深夜の密林に降り注いだ
丈夫さが取り柄で飾り気もない軍用の腕時計の中で動き続ける時針は、既に日の出の時刻を過ぎている。見上げた空の色は徐々に明るさを増してきているが、立ち込める雲は厚く、陽光の恵みは鬱蒼とした密林の中には届かない。
そのくせ気温は、じわりじわりと上がってきている。
豪雨によって地表付近に滞留した水分は霧散することなく、身体中にまとわりついてくる。
じっとりとした不愉快な湿気を含んだ髪は重く、時に白い頬に張り付く。
細いしなやかな指先で明るい橙色の一房を払ったレジーナ・ハイメンダールは、不快そうに一息吐くと、ノーマルスーツを着た背中を傍らの鉄塊に凭れかけた。
滑らかな曲線を描きつつ地面から聳えるそれは、巨大な脚。
超硬スチール合金の体躯に核融合炉を搭載した巨人。ジオン公国の技術力の粋を集めた、否、現時点では地球連邦を含め、地球圏に住まう人類社会の中でも最高の技術の結晶。
開戦以来のジオン快進撃の立役者であり、連邦軍にとっての悪夢の象徴。
ーーMSー06、〈ザクⅡ〉。
地に片膝を立てて踞り、沈黙を保つ鋼鉄の巨人に背を預けながら、レジーナは所在なさげに、ノーマルスーツのブーツに付着した泥を振り払った。
美しい曲線を描くしなやかな脚が前後に動く都度、ブーツに付いて半ば固まった泥が地面に落ちる。
生い茂る木々の枝にとまり、驟雨から身を守っていたのだろうか、名も知らぬ鳥の鳴き声が遠く聴こえてくる。
それに合わせるように近付いてくる、軟らかい泥を踏む足音に気付き、レジーナは顔を向けた。
その目線の先にいたのは、ゆっくりとした足取りで歩いてくる、琥珀色の瞳の青年。両手に水の入ったボトルを持っている。
「ずいぶん早いな。眠れなかったのか?」
問い掛けながら、右手に持ったボトルをレジーナに向けて放る。
「……蒸し暑いわ、ここは。雨が降ったからと言って、涼しくなる訳じゃないのね」
放物線を描くボトルを危なげなく受け止めたレジーナが、言外に肯定するように答えた。
数歩の距離で立ち止まった青年は、やはり暑さに耐えかねたのであろう、ノーマルスーツの上を
モスグリーンの布地の上で、首から提げたシルバーの
軽装の僚友の姿に、気付かれないほど小さな溜め息が漏れた。
理由は至極簡単、気軽に薄着になれる男が羨ましかったのである。
ノーマルスーツの下には下着しか着ていない。密林の中であっても、部隊が駐留する戦地。いくら暑いとは言え、何処に人の目があるかわからない場所で、女として迂闊な真似はできない。
目の前にいる青年ーーヤクモは士官学校の同期であり、部隊を率いるのは双子の兄。他の面子も気心が知れているし、徹夜明けの顔もお互い見知っている……まあ、親しい間柄だ。
それでも、あられもない不用心な姿を見せられるかといえば、全く別の話である。
そもそも、体のラインがはっきりわかるノーマルスーツ自体、最初のうちは抵抗があったのだ。
今でも、ノーマルスーツ姿に馴れた訳ではない。ただ、男の目線を意識しないように心掛けているだけ。
時として、不躾な視線に晒される不愉快さを感じることもある。
かつて自分で選択した道の延長線上にあることとはいえ、ここでノーマルスーツを開けてしまったら……羞恥心を捨てて開き直ってしまったら、何か大事なものを捨ててしまう気がする。
そんな思いでこの不愉快な蒸し暑さを堪えるレジーナにとって、些細なことではあるが、気楽にノーマルスーツを開けられる男が羨ましい。
そんなレジーナの内心にはおそらく気付いていないであろうヤクモが、左手に持ったボトルを口に運ぶ。
「確かに……暑いな。地球の熱帯雨林がこれ程蒸すとは思わなかった。
一口水を飲んでから、感慨深げに言う。
「この暑さも、私たちが地球に来たときに感じた、雪の冷たさも」
頷いたレジーナは、ヤクモに倣って水を口に含んだ。
