずである。
二言三言、インカムで通話したチカが振り向いた。
「インパール方面からの熱源は連邦部隊です。六一式戦車約三十、その他
頷いたカイが通信を開く。
「ヤクモ、聞こえているな? 連邦部隊は予定どおりこの辺りに展開しそうだ。準備は良いな?」
『
「ああ、それは観測データを随時そちらに送ろう」
通信を切ったカイは、口の中で呟いた。
……さて、どうなることかな。
*
カイ・ハイメンダールが乗るホバー・トラックの端末からザクⅡのコンピュータ端末に転送されてきた、連邦部隊についての情報を、ヤクモは見詰めた。
「六一式、AFV……数が多いな。足を止めなければなんとかなるか……。今のところ
木々の生い茂る丘陵を挟んで自部隊正面に布陣を始めた連邦部隊は、メインモニター下部のディスプレイに簡略表示された地図上に、赤い光点で表示されている。その総数は、彼の率いるモビルスーツ隊の凡そ六倍から七倍。ここに歩兵の数は含まれていないため、人頭で見た戦闘員の総数で言えば、凡そ数十倍にもなるだろう。いくらモビルスーツの存在があるとはいっても、一部隊だけで仕掛けるのは無謀と言えるだろう。
が、遠く
仕掛けのタイミングは、おそらくカイが計っているだろうが……。
ザクⅡのコクピット内で静かに「その時」を待つヤクモは、遠い砲声と微かな振動を感じた。
未だザクⅡのセンサーに反応はないが、ゆっくりと近付くそれらの存在が、「出番」が近いことを知らせてくる。おそらく、モットバングを放棄して撤退する連邦軍に、ノリス率いる部隊が追撃をしているのだろう。
ザクⅡの主動力であるミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉が発するミノフスキー粒子の影響によってセンサーに感知されるのを避けるため、ザクⅡのメインエンジンは切っている。通信に必要なため、内蔵電源から最小限の電力を得ているが、いつまでこの状態が続くか判らないので、電力消費の多いエアコンは点けていない。
耐え難い暑さではあるが、エアコンの使いすぎで内蔵電源を使いきり肝心な時に通信機器が使用できず、戦機を逃したのでは笑い話にもならない。
よって、ヤクモ以下モビルスーツ隊のパイロットたちは、連邦軍との戦いの前に耐え難い暑熱との戦いを強いられていたのである。
こちらの
――サー、限界であります、サー。
遠い昔、士官学校時代に罰走としてグラウンドを延々走らされた時、指導教官に泣きついた級友の台詞が頭の中をよぎる。
(いかん……何か昔の事思い出してきた。もしかして、今ヤバい状況か……? まったく、
戦地に在って「出番」を待っているにも関わらず、違う意味で危機的状況に立たされている気がする。
しかし、この蒸し暑さの苛酷さはどうだろう。戦争に理想を語るばかりで決して最前線に立たない上層部に対して、不満を抱くなという方が無理というもの。同じ環境に堪えているかと思えば、これから命のやり取りをする敵の方が、よりシンパシーを感じるというものだ。
『長らく待たせたな。もう少しで出番だぞ』
ヘッドホンから聞こえてくるカイの声に、ヤクモの意識が現実に引き戻された。通信に僅かにノイズが混じるのは、先程よりもミノフスキー粒子の濃度が高まっているから。
つまり、「戦場」が近付いてきているのだ。
一息吐いたヤクモは、インカムを口元に手繰り寄せた。
「各員、間もなく始まるぞ。各機、予定どおり合図と同時にメインエンジン始動、敵部隊の側面を突く。マークとウィルは展開中の敵陣に向けてここから砲撃、その後地点を移動して所定の行動。ジニー、アンディ、リカルドは俺に続け」
口の渇きで上手く回らない舌をどうにか動かしてそこまで指示し、口をつぐむ。
各機からの了解の応答を待つ間に、一口水を含んだ。
「敵の配置については、少佐から送られたものをこれから転送する。各自、地形データとリンクさせるのを忘れないように」
言いながら、モニター下のコンソールをリズミカルに叩く。
『 想定より少し遠いような……大丈夫かな?』
モニターの右下に映し出された、不安げに首を傾げるレジーナに向かって、軽く頷く。
「メインエンジン始動と同時にスラスター出力を全開。こちらの有効射程まで150秒で接近する。それ以上時間がかかると蜂の巣にされる可能性があるからな……気を付けてくれ」
『結局こっちがやることは全速移動。撃たれるかどうかは敵さん次第……何も気を付けようがないじゃないですか』
『何でもいい。この蒸し暑さから逃れられるなら、何でもいいっス』
憮然とした表情のリカルドと、作戦開始前にして既に疲れきった様子のアンディに、つい苦笑が浮かぶ。