持ってくる直前まで何かで冷やしていたのだろうか。入れ物の表面を結露させるほどに冷えたそれは、心地好い涼感を伴って喉を通ってゆく。
「宇宙に上がるまで、人間にとってはこの環境が当たり前だったんだよな。この自然の中で生きることが人間の本来の姿なのかな……」
どこか遠い眼差しを密林の奥に向けながら呟いたヤクモの顔を、レジーナは興味深げに眺めた。
その視線に気付いたヤクモが、訝しげに首を傾げる。
「何だよ? 何か変なこと言ったか?」
「ううん、何も。……似合わないことは言ったけどね」
微笑むレジーナの顔を見たヤクモが、ダークブラウンの髪を掻いた。
「……まあいいか。それより、作戦開始までにはまだ少し時間がある。少しでも休んでおいた方がいいぞ」
少し気恥ずかしそうに、視線を逸らしながら言う。
決して器用ではないが、気を遣ってもらっていることが伝わる。
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
素直に礼を言うと、レジーナは〈ザクⅡ〉のコクピットに乗り込んだ。
*
ジオン公国アジア方面軍の基地を近郊に抱えるラサの南東、ヒマラヤ山脈を越えた密林の中、幾つかの川によって形成された渓谷に、その基地はある。
地球連邦軍極東方面軍インパール基地。
インドとミャンマーを繋ぐ交通を扼す要衝にある極東方面の対ジオン戦略の要の一つであり、この方面のジオン軍にとっても、攻略すべき拠点としての順位は常に上位にあり、現に数日前から、ジオン軍の偵察と思しき動きが活性化していた。
その軍事的な重要性は、無論連邦軍首脳部においても理解されている。
つい先日、実戦を兼ねた評価試験の為に試作兵器が届けられたのも、そのためであろうか。
人為を差し挟まない自然の形成した渓谷と密林、そこに人工の建造物が複雑な
早朝にも関わらず複数の人影が集まっている。
軍服を着た人物が二人と、ノーマルスーツ姿の人物が三人。
その中心にいる、口髭を細く整えた中年の士官が、傍らにいる女に渋面を向けた。
「ふむ。すると、君の見解としては
手にした黒色のファイルをボールペンの先でつつきながら、赤毛の女に問い掛ける。
燃えるような赤色の、美しい髪を揺らしながら、女が頷く。
凛々しく、形の良い眉の下にあるエメラルドグリーンの瞳には強い光がある。
「はい、少佐。
身長差があるため、上目遣いになるのは止むを得ないが、その明け透けな口調といい、目の強い光といい、上官に食って掛かるような印象でもある。
口髭の少佐も、無論それを感じてはいるが、この部下が、見た目に似合わず頑固なところがあることはよくわかっている。
結局少佐が表面に見せたのは苦笑であった。
「なるほど、君の意見はよくわかった。だがね、中尉。それを踏まえた問題点を抽出するのも我々試験隊の任務ではないかね?」
「それはそうですが……」
さらに言葉を継ごうとする女の肩に、手が乗せられた。
振り向いた瞳の先にいたのは、白地に赤をあしらったノーマルスーツを着た、褐色の肌の男。
「まあ、その辺にしておきなよ。スチュアート少佐の言うように、問題点を見つけるのも俺たちの仕事さ。それをどう是正するかは純粋な技術屋の仕事で、どうやって運用するかは指揮をする連中の考えることさ。文句を言う前にやることをしようや」
緊張しかけた空気を解すかのように、殊更に陽気な声でいった内容も、また正論の一つ。
反論に詰まった女が口をつぐむと、スチュアート少佐が口を開いた。
「他に意見はないようだな? それでは、本日の予定を消化する。二週間に及んだ評価試験も本日でラストだ。パイロット諸君は準備にかかるように」
試験隊の責任者であるスチュアートと別れたパイロットたちは、重々しい鉄のシャッターをくぐり、格納庫の中へ進んでいった。
その先頭を歩く赤毛の女に、褐色の肌の男が話しかけた。
「何をピリピリしてるのさ、クリス?」
「別に……ピリピリなんてしてないわよ」
「どうだかね」
褐色の肌の男が肩を竦める。むっとした女が体ごと振り返る。その顔の前に、男は右手の人差し指を立てた。
それまでの飄げた仕草とは打って代わり、目に真剣な光がある。
「いいかい、クリスチーナ・マッケンジー。俺も君の言うことが間違っているとは思わない。たしかに
「だったら……」
反論しかけたクリスチーナを抑えたのは、横から差し出された腕だ。
それまで会話に加わって居なかったもう一人、明るい灰色の髪の男が溜め息を吐きながら首を左右に振っている。
クリスチーナが口籠ったのを見た男が更に続けた。
「俺たちはテストパイロットだ。試作機のデータ収集がお仕事。俺たちの仕事以外のことを考えるのは、他の連中に任せればいい。あそこでスチュアートに楯突いても何にもならないだろ? ここまではオーケー?」
「……オーケーよ」
不承不承といった態でクリスチーナが応じる。
「
「そんな訳ないじゃない」
クリスチーナが頭を振る。
「別に好き嫌いで行動している訳じゃない。ただ、ザニーはまだ開発中なのよ。もっと時間をかけて調整するべきなのに……
オリヴィエと呼び掛けられた褐色の肌の男と、アルバートと呼び掛けられた灰色の髪の男が顔を見合わせる。
「ん……気にしたことはなかったけど。そう言われればそうなのかな」
小首を傾げるオリヴィエとは対称的に、アルバートは首を振る。
「たしかに上層部は焦っているのかも知れない。でも、俺に言わせれば今更だよ。今更焦るくらいなら、なんでもっと早く開発を進めなかったんだ? もっと早く配備が進んでいれば、ジオンの奴らをこれ程調子に乗らせることは無かった筈だ。奴らに……」
「おっと、そこまでにしとこう、アルバート」
アルバートの口調に剣呑な物が混じった途端、オリヴィエが止めに入った。
アルバートの肩に左腕を回し、顔を近付けて小声になる。
「お前さんの気持ちはわかる。だけど、それ以上は
一旦口を閉じてアルバートの顔を見る。その瞳から激発しそうな光がなくなるのを待ってから、次に右腕をクリスチーナの肩に回した。自分以外の二人を抱えこむようにして、小声で囁くように言った。
「クリスもアルバートも落ち着けって。二人とも言いたいことがあるのは良くわかった。だけどね、それ以上はこんなところで口にしちゃあ駄目だ。上層部に対する批判的な態度、それだけで左遷されるなんて、ジャングルに雨が降るのと同じくらい良くある話なんだぜ?」
オリヴィエの黒い瞳と目が合ったアルバートが、軽い溜め息を吐いた。肩に回された腕を左手で少しぞんざいに外す。
「……わかったよ。余計な気を遣わせて悪かった」
そう言って格納庫の奥にゆっくりと歩を進める。
そのアルバートに僅かに遅れて、クリスチーナもまた、自分の肩に回されたオリヴィエの右腕をゆっくりと解いた。
「そうね、これからは気を付けるわ。ありがとう、オリヴィエ・ルヴィエ」
オリヴィエに軽く笑いかけたクリスチーナ。
そのままアルバートの後を追って格納庫の奥に歩いていく。
その場に取り残された形のオリヴィエが肩を竦めた。
歩いていく二人のパイロットを追い掛けた視線が、その背中を通り越して格納庫の奥に向かう。
フットボールのスタジアムが二つ納まりそうな広さの格納庫。
その最奥に、胸部をオレンジ色に塗装されたアイボリーの巨人が三体、物も言わずに佇んでいる。
「……本当に判ってるのかね、あの二人は」
頭を掻きながら一人呟くと、オリヴィエは巨人の足下に向かう僚友の後を、小走りで追い掛けた。
*
其々の駆るモビルスーツと共に密林に潜む
生い茂る樹木の枝の僅かな隙間から見上げた空を、北から南へと飛び行くその姿を見送ったカイ・ハイメンダールは、空から地上へと視線を転じた。