「まあ、そうボヤくな、リカルド。アンディはやる気出せ。俺たちが近付く時間を稼ぐためにマークとウィルがいるんだから」
長距離砲撃用の武装を携行したマークとウィリアムに 通信を向けた。
「無理に狙いをつける必要は無い、俺たちが接近するまで敵の密集地に向けて撃ちまくってくれ」
「了解」
「わかりました」
マークの口調は、いつもながら冷静だ。自分の任務を淡々と受け入れているように見える。一方のウィリアムの声にも、僅かな緊張はあるが気負っている様子はない。
戦場の空気にも、戦いそのものにも、少しずつ馴れてきているのだ。ヤクモ以下、部隊のモビルスーツパイロット達が水準以上の操縦技術を有しているため、ややもすれば未熟な少年兵だと思われがちではあるが、ウィリアムもまた、彼らとともに度重なる訓練と、実戦の砲火の中を生き延びているのだ。
開戦の時とは比べようもない程に、その技倆は向上している。そして、その伸び代はまだまだある。
ウィリアム本人がそのことを自覚しているかはともかく、上官として常に見続けてきたヤクモにはそれがわかっている。
戦いを前に、仲間たちに無駄な気負いも、過剰な緊張感も無い。それで充分だった。
*
インパール基地内は喧騒に包まれている。急遽の出撃準備に追われ、編成が整い次第飛び出して行く増援部隊、急いで配置に付く基地防衛部隊。活気があるというより、殺気立っていると表現した方が相応しいような喧騒の中、他の部隊よりもやや落ち着いているのは、連邦軍新兵器のテスト部隊である。
RRf-06、通称〈ザニー〉。
モビルスーツ開発において、ジオン公国に大きく遅れを取った地球連邦が試作機として開発したモビルスーツである。
とは言え、その機体を構成しているのは、滷獲したザクⅡから取った部品やら、裏工作によって入手したザクⅡの部品を組み合わせたものに、ザクⅡとは異なる外装を施したもの。モビルスーツ運用のノウハウを収集する意味合いの強い試験運用機と言った性格が強い。
そのザニーのテストパイロットであるクリスチーナ・マッケンジー、オリヴィエ・ルヴィエ、アルバート・モーニング。元々実地試験のためモビルスーツに搭乗予定となっていた3人だけは、戦闘準備に追われる基地の守備兵たちと異なり、出撃準備が出来ている。広々とした
周りを忙しく駆け回る整備士たちを横目で眺めたオリヴィエが、傍らに立つアルバートに、黒い瞳を向けた。
「まさか、最終テストが実戦とはね」
肩を竦める褐色の肌の友人の呟きに、それまでむっつりと考え込んでいたアルバートが答える。
「元々実戦形式のテストだった。相手と弾頭が違うだけだ……こっちの方が好都合だよ、俺には」
その
「まあ、お前さんの気持ちも分かるがね……頼むから一人で突っ込まないでくれよ?」
「じゃあお前らも連れていく。遅れるなよ?」
「いや、そういうことじゃなくてね……」
鋭い目付きを変えないアルバートと、困ったように頭を掻くオリヴィエ。
それまで会話に混ざらなかったクリスチーナが、その二人に声を掛けた。
「二人とも、そこまでよ。少佐が来たわ」
たしなめられた二人が、格納庫の出入口を見やるクリスチーナの視線を追うと、その先には、此方に歩を向けるスチュアート少佐の制服姿がある。
立ち止まったスチュアートに正対して横隊に並んだ三人が、上官であるスチュアートに敬礼した。
「RRf-06ザニー、間もなく準備完了します」
一同を代表したクリスチーナが告げると、スチュアートは頷いた。
「承知のとおり、予定外の展開だが君たちには実戦に出てもらう。任務はモットバングから撤退する友軍を支援すること。実戦データの収集を兼ねた支援攻撃に徹し、決して無理をしないように」
「しかし、それでは……」
言いかけたアルバートを片手を上げて制したスチュアートが、その顔を見ないまま続ける。
「無理をしないようにとは私からの頼み事だ。ライヤー大佐の命で、我々テスト部隊は撤収の準備も進めている。……データもパイロットも貴重でな。無駄にしたくない」
口ごもるアルバートをちらりと見たオリヴィエが、スチュアートに向き直った。
「復命。オリヴィエ・ルヴィエ中尉以下、ザニーによる友軍の支援に当たります」
殊更にアルバートの思惑を阻むように敬礼し、会話を終わらせると、オリヴィエはザニーに向けて歩き出した。その後にクリスチーナが続き、最後にアルバートが踵を返した。
「……そんな悠長なこと、やってられるかよ」
その声は余りにも小さく、周囲の喧騒に掻き消されて誰の耳にも届かなかった。
*