見渡せる範囲に、彼の率いる舞台のモビルスーツパイロットが集まっている。
一様に無言で、指揮官のカイが声を発するのを待っていた。
何れもまだ若い。最年少のウィリアム・ウォルフォード軍曹など、未だ十七歳の若さである。
だが、彼らが今次大戦において通り抜けてきた戦場の数は大方のベテランよりも多いかも知れない。
各自の搭乗するモビルスーツの大小の損壊は数え切れないが、未だ戦死者はおろか戦闘に耐えられなくなるほどの重傷を負った者もなく、慣れない環境下にあって病を得た者もいないという事実は、僥幸と言ってよかった。
此度の作戦では、彼の部隊はこれ迄の一週間、敵陣営に対する地上からの偵察に終始していた。
不安定な天候と常に付き纏う蒸し暑さの劣悪な環境の中、当然疲労も溜まっているだろう。にも関わらず、戦闘を目前に控えたこの時間帯に、表情、態度にそれを感じさせる隊員が一人もいないことに、カイは軽い満足を感じた。
「今のルッグンが
首にかけたタオルで額にうっすらと滲む汗を拭ったカイが、やや後ろに止まった戦闘支援用ホバートラックの横に控える
「はい。今から約一時間後……
カイの問い掛けを受けたチカ・ソラノ兵長が、手に持ったファイルと腕時計を忙しく確認しながら答える。
活動的なショートカットにした赤い髪と、紅茶色の大きな瞳が印象的で、年齢も未だ少女と言ってよい程度だ。
軍服を着ていなければ凡そ軍属には見えないが、これでもムサイ級巡洋艦の通信オペレーターとして開戦からルウム戦役までの戦いを潜り抜け、地球降下後も常にオペレーターとして前線に帯同し続けている。
意外と些事にも気が利く、優秀なオペレーターである。
カイの問い掛けに対するチカの返答の半分以上は、部隊員に対する規定事項の伝達でもある。
頷いたカイが、前にいる部隊員の顔を見回す。
「それでは、今回の作戦について最終確認を行う」
傍らの樹に寄りかかって腕組みをしていたヤクモが姿勢を正し、しゃがみこんでいたアンディとリカルドが立ち上がった。
全員の視線がカイに集まる。
首にかけたタオルをホバートラックの座席に放り込んだカイは、改めて作戦についての伝達を始めた。
「さて、作戦の要諦は既に各員に伝達したとおり。我々は作戦上第二陣の位置付けにある。今後は戦況を観つつ臨機に動くことになるが、各員、くれぐれも忘れないように。我が隊の第一任務は敵基地の攻略に非ず、敵基地に配備が予想される新型モビルスーツの調査……あわよくば滷獲乃至はこれを撃破すること。その上でのアジア方面軍との共同戦線である。眼前の戦況に拘るあまり、それを失念することのないように……ヤクモ、いいな?」
わざわざ名指しされたヤクモが、心外そうに親友を見る。
「……何でそこで俺に話を振る?」
「貴方が一番余計なことをしそうだからですよ」
それまで一言も発せずにヤクモの傍らに控えていたマーク・ビショップ准尉が間髪入れずに言う。
「なっ……」
予想外の角度からの攻撃に言葉に詰まったヤクモが、周りにいる仲間を見渡すと、或る者は慌てて目を逸らし、また或る者は失笑を堪えている。その全員がマークの言葉に「そのとおり」と、態度で賛同の意を現していた。
「そうかそうか、お前らが俺をどういう目で見ているのか、よく判ったよ。……
悔しそうに呟くヤクモの周りで、短い笑いが起こった。
*
事の発端は、キシリアから大鴉隊に下された連邦軍モビルスーツに関する調査命令にある。
大鴉隊の指揮を執るカイに、アジア地域での連邦軍モビルスーツに関しての調査を命じたキシリアは、その直後、アジア方面軍のギニアス・サハリン少将に協力を要請。その要請を受け入れたアジア方面軍と暫定的な協力体制を取ることとなった。
その翌日、アジア方面軍司令代行ノリス・パッカード大佐とカイの間で設けられた協議により、お互いの立場と協力体制についての取り決めがなされた。
その内容は大別して3つ。その1つは、「大鴉隊は、アジア方面軍の統治下にある地域及び今後作戦行動を取ることが想定される範囲において、アジア方面軍の活動を阻害しない範囲で自由に活動出来るものとする」こと。2つ目は、「アジア方面軍は、大鴉隊の活動において、軍活動に支障のない範囲でその活動を容認し、可能な限り支援するものとする」こと。
そして最後の3つ目は、「アジア方面軍の作戦行動範囲と大鴉隊の活動範囲が競合する場合でその利害が一致すると認められる場合、大鴉隊はアジア方面軍の作戦行動に最大限協力するものとする」こと。
何れもノリスの発案によるこの提案は、カイとその率いる部隊に対する配慮がなされたものであり、カイとしてもケチの付けようがないものであった。
強いて言えば問題となるのは最後の一文、「大鴉隊はアジア方面軍の作戦行動に最大限協力する」という下り。だが、そもそも連邦軍の試作モビルスーツがあるとすれば、それなりの規模の基地に隠匿されているか、基地施設と何らかの連携を図って活動しているとしか考えられない。となれば、最終的にはいずれかの連邦軍基地をつついてみるしかないわけであり、部隊単独で潜入乃至急襲を仕掛けるより、この方面の最大戦力を有する軍と行動をともにした方がむしろ都合がいい。
無論ノリスの側には当方の戦力を利用しようという思惑はあるだろうが、それはそれで構わない。要は、連邦軍拠点を攻略するに当たって戦力の増強が見込めるアジア方面軍と、連邦軍基地に何かしらの手段で当たらざるを得ない大鴉隊の利害は一致しているのである。
さらに言えば、そもそも大鴉隊はキシリアの直轄にあるとしても、キシリアと同格の少将が統率する他の部隊の影響下で活動することになる。いずれ通すべき筋は通さねばならぬし、アジア方面軍を蔑ろにする訳にはいかないのである。
殊更に難癖を付けて、譲歩の姿勢を見せているノリスの機嫌を損ねるよりは、提案に乗った方がはるかに賢明であるし、後々のことを考えても好都合とというものだ。
何ら異議を申し立てることもなく承諾したカイの態度に、ノリスは好感を持ったものである。
口許に満足そうな微笑を浮かべたノリスは、連邦軍拠点攻略の為の腹案をカイに語った。
アジア方面軍にとって、目下のところ一番目障りなのは、地球連邦軍が屯するインパール基地である。
周囲を高い丘と、その丘から流れる幾条もの河に囲まれた守るに適した要害の地にあり、ジオンの勢力圏に面した北と西には複数の堡塁を備えている。
ノリスの作戦では、まず部隊を大きく三つに分け、一隊がインパール北の山間部に設けられたモットバング堡塁に攻撃を仕掛ける。
同堡塁は複数のトーチカが有機的に連結された強固な陣を持っているが、航空部隊による爆撃の後、モビルスーツと
モットバング堡塁は、インパールからは直線距離で100キロに満たない位置にある。堡塁からは当然ジオンの襲撃をインパールに報せるであろう。
そこでインパール基地ではどう対応するか。
インパールからモットバングに増援部隊が急派されるようであれば、インパール北東の山間部に伏せた別動隊を以て増派された部隊の側面を襲う。
増派部隊がインパールに転進するようであれば、増派部隊への急襲隊はそのまま攻勢に乗じてインパール基地に取り付き、南寄りにモットバングを迂回したインパール攻撃隊と合流して基地を叩く。
この際の注意点として、モットバングに最初に取り付く部隊はモットバング堡塁の守備隊よりも僅かに大きい規模に編成し、守備隊に「増派部隊が来れば凌ぎきれる」と思わせる必要がある。また、おそらく作戦中一貫して激戦の中に飛び込まざるを得ず、作戦上圧倒的火力の援護を受けられる保証がないため、兵卒には精鋭を揃え、且つ冷静に敵味方の現状を把握し、臨機応変に対応する戦術眼、或いは勘が求められる。