轟音が空気を震わせる衝撃となり、地響きがザクⅡのコクピットにある身体まで揺さぶった。
「よし、出撃だ」
耳を打つカイからの無線を受けたヤクモは、
「出るぞ。皆遅れるなよ」
部隊員に告げるが早いか、ザクⅡの主動力である熱核反応炉を立ち上げた。
全長18メートルの巨体、その一挙一動を制御するコンピュータがディスプレイに「システム
その赤く光る
コクピットのモニターにモノアイが捉えた景色が反映され、巨人と、それを駆るヤクモの視界がリンクした。
と、同時に、フットペダルを勢いよく踏み締めた。
左肩を黒く染め抜いた巨人が片膝を着いた姿勢から立ち上がり、次の瞬間には地を蹴って躍動する。
右足を軸に体の向きを変えて走り出す。
次第にその速度が上がり、終には大きく大地を踏み締めた跳躍となった。バックパックと両脚のスラスターから炎が迸り、ヤクモの体をパイロットシートに強く押し付けた。
その機体の後ろに、彼の信頼する部下――というより仲間――のザクⅡが三機続く。
全力移動に移行した四機のザクⅡを見送り、その場に残った二機のザクⅡ。
マーク・ビショップ准尉とウィリアム・ウォルフォード軍曹の操る巨人は、ヤクモ以下の機体から僅かに遅れて立ち上がった。
その両腕に、長大な砲を構えている。
型式番号ZIM/M・T―K175C、通称〈マゼラトップ砲〉。
ジオン公国の地球侵攻をザクⅡとともに支えている戦車〈マゼラアタック〉。175ミリ無反動砲と三連装35ミリ機関砲を各一門装備したその大型戦車は、
そのマゼラトップの砲身を取り外し、ザクⅡ用の携行武装として再設計、調整を施したのがこのマゼラトップ砲である。
ザクの標準武装である280ミリバズーカに比べて口径は小さいものの、状況に応じて数種類の弾頭を換装できる点と、長距離を砲撃できる点に利便性がある。
長距離狙撃砲ではないため、精密な照準という点ではやや難があるが、今回使うような、長距離からの牽制目的としては充分効果が見込める兵装だ。
マークとウィリアムは、それぞれの機体が持つマゼラトップ砲を、連邦軍部隊がいる南方の空に向けた。
小高い丘と灌木を越えた牽制の砲撃。それが彼らの果たす第一の役割である。
ウィリアムはコンソールを叩き、事前に送られてきた連邦部隊の配置状況の観測データを、地形データにリンクさせた。搭載されたコンピュータが弾き出した距離と角度を元に砲身の角度を調整していく。
敵が目視できない状態での砲撃。
暗く曇った虚空に浮かぶレティクルを見ていると、不安が胸に浮かんでくる。
「さて……始めるぞ、ウィル」
「は、はい!」
不意に聞こえてきたマークの声に、一瞬、操縦桿を握る手が動き、レティクルが揺れる。
コンピュータの計算した角度からずれた砲口を慌てて修正するウィリアムに、再度マークから声が掛けられた。
「落ち着くんだ、ウィル。大丈夫だ」
その声は冷静だが、少年に対する僅かな気遣いが籠められているように感じたのは、或いはウィリアムの思い過ごしかも知れなかった。
それでも、ヤクモとともに開戦から死線を抜けてきた年長者の声は、ウィリアムの気持ちを落ち着かせるのに充分だった。一つ深呼吸をしたウィリアムは、落ち着いて照準を合わせ直した。
いつまでも、面倒を見てもらうわけにはいかない。自分も
「すみません、大丈夫です。准尉のタイミングでどうぞ。合わせます」
マゼラトップ砲による牽制の砲撃を信じ、単純な数で言えば数倍の敵に斬り込んでいった仲間を裏切るわけにはいかない。
「……よし、カウント始め。3……2……1」
「ッテェ!」
重なった声とともに、長大な砲身から
間髪を入れず、
弾頭が空気を切り裂く鋭い音が、ウィリアムの耳を貫いていった。
*
インパール基地の北東に展開する連邦部隊。
その隊列を横撃するためにザクⅡを駆るヤクモの目の前で、モットバング堡塁からの撤退部隊と、それを支援するべく布陣する部隊の、それぞれの先頭が交差した。
整然たる布陣に乱れが生じたその時、マークとウィリアムの放った牽制の砲弾が、連邦部隊の中に立て続けに落ちた。
吹き上がる土砂と煙、そして爆炎。
隊互を乱した連邦部隊を見ながら、ヤクモは口許を僅かに弛めた。
(良いタイミングだ、二人とも)
ひと度大地を踏んだ右脚で、再び大きく、前方へ跳躍した。
此方に気付いたか、或いは予想外の砲撃に動揺したか。
緩慢に向きを変えようとする六一式戦車に、ヤクモはザクⅡが右手に持つマシンガンの銃口を構えた。
本当に何でこんなに遅くなったんだろう?
そして、何でこんなに長くなったんだろう?
戦闘シーンに突入、というか本来なら戦闘終了の予定だったんですが。