また、別動隊をそれぞれ指揮する各級指揮官と軍本部との連繋が必須であり、各々状況に応じた対応が必要である。
そこまで説明を受けたカイは、頷いてからノリスに尋ねた。
最も重要であり、且つ激戦の予想されるモットバング攻略部隊、その指揮を執るのは誰か、と。
ノリスの返答は、使い捨ての客軍として自分たちが編成される可能性を考慮していたカイにとっては、意表を突くものだった。
「私が直率の部隊を率いていく」
満腔の自信を漲らせて言い切る大佐に、カイは驚きの目を向けた。
「総指揮官自らが最前線で指揮を執られる?」
「貴公らが充てられると思ったかね?」
寧ろ愉快そうに質問を返すノリスに向かい、カイは正直に頷いた。
「貴公らは、言わば客人だ。私の一存で一番危険な場所には出せんよ」
濶達に笑うノリスに、さらに問い掛ける。
「インパールから増援が出なかった場合は、いかがなさいますか?」
「それならそれで構わんよ。モットバングを落とした後、インパールを包囲してゆっくりと正攻法で落とすだけだからな」
納得の色を示した若い少佐に、壮年の大佐は更に告げた。
「寧ろ貴公らには第二陣の強襲部隊を任せたいのだが。臨機応変の対応が出来、インパール基地の様子を窺うことも可能な配置だ。貴公らには都合がよかろうと思うが、どうかな?」
ここまでお膳立てをされて、よもや否と言うことは出来ない。
元々共同戦線の申し入れは受けるつもりであったとはいえ、見事にのせられた気がする。
「否やはありません。喜んで協力させて頂きます。が……大佐、貴方も食えない人ですな」
階級上位の者に対して直接言うのには、些か失礼な物言いであったかも知れないが、ノリスはニヤリと笑って受け止めた。
「さて、それでは詳細を詰めるとしよう。これから軍議を招集するが、少佐。君にも是非出席を願いたい」
これもカイには選択の余地のない申し入れである。
生粋の武人と見ていたノリス・パッカード大佐に、予想外の一本を取られた感は強いが、そこに不思議と悔しさや嫌忌の念は無かった。
それはおそらく、ノリスの思考の中に陰謀や謀略の類を感じさせるものが無いから。
以前マ・クベ大佐と相対した時の腹の探り合いとは全く異なる。
同じ主君を仰ぐ顔色の悪い策士より、目の前にいる、つい先日知り合ったばかりの強面の武人に好感を持つ自分に奇妙なものを感じつつ、カイは客員参謀として、ノリスに付き従ったのであった……。
*
先行するモビルスーツ隊にやや遅れて集結地点に進むホバートラックに揺られながら空を見上げるカイの目に、南方から飛来するルッグンの姿が飛び込んできた。
偵察を終えてノリスの本営か、或いはそこを経由してラサ基地に帰還するものだろう。
森林の軟らかい泥土をモビルスーツが踏み締めた後だけに、地面には著しい凹凸が出来ている。
おそらく車輪付きの車両では、進むのにイチジルシイ困難を伴うであろう地形を越え、この方面最大の連邦軍基地へと向かう。
南方、目的地であるインパールの方向に木々の切れ間から微かに見透せる遠い空に、カイたちの頭上に立ち込めるものより、更に黒い雲が立ち込めている。
低い音量で、その割に腹に響くような遠雷が轟いてきた。
拙作をお読み頂ける皆さん、こんばんは。お元気ですか?
本当であれば今回から(久々の)戦闘シーンと行きたかったのですが、少し長くなってしまったので分けることにしました。
さて、嬉しいもので拙作のUAが10000を突破しました。ひとえに皆様にお読み頂き、感想、評価を頂いた賜物と嬉しく思っています。
さて、そこでUA10000突破を(勝手に)祝してアンケートでもさせていただこうかな、などと考えとります。
詳細につきましては2、3日後に活動報告を書かせていただこうかな、と思っとります